ホスト異世界へ行く

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第八章 武闘大会(後編)

負の感情

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贅を尽くした宿。
広さも設備も贅の限りを尽くしている。
ヒカルたち勇者が宿泊しているその宿の一室に国王をはじめ師団長やエミー、リサを除いた勇者一行や魔導師や騎士の上役たちが集まった。

「知ってたのか。師団長もエミーも」
「休ませてることは聞いていた」
「なんで言ってくれなかったんだよ」

俺だけ何も聞かされないまま。
リサが俺の前に現れなければ知らないまま過ごしてただろう。

「言ってどうなる。君は彼女の保護者かい?」
「保護者じゃなくても同じ世界から召喚された同朋だ」
「それで?同朋ならどうにかできるのか?自分が居れば彼女はこうならなかったとでも言うのか?」
「できたかも知れないだろ?」
「つまらない冗談だ。神にでもなったつもりか」

そう言ってエミーは鼻で笑う。

「シン殿。勇者さまに関しては魔導師の管轄でエミーリアも詳しく報告を受けていた訳ではない。後々のちのち賢者の訓練をすることになるが、それまでは会う機会も少ない」

国王のおっさんのフォローを聞いて溜息が洩れる。
賢者の訓練をするのは後半と聞いてたのに感情のまま責めるような言い方をしてしまった。

「……悪い。冷静じゃなかった」

ただの八つ当たり。
同じ国仕えでもそれぞれの仕事(役目)は違う。
そんなことは知っていたのに。

「君が見た目に反して情に脆いことは知ってる」
「見た目に反しては余計だ」
「困った愛弟子だよ。本当に」

エミーが苦笑するとホッとしたように空気が変わる。
俺が場をピリピリさせていたことに気付いて反省した。

「国王陛下、発言の許可を」
「許可しよう」

手をあげて発言の許可を取ったのはヒカル。
さすが礼儀作法も習っているだけあって国王のおっさんの前でも勝手に話しだす俺とは違う。

「自分がリサの異変に気付いたのは個人訓練が始まったあと。それまでは普段と変わらない様子でした。一体どんな訓練をしたのか、様子がおかしいことに誰も気付かなかったのか、訓練を担当している王宮魔導師にお聞かせ願いたい」
「うむ。魔導師長、報告を」

ヒカルの質問に国王が名指ししたのは魔導師長ガスパル

「国王陛下。訓練の内容はこの場で発言いたしかねます」
「勇者さまの問いに答えられぬと?」
「勇者さまには報告できますが部外者がおりますゆえ」

部外者……俺か。
たしかに俺は勇者一行でもなければ国仕えでもない。
立場で言えば国民の一人。

「シンのことを言っているのであれば彼を部外者と捉えるのは辞めていただきたい。あなた方がどうお考えでも自分たち勇者は彼を同朋の一人と考えています。現にリサが助けを求めたのはシン。それなのにまだ無関係の部外者だと言うのですか?」
「彼にも聞く権利を主張いたします」
「同じく」

ヒカルの発言のあとサクラが権利を主張してリクも続く。
統率のとれた軍隊のようだ。

「認めよう。魔導師長、報告を」

魔導師長ガスパルは口を真一文字に結ぶ。
国王のおっさんに認められては「部外者だから」は通じない。

「白魔術師さまの個人訓練は苦手としていた体力と精神力を鍛える訓練と魔法の実技。実技では聖属性を主に訓練しておりました。一時間の訓練の後は十五分間の休憩。それを五セット。昼食休憩は一時間半。午後休憩は三時より三十分間。魔力を消費する白魔術師さまと黒魔術師さまは同じ時間割で訓練を行っております」

随分休憩が多いな。
俺なんて時間関係なくぶっ通しで訓練してぶっ倒れた時の超回復時間が昼食以外の唯一の休憩だったのに。
シレーっとしてるけどエミーは少し魔導師を見習え。

「異変に気付かなかったかですが、少々お疲れのご様子との報告は受けました。女性の白魔術師さまと黒魔術師さまには同性の魔導師と使用人をお付けしており、同性から見てお疲れのご様子が見られた際には訓練の短縮や休憩の延長を行うよう指導いたしました」

……うん。至れり尽くせり。
それが事実なら訓練内容や対応に関しては精神的に追い込むような無茶なことはしていない。むしろ羨ましい。

「サクラも同じタイムテーブルだったか?」
「うん。実技内容は聖属性と闇属性で違うけど他は同じ。個人訓練の講師やお世話をしてくれる使用人が同性なのもほんと」
「そっか。色々と対策はしてくれてたんだな」

魔導師は嫌いだけどこれに関しては別。
嫌いだから何がなんでも粗を探すほど歪んでない。

「勇者さま、ヒカル君と言ったか。君は今の報告を聞いて何か問題があったと思うかい?」
「タイムテーブルに関してはなにも。体力と精神力を鍛える訓練はどのようなことを行ったんですか?」
「体力はマラソンや筋肉トレーニングを女性用のカリキュラムで行い、精神力は瞑想や魔力制御訓練を行いました」
「分かりました。ありがとうございます」

エミーから聞かれたヒカルは魔導師ガスパルに基礎訓練の詳しい内容を聞いて考える仕草を見せる。

「シンはどう思う?今の訓練内容を聞いて」
「それは俺個人としてか?それとも一般的に見て?」
「両方。シンは俺たちとは違う訓練をしてたから」

次にヒカルから意見を求められたのは俺。

「個人的な感想では優しいと思う。俺は昼食以外ぶっ通しで戦い続けて瀕死と自然回復を繰り返す実践訓練だったから。回復ヒールも死ぬ状況じゃない限り使わせて貰えないし、極度の疲労と死の恐怖があったから短期間で鍛えられたことは間違いない」

擦り傷切り傷なんて当たり前。
日常すぎてその程度は傷にも入らない。

「ただあくまで俺が受けた訓練からみればの話。一般的に見たら普通の訓練量や内容じゃないか?魔力量の差があるからリサにとって楽な訓練だったかは分からないけど、タイムテーブルを聞く分には度を超えた過酷な訓練とは思わない」

一時間魔法を出し続けろなんて魔法訓練じゃない限り、休憩もしっかりとらせて貰えるホワイト企業(訓練)。
俺は完全にブラック企業(訓練)だけど。

「こうなった今だから正直に話すが、ブークリエ国は勇者召喚を行った国として、異世界人に大きな役割を背負わせてしまった世界の者として、勇者さま方には出来るだけのことをしているつもりだ。これで駄目なら私たちにはどうにもならない」

まあそうだろう。
設備が整った勇者宿舎に豪華な食事。
衣装も含め生活に困らない範囲のものは用意している。
訓練も度を超えない範囲で行っている。

国ができることは既にしている。
だからこれ以上はどうにもならない(できない)。
エミーがいうそれが事実だろう。

「どんな裕福な生活をさせて貰っても肝心の願いは果たされないんだから心を病むのも当然だと思う。討伐に行きたくない、死にたくない、帰りたいって泣いてた。リサの願いはそれだ」

叶えられない願い。
仮に討伐に行くのは辞められたとしてもだけはもう叶わない。

「自分なりに現状を受け入れられたかの差かな」
「ん?」
「私はもう地球には帰れないって諦めた。もちろん帰れるものなら帰りたいって気持ちもあるけどね。ヒカル君とリクは帰る方法があるんじゃないかって今でも希望を失わずに歴史書を読んだり術を研究して模索してる。でもリサはどっちでもない」

お手上げで無言になるなか口を開いたのはサクラ。

「リサは帰れない現実から目を逸らしてただけ。ヒカル君やリクのように諦めずに行動していれば生きる希望になるし、私のように諦めればどうやってこの世界で生き残るかを考える。目を逸らすことが一番長引くよ。向き合いたくない現実がずっと胸にあるんだからいつ病んでもおかしくない」

一理ある。
どちらも人によっては悪い方に転がりかねないけど、ただ目を逸らしたところで後回しになるだけ。
後回しにしたことで時間が解決してくれることもあるけど。

「勘違いしないでね。目を逸らしたリサが悪いって言ってるんじゃないから。そうしたくなる気持ちも痛いほど分かるし」
「分かってる」

すぐに切り替えできる人も居ればいつまでも切り替えできない人が居るのも当然。
しかも二度と元の世界には戻れないという絶望的な現実なんだから、リサのように目を逸らす人が一般的だと思う。

「訓練を中止した後はどんな対処してたんだ?」
「二日に一度専属の女性医療師が診察を行う以外はご本人のご希望通りお部屋でお休みいただいてます」
「食事は?あの痩せ方だと食べてなさそうだけど」
「消化にいい物をお出しするよう心がけておりますが、全く手をつけない日もございます」
「食欲がないのか」

本人の希望通り部屋で休ませて医療師が二日に一度診察をして食事のメニューにも気を配っている。
医療師が診察してるなら食事や睡眠に関しても何らかの治療はしてるだろうし、生活面でも既に蝶よ花よと大切にされているんだからこれ以上は国側からできることは少なそうだ。

「話を聞く分には無茶なことをさせてた訳じゃなさそうだし、やっぱリサ本人の心の問題でこうなった可能性が高いな」
「うん。みんなからどんなに大切にされようとも最終的に自分の心を満たすのは自分自身にしかできない」

そうヒカルと話して溜息をつく。
周りから見て幸せに見える生活を送っていても心が満たされているかは別の話。
どんなに大切にされようとリサの願いの「帰りたい」だけは誰にも叶えられないんだから、後は本人がその現実をどう受け入れるかにかかっている。

「私たちが今できることは食欲不振や睡眠不足を改善する適切な治療と、叶えられないこと以外の願いを聞き入れること。そもそもはお前が召喚しなければと言われてしまうだろうが、出来うる限りのことをして償いたい」

国王のおっさんにとっても辛い状況だろう。
召喚しなければなんて今更言ったところで遅い。
国王のおっさんも多くの命を救うために決断したことで、好きで召喚した訳じゃないって俺はもう受け入れてるけど。

その後の会議では今後の治療方法が話し合われた。
と言ってもどの治療方法が正しいのかは分からない。
この世界での治療方法、俺たちの居た世界での治療方法など、それぞれが意見を出し合って時間は過ぎていった。

「結局は正解の治療法なんて分からない。リサが病んだ理由は亡くなった人を生き返らせてくれって願いと同じ叶わない願いだから。幾つか治療方法は決まったもののその都度様子を見ながら方法を変えるしかないと思う」

治療方法は人によって合う合わないがある。
みんなでああでもないこうでもないと案を出したけど、その治療方法なら大丈夫という保証はない。

「お前も大丈夫か?リサから結構なこと言われたけど」
「結構なことって?」
「同じ異世界人なのに自由でいいねとか役に立たないのにどうしてこの世界に来たとか。後は、俺たちより強いんだから独りで討伐に行け、そしたら自分たちは死なずに済む。とかかな」

サクラから訊かれて答えたヒカル。
魔王との魂の契約の話をしなかったのは敢えてか、信じていないからの内容には当てはまらなかったのか。

「他人と比べて自分の方が不幸だと思っちゃったんだね。シンは自由なんじゃなくて生きるためには働くしかないんだってことも、魔王は勇者にしか倒せないってことも分かってるはずなのに。不安定だからその場の勢いで言っただけだと思うけど」

リサは今どん底にいる気分なんだと思う。
同じ異世界から召喚された後の自分の環境と俺の環境を比べて俺の方が幸せに見えてしまった。
たしかに討伐に行って命を落とす危険があるリサたちと比べたら俺の方が幸せなのかも知れないけど。

「だからといって言われた方の気持ちを軽んじてはいけないと思います。だからヒカルさんは大丈夫か訊いたんだと思いますが、精神が不安定な時に言ったことだから許せと第三者が言うのは違います。許すかどうかを決めるのは言われた本人です」

そうサクラに意見したのはリク。
相変わらずしっかりしてる。
年齢はまだ十代でも人生経験は豊富なのか。

「許す許さない以前に事実だしな。討伐のために召喚されたはずなのに肝心のそれに役立たないことは事実だし、誰かが決めた時間で生活してる勇者より自分で考えて行動してる俺の方が自由ってのも事実。自由なぶん生きるも死ぬも自己責任な部分が多いってことを言ってもリサにはまだ理解できないだろ」

勇者たちの不自由は護られているということでもある。
不自由な勇者たちは多少のミスをしても許して貰えるし、天地戦以外の時には命懸けで護って貰えるけど、自分で考えて行動している自由な俺は何かあっても自己責任。

勇者じゃない俺は自分の身は自分で護るのが鉄則。
だからエミーは俺が死なずに済むよう鍛えてくれた。

「心配してくれてありがとう。でも俺はどんな環境でもそれなりに上手く生きていける図太い奴だから心配しなくていい。昔からそういう奴なんだ」

どんな環境もに比べたらマシ。
与えられた環境に適応するのが早いのは、たった独り残され食べる物もなく飢え死にしそうな中、幼いなりにもがき苦しみ生きた子供の頃の経験があるから。

どうにもならないことを嘆くだけ時間の無駄。
誰かの助けを期待するより自分で生き抜く術を考える。
身を置いた環境でどう生き抜くか。
良くも悪くも俺の適応力の高さはそれが理由。


長く続いた話し合いも終わって長く息をはく。

「疲れただろ。試合だったし」
「大丈夫」

ヒカルから声をかけられ苦笑する。
朝から試合に合わせたウォーミングアップ(訓練)をして、一時間以上の試合をしたあとは優勝授与。
その後は国王のおっさんにリサを頼み、一緒に来ていたエドたちに詳しい話をする暇もなく先に代表宿舎へ帰るよう伝え、急いで着替えてそのままこの宿へ来た。

「こんな時だけど優勝おめでとう」
「おめでとう。あんなに強いと思わなかった」
「おめでとうございます」
「ありがとう」

の付く祝いの言葉。
リサのことを知るまでは久々に会えるから色々と話そうと思ってたけど、今はとてもじゃないけど談笑する気分じゃない。
ヒカルとサクラとリクも同じだろう。

「今後の予定は聞いてるのか?」
「大会の最後まで居る予定で来てる」
「リサの体調が悪いから観戦は中止するんじゃないか?」
「いや。リサは分からないけど俺たち三人は予定通り観戦して行くことになると思う」

予定では最後まで。
決勝戦に合わせて来たからそうだとは思ってたけど、リサの精神状態では無理そうだから帰るんじゃないかと聞けばヒカルはそれを否定する。

「決勝戦を観戦しに来たことは観客も分かってるだろ。国の代表の試合を観戦せずに帰ったら何かあったんじゃないかって勘繰る人も居ると思うし、中止にはしないと思う」

言われてみればたしかに。
この世界の人たちが崇める救世主に何かあったなんて憶測が飛び交えば不安になる人も多そうだ。

「大変だな。勇者も」
「それはシンも変わらないだろ。いい意味でも悪い意味でも俺たち異世界人は何かと言われるんだって今日ので分かった」
「あの選手みたいに面と向かって異世界人をどうこう言う人は少ない。でも勇者召喚の儀式のことは一部の人しか知らないから色々と勘違いしてる人は他にも居ると思う」

勇者召喚は門外不出の禁術魔法。
召喚の儀に参加する王家と軍の一部の人しか知ることができないんだから、あの選手のように勘違いしている人は多そうだ。

儀式で召喚されてくる異世界人の条件は特殊恩恵〝勇者〟の素質を持っている者。
なのに勇者の素質がない俺が召喚された理由は誰にも分からないらしいけど、儀式を行う魔導師や国が人を選んでいる訳でも力を与えている訳ではない。

「特別な力も裕福な生活も要らないから地球に帰らせてって言いたいけどね。私たちだって好き好んでこの世界に来た訳じゃないし、能力だって最初から使いこなせる訳じゃないから訓練してるのに。勝手に羨んで妬むのは辞めてほしい」

力も金も要らないから帰りたい。
それが俺たち異世界人の本音。
特別な力のことや国に保護されてることばかりが目立つけど、同意の上で来た訳じゃないことや大切なものを失ってしまったことを気付いてくれる人は少ない。

「気持ちが折れるようなことは言いたくないですけど、自分たちが召喚された理由の命をかけて護らないといけない対象から恨まれるのは複雑な心境です」

リクのその本音でまだ部屋に残っていて会話が聞こえていたんだろう人たちが俺たちの方を見る。

「騎士さま。あのような考えの者は稀で」
「辞めておきな。同朋が集まって本音で話す機会を邪魔するんじゃないよ。たまには本音を口にすることも必要だ」

魔導師の一人が言いかけた言葉をエミーが遮って止める。
独りで負の感情を抱えていると潰れてしまうから、時には同じ立場の人と本音を吐露する機会も必要。

「ですが否定しておくべきことかと」
「稀だろうと実際に居たことは事実だろう?それに対して複雑な心境になったって話してるだけなんだから口を挟むな。過度な期待は彼らの心を潰す。お前たちもいい加減それを学べ」

さすが国王軍の最高司令官。
でもと続けた魔導師の言葉をバサッと切り捨てる。

「賢者さまは違うみたいな言い方だね」
「違うからな。エミーは」

小声で言ったサクラに苦笑で答えて席を立つ。

「違う?」
「エミーはお前たち勇者の意思を尊重してる」

言えるのはそれだけ。
エミーは討伐に行かなくてもいいと言う唯一の軍人。
勇者が行こうと行くまいと自分は死ぬと言うのに。

「帰るのか」
「うん。リサはまだ寝てるみたいだし、同じ代表騎士の仲間にも説明しないで来たから心配してるだろうし」

勇者の三人と俺も違うところがある。
それはこの世界の住人の中にも大切な人がいること。
ヒカルたち同朋も大切だし、同じくらい仲間も大切。

「なあエミー」
「なんだい?」
「明日また様子を見に来たいんだけどどうしたらいい?」
「ああ。この宿には勝手に入れないから私が付き添うよ。先に私が宿泊してる宿に来てくれ」
「分かった。ありがとう」

聞いておいて良かった。
王家や勇者が宿泊してる宿だから来ても門前払いされるんじゃないかと思えば予想通り。

「そういうことで明日また来るから」
「うん。今日はシンの魔法でリサも眠れてるみたいだし、明日はみんなで落ち着いて話せるといいんだけど」
「そしたら五人でゆっくり話そう」

そうであって欲しい。
そう願いながらヒカルとサクラとリクの頭に額を重ねた。


「シン」

宿を出て転移魔法で帰ろうとしてるとエミーの声が聞こえて振り返る。

「どうした?」
「念のために確認を」
「なんの?」
「試合で相手選手が言ったことも不快な発言だったろうけど、それよりも君の性格からして同朋に言われたことの方が堪えてるんじゃないかと思ってね」

様子を伺うためにわざわざ追いかけて来たのか。
俺は大丈夫だって言ったのに。

「君はたしかに環境に適応するのが早い図太い奴だけど、親しくなった人を大切にする奴だってことも知ってる。だから白魔術師さまが心を病んでしまったことを自分の所為だと思ってるんじゃないか?だから白魔術師さまの八つ当たりすら黙って受け止めたんじゃないのか?」

そう言われて自然に苦笑してしまう。
事実を言われただけと自分の心と折り合いをつけたのに何で気付いてしまうのかと。

「……気付いてない振りしててくれれば良かったのに」

エミーの言う通り。
見知らぬ相手選手から言われたことよりリサの言葉の方が何倍も痛かった。

俺だけ自由に訳じゃない。
勇者とは求められてるものが違うと言うだけで、毎日領主としての仕事はもちろん必要な時には英雄としての仕事もある。
自由に行動できるけど自由気ままに遊んでる訳じゃない。

勇者として役に立たないことは事実だけど他の四人と同じように俺も好き好んでこの世界に来た訳じゃない。
好き好んで役立たずになった訳じゃない。

勇者のみんなはまだ覚醒前だから俺の方が強かったとしても、魔王を倒せないことを知っていながら独りで討伐に行けとか。
自分は死にたくないからお前が代わりに行って死ねと言われたのと変わらない。

病んでる時だから。
その場の勢いで。
そう思って心の奥底にしまっておくつもりだったけど、見透かされてしまったらもう隠しておけない。

「どういうことだ」
「魔王」
「お前は半身の味方ではなかったのか?」
「彼は私の大切な愛弟子だ」
「ではなぜ半身の心をここまで騒がせた」

隠せなくなった感情を感じ取ってしまったらしく、背後から魔王の声がして腕に収められる。

「違うんだ。エミーは俺を心配して話を聞いてくれただけ」
「この者の所為ではないと?」
「うん。ごめん。帰ったのにまた来させて」

エミーはただ話を聞いてくれてただけ。
殺気すら感じる魔王にそれを説明する。

「……そうか。それはすまなかった」
「いいよ。君も彼を大切にしてることは分かってるから」

珍しく謝った魔王にエミーは苦笑いする。

「この者が理由でないのなら他に何があった」
「今までは考えないように避けてたことを考えて憂鬱になっただけ。積み重なったものが多すぎたからフラウエルが感じ取るくらいに膨らんだんだと思う」

リサのことは話せない。
勇者が関わってることを言えば魔王はもう待ってくれないだろうから。

「勇者たちとはよい再会にならなかったのか?観戦に来ると聞いて久々に会えるとあんなに楽しみにしていただろう?」
「まあ望んでたような再会にはならなかった。勇者一行の一人が体調を崩したんだ。だからここまで送りに来た」
「それで心配して不安定になったということか」
「そうらしい。心配かけて悪かった」

心配してることも本当だから魔王はそれが理由と信じたようで大事にならずに済んでホッとした。

「これ以上要らぬことを考えて気を塞ぐんじゃないよ?今日はもう代表宿舎に帰ってゆっくり休みな」
「うん。ありがとう」

追いかけて来てくれたエミーに礼を言って宿に入って行くのを見送った。

「話の腰を折ってしまったようだな」
「いや、今回は折ってくれて良かった。あのまま考えてたら部屋に引きこもるような精神状態になったかも知れないし。来てくれてありがとう」

魔王が来たから負の考えが中断された。
多分俺の心が荒れてることを感じとって水晶で確認したんだろうけど、何かしたと勘違いされたエミーには申し訳ないけど考えることを邪魔されて良かった。

同朋に負の感情を持たれるのは辛い。
でも自分が同朋に負の感情を持つ方がもっと辛い。

「誤解が解けたから魔界に帰るのか?」
「このまま残ろう。まだ心が晴れた訳ではなさそうだ」
「そっか。ごめん。あと、ありがとう」

心配させてごめん、と、心配してくれてありがとう。
詫びとお礼を一緒にした俺に魔王は口元を笑みの形に歪める。

「アミュも心配して水晶の前で仕切りに鳴いていた。このまま魔界へ帰っては怒られてしまうだろう」
「アミュにも俺の感情が伝わってるんだもんな。次に会いに行った時に謝ってたくさん遊んでやらないと」
「そうしてやるといい」

大会期間中は会いに行けないけど、大会が終わって普段の生活に戻ったらすぐに会いに行こう。
また魔王城の料理人と一緒に料理を作って山羊さんや赤髪ともたくさん話そう。

「うん。大丈夫。俺は恵まれてる」

呟いた俺に魔王が首を傾げ、その姿を見て笑う。
楽しい未来のことを考えられる俺は恵まれている。

そう自分に言い聞かせた。
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