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第八章 武闘大会(後編)
王都にて
しおりを挟む「この辺りなら大丈夫だろう」
「ありがとう」
交流会(祝賀会)をした翌日。
魔王の魔法を使って王都の近くの森に転移した。
「やっぱフラウエルの転移魔法だと一瞬だな」
「今のは魔祖渡りだ。転移魔法とは言わない」
「魔祖渡り?そんな名前だったのか」
「ああ。移動距離は違えど人族も魔族も転移魔法は使うが、魔祖を使うこれは魔祖渡りという魔王固有の能力だ」
「へー。使い方を教わった時に聞き逃してたのかも」
「いや。話した記憶がない」
「おい」
俺が聞き逃していたのかと思えば。
今初めて話したなら知ってるはずがない。
そんな会話をしながら城門前に行く。
「客人を連れて来た。チェックを頼む」
「英雄?どうなさったんですか?大会中に」
「執務科に用があって。後は西区の様子見」
「お仕事でしたか。お疲れさまです」
「ありがとう」
王宮関係者用の出入口に行き警備兵に声をかけ、俺の客人扱いで魔王の審査(ボディチェック)をして貰って通行料を払った。
「大会中だけあっていつもより人が少ない」
いつもは出入りする人の列で賑やかな城門付近も今日は静か。
一般国民や商人はもちろん王家や王宮関係者も数多く大会会場に行っているから全体的にひっそりするのも当然か。
「少し早いから先に朝食にしよう」
「任せる」
地球と同じくお役所仕事は開始時間が決まってる。
朝イチで済ませたかったから早めに出たけど早すぎた。
行ったのは王宮ギルドの食堂。
席に着いている人の数は疎ら。
予想通り空いている食堂の奥に行ってローブを脱ぐ。
「おはようございます。英雄」
「おはよう。俺はモーニングで頼む。フラウエルは?」
「ファイアベアのステーキ」
「二人前にしないと足りないと思う。大食だから」
「では二人前で」
「かしこまりました」
魔王さまは朝からガッツリ系。
食堂の給仕に注文したそれを聞いて少し笑う。
「思えばこの王都をまともに歩くのは初めてだ」
「そっか。いつもはスルっと魔祖渡り?で来るから」
「お前に用はあっても国にはないんでな」
王都には興味なさげなことに喜ぶべきかどうか。
魔王が出歩いている危険性を考えれば喜ぶべきだけど、興味を持つほどの魅力が王都にないってことでもある。
「ここには勇者が居る。俺が興味を持っても困るだろう」
「害する気があるなら。でもやらないだろ?」
「覚醒するまではな。後はお前の首を飛ばすような愚かな真似をしなければ仕掛けることはしない」
魔王は約束を破らない。
そこに関してはよく嘘をつく人族よりも律儀だ。
二人で試合の話をしながら寛いでいると早々に運ばれてきた朝食を久々に人目を気にせず口に運ぶ。
と言っても俺には朝からガッツリ系は重いからトーストと珈琲(擬き)だったけど。
「ご馳走さま」
「英雄」
「ん?」
魔王も二人前をペロリと食べ切ったあと席を立ちながら給仕に声をかけるとパタパタ走ってくる。
「お引き留めして申し訳ございません」
「大丈夫。どうした?」
「今日のパンはどうでしたか?」
「ああ。変えたみたいだな。柔らかくて美味かった」
「そう言っていただけると」
何の話かと思えば食パンのこと。
この世界のパンは固くてあまり好きじゃないんだけど、今日食べたパンは柔らかかったから変えたことにすぐ気付いた。
「レシピは王宮料理人から教わったのですが、英雄の許可をいただければ今後王宮食堂でも扱いたいと思いまして」
「え?わざわざ許可なんて取らなくて良かったのに」
「元は英雄のレシピですから」
「食パンは開発者権を取ってる訳じゃないから全然扱ってくれていい。美味いパンが食べられるのは俺も歓迎」
給仕が指で丸を作って合図を送った先に居たのはキッチンから顔を出してる男たち。
仲間同士でガッツポーズをしているのを見て少し笑う。
「ありがとうございます。お忙しいところお引き留めして申し訳ございませんでした」
「どう致しまして。大会が終わったらまた食べに来る」
「是非。お待ちしております」
胸に手をあて頭を下げているキッチンの男たちにも同じ仕草で礼を返して王宮食堂を出た。
「相変わらず欲のない」
「ん?」
「お前のレシピを使って作られた物だったのだろう?権利を主張すればいいものを無料で許可するとは」
王城に向かいながら魔王から呆れた顔で見られる。
「俺が料理人に教えてるレシピは元いた世界にあった物だ。俺がやってることと言えばこの世界で代用できるものを探すくらいなのに権利を主張するのも変だろ」
「代用品を探すだけでも充分な功績だと思うがな。この世界に無いレシピをお前が教えているのは事実だろう」
「スキルで探すだけだし。もちろん店を出す時のレシピは取るけど、後はこの世界の人の食生活が潤うならそれでいい」
この世界では料理のレシピにもそれ用の特許がある。
店を出して客から代金を貰う場合は丸パクリされて自分のレシピとして店を出されたら困るから取る必要があるけど、俺はパン屋として代金を貰ってる訳じゃないから権利を主張するつもりはない。
「どうするんだ。自分のレシピとして権利を主張する者が現れたら。真似をするなとなれば厄介なことになるぞ」
「そうなったらたしかに困る。でも俺が教えてるのは王宮料理人だから。もし誰かが自分のレシピとして申請しようとしても俺のレシピだって王宮料理人が分かってるから通らない」
「……なるほど。それならいいが」
少し考える仕草を見せた魔王はそれで納得する。
異世界料理として俺が王宮料理人に教えた物を別の誰かが申請しても、もう既に王宮料理人たちはそれが異世界料理だと知っているから通らない。
俺が教えてる人の中にはこの国の王太女も居るし、王宮の食堂や王家の食事にもそのレシピが使われている。
王家にも知れ渡っているレシピを自分のレシピと偽る奴はもれなく罪に問われることになる。
「英雄。お帰りでしたか」
「今日中にまた行くけど。保護申請をするために戻った」
「保護申請でしたら私の方で受け付けます」
執務科(地球の役所のような場所)もガラガラ。
一般国民も利用するから普段は朝でもそれなりに混むけど、今日はここでも大会の影響が見て取れる。
「申請書の記入をお願いします」
「うん」
渡された申請書に保護した子供の性別や種族、場所や状況なども詳しく書き込む。
そのあいだ魔王は無言で隣から申請書を眺めていた。
「お預かりします。どうぞおかけください」
「俺は向こうで待つか?」
「いや。聞かれてマズい話じゃないから大丈夫」
「そうか」
書き終えた申請書を渡して面談。
付き合ってくれてる魔王にも隣に座って貰う。
「獣人族ですか。親が見つかるかどうか」
「親の方から名乗り出てくれないと見つけるのが難しいことは分かってる。でももし親が捜した時に王都で保護されてることが分かるよう保護情報の伝達も頼みたい」
「かしこまりました」
カームが保護された状況的に親が捜す可能性は低い。
森の中に裸で置かれていたということは、持ち物から一切の情報を得られないようにして捨てたということだろうから。
「珍しいですね。獣人族は子供を大切にするのですが」
「らしいな。よほどの深い事情があったのかも」
「どのような理由であれ子供を捨てる言い訳にはなりません。ですが両親が病などの已むを得ない事情で育てられなくなっても獣人を預かってくれる場所がないことも問題です」
「俺もそう思う。ただ、孤児院が簡単に引き受けられないのも分からない訳じゃない。保護対象はその子一人だけじゃないから既に居る子供たちの気持ちも考えないといけないし」
自分が孤児院に携わったから分かること。
可哀想なんて同情心だけでは引き受けられない現実的な問題がこの世界にはあるから。
「……この子は幸運な子です。命を平等なものと考えるボニート司祭に発見されて、今後自分の領地に獣人を受け入れる準備をしていた英雄に出会えたのですから。どうぞこの子の未来に神の御恵みがありますよう」
そう話して執務科の受付人は手を組み祈る。
孤児関係の科を担当しているだけあって、保護対象が獣人族であっても変わらないらしい。
「身元引受人の情報は隠しますか?」
「ん?隠した方がいいのか?」
身元引受人はその子供の責任者。
大抵は孤児院の代表者の名前になってるけど、この人がこの子供を預かっていますよという証明。
「身元引受人の英雄に近付くために虚偽の申告で面談を迫る者や引き取ろうとする者が居るかも知れません。知り合いかもと言われて面談させて違ったと言われても罪には問えませんし、自分の子供として育てたい方はもちろん、使用人として孤児院の子供を引き取ることもあります。衣食住を提供できる条件が揃っていてその子をしっかり育てるならば、引き取る理由が使用人にするためであっても問題ありません」
なるほど。
俺(英雄)に近付く手段としてカームが使われると。
胸糞悪い話だけど有り得ないことじゃない。
「そういうことなら伏せておいてくれ。ガルディアン孤児院の名前にしても俺が関係してる孤児院だって知ってるかも知れないし。カームが道具にされるのは嫌だ」
「かしこまりました。では身元引受人の情報は非公開にして、面談についても保護科を通しての面談といたします」
「頼んだ」
俺が関係してることが分からなければカームとの面談を希望する人は純粋に捜し人ってこと。
保護課を通しての面談なら仮に人違いや条件が合わず面談で終わっても、その人の口から他人に漏らされることもない。
「獣人族の子供を預かってくれる場所か……」
保護課の人が書類を書いてる間さっき話したそれを思い出して口をつく。
「どうかしたのか?」
「こっちの世界って保育園や幼稚園や託児所がないんだよな」
「託児所?」
「俺が居た世界には両親が仕事や家事に忙しい昼の間に子供を預けられる保育園や幼稚園って施設があったり、子供を連れて行くにはちょっとって場所に出掛ける時に数時間だけ預けられる託児所って施設があった。月に幾ら、一時間幾らってお金はかかるけど、専門の人が預かってくれるから親も安心して預けられる。今後西区で人を雇用する上でも必要な施設だと思う」
この世界では大金を払って学校(訓練校)へ行く。
当然、保育園や幼稚園なんてものはない。
西区で雇用している人たちの子供は仕事のあいだ孤児院で預かったり兄弟と家で待ってたりしてるけど、雇用人数が増えたら孤児院だけでは無理だ。
獣人となると尚更預かってくれる人が居ないかも知れない。
兄弟や頼れる人が近所に居るならいいけど、両親が働きに出てるあいだ子供が家で独りなんて状況も有り得なくない。
「必要なら作ればいい」
「そう簡単な話じゃないんだ。預かるにもお金を払って貰わないといけない。当然職員には給料を払わないといけないし、提供する食事や施設の維持費も必要だからな。向こうの世界ではそれが当然だったし援助も受けられるから安い託児料で預かれても、この世界では援助がないから高額になる」
既に今日明日の食事にも困って働きに出る必要がある生活環境なのに、子供を預けるために高額の託児料を払う訳がない。
かと言って無料で預かるなんてことも無理だ。
「国の協力が必要ということか」
「そういうこと。もしくはそれだけの資金援助ができるような人が現れてくれるか。ただ、継続での援助が必要になるだけに後者の考えは現実的じゃない」
一度援助を募れば終わりじゃない。
国が決めたことであれば税から予算を組まれるから継続で受けられるけど、孤児院や訓練校と違って今までこの世界になかったものだから厳しいだろう。
「一度の資金援助であれば俺も手を貸せるが継続となるとな。状況で変わる俺には継続で援助してやれる保証がない」
「ありがとう。気持ちだけ貰っておく」
魔王が継続できる保証がないのは当然。
勇者が覚醒すれば敵になるんだから。
それなのに援助してもいいと思ってくれただけでありがたい。
「この先必要に迫られた時には師団長や国王のおっさんに相談してみる。今のところはまだ孤児院で遊ばせておけるし」
「そうか。協力できるのが俺じゃないことは歯痒いが」
「充分助けて貰ってる。愚痴を聞いて貰ったり案を貰ったり寄付だってしてくれただろ?いつもありがとう」
誰にも言えない愚痴でも魔王には話せる。
黙っていても察して愚痴れる環境に持っていってくれるから。
「お話の最中に申し訳ございません。終わりました」
「あ、ごめん」
コホンと咳払いされて苦笑しながら謝る。
そういえば手続きをして貰ってる最中だった。
「本日より一年間が国で定められた保護期間となります。保護対象の男児の仮名はカーム、保護責任者のお名前はシン・ユウナギ・エロー、代理保護者のお名前はボニート、預かり先は新ガルディアン孤児院。こちらでお間違えないでしょうか」
「うん。合ってる」
「では紋印とサインをこちらへ」
情報が書かれた書類にサインをして紋印(印鑑)を押す。
これで保護手続きは完了だ。
「なにか御不明な点がございましたら御相談ください」
「分かった。ありがとう」
立ち上がって握手を交わす。
仕事が早い有能な人で助かった。
「英雄。こちらをお持ちください」
「ん?」
「西区の解体建設状況の転写です」
「ああ。これから行くところだったから助かる」
「本書類は昨日デュラン侯爵邸に送りましたので」
「ありがとう」
「いえ。お気を付けて」
執務科を出るところで引き留められて封筒を渡される。
昨日送ったからまだ届いていないと気付いて転写(コピーできる魔法)してくれたんだろう。
王城を出て再び王宮地区を歩く。
「この後は?異世界地区か?」
「先に大聖堂に寄る。ベルに頼まれたチェーンを買わないと」
「そうか。俺は外で待つ」
「なんで?」
「昨晩も言っただろう?俺の創造神は魔神だ」
「創造神が違うと具合でも悪くなるのか?」
「それはないが、違う神を崇める場所はさすがにな」
そんなものなのか。
八百万の神が居る(らしい)日本で育った俺には神が違うという感覚が全然分からないけど。
「分かった。チェーンを買うだけだからすぐ終わる」
「ああ」
以前エドのチェーンが切れて一緒に買いに行ったことがあるからどこで購入するのかは知っている。
そんなに長く待たせることにはならないから魔王には大聖堂の前で少し待ってて貰うことにした。
王都地区(南区)までは転移魔法での移動。
お蔭さまで楽々。
魔王を待たせて開けたドアの中は神聖な雰囲気。
会衆席に座って祈りを捧げている人たちが居るのを少し見てから聖卓に向かい、巨大なフォルテアル神の像がある聖卓の前で跪いて祈りを捧げる。
と言っても俺に信仰心はない。
郷に入っては郷に従えで、今やっていることは神社へ初詣に行って手を合わせることと変わらない。
しかもこの世界の神は俺のステで遊んでいる犯人かも知れないのに信仰するなんて有り得な
『……い子』
「ん?」
声が聞こえた気がして顔をあげる。
目の前の聖卓には誰も居らず左右や背後も確認したけど傍には誰も居ない。
「気のせ」
『ボ……の……い子』
気の所為じゃない。
やっぱり誰かの声が聞こえた。
「英雄!」
背後から慌てたように呼ばれたその声で後ろを振り返ると、金属がぶつかり合う音と重なって黒い何かから体を包まれた。
「……え?フラウエル?」
俺を包んだ黒い何かの正体は魔王。
手には短剣を持っている。
「この光はなんだ」
「え?フラウエルの能力じゃないのか?」
「違う」
魔王と俺の足元で眩い光を放つ術式。
そしてその術式の向こうには倒れている人がいる。
「……なにごと?」
どうして外に居た魔王がここに居るのか。
この眩い光の術式は何なのか。
術式の向こうで倒れてる人は誰なのか。
全く理解できない。
「英雄ご無事ですか!?」
「お怪我は!」
「だ、大丈夫」
集まって来た神官たちが倒れている人を拘束すると眩い光の術式はスーッと消えた。
「今の術はお前たちか?」
「術?」
「術式でも攻撃を受けたのですか?」
魔王が訊くと神官たちは不思議そうな顔。
その顔は嘘を言っているようには見えない。
どういうことか分からず魔王と顔を見合わせた。
「……まあいい。その者を無に還すのが先だ」
「ま、待った!俺本人が状況を理解してない!」
「コイツがお前をその短剣で刺そうとしていた」
「え?短剣?し、襲撃されたってことか?」
「ああ。その者の顔を見せてやれ」
「は、はい!」
神官から捕まえられているローブ姿の人に魔王が翳した右手を慌てて掴んで事情を訊く。
たしかに短剣が床に転がってるけど全く気付かなかった。
「……ジャンヌ」
神官がフードをおろすと目が合ったのはジャンヌ。
まるで自分の方が襲われた人のようにカタカタと震えている。
「この者をご存知なのですか?」
「武闘本大会の元付添人だ。代表騎士宿舎で問題を起こしてスタッフに迷惑をかけたから俺が解任した」
「付添人……では国の」
武闘大会の付添人は国仕えの師団員。
それを神官も知っていたらしくジャンヌの顔を見る。
「この者を生かしておく訳にはいかない」
「待てって。処分は国に任せる」
「生かしておけばまたお前を狙うかも知れない」
「頼むから落ち着いて魔力を抑えてくれ。そんな怒り任せに魔力を解放されたら周りの人が魔力酔いする」
怒りを露わにする魔王から漏れだす魔力。
神官たちが胸元を押さえているのを見て魔王を止める。
「……分かった」
スっと魔力が消えて神官たちはホッとした表情に変わった。
「今王宮へ使者を出しておりますので」
「うん。ありがとう」
縄で捕縛されたジャンヌ。
こんな所で襲撃をしたというのに俺のことは見ず床を見たまま震えている。
「ジャンヌ。どうしてこんなことをしたんだ。俺が王都に帰って来たことを誰かに聞いたのか?」
「…………」
「英雄。この者はここのところ毎日祈りの時間に訪れていました。恐らくここに居たことは偶然かと」
「そうなのか」
毎日来てたのなら偶然か。
普段の俺は大聖堂に来ないし今は大会期間中で王都には居ないはずだから、誰かに聞いたんじゃないなら待ち伏せる場所として大聖堂は選ばないだろう。
「来たようだ。少し離れておこう」
魔王が呟きローブのフードを被ると聖堂のドアが開く。
入って来たのは王宮魔導師が三人。
「ご無事で何よりです」
「……どうも」
目の前に来た魔導師の一人。
どこかで見た顔だと思えば例の副指揮官だ。
ご無事で何よりなんて思っていないだろうに。
あの日俺たちが居たのに砲撃した奴がよく言う。
「連れて行け」
「「はっ」」
副指揮官に言われた魔導師二人はジャンヌを連れ術式を使って先に戻って行った。
「幾ら勇者さまではなかったとは言え護衛も付けず出歩かれては危険です。今回は事なきを得たようですがご自身の価値をお考えください。勇者さまではない異世界人がこの世界に来たことを疎ましく思う者も居るのですから」
ベラベラとよく喋る副指揮官。
俺を見下していることを言葉の節々から感じる。
「ガスパルさま、英雄にそのような」
副指揮官を諌めようとする神官に黙るよう自分の口に人差し指をあててジェスチャーする。
一応コイツも上級国民だから中級国民の神官が口を出しては問題にされるかも知れない。
「副指揮官が俺をそう思っていることはよく分かった。まさか勇者じゃない俺をこの世界に召喚した張本人の魔導師から言われるとは思わなかったけどな。王城に戻って自分の仕事をしてくれ。つまらないお喋りが魔導師の仕事ではないだろ?」
キッと睨む副指揮官を鼻で笑う。
勇者じゃない俺を召喚したのはお前たち魔導師だろ。
疎ましいも何も俺だって好きで来た訳じゃない。
「英雄」
「大丈夫。騒ぎになって悪かった。今日はクロス用のチェーンを買いに来たんだ。用意してくれるか?」
「承知しました。すぐに」
副指揮官が術式で去ったあと、何か言おうとした神官の言葉を遮りチェーンを用意してくれるよう頼んだ。
「堪えてくれてありがとう」
「次はない」
いや、俺自身も次は勘弁だけど。
ハッキリ言った正直すぎる魔王に苦笑した。
「それにしてもあの術式はなんだったんだろ」
「分からない。誰かに呼ばれてあの術で転移された」
「え?転移?」
「ああ。それであの娘の攻撃を止められた」
魔王が自分で気付いて転移してきたのかと思ってた。
あんなに眩い光の術式だったのに神官たちには見えてなかったようだし、一体誰がなんのために……。
「ん?誰かに呼ばれたっていうのは?誰に?」
「誰かだ。全ては聞き取れなかったが俺の名を知っていた」
聞き覚えのない声だったってことなんだろう。
この大聖堂に居た誰かが俺が襲撃を受けそうになっているのを見て魔王を転移させ……いや、魔王を強制転移できる人族が居るとは思えない。
「俺も襲撃される前に変な声を聞いたんだ。ぷつぷつ途切れてて何を言ってるのか分からなかったけど」
魔王の名前を知ってる人族。
名前を知っていて転移も使える人となるとエミーくらいしか思い浮かばないけど、エミーは今王都にいない。
何よりあれは人族が使う術式じゃない。
人族が使う転移の術式は術者が先に描いておいた所に移動できるというもので、それ以外の所に転移はできない。
「まさか……な」
聖卓の向こうにあるフォルテアル像を見上げる。
幾ら大聖堂だからって神が助けてくれたなんて考えすぎか。
「お待たせしました」
「ありがとう。これでベルに渡せる」
「輩は捕まりましたが、どうぞこの後もお気を付けて」
「そうする。神聖な場所で騒ぎになって悪かった」
「お気遣い感謝申し上げます。ですが英雄に謝罪していたただくことではございません。神のご加護があらんことを」
チェーンの入った紙袋を受け取り、手を組み祈る神官にもう一度お礼を言って大聖堂を出た。
「気付かなかったのか?あの娘に」
「全く。入った時に祈ってる人たちの姿は見たけど背中を向けてるから顔なんて見えないし、殺気も感じなかったから短剣を向けられてることさえ気付かなかった」
殺意がある人の気配くらい感じ取れるはずだけど、今日は話を聞くまで何が起きたのかさえ分からなかった。
「やはり咒かも知れない」
「ん?」
「例え気を抜いていたとしてもお前が強い殺意に気付けないとは思えない。そう考えるとあの娘には殺意がなかった可能性もある。咒によってかけれた命令にただ従い行動しただけで」
「殺意がないまま殺そうとするなんてできるのか?」
「咒をかけられた者は心のない操り人形と同じ。殺せと命じられれば殺意などなくともそれだけを遂行しようとする」
操り人形と聞けば納得。
ただ命令に従うだけだから本人に殺意はない。
「英雄の俺を暗殺しようとすれば国家反逆罪になるから襲撃されたことは伝達されるだろうけど、やっぱ咒をかけられてる可能性が高いことだけはエミーたちに話しておくか」
誰の仕業か知らないけど厄介なことを。
騒ぎを起こしただけなら降格や謹慎処分で済んだだろうけど、人を殺そうとしたら犯罪者として投獄される。
しかも俺は全精霊族共通の英雄保護法で護られた英雄。
俺を暗殺することは国への反逆と看做されて処刑される。
「自分の手は汚さないクズが」
関係のない人を使って自分は高みの見物。
クズすぎて笑い話にもならない。
「水晶を使うか?」
「ああ、うん。今話せるか分からないけど」
大聖堂の前の広場に行って周りに人が居ないことを確認して通信して貰う。
『どうした』
「護衛中か?」
『向かっているところだ。少しなら話せる』
護衛先に向かっている最中らしく、今あったことと殺意を感じなかったことから咒の可能性が高いことを手短に説明した。
『そうか。操られていたことが証明できれば、君が無事だったことも考慮して一族根絶やしになる国家反逆罪とまではならずに済みそうだが、残念ながら除名処分は免れない』
「除名……降格じゃなくて解雇ってことか?」
『そういうこと。魔導師にも戻れない』
「咒の所為だったとしても?」
『君を襲うという行動は咒の所為だったとしても、自宅での謹慎処分を言い渡されているのに毎日大聖堂に行っていたんだ。国仕えがそれを守らずに許されるはずがないだろ』
なるほどたしかに。
さすがに俺が行く可能性が低い大聖堂に毎日行けなんて謎の命令はされてないだろうし、それはジャンヌの意思で行ってたんだろうからフォローのしようもない。
『投獄はされるけど少なくとも大会が終わるまでは首が飛ぶことはない。テオドールが王都へ戻って彼女に話を聞いてから裁判にかけることになる。今日のことと咒のことは伝えておく』
「うん。頼んだ」
取り調べはエミーや師団長に頼むしかない。
俺は国仕えでも警察でもないから何もできない。
『もうそこの護衛と離れて行動するんじゃないよ。君の味方をする国仕えの殆どはこちらに来てることを忘れるな』
「分かった。肝に銘じておく」
急いでいるエミーとそれだけ約束して通信を終わらせた。
「アイツはやはり俺を便利屋だと思っていないか?」
「それだけフラウエルを信用してるってことだろ」
俺のことに関してだけは。
他のことはそう思ってる可能性がないとは言えない。
「まあいい。誰に言われずとももう離れるつもりはない。誰がしたことなのかは分からないが、もしあの時転移されていなければと思うと肝が冷えた。今は感謝しよう」
「そうだな。誰かさん、ありがとう」
誰か分からなくても助けられたことは確か。
助けられた俺が一番感謝しなくては。
「よし。西区を見に行くから付き合ってくれ」
「ああ」
誰かさんに感謝してまた魔王の魔祖渡りで西区へ向かった。
『……達……しい子』
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