ホスト異世界へ行く

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第八章 武闘大会(後編)

カーム

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医療院を出たのは日が傾いてから。

「近いからこのまま行こう。早く衣類を着せてやりたい」
「はい」

何よりも先に服。
医療院を出てすぐに教わった店に向かう。

「いらっしゃ……英雄エロー!」
「獣人男児用の肌着と衣装が欲しい。今着せる分と着替え用に5・6枚ほど。それからこのメモに書いてある物を全部」
「じ、獣人……全部……あの、ご予算は」
「白銀貨一枚で足りるか?」
「す、すぐにお持ちします!」

入った瞬間に気付かれたけど話す間もなくメモを見せて、予算を先に聞いた従業員数人は大慌てでバラバラに散って行く。

「全種族が参加する大会の会場内にある店だけあって獣人族用の物もちゃんと揃ってるみたいで良かった」
「王都にはありませんからね」
「うん。人族用のを買って自分たちで尻尾の穴を作るってエドとベルが言ってた」

大会では代表騎士に獣人も居るから売られているけど、獣人制度がある王都でも獣人用の服を売っている店はない。

「西区には獣人用の衣装屋も作らないとな」
「それは素晴らしいことですね。雇う職人も獣人族にすれば西区の獣人雇用率に繋がります」
「うん。獣人族にだって尻尾や耳を出してお洒落をしたい子だって居ると思うんだ。この子にも生き易い地区にしたい」

司祭さまの腕に抱かれている赤ん坊。
ミルクを貰って満足したのかグッスリ眠っている。

「保護申請をするのでしたら名前が必要ですね」
「通り名か」
「はい。保護期間が終われば正式な名前を付けられますが、通り名がそのまま正式な名前になる子も多いです」
「分かる気がする。親しみがわくだろうし」

身元不明の子を保護する場合はで申請する。
その名前を一年も呼び続ければ親しみがわくのも分かる。

「シンさんが名付けてあげてください」
「え?俺が?」
「保護期間中の身元引受人はシンさんですから」
「そ、そうだけど……名前」

急に言われても。
アミュの時はラヴィの名前から思いついたけど……。

Calmカームって名前はどうだ?俺の苗字の夕凪ゆうなぎをとってカーム。なぎは波風が穏やかな状態のことを言うんだけど、そのまま凪だと異世界人の名前になるからこの世界風に変えてカーム」
「カーム……よい名ですね。穏やかな子になるように」

保護期間中は俺が親代わりの身元引受人だから、俺の苗字からとった通り名をつけた。

英雄エロー。先にお召し物をお持ちしました。こちらでお召し替えでしたら暖かい場所で。奥へご案内いたします」
「ありがとう」

男の従業員から案内されたのは控え室。
たしかにここなら暖かい。

「メモに生後半年と書かれておりましたので、半年から一歳の赤子向けの物をご用意いたしました」

テーブルに並べられた赤ん坊の肌着と服。
赤ん坊の物に関しては全く分からない。

「これだと大きくないか?」
「赤子はすぐに大きくなりますので。少し大き目のサイズを購入した方がいいのです」
「そうなんだ」

司祭さまから聞いて納得する。
引退したプレイヤーの子供が生まれてお祝いに行った時に抱かせて貰ったことがあるけど、その時は小さくて軽かったのに数ヶ月後に会ったら別人のように大きくなってた。

「じゃあ……全部」
「シンさん。さすがに多すぎます」
「どれがいいのか分からない」
「落ちついてください。私が選びますから抱っこを」

どれがいいか選べず全部買おうとすると止められ、抱いていたカームを腕に預けられる。
今の俺の行動……俺の服(子供用)を買いに行った時の魔王と同じことをしていた。

「早速この中から着せましょう」
「その上では硬いですので毛布を」
「ありがとうございます」

司祭さまが選んだのは青のつなぎ。
俺が居た世界にもこんな形の服が売ってたな。

「な、何もお召しになっていなかったのですか!?」
「さきほど保護したばかりですので」
「保護?……そうでしたか」

医療師が書いたメモを持って来たことと司祭さまから裸での保護と聞いて状況は察せたのか、女性従業員は肌着の袋を開けてくれながら表情を曇らせた。

「本来であれば一度お洗濯してから着させる方が肌に優しいのですが、裸のままではさすがに病気になってしまいますので。他の商品は先にお洗濯をしてあげてください」
「分かりました」

従業員と司祭さまの会話を聞きながら、毛布の上に広げて貰った服と肌着の上にカームを寝かせる。

「カーム。寒いから服を着ような」

小さな手足なのに意外と力が強い。
司祭さまと一緒に従業員から説明を受けながら肌着と服に腕を通す。

「着せる際に尻尾を強く曲げないよう注意してください。この子はもう首が座っておりますので、こうして体を起こして尻尾穴に通してから足元のホックを留めます」

獣人の赤ん坊は司祭さまも初めてだから、従業員が試しに着せてくれるのを見ながら注意点などを詳しく教わった。

「色々と教えてくれてありがとう。本当に助かった。商品を扱ってるだけあって獣人族のことも勉強したのか?」

肌着や服の後も獣人用の紙オムツの替え方や噛む力が強い獣人族に向いた哺乳瓶や栄養価の高い粉ミルクなど、他の従業員が用意してくれた中からカームに合った商品を選んでくれた。

「あの……実は私たち二人は獣人族でして」
「ああ。それで詳しかったのか。獣人族のスタッフが居てくれて良かった」

大会専門の医療院と関係した店だから獣人族からもスタッフが選ばれていたようだ。

「フフ。英雄エローは獣人にも変わらず平等に接してくださるというお話は事実だったのですね」
「王都代表騎士さまの中に英雄エローから選ばれた獣人族が居ると聞いて驚いた獣人も大勢居たのですよ?」

そう話す従業員に苦笑で返す。
驚いたということだけで言えば人族も驚いていた。
平等に接するもなにも、異世界から来た俺には種族なんて関係なかっただけなんだけど。

「随分と買ったな」
「え?フラウエル」

控え室のドアがノックされて開いた先に居たのは男性従業員と魔王とリュウエン。

「いつまでも部屋に戻って来ないと思えば」
「あ。急いでたからそのまま」

心配して捜しに……いや、水晶で見たんだろうけど、説明する俺に苦笑しながら魔王は異空間アイテムボックスを開く。

「俺の治療をしてくれてるフラウエルと友人のリュウエン」
「ガルディアン教会の司祭をしておりますボニートです」
「よろしく」
「リュウエンと申します。初めまして」

魔王は相変わらず。
いや「よろしく」って言っただけ奇跡か。

「荷物は運んでやろう」
「ありがとう。頼む」

従業員が手渡す袋を異空間アイテムボックスに仕舞う魔王。
カームの件に触れないってことは結構前から見てたんだろう。

「ありがとう。助かった」
『ありがとうございました』

店の前まで見送りに来た従業員にお礼を言って店を離れた。

「帽子暖かいか?」

服の他にもおくるみに包まれたカームは機嫌がいい。
さっきまでは布で包んだだけだったから風邪を引かないか心配だったけど、これで安心。

「赤子可愛さにとろけるのはいいがどこへ行くんだ?」
「司祭さまが泊まってる宿泊施設」
「ん?お前が面倒を見るのではないのか」
「俺は試合と訓練があるからずっと一緒には居てやれないし。司祭さまたちに任せた方が安全だろ」

俺が面倒を見ようものなら試合どころじゃない。
選手として王都を代表して来てるんだから試合を蔑ろにもできない。

「私どもの中には孤児院で働く児童指導員や保育士がおりますので育児についてはご安心ください」
「心配している訳では」

司祭さまの言葉を否定する魔王に笑う。
カームをチラチラ確認してた癖に素直じゃない。
普段は正直すぎるくらい正直なのに。

「そういう訳だから司祭さまたちが泊まってる宿泊施設に連れて行く。現状のこの子にとって何が最善かを選択するのも身元引受人の役目だと思うから」

代表騎士の宿舎は子育てには向いていない。
デュラン侯爵が用意してくれた宿泊施設は大きくて様々な種族の一般国民が泊まっている宿だし、獣人族のカームでも受け入れて貰えるだろう。


カームが居るから寄り道はせず宿舎に行って受付へ向かう。

「……英雄エロー?」
「本物?」
英雄エローが一般国民の宿に来るはずがないだろ」
「でもあの髪と瞳の色は」

宿泊施設に入る前から視線にまとわりつかれたまま。
中に入った後は視線の他にもそんな声が聞こえてくるようになった。

「すまないが赤子の宿泊者を追加して貰いたい」
英雄エロー……ほ、本物」

俺を見上げる受付の三人。
ここはデュラン侯爵の名前で借りた施設だから、師団長から耳にタコができるくらい言われた注意を守って“英雄エローらしく”振る舞う。

「あの、私たちの部屋に追加でお願いしたいのですが」
「は、はい!すみません!」
「追加……えっと、……少々お待ちを!」

一人が待つよう言ってスタッフ用のドアの中に入って行く。

英雄エロー伯爵!お待たせいたしました!」

いや、全く待たされてないけど。
ドアから慌てた様子で出てきた男。
さっきの人はこの男を呼びに行ったようだ。

「当施設の宿舎長、ロバン・モーリスと申します」
「シン・ユウナギ・エローだ。よろしく頼む」
「拝謁の機会を賜り光栄です」

苗字持ちってことは貴族か。
互いにボウ・アンド・スクレープで挨拶をする。

「早速なんだが、この子をデュラン侯爵が借りている部屋に宿泊者として追加して貰いたい」
「赤子……ですか」
「赤子は宿泊不可なのか?」
「いえ。年齢種族などは問いませんが、乳幼児となると充分なサービスをご提供できるかどうか」

迷うような様子を見せた宿舎長に詳しく聞くと、赤ん坊も居る前提で予約をした宿泊客にはベビーベッドをはじめとしたベビーグッズを揃えてあるらしいけど、後からの追加となると揃えきれないらしい。

「赤子に必要な物はこちらで買い揃えて来た。それでも追加でこの子のために必要な物があれば私がまた用意する。それに、デュラン侯爵の名で宿泊している者の中には児童指導員や保育士もいるから大抵のことは手を借りずともできるはずだ。こちらの宿で受け入れて貰えないだろうか」

赤ん坊の宿泊を簡単に考えてたけど、言われてみれば赤ん坊だからこそ必要な物はある。
突然連れて来て追加しろと言われても迷うのは当然だった。

「承知いたしました。当方もできる限りのサービスをご提供できるよう尽力いたします」
「深謝する」

良かった。
宿にはなるべく迷惑をかけないよう必要そうな物は俺が手配しないと。

「ではこちらの宿泊者名簿に御記入を」

赤ん坊でも宿泊客の一人。
本人の名前にカーム、種族の欄に獣人と記入する。
最後に保護者の欄には司祭さまの名前を書いて、身元引受人として俺の名前も書いた。

「はぁ……」

受付を終えて部屋に向かいながら息をつく。

「どうしたの?溜息ついて。受け入れてくれたのに」
「それは良かったんだけど、何回振舞っても慣れないなと思って」

首を傾げるリュウエンに苦笑する。

「振る舞いや言葉遣いのことですか?」
「うん。手配してくれたデュラン侯爵の顔に泥を塗らないよう振舞ったけど、何回やってもムズムズする。元の世界では貴族なんて無関係に生きてきた一般人だから」

この異世界に来てから英雄エローだ伯爵だと堅苦しい肩書きがついたけど、オーナーに拾われるまで限りなく黒に近い底辺のクズだった俺が『英雄らしく貴族らしく』なんて、やっている自分が一番滑稽に感じる。

「まあ元の俺のキャラに新キャラが増えたとでも思って必要な時にはやるけど。俺はどう見られてもいいけど周りの人に恥をかかせるような真似だけは避けないとな」

こればかりは元ホストで良かったと思う。
客が求めるキャラを使い分けるようオーナーに言われてそうしてきたから、自分を自体には慣れている。

話をしながらも着いた部屋。
西区のみんなが泊まっているのは広い大部屋。

『シン兄ちゃん!』
「善い子にしてたか?」
「してたー!」
「お利口してたー!」

ドアを開けると室内に居た子供たちが振り返り俺に気付くと駆け寄って来て抱き着く。

『お帰りなさい司祭さま!』
「ただいま戻りました」

すぐ後を入って来た司祭さまにも気付いた子供たちは挨拶をして司祭さまを見上げる。

「それリコリ?」
「いっぱい採れたの?」
「リコリではなくて赤子ですよ」
『赤ちゃん!?』

リコリを入れた布を抱えてるように見えたらしく子供たちは赤ん坊と聞いて驚く。

「司祭さま。この子は」
「森で魔物に襲われているところを保護しました」
「大丈夫なのですか!?」
「大事に至る前に保護できたので怪我はありません。念のためシンさんにお願いして医療院で検査もして貰いました」

赤ん坊と聞いて確認に来たのは修道女シスターと児童指導員。

「それでシンさんが一緒に」
「はい。詳しくは後で説明しますが、この子もガルディアン孤児院の一員になりますから頼みますね」
「分かりました」

子供たちが居るから詳しい話は後で。
保育士が重ねて敷いた毛布の上に司祭さまがカームを寝かせると子供たちは座って興味津々に見入る。

「司祭さま。この子のお名前は?」
「カームです」
「女の子?男の子?」
「男の子ですよ」
「可愛いー」

今までの最年少は二歳の女の子。
その子よりも小さな仲間にみんなは夢中。
今のところはすんなり受け入れてくれそうで少し安心した。

「子供たちが居るので床に寝かせるのは危険ですね」
「そう思ってベビーラックを買って来た。ベッドは宿で用意してくれるって。他にも買い揃えたから確認してくれるか?」
「そうでしたか。確認させていただきます」

さすが児童指導員。
大部屋で子供たちと一緒という状況を考えて最初に口にした。

「フラウエル頼む」
「ああ」
「リュウエンも入って来いよ」
「いいの?失礼します」

部屋の出入口に立って待っていたフラウエルとリュウエンが入って来ると子供たちはポカン。

「全て出してしまっていいのか?」
「うん。一通り確認して貰って足りない物を買い足すから」
「分かった」

フラウエルが異空間アイテムボックスを開くと子供たちは「わぁ」っと驚く。

「すごー。シン兄ちゃんの異空間アイテムボックスより大きい?」
「うん。俺のとは桁が違う」

袋や箱を次々と出すフラウエルに驚くカルロに笑う。
俺も魔王の異空間アイテムボックスの容量がどれだけあるのか見当もつかないけどファイアベアが二十頭入るって時点で異常。
異世界最強はそういうところでもしっかり規格外。

「クロエ。どうした?」

みんなが興味津々に異空間アイテムボックスを見てる中、クロエだけはリュウエンをジッと見上げている。

「お姉ちゃんとっても綺麗」
「あら。ありがとうございます」
「シン兄ちゃんの彼女?あのお兄ちゃんの彼女?」
「クロエまたそんな質問を!申し訳ありません!」
「いえいえ。大丈夫ですよ」

慌てたのは修道女シスター
カムリンの時もそうだったけど、クロエはそういうことに興味津々のお年頃らしい(まだ五歳だけど)。

「先にベビーラックを開けて寝かせる」
「はい。お願いします」

袋に入ってるベビーラック(ゆりかご)を出して念のため不良品じゃないかを確認する。
壊れていたり怪我をしそうな部分がないか実際に手で触って確認したけど問題はなさそうだ。

「ほらカーム。お前の寝床だ」

お包みに包んだままそっとベビーラックに寝かせるとカームはパタパタと手足を動かす。

くりくりの大きな目の色は青。
帽子から少し出た髪は金色。
全てのパーツがまだ小さくて可愛い。

「お帽子は脱がせないと駄目だよ」

年少組の子から言われて司祭さまと目を合わせ互いに頷く。
一番気がかりだったことを話さないといけない。

「みんなに一つ話しておきたいことがある」
「なに?」
「お話?」
「うん。子供たちは座って聞いてくれるか?」

帽子を外せば種族が分かる。
孤児院の子供たちはみんな人族だから種族が違うと知っても受け入れてくれるのかが一番の問題。

「帽子を外す前に話しておく。カームは獣人族だ」
『獣人族!?』

座った子供たちにカームの種族を話すと驚かれる。
耳は帽子で隠れているし、お包みに包まれていて尻尾も隠れていたから気付かなかったのも当然。

「みんなは人族でカームは獣人族って違いはあるけど、カームもみんなと同じく今は親が居ないし帰る場所もない。最初は戸惑うかも知れないけど家族として仲良くしてくれないか?」

この子たちが会ったことがある獣人族は大人だけ。
孤児院の一員になるということはずっと生活を共にするということだから、たまに会う人と常に一緒に居る人とでは違う。

「「…………」」
「……それだけ?」
「ん?」
「お話。仲良くしてってことだけ?」
「え?うん」
「なーんだ。怖い顔してるから怒られるのかと思った」

首を傾げた子供たちは安心した表情に変わる。

「シン兄ちゃん、俺たちがカームを虐めると思ったの?」
「いや。そんなことをする子たちだとは思ってない。ただ種族が違っても家族として受け入れて貰えるかが心配だった」

カルロから訊かれて答えた本音。
虐めをするような子だとは思ってないけど、心から受け入れられるかどうかは話が別だ。

「俺たちみんな親は違うけど同じガルディアン孤児院の家族。カームもガルディアン孤児院の子になるなら家族だよ」
「……そっか」

下手な大人より子供たちの方が心が広い。
帽子を外して興味津々に眺めている子供たちを見ながら要らぬ心配だったかと苦笑した。

「俺が試合日ですぐに対応できない時もあるだろうからデュラン侯爵に費用を渡しておく。生活する中で必要な物が出てきた時はそれを受け取って購入してくれ」
「分かりました」

児童指導員に確認して貰ったあと宿の夕飯時間が間近と聞き帰ることにして司祭さまと話す。

「カーム。沢山飲んで沢山寝ろよ?」
「沢山寝ろってなんか変」
「なんでだよ。それが赤ん坊の仕事だろ。みんなもしっかり食べてしっかり寝ろよ?司祭さまたちの言うことも聞くように」

帰る前にカームに声をかけて頬をつつき、俺の言葉に笑う子供たちの頭を撫でる。

「お兄ちゃん。カームの物を運んでくれてありがとう」
『ありがとう』
「……ああ」

子供たちからお礼を言われて微笑した魔王。
基本無表情な魔王を微笑させるとはやるな、子供たち。

「じゃあ後は頼む。何かあればすぐに教えてくれ」
「はい。試合後でお疲れのところを宿舎まで押しかけ頼みごとをして申し訳ありませんでした。それから医療院と保護のことも本当にありがとうございました」
「いや。司祭さまが優しい人で良かった」

司祭さまが見捨てられない人だから救われた命。
やっぱりこの人は聖職者だ。
後の資金援助や手続きは俺の役目。


「二人とも付き合わせて悪かった」
「勝手に来たのは俺たちだ」
「戻らないから心配してくれたんだろ?」
「ええ、とっても。魔王さまが」
「リュウエン」
「事実ですのに」

宿を出てから礼を言って二人の会話に笑う。

「さてと。デュラン侯爵の所に行かないと」
「まだやることがあるのか」
「あの宿はデュラン侯爵の名前で借りてるからカームのことを話しておかないと何かあった時に迷惑かけるし、カームの分の費用も今日の内に渡しておきたい」

明日はまた朝から試合。
今日の内に出来ることはやっておかないと。

「時間も時間だから夕食は二人で食べてくれるか?」
「ああ。そのままリュウエンを送ってくる」
「そっか。せっかく来てくれたのに慌ただしくてごめん」
「ううん。今度は竜人街に遊びに来てね」
「約束する」

結局一緒に風呂へ入っただけで終わってしまったから次は俺の方から竜人街に行く約束をして、チークキスをするリュウエンにチークキスで返す。

「あ。なんの香りか分かった」
「え?」
「翠華楼って店で飲んだお茶のこと。リュウエンの香りで思い出した。竜人街で呑んだ酒に浮かべた花弁の香りがしたんだ」

リュウエンからした花の香り。
桜の花弁に似たあの花の香りだ。

「それはそうだろう。あれは竜人街のリュウカ茶だ」
「え?あの店も竜人と取り引きしてるってこと?」
「いや。あの店はアルク国から仕入れているのだろう。今回リュウエンが運んできた酒もそうだが、アルク国と取り引きした物が他の場所にも出回っている」
「そうだったのか」

人族にも竜人族と繋がりがある人が居るのかと思えばアルク国から買ってるのか。

「他の地域で出回ってるなら西区でも扱えそうだな」
「カフェの話か?」
「うん。あのお茶美味かったし。飲み屋やるなら酒も欲しい」
「お前もなかなか商魂逞しいな」

地上層にない物なら無理だけど、ある物なら。
レパートリーの候補として考える俺を見て魔王は苦笑して、リュウエンはフフと笑った。


二人とは宿の前で別れ(魔王は後で戻ってくるけど)デュラン侯爵が泊まる宿に行ってカームのことを話し、経費として追加の金貨を渡して宿舎に戻る。
今日は独りだから夕飯はどうするかと考えながら歩いているとローブ姿の二人にふと目が止まった。

「ロザリア?」

ローブ姿の男と居たのはロザリア。
以前もローブを着た人と一緒に居たことを思い出す。
今日は男の顔が目元だけ見えているけど集落の代表騎士ではなさそうだ。

プライベートに踏み込むつもりはない。
……けど、二度目となるとさすがに少し気になる。
今独りで彷徨いてる俺が言えることじゃないけど、祝歌の他は付添人として来てるのに代表騎士じゃない男と居るのが謎。

「また宿屋か」

二人が入って行ったのは宿。
ちなみにの方ではない。
そもそもこの異世界にラブホはないけど。

微妙に怪しい雰囲気がある宿屋。
貴族が宿泊する宿が並ぶ地区でもなく一般国民が宿泊する宿が並ぶ地区でもない、ポツンとある野良宿屋。

「変なことに巻き込まれてるとかじゃないよな」

付添人のロザリアにも代表騎士宿舎に専用の部屋がある。
それなのにわざわざ外の宿を利用してるのはどうしてなのか。

「うん。分からん」

恋人でもない俺が詮索することじゃない。
いや、一度は関係を持っただけにあの男がロザリアの恋人だとするなら申し訳なくは思うけど、居ないような話があっての一夜だったから許してほしい。

「シン?」
「……エミー?」

声をかけられ振り向くと背後に居たのはエミー。

「なんでこんな所に?」
「私が訊きたい。宿舎に帰ったんじゃなかったのか?」
「デュラン侯爵が泊まってる宿に行った帰り」
「ああ。そういうことか」

まだ軍服姿のエミーはお疲れの様子で首を鳴らす。
貴族が宿泊する地区の方から来たってことは王家か公爵を宿に送り届けた帰りだろうか。

「エミーは今闘技場コロッセオの帰りなのか?」
「そう。公爵家を宿まで送って来た」
「やっぱそうか。随分お疲れで」
「君も一日中王家や公爵と居てみな」
「勘弁」

気疲れに気疲れを重ねて干物になりそう。
国の上官(&賢者)の仕事も大変だ。

「で?この宿に何か用か?見てたけど」
「中途半端な場所にある宿屋だと思っただけ」
「国仕えが泊まる宿だからね。高級施設地域と一般施設地域の両方にすぐ行けるよう敢えてここにあるんだよ」
「……ん?国仕えが?」
「私もここに泊まってる」

国仕えが泊まる宿屋……。
ってことはさっきの男も国仕えか。
ロザリアは国から祝歌の為に抜擢されて来たんだから、何かまだ秘密の役目があるのかもてなしを受けたりしてるのか理由は分からないけど、変なことに巻き込まれてるんではなさそうだ。

「エドたちはどうしたんだい?」
「宿舎に居る。今日は自由行動にしたんだ」
「へー。食事も別々?」
「うん。独りだから夕飯どうするかなって思ってたところ」

ロザリアを見かける前は。
嘘は言ってない。

「そうか。じゃあ付き合いな」
「は?」
「久々に師弟水入らずで呑みながら語り合おうじゃないか」
「明日も護衛だろ?」
「少しだけだよ。私も独りだから一緒に食事しよう」

予定外の所で捕まってしまった。
いい暇潰しを見つけたかのような笑顔のエミーの誘いを断るのは後が怖い(デスマーチで返ってきそうで)。

「……え、英雄エロー……?」
「二人分の食事と酒を部屋に頼めるかい?」
「お、お疲れさまです賢者さま!承知いたしました!」

受付に両手を着いて顔を覗かせるエミー。
踵をあげてようやく受付嬢から気付いて貰えたのを見て、笑いそうなのをぐっと堪えて口元を押さえる。
この宿のカウンターは代表騎士の宿舎より高いから子供の姿になっているエミーには高すぎるのも分かるけど。

エミーがルームキーを準備して貰ってるあいだ受付嬢たちからチラチラ見られて笑みで返す。
人族以外の国仕えも一緒に宿泊してるのか、代表騎士宿舎と同じく人族とエルフ族の受付嬢が居る。

エルフ族の受付嬢は顔面偏差値が高い。
胸元は残念な感じだけど、よく言えばスレンダー。
獣人のけしからん発育も好きだし、これはこれで好き。
……というゲスい脳内は愛想笑いで隠蔽しておいた。

「最近色気が増したんじゃないか?」
「そりゃどうも。残念ながら実感はないけどな」

ルームキーを受け取ったエミーに着いて行きながら宿屋の中を見渡したものの既にロザリアの姿はない。

「ただ居るだけでもう暴力だね。色気の暴力」
「褒めてんのか貶してんのか微妙な言葉のチョイス」

この宿屋も階層の移動は術式。
司祭さまたちが泊まってるのは一階だったけど術式自体は見かけたから、恐らく全部の宿が術式を利用してるんだろう。

「この階には二部屋しかないのか」
「うん。もう一部屋は空室だけどね。王家や公爵に何かあった時のためにわざと空室にしてあるんだ」
「ふーん。その時は同じ階に宿泊してる賢者さまが護衛に早変わりってことか」
「そういうこと。間違っても周りの人を魔力酔いさせないための配慮っていうのもあるけど。魔力が漏れない造りにしてても万が一ってこともあるからね」

それで階層一つが貸切状態なのか。
たしかに寝てる時にうっかり魔力が漏れたりしたら隣の部屋に宿泊している人が大変なことになりそうだ。

「シャワーを浴びてくるから食事が届いたら受け取って」
「分かった」

部屋に入るとエミーはそのままバスルームに。
俺は高級そうなソファに座る。

「代表騎士宿舎と変わらないな」

さすが国仕えのために用意された宿。
代表騎士の宿舎も驚きの高級感だけど、この宿も同じく高級感溢れる部屋になっていた。

エミーが出てきたのは数十分経って。
スタッフがワゴンで運んで来た料理や酒を受け取って見送ったタイミングで魔力制御を解除した状態で姿を見せる。

「相変わらず子供の姿とのギャップが凄いな」
「元に戻ってもギャップがなかったら困る」
「それはそれで残念な感じで面白いけど」

厚めのガウンを着ていても分かる凹凸のある体。
魔力制御をして子供の姿になる必要がなければ世の男から引く手数多だったろうに。

「今日もお疲れさま」
「エミーもお疲れ」

テーブルに食事と酒を用意して果実酒で乾杯。
互いに労いあってグラスを口に運ぶ。

「そういえば魔王は帰ったのか?」
「一旦。あとでまた戻って来るけど」
「ふーん。それなら安心だ。護衛としては彼以上の適任は居ないからね。ただし君限定で」

そう話すエミーに笑う。
たしかに他の人の護衛としてはむしろ危険でしかない。

「試合。君だけお粗末な内容だったね」
「自分でも分かってる。下手に魔法を使うとまた勘違いして止められそうで指示と無効化しか出来なかった」

誘った理由はやっぱりそれか。
弟子として無様な試合を見せたんだから仕方ない。

「今回に関しては説教する気はないよ。団体戦だけに周りに迷惑がかかると躊躇してしまう気持ちは分かる」

ステーキを切りながら言ってエミーは溜息をつく。
俺の師匠だけあってお見通しか。

「国王陛下も珍しくお怒りだった」
「国王のおっさんが?」
「表立って怒りはしなかったけど表情で分かる。国王陛下に何の相談もなくアルク国王の独断で審議の合図を出されてしまったからね。先に訊いてくれれば中断させずに済んだのに」

やっぱりエルフ族の国王が原因だったのか。
という言い方をしたのは、あの場で国王のおっさんができる最大の皮肉だったみたいだ。

「国王陛下が怒りを表に出すことは滅多にない。でも今回ばかりは必要のない審議判断を勝手に出されてというところだろう。王妃やルナさまも御冠だったよ」

たしかに国王のおっさんが怒ったところを見たことがない。
失礼極まりない俺にさえも(自覚あり)。

「今は両国にとって大事な時期だ」
「ルナさまの成婚が決まったからな」
「違う。陛下は戦争を避けようとしておられる」
「……え?」

物騒な単語に口へ運びかけたフォークが止まる。

「ある程度の駄々を見逃しているのはアルク国との戦争を避けるためだ。西区の襲撃に関してもまだ調査が終わっていなくて問い詰めることができない」

あ、襲撃の件も有耶無耶にしてなかったのか。
成婚が決まったから有耶無耶にされるんだと思ってたのに。

「君しか居ないから濁さずに言おう。アルク国王はまるで両親から甘やかされて育った駄々っ子だ。気に入らないことがあるとヤダヤダする可愛くないクソガキと一緒」

凄いハッキリ言ったァァァ!
同盟国の国王相手にクソガキって言ったァァァ!

「アルクは商業国で金だけはあるからね。そんな国の独裁者の機嫌を損ねてご覧。あっさり武力行使に出るかも知れない。国王陛下はそれを回避するために堪えておられる」

戦争では大金が動く。
それは戦争を経験したことがない俺でも知っている。
金だけはある国と戦争になったら……金をつぎ込み開発した兵器で多くの血が流れることになる。

「万が一の時は戦も已む無し。ただそれは最終手段だ。できることがまだある内は戦を回避することが先決」

国同士の小難しい話は分からない。
でも国民のことを大切にする国王のおっさんにとって今のこの時期が正念場ということは分かった。

「話が逸れたけど審議については安心しな。今後の審議は先に両国王で話し合った上で出すことになったから。分からないから試合を中断させるなんてことはもう起こらない」
「マジで!?……良かった!」

それなら俺も試合に集中できる。
後はうっかり複合魔法を使ってしまわないよう気を付ければいいだけだ。

「明日の朝一に闘技場コロッセオで伝えるつもりだったけど偶然会えて良かったよ。まあ君たちならこのまま勝ち進むだろうけど無様な試合だけはするんじゃないよ」
「Yes,Ma'am」

数日続く団体戦。
その後にも、個人戦本戦、団体戦上位戦、個人強者決定戦、団体最強戦とまだまだ続くけど、何事もなく無事に終わることを願いたい。

 
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