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第八章 武闘大会(後編)
役立たず
しおりを挟む最強戦の翌日。
朝早く騎士団の人が代表宿舎に来て話を聞き、指定された時間に着くよう支度して王家や勇者の宿泊している宿に来た。
「英雄。早朝からお呼び立てして申し訳ございません」
「大丈夫。リサの様子は?」
「変わらず。今は魔導師が外から障壁をかけています」
「分かった」
宿の出入口で待っていたのは勇者専属の医療師。
急ぎ足で案内される部屋に向かう。
「シンさま」
「怪我はないか?」
「はい」
「ヒカルたちは?」
「別の階のお部屋で待機していただいてます」
廊下の角に立っていたのは第一騎士団の騎士。
その先に誰も行けないよう警護しているようだ。
簡単に話を聞いて向かった部屋から感じる魔力と物音。
術式で障壁がかけられている部屋の前には医療師二人と一緒に魔導師長と副団長が警護で付いていた。
「目が覚めてからずっとこうなのか?」
「はい。シンさまをお連れするようにと」
俺が早朝から呼ばれた理由はそれ。
昨晩睡眠魔法が切れて目覚めてから暴れ出したらしく医療師や魔導師が話しても聞く耳を持たなかったようで、最終的にリサの願い通り俺が呼ばれた。
「今はエミーリアさまと団長が室内におります」
「分かった。障壁を解いてくれ。中に入る」
魔導師長は不満気ながらも障壁を解く。
国仕えでも使用人でもない俺に行かせるのは嫌だろうけど、本人が俺を呼んでるらしいから今は堪えて欲しい。
「リサ!聞こえてるか?リサ!」
ドアをノックして声をかけてみたけど中から聞こえる騒音は止まず、魔法に警戒してドアを開けた。
「シン!」
「寝起きの運動にしては派手にやったな」
破壊され尽した室内。
俺に気付きベッドから走って来て抱き着いたリサの頭を撫でながら悲惨なことになっている室内を軽く見渡す。
「二人とも怪我は……大丈夫そうだな」
「はい」
障壁の術式の上に立っていたエミーと団長。
二人にも怪我がないことを確認してホッとする。
「リサ。どうしてこんなことをしたんだ」
大会の会場では闘技場や訓練室などの決められた場所以外での攻撃魔法は禁止されている。
身を守るために致し方なくであれば許されても破壊行為を行ったとなれば逮捕されてもおかしくない。
話しかけた俺に無言で抱き着いたままのリサ。
機嫌を損ねてまた暴れ出すかも知れないから今は諭すようなことを言わない方がいいか。
「俺に用があったんだろ?話を聞くから座ろう」
そう声をかけても状況は変わらず。
リサの背中を子供をあやすように軽く叩いて抱き着いている腕を解こうとしてみたけど離してくれない。
「話があったから俺を呼んだんじゃないのか?」
聞いてもひたすら無言。
目が合わないどころか顔すらあげない。
極めつけに抱き着いたまま離れないときた。
……さあどうするか。
これが女性客なら多少強引に顔をあげさせ甘い言葉でもかけて話してくれる状況に持って行くけど、同朋という関係性しかないリサ相手にはそうもいかない。
また暴れ出すかも知れないから下手なことは言えない。
同朋で妹的な立ち位置の子に下手な空気も作れない。
そんな状況では結局なにもできず、ただ背中を叩いてあやすことしかできなかった。
「とりあえず座ろう。立ったままじゃ疲れるだろ」
しばらくあやしてみたもののギブアップ。
リサが自分から話してくれるのをこのまま待っていても進展しないと判断して少し強引に腕を解いて抱きかかえ、辛うじて無事なベッドに座らせた。
「そろそろ話してくれ。目が覚めてから俺を呼べって言ったんだろ?呼べない理由を説明されても聞かずに暴れたのはそれだけ俺に話したいことがあったからじゃないのか?」
リサの前にしゃがんで聞くと目を逸らされる。
目を合わせたくないならそれでも構わないけど、魔法を使って大暴れしたんだから理由は聞きたい。
「……用がないと呼んじゃいけないの?」
「逆に聞きたい。用もないのに他人や宿に迷惑をかけてまで俺を呼び出すのが正しい行動だと思うのか?」
これが普通に呼び出されたならいい。
朝昼晩関係なく呼び出されることは前に居た世界の客で慣れてるしリサと俺だけの話で済むならいいけど、用もなく宿を破壊して呼び出したことをいいとは言えない。
今は病んでるからとそれを許してしまったら今後も大勢の人に迷惑をかけることになる。
「シンが帰るから悪いんでしょ!」
「帰るだろ。せっかく寝てるのにわざわざ起こさない」
「勝手に寝かせたんじゃん!」
「話ができる状態じゃなかったから寝かせたんだ」
やっぱりこうなったかと予想通りな展開に焦ることもなく、ヒステリックに怒鳴るリサへ冷静に答える。
「シンなんて嫌い!」
俺に向かって手を翳したリサ。
聖魔法で作られた光の剣が俺の目の横をかすって部屋の床に突き刺さった。
「シンさま!」
「大丈夫。術式の中に居てくれ」
無反応のエミーと違って来ようとした団長を止める。
キッと睨んで懲りずに聖魔法を打つリサに溜息をついて全ての魔法を無効化した。
「魔法が消え……特殊恩恵!?」
「いや。なにも発動してない」
俺の特殊恩恵は強い相手と対峙した時に発動する。
目の前で魔法を使われても特殊恩恵が発動しなかったということは、リサと俺の実力差がそれだけ離れている(つまり命の危険がない)ということ。
「なんで!なんで消えちゃうの!」
「まだ習ってないのか?魔法の無効化」
かすったのはあえて当たっただけ。
血を見れば冷静になって辞めるだろうと思ったけどその目論見は外れたから、これ以上は部屋を破壊されないよう後の攻撃魔法は無効化させて貰った。
「気が済んだか?」
「……勇者じゃないのに勇者より強いっておかしいよ!」
散々魔法を使ったリサは肩で息をする。
これだけ連発して撃てば疲れて当然だろう。
魔力量の多さはさすが勇者。
「それはそうだろ。訓練の内容も費やした時間も違う。俺は国から守られてる勇者と違って自分の身は自分で守る必要があるから、文字通り死にかけながら短期間で鍛えて貰ったんだ」
現時点では俺の方が力を使いこなせて当然。
ホワイト企業の勇者とブラック企業の俺の訓練内容では使いこなせるまでの期間に差がでるのも当然だ。
「なんで役たたずの方が強いの!狡いよ!」
「狡いって言われてもな。死に物狂いで訓練した結果で楽して力を使えるようになった訳じゃない。役たたずって言われても俺もお前たちと同じく自分で特殊恩恵を決めた訳じゃない」
また役たたずと言われてチクリと刺さる。
昨日のはその場の勢いで言っただけと思いたかったけど、二回目ともなると本音でそう思ってるんだろう。
最初から思ってたけど口にしなかっただけなのか、勇者じゃない俺が憎らしくて思うようになったのか分からないけど。
「シン、もう帰っていい。後は私たちで対応する」
「黙ってて!」
「甘ったれるな!」
術式から出てきて溜息をつきながら俺に言ったエミーは声を荒らげたリサに怒鳴り返す。
「召喚したこの世界の私たちにならいざ知らず同朋にまで我儘放題いうわ攻撃までするわ。君のいう役たたずは自分にとってだろう?自分の傍に居てくれないから役たたず。自分の思い通りになってくれないから役たたずってね。シンのことを役たたずと思っているのは君と一部の無知だけだよ」
鼻で笑うエミーにまた魔法で攻撃しようとしたリサはあっさり捕縛魔法をかけられる。
「勇者宿舎で大切に護られてる君は知らないだろうが、シンは君よりも遥かに苦労してるよ。英雄として領主として異世界人として主として。重圧の大きさはもちろん命だってもう何度も狙われてる。それでも精一杯生きて何度も死にかけながら国民を救ってくれた。その英雄を役たたず?現実から逃げてる君がそれを言うとは笑わせる」
ベッドに座っているリサを突き飛ばす勢いで倒したエミーはそう話しながらベッドに座った。
「以前私へ反抗した時にも感じたが、ますますシンへの依存が酷くなったようだね。言っておくが異世界から召喚された君たち五人は同じ世界から来たというだけの赤の他人だ。親兄弟でも恋人でもない同朋がどう生きようとお互い何の責任もないというのに、いつから自分の都合に合わせてくれて当然と勘違いしたんだ?シンの人生はシンのものだ。君たち勇者のために存在している訳じゃない」
冷たい目でリサを見下ろすエミー。
勇者相手だろうとハッキリ言うところがエミーらしい。
「貴女に関係ないでしょ!外しなさいよ!勇者にこんなことしていいと思ってるの!?」
「勇者だろうと人に危害を加えるなら大人しくさせるのが当然だろう?勇者なら何をしても許されると思うな」
攻撃しようとしても捕縛されていてできず散々怒鳴ったリサは泣き出し、エミーは大きな溜息をついて睡眠魔法をかけた。
「……どうすればいいんだろうね」
「ん?」
「天地戦に行かなくていいと言ってあげるのは簡単だけど、行かなかったからと言って生きられる訳じゃない。行かなければ地上の精霊族と一緒に死ぬだけ。彼ら勇者が生き残る方法は天地戦に勝つしかないんだ」
捕縛を解いたエミーはそう話しながら眠っているリサの頭をそっと撫でる。
「元の世界には帰らせてやれない。勇者を代わってやることもできない。せめて生活に困ることのないよう環境を整えることと出来る限りの願いを叶えること以外に何をすればいい?何をすれば勇者たちの心は癒される?」
その問いの答えは『無理』。
どんな高価な物を買い与えようとどんな贅沢な生活を用意しようと『帰りたい』が願いである限り満たされることはない。
「私は五歳の祝福の儀で賢者の素質を持っていることが分かって、賢者はいつか召喚される勇者を護る盾として死ぬことを聞かされた。昔は思ったよ。どうして知らない人を守らないといけないんだって。どうして私が勇者の為に死なないといけないんだって。だからこの子が心を病むのも分からなくないんだ」
たった五歳での死の宣告。
十七歳のリサがこれほど心を病むんだから五歳のエミーはどれほど辛かったんだろうか。
「……今は?」
「今は精一杯勇者を護って死のうと思ってるよ。勇者を護ることが大切な人を護ることに繋がるなら喜んでこの身を捧げる」
それは本心か強がりか。
どちらであってもエミーは既に死ぬ覚悟ができていることは間違いない。
「さて。散らかした本人とはいえ勇者さまをこの荒れた部屋に寝かせておく訳にはいかないね。アンダーソン。ガスパルに別の部屋を準備するよう話してきてくれるかい?」
「はっ」
エミーから指示を受けた団長は俺を少し見て会釈すると部屋を出て行った。
「すっかり依存されてしまったね」
ベッドから降りたエミーは苦笑して俺を見上げる。
「何もしてないんだけど。ずっと会ってなかったし」
「最初からズブズブだったと思うよ?尤も最初のそれは頼りになるお兄さん的なものだっただろうけど」
最初はたしかに愚痴を聞いたり手を貸したこともある。
お互いに忙しくなるまでは俺の方から土産を持って勇者宿舎に行くこともあったし、みんなの方から騎士宿舎に遊びに来てくれて話をすることもあったから。
「元いた世界では20歳が成人年齢だったから、そこで生きてきた俺の感覚ではリクもリサもまだ子供の感覚だった。だから普段の生活で困ってることとか聞いて勇者宿舎の人たちに改善を頼んだりはしてたけど、依存されるほどのことはしてない」
していたことと言えばその程度。
他にはたまに食事を作ったりはしてたけど、基本的には愚痴を聞いてやるくらいのことしかできなかった。
「この子だけ信頼が依存に変わったんだろうね。他の三人も君を大切な同朋だと思っていることは昨日の会話や態度で分かったけど、この子より年上の勇者と黒魔術師はもちろん、あの一番若い騎士も君たちに依存はせずに自分の頭で考えていた」
「リクはな。むしろ俺たちよりも遥かに落ち着いてるくらいだから人に依存するタイプじゃない」
だからと言って放っておいていい訳じゃないけど、自分で考えて行動するタイプのリクはこちらから先に手を貸そうとしたら嫌がると思う。
「君はしばらくこの子と必要以上の接触は控えた方がいい」
「この状態で?」
「依存関係はする側もされる側も駄目になるだけだ。今ですら君を呼ぶために暴れたり君の所為にしたりと駄々っ子になっているのに、我儘を言えば来ると勘違いさせては自分の行動も責任も君に丸投げして考えるのを辞めてしまうよ。最悪の場合、君まで彼女からの重圧を抱えきれず潰れてしまう」
まあ依存されるのは俺としても好ましくない。
自分がそんな強い人間じゃないと知っているから。
元居た世界でも俺に依存してくる客はそれなりにいたけど、これが客だったら迷わず距離を置いていただろう。
「君が守りたいものはなんだ?」
「守りたいもの?」
「この子が君の生涯をかけても守りたい唯一の相手なら構わないよ。それなら共に潰れたとしても後悔しないだろうからね。ただ、違うのであれば手を離すことを迷うな」
俺が守りたいもの。
それがなにかは自分でも分からない。
でもハッキリしてるのはリサが自分の守りたい唯一ではないということ。
「共に潰れる覚悟がないなら一定の距離を置いた方がいい。この子が同胞として以上に一人の男として君に好意を持っていることは明らかだ。今の状態のこの子と距離を置くのは罪悪感があるだろうしこの子も辛いだろうけど、好意に応えられもしないのに優しくして依存させておく方が残酷だよ」
「分かった」
たしかにそうだ。
まだ十七歳で親元から離されてしまったリサを可哀想だと思うし同朋の一人として大切な存在だけど、リサの好意と俺の好意は同じものではない。
この先も同じものにならないと分かっているのに、このまま依存させておくのはリサのためにもならない。
「しかし困ったお嬢さんだね。君を呼んでもなお暴れるとは」
「ごめん。俺が黙って聞いてれば暴れなかったと思う」
「いや。用がないと呼んだらいけないのかってあれにいいと答えられても困る。今回だって暴れてどうにもならないから国王同席で深夜に話し合って仕方なしに呼んだんだから」
だろうな。
まだ夜が明けたばかりの早朝に騎士が来たから。
夜明けを待ってすぐに来たんだろうとは思った。
「勇者に捕縛魔法は失礼だとか睡眠魔法をかけるなとかガスパルたち魔導師が煩くてね。医療師が睡眠治療として睡眠魔法を使ったけどすぐ目が覚めてますます暴れ出したから、長く眠れるよう私にかけさせろって言ったのに」
なるほど。
リサより魔法レベルの高い賢者のエミーが居るのに暴れているのを止められなかった理由はそれか。
結局は捕縛魔法も睡眠魔法も使ったけど。
「ここに宿泊してるのが白魔術師さまだけならいいけど他の勇者や王家も宿泊してる。外から人を招くとなれば危険も増えるし警護や警備の人員も増やさないといけないのに、我儘を言えばいつでも呼べると思われては困る。私たちが召喚した所為で心を病んだと言っても全てを許可できる訳じゃない」
そりゃそうだ。
国王のおっさんも『できる限りのことをして償う』と言っていたけど、他の勇者三人も含め人命に関わるような我儘はさすがにできる限りには含まれないだろう。
「思ったけど、この宿の修理費は国が払うんだよな?」
「当然だろう?ここは所有権がブークリエ国にある宿だから白魔術師さまの破壊行為も誤魔化せるけど、これがアルク国の所有だったり共有の宿だったらと思うとゾッとするよ。地上の決まりを破れば勇者だって断罪されるからね」
今回は場所がこの宿だったから無罪放免ってことか。
この世界(地上層)では悪事に魔法を利用した場合は魔法を使わず罪を犯した時より重罪になるから、魔法を使って破壊をしたリサはどうなるのかと気になってたんだけど。
「君には何度も教えたように力がある者ほどその遣いどころを誤ってはならない。どんなに素晴らしい才能を与えられた者であろうとも悪事に利用すればただの罪人だ」
「力を使うのは自分の身を守る時。大切な誰かを守る時。自分の力と欲に溺れて正しい道を見誤るな。だろ?」
訓練の度に聞かされたエミーの言葉。
それはしっかり胸に刻まれている。
「この子もそれが分かる子であって欲しいと願うよ」
俺が言った教えを聞き頷いたエミーはリサを見て苦笑した。
「シン」
「ヒカル」
準備が出来たことを聞いて寝ているリサを抱きかかえ破壊された部屋とは別の二階へ行くと、通りすぎたドアが開いてヒカルが姿を見せる。
「……どうしたんだ!?」
「なにが?」
「血!血が!」
「ああ。そう言えばかすったんだった」
俺を見てギョッとしたヒカル。
血と言われてさっき怪我をしたことを思い出した。
「もしかして忘れてたのか?」
「うん」
この世界に来てからというもの擦り傷切り傷は日常。
かすった程度は気にするほどの怪我じゃない。
「先にリサを寝かせてくる。少し待っててくれ」
「分かった」
団長とエミーを待たせているからヒカルにはそこで待ってて貰って、医療師や魔導師が待機している一番奥の部屋に入ってリサをベッドに寝かせた。
「英雄。傷の治療を」
「自分で回復かけるから大丈夫。ありがとう」
ヒカルに続き医療師からも言われて回復をかける。
戦闘狂に鍛えられた俺は多少の怪我で治療しないけど、一般的には流血するような怪我は治療するのが普通か。
俺本人は必要性を感じなくても、周りの人は怪我をしてるのを見ていい気分にはならないだろう。
「やはりこの者を呼んだところで役には立たなかったようですな。勇者さまに睡眠魔法をかけるとは不敬な」
リサの脈をはかる医療師の様子を見ていた魔導師長は俺を見てフンと鼻で笑う。
「ん?ご丁寧に自分たちの自己紹介をしてくれたのかな?ここまで酷くなる前に止められなかった魔導師がどの面下げて言ってるんだ?それに睡眠魔法をかけたのは私だよ」
そう言って鼻で笑い返したのはエミー。
「忠告しておくが、彼は英雄勲章保持者で勇者と対等の立場の特級国民であることを忘れるな。彼が権力を振りかざすタイプじゃないから見逃して貰えてるが、不敬罪で首を飛ばされたくなければ口の利き方に気をつけるんだね」
エミーから睨まれて魔導師長はグッと口を結ぶ。
国民階級で言えばたしかに俺も勇者と対等の立場。
天地戦で命をかけることになる勇者や賢者と同じ階級という時点でお察しだろうけど、英雄は天地戦以外の有事で最前線に出て命をかける必要のある立場ってことだ。
要は勇者も賢者も英雄も国のために死ぬ確率が高いから生きている間は裕福な暮らしをさせて貰えるというだけのこと。
そう考えると国民階級が高いことは全く嬉しくない。
「現実を見な。今のこの子は睡眠魔法をかけるななんて言っていられる精神状態じゃない。恨みのあるこの世界の私たちだけじゃなく同朋にも攻撃をしたんだ。今回はシンの実力の方が上だったから無効化できたものの、そうじゃなければどうなってた?この子のしたことは投獄されてもおかしくないんだよ」
もう勇者だからと言っていられない状態。
冷静な判断のできない精神状態になって暴れている時は、リサのためにも誰かを傷つけてしまわないよう使うしかない。
「お前たちは勇者であれば地上を救ってくれるものと盲信しているが、強い力を持った勇者が道を誤れば魔王と同じく地上の脅威になる。同朋に攻撃したってことは他の勇者に危害を加える可能性だってあるんだ。勇者だから睡眠魔法も捕縛魔法もかけないなんて甘い考えは捨てろ」
たしかにそうだ。
味方であれば頼もしい存在でも敵に回れば脅威の存在に変わってしまう。
「もう一つ。国王陛下へ報告する際にも話すが、今後シンを呼ぶよう暴れても従わないように。この子は同朋という立場に甘えて唯一自分とは違う環境に居るシンをストレスの捌け口として攻撃した。国王軍の最高指揮官として英雄が傷付けられることを見過ごす訳にはいかない。勇者が地上の宝であるように、英雄も同様に地上の宝。シンに何かあれば種族間の争いの火種になりかねないことをみなも肝に銘じておくよう」
『はっ』
医療師や騎士や魔導師は胸に手を当てこうべを垂れる。
クズの俺が地上層の宝とか……と言いたいところだけど、俺がではなく英雄が如何に地上層で特別な存在かをこの武闘大会で知ったから、もし俺が戦以外で命を落とそうものなら戦争の理由にされるというのも理解できる。
俺の存在が戦争の火種になる。
だから俺に攻撃をするリサを傍で見守ることはできない。
心配だからと甘い考えでとった俺の行動が逆にリサを窮地に追い込む可能性もあるから。
「シン。後は私たちで対応するから帰っていいよ」
「分かった」
「早朝から呼び出して悪かったね」
「大丈夫」
同朋なのに何もしてやれないことを悔しく思いつつも眠っているリサの頭をそっと撫でた。
「シン」
部屋を出ると待たせていたヒカルが手招きする。
「中で話そう」
「俺が入っても大丈夫なのか?」
「なんで?」
「勇者の部屋だから。それに王家も泊まってる宿だし」
「俺が無断で宿に呼んだなら問題だろうけどそもそも用があって来てたんだし、引き留めて少し話すくらいはいいだろ」
大丈夫ならいいけど。
警備上の問題もあるだろうからあまり長居はせず帰ろうと思いながら部屋に入る。
室内には使用人が二人。
一人はベテラン風のメイドで、もう一人は若いメイド。
俺が入った時から既に頭を下げていた。
「ソファでいいか?」
「どこでも」
リサを寝かせた部屋と変わらない造りの部屋。
入口でローブを脱いで高級感の漂うソファに対面同士で座る。
「早朝に来たってことは呼ばれたのか?」
「うん。騎士が代表宿舎まで呼びに来た」
「なんでわざわざシンを?」
「待った。どこまで知ってるんだ?」
「どこまで?」
「リサが暴れたことは知ってるんだよな?」
「それは聞いた。夜中に騒音で目が覚めてすぐ魔導師が部屋に来て、リサが魔法を使って暴れてるから念のためこの部屋に移動するよう言われたから」
暴れたことは知ってるけど理由は知らないってことか。
夜中に起こして部屋を移させたんだから多分あとで説明はするだろうけど。
「睡眠魔法が切れて目が覚めたあとにリサが俺を呼ぶよう言いだして断ったら暴れだしたらしい。呼べない理由を説明したり説得したみたいだけど聞く耳を持たないから、国王のおっさん同席で話し合って俺を呼ぶことにしたって言ってた」
「なるほど。そういうことか」
話を聞いたヒカルはソファに背を預け溜息をつく。
「ありがとう」
会話の切れ目で紅茶の注がれたティーカップをヒカルと俺の前に置いたベテラン風メイドに礼を言うと、ペコと頭を下げ返される。
「二人で話したいから下がっていい」
「それはできません」
「英雄の御前だ。下がれ」
「……かしこまりました」
一度で下がらなかったベテラン風メイドにヒカルがもう一度強く言うと、渋々ながら若いメイドも連れて部屋を出て行った。
「似合わないな。ヒカルが命令口調なの」
「仕方ないだろ?そうするように言われてるんだから」
「お疲れ」
「引き籠もりの俺に風格だ威厳だって求めないでほしい」
俺も正式な場では『英雄らしく』を求められているから練習させられたけど、救世主の勇者ともなると俺以上に大変そうだ。
「俺と二人にさせたくなかったんだろ」
「そうするよう言われてるんだと思う。勇者同士でも部屋で話す時には必ず居ようとするから大体は会議室で話してる」
「え?俺だからじゃなくて勇者同士でも?」
「うん。安全面を考えてとは言ってたけど、魔導師に何でも報告するような使用人に居られたら話したいことも話せない」
勇者じゃない俺だからかと思えば。
安全面を考えてというのは理解できない訳じゃないけど、同朋だけで話したい時にも居られたら愚痴の一つも言えずに息が詰まりそうだ。
「それもリサが病んだ原因の一つじゃないのか?」
「リサが酷くなった後に俺も原因を考えて無関係じゃなさそうだと思ったから聴聞員に話した。見て分かっただろうけどそれぞれメイドが一人増えて二人がかりで監視されてる気分になるし、すぐ報告されるから本音で話せないし、かと言って同胞だけで話す機会もほぼないし、ストレスが溜まったんだと思う」
有り得る。
俺は召喚されて来た翌日からエドとベルが世話をしてくれてるけど、全くストレスに思わないのはエドとベルと俺の相性が良かったからだろう。
「世話してくれてることには素直に感謝してるけど、期待が大き過ぎて重圧が凄い。毎晩聴聞員が部屋に来て話す時にもあの二人が居て俺が言ってないことまで話すから本当に厄介」
「毎日?」
「ステータスの変化とかその日何があったかを毎晩報告しないといけないんだ。そこまではいいにしても、勇者さまならもっと出来るとか大丈夫とか過分な期待が凄くて重圧」
そう言えばまだ召喚されたばかりの時にリサも言ってた。
就寝時間まで話を聞かされたとか何とか。
あれは召喚されたばかりだったからじゃなくて、その後にも毎晩誰かしらが部屋を訪れてたってことか。
「改善して貰う必要があることがまだまだありそうだな」
「うん。リクやサクラとも話し合って改善して貰いたいことは国王陛下に直接話すつもり。正直リサだけの問題じゃない」
そうした方が良さそう。
生まれた時から貴族として育った人は慣れていても、そうでない人には構われすぎることがストレスになったりするから。
「俺の方はしばらくリサと距離を置くよう言われた」
「さっきの怪我、やっぱりリサがやったのか」
「当たったのはわざとだけどな。血を見れば冷静になるだろうと思ったんだけど駄目だった」
やっぱりってことは予想できてたんだろう。
睡眠魔法をかけられたリサを抱えてたら分かるか。
「わざとって……危ないことするなよ」
「危なくないって分かってたから掠らせたんだし。今のリサの魔法レベルならまだ俺には子供が使った魔法と変わらない」
「まあシンが強いことは試合を観戦して分かったけど」
「今はまだ、な。俺の方が能力開花が早かったってだけで、最終的には勇者のヒカルたちの方が強くなるだろうから」
しっかり見えていたから敢えて少しかすらせた。
危険を感じれば最初から無効化してる。
危なくないと分かってたからやったこと。
「怪我させたから距離を置けってことか?」
「いや。依存されてるからって理由」
「依存……昨日の様子を見た限りだとたしかにそうかも」
「何をしても許されるだろう相手としての依存だけどな」
恋愛感情云々は置いて。
以前は多少なりとも好意を感じとれたけど、今は完全に苛立ちの捌け口として依存されていることが分かる。
「また何か言われたのか」
「まあそれは昨日と同じ。ただ暴れて呼んだ割には俺が帰ったから悪いって人の所為にしてたし、用がないと呼んだら駄目なのかって当たり前だろって思うことで逆ギレしてたし、結局俺が来ても暴れるなら距離を置いた方がいいと自分でも思った」
距離を置くよう助言したのはエミーだけど、俺本人も今日のリサの言動を見てそうしようと思った。
リサはもちろん大切だけど、素直に攻撃を受けてサンドバッグになってやるにはもう、そう出来ない理由が増えすぎた。
「悪いな。同朋なのに結局は何も出来なくて」
「いや。同朋だからって出来ることには限界がある。別の生活をしてるシンはもちろんだけど、俺やリクやサクラもまずは自分が生きることに必死だから。多少の手助けはしても人生の全てをリサに合わせるのは無理だ。冷たいって言われてもリサ本人に乗り越えて貰うしかないのが現実だろ」
現実問題として無理。
ヒカルもそれは同じ考えらしく少しだけ救われた。
これで『距離を置くなんて可哀想』と善い子発言をされたら、自分の正義に酔った迷惑な偽善者だと思ってしまったと思う。
当然胸の痛みはある。
何もできない後ろめたい気持ちもある。
でも全てをリサのために犠牲にすることはできないのが現実。
「リサと顔を合わせるのはしばらく控えるけど、もし俺にも何か手を貸せることがあれば言ってくれ。とはいえ、その言うための時間をお互いに作ることすら難しい環境なんだけど」
それこそスマホでもあればいつでも連絡がとれたけど、この世界にはそんなものはない。
「……あんま考えこむなよ。シンの方が酷い顔してる」
「え?」
「自覚してないのか?リサよりもお前の方が辛そうな顔してるのに。軽薄に見えて情に厚いのは相変わらずだな」
そう言ってヒカルは苦笑する。
意識してなかったけど酷い顔をしてたらしい。
「もし何かあれば騎士団の人に頼んでシンに伝えて貰うようにするから。だからそんなに心配するなよ」
「……うん。ごめん。ありがとう」
リサが気にならないと言ったら嘘になる。
ヒカルはそれを察してそう言ってくれたんだろう。
「決勝戦も頑張れ。貴賓室から応援してるから」
「ありがとう」
しばらく話したあと部屋を出て握手を交わす。
「気をつけて帰れよ。またな」
「うん。また」
また会おう。
そう約束をして部屋の前で手を振るヒカルに手を振り返し、羽織ったローブのフードを深くかぶって苦笑した。
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※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。
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現在、第三章フェレスト王国エルフ編
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