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第八章 武闘大会(後編)
優勝者のお仕事
しおりを挟む団体上位戦がスタートして数日。
襲撃事件があり当日に行えなかった優勝授与(トロフィーと賞金の授与)が翌々日の休息日に急遽行われ、翌日から団体上位戦も無事に始まって今は試合に集中……の時なのに。
「国の宝にお会いできて光栄です。英雄卿」
「私の方こそお会いできて光栄です」
「優勝おめでとうございます」
「ありがとうございます」
作り笑いの大安売り。
バナナの叩き売りよりもお安くなっております。
「決勝でお使いになった恩恵も大変素晴らしいお力でした」
「光栄です。ありがとうございます」
もう何回似たような会話を繰り返したことか。
むしろ俺はずっと同じことを言ってる気がする。
「娘のマリーです」
「初めまして英雄卿。マリー・アンリと申します」
「初めましてレディ・マリー。お会いできて光栄です」
カーテシーでの挨拶にボウ・アンド・スクレイプで返す。
これももう何度やったか覚えていない。
「マリーは今年で15になりまして」
成人したのでそろそろ結婚を~。
という娘ゴリ推しも何人から聞いたことか。
うん……帰りたい。
女性はドレスに男性は軍服(男は軍服が正礼装だから)。
勲章持ちの俺は恒例の白い軍服と自分の紋章入りのマント。
訓練もせずそんな服装でなぜバナナ(作り笑い)の叩き売りをしているのかと言うと、優勝祝賀会が行われているから。
いやもう大会が終わってからでいいんじゃねえの?
まだ団体戦も強者戦も残ってるんだから全日程が終わってから優勝者全員でやればいいんじゃねえの?
なんてことは俺一人の都合で通るはずもなく、俺の優勝祝いを名目に貴族が大好きな夜会が行われている。
しかも集まっているのは王家と公爵家。
陛下殿下閣下と敬称を付ける必要のあるスーパーセレブだ。
優勝者の仕事……辛い( ˙-˙ )スンッ
「やっと……救出されたっ」
「まだダンスが残ってるけどね」
「誰かここから連れ出してくれ」
「君がそんなことを願ったら魔王が来るだろ」
「いやさすがに命の危機でもないのに来ない」
バナナの叩き売りから救出に来てくれたのはエミー。
今日は俺と同じ特級国民として参加してるから大人の姿でマーメイドドレスを着ている。
「腕輪の効果どうだ?」
「お蔭さまで楽だよ。助かってる」
「そっか。じゃあ良かった」
「こればかりは魔王と君に感謝しないとね」
エミーが大人の姿で人前に出るためには体が縮むギリギリまで魔力を抑え、かつ魔力酔いをさせないためのシールドをはる。
それを続ける必要があるから大変なんだけど、魔王がシールドを付与した腕輪をエミーに貸してくれた。
あくまで魔力を体外に漏らさないためのシールドだから障壁と違い体を保護する効果はないけど、以前リュウエンが来た時にその腕輪を使っていることを聞いていたから魔王に頼んだ。
「魔王があれだけ魔力を感じさせない理由はこれか」
「いや?フラウエルは使ってない」
「え?じゃあこの腕輪は?」
「商売のために地上に来る魔族が使ってるらしい」
「……助かってるけど、軍人としては複雑な心境だ」
エルフ族の領域には魔族が商売に来ている。
それはもう俺が報告済みで知っているからエミーは腕輪を見て苦笑する。
「今まで人族が知らなかったってことは人族を巻き込むような魔族とのいざこざが起きてないってことだろうし、お互いただ商売するだけなら暗黙の了解でいいと思うけど」
「そうするしかないのが現状だね。何せこちらにはそれの親玉が来ている上に半身が居ることを黙ってるんだから。バレたら君の首を飛ばすよう迫られるだろうし、飛ばしたら天地戦の開幕だよ。地上の安全のために言えるはずがない」
たしかに。
俺を極刑にする=天地戦の始まり。
エルフ族が堂々とやらない限り知らぬふりをするしかないと。
「もし俺の存在が地上で邪魔になった時には気を使わず言ってくれ。フラウエルに頼んで魔界に行くから」
「個人的に邪魔に思う奴はいても国はそうならない。たしかに魔王の半身の君は地上の災いにも成りうるけど、それ以上に天地戦を遠ざける最強の盾になってるんだからね」
俺が居るから魔王は勇者の覚醒を待つことにした。
最初は俺との約束はただのオマケで覚醒後の強い勇者と戦いたいというのが理由だったんだろうけど、今はこの時間が少しでも続くようにというようなことを口にするようになった。
強い勇者とは戦いたいけど天地戦はしたくない。
そんな心境なんじゃないかと最近思う時がある。
でも数千年数億年と繰り返してきた歴史は変えられない。
「さて。私たちも踊ろう。こうしてると誘われてしまう」
「せっかく本当の姿なんだから誘われてやればいいだろ」
「ん?それは私ではなく公爵令嬢と踊りたいってことかな?君と繋がりを持つ機会を狙う欲望の塊の親が控えた娘と」
「それは勘弁して欲しい」
黙った俺に気を使ってくれたのか自分が誘われたくないだけなのか分からないけど、話題を変えたエミーに少し笑う。
「アポトール公爵閣下。私と踊ってくださいますか?」
片膝を付く姿勢でしゃがんで手を差し出す。
エミーの名前はエミーリア・ブランザ。
国王から爵位と一緒に与えられた爵位名はアポトール。
歴とした公爵だ。
「光栄ですわ。英雄伯爵」
果てしない枚数の猫を被って手を添えたエミー。
その手を握って紳士淑女がクルクル踊るフロアに出る。
「翡翠色の艶やかな御髪に艶やかなマーメイドドレスがよくお似合いです。女神と見まごう程にお美しい」
「軽いし着るのも簡単で良いね。残りカスまで絞るようにギューギューとコルセットを巻くドレスより数倍マシだ」
「もう猫脱いだのか。無いところを捻り出して褒めたのに」
「無いって言うんじゃないよ」
「足踏むな」
少し踊っただけで淑女タイムは飽きたらしく、さり気なく足を踏むエミーに苦情で返す。
「そんなことより早くルナさまをダンスに誘いな」
「は?公爵を差し置いて伯爵の俺が誘うのはマズいだろ」
「は?君は私と同じ特級国民だろ。貴族爵は公爵の方が上でもこの中で王家の次に位が高いのは特級国民の君と私だ」
「え?」
「え?」
踊りながら互いに「は?」「え?」と疑問符をあげる。
「前に話したよね。国民の階級は」
「それは聞いたけど、今日は貴族の集まりだから爵位階級の方が優先されるんじゃないのか?」
「ないない。一般国民の集いだろうと貴族の集いだろうと優先されるのは常に国民階級だよ。だから公爵家の人たちがみんな君には低姿勢なんだ」
ぇぇぇぇぇぇえ!?
そんなの聞いてないんだけど!
「公爵家から見れば君と私は大公の王妃やルナさまの一つ下の国民階級で、自分たちの一つ上の国民階級。しかも君は地上唯一の英雄勲章持ちだ。特別さで言えば王家と変わらない」
「そ、そこまで?英雄勲章って」
「当然。両国王陛下でも自由には与えられない特別な勲章だ。だから君の勲章授与式は全種族に放映されたんだよ」
聞けば聞くほどとんでもない勲章を寄越したものだ。
放映されていたことを俺が知ったのも後からだったし、契約の所為で寝ている間に各領やアルク国にまで勲章授与者が出たことのお達しが出たことも後から知った。
「じゃあルナさまが誰とも踊ってないのは俺の所為か」
「そういうこと。特級国民より先に誘えないだろ」
「成婚したからかと思ってた」
「開幕式のあれはすることになったって発表で正式にはまだ。正式に取り交わされた時には大々的にパレードが行われる」
「ご成婚の時点でパレード?結婚式とは別だろ?」
「一年間のご成婚期間があって結婚はそのあと」
ややこしいな!
いや、日本でも婚約と結婚は別の儀式か。
今時代ご立派な名家でもない限り婚約指輪と両家の顔合わせ程度で済ませて、結納だ婚約パーティだとわざわざ金をかける人の方が少ないだろうけど。
「今はルナさまにとって残り少ない独り身の期間だ。政略結婚をする前に独り身の時間を楽しんでほしいと思うよ」
たしかにそうだ。
俺が居た世界ならまだ遊びたい盛りの十代の子が国と国を繋ぐために政略結婚するのかと思うと、王家に産まれることは本当に恵まれたことなのかと思ってしまう。
「そういうことだから、君も王家の護衛を頼む」
「んー。そんな気はした」
「傍に何人も護衛が居たらゆっくり出来ないだろ?君ならこの会の主役だから王家と居ても不自然じゃない。私も参加者として行動しながら警備を続ける」
何もなかったようにしていても襲撃を受けたのはつい先日。
当然この会場は中も外も厳重に警備されている。
俺をダンスに誘ったのは至近距離で話していても疑われないからって理由もあったんだろう。
「頼んだよ」
「Yes,Ma'am」
音楽が終わる前にそう会話を交わして、互いにカーテシーとボウ・アンド・スクレープの挨拶でダンスを終えた。
「……優勝者のお仕事頑張るか」
いや、本来は祝われる側の立場だったはずだけど。
今日もまんまとクソッタレ師匠からこき使われていると思いながら国王のおっさんたちがいる会場の奥に向かう。
話し中か。
国王のおっさんたちが座っているのは一段高い壇上。
その後ろには師団長とレナード騎士団長。
そして例のガスパルとかいう魔導師団長が居る。
さて、どうするか。
名前は忘れたけど俺も挨拶を交わした公爵家の人が国王のおっさんに話していて、その周りにもタイミングを伺い待ちっぽい人たちが集っている。
「英雄卿」
集っていた人の一人が俺に気付き名前を呼ぶと、モーセが海を割ったようにスッと人が動いて道が空く。
「シ」
公爵がまだ話の途中なのに俺に気付いて口を開いたルナさまは『やってしまった』というような表情で口を結ぶ。
その珍しいミスと少し恥ずかしそうな様子に笑いを堪えた口元を隠して誤魔化した。
「英雄卿がお待ちです」
「これは御無礼を!」
そんな様子に気付かず喋っていた公爵を止めたのは名前を忘れた公爵の夫人。
話に夢中で周りを見ていなかったらしく、夫人から言われてようやく周りの人が道を空けていたことに気付いて慌てる。
「お話が終わるまで待ちますのでお気遣いなく」
「英雄にお待ちいただくなど不敬なことは!どうぞ前へ!」
「お気遣い感謝申し上げます」
急いでる訳じゃないから終わるまで待ったのに。
と思いつつも胸に手をあて礼をしてから国王のおっさんたちの前に行ってしゃがみ片膝を付く。
「恐れながら陛下と王妃殿下へお願いがございます。姫殿下をダンスにお誘いする栄誉を私にいただけませんでしょうか」
「もちろん許可しよう」
「是非に」
「感謝申し上げます」
先に国王のおっさんと王妃に誘う許可を貰ってからルナさまに顔を向ける。
「姫殿下。よろしければ私と踊ってくださいませんか?」
「はい。喜んで」
笑みを湛えたルナさまは椅子からスッと立ち上がり、隣に付いていた師団長のエスコートで壇上から降りてきた。
エスコートを変わる時に師団長と目を合わせ互いに頷く。
国王のおっさんたちの傍から離れるということは護衛からも離れるということで、しっかり俺が護衛することを約束する意味での頷きだった。
「よろしくお願いします。姫殿下」
「いつものように話してください。名も普段のようにルナと」
フロアに出てまず礼を交わすと、ルナさまはカーテシーで返しながら言って苦笑する。
「公の場でお呼びしてもよろしいのでしょうか」
「今は私しかおりませんので」
「分かりました。ではいつものようにルナさまと」
「ありがとうございます」
それで納得してくれたらしく笑みに変わったルナさまと音楽に合わせて踊る。
「ルナさまもマーメイドドレスにしたんですね」
「はい。城に来る裁縫士からシンさまに知識をいただいた異世界のドレスが出来たと聞いて。私には合いませんか?」
「よくお似合いです。花嫁と踊っている気分ですが」
「え?このドレスは花嫁衣裳なのですか?」
「マーメイドドレスがというより純白が花嫁の色です」
「そ、そうなのですか。この世界では純白ではなくて」
あ、成婚前に花嫁衣裳(に似た服)を着たらマズいか。
いつも世話になってる衣装屋からこの世界にない異世界のドレスがないかと相談されて教えたんだけど、俺が居た世界では純白のドレスはウエディングドレスだということも話しておくべきだったかと今更気付く。
「異世界での話ですから。この世界では純白のウエディングドレスを着ないのでしたら問題ありません」
この世界では花嫁衣裳じゃないからセーフ。
と誤魔化すと何か言いたげな顔で見上げられる。
あれ?言葉を間違った?
「……すみません。余計なことを言ったみたいで」
「わざとではないのですね」
「え?」
「いえ。独り言です」
ふふと笑ったルナさまに内心首を傾げる。
なにをわざとと疑ったのか分からないけど、ご機嫌を損ねた訳ではなさそうだからそれ以上は聞かなかった。
「ありがとうございました」
「私の方こそありがとうございます。シンさまお上手ですね。以前テオドールから、シンさまや勇者さま方はこの世界のダンスを知らないからレッスンすると聞いたのですが」
踊り終え礼をするとルナさまから不思議そうな表情をされる。
「ああ、はい。こちらに来てから教わりました」
「短期間のレッスンでこんなに踊れるなんて凄いです」
「お褒めいただき光栄です。ありがとうございます」
エミーを監視役に置いて叩きこまれたからな。
本来は優雅なダンスレッスンのはずなのに、軍隊の訓練のように過酷な数時間(※二日間に分けて数時間)だった。
「ここでの立ち話は他の方のダンスの邪魔になりますので、向こうで飲み物でも飲みながら話しましょうか」
「是非」
ダンスの邪魔になるのも事実だけど、一番の理由は危険がないか目を光らせている騎士たちから見える位置に移動するため。
ルナさまをエスコートして最も警備が厳しい王家の居る壇上に近い場所へ飲み物を取りに行く。
「姫殿下にお飲みものを」
「ご用意いたします」
王家のルナさまが使うのは銀食器。
用意してある飲み物には手を付けず、目の前で注いで貰いながら鑑定を使っておかしな物が入っていないかを確認する。
「あちらの椅子に座って飲みましょう」
「はい。ありがとうございます」
「確認したので安心してください」
至って普通の果実水なことを確認して二人分を受け取ってルナさまの耳元で安全なことを伝えた。
「私と居ると気を使わせてしまいますね」
「俺がしたくてしてることですから。煩わしいですか?」
「煩わしいだなんて。ただ、シンさまのお祝いなのにと」
「俺本人は祝って欲しいと思って参加していませんから。優勝授与だけで充分です」
邪魔にならないよう壁際に行ってルナさまには椅子に座って貰ってから果実水が注がれた銀食器を渡す。
「ふふ。優勝祝いに優勝者は強制参加ですからね。私はシンさまとダンスを踊れてお話しもできて嬉しいですが」
「ルナさまと話せることは俺も嬉しいですよ。大会が始まってからはこうして話す機会もなかったので」
デュラン領では毎日顔を合わせて会話をしてた。
大会中も貴賓室の様子や呼ばれて行った時に顔は見たけど、二人で話す機会まではなかった。
「一つお聞きしたいのですが、俺たちとデュラン領に滞在していた時にはもうご成婚が決まってたんですか?」
王女の成婚の話を国民の俺が訊いていいのか分からないけど、ついこの前までデュラン領で一緒に過ごした俺たちにとってあの発表は青天の霹靂だった。
「…………」
「あ、秘密でしたらお答えいただかなくても」
「お返事をしたのはお城に帰ったあとですが、そうしようと心に決めたのはロック卿のご婚約パーティの時です」
沈黙があったから話せないのかと思えば、ルナさまはそう話し始めて銀食器を口に運ぶ。
「あの日恐怖で我を忘れていた人々が英雄として振る舞うシンさまのお姿にどれほど勇気づけられたことか。退路を閉ざされ絶望する人々に希望を与えたのはシンさまです」
随分な高評価。
落ち着かせるために英雄として振舞ったことは事実だけど。
「最後の一人まで助けると自らの身を削り人々を救うシンさまのお役にたちたいと思っても、私はただ部屋の崩壊を遅らせることだけで精一杯で、民を守る王女であるはずの自分の無力さと不甲斐なさを痛感いたしました」
訥々と語るルナさまに頷きの相槌をうつ。
「痛感したら自分が甘えていたことに気付いたのです。民のことより自らの幸せを考えていたことが恥ずかしい。私がアルク国と繋がりを結ぶことは民のためになるというのに、街娘のように好きな人との結婚を望んでしまっていたのです」
それが間違ってるとは思わない。
幸せになりたいのは誰だってそうだろう。
俺には結婚願望がないけど、好きな人と結婚したいと望むのが普通の考えであることくらいは分かる。
「シンさまのように私は私にできる方法で民を守りたいと思い成婚を決心いたしました。デュラン領での療養に同行させていただいたのは、お返事をしてしまう前にシンさまの回復をこの目で見届けたかったからです」
顔をあげたルナさまと目が合い苦笑が浮かぶ。
王女としての気高さと年相応の甘えのある次期国王。
国民から愛されるのも当然だ。
「ルナさま」
椅子に座っているルナさまの足元に跪き顔を見上げる。
「あの日ルナさまが民より先に避難することはできないと師団長に話したことを覚えてますか?まだ若いルナさまが見せた毅然とした姿を見て、取り乱す自分を恥じた者も大勢いたと思います。ルナさまが恥じる必要はありません。どうか胸を張ってください。ルナさまは国民を大切に思う立派な姫殿下です」
国民より自分が大切なら命の危機にあの言葉はでない。
救出活動をしていた俺の方が目立ったというだけで、影の功労者は師団長とルナさまだ。
「師団長とルナさまが居たから人々を救うことができて、俺もこうして生きています。プリンセスルナ。あの場に居た多くの国民の、そして私の命をお救いくださり感謝申し上げます」
胸に手をあてこうべを垂れる。
礼儀としての礼ではなく気高い王女に最大の感謝をこめて。
「……シンさま」
「え」
顔をあげるとルナさまがポロポロ泣いていて驚く。
俯いているから下から見上げている俺しか気付いてないだろうけど、慌ててハンカチを渡した。
「シンさま私は」
何かを言いかけたルナさまは小さく首を横に振ると渡したハンカチで涙を拭う。
「私はブークリエ国の次期国王です。民の前で泣いてしまったことは二人だけの秘密にしてくださいますか?」
「分かりました。国家機密で」
ふふと笑ったルナさまに笑って答える。
これだけの人が居るんだから中には気付いてる人も居るだろうけど、当然そんな無粋なことは言わない。
ルナさまも自分が注目される立場なことは分かってるだろう。
「このお話はこのくらいにしてお聞きしたいことが。個人優勝のお祝いをしたいのですが何かご希望はありませんか?」
「お祝いなら既に今こうしてお祝いをして貰ってますから。トロフィーや賞金も受け取りましたし」
「それは国からのお祝いです。それとは別に私が個人的にお祝いしたいのです」
そう言われても。
国からの祝いだけで充分なんだけど。
んー…………あ。
「それは何でもいいんですか?」
「あまり高価なものは私個人ではご用意できませんが」
「可能ならまたみんなで一緒に昼食を食べたいです。ルナさまと俺でランチを作って、デュラン領に居た時と同じように地面にシートを敷いてみんなで昼食を」
デュラン領での日々は俺にとって貴重な時間だった。
祝いをくれるというなら、正式に成婚発表をする前にもう一度だけみんなで昼食を。
「欲のない」
「いや。姫殿下のルナさまからランチを作って貰うって相当贅沢な望みですよ?俺ももちろん手伝いますからどうですか?」
「もちろん喜んで。アデライドも誘いますね。楽しみです。あ、シンさまのお祝いなのに私が喜ぶのは変ですね」
喜んだり冷静を装ったり忙しい。
なんというか……うん、可愛い。
「じゃあ約束しましょう」
「これは?」
「俺が居た世界では小指と小指を絡めて約束をするんです。指切り拳万嘘ついたら針千本飲ますって」
「針を千本飲ませる……異世界の刑も恐ろしいのですね」
「本当に飲ませたりはしませんよ?お互いにそのくらいの気持ちで約束するってことです」
小指を見て小首を傾げたルナさまは話を聞いて微妙に引く。
この世界での約束は俺が居た世界よりも重い意味を持つからそう思ったんだろうけど、純粋なその反応が面白い。
「約束します。嘘はつきません」
「はい。約束」
小指を差し出すルナさまと小指の先を絡めて幼い子供同士のように約束を交わした。
「お父さま、お母さま、戻りました」
「楽しかったようですね」
「とても。シンさまはダンスもお上手でした」
「そうでしたか」
再びエスコートをして戻ると、ルナさまの表情を見てそう思ったようで珍しく王妃が母親の顔を見せる。
王城に居る時は常にキリっとしている印象だけど、今日は身内も居る集まりだからいつもより気を許してるんだろう。
「国王陛下。こちらから様子を伺っておりましたが、姫殿下に対してこの者の距離が些か近すぎるように思います。ご成婚を控えたいま、浮き名の噂が多いこの者との悪い噂をたてられ第二王子殿下のお耳に入っては姫殿下のご成婚に響きます」
お前か、また魔導師か。
今回ばかりは正論だけど。
たしかに俺は据え膳は率先して喰うクズだ。
「なにか問題がありまして?王太女はまだ正式に成婚書を交わしておりませんよ?縛られるもののない時に畏友と楽しくダンスを踊り会話をしただけのこと。お返事を差し上げただけのお相手から不義と言われる謂れはございません。それで成婚に響くような心の狭いお相手でしたらこちらからお断りですわ」
……王妃怖ァァァァァァ!
整った綺麗な顔で上品に笑いながら言う王妃は強い(確信)。
「うむ。ガスパルの気遣いはありがたいが、フランセットと私はルナの両親として、正式に成婚書を交わす前に一人の娘としての貴重な時間を過ごして貰えたらと考えている。アルク国王や王子にもそれはお伝えして了承をいただいている」
それを了承した上で先にあの発表をしたのか。
それなら余程のことじゃない限り正式に成婚するまでルナさまの行動が制限されてしまうことはなさそうだ。
「ですが実際に噂が流れては気が変わることも」
「私はルナとシン殿を信じている。ただの噂で気が変わるのであれば成婚の話が白紙になるのも已む無し。噂で左右されるような者に国をおさめる女王の王配は務まらない」
食い気味に魔導師の言葉を遮った国王のおっさんもその時は仕方ないって考えらしい。
一国の主である国王のおっさんと王妃の“親として”の意見を聞けてルナさまの表情は嬉しそうだった。
・
・
・
「へー。私もアイツの吠え面を見たかったよ」
「吠え面って言うな。確かに何も言えなくなってたけど」
祝賀会(を餌にした夜会)が終わり、公爵家を無事に宿泊施設へ送り届けてからエミーに魔導師長とのことを話す。
「ガスパルは魔導師としては大変優秀なのだが、余分な発言も多いことがどうにも。私も幾度か注意はしたのだが」
「お喋りな男は嫌われるよ。テオドールも口煩いんだから気をつけな。だからいつまでも結婚できないんだ」
「私は結婚できないのではない。最初からする気がないのだ。軍人とではお相手に寂しい思いをさせてしまうだろう?」
「どうだろね。ただの言い訳にしか聞こえない」
久々に見た(俺は)凸凹コンビ。
今日も仲がいいのか悪いのか絶妙なライン。
この二人が結婚すれば面白い家庭になりそうだけど。
「まあ本人から話を聞けて良かったし、国王や王妃がルナさまの意思を尊重してることも分かって安心した。例え国同士を結ぶための結婚でもルナさまには幸せになってほしいから」
それだけで祝賀会に参加(強制)した意味はあった。
ルナさまが決めたとはエミーから聞いてたけど、するしかない状況に追い込まれていた訳でもなかったから一先ず安心。
「私は今回のご成婚を好ましく思わない」
「珍しいね。テオドールがそんなことを言うの」
「私はルナさまの教育係を長らく務めてきた。笑顔をなくしてしまうご成婚を好ましく思えないのは当然ではないか」
「やっぱ気の所為じゃなかったのか」
大会中は常に王家の護衛に付いている師団長のその話を聞いてやっぱりなと納得する。
「いつ見ても笑ってないと思ってたんだ。放映に映った時とか貴賓室から姿を見せた時しか分からないからただの偶然かとも思ったんだけど。今日は楽しそうで少し安心した」
元からヘラヘラ笑ってる人じゃないけど、愛想を振りまくタイミングの王女さまスマイルも元気がなさげ。
成婚することを発表した割に相手とそんな雰囲気はないし、それで結婚するしかない状況に追い込まれてるんじゃないかと想像してしまったのもある。
「たしかに今日は楽しく過ごせたようで何よりだった。癪に障るがシンと過ごせたことがよい気晴らしになったのだろう」
「えー。癪に障るとか言う?」
「それはそうだろう。ルナさまに近寄り過ぎだ」
「ダンスなんだから距離が近いのは当たり前だろ」
「あれは近すぎる。お相手はルナさまだぞ。遠慮をしろ」
ダンス中もしっかりチェックされていたらしく、言い合う師団長と俺にエミーは笑う。
「続きは食事しながら話そう。テオドールのご馳走で」
「賛成」
「どうして私が」
「俺の優勝祝い」
「年齢」
「祝いはまだしも年齢はおかしいだろう」
団体上位戦の合間の休息日。
優勝者のお仕事は終わった。
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