ホスト異世界へ行く

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第八章 武闘大会(後編)

報復

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1ヶ月以上続いた武闘本大会。
全日程の最後を締め括る閉幕の儀が行われている。

早朝からフローラルな風呂に入れられ全身を磨かれ、風呂をあがった後にもフローラルなオイルを使った全身マッサージを受け爪まで磨かれ、髪をセットしたあと閉幕式のために用意された特別な軍服を着て装飾品で飾るまで数人がかりで数時間。
王都を代表する騎士の最後の見せ場になるとあって、マッサージ師や着付け師や衣装師の気合いは凄まじかった。

闘技場コロッセオも超満員。
地上層の人たちにとってこの武闘大会がどれほど重要なイベントなのかを最後の最後まで実感させられた。



閉幕の儀、数時間前。

「それでは私どもは一足先に王都へ戻ります」
「凱旋パレード楽しみにしております」
「うん。子供たちのことは頼んだ」
「「お任せください」」

部屋に訪れたのはデュラン侯爵とシモン侯爵。
西区のみんなを連れて王都へ戻る前に挨拶に来てくれた。

「御二方は閉幕の儀を見て行かれないのですね」

二人が出て行ったあと、今まで黙ってマッサージをしていたマッサージ師から訊かれる。

「二人は自分たちの領地から代表騎士を出してないけど人気観光地としての仕事があるから。俺が出店した店は昨日で閉めたし、西区のみんなを王都まで送ってくれることになってる」

武闘大会で盛り上がっているのは大会施設だけじゃない。
道中の宿泊先として観光客が立ち寄るから人気のある領地は忙しくなる。

「御二方の領地は女性にも大人気ですからね。デュラン領の温泉にはお肌の再生効能がございますし、今使用しているこちらのオイルはシモン商会の人気商品でなかなか手に入りません」
「へー。オイルのことは知らなかった」
「シモン侯爵夫人が経営するコスメ部門の商品です」
「そうだったのか」

夫人がコスメを販売してるのは聞いてたけど、王都代表のケア用品として選ばれるんだから相当人気のある商品なんだろう。

「男性用のケア用品も作ってくれないかな」
英雄エローがお使いになるのですか?」
「うん。異世界に居た時はエステに行ったり自分でケアもしてたんだけど、この世界にはメンズ専用の商品がないから」

この世界にあるケア用品は男女兼用。
というより女性用のを男性も使っている。
男女で肌質が違うんだし、香りもフローラルフローラルしてない男性向けの商品があってもいい気がするんだけど。

英雄エローが欲しがっていることを知れば商人や調合師がこぞって商品開発に取り組むと思いますよ」
「いやそこまで本気出してくれなくていいんだけど。この世界にもあったらいいのにって思っただけ」

この世界に今までなかったのは必要がなかったから。
女性に合わせて作ったもので事足りていたってことだろうからわざわざ開発して貰うまでもない。

「でしたらシモン侯爵夫人に御相談してみては?多くの調合師や調香師を雇用なさっておりますので」
「そうしてみるか。他のケア用品を作るついででいいから作って貰えないか頼んでみる」

そんなことを三人のマッサージ師と話しながら全身のオイルマッサージをして貰った。



閉幕の儀、会場。

長かった大会スポンサーたち(貴族)の祝辞がようやく全て終わって、途中で飽きて何度も噛み殺した欠伸をまた噛み殺す。
一人で読みあげてる人も大変だろうけど聞くこちらも朗読会に参加した気分で眠くなってしまった。

そんな閉幕の儀も終盤。
貴賓室の硝子越しに姿を見せた両国王や王妃たち大公、そしてリサを除く勇者三人の姿に観客が大歓声をあげた瞬間。

【ピコン(音)!音声モード。特殊恩恵〝神に愛されし遊び人〟と特殊恩恵〝天啓〟が融合。これにより特殊恩恵〝神に愛されし遊び人〟は〝神魔に愛されし遊び人〟へ融合進化しました】
「は?」

唐突に中の人の声。
なんでこのタイミングで進化を。
しかも『融合進化』なんて初めて聞いた。

【特殊恩恵〝Dead or Alive〟の効果により守護が発動。特殊恩恵〝カミサマ(笑)〟の効果により加護が発動】

なおも続く中の人の声。
進化しただけでなく特殊恩恵まで発動した。

「これは一体」
「な、なんだこの膜」
「魔法か?」
「シンさまの特殊恩恵です!」
「「は!?」」

傍に居るルネやドニやロイズが驚き、各地の代表騎士や観客たちにも守護の効果が現れたらしく驚きの声が広がって行く。

【特殊恩恵〝不屈の情緒不安定〟の効果により全パラメータのリミット制御を解除、限界突破リミットブレイク。特殊恩恵〝大天使だいてんし〟の効果により自動回復オートヒールが発動】

観客席は大パニック。
突然膜のようなものに包まれれば怖がるのも当然。

【特殊恩恵〝魔刀陣〟の効果により魔神刀  雅みやびを召喚。恩恵〝天陣〟の効果により堕天 風雅ふうがを召喚。ただいまより特殊恩恵〝神魔に愛されし遊び人〟の効果、神魔モードに移行します】

まさかのフル解放。
急にどうして。

「なぜ特殊恩恵が」
「それが俺にも分から」
【神魔特殊召喚。聖天使シェルを召喚します】
「……え?」

意味が分からないまま召喚された雅と風雅を手に取りながらエドに答えていると闘技場コロッセオの天空に光で巨大な術式が描かれる。

光の術式からゆっくり降りてきたのは巨大な天使。
巨大な白い翼が生えてるから多分大天使。
白銀の鎧に身を包み長槍を手にしている。
今まで大パニックだった闘技場コロッセオがその神々しい姿の大天使に圧倒されて静まった。

【我が創造主。この刻を心よりお待ちしておりました】
「……いや誰!?」

空中で俺に跪いて言った巨大な大天使を見上げて驚く。
どなたかとお間違えではないでしょうか(震)。

「シンさま。こちらの大天使さまは」
「全然分からないけど俺を創造主って」
「会話ができるのですか?」
「え?聞こえてない?」
「はい」

訊いたベルだけでなくみんなから首を横に振られる。
大天使の声は俺にしか聞こえてないらしい。

【今の私がお護りできるのは一度きり。ついの者を呼びこの危機をどうぞ乗り越えてください】
つい?危機?」
【魔王フラウエル。かの時代より創造主の対として存在し続ける者。三日月を持つことを許された者】

魔王?
そう言えば珍しい種族のアイツもついが何とか。

「……地鳴り!?」
【参ります】

詳しく聞く暇もなく足元から地鳴りが聞こえ大天使が白銀の槍を構えると、地面が割れあらゆる場所からが姿を表す。
それが何かを認識するより早く空を切る長槍の一刀で何かを薙ぎ払った大天使は、弾けるように光の粒となって消えた。

『シン殿!』

一瞬のことに唖然としてると聞こえた国王のおっさんの声。
その声でハッと我に返って大天使が『護れるのは一度きり』と言っていたことを思い出す。

英雄エローの名においてこの場に居る全ての精霊族に命ずる!観客は警備スタッフの誘導に従い即刻退避!貴賓室の護衛は両国王家と勇者を安全な場所へ避難誘導!両国の国王軍ならびに代表騎士で戦える者は全員武器をとれ!次が来る!」

指示と同時に地鳴りがして地中から姿を表したのは魔物。
巨大な魔物の大軍に闘技場コロッセオは悲鳴に包まれる。

「「シンさま!」」

俺の足元が割れて姿を表した魔物。
ティラノサウルスを彷彿とさせる巨大な魔物の頭上に乗せられている状態で頭に雅と風雅を突き刺す。

「足手まといになる者は要らない!死にたくなければ俺の守護がある内に全力で逃げろ!誰かが助けてくれると思うな!」

アリーナの上で魔物相手に怯えている代表騎士も居てソイツらにも退避指示を出す。

英雄エローの指示に従え!死にたいのか!」

怯える代表騎士たちの前に飛び出したのはダンテさん。
盾で魔物の攻撃を防ぎエルフ族の代表騎士へ怒鳴る。

英雄エローここは私どもにお任せを!」
「頼みます!」

ラウロさんも加わり障壁をはるのを見て怯える代表騎士の誘導は二人に任せ、エドたちにも指示をして観客席へ転移する。

なにが起きてるのかは分からない。
ただ、ここに居る人たちの命が危機に晒されていることだけは間違いない。

地面にあいた穴から次々と現れる魔物。
代表騎士だけでなく両国の王宮騎士や王宮魔導師も加わり戦っているのに一向に数が減らない。

「シン!」
「エミー。国王のおっさんたちは避難させたのか?」
「ああ。護りながらでは戦えないからね」

王家や勇者は無事に避難させたようで互いに手を止める暇もないまま戦いつつ会話を交わす。

「もうさっきのアレは使えないのか?大天使」
「あれは特殊恩恵だから自由には使えない」
「厄介だね。君の守護が消えて負傷者の数が増えてきた」

ずっと戦い続けているから負傷者が増えるのも当然。
倒しても倒しても湧いて出てくる。

「なんでこんなに集まってくるんだ」
「私にもそれが分からない。こんなことは初めてだ。まるで魔物たちがこの場所へと呼び寄せられているかのようだ」
「魔物を呼び寄せるなんて可能なのか?」
「可能だ」
「フラウエル」
「遅くなってすまない」

俺とエミーが戦っていた魔物が闇色の炎に包まれたかと思えば姿を現したのは魔王。

「この建物に魔物寄せの晶石が仕掛けられていた」
「え?」
「計21ヶ所。この1つを除いて全て破壊してきた」
「残したらこれに呼び寄せられるじゃないか」
「既に封じてある。そのまま渡すほど愚かではない」

魔王がエミーに投げて渡したのは魔封石。
証拠用に1つ残してくれたんだろう。

「呼んでから時間がかかったのは破壊して回ったからか」
「ああ。魔物が呼び寄せられている限り終わらないだろう?」

大天使が魔王を呼ぶよう言ってたことを途中で思い出して呼んだのになかなか姿を現さないと思えば。

「じゃあようやく終わりが見えてきたってことだね」
「このまま何事もなければな」
「まだなにかあるのか?」
「この人為スタンピードを仕掛けた者に聞け」
「人為スタンピード……まさにその通りだ」

空を飛ぶ魔物を雷で撃ち落としてエミーは苦笑する。
例え魔封石を破壊しようと、それを設置してスタンピードを起こした犯人がこの闘技場コロッセオのどこかに居て次の何かを仕掛けてくるかも知れない。

「……なんだあれ」

地面が割れて姿を現したのは黒く巨大な魔物数十匹。
サンドワームのようなグロテスクな容姿に黒い霧のような魔素を纏っていて、今までの魔物とは格が違うことを肌で感じるその魔物は既に事切れている魔物をむしゃむしゃと食べている。

「ヘルワーム」
「知ってるのか?」
「魔層内に住む魔物で溶解液とブレスを使う。弱った者はすぐに引かせた方がいい。魔素に侵されて死ぬぞ」

異空間アイテムボックスから大剣を出しながら言った魔王。
少し楽しそうな表情をしているということはこの魔物は強いということだ。

「体力のない者は退避!今までの魔物とは違う!」

エミーが大声で指示を出すとヘルワームたちは雄叫びをあげるかのように耳を劈くような鳴き声をあげる。

「死ぬなよ。夕凪真。子供賢者」

少し笑った魔王はヘルワームの一匹に突っ込んで行く。
今それは洒落にならないぞ、魔王。

「エミーは退避指示を。俺もフラウエルに続く」
「分かった。死ぬんじゃないよ」

だから今は洒落にならないって。
そう思いつつ翼で飛んで魔物を倒しながら王都代表の四人が戦っているところへ行く。

「魔力が減ってる奴はいるか!」
『シン(さま)!』
「全員か。時間がないから方法は文句言うな」

魔封武器で戦っていたらしく全員の魔力が減っている。
ヘルワームを押さえるのはドニとベルに任せてまずは回復が使えるエドから口移しで魔力を送り、ロイズ、ベル、ドニと次々に譲渡していった。

「絶対倒す。こんな屈辱を味わって死ねない」

ロイズは口移しの譲渡二度目だけどな。
知らぬが仏。

「コイツは溶解液とブレスを使うらしい。無理だと思ったら無理をせずすぐに引け。生きて会おう」
『Yes,Sir!』

既に力尽きて倒れている者たちも居る。
その姿に胸は痛みながらも振り切るようにヘルワームの一匹に突っ込む。

「お前たちは呼ばれて来ただけかも知れない。……でもこれ以上みんなを死なせる訳にはいかないんだ!」

刀を突き刺して恩恵の神の裁きを使うと闇の塊は大蛇の姿になってヘルワームの体を包み燃やす。
俺の体力や魔力にも限界はある。
でも今はそれを気にしてはいられない。

一匹一匹と倒れるヘルワーム。
ただしこちらも次々と犠牲者が増えている。
強いヘルワームも含め魔王が一人でかなりの匹数の魔物を倒してくれているに関わらず、次々と湧いてくるせいで倒すのが追いつかない絶望的な状況。

「……もう少し。もう少し頑張れ」

絶望的な状況でも本当に絶望している暇はない。
犠牲になった人たちに報いるためにも全て倒さないと。
戦いながら自分を励ます言葉を口にする。

「……は?」

ドンと大きな音がした先を見るとそこに居たのは……

「デザストル・バジリスク」

ここにきて現れたのは厄災の王。
ヘルワームだけでも既に犠牲者の数は計り知れないのに、厄災と呼ばれる魔層の王までが現れてはもう絶望でしかない。

「……どうしたら」

呟いたと同時に八つの頭がそれぞれブレスを吐く。

「……え?」

厄災の王が吐いたブレスが当たったのはヘルワーム。
八匹のヘルワームが一気に炎に包まれて断末魔をあげる。

ズルリズルリと体を引きずり俺の方へ近付く厄災の王。
あまりの巨体に戦っていた者たちも急いで退避する。

「夕凪真!」

転移して来て俺を庇うように腕におさめた魔王。
厄災の王は弓や魔法を受けても意に介さない様子で動きを緩めることもなくズルリズルリと近付いてきた。

【神魔の民たちよ。民を名乗る神魔たちよ。聞こえるか】
「……え?」
「厄災の王の念話か」

頭に直接聞こえてきた声。
魔王にも聞こえているらしく構えていた大剣を引く。

「みなの者、攻撃止めい!」

魔王固有の能力なのか、魔王があげた魔力を含むその声で今まで厄災の王に攻撃をしていた人たちがスッと攻撃を辞めた。

【白銀の神魔よ。今こそあの時の恩を返そう】
「恩?」
【我と契約を。この厄災の王を使役せよ】
「……使役!?」
【護りたいのだろう?この愚かな者たちを】

厄災の王の話を聞いて魔王と顔を見合わせる。

「厄災の王。この者に力を貸そうと言うのか?」
【我は数千年の永き刻を生きてきた。厄災の王と呼ばれ恐れられてきた。その我を回復するなどという愚か者は初めてだ。救われたこの命、白銀の神魔のために使おう】

魔王から訊かれた厄災の王はそう答える。

「……本当にみんなを助けてくれるのか?」
【誓おう】

嘘は言ってなさそうだけど……。

「従魔契約を結べば厄災の王は主人のお前に害をなすことが出来なくなる。この状況も魔層の王の力を借りることが出来れば犠牲者は減るだろう。ただし、その代償としてお前はますます人外の存在となるがな。決めるのはお前だ」

ヒトとして生まれてヒトとして育ってきた。
なのにこの世界に来てからと言うもの力を得るほど人外になっていく。

……本当に、暇を持て余した神々は俺で遊び過ぎ。

「わかった。俺一人が人外になることで誰かの命を救えるのなら喜んで人外にだってなってやる。俺と契約してくれ、デザストル・バジリスク。みんなを護るために力を貸してくれ」
【承知した。我の頭にある核に額を】

魔王の腕から離れて厄災の王の頭にある宝石のような赤い核に額を重ねる。

【白銀の神魔よ。我を使役せよ】

アミュの時と同じく目を眩ませる一瞬の光。
体に温かい何かが入ってきたことを感じた。

「……厄災の王の体が白銀に」
「無事に使役できたようだな」

厄災の王の苔の生えていた緑色の体が白銀色に変わって今まで以上の強い力を感じる。

「すぐに行けるか?デザストル・バジリスク」
【無論】

そう言って厄災の王は息を吸い八つの頭から再びブレスを吐き出した。

「おい!味方まで燃やすなよ!?」
【案ずるな。このブレスは魔物にしか効果がない】
「……さすが魔層の王さま……超有能すぎて怖い」
「それを使役しているのは自分だろう?俺たちも行こう」
「ああ!これ以上の犠牲者を出さずに片付ける!」

異世界最強の魔王と魔層最強の厄災の王の力を借りて、ようやくこのスタンピードにも終わりが見えてきた。
地上層に暮らす一人として俺も負けていられない。

「お前たち大丈夫か!」
英雄エロー!』

ヘルワームと戦っているカムリンたちの所に行って範囲回復エリアヒールをかける。

「あの八頭八尾の巨大な魔物は一体なんなのですか!?私たち精霊族にはブレスが効かないようですが!」
「あの魔物は俺の仲間だ。攻撃しないでくれ」
『魔物が仲間!?』
「だから一緒に魔物を倒してくれてる。お前たちも無理だと思ったらすぐに引け。これ以上の犠牲者は出したくない」
『はいっ!』

カムリンたちを回復してまた次へ。
範囲回復エリアヒールを使って回復して回る。

「団長!」
「シンさま!」
「すぐに回復ヒールをかける!」
「ありがとうございます!」

ヘルワーム二匹を相手にしていた騎士団のみんな。
食われたのか団長の左腕はなくなっていて、一緒に戦っているみんなも溶解液やブレスでやられたらしく満身創痍。
それでも立ち向かって行くのが凄い。

「大切なものを護るため我が身を賭して戦う勇猛果敢な騎士たちに神々のご加護を。慈悲を。祝福を」

重症者が多い騎士たちに祈りを込めて上級範囲回復エリアハイヒールをかける。
温かい光が騎士たちを包んで体内に吸収された。

「ありがとうございます!これでまた戦えます!」
「生きてくれ!生きてさえいれば必ず助けるから!」
『はっ!』

なくなっていた腕や焼けただれた傷も回復した騎士団のみんなはまたヘルワームに立ち向かって行く。
今は戦っているみんなが誰かを護るため生き残るために必死。

「シン!」

攻撃魔法と範囲回復エリアヒールを使い続け満身創痍になりながら翼で飛び回っていて聞こえてきたその声。

「ロザリア!?なんで逃げてないんだ!」

そこに居たのはロザリア。
歌唱士は戦闘系の職じゃないのにどうして逃げなかったんだと焦って地上に降りる。

「早く逃げろ。出口まで連れて」

走ってきたロザリアに話し途中だった口は止まる。

「……どういうことだ」
「ごめんね、シン」

音とともに胸部に走る痛みと熱。
ロザリアが手にしていた銃口から硝煙があがる。

英雄エロー!」

白い軍服に広がって行く赤い染み。
俺に銃口を向けたままのロザリアは泣いていた。

「やっぱり銃なんかじゃシンは倒せないよね」
「なんで……こんなことを」
「報復のために」
「報復?」

銃声に気付いて走って来た人たちを制止して自動回復オートヒールでは追いつかない胸の傷に自分でも回復ヒールをかけながら話を聞く。

「フラウエル待ってくれ!」

魔祖渡りを使ってロザリアに大剣を振りかざした魔王。
俺の声に反応してギリギリのところで大剣を止めた。

「このスタンピードを起こしたのはロザリアなのか?」
「うん」
「俺に報復するためだけに多くの人を犠牲にしたのか?」
「違うよ、逆。みんなシンには何の恨みもない」
「みんな?」

ポロポロ泣きながらも話すロザリア。
既に死ぬ覚悟はできているらしく魔王から大剣を突きつけられていても逃げもしない。

「シンが召喚される前からもう計画は始まってたの。ある人はエルフ族に報復を。ある人は人族に報復を。ある人は獣人族に報復を。シンはその報復に巻き込まれただけ。強すぎるから計画の邪魔になると判断されただけ。だから私が殺しに来た」

放映を使って闘技場コロッセオに流れ始めたロザリアの歌声。
歌詞の分からないその耳障りな歌声が流れると地面が再び揺れてヘルワームの群れが姿を現した。

「フラウエル!放映石を破壊して来てくれ!」
「この者を生かすつもりか」
「いいから頼む!この歌が流れてる限り魔物が来る!」

歌声が流れ続ける限り魔物が呼び寄せられる。
ますます多くの血が流れる状況を止める方が先だ。

「シン。英雄の権限を使って私を殺して」
「なにを言ってるんだ!できるはずないだろ!」
「お願い。生かして貰っても自分で命を断つだけ。それを止められても処刑台にあがるだけ。死ぬ結末は変わらない」

無言のまま魔王が放映石を破壊しに行くとロザリアはそんな願いを口にしながら自分のこめかみに銃口を向けて歩いてくる。

「シンの手で殺して。死ぬのは好きな人の傍がいい」
「勝手なことを。執行する俺の気持ちはお構いなしか」
「ごめんね、シン。大好き。でも私たちが出会った時にはもう運命は決まってたの。計画は止められない」

勝手すぎるロザリアの言い分。
俺の気持ちを揺さぶって軽くキスしたロザリアはすぐに離れ後退ると放映で流れる曲と同じ歌を歌い始めた。

ロザリアとその仲間が起こしたスタンピード。
それの所為で多くの者が傷つき犠牲になった。
間違いなくロザリアは断頭台にあがることになる。

「……ロザリア。この度の人為的に起こしたスタンピードで多くの罪なき者を傷つけ命を奪ったことは許されない。また、神より賜りし能力を悪用し他者を傷つけたことも許されない」

俺が宣言する間もロザリアは歌い続ける。
自らの罪を上乗せするように。
今この場で殺さなければいけない理由作りのように。

「ブークリエ国特級国民シン・ユウナギ・エローの持つ英雄エロー権限を行使し、今ここで貴殿の処刑を執行する」

宣言を終えて刀を振りおろす俺にロザリアはいつものあの笑みを浮かべた。

斬ると同時にロザリアの体をヘルワームが噛みつく。
守護の効果が切れている俺に降り注いだロザリアの血の雨。
肌を伝う生温かいそれと一緒に涙が落ちた。

「……こんな報復で誰が幸せになるんだ!新たな憎しみを産むだけの報復に命をかけるなんて馬鹿だ!」

俺のことも捕食しようとしたヘルワームの大きな口に何発も火魔法を撃ち込む。

「不幸に不幸を上書きしてなんになる!」

空へ飛んで魔物たちに向けて神の裁きを使う。
肌を伝う生温かいものが血なのか涙なのか、自分にももう分からなかった。

【ピコン(音)!神魔特殊召喚。死天使ヘルを召喚します】

再び聞こえた中の人の声。
空が曇って闇色の巨大な術式が描かれる。
術式の中心から姿を見せたのは黒の鎧を着た巨大な騎士。
真っ黒の巨大な翼が生えている。

【我が創造主に刃向かう魔物たちよ。無に還るがいい】

黒騎士が巨大な剣を横に一振りすると、断末魔をあげる暇も与えられず厄災の王以外の全ての魔物が灰になって崩れ落ちた。

「……終わった」

魔物が居なくなると厄災の王も姿を消す。
それを見て全て終わったんだと理解した。

英雄エロー!』

戦いが終わって歓喜の声をあげるみんな。
空に居る俺を見上げて喜びをあらわす。

「夕凪真!」

地上を見下ろしていて力が抜け翼が消えたと同時に魔王から抱えられる。

「勝ったというのに酷い顔だ」
「俺たちは本当に勝ったのか?……犠牲が大きすぎる」

空から見ているからこそ見える光景。
多くの血が流れ、あらゆる所に動かない人の姿がある。

たしかに魔物は居なくなった。
でも、戦い命を落とした者たちの犠牲は余りにも大きい。

報復という愚かな行為で起こされたスタンピード。
犠牲になった者の殆どは巻き込まれただけの罪のない人。

「地上の者は魔族を悪だと言うが自分たちも善ではないことには目を瞑り耳を塞ぐ。地上の種族にもこれだけの残酷なことをする者が存在するというのに」

視界に入れることを躊躇するほどの悲惨な光景。
いま喜んでいる人々は戦いが終わったばかりでまだ犠牲者の多さを実感できていないんだろう。

「俺もその残酷なことをした一人だ」

ロザリアを斬った感触が手のひらから消えない。
最期に見せたあの笑みも焼きついている。
目の前で食いちぎられた姿も。

「俺はなんのためにこの世界に召喚されたんだろう。元の世界にいた時はどんなにクズでも人を殺めたことはなかったのに。なにを求められてここに居るんだろう」

博識の魔王であっても答えられないその問い。
無言のまま魔王は血に濡れた俺の顔をローブで拭う。

多くの犠牲を払った戦い。
勝利に喜ぶ人たちをただぼんやりと見下ろしていた。

 
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