ホスト異世界へ行く

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第九章 魔界層編

魔人街

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「一気に賑やかになった」

魔人街のメインストリート。
フリーマーケットのように左右にはずらりと店が並んでいて、買い物に来ている人の数も多く活気がある。

「魔王さま、ご視察ですか?」
「串焼きはいかがですか?」
「魔王さま」

左右の店から次々に声をかけられる魔王。
人族でいえば国王のおっさんが護衛も付けず街中を歩いている状況だけど、魔族たちは人族と違い街中にが居ることを驚く様子もなければ畏まることもなく気軽に話しかけている。

「意外と慕われてるんだ」
「悪い商売はしていないアピールが殆どだ。視察に来たと思っているのだろう。慕い声をかけているのではない」
「そうかなぁ」
「お前ももう分かっているだろう?強い力を持つ者というのは崇拝の対象でもあり畏れの対象でもあるのだと」
「まあそれは痛いほど実感したけど」

俺ですらそうなんだから魔王はもっとか。
尊敬と恐怖が背中合わせ。

「食品以外の商品が圧倒的に多いな」
「魔族の場合は食材となるものを自分で狩れるからそうなる。調理していない商品を魔人街で売っても売上は期待できない」
「食べ物を商売にするなら調理方法が重要ってことか」

人族の街では肉屋や八百屋なども並んでいるけど、魔人街の商品は装飾品や衣類や武器などが多い。
規模でいうと、日本三大祭りに並んでいる出店でみせの殆どが射的やクジ引きという状態。

「魔王さま。月喰つきばみの準備はお済みですか?」
「城の準備は事前に済んでいるが、今日はまろうど月喰つきばみ衣装を数着購入しようと考えている」

衣装を売っている魔人に声をかけられ魔王が答えると、周りの店の魔人たちも「是非」と衣装をお薦めし始め賑やかになる。

ネジュ花のように白くお美しいまろうどさまにはこちらのご衣装などいかがですか?とても暖かいですよ」
「そちらの衣装に合わせるのでしたら是非ともこれを。こちらの外套は天火フーセレストの羽毛を使用した新作です」
天火フーセレストか。これは暖かそうだ」

わざわざ前に出てきて衣装を俺に合わせる商人たち。
白いロングコートを薦める魔人から受け取った魔王はそれを俺の肩にかける。

「どうだ?着心地は」
「着心地は軽くていいけど今着るには暑い」
「今はそうだろう。月喰つきばみ期の衣装を見ているのだから」
「……その月喰つきばみっていうのが分からないんだって」

さっきから出ているその言葉。
魔界層の人なら知ってて当然のような周り(魔王含む)の反応を見ると堂々と聞けず、魔王にコソっと耳打ちする。

「七日間太陽が隠れて極寒になる」
「へー。だから暖かそうなコートを」

耳打ちで答えてくれたそれを聞いて納得。
どういう状況でなるのかは二人になってから聞こう。

「あ。でも俺いま金持ってない」
「‪(  ˙-˙  )スンッ‬」
「え、なにその急な真顔」
「誰が自分で買えと言った。支払いは俺がする」
「買って貰う理由がない」
「この話をここで長引かせるか?」

魔人たちがポカンと見てることに気付いてハッとする。
そうだった。
魔王は魔族の王なんだから、民の前で客人扱いの俺と金がどうこう話しているのは外聞が悪い。

「じ、じゃあお言葉に甘えて。ありがとう」
「病に罹っては大変だからな」

…… 激 甘 。
ファーになっている襟元を整えながら目を合わせ微笑する魔王に寒気を感じつつ笑って誤魔化した。


「何なんだ。さっきのは」
「さっき?」
「白いコートの時。唐突に演技じみた行動しただろ。フラウエルの柄じゃなくて寒気がした」

購入した衣装を異空間アイテムボックス(魔王の)に仕舞い魔人たちから生温かい空気で見送られた後、さっきの寒気がする演技の理由を聞く。

「仲睦まじいアピールだ」
「演技だったことは分かってるけど、御目見おめみえまで半身のことは隠す決まりって言ってただろ?それなのに何であんな疑われるような行動をしたのかってことを聞いてる」

演技アピールだったことは百も承知。
魔王は『みんな見て見て私たちこんなに幸せアピール系リア充カップル』のような、華麗にローリングソバットを喰らわせてやりたくなる鬱陶うっとうしい激甘さは持ち合わせていない。
不器用な激甘行動(&言葉)が標準装備のツンデレ。

「だからだ。半身であれば疑われるような真似はしない。人前で見せたことで半身ではないと思っただろう」
「魔族ってそんな単純なのか?」
「それほど隠すということだ。本来は揃って人前に出ることもしないがお前は魔界のことを知らないだろう?自分が暮らすことになる場所を知らないまま御目見おめみえさせたくはない。一緒に出掛けて様々な場所を見せてやるためにも半身ではなくとして印象づけておく方が都合がいい」

なるほど。
俺に魔界を見せて回るためだったのか。
人族ならそのまま『恋人か?』と思いそうだけど、あの演技アピールで半身疑惑から逆に遠ざかるのが事実なら、御目見おめみえ前には一切情報を洩らさないのが魔族の常識なんだろう。

「じゃあ何だと思われたんだろ。伽の相手?」
「城仕えの伽の者を個人的に連れ歩きはしないし物を買い与えることもしない。平等でなくなってしまう」
「そっか。一人だけ特別扱いになるもんな」
「ああ。仲を疑うとすれば公妾こうしょうと言ったところか」
「つまり愛人か」

さすが性別の拘りがない魔族。
同性相手でもスッと出てくる発想が愛人とは。
いや、性別の拘りがないというより魔力で子供を作る種族だから選ぶ基準の優先順位がまず魔力であって、見た目の性別などどちらでも構わない人が多いっていうのが正解だろうけど。

「あ、もう一つ。月喰つきばみ期ってものがあることは分かったけど、それってどんなものなんだ?俺が居た世界なら七日間も太陽が隠れるって考えられない状況なんだけど」

地上層では聞いたことがないけど魔界層では誰もが知る常識みたいだから俺も知っておいた方がいいだろう。
そこから魔界層の住人じゃないことがバレそうだから。

「三年に一度ある月が太陽を喰らう期間のことをいう。明けない夜が七日続きネジュが降り始めると猛吹雪となって魔界を蝕む」
「月が太陽を喰らう?」
「先人が太陽の昇らない理由を月が太陽を喰らったからだと思い月喰つきばみと名付けたらしいが、実際には太陽が月に遮られて陽が射さないというのが正しい」

さすが異世界ファンタジー……月が太陽を喰うとか何でもありか。
と思ったけどさすがにそこまで『何でもあり』ではないらしく太陽が月に遮られる期間と言うのが正解らしい。

「俺が居た世界でも太陽が月で隠れる日蝕にっしょくと地球の影で月が暗くなる月蝕げっしょくって現象があったけど、太陽が月に遮られるってことは日蝕にっしょくと似た現象か。地球の日蝕にっしょくは七日間も続かないし猛吹雪になったりもしないけど」

地球と同じく毎日太陽が昇り月も出るのにその時だけ七日間も動かないのはどういうことなのか。
まあそもそもの話、今居るここが広い宇宙の中にある地球とは別の惑星というだけなのか次元すらも違う世界なのかさえ分からないんだから、地球と比較して考えても意味がないけど。

「地上では聞かなかったな。そんな話」
「聞いたことがなくて当然だ。地上には月喰つきばみ期がない」
「そうなのか。道理で準備をするどころか名前すら聞いたことがなかったはず」

あるならエドとベルから準備をするよう言われただろうし、猛吹雪になるなら西区の工事日程を調節するよう早い段階で師団長から説明されただろう。

月喰つきばみ期に入るのは五日後。それから七日間はこの魔人街にも店が出なくなる。城の蓄えは充分にしてあるがお前の衣類は足りていない。今日の内に必要な物を買い揃えよう」
「うん。ありがとう」

俺が来たのは急遽。
もう既に準備を終えてたのに俺の準備をすることになって申し訳ないけど、今後何かの形で役に立てるよう考えよう。


どこまで行っても賑やかな魔人街。
魔王は一ヶ所の店で全て揃えるのではなく次から次へと店を回って俺の衣類(靴や寝衣なども含め)を買い揃えてくれた。

「大体のものは揃ったな」
「大体のものどころか買いすぎだから。地上から持って来た服もあるのに」

コートだけでも七枚。
衣装に至ってはもう月喰つきばみ期とは無関係のものも含めて何着買ったか分からない。

「公平を期すため敢えて様々な店で買うようにしている。それにお前の持ってきた異世界の衣装は魔界では目立つ。城では好きな衣装を着ていて構わないが、今後魔界を見て回る際には必要になるのだから買っておいて困ることはない」
「ああ、そっか」

スーツは地上層にもなかった衣装。
俺が異世界人だと知っている地上層(王都)では良かったけど、半身であることすら隠してる状況で下手に目立つ衣装は避けるのが当然。

御目見おめみえ後は城に半身専属の針子を迎えることになるから好きな衣装を作って貰うといい。それまでは少し我慢してくれ」
「分かった。色々と考えてくれてありがとう」

いま俺が着ている衣装は魔界層のもの。
出かける前に山羊さんと赤髪が準備してくれた。
我慢するもなにも、みんなが俺のためを考えてしてくれたことに文句はない。

「魔王さま。ご休憩なさいませんか?」

歩いていて声をかけてきた魔族。
カフェテリアのような椅子やテーブルを置いてある休憩スペース(テラス席)があって、飲食類をそこで食べられるようだ。
魔王が言っていたように調理済みの料理なら商売として成立するらしい。

「思えば朝に食べたきりだったな。食事にしよう」
「うん」
「ありがとうございます」

案内されたのは奥側の席。
従業員(多分)が引いてくれた椅子に対面同士で座ると、別の従業員(多分)が目の前のテーブルにスっとメニューを置く。
自分たち魔族の王が居るとあって、俺たちが来る前から座って休憩していた魔族たちからも痛いくらいに注目を浴びている。

「好きなものを注文するといい」
「ありがとう」

って言われても魔界層の食べ物に詳しい訳じゃないからまずはメニューを見て食材を調べるところから。

「どうした?」
「ん?なにが?」
「急に黙ったが気に入らないのか?」
「違う違う。食材が分からないから調べてるだけ」
「ああ。スキルを持っているのだったな」
「うん。知らない名前も多いから調べて選ぼうと思って」

スキル画面を出さずに検索していたから気に入らなくて無言になったのかと思われたらしい。

「魔族にも料理人スキルってあるのか?」
「名前こそ違うが調というスキルがある。ただ、お前が使っている鑑定は俺の知るものとは違う」
「違う?」
「調理スキルでも使える鑑定は目の前にある物を鑑定できるというもので、お前の鑑定のように目の前にない物を名前だけで鑑定したり探すことなどできない」

……ん?んん?

「人族と魔族のスキルだと違うんじゃなくて?」
「名前が違うだけだ。調理に必要な技能の向上と、目の前にある料理に何が使われているのかや状態を鑑定できる」
「え、うん。俺のも………違うな」

料理に何が使われているのかも分かるし技能が向上するのも同じだけど、俺のはそれプラスで目の前に物がなくても名前さえわかればできてしまうからたしかに違う。

「本来は調べられる検索機能がないってこと?」
「ああ。鑑定自体はそこまで高度なスキルではない」
「んー。考えてみれば人前で鑑定を使う時って目の前に物がある時が殆どだし、誰も気づかなかっただけの可能性はある」

料理に何が使われているのかを確認する時は実際に運ばれてきたあとだし、音声で答えてくれることに気づいてからはわざわざ画面を開くこともなかった気がする。

「多分だけど、それも異世界人仕様なのかも」
「異世界人仕様?」
「見せた方が早いな。ちょっと隣に行っていいか?」
「ああ」

可能性として説明しながら魔王の隣に座って料理人スキルの食材鑑定画面を開く。

「例えばこの一番上の突風リーゼって肉の鑑定結果がこれ」
「……味はシチメンチョウ?に似ている?」
「どんな味かを俺が居た世界の味で例えてくれるんだ」
「ほう」

隣から画面を見る魔王は珍しく興味津々。
これは?こっちは?とメニューを指さしては俺に鑑定(検索)をさせる。

「面白い。やはり俺の知る鑑定とは全くの別物だ。本来の鑑定を見せてやろう」

そう言って魔王は腕輪を外してテーブルに置くと鑑定画面を見せてくれる。

「え?分かるのは使われてる材料だけ?」
「ああ。例えば肉を鑑定したとしてそれが何の肉かや鮮度や毒などの状態は分かるが、魔物の説明や味の例えなど出ない」
「へー。本当に全然違う」

腕輪の鑑定画面に出てるのは銀や晶石といったの名前だけで、俺の鑑定画面よりも簡潔。

「俺が知らないだけで他にも異世界人仕様になってることが結構あるのかも。元居た世界とこの世界では違う言語なのに会話ができるし、書かれた文字も読み書きできる。それとステータス画面もこの世界の人には口語機能がないのに俺のは画面を出さなくても音声で教えてくれる」

ヒカルたちも召喚されてすぐこの世界の言葉を聞き取れてたから、それに関しては間違いなく異世界人に与えられた能力。
ステータス画面のについては話したことがないから四人もそうなのか分からないけど。

「もしやそれか」
「ん?」
「お前の言葉を地龍や空龍が理解できたのはその言語能力が関係しているのかも知れない」
「ああ、可能性はある。こっちの言葉は伝わっても俺には地龍たちの言葉が分からないけど」

言われてみればたしかに可能性はある。
俺の方は言葉が分からないから会話は出来ないけど、なにか特別なを与えられてるのかも。

「異世界人に与えられているということは勇者も」

そう呟いて魔王は無言になる。

そうか。
異世界人に言語変換機能が備わっているなら〝勇者〟の四人も地龍や空龍たちに言葉が伝わる。
天地戦では龍族も魔族側として戦うのに、もし勇者の命令に従うなら敵に回ってしまう可能性があるということ。

「フラウエル」
「そんな顔をするな。食事にしよう」

魔王は俺を見て苦笑するとゆるりと頬を撫でる。
仮面の男や魔王は御目見おめみえすることを当然くる未来のように話していたけど、もし魔王が負ければその未来はこない。

「お前は魚が好きだったな。魚料理はこれが美味い」
「そうなんだ。じゃあこれにしてみるかな」

お互い思うことはあっても飲みこみ話題を変えた。

注文したのは魔王がすすめてくれた魚料理。
調理方法は塩を使ったシンプルな焼き魚だけど、元の素材の味が濃いから充分美味い。

「魔界は食べられる魚の種類が多いな」
「地上は少ないのか?」
「他は知らないけど王都は売られてる魚の種類が少ないんだ。好物の刺身や寿司が喰いたいのに生食できないし。この世界に来てから食事に関してガッカリしたのがそれ」

王宮料理人の料理がクソマズだったりシンプルな調理方法しかないことには衝撃を受けたけど、それは自分で料理をすれば解決できることだからまだ良かった。
ただ、魚の種類が少ないことや生食できないことはどうにもならないから心の底からガッカリした。

「地上の流通事情までは詳しくないが、つまりお前は生の魚が食べたいということか?」
「うん。前に居た世界ではよく食べてたから」

焼き魚も好きだけど刺身や寿司が喰いたい。
ただそれも安全な国に暮らしていたからこそ生食できていただけなんだと、この世界に来てから痛感した。

「魔界の魚は生でも食べられるぞ?」
「……え?」
「魔族は好んで食べないが、食べても害はない」
「マジで!?」

興奮してつい大きな声を出してしまい、周りで休憩中の魔族たちに「すみません」とペコペコ頭を下げて謝る。

「そんなに生魚が好きなのか」
「大好き。寿司や刺身は日本人のソウルフードだし」
「よく分からないが、そんなに好きなら捕りに行くか?」
「行く!」

全俺が大歓喜。
二度と食べられないと思っていたものが食べられると聞いて喜ばないはずがない。

「まさか衣装を買ってやるより喜ばれるとは」
「いや、衣装も嬉しかったぞ?」

それ以上に生食できることが嬉しいだけで。
そんな落ち込むなよ。
お豆腐メンタルめ。

「まあいい。食事を済ませたら行こう」
「うん!」

あとで山葵わさびの代用になる物がないかも調べてみないと。
期待に胸を膨らませながら食事を再開した。


という訳で食事を終えてすぐに戻って来た牧場(?)。
さっき見た時と同じく守人たちが並んで跪いている光景で出迎えられる。

「お帰りなさいませ、魔王さま」

ああ……うん。
いざ魚を捕りにと喜び勇んで戻って来たけど微妙な空気になったまま離れたことを忘れてた。

「大変申し訳ございません。幼祖龍さまの湯浴み中ですので今しばらくお時間をいただけますでしょうか」
「戻りが少し早すぎたか。分かった」

顔をあげて謝罪をしたのはゲルトと呼ばれていた守人。
普段魔王が来た時にはもっと戻りが遅いということなのか、アミュを風呂に入れてくれてる最中だったようだ。

「よろしければ中でお待ちを」
「外で待つ。みな仕事に戻ってよい」
「承知しました」

良かった。
また珍しい物を見るような目で見られずに済んだ。

「まだかかるようだから手合わせでもするか」
「ここで?」
「魔法は使えないが剣ならいいだろう」
「まあ訓練だと思って付き合うけど」

待つ間はすることもないからいいけど急だな。
さすが戦闘狂。
建物から離れた場所に移動して魔王が障壁をはる。

「………」
「どうした?」
「いや。なんでもない」

風雅を召喚して握った時に違和感があった。
なにがどうなのか自分でも分からないけど。

「軽く手合わせするだけでいいんだよな?」
「ああ。ここで俺たちが本気になっては破壊してしまう」
「分かった」

魔王も異空間アイテムボックスから大剣を出して食後の運動程度の軽い手合わせを開始する。

刀と大剣のぶつかる金属音。
この世界に来てからは幾度となく聞いてきた聞き慣れた音……のはずなのに、なにかおかしい。

刀自体に違和感はない。
いつものように風雅の禍々しい魔力を握った手のひらから感じているし、柄や刀身がおかしい訳でもない。

「……俺か」
「………」

しばらく手合わせしていて気付き呟くと魔王は手を止める。

「刀じゃなくて俺だよな?おかしいの」
「ああ。最初は破壊しないよう気遣って手を抜いているのかと思ったが違うようだ。太刀筋に迷いが見られる」

もう何度も手合わせしている魔王は気付いていたらしい。
違和感の正体は俺自身だった。

「迷いがある理由に覚えがありすぎる」

自分で言って笑い声が洩れる。
分からないはずがない。
ロザリアを切ったからだ。

あれから刀を握っていなかったから気付かなかった。
ロザリアを斬った記憶が残っていて戦うのが怖い。
自分の力が簡単に人の命を奪えると知ってしまったから。

「おかしいな。前にも人の命は奪ったのに」

西区の襲撃で既に俺は人の命を奪っている。
恩恵の神の裁きを使って襲撃犯の命を奪った。
それなのに今更。

「見知らぬ者と親しい者では罪悪感が違うだろう」
「でもそれって俺の勝手な感情だよな?見知らぬ人も親しい人も同じ命には変わりないのに」

を粛清したという点では同じなのに、それが見知らぬ人か親しい人かで罪悪感が違う自分が気持ち悪い。
親しい人を殺めて初めて怖くなるなんて最低だ。

「どちらもお前がやらなければ犠牲者が増えていただろう。あのまま大切な者たちが殺されても良かったと?」
「ううん。自分の手で粛清したことは後悔してない。大切な人を守れるなら例え人外になろうと構わないのも変わらない」

罪の意識はあっても辞めれば良かったとは思わない。
どちらの時もやらずに犠牲者が増えていればその方が後悔しただろう。

「なんだろうな。誰かの命を守るための力が誰かの命を奪える力でもあることが怖いのかも。そんなことは何度もエミーから言われてて分かってたつもりなんだけど」

守る力は奪う力でもある。
だから力の遣いどころを間違わないようにと何度も何度もエミーから言われていたし、俺も理解してるつもりだったのに。

「俺は魔族の王として多くの命を奪ってきた。その俺が言っても説得力はないだろうが一つだけ助言するならば、この先も命を奪うことが当然のことにはならないよう、自らが何者かの命を奪った罪を忘れず心に留めておけ」

そう話して魔王は大剣を異空間アイテムボックスに仕舞う。

「……それってフラウエルがそうしてるってこと?」
「俺はこれからも敵味方を問わず秩序を乱す者の命を奪うことを厭わない。一の同情で十の犠牲を産むのでは目の前の守るべき者すら守れていないということだからな」

血と戦を好む魔族の王。
地上層では血も涙もない鬼か悪魔かというように言い伝えられているけど、実際の魔王はもっと人間くさい。
情もあれば自分の手を汚すことの醜さも痛みも知っている。

「うん。俺はそういう人嫌いじゃない」

聞こえのいい綺麗事の中で生きていない泥臭い人。
綺麗な優しい世界で生きる人が正しい者として扱われるけど、世界中から罪を犯す人が居なくならない限り、その綺麗なの影では自分の手を汚しながら罪を裁く人がいる。

「似てるんだろうな。俺たち」

正しい者にはなれない者同士。
きっと出会う前からそうして生きてきた者同士。

「そうか。お前と似ているなら悪くはない」
「やってることが良いか悪いかで言えば悪いけどな」

そう話して互いに笑う。
醜い者同士、行き着く先は同じ。

「あ、そうだ。ずっと聞こうと思って忘れてたんだけど、魂の契約に見た目が変化しなくなる影響ってあるのか?」
「見た目が?」

俺の風雅も役目を終えて消えたあと、聞こう聞こうと思いつつ忘れていたことをふと思い出して聞いてみた。

「うん、見た目。伸びないんだ。髪が」
「そのような影響は聞いたことがないが」
「じゃあ魂の契約が理由じゃないのか」
「どういうことだ」

この世界に来て一年が経った。
元々髪が伸びるのが早い方ではないけど、一年も経ったのに全く髪が伸びていないことを説明する。

「ステータスに出てる年齢はしっかり22歳になったんだけど髪が伸びないのが不思議で。異世界人がみんなそうなら召喚の影響だろうけど俺以外は伸びて切ったりしてるみたいなんだ」

ヒカルやリサは来た時よりも髪が伸びていたし、リクやサクラは逆に短くなっていたから伸びて散髪したんだと思う。
それなのに俺だけ全く変わらないから契約が関係してるのかと思ってたんだけど。

「人族と契約した者が居ないから分からないが、少なくとも魔族同士の契約で見た目や寿命が変化することはない」
「んー。じゃあ契約とは関係ない俺自身が理由か。思えばカラコンも行方不明になったしな」

元は碧眼だったのに今は召喚された時につけていて行方不明になったカラコンの色になっている。
目の色や髪色が何色かなんて今更どうでもいいけど、問題なく年はとったのに容姿が変わらない‪のが謎。

「カラコン?」
「カラーコンタクト。俺が居た世界には髪や目の色を変えてお洒落を楽しむ文化があったんだ。今はこの姿だけど元々の俺は金色の髪と青い目だった」

両親が海外の人だったから俺も金髪碧眼。
まあ海外の人だったと言っても顔すら覚えてないけど。

「そうなのか。金色の髪と青い目ならばこの世界にも多い。今のように異世界人だと気付かれず済んだろうに」
「ほんとそれ。髪を染めてカラコンを入れてただけなのに何でなのか召喚された時の姿で固定された」

魔王がいう通りこの世界で金髪碧眼は珍しくない。
身近な人だけでもベルやロイズやカルロやカームがそう。
元の姿なら『見たことのない容姿(色)=異世界人』とバレずに済んだだろう。

「他の異世界人は?四人とも同じ髪と目の色だったが」
「分からない」
「分からない?」
「俺以外は髪も染めてないしカラコンもしてなかったから」
「お前以外はあの色になった訳ではないのか」
「違う。日本人は殆ど黒髪黒目」

ヒカルたちは元々黒髪黒目。
みんなは召喚される以前から黒髪黒目で召喚時にもカラコンをつけていなかったらしいから、俺のように容姿(色)が固定されているのかは不明。

「まあ歳を取らなくなった訳じゃないからいいけど」
「歳はとるだろうが、お前は恐らく寿命が長いぞ?」
「え?」
「魔族の血が混ざっているから地上の者より長寿だ」
「あ……そっか。今は人族でも魔族でもないけど」

言われてみれば魔族の寿命は長いんだった。
今は人族でも魔族でもないから分からないけど、神魔というのが本当に神に関係する種族なら寿命の予測もつかない。

「大切な人を最後の一人まで見送る側にはなりたくないな。一人で取り残されたら寂しくておかしくなりそう」
「出会いは死ぬまで続く。例えいま傍にいる者が居なくなろうとも、これから先に出会った者たちが居る」

そうだけど。
でもやっぱり残される側にはなりたくない。

「勇者に負けなければの話にはなるが魔王の俺の寿命は長い。お前が一人になるのが嫌だというならば俺は一日でも長く生きる努力をしよう」

そんな言葉にどう答えればいいか分からない。
魔王が勝てば魔王は生きるけどヒカルたちは死ぬ。
勇者が勝てばヒカルたちは生きるけど魔王は死ぬ。
天地戦なんてなければ素直にありがとうと言えたのに。

魔王にもヒカルたちにも生きて欲しい。
それがずっと変わらない本音。

 
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