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第八章 武闘大会(後編)
注目の試合
しおりを挟む連日続いた個人戦。
残念ながらロザリアのバレッタ集落は先に敗退してしまったけど気持ちを入れ替えて団体上位戦にかけるとのことだった。
そして今日は注目の試合(俺的に)が二つ。
ブラジリア集落の代表騎士VSロイズ。
ベルVSドニ。
観客も楽しみにしているだろう王都代表の剣士同士の試合はもちろん、ロイズたちの試合では勝ち進んだ方が既に試合を終えて勝ち進んだ俺と次の試合で当たる。
『ただいまよりブークリエ国王都代表ロイズ選手対、ブラジリア集落ウーゴ選手の試合を行います。両者前へ』
アリーナに上がって審判から説明を受ける二人。
毎回説明する必要はないんじゃないかと思うけど、後々ルールについて難癖をつけられないための予防線だろうか。
「ウーゴさまの武器大きいですね」
「初めて見ました。槍でしょうか」
「薙刀っぽい」
「「薙刀?」」
「俺が居た世界の長柄武器。西洋風だからグレイヴかな」
ブラジリア集落の選手が持っているのは多分グレイヴ。
突いたり切ったり振り回したりして攻撃する武器だけど、割と身長が高めの選手よりも長いから重量がありそうだ。
「手の長さと合わせると結構なリーチの長さになるな。懐まで入らなくても当たるから距離感を誤るとやられる」
ここまで勝ち進んだ選手との試合はもう気が抜けない。
実力で勝ち上がった選手ばかりだから。
『始め!』
開始の合図で審判の手が挙がると同時にロイズは前に出る。
「短剣か。考えたな」
バックステップじゃ長柄武器相手に充分な距離は取れない。
逆に相手は懐まで入られると切る突くができなくなる。
だから開始直後は短剣にしたんだろう。
「でも相手も甘くない」
「うん」
前半の試合なら通った奇襲も強者相手には無意味。
太い腕で腕を掴まれたロイズは顔面を殴られる。
「近距離も中距離も得意となると厄介ですね」
「上手く長距離に持っていくしかない」
「はい」
そもそもロイズは弓士だから中距離から長距離向き。
長距離に持っていければ有利になるけど、当然相手もそれを分かってるから距離を置かせてくれない。
「あ。フラウエルさんから鍛えて貰った戦い方やってる」
「フラウエルが教えたのか。……ロイズじゃなかったら簡単にはできそうにないけど」
ロイズが距離を取るためにやったことはひたすら撃つこと。
ただ、撃つと言っても後ろに下がりながら撃っている。
立ち止まって撃つより歩きながら撃つ方が難しい。
普段ロイズは撃って移動しながらポジション取りをしてまた撃つことを繰り返してるけど、今は撃つ手を止めず見えていない後ろに下がりながら撃っていて、どれだけ体のバランスがいいのかと驚かされる。
才能か経験か。
目線はずっと相手を見たまま。
腰に付けたケースから取っては射るその一連の流れの感覚はもう体で覚えているんだろう。
「弓はパーティでしか役に立たないというのが常識でしたが、ロイズさまはその常識を覆す存在ですね」
「俺も訓練校でそう教わったし実際それが殆どの弓士に当て嵌るけどロイズは別。一人で陸海空の魔物を倒す」
魔王も感心していたロイズの才能。
俺も初めてロイズたちに会った時に弓士がリーダーなのは珍しいと思ったけど、この世界の人にとっても弓士は攻撃の要ではなく遠距離からのサポート役。
もちろんサポートが居るからこその状況もあるし剣では届かない空の魔物の時は大活躍だろうけど、常に攻撃の要になっている弓士は早々居ないだろう。
「しかも美丈夫っていう。なんだこの黄色い声援」
「俺も少し気になってた」
さっきからチラチラ気になっていた黄色い声。
元々ロイズは王子様風(見た目)美丈夫だけど、こんなにキャーキャー言われているのは初めて見た。
「本人は気にしてないみたいだな」
「うん。それだけ集中してるんだと思う」
黄色い声は歓声と違って甲高い。
アイドルのファンが本人を前に大興奮してあげるあの甲高い声は真剣勝負の最中には少し耳障り。
でもロイズは集中していて気にならないようだから良かった。
「ウーゴさまも覚醒済みなのですね」
「カムリンさんだけじゃなかったみたいだね」
ロイズにはこのままでは勝てないと思ったのか相手選手の瞳の色が赤く変わる。
人族は覚醒しても見た目が変わらないけど獣人族は目が赤くなるから見た目で分かる。
「早っ」
「これはさすがにキツいんじゃないか?」
「あの変態も早かったけどそれ以上に早い」
下がりながら取った距離をあっという間に詰められた。
覚醒していてパワーも上がっているだろうから掴まれたら絶体絶命。
パワーVS技能勝負。
ロイズは捕まらないよう左へ右へと移動しながら相手の利き腕や利き足へ弓を射る。
当たっても躊躇せず突っ込む相手選手はメンタルが強すぎ。
白魔術師はすぐに行けるようスタンバイ中。
抜きもしないし回復もかけないということは聖魔法の適性はないんだろう。
「真剣勝負をしてるというのに煩い」
「審判も声だけじゃ注意はできないから」
プンスと怒るベルをエドが隣で宥める。
ロイズが殴られたり怪我をする度に黄色い声の人たちが相手選手にブーイングをしているから、マナーもなにもないそれにベルが怒るのも少し分かる。
とはいえ武闘大会に応援マナーなどない。
アリーナに乱入したり選手に物を投げたりしない限り後は観客たちの良心任せだ。
そんな理由で相手選手のウーゴに同情する状況で数十分。
互いに流血しながら攻防を繰り返して体力の消耗が目に見えて感じ取れるようになってくると、両足への蓄積ダメージで何とか相手選手との距離をとったロイズの動きが止まる。
「決めにいくのか」
ロイズが構えた弓には二本の弓矢。
突っ込んでくる相手選手に逃げることなく狙いを定める。
グレイヴの射程圏内まで数センチ。
ロイズが射った弓矢が突き刺さると同時に相手選手の体が後ろに吹き飛んだ。
『……そ、そこまで!勝者ロイズ選手!』
一瞬の沈黙のあと審判が挙げた手と勝ち名乗りで闘技場は割れんばかりの拍手と大歓声に包まれる。
ロイズの二本の弓矢が当たったのは両肩。
ただし普通の弓矢ではなく雷魔法が付属されたもの。
これぞ正にサンダーアロー。
「お前あれロイズに与えたら駄目な性能だったんじゃ」
「剣より弓の方が破壊力ヤバめ」
「ロイズさんの属性レベルの高さも関係ありそうです」
「綺麗に吹き飛びましたね」
力が分散される剣より弓は一点集中だからか、両肩に当たった威力だけで厳ついガタイの獣人族が吹っ飛んだ。
しかも雷魔法も同時に受けたから気を失ったと。
「あ、無事に起きた」
「笑っていますね」
「いい笑顔です」
「お互いに全力で戦った結果の勝敗だからな」
相手選手が回復で目覚めると二人は笑い握手をかわす。
見応えのあるいい試合をした二人に観客たちの歓声と拍手は続いた。
「「おめでとう!」」
「「おめでとうございます」」
「ありがとう!」
特別室に戻ってきたロイズを出迎えて勝利を祝う。
満足のいく試合だったようで本人も嬉しそうだ。
「ロイズさま、次戦進出おめでとうございます」
「「おめでとうございます」」
「ありがとうございます」
ディーノさんたちからも祝いの言葉を貰って満足げ。
ここまで勝ち進んできた相手とようやく全力で戦えたんだから気持ちは分かるけど。
「ってことで俺の次の試合相手はロイズか」
「もう少し勝利の余韻に浸らせろよ」
肩を組んで言った俺にロイズが( ˙-˙ )スンとして愚痴るとみんなは笑った。
ロイズの試合の後は昼食(軽食)を挟んでのんびり。
大会中だと忘れるような寛いだ待機時間を過ごしてから順番が回ってきたドニとベルは準備を始める。
「ドニさま。同じ王都代表ではありますが個人戦の舞台に立てば敵同士。仲間や異性だからと言って手加減は不要です」
ベルの言葉でブーツの紐を結んでいたドニは顔をあげる。
「手加減しようとは思ってない。手加減して勝てるような相手じゃないことは今まで一緒に訓練をしてたんだから分かってるし、同じ剣士だからこそ剣士の流儀で応えるつもりだ」
険悪な訳じゃないけどピリピリした緊張感。
惚れてる相手と本気で戦えるのか気がかりだったけど余計な心配だったようだ。
「ドニさま。ベルティーユ。お時間です」
「「はい」」
声をかけに来たのは副団長。
二人は同時に返事をする。
「シンさま。行って参ります」
「うん。頑張れ」
「主に勝利の栄光を」
いつものように跪いたベルの頭に額を重ねる。
無事を祈って。
「ドニも頑張れ」
「ありがとう」
「二人とも心残りのないようにな」
「ああ」
「はい」
どちらか片方は敗退する。
それでも負けて悔いのない試合になればいい。
案内の副団長とルネに付き添われて部屋を出て行く二人を見送った。
「パーティの仲間と当たるといよいよって感じがする」
「人数が減りましたからね。既に私たち以外にも同じパーティの仲間同士で当たっていますし」
リーグ戦を勝ち進んで行けば当然仲間とも当たる。
俺とエドは先に今日の試合を終えて早々に勝ち進んだけど、あと数試合も勝ち進めば戦うことになる。
「英雄。賢者さまがおいでになりました」
「あ、フラウエルか。入って貰ってください」
「かしこまりました。どうぞ中へ」
ディーノさんから賢者と言われて一瞬エミーかと思ったけど、エミーのことはみんな『エミーリアさま』と呼ぶから魔王のことだと分かった。
「おはよう。もう午後だけど。仕事お疲れ」
「「お疲れさまです」」
「ああ。お蔭で試合を見逃した」
「ドニとベルの試合がちょうどこれから」
「あの二人が戦うことになったのか」
「うん」
予想的中。
昨日から竜人街の視察に行っていた魔王が部屋に入って来てエドからリフレッシュをかけて貰ってソファに座る。
「昨日今日の試合で痛みは?」
「大丈夫」
「治療を休んでも痛みが出ない程度には落ち着いたか」
「そうかも。毎日治療して貰ってたし」
肩の痛みが出てから毎日治療をしていたけど、丸一日治療をしなかった昨日も試合を終えた今も痛みはない。
「念のため軽く治療をしておこう」
「戻って来たばっかりなんだから後でいいのに」
「疲れるようなことはしていない」
「うーん。じゃあありがとう」
視察から急いで戻って来たばかりなのに申し訳ない気分だったけど、ありがたく治療(魔回復+肩と腕のマッサージ)をして貰うことにした。
「賢者さま。お飲み物はいかがですか?」
「治療が終わった後に貰おう」
「承知いたしました」
ディーノさんたちにも既に魔王は知った顔。
ほぼ毎回治療のために居るから今日もすぐ魔王を通していた。
「警備兵に声掛けてから来たか?」
「ああ。治療お疲れさまですと言われた」
警備兵にすら顔パス。
考えたらとんでもない話だ。
今更だけど。
「お。始まるか」
「凄い歓声ですね」
「見応えのあるカードだもんな」
スピーカーから聴こえてきた歓声の大きさだけでドニとベルが入場してきたんだと分かる。
「この場合は人族同士の扱いになるのか?」
「いや。エドもベルも種族は獣人族で登録されてる。人族の国の代表騎士って扱いではあるけど」
ブークリエ国の王都は人族の国だから団体戦では人族の括りに入るけど、個人戦は一人一人だから獣人族の括り。
つまり“人族代表ドニVS獣人族代表ベル”となる。
武闘大会は種族や領地の名誉をかけた戦い。
それだけに割とその辺りは細かい。
『ただいまよりブークリエ国王都代表ドニ選手対、ブークリエ国王都代表ベルティーユ選手の試合を行います。両者舞台へ』
ドニの方にはルネが。
ベルの方には副団長が付添人として付いている。
審判が名前を呼ぶと観客からはまた大歓声がおこり、ドニとベルはそれぞれ西側と東側からアリーナへ上がった。
「どっちが勝つと思う?」
「単純に考えればベル。ただ二ヶ月間の訓練でドニの実力は底上げされたしパワーもある。惚れた相手に負けたくないって気持ちも加わってお互い簡単には勝たせて貰えないだろうな」
元の実力で考えればベルの方が優位。
でも二ヶ月の訓練で一番実力が伸びたのはドニだった。
どちらが勝ってもおかしくない。
「このくらいにしておこう」
「ありがとう」
審判が注意事項を説明している間に治療終了。
治療して貰わなくても痛みはなかったけど、治療して貰った後の方が肩の動きがスムーズに感じるのは完治した訳じゃない証拠だろう。
「あー緊張する。自分の試合の時より」
「お気持ちは分かります」
ロイズとエドはそう話して苦笑する。
同じパーティの仲間だからどちらにも勝って欲しいけど、どちらかは必ずここで敗退する。
『始め!』
二人が白線の位置に立つと試合開始。
互いに様子見することなく相手に突っ込んで行き、剣とサーベルのぶつかり合う金属音が放映を通して聞こえてきた。
どちらも真剣。
仲間だとか異性だとかそんな感情は感じられない。
ただ目の前の相手を強敵として戦う二人はこの上なくらしいと思う。
「切り替えが早い」
ドニのパワーでサーベルを弾かれるとベルはすぐ風魔法で剣の攻撃を防ぐ。
弾かれたサーベルを目で追うこともなく即座に魔法に切り替えたのはドニの動きをよく見ている証拠。
「本気になったようですね」
「イラっとしたんじゃないか?パワー負けして」
「そうかも知れません。負けず嫌いですから」
風魔法でドニを押し返し距離を置いたベルの目が獣人族の力の覚醒した後の赤色に変わった。
これでパワーも互角。
いや、逆転した可能性もある。
カムリンと戦った時に分かったけど、力を解放したあとの獣人の攻撃は骨が軋むくらいに重い。
案の定逆転した試合展開。
今までは力で押していたドニが防戦一方に変わる。
魔法と爪の素早い連続攻撃など堪ったものじゃないだろう。
「あ」
「ザックリいったな。深そうだ」
「獣人の爪の威力強すぎ」
胸から腹にかけ切り裂かれたドニの白いサーコートに滲む血。
肌が見えているということはベルの爪が鎖帷子にも勝ったってことだ。
「出血量が多い」
傷が深いらしくアリーナにドニの血が落ちる。
それでも戦うのをやめない二人に観客たちはすっかり静かになっていた。
「火魔法?」
「んー……フラウエル。あれって覚醒してるよな?」
「ああ」
『え!?』
魔王と俺の会話にエドとロイズは驚く。
元々ドニは火属性の適性があったものの今までとは明らかに威力が違い魔王に訊くと、案の定試合の最中に覚醒したらしい。
「面白い。人族は最も覚醒者が少ない種族に関わらずこれで覚醒するとは。あの剣士は勝利への執念がよほど強いようだ」
魔王さまご満悦。
魔王からすれば少しでも強い人が増えるのは歓迎なんだろう。
「本当に覚醒してるのか?」
「今まで実力を隠してたんじゃないなら」
「よく分かったな。本人も気付いてなさそうなのに」
「魔力の質?が違うっていうか。上手く説明できない」
「質?俺には魔力の質ってものがまず分からない」
「オーラの色?的な。気配が変わった」
説明すればするほどロイズから首を傾げられる。
なんとなく感じる感覚の話だから俺自身もどう説明すれば伝わるのか分からないけど。
「フラウエルさんも質っていうのを感じるんですか?」
「俺は違うが夕凪真は魔力の種類を感じ取ることができるのだろう。稀に魔力が目に見える者もいる」
ん?え?
見える者もいる?
「魔力って強い奴のは見えるよな?」
常に見えてる訳じゃないけど力を解放した時に。
そう訊くとロイズとエドから首を横に振られる。
「俺は見えるが今言ったように見える者の方が稀だ。強い魔力であれば誰でも圧迫感や恐怖心を感じるが目には見えない」
ぇぇぇぇぇぇえ!
こんなタイミングで衝撃の事実!
それどころじゃないのにぃぃぃぃい!
「後で詳しく聞かせてくれ。今は試合が気になる」
「ああ。分かった」
そっちも気になるけど試合展開も気になる。
その話は一旦置いて再び試合の様子を見た。
「大変な試合になりましたね」
「うん。審判が止めるのが先か決着が先か」
お互い覚醒状態になって実力は互角。
ただドニの出血量が多いとあって審判が幾度か周りの判定員と目配せをしている。
「このままだとドニが負ける」
試合続行不可能と判断されて止められたらドニの負け。
この状況だと時間制限の判定勝負になるまで審判は待ってくれないだろうからドニが勝つにはもうベルを倒すしかない。
『敗北宣言してください』
ドニの剣をサーベルで受け止めて口を開いたのはベル。
戦っているベルが一番ドニの状態を分かっているだろう。
『早く回復を』
『ふざけるな。逆の立場なら負けを認めるのか?』
静かな闘技場に響くのは放映を通した二人の会話。
刃を合わせたまま真剣に話している二人にはもう周りなんて目に入ってないんだろうけど。
『ベルにも負けたくない理由があるように俺にも負けたくない理由がある。余計な同情はするな。俺を倒したいなら最後まで全力で戦え。俺もベルを倒すまで全力で戦う』
『……分かりました。そこまで覚悟なさっているのであればどちらかが倒れるまで全力で戦いましょう』
武士道というか騎士道というか……。
愛すべき馬鹿。
覚醒者同士の戦いに観客も夢中。
闘技場がこんなに長時間静かだったのは初めてだ。
審判たちも二人の真剣勝負を見て止める判断に踏み出せないようで、静かな闘技場には二人の武器が重なる金属音だけが長く響いていた。
「決着がついたようだ」
『そこまで!』
魔王の声とほぼ同時に審判が手を挙げる。
『勝者ドニ選手!』
最後まで立っていたのはドニ。
観客たちは思い出したように拍手と歓声をあげる。
「あ。倒れた」
「だろうな。行ってくる」
ドニも倒れたのを見て苦笑しながらソファから立ち上がり、白魔術師が回復をかけているアリーナに転移する。
「まったく。困った奴らだ」
「英雄」
「医療室に運んで魔力譲渡する」
「助かります」
愛すべき馬鹿二人の魔力は給油ランプ点灯状態。
まだ決勝戦でもないのに無理をしたものだと思いながら右肩にはドニを、左肩にはベルを抱えて医療室に運んだ。
「ドニ選手には増血剤の注射をしておきますね」
「お願いします」
医療補助士がリフレッシュをかけてくれた二人をベッドに寝かせる。
「失礼するよ」
「エミー」
「エミーリアさま」
「すまないね。うちの子たちが手間をかけて」
「いえそんな。素晴らしい試合でした」
医療師が増血剤を打っているとドアをノックして入ってきたのはエミー。
「一人は私が譲渡しよう」
「ありがとう」
ドニには俺が、ベルにはエミーが魔力を譲渡する。
「勝ったものの無理だろうね。明日の試合は」
「だろうな。決勝戦でもないのに困ったもんだ」
「二人には決勝と同じ価値のある試合だったんだろ」
「うん。多分そういうことだと思う」
エミーが言う通りこの様子では明日の試合は棄権することになるだろうけど、ドニも後悔はないだろう。
「ルナさまが感動して泣いておられたよ」
「ルナさまって結構こういう熱い展開に弱いよな」
「感動して泣けるなんて可愛らしいじゃないか」
次期国王のルナさまは意外と胸熱展開が好き。
デュラン領に居た時に読んでいた小説の内容を聞いたら熱い友情とかそれ系ばかりで、『ああ、恋愛ものより胸熱展開の方が好きなんだな』とそっと察した。
「もう良さそうだ」
「ドニもOK」
魔力の吸収率が緩やかになって譲渡を止める。
白魔術師が回復をかけてくれて傷は塞がっているし魔力も回復させたから二人ともじきに目が覚めるだろう。
「目が覚めるまで寝かせておいてくれるかい?」
「はい。そのつもりです」
「じゃあ後は頼んだよ」
「承知しました。ご協力感謝いたします」
いいな。女医さんも。
そんな若干の下心を胸の内に押し込み二人のことは頼んで医療室を出た。
「久々にエミーと会った気がする。数日なのに」
「私もだよ。試合では見てるけどね」
国王のおっさんの護衛についてるエミーも試合の日には闘技場に来てるけど、最近は会う機会がなかった。
「私たちが会わない時は変な問題が起きていない証拠だ」
「嫌な証拠。その通りなんだけど」
護衛役と代表騎士は会うことがないのが普通。
最初の内は問題が次々に起きていたから二人で話す機会があっただけ。
「最近アルク国王おとなしいな」
「エルフ族が全員敗退したからね。機嫌は悪いけどそれは私たちが悪い訳じゃないから知ったことじゃない」
「やっぱご機嫌ナナメなのか」
「それはそうだろ。自分の種族の試合がなくても国の行事だから来ない訳にいかないんだから」
ご尤も。
朝集まった時に見かけるだけだけど、エルフ族の試合は団体戦までもうないのに毎回来ないといけないのは少し同情する。
「エルフ族の代表騎士ももう団体戦まではわざわざ来させなくていい気がするけど。来てもなにもすることがないんだから団体戦に向けての訓練に時間を充てた方が有意義なのに」
「まあね。少しはマシになるかもって程度だけど」
まあたしかに。
たった数日訓練したところで何年も訓練していた人たちに追いつくのは難しい。
「余計なことを言ってまた駄々をこねられたら堪らない」
「それもそうか。完全に腫れ物扱いだけど」
「腫れ物どころか劇薬だよ。機嫌が悪くてもおとなしくしててくれるならわざわざ啄く必要はない」
大きな溜息で貴賓室の状況が分かる気がして苦笑する。
おとなしけれはそれでいいと思う状況なんて今までがいかに酷かったのかお察し。
「ルナさまは本当にそんな国の王子と結婚して大丈夫なのか?仮に王子はまともだったとしても、親があの国王じゃマイナスの方が多そうだけど」
巨大商業国から得られる金や技術はたしかに価値があるだろうけど、自分の息子が国王の婿になったことを好機とブークリエのことに口を出してきそうで不安しかない。
「恐らく王子を上手く使ってブークリエ国を裏で操ろうとするだろうね。あの坊ちゃんはパパの言いなりだ。王太子に全て持っていかれた後の出涸らし息子」
誰かに聞かれたら一発で首が飛ぶ爆弾発言。
こっちの方が肝が冷えて辺りに人が居ないか思わず確認する。
「傍に人の気配がないことを分かってて言ってる」
「ヒヤっとさせんな」
俺の行動に気付いたらしくエミーは笑う。
「決して悪い子じゃないんだ。あの国王の息子にしては駄々もこねないし穏やかな性格をしてる。ただ親の言いなりになってる時点で善い子でもない。争いを避けたいと言えば聞こえはいいが、それに巻き込まれて迷惑をこうむる他の人のことは考えてない。私からすればその気弱さは悪だ」
はた迷惑な平和主義者ってことか。
いや、平和主義と言うより親が間違っていても反抗出来ない気弱な息子っていうのが正解っぽいけど。
「裏で操ろうとするって思ってても結婚させるのか」
「するだろうと思ってても実際に出来るかは別。国王陛下はご健在だし、代が変わっても国王はあくまでルナさまだ。婿入りの王配に一国を動かすほどの権力はない」
一国を動かす権力がないことは分かるけど小さな火種(面倒事)はちょこちょこ出てきそうだけど。
その火種で国民が迷惑をこうむる可能性もない訳じゃない。
「前にも言ったけどご成婚を決めたのはルナさまだよ。国王陛下がルナさまの成婚相手にと考えていたのは君だ。その国王がアルク国の第二王子と成婚するよう強要するはずがない。ルナさま本人が何かお考えがあって決めたんだろうよ」
ルナさま本人が話を受けたことは聞いたけど……。
「またサラッと爆弾発言を混ぜるな」
「陛下が考えてたのが君って部分かい?そんな驚くような話じゃないだろ。君は地上でたった一人の英雄なんだから。国民が憧れ慕う強い力を持つ者を国が手離したくないのは当然だろ」
そう言われると納得。
王女と結婚するということは王家の一員になるということ。
イコールで英雄はブークリエ国のもの。
至極単純な話だ。
「完全に政略結婚だな」
「王家の結婚はそんなものだよ。あの方たちは国や国民のために生きている。それを可哀想だと思うのは国のために生きる覚悟があるあの方たちに失礼だ」
結婚は好きな人とするもの。
そう思えるのは自由を与えられている国民だから。
王家の結婚は国のため。
「もし国王のおっさんに頼まれてたらの話だけど、英雄と国の関係性を固めるための政略結婚ってだけなら協力した。ただフラウエルとの約束があるから国に骨を埋めるのは無理だ。もう成婚は決まったんだから今更だけど」
ただの『もし〇〇だったら』の話。
国王のおっさんにはお手当てを貰ってるし国のプラスになるなら協力したけど、英雄の称号(存在)は国のために使えても体はずっとここには居られない。
「まあルナさまにも考えがあるんだろうけど本当に大丈夫なのか気になっただけ。護衛頑張れよ」
「君もしっかり観客を楽しませてやってくれ」
「了解」
王家には王家の役目があるように俺にも役目がある。
雑談程度に話してエミーは貴賓室へ、俺は特別室へ戻った。
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