ホスト異世界へ行く

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第九章 魔界層編

主との出会いと……(エド・ベル視点)

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特殊任務を終えて戻ると待っていたのは召集令。
双子の弟とめいを受けさんじた謁見室には、国王陛下、国王軍上官と錚々そうそうたる面々が揃っていた。

「本日行われた儀式にて五名の召喚に成功した」

そう話すのは国王陛下。
二ヶ月前の召喚の儀は失敗に終わり王宮魔導師数名が殉職したけれど、今回の召喚の儀は成功を収めたよう。

「召喚には成功したが問題がひとつ。五名の中に一名、勇者さまではないのに召喚された青年がいた」

それは召喚に巻き込まれてしまったということなのか。
勇者召喚のことは極秘機密で特殊部隊の一員でしかない私には詳しく分からないけれど、不運にも巻き込まれてしまったのならばお可哀想に。

「そこで二人に特殊任務を与える」

と聞いてハッとする。
特殊部隊の仕事は諜報活動スパイや暗殺が主。
その部隊に属する私と弟が呼ばれたということは、勇者ではなかった異世界人を暗殺せよと命じられるのでは。

「エドワード。ベルティーユ。双方にはその青年の専属使用人兼護衛として仕えて貰いたい」

……暗殺ではなく専属使用人?私と弟が?
表情を消していても内心では驚きを隠せない。

「二人の実力ならば護衛としてはもちろん使用人としても充分やっていけるだろう」

たしかに普段から諜報活動のためにあらゆる職に成り済まして潜伏しているけれど……。

は使用人の中でも特別。
しかも国命の専属使用人ともなれば一握りの存在。
そのような特別な専属使用人を二名も一人の主人に付けるというのは前代未聞で王家に等しい扱い。
勇者さまなら分かるけれど、勇者ではなかった青年にもそれほどの価値があるということなのか。

「聞きたいことがあれば答えよう」
「ありがとうございます、国王陛下。それでは一つ」
「うむ」
「私どもの任務はその方の専属使用人兼護衛としてお仕えしながら行動を監視警戒するということでしょうか」

そうお伺いを立てたのは弟のエドワード。
国王陛下はそれを聞いてフッと表情を緩める。

「報告はして貰うがそう難しく考える必要はない。こちらの都合で召喚したに関わらず勇者ではなかった彼には勇者宿舎で暮らして貰うことが出来ない。召喚した国の責任として、まだこの世界を知らない彼にも使用人と護衛をとそれだけのこと。専属にしたのは彼が暮らす場所が第一騎士団宿舎だからだ」

王宮騎士団第一部隊はこの国を護る要の存在。
才能のある騎士だけが属することのできるエリート集団。
その宿舎に住まわせるなんてますます前代未聞。

「国王軍の最たる第一騎士団の宿舎に複数の使用人を出入りさせる訳にはいかない。そこで使用人も護衛も兼任できる者として二人に白羽の矢が立った。推薦人は第一王女のルナだ」
「……プリンセスが私どもを」

王位継承権第一位の王太女ルナさま。
私と弟の命の恩人。
その方から推薦をいただけるなど光栄の極み。

「どうだろう。引き受けてくれるだろうか」
「「はっ」」
「よかろう。明日付けでエドワードを夕凪真専属執事バトラー、ベルティーユを夕凪真専属女中メイドに任命する」

夕凪 真ゆうなぎ しん
それが明日からお仕えする異世界人のお名前。


「どんな方だろうね。私たちのご主人さま」
「さあ」
「異世界人だからきっと黒髪黒目だよね」
「だろうね」

王城を出たあと弟と話しながら歩く。

「怖い方だったらどうしよう。奴隷扱いされるかな」
「俺たちは奴隷として仕える訳じゃない」
「そうだけど」

異世界の人はどのような方なのか予想もできない。
勇者さまの容姿は黒髪黒目と教わっているからきっと私たちがお仕えすることになる方も黒髪黒目なのでしょうけど、一部の貴族みたいに威張り散らす方だったら少しイヤかも。

「どんな方だろうと任務だからお仕えするしかない」
「あれ?本当はお仕えしたくない?」
「それは会ってみないと分からないよ。ただ、実際に会ってみて嫌な人だったとしても推薦してくれたルナさまのお顔に泥を塗るような真似はできない」

それはもちろんそう。
お仕えするなら威張ってない方がいいって思っただけで。

「早く家に帰って休もう。朝早いから」
「うん」

明日は朝から王城で専属任命状と制服を受け取り着替えて、その後ご主人が居る第一騎士団の宿舎へ。
忙しくなりそう。





翌日。

「……ねえ。あの方がご主人だよね?」
「ベッドで寝てるから……多分」

私と弟が部屋に行くとまだ眠っていたご主人。

「黒髪じゃないね」
「勇者さまじゃないから?」
「そうかも。でもあの色の髪も初めて見た」
「俺も見たことがない」

窓の方を向いているから顔は見えないけれど髪が白銀色。
異世界の方はみんな黒髪なのだと思っていたから吃驚。

「昨日の今日でお疲れだろうから静かに片付けよう」
「うん」

小さな声で話して静かに静かにお掃除。
私は風魔法で床のお掃除をして、弟はソファの背に置いてあった見たことのない衣装にリフレッシュをかける。

「もしかしてご主人は背が高い?」
「そうみたいだね。初めて見る衣装だけど大きい」

183cmの弟の衣装よりも長い丈。
この世界の人族でこんなに大きい方は見たことがない。

「あの背中は絵画?」
「分からない。寝具に絵の具はついてないけど」
「背中に絵を描くなんて異世界の儀式かなにかなのかな」
「もしそうなら異世界には不思議な儀式があるんだね」

お掃除をしていてもつい見てしまうご主人の姿。
コンフォーターから出ている背中には絵が描かれている。

時々小さな声で話しながらお掃除が終了。
朝食の準備も済ませたもののまだお目覚めにならない。

「……さすがに起こす?」
「そうだね。ご挨拶しないと」

身形を整えてからベッドで寝ているご主人に近付く。

「お目覚めください。夕凪真さま」
「……ん」

弟が声をかけるとモゾモゾと動いた体。

「おはようございます」

再度弟が声をかけるとご主人は飛び起きた。

「……誰?」
「「…………」」

弟も私も絶句。
目覚めて私たちを見たご主人は瞳の色は白銀色。
その瞳の色や髪の色はもちろん、これほど整ったお顔の方を見たのも初めて。

「「……お美しい」」

弟とほぼ同時に口にした言葉。
ご主人以上にこの表現が相応しい方はいない。

「ありがとう」

そう言って微笑んだご主人は天使か神か。
私と弟は神にお仕えすることになったのでしょうか。

「もう一度訊くけど、誰?」
「「ご無礼を!」」

ハッと我に返りベッドの隣にしゃがむ。
ご挨拶も忘れ魅入るなどなんて無礼なことを。

「国王陛下の命により本日付けで夕凪真さまの専属執事バトラーに任命されました、エドワードと申します」
「同じく本日より夕凪真さまの専属女中メイドに任命されました、ベルティーユと申します」
「国王のおっさんの命令ってことか」

国王のおっさん?
国王陛下をおっさん??

「こ、こちらが任命状です。ご確認ください」
「任命状?」

弟が渡した任命状を見るご主人。
窓から入る陽射しがあたって白銀の髪がキラキラ綺麗。

「うん。小難しいことは分からないけど、今日から二人が俺の世話役をしてくれるってことか?」
「はい。使用人兼護衛として仕えさせていただきます」
「勇者じゃないんだから気を使わなくていいのに。二人もごめんな。どうせ世話をするなら勇者の方が良かっただろうに」
「滅相もございません」
「光栄です」

私たちのような使用人にも謝罪の言葉を。
今まで諜報員として数々の主人に仕えてきたけれど、主人から謝罪の言葉を聞いたのも気軽に話してくださるのも初めて。

「名前はエドとベルって呼んでもいいか?」
「……愛称でお呼びいただけるのですか?」
ワタクシどもは使用人なのですが」
「え?駄目か?まだ早い?」
「い、いいえ!」
「ご主人さまに愛称でお呼びいただけるなど光栄です」

使用人を愛称で呼ぶご主人も初めて。

「ご主人って呼ばれるとむず痒いからシンでいい」
「主人をご尊名で呼ぶなどと無礼なことは!」
「俺本人が呼んでくれって言ったんだから無礼でもなんでもないだろ。堅苦しいのは苦手なんだ。言葉遣いも楽にしてくれ」
「で、では……シンさまと」
「まあそのくらいならいいか。譲歩してくれたんだから」

ご尊名で呼ぶことまでお許しくださるなんて。
私も弟も驚かされてばかり。

「じゃあ改めて。エド、ベル。この世界のことは何も知らないから迷惑をかけることもあるだろうけどこれからよろしくな。嫌なこととか駄目なことがあったらすぐに言ってくれ」
「勿体ないお言葉を」
「ありがとうございます」

ご主人改めシンさまは笑いベッドから脚をおろす。

「「……大きい」」
「身長か?まあ高い方だな」
「この世界でもごしゅ、いえ、シンさまほどの背丈がある方は珍しいです。お幾つあるのですか?」
「んーと、たしか195だか6だったと思う。健診を受けて一年くらい経つからうろ覚えだけど」

……195cm??
異世界の方はみなさま大きいのでしょうか。

「天気がいいな。いい一日になりそう」

窓の外を見ながら背伸びをする鍛えられたお美しい体。
何もかもが一級の芸術品のようなそのお姿はもう美しいを超えて神々しい。

「どちらへ行かれるのですか?」
「ん?歯磨きとシャワー」
「すぐに湯浴みの支度をいたします!」
「いや、眠気覚ましだからシャワーでも」
「湯浴みのお世話も使用人の役目ですので!」
「そ、そっか。じゃあ頼む」
「はい!」

シンさまにお仕えして初めてのお勤め。
失敗しないよう頑張らなくては。



────姉が嬉しそう。
普段は表情を隠すよう努めているのにご主人の前では隠しきれていない。

でもそれも分かる気がする。
この方は厭味なく自分たちを平等に扱ってくださるから。
使用人は許可を貰ってからでなくては主人に質問することが許されないのに、つい訊いてしまった背丈のことも嫌な顔ひとつせずにお答えくださった。

異世界の方はみんなこうなのか。
それともご主人が特別なのか。
お姿を見るまでは『国から特別扱いを受けていることを鼻にかけて使用人など虫けらのように扱うんだろう』などと思っていたことが申し訳なくなった。

この方は今まで出会った主人とは違う。
いや、裏の顔を隠してるだけかも知れないから気は抜けない。
プリンセスが推薦してくださったのだから気を引き締め執事バトラーとしてつとめなくては。

「随分と難しい顔をしてるな」

声をかけられハッと気付くと主人の顔が目の前に。
考えごとをしていたとはいえ声をかけられるまで気配を感じなかった。

「やっぱ俺に仕えるのが嫌なんじゃないか?」
「そ、そんな!滅相もないことです!」
「無理する必要はないぞ?国王のおっさんの気遣いはありがたいけど当分生活できるだけの詫びの金は貰ったし、勇者じゃない俺には使用人なんて贅沢すぎると思う。立場上断れないなら俺が国王のおっさんに必要ないって言えば済む話だから」

こちらの都合で異世界から来て貰ったのだから、例え勇者ではなくとも生活の保証をするのは当然のことのように思う。
それなのにただの使用人を贅沢とは謙虚な。

いや、抵抗があるのか。
勇者ではなかったのに特別な扱いを受けることが。
あてがわれたものに素直に甘える方ではないのだろう。

「シンさまは私が執事バトラーでは不満ですか?」
「不満も何も会ったばっかだし」
「私もです。もし不満に思うとすればシンさまを知ってから後のこと。今の段階ではお断りする理由がございません」
「そっか。じゃあこれからお互いを知って行こう」
「はい」

明るく笑う主人に釣られて表情が崩れる。
仕事柄表情を隠して生きてきたけれど、この方の前で隠し続けるのは難しそうだ。

「シンさま。湯浴みの支度が整いました」
「ありがとう。早速入って……なんで着いてくる!?」
「湯浴みのお手伝いをするのもワタクシの役目です」
「病人じゃないんだから自分で入れるし!」
ワタクシのお役目が……」
「………わ、分かった。頼む」

役目を拒否され姉が落ち込むとご主人は意見を変える。
どうやらご主人は落ち込まれると弱いようだ。
覚えておこう。

「私はおあがり後からのお手伝いをいたしますので」
「エドも!?」
「使用人ですので」
「使用人の仕事の幅広すぎないか!?」

驚きを隠せない主人は表情豊か。
少なくとも今は裏の顔を隠してるということはなさそう。
感情が分かり易すぎる。

渋々という様子の主人を見送ったあと改めて清掃再開。

「さてと。今の内に」

主人が起きた後はベッドメイク。
第一騎士団のこの部屋は要人が来た際に宿泊する特別室でワンルームのため、誰かが訪れた際には必ず目に入ることになるベッドメイクも気が抜けない。

新しいシーツに変えてシワのないよう整えているとドアをノックする音が聞こえて手を止める。

「はい」
「おはよう。エドワード」
「おはようございます。団長」

王宮騎士団第一部隊団長レナード・アンダーソン。
エリート集団の第一部隊を指揮する天才騎士。

「シンさまはお目覚めに?」
「はい。ですが今は湯浴みをしておいでです」
「そうか。じゃあこれを渡しておいてくれるか?」
「お預かりします。お着替えですか?」
「エプロン。昨日頼まれたんだ」
「エプロンを?」

どうしてエプロンを?
料理人でもないのに。

「食材は厨房の冷蔵庫に入れてあると伝えてくれ」
「承知しました」

ドアを閉めながら首を傾げる。
もしかしたらご主人は異世界で料理人だったのだろうか。
この世界でもそれを仕事にしようとしているとか?
働かずとも生活は国が保証すると思うのだけれど。

「お疲れさまでした」
「ありがとう」

湯浴みを済ませてバスルームから出てきたご主人の肩にバスローブをかける。
鍛え上げられた体と長い手足がまるで冠たる彫刻品のよう。

「騎士団長よりエプロンをお預かりしました」
「あ、もう買ってきてくれたのか」
「食材は厨房の冷蔵庫に入れてあるとのことです」
「分かった。後で確認してくる」
「はい。髪を乾かしますのでお部屋へ」
「そこまでしてくれるのか。ありがとう」

ご主人にはソファに座って貰いヒートを使って髪を乾かす。
容姿だけでは飽き足らず髪までも柔らかく艶やかで美しい。

「もしかして今使ってるこれって魔法?」
「はい。使用人スキルを使用しております」
「すご。本当に魔法がある世界なんだ。気持ちいい」

一定の使用人は使える珍しくもないスキルなのだけれど。
でも、こんなに喜んで貰えると少し嬉しい。

「質問の許可をいただけますでしょうか」
「ん?わざわざ許可をとらなくても。普通に訊いてくれ」

やはりご主人は今まで潜入してきた先の主人とは違う。
許可が不要と言われたのも初めてのこと。

「どうした?聞きたいことがあったんだろ?」
「はい。シンさまは異世界で料理人だったのですか?」
「え?全然。ホスト」
「パーティのホスト役をお仕事にしていたのですか?」
「そのホストじゃなくて……いや、接待役だからそのホストで合ってるのか?店に来て貰って接待するんだから間違ってはいないような。でもパーティの主催者ではないし」

異世界には風変わりな仕事があるのだなと思い訊けば主人は悩み独り言を呟きだす。

「えっと、ホストっていうのは酒を飲む店で働く男」
「飲食店の従業員を異世界ではホストと呼ぶのですか」
「いや、飲食店の従業員をホストって呼ぶ訳じゃなくて、ホストクラブって種類の飲食店で働く人。店に来てくれた女性客の隣に座って会話をしたり酒を飲んだりするのがホストの仕事」
「女性限定で?」
「男性客もたまに来るけど主な客は女性」

この世界にはない職。
どのような状況なのか想像もつかないけれど、女性の話し相手や飲み相手になる仕事など初めて聞いた。

「シンさまがお隣に座ってくださるだけで光栄ですね」
「そんなこと思ってくれる可愛い客は少ないぞ?少し扱いを間違えるとブチ切れる客ばっか。まあでも金を貰ってるのにブチ切れさせるような仕事しかできないホストも悪いんだけどな」

異世界の女性は強いようだ。
扱いを間違うと癇癪を起こすのはこの世界の貴族と似ている。

気軽に話してくださるご主人との会話は楽しい。
諜報活動のため使用人としてあらゆる貴族家に潜入した経験は数あれど、使用人の役目が楽しいと感じたのは初めて。
姉が着替えを済ませて出てくるまでの間、異世界のお話をたくさん聞かせて貰った。





あの日の出会いから時が経って。
ご主人は獣人族であることを打ち明けた我々のあるじとなってくださり、地上層の人々が憧れる英雄エローとなった。

英雄エローの称号に相応しい威風堂々としたお姿。
今まで数々の困難にも負けず勇敢に立ち向かい、自らの身命をすこともいとわず数多くの国民をお救いくださった。

そんなあるじは姉や俺の誇り。
あるじが認められていくほど嬉しかった。
そうなんだ、我々のあるじは凄いんだ、と。

美しいだけでなくお強くお優しい。
種族や階級で人を見下したり差別をしたりしない。
ただ甘やかすばかりでなく悪には怒れる正しさも持っている。


「シンさま!」

降り注ぐ雨のように白の軍服を濡らす返り血。
自らの手で粛清した人物が目の前で魔物に喰われ血飛沫をあげる姿を虚ろな目で見ていた。

「こんな報復で誰が幸せになるんだ!新たな憎しみを産むだけの報復に命をかけるなんて馬鹿だ!」

それは心からの叫び。
浴びた返り血の涙を流しながら。

「不幸に不幸を上書きしてなんになる!」

心優しいあるじ
でもその優しさと危うさが背中合わせであることを、ずっと傍にいた姉と俺は知っていた。

多くの者は英雄エローを完全無欠のように思っているだろう。
ただそれはシンさまの本当の姿ではない。
地上層の人々の夢を壊さぬよう誰もが憧れる英雄エローの姿を演じているだけ。

強さも弱さも持っているのが我々のあるじ
そんなありのままのシンさまが我々の尊敬する英雄エロー
シンさまだからこそ我々は憧れ崇拝している。


天に描かれた巨大な術式。
その中心から姿を表したのは闇を纏う大天使。
最初に見た白銀の神々こうごうしい大天使と違い、黒に染まったその大天使が今のシンさまのお心を表しているように思えた。

一閃。
闇の大天使も白銀の大天使と同じくたった一閃で魔物たちを薙ぎ払い、曇り空に溶けるように姿を消した。

英雄エロー!』

空に居るシンさまを見上げ勝利を喜ぶ人々。
シンさまの翼が消えて半身の魔王が受け止めた。

「……エド」
「……うん」

戦いが終わったことは喜ばしい。
でも我々は喜べない。

「アイツこれからどうなるんだろう。大天使なんて精霊王以上の神階の神だし、八頭八尾の魔物もとんでもなく強かった」
「追求されるだろうな。地上を滅ぼせそうな能力を持った奴が王都に居ることを周りが黙っておくとは思えない」

ロイズさまとドニさまも姉と俺の隣に来て空にいるシンさまと魔王を見上げる。

シンさまの力は人々を救った。
巨大な魔物を従え大天使の力すらも使って。
ただ、あれは明らかに人の域を超えた神の力。
多くの者が目にした力をもう誤魔化すことはできない。

「英雄は全ての種族の英雄だけど、もし国や種族間での戦いになったらブークリエ国に暮らす一人として戦に立つ。人の枠を超えた能力を持つシンが敵に回れば脅威だ。だから敵にならないようシンを取り合って戦争が起こる可能性だってある」

強すぎる力は脅威になる。
シンさまはみんなを護るためにお力を使ったに関わらず、今後恐怖の対象として見る人がいてもおかしくない。
それと同時に軍事面でも、戦になれば王都が圧倒的に優位であることを快く思わない人も出てくるだろう。

「例え地上の人々が全て敵になろうともワタクシはシンさまにお仕えします。例えそれで命を失うことになっても」
「うん。それは俺も思ってるよ」

主従契約を結んだ時からこの命はシンさまのもの。
あるじのためにかける命は惜しくない。
惜しくないと思えるほどシンさまからは数々のものを貰ってきたから。

この先シンさまがどのような目で見られても変わらない。
ずっとお傍でお仕えする。
姉と俺は英雄エローだからお傍に居るのではなく、シンさまが好きでお傍に居るのだから。



─────その数日後。

地上層の種族合同で行われた鎮魂祭。
代表騎士、ブークリエ国とアルク国の騎士や魔導師、そして閉幕の儀を見に来ていた観客の中からも多くの命が犠牲となり、祝いごとは全て中止して地上層の人々が喪に服した。

その期間10日。
服喪期間が終わった翌日、サインや紋印を押した山のような書類と、西区の多額な資金の譲渡と領地を国に返還する旨を書いたメモと、姉と俺に宛てた『お前たちの幸せを願う』と書かれた手紙を部屋に残して、我々のあるじは姿を消した。
 
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