ホスト異世界へ行く

REON

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第九章 魔界層編

妓楼

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「おいでませ。竜人街へ」

豪華絢爛な部屋に敷かれた赤い布。
その上で三つ指をついて迎えてくれたのはリュウエン。

「頭をあげてくれ。知らない仲でもないだろ」
「しきたりだもの。最初くらいはね。どうぞ入って?」
「ありがとう」
「失礼いたします」

今日竜人街に来たのは米酢のため。
この妓楼ぎろうで米酢を使った料理を食べたらしいクルトと一緒に話を聞きに来た。

「今日はどうして雌性しせい体なの?」
「拐われて来た時に元の姿を見られてるから。城仕えから追いかけられてたことを覚えてる人も居るかも知れないから、念のため雌性しせい体で行くようにってフラウエルが」
「心配なのね」

魔王の条件を守って雌性しせい体で来た理由を説明するとリュウエンはお茶を注ぎながらクスクス笑う。

「魔王軍の制服なのも正体を偽るために?」
「うん。四天魔のクルトと視察に来たていで」
雄性ゆうせい体が凛々しいから雌性しせい体になっても綺麗ね」
「ありがとう。容姿端麗なリュウエンには負けるけど」
「あら、お上手」

淹れて貰ったお茶から仄かに香る花の香り。
日本を思い出させる茶器を手にとって口へ運ぶ。

「リュウカ茶か」
「そう。竜人街でのお迎えの飲み物はこれ」
「前回は酒だったけど?」
「あの時はお客さまじゃなかったもの」
「なるほど」

魔王やエドやベルと行った翠華楼すいかろうで飲んだお茶。
あの日を思い出して懐かしい気分になる。

エドとベルは元気にしているだろうか。
二人に遺したのは契約解除の書類と少しのお金だけ。
何も告げずに去った俺を恨んでいるだろうか。

「半身さま?」
「ん?」
「いかがなさいましたか?黙りこんで」
「久々に飲んだから堪能してるだけ。やっぱ美味い」

恨まれていてもいい。
二人に願うのは幸せになってくれることだけ。
畏れや争いを生む俺は地上層に居ない方がいい。

「今日はどうして妓楼うちに?魔王軍の制服を着て視察を装って来たのなら艶ごとが目当てではないでしょう?」
「あれ?フラウエルから聞いてないのか?」
「来ることは聞いたけど理由は。お忙しそうだったから」
「そっか。米酢を探しに来た」
「米酢?ってなに?」

絶世の美女だけあってリュウエンは人気の花魁おいらん
店自体もだから予約をとってくれた魔王が話してあるものと思ってたけど、理由までは話していなかったらしく事情を説明する。

「ライの実のリネガー……。どのようなお料理でした?」
「私がいただいたのはお野菜を漬けた料理です」
「うーん」

クルトからメニューを聞いてリュウエンは首を傾げる。
どれのことかすぐに出てこないということは、この妓楼でも頻繁に出るものじゃないんだろうか。

「クルトさまはカエンの馴染なじみさまでしたよね。お料理を召し上がったのもカエンのお座敷ですか?」
「はい」
「それでしたら本人に聞いてみましょう。少しお待ちを」

そうクルトから聞いたリュウエンは部屋を出て行った。

「知ったらいけないことを知ってしまった気分」
「知ったらいけないこと?」
馴染なじみってことはそのカエンって子がクルトの指名の子なんだろ?四天魔は全く色恋沙汰を匂わせないだけに、わざとじゃないけど知っちゃって複雑な心境」

四天魔の私生活は謎のベールに包まれている。
半身が居るのか以前にの相手が居るのかすら知らないのに、先に知った個人情報が『指名の子』とか。

「地上では馴染みの遊女を指名の子というのですか?」
「いや、指名の子って言い方は地球で」
「地球?」
「ち、地上には地球って名前の場所があるんだ」
「そうなのですか」

危ねぇぇぇぇえ!
四天魔は俺が異世界人だと知らないのに口が滑った!
人族ってだけでも大騒ぎなのに『異界人=勇者』の法則で魔王が勇者と半身契約を結んだと勘違いされたら一大事だ。

「全く色恋沙汰を匂わせないクルトにもそういう相手が居るんだって思っただけ。えっと……そうだ。半身は居るのか?」

下手か!
ごまかすの下手か!
俺の米酢欲に付き合わせた所為で指名の子の名前を知られることになったのに、それ以上の私生活に踏み入ってどうする!

「四天魔は半身を作りません」
「え?なんで?決まりがあるのか?」
「いえ。決まりではなく自然と出来た心得と申しますか。我々が生涯を誓うのは魔王さまと魔王さまの半身さまだけです」
「主君への忠誠と半身を作るのは別だろ」

仕事と家庭は別。
地上層の軍人だって国王のおっさんに忠誠を誓っていても結婚している人は多い。

「はい。ですから半身を作ってはいけないという決まりはないのですが、仮に主君か自分の半身かどちらか一方しか助けられない状況になった場合にはどうしましょうか」

究極の選択。
どちらも助けるという答えが理想だけど、それは綺麗事。
その窮地に立たされたらどちらかを選ぶしかない。

「私は迷わず主君を選びます。私だけでなくマルクさまもクラウスもウィルもそうするでしょう。誰に命じられずとも四天魔は代々それを誓える者だけがなってきました」

その忠誠心の高さは恐れ入る。
魔王城の決まりごとでも誰かの命令でもなく自ら誓って独り身を貫くとは。

「その理由だと恋人も作れないけど。好きな人は?」
「それはおります」
「あ、それは居るのか」
「魔王さまと半身さまです」
「違う!そういう好悪こうおじゃなくて!」

聞いているのはそういう意味のじゃないと力強く否定する俺にニコニコ笑うクルト。
四天魔の中で一番笑顔が多く、一番考えが読めない。
さすが『影』の者。

「仲がいいのね」

襖が開いて部屋に戻ってきたリュウエンは俺たちを見てクスクス笑う。

「おいでませ、竜人街へ。カエンと申します」

リュウエンの後に入って来た遊女。
豪華な着物姿のキリッとした顔の美女。
赤い布の上にスっと座り三つ指をついて挨拶をする。

「シンと申します。お呼び立てして申し訳ありません」
「お心遣い恐れ入ります。直属隊に雌性しせいの軍官さまが居られるとは存じ上げませんでした」
「し、新人なので」

すみません軍人でも新人でも女でもないです。
などとは言えるはずもなく営業スマイルでごまかすと、リュウエンは笑みで歪んだ口元をスっと隠した。

「私のお座敷で出したお料理が知りたいと伺いました」
「はい。クルト、さまから、この妓楼でライの実のリネガーを使った料理をいただいたとお聞きしまして」

危な。
新人設定なのに上官を呼び捨てにするところだった。
色々と心臓に悪い。

「ライの実のリネガーですか?」

首を傾げる指名の子カエン
もしかして記憶にないとか?

「野菜を漬けたものです。箸休めにと」
「箸休め……ああ、ピクルスのことですか」

この世界にもピクルスがあるのか。
俺にも分かる言葉で翻訳されてる可能性もあるけど。
そんなことを思いながらクルトと指名の子の会話を聞く。

「たしかに主さまにピクルスをお出しいたしましたが、あれはお野菜とリネガーとライの実を一緒に漬けただけのものです」
「ライの実のリネガーではなかったのですか」
「ええ。ライの実のリネガーは存じ上げません」

‪ライの実で作ったリネガーではなく、リネガーライの実を使ったピクルスだったと。
……さよなら米酢(  ˙-˙  )スンッ‬

「も、申し訳ございません。私の勘違いだったようです」
「リネガーに漬けた野菜からライの実の味がしたから勘違いするのも分かる、いえ、分かります」

リネガーとライの実の味がする野菜だったから俺の探してる米酢がそれだと思ったんだろう。
違ったのは残念だけどクルトが悪いんじゃない。

「魔王さまにお願いしてみたら?」
「フラ、魔王さまに?」
「許可さえ貰えれば酒造で作れると思うよ?」
「マジで!?」
「マジで?」
「あ、本当に?ってこと」
「うん。お酒もリネガーも竜人界の酒造で作ってるから」

希望の光さしたぁぁぁあ!
たしかに米酢は日本酒を発酵したものだからイケそう。
竜人街の酒は日本酒の味に似てるし。

「あー……でも、ない物を1から作って貰うのは酒造の人の手間を増やすことになるし、欲しがってるのも俺だけだから辞めとく。俺の我儘で竜人界の人を振り回すのはさすがにな」

魔王に頼めば許可してくれるだろうけど、俺しか使わないものをわざわざ1から作って貰うのはさすがに気が引ける。
あったら欲しかったけど、ないなら仕方ない。

「ご心配には及びません。酒造は竜人街で年季の明けた者の雇用先として建てたもので人手は余っておりますから、仕事が増えて困ることはありません。もしお一人で使う物を作らせることに気が引けるのでしたら、料理人へ使い方を教えていただければ魔王城の食事にも使えます」

諦めモードだった俺にクルトはそう言ってニコと笑う。

「魔王城に卸して貰うってことか」
「はい。それでしたら一定量を作って貰うことになりますし、魔王城の料理人も新しいメニューを覚えられます」
「そっか。新しい食事メニュー作りに貢献できるのは願ってもないことだけど……お言葉に甘えて頼んでみるかな」
「それがよろしいかと。私も半、シン(サマ)の考案したお料理をいただきたいですし」

凄くありがたい提案だけど所々危なかったぞ‪(  ˙-˙  )スンッ‬
俺も今は女体なことを忘れて『俺』って言っちゃったし敬語でもなかったからクルトのことをとやかく言えないけど。

「もう。気を抜いて言葉遣いが元に戻ってるよ?駄目でしょ?直属隊になったんだから上官には丁寧な言葉じゃないと」
「そうでした。クルトさま申し訳ございません」
「二人の時は普段通りで構いませんよ。同じ隊に配属される前から知った仲なのですから」

く、苦しい。
リュウエンが流れを作って誤魔化してくれたけど、クルトも俺も普段とは立場が逆の設定になっているから咄嗟の会話がぎこちなくなってしまう。

「お三方は以前から知己の仲だったのですか?」
「ええ。シンは私の友人なの。魔王さま繋がりで四天魔のみなさまとお会いした時に二人も親しくなって」

クルトや俺と違って滑らかに嘘をつくリュウエン。
たしかに魔王とリュウエンは親しい仲(眷属の親という意味で)だから、魔王が四天魔を連れている時に『リュウエンの友人の俺』と出会う機会があっても変ではない。

「そうですか。久しくおでかと思えば花魁のお座敷で、呼ばれて来てみればお美しい方をお連れになって、私には見せたことのない笑みをお見せになっていると思ったのですが」

……竜人族ももれなく嫉妬深いのか。
いや、馴染み客が他の座敷にあがったことへの牽制か?

今日は俺の付き添いだから遊びに来たんじゃないし楼主にも許可を貰ってるから問題ないけど、本来は馴染み客が他の遊女の座敷にあがるのはになってしまう。
元居た世界のシステムで言えば、永久指名の店で他のキャストを指名したのと同じ御法度行為。

「お辞めなさい。ここは私のお座敷で私のお客さまがおでです。間夫まぶとの口舌くぜつは二人きりの時になさい」

くっそ重い空気の中ピシャリと言ったリュウエン。
さすがこの妓楼の人気花魁だけある。
迫力が半端ない。

「本日は視察とつかいが目的で訪問しております。楼主ろうしゅ内儀ないぎには許可を得ておりますので貴女から咎められる謂れもございません。ご足労かけました。どうぞお下がりください」
「はい。失礼いたします」

クルトから言われた指名の子カエンはまた三つ指をついて挨拶をしてリュウエンの部屋(座敷)を出て行った。

「申し訳ありません。ご無礼を」
「いや、俺は平気だけど」

クルトは気まずいだろうな。
指名の子との喧嘩(?)を見られた訳だし。

「待ってるから行って来ていいぞ?俺との仲を疑ってるっぽい言い方だったし、誤解を解くのは早い方がいいと思う」
「解く必要もございませんので」

あっさりしてる。
指名の子なのに。

「でも」
「必要ございません」
「そんな食い気味に」

まだ「でも」しか言ってないのに食い気味に話題を終了され、話を聞いていたリュウエンはクスクス笑う。

「今のはカエンの失態だもの。楼主に話を通して許可を得たクルトさまはなにも悪いことをしていないのに行って宥めるような行動をしては立場が逆転してしまうでしょ?」
「それはそうなんだけど」

クルトが妓楼の決まりを破っていないことは確か。
リュウエンの客として来たのは俺で、クルトはただ付き添いで一緒に来ただけでリュウエンを指名した訳じゃないから。
ただ気に入ってる子なら誤解は早めに解いておいた方がいいんじゃないかと思っただけで。

「あ。一つ気になったんだけど、クルトが笑わない奴みたいな言い方をしてたあれはなんだったんだ?むしろ四天魔の中で一番愛想がいいのに。腹の中でどう思ってるのかは別として」
「半身さまは私のことをそう思っていたのですか?」
「本心が読み難いって意味。いつもニコニコしてるから何を考えてるのか一番分かり難い」

悪巧みをしてるという意味じゃなく考えが分かり難い。
助けるために危険な状況にも飛び込んだ人だから、少なくとも俺に対して悪意を持っていないことは知っている。

「私もクルトさまはあまり笑わない印象」
「え、あの子が目当てでここへ遊びに来てるのに?」
「クルトさまは長期視察の際の息抜きとしてお酒と芸を楽しまれるだけで、カエン目当てで来てる訳ではないと思うよ?」
「そうなのか?」
「はい。なにを目当てに来ていると言われたらお酒です。もちろんカエンの芸も気に入っているから馴染みなのですが」

お、おう。
そのタイプか。
道理で『必要ない』とあっさりしてるはず。

「妓楼に来るお客様は床入りが目当ての方が殆どだけど、中には魔王さまやクルトさまのようにお酒や遊女の芸を目的に来られる方も居る。数は少ないけどね」

なるほど。
地球の水商売でも目当ての子に会いたくて(落としたくて)通うガチ勢の客も居れば、酒+可愛い子がお酌をしてくれる場所という緩い感覚で行く客も居るけど、クルトは後者のタイプか。

「クルトさまは綺麗に遊ばれる紳士な方だし遊女のみならず男衆にも気を使ってくださるお優しい方だけど、笑みに関してはあまり人に見せたことがない。私が見た時も魔王さまとお越しになった時だけだから、シンの正体を知らないカエンが二人をと疑うのも分からなくないかな」

そういうことか。
俺が魔王の半身だと知らないから滅多に笑顔を見せないクルトが親しそうに話しているのを見て勘違いしたと。

「何かごめん。俺に付き合って貰った所為で」
「謝らなくてはならないのは私の方です。私が心許せる者が少ない所為で半身さまを巻き込んでしまったのですから」
「意外と不器用なとこもあるんだな」
「申し訳ございません」
「ううん。そんな一面もあることが分かって良かった」

指名の子カエンには申し訳ないけど、器用に何でもこなすクルトにもそんな一面があることを知れたのは良かった。

「用事は済んだのならお酒を嗜む?」
「いや、他の妓楼の視察にまわるから酒はいい」
「本当に視察もするんだ?」
「うん。俺はクルトに着いて回るだけだけど」
「残念。ゆっくりして行けるのかと思ったのに」

せっかく妓楼に来たんだから俺としても酒や芸を楽しみたいけど、四天魔の仕事を見せて貰う(魔界のことを知る)のも兼ねて竜人街に来ているから優雅に遊んではいられない。

「次はリュウエンに会う目的で竜人街へ来る。その時はまた初めて会った時の酒を呑ませて欲しい。芸も見たいし」
「うん。楽しみにしてる」
「変な感じ。リュウエンを見上げるの」
雌性しせい体になって随分と背が縮んでるものね。私もいつもはシンを見上げてる側だから少し違和感」

部屋に入る前に脱いだ上着を肩にかけてくれたリュウエンの顔が俺よりも上にあることに今更気付き、普段の姿の時とは逆転していることを互いに笑う。

「今の俺の身長だと多分人族の雌性しせいくらい?」
「うん。雌性しせい化しても種族までは変わらないからね」
「言われてみればそうか」

人族の俺が人族の雌性サイズになるのは当たり前。
まあ、つい最近人族は卒業して神魔族になりましたけど!

「背の高いクルトさまと並ぶとますます小さく見えるね」
「たしかに」

言われて見上げたクルトの顔は遥か上。
220cmほどの魔王を見上げるより少し低いという程度の差。
今の俺の身長は恐らく160cm前後まで縮んでるから、クルトとも4・50cmの差はあるだろう。

「魔族は背が高いから今の俺だと子供に見られそう」
「直属隊の制服を着てるから子供より変異種と思う人が多いんじゃないかな。魔界でも白銀の髪と瞳は見たことがないし」
「ああ、なるほど」

つい最近も人売りから変異種と言われたばかり。
珍しい個体のことを、魔物なら、人型種ならと呼ぶらしいけど、そもそもこの世界には居ない髪色と目の色の時点で変異種と思われてるだろうから身長など今更か。

「魔王さまが直属隊と分かる制服とローブで行くよう言ったのは先日の魔人街でのことがあったからだと思います。魔界でも変異種は珍しいので狙われ易いのですが、さすがに直属隊の軍官を拐おうなどと思う命知らずは早々おりませんので」
「そっか。色々な可能性を考えてくれたんだ」

雌性しせいなのも軍服なのも俺の身を案じてのこと。
自分は魔王の公務があって来れない変わりに、少しでも安全に過ごせるよう考えてくれた結果がこれだったと。

「魔王さまは半身が出来てもあまり変わらなさそうと思ってたけど、半身が特別なところは他の魔族と同じなんだね」
「長い年月を経てようやく見つけた半身さまへの思いは他の魔族以上のものでしょう。私たち四天魔にとっても待ちに待った魔王さまの半身が、身命を賭してお守りする価値のある半身さまであって良かったと思います」

そうリュウエンに話しながらクルトもローブを羽織る。

「四天魔もシンが大切なんですね」
「はい。魔王さまの半身がどのような方でもお守りすることは四天魔の役目の一つですが、魔王さまの半身だからお守りするのと、役目以前に自分がお守りしたいと思う方とでは気持ちの有り様が違います。半身を作らない四天魔にとって半身さまは自分の半身と等しく大切な存在ですので」

クルトのいうそれを聞いて『好きな人=魔王と俺』と言ったのもただ誤魔化した訳ではなかったのかもと思う。
ただそれは恋愛感情の好意ではなく忠誠心だけど。

「ですから半身さまへ敵意を持つ者は誰であろうと許すことはできません。例え馴染みにしていた者の嫉妬であっても」
「それは楼主ろうしゅ内儀ないぎにお伝えくださいませ。今回はこちらに非がありますから何も言えないでしょう」
「無論そのつもりですが、協力してくださった貴方も巻き込んでしまいましたので先にお伝えしておこうと思いまして」
「お心遣い感謝いたします」

今後指名の子カエンの座敷にはあがらないってことか。
しっかり玉代ぎょくだい(料金)を払って馴染みになっていた本人がそういうなら俺が口を挟むことじゃない。
客が金を払って通っている間は店の子の方が優位な立場になれても、行き過ぎたことをして客を怒らせれば永久指名でも切られるのは地球の水商売も同じ。

しかも相手が四天魔だからなおさら大変そう。
魔族の長の魔王に直接仕える人を行き過ぎた干渉をして怒らせてしまったとなると楼主や内儀からこっ酷く怒られそうだ。
クルトは素性を隠していた訳ではないようだから本人もハイリスクハイリターンな客だとは分かっていただろうけど。

リュウエンの座敷を出て内儀(楼主の奥さん)に事情を伝えると本人を呼んでどうこうと案の定な慌てようだったけど、クルトの方は何を言われてももう指名はしないことと、これから視察だからそんな時間はないとキッパリ断って話は終了。
取り付く島もないクルトの様子で怒りの度合いが伝わったのか内儀は最後まで謝り頭を下げていた。

「案外かたくな」
「私は比較的大目に見る方ですよ?ただ今回は私にとって大目に見られる内容のことではなかったと言うだけで」

クルトは普段おおらかだけど、そのぶん絶対に許せないことをされた時には容赦なく切り捨てるタイプか。
そのに触れさえしなければ甘やしてくれるけど、触れてしまったらもう言い訳すらも聞いてくれない白黒ハッキリしたタイプ。

「俺もクルトに嫌われないよう気をつけよ」
「私が半身さまを嫌うなど有り得ません」
「そう言ってくれるのはありがたいけど嫌なことばかりされてたら嫌いになるのが普通だろ?俺にとっては四天魔もフラウエルと同じくらい大切な人たちだから嫌われない努力は必要だ」

嫌われないための気遣いができなくなったらただの天狗。
優しさに甘えるだけの奴にはなりたくない。

「気付かずに嫌なこととか駄目なことをしてたら言ってくれ。俺の信念に反することじゃない限りは直す努力をするから」
「信念に反することだった場合はどうなさるのですか?」
「お互いに意見を言って話し合う。相手の意見が正しいと思えればそちらを優先する度量くらいはあるつもり」
「承知しました。その時は納得できるまで話しましょう」
「うん。約束」

そう話してお互いに笑みを浮かべた。


拐われて来た時は道を歩いてるだけで格子で遮られた見世みせから遊女が声をかけて来たけど、魔王軍の軍服を着ている今日はジッと見ているだけで静かなものだ。

「以前拐われて来た時にも歩いてて思ったんだけど、竜人街の遊郭には雌性しせいの客も多いよな」
「竜人族は特に半陰陽エルマフロディットの割合が高いですので、お客も遊女も見た目は雌性しせい雄性ゆうせいに見えて半陰陽エルマフロディットという場合が多いです」
「なるほど」

女に見えてもシモは両方ついてる人が多いってことか。
な に そ の 天 国 。
パンセクシャルの俺にはただの天国でしかない。
あの時は魔族のことを詳しく知らなかったから不思議に思ったけど、話を聞いて納得した。

「そうだ。竜人街に居るあいだ俺のことはシンでいいから」
「半身さまを呼び捨てするなどできません」
「部下を付けで呼ぶ方が変だろ。四天魔の上官はフラウエルしか居ないのに不審に思われる。さっき何も決めずに入って苦しい場面も多々あったから決めておこう」

リュウエンに話を聞くだけだと思ってたからさっきは呼び方も決めずに行ったけど、このあとは魔王軍の一員として視察に回るのにいつも通りには呼べない。

「……わ、分かりました」
「よし。俺はクルトさまって呼ぶから」
「それはクルトで。マルクさま以外の四天魔は同じ地位ですので敬称はつけておりません」
「俺はただの新人で四天魔じゃないし」

ぐっと言葉を飲んだクルトに笑う。
四天魔はその名前の通り四人しか居ないんだから、魔王直属隊の制服を着ただけで四天魔にはならない。

「出てくる前にフラウエルから言われただろ?俺はあくまで忙しい四天魔の補佐役として配属された新人だって」
「そうなのですが……半身さまをお名前で呼ぶだけでも罪悪感で心苦しいというのに、呼び捨てをするというのは」
「視察中は半身だって忘れろ。俺は四天魔の部下」
「は、はい」

大丈夫だろうか。
自信なさげな返事なのが少し不安だけど、これも仕事の内と思って何とか乗り越えて欲しい。

「じゃあ行きましょう、クルトさま」
「はい」
「はい、って」
「人前ではなるべく崩して話せるよう努力いたします」

ほんとに?
物凄く疑わしいけど今はクルトの努力を信じよう。

「失礼します」

視察で入ったのはリュウエンの妓楼より少し小さい店。
ただ、造りは妓楼だけあってしっかり豪華。

「クルトさま」
「視察に伺いました」
「はい。お疲れさまです」
「先に新人を紹介しておきます。このたび魔王直属隊の補佐官として任命されたシンです。普段は魔王城での職務が主になりますが、今日はご挨拶のために連れて参りました」

うん、大丈夫そう。
女将(内儀)に出迎えられたクルトは俺を紹介する。

「補佐官のシンと申します。宜しくお願いいたします」
「ご丁寧にありがとうございます。四天魔さま以外で直属隊に任命されるのは初めてではないですか?それだけ優秀な方なのですね。こちらこそ宜しくお願い申し上げます」

胸に手をあて敬礼すると内儀も丁寧に頭を下げる。
疑ってる様子は見られなくてホッとした。

「どうぞお上がりください」
「「失礼いたします」」

受付は男衆に任せて内儀が案内してくれたのは店の奥。
早速帳簿を出して来た内儀から受け取ったクルトはそれに目を通し始めた。

「お茶をどうぞ」
「「ありがとうございます」」

内儀が淹れてくれたお茶に浮かぶ花弁。
ふわっと香るそれはリュウカ。

「お砂糖ではなくお塩に漬けてあるんですね」
「リュウカ酒をお呑みになったことがおありなのですね。お酒には砂糖漬けを使いますが、お茶には塩漬けを使います」
「そうでしたか。勉強になります」

薄桃色のリュウカはやっぱり桜の花弁に似てる。
香りも桜そのものだから日本を思い出して懐かしくなる。

「上品な味と香りの美味しいお茶ですね」
「まあ。そちらはうちの妓楼でブレンドしてお出ししているものですので、そう言っていただけると本当に嬉しいですわ」
「この妓楼に来ないと飲めない特別なお茶なんですね」

クルトが帳簿を見てる横で特にすることのない俺は内儀とお茶やリュウカの話に花を咲かせる。
リュウエンの所は店がデカいだけあって内儀も厳格な人だったけど、この店の内儀は親しみやすいタイプの竜人。

「シンも今後のために目を通しておいてください。こちらの妓楼の帳簿は見本にするに相応しく纏められていますので」
「承知しました。拝見いたします」
「どうぞどうぞ」

クルトから褒められて内儀は嬉しそう。
俺を連れて行く最初の視察にここを選んだのはだからなんだろうと気付いてクルトの気遣いに感謝した。

「うん。分からない用語が多いです。勉強しておきます」
「竜人街でだけ使われる用語もありますからね。魔王城に戻ってから何にどのような物が含まれているかを説明します」
「申し訳ありません。お願いします」
「今日の目的は挨拶と竜人街を知ることですから」

何に幾らというようなことは分かったけど、その用語の中に何が含まれいてその額になっているのかが分からず、合計金額が合っていることの確認くらいしか出来ない。
言葉自体は翻訳されてもそこに含まれるものが何かまではさすがに妓楼の関係者にしか分かるはずもない。

「内儀、何か変わったことや困っていることはありますか?」
「一つだけ。最近二角領にかくりょうでは盗みや喧嘩が増えたと聞いております。湯女ゆな蹴転けころが増えてお客さまと揉めることが増えたからだと言われておりますが、この一角領いっかくりょうにも影響があるのではと遊女たちも心配しておりまして」
「そうでしたか。物騒な変化は放置できませんね」

二角領にかくりょうの名前をどこかで聞いたと思えば以前見世に居た遊女が甘味処のある場所として教えてくれた場所。
その時に「この先の」と言っていたから、妓楼の集まるこことはそう遠くない場所なんだろう。

「分かりました。今日の視察は二角領を中心に回ってみます」
「お願いいたします」

視察先変更。
問題がある場所を優先で視察することになって、親しみやすい内儀の居る妓楼を後にした。

「すみません。安全な妓楼を回るつもりだったのですが」
「気を使ってくれてありがとう。でもいつも通りにしてくれ。視察の邪魔をするために来た訳じゃないから」
「ありがとうございます」

俺の用事は米酢だけどクルトはあくまで視察。
俺には視察のことはさっぱり分からないけど、仕事の邪魔をしたくないからいつも通りにしてくれるよう話して二人で二角領にかくりょうに向かった。

 
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