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第八章 武闘大会(後編)
初戦後
しおりを挟む「お帰りなさいませ。初戦突破おめでとうございます」
「「おめでとうございます」」
『ありがとうございます』
審議が入った試合を終えて特別室に戻ると行く時と変わらず三人が丁寧に出迎えてくれる。
「この後の試合は観戦なさいますか?」
「訊くってことは帰ってもいいのか」
「はい。本日は各パーティ一戦と決まっておりますので。観戦して行くも宿舎に戻ってお休みになるも自由です」
代表騎士戦だから最後まで観戦しないといけないのかと思っていれば帰ってもいいらしくルネから訊かれる。
「俺は宿舎に帰って休む。みんなは自由にしてくれ」
「私も宿舎に戻ります」
「私も帰って休みます」
「うん。帰ってもいいなら帰ろう」
「賛成」
全員迷うことなく宿舎に戻る方を選ぶ。
本当なら明日当たるパーティがどこになるか見て行った方がいいのかも知れないけど、今日はのんびり他のパーティを観戦する気分にはなれなかった。
「ディーノさん、フランカさん、エルサさん。お世話になりました。みなさんのお蔭で快適に過ごさせて貰いました」
「勿体ないお言葉をありがとうございます。明日も私どもが担当させていただきますので宜しくお願いいたします」
「よろしくお願いします」
今日一日世話をしてくれた三人にお礼をする。
三人は特別室の担当だから俺たちが帰った後は休めるだろう。
更衣室に戻りマントを外して溜息をつく。
「今日はみんなまで巻き込んで悪かった」
「審議になったことを言ってるのか?」
「うん。開始早々に出鼻をくじかせたから」
「シンが謝ることじゃないだろ」
「そんなこと気にしてたのか。元気がないと思えば」
謝る俺にロイズとドニは苦笑する。
俺の魔法が審議の対象になったんだから申し訳なく思うのは当然だ。
「シンさまが謝る必要などございません。あれが賢者の能力かどうかはエミーリアさまに伺えばすぐに分かったことです。そもそも一国の主が賢者の能力を知らない方が問題です」
ベルはマントを外しながら厳しい意見を口にする。
「エルフ族の国王が言ったんだよな。多分」
「だろ?国王陛下がご理解いただいたって言ってたし」
俺も同じ部分でエルフ族の国王が言ったんだと分かったけど、ドニも『ご理解いただいた』の部分で気づいたようだ。
「エルフ族には賢者が居ないとか?」
「いえ。人族と同じくお名前や居住地などは明かされておりませんが、エルフ族にも賢者さまはいらっしゃいます」
「居るのに知らなかったのか。一般国民なら知らない人が居るのも分かるけど、国王が知らないっていいのかそれで」
エルフ族の国王と人族の国王は大きく違う。
エルフ族の国王が重きを置くのは国。
人族の国王が重きを置くのは民。
どちらが正しいとは言えない。
どちらも間違っているとは思わない。
国が発展すれば民は裕福になるし、民を大切にすれば国に貢献してくれる人も増える。
「知識はあっても賢者の能力かどうかの判断が難しかったって可能性もあるから強く言えないけど、せめて試合を止める前にエミーや自国の賢者に訊いてほしかったとは思う。賢者にも分からなかったから審議になったのなら仕方ないけど、今のままだと魔法を使うとすぐ止められそうで下手に使えない」
俺本人は賢者の能力じゃないことが分かっていて使ったけど、また審議対象になって止められるんじゃないかと気になって無効化くらいしか出来なかった。
「自分が疑われるだけならいいけど試合を止められる度に周りに迷惑がかかる。同じパーティのみんなだけじゃなくて試合相手のパーティにも。今回も審議の間に効果が切れて無駄に魔力を使わせることになったのが申し訳なかった」
魔力量は無限じゃない。
魔導師や魔術師だからある程度の魔力量があるだろうけど、もしこれが魔力量で決まるギリギリの戦いなら余分な魔力の消費が敗北に繋がってしまう。
「自分のことで審議になったら申し訳ないと思うのは分かる。でも代表戦は五人の力を駆使して最強を目指す戦いだ。今日は何とかなったけど、勝ち抜いた強い代表騎士との試合で迷惑をかけたくないって遠慮されたら勝てない」
そう話してロイズは上着を脱ぐ。
ロイズの言ってることは正しい。
俺が攻撃を躊躇したことで敗北する可能性はある。
「シンさまは賢者の能力を使わないことにだけ注意をすればいいと思います。能力を使うと審議になる状態が今後も続けば観客のヘイトは上の者たちにいきます。シンさま本人はルール違反をしていないのですから」
ベルも自分の意見を話すと「着替えて来ます」と付け加えて仕切られたカーテンの向こうに行った。
今ここで考えてもどうにもならない。
審議が続くようならその時にどうするかを考えることにして俺も着替えを始めた。
「あ」
「どうした?」
「フラウエルさんに宿舎へ戻ること伝えなくていいのか?まだ試合があると思って待ってるかもよ?」
「言われてみれば」
ドニから言われてそうかと気付く。
ただ魔王たちがどこで観戦してるのか分からないし、俺が捜しに行ったら行ったで騒ぎになってしまう。
腕輪の水晶で通信すればいいけどロイズやドニの前では使えないし、廊下に出ればルネが居るからやっぱり使えない。
「仕方ない。恩恵を使って捜すか」
眼帯を外して恩恵の〝大天使の目〟で捜す。
捜すと言っても実際に捜してくれるのは大天使さん(名前的に多分)なんだけど。
「居た」
「便利な恩恵持ってて羨ましい」
「見つけられるだけで話せる訳じゃないから結局はそこまで足を運ぶ必要があるんだけどな」
あくまで場所が分かるだけ。
話をするにはそこまで行く必要がある。
「ルネ。悪いけど頼みたいことがある」
「はい。如何なさいましたか?」
更衣室のドアを開けて前で待機していたルネに魔王とリュウエンの居場所を話して宿舎に帰ることを伝えに行って貰った。
着替えを終えて鎖帷子などの試合着を箱に仕舞っているとルネが戻って来て更衣室に顔を出す。
「先に宿舎へ戻って一階ロビーで待つそうです」
「一階で?……ああ。リュウエンが一緒だからか」
魔王は滞在許可証があるから自由に入れるけど、リュウエンは許可証がないから俺が居ないと一階までしか入れない。
「俺たちは術式だから先に着くんじゃないか?」
「どうだろ。今帰れば俺たちの方が早いけど、片付けをしてから出たら転移魔法を使えるフラウエルの方が早いかも」
「なるほど」
魔祖のないリュウエンを連れて長距離の転移はできないけど、人族も使う短距離の転移魔法を使って宿舎に行くなら魔王たちの方が先に着くかも知れない。
「お忘れ物のないようご注意ください」
「今日も試合着は箱に仕舞っておけばいいんだよな?」
「はい。部屋の鍵は閉めますので職人が回収し易いよう箱にだけ仕舞っていただければ」
「分かった」
鎧は高価だから準備にも片付けにも時間に合わせて来るけど、鎖帷子などの試合着の時はアランさんたちが自分たちの都合のいい時間に来て回収している。
ベルが最後に着替えを終えて一箇所に五人分の箱を纏め更衣室を出る。
「術式は非常口に用意しました」
「了解」
更衣室のドアに二重ロックをかけるルネに答えて術式の用意されてる非常口に向かう。
たまに更衣室の前に術式を用意してる時もあるけど、最近は人目につかない非常口の方が多い。
「お帰りなさいませ」
「ただいま戻りました」
術式を通って戻ったのは宿舎の中庭。
戻る時の場所はいつも同じで必ずスタッフが出迎えてくれる。
「フラウエルさまとお連れさまがロビーでお待ちです」
「ああ、はい。ありがとうございます」
やっぱり先に着いたようだ。
人族の使う転移魔法と同じと言っても、人族より遥かに視力がいい魔王は一回で移動できる距離が長いから。
「遠くから見ても分かる美形二人」
「オーラが違う」
中庭からロビーに行くと周りから注目を浴びている二人をすぐに見つけたロイズとドニはそんな会話を交わす。
二人とも今日は着物姿だからなおさら目立つのも仕方ない。
「シン」
先に俺たちに気付いたのはリュウエン。
笑みを浮かべて手を振っている。
「みなさま、おめでとうございます」
『ありがとうございます』
俺たちが行くとリュウエンは立ち上がって頭を下げる。
普段から集団で生活している商売人の竜人族だけあって愛想は魔王の数百倍いい。
「機嫌はイマイチのようだな」
「そんなことはない」
「そうか?」
読んでいた本を閉じた魔王は俺を見てフッと笑う。
まあその通りなんですけど。
「弓士。矢を二度外したな」
「え!き、気付いてたんですか?」
「集中力が足りない証拠だ」
「猛省します」
弓士って。
いい加減名前を覚えてもいいと思うけど。
「剣士。お前は咄嗟の切り替えが甘いことが幾度かあった」
「はい。格闘士の戦いに慣れてなくて迷いが出ました」
魔王は四人にそれぞれ駄目出しする。
一人一人のミスにそれだけ気付いたってことは真剣に試合を見ていたんだろう。
「お前も言うか?」
「必要ない。むしろ褒めるところを探す方が難しい」
審議のあとから俺だけグダグダ。
躊躇して攻撃魔法を撃つことさえも出来なかったんだから、むしろ反省点しかなかったことは自分が一番良く分かってる。
「風呂に入りたいから部屋に戻ろう」
ここで話していると注目されたまま。
普段も嫌だけど、今日は心境的になおさら目立ちたくない。
「じゃあ私は帰るね」
「ん?帰らないといけない急ぎの用でもあるのか?」
「私も行って大丈夫なの?」
「うん。俺が招いた客なら入れる。用事があるんじゃないなら部屋で話そう。せっかく来てくれたんだから」
ロビーで待たされたから入れないと思っていたらしく、客人扱いになるリュウエンを連れルームキーを取りに受付に行く。
「お帰りなさいませ。お疲れさまでした」
「ありがとう。客人の受付も頼む」
「承知しました。こちらへお名前の記入をお願いします」
「分かりました」
五人分のルームキーを用意して貰ってる間にリュウエンには入場者名簿に名前を書いて貰う。
「リュウエンってこういう字なのか」
「うん」
竜に園と書いて竜園。
竜人族っぽいし、遊郭っぽい名前でもある。
「珍しい字ですね。シンの名前に似てる」
「俺の?」
「シンの名前も本当はこんな風な難しい字だろ?」
「あ、そっか。みんなの名前は漢字じゃないんだよな」
ロイズから言われて納得する。
日本から来た俺の名前は漢字で夕凪真と書くけど、少なくとも俺が今まで会ったこの世界の人に漢字の名前はいなかった。
「異世界の人はみんなこんな難しい字なのか?」
「いや、国によって違う。この世界と違って国が190カ国以上あって言語の種類も数千あるから」
「国が190!?」
「うん。たしか193カ国とか196カ国とか、そのくらい」
この世界は大きく分けて三カ国。
地上層のブークリエ国とアルク国。
そして、国とは表さないけど魔界層で一カ国。
国と表す分類は種族ごとで分けているから、この世界には三カ国しかない。
「異世界は大きいんだね」
「総面積はこの世界の方が広いような気がする。国の数はたしかに異世界の方が多いけど」
感覚で言えばこの異世界の方が広い。
地球は地上にしか国がないけど、この世界には天にも国(魔界層)があるし、場所をどこと扱えばいいのか分からない謎の魔層もあるから。
「数がそんなに沢山あったら分からなくなりそう」
「実際に分からない。言語が数千種類あっても書いたり読んだりできるのは数種類だし、知らない言語の方が遥かに多い」
「そうなるよね。そんなに覚えられない」
うん、無理。
どんなに頭のいい人でも数千の言語を全て読んで書いてできる人は居ない……と思う。
「お待たせしました」
「あ、名前書きました」
「はいたしかに。お帰りの際も受付にお知らせください」
「分かりました。ありがとうございます」
俺たちは部屋のルームキーを受け取って客人のリュウエンは入場者証を受け取る。
同じ魔族なのに俺とリュウエンの後ろで黙ったままの魔王はリュウエンの愛想の良さを少し見習ってほしい。
「では明日の試合相手が決まり次第お知らせします」
「頼んだ。ルネも会合以外はゆっくり休んでくれ」
「お言葉に甘えて」
最上階に上がって少し雑談を交わし、今日は客人も居るからということで後は各自で自由に過ごすことにして解散する。
「シンさま。何かあればお申し付けください」
「ありがとう。でもせっかく自由行動にしたんだから部屋に待機しておく必要はないからな?ゆっくり休め」
「「はい」」
エドとベルのことだから俺からの呼び出しを考えて部屋に居る気がして、自由に出掛けていいことを伝えた。
「広いお部屋だね」
「うん。ありがたいことに」
ルームキーで鍵を開けて先に入って貰うと初めて来たリュウエンは部屋をキョロキョロと見渡す。
「リュウエンも好きな所に座ってくれ。どっかの誰かは言わずとも遠慮の欠片もないけど」
魔王は今日も魔王。
リュウエンが居ようと関係なく勝手知ったるでさっさとソファに座って寛ぐ。
「フラウエル。俺は風呂に入って来るから飲み物や食べ物は自由に冷蔵庫から出していい」
「ああ」
「一人でじゃなくてリュウエンにも出してくれよ?」
「分かった」
本当に分かってるならいいけど。
リュウエンも寛ぐ魔王の隣に座ったのを確認してバスローブと下着を持ってバスルームに行く。
「今日のバスボムは……花か?」
バスタイムの最初はバスボムの香りを確認すること。
それを確認してからバスタブに湯を出して溜まるまでの間にシャワーを浴びるのが一人バスタイムの流れ。
代表騎士の宿舎も至れり尽くせり。
予選を終えて帰る頃には部屋は綺麗に清掃されているし、冷蔵庫の中身や日用品の補充なども完璧に済ませてある。
騎士団の宿舎ではエドとベルがやってくれているし、異世界に来てからというもの完全に堕落まっしぐらな甘やかされた生活を送っている(※デスマーチと仕事以外は)。
「シン?」
「ん?どうした?」
花の香りのするバスタブに浸かると曇りガラスの向こうからリュウエンの声が聞こえて返事をする。
「開けてもいい?」
「うん」
……!?
カチャと開いたドアから姿を見せたリュウエン。
タオルで前は隠しているもののなぜか裸。
「あれ?もう洗い終わったの?」
「え?うん。つい今終わったけど。なんで裸?」
「背中流してあげようと思ったのに」
「急だな」
「試合後だから労いもこめて」
どうやら気を使って背中を流してくれようとしたらしい。
「脱いだなら一緒に入るか?寒いだろ」
「竜人は寒暖に強いの。でもせっかくだから入らせて貰うね」
「どうぞ」
「掛け湯の桶はどこに?」
「ああ。地上には掛け湯の文化がないんだ」
「どうやって洗うの?」
「シャワー」
魔族には日本のように掛け湯の文化があるけど地上層は掛け湯の文化はないし、浸かるためのバスタブがあるのは貴族などの金持ちの家と大衆浴場(※大衆と言いつつお高め)だけで、一般国民はシャワーが基本。
「シャワーの使い方は分かるよな」
「うん。シャワーは竜人街にもある」
そう言ってリュウエンはシャワーに手を伸ばす。
「……取れない」
「あ。オーバーヘッドシャワーは知らないのか」
宿舎のシャワーはオーバーヘッドシャワー。
壁に固定されているからハンドシャワーのように手に持つことはできない。
魔王城にあったのもハンドシャワーだったこと思い出しながらバスタブを出て壁にあるノズルを回してお湯を出す。
「火がお湯で水が冷水。自分の好きな温度に調節してくれ」
「ありがとう。地上のシャワーは外れないんだね」
「いや、地上にもハンドシャワーはある。俺が暮らしてる騎士団宿舎はハンドシャワー」
「二種類あるんだ」
そう話してリュウエンはタオルを柵に置く。
顔の作りも見事なら体の作りも見事。
バスタブに再び浸かりながらシャワーを浴びているリュウエンの後ろ姿を見て思う。
「そう言えばフラウエルは?」
「読書してる」
「話して来たのか?俺のところに来るの」
「うん。話して来たから安心して」
「そっか」
リュウエンはラヴィの母親。
竜人に生まれ変わってからはまだピッチピチらしいけど、魔王はラヴィの母親としてリュウエンを大切にしているから不届き者とキレられては困る。
「私も入っていい?」
「どうぞ」
代表騎士には世話をする使用人を抱えた貴族も多いからか宿舎の部屋だけでなくバスルームも広い。
バスタブも魔王が入って寛げるくらいの広さはあるからリュウエンが入ったところで狭くはならない。
「素朴な疑問なんだけど、竜人街って花街だよな?」
「花街?」
「こっちは花街って言わないのか。えっと、遊郭街?」
「うん。街の商売の中心は遊郭」
「やっぱそうだよな」
どうして竜人街は日本の遊郭に似てるのか。
地上層にあるなら召喚された日本の勇者が関わったのかと思うけど、竜人街は人族が使えないはずの魔層を抜けた先の魔界層にあるのに。
「どうして?」
「竜人街は俺が居た世界にあった場所に似てるんだ。地上にも勇者の影響か俺が居た世界に似た物はあるけど、竜人街は建物も商売も服装もそっくりだ。極めつけにリュウエンの名前も漢字だったから人族が行けない魔界なのにどうしてと思って」
漢字は正直日本と同じなのか分からない。
召喚された時から文字は日本語に翻訳(多分)されていたから。
ただ、漢字で書く名前の人は初めて見た。
人の名前は全て片仮名だ。
「勇者の影響というのが正しい」
「フラウエル」
いつから聞いてたのかドアを開けて姿を見せた魔王。
「竜人街は俺が作られるより遥か昔からある歴史深い街だが、今の形になったのは先代魔王の時代だ。今の竜人街を作った竜人は先代勇者と交流があったと聞いている。それでお前が知る世界に似ているのだろう」
魔王の話を聞いて繋がった。
たまたま似ているんじゃなくて俺が居た世界から来た勇者の影響を受けて竜人街を作ったんだと。
「先代勇者も魔族と交流があったのか。召喚された異世界でも日本の文化が根付いてるとかワクワクする」
俺以外にも魔族との交流があった異世界人が居たとは。
まあ俺の場合は交流どころか魂の契約まで結んでしまったんだけど(※強制的に)。
「多くの魔族はその事実を認めていないがな」
「フラウエルも?」
「俺はあってもおかしくない話だと思っている。竜人どころか魔王の俺が異世界人と魂の契約を結んでいるのだから」
「たしかに」
事実は小説よりも奇なり。
実際には認めていないというより認めたくないって人が多いんだろうけど、『竜人と勇者』よりも有り得ない『魔王と異世界人』という事実があるんだから。
「シンは変わってるね。好きで召喚されたんじゃないのに楽しめるんだから。召喚した人たちを恨んでないの?」
「そりゃ帰れないって聞いて最初はムカついたけど、どこに行こうと俺が居る場所が俺の現実世界だ。恨むより現実を受け入れて楽しんだ方が有意義な人生になるだろ」
恨んで何かが変わるならまだしも何も変わらない。
だったら俺はこの世界で俺らしく生きるだけ。
「シンと魔王さまは似てる」
「俺は戦闘狂じゃないぞ?」
「香りがそっくりなの」
「同じ匂いのする人種ってことか?似たもの同士」
「ううん。私が言ったのはそのまま香りの話」
チャプと水音をたてながら距離を近付けたリュウエンは首元に顔を寄せる。
「不思議。魔王さまと同じ香りがするなんて。別々の世界で産まれたはずなのに」
首を傾けるリュウエンの話を聞きながら腕の匂いを嗅いでみたけど、体を洗ったばかりだからボディソープやバスボムの香りしかしない。
「魔王さまの香りには命ある者を惹きつける効果があるの。一部の魔族が魅力って能力を持って産まれるんだけど、魔王さまの香りは魅力よりも強力で魔王さまだけが持つ特別な香り。それも生まれ持ったお力の一つなの」
「へー。そうだったのか」
妙に目を惹かれる人というのは居る。
魔王もそのタイプなのは分かってたけど、言われてみれば納得できることも多い。
魔王の正体を知らない人は別として、正体を知っている国王のおっさんや師団長やエミーまで敵であることを忘れたように会話をしていたりと不思議に思うことも多々あった。
「だから不思議。どうして異世界で生まれたシンがそっくりな香りなのか。魔王さまだけの特別な香りのはずなのに」
そう言われても。
俺も最初に会った時に『身近な匂いを感じた』と言ったけど、あれは同類の匂いって意味で体臭の話じゃない。
「そっくりな理由は分からないけど今一つ分かってることは、ご立派な胸を押し付けられて迫られるとその気になるから勘弁してくれってことかな」
話に夢中で気付いてなかったのか胸に飼っているスライム(ぷよんぷよんの方)の形が潰れるくらい押し付けられていて、それを指摘すると「あら」と言ってリュウエンは離れる。
「ありがとう好い感触だった。ご馳走さま」
「どんな礼だ」
「無意識とはいえ完璧な形・色・艶・サイズ・感触の国宝級を味あわせて貰ったんだぞ?礼を言うべきだろ」
バスタブから立ち上がる俺とタオルを差し出す魔王との会話にリュウエンは「フフ」と笑い声を洩らす。
「フラウエルも来たついでに入れば?このあとすぐ魔王城に帰るんじゃないなら」
「間で様子見には戻るが基本はこちらに居る。そのために魔界全ての視察を終わらせてきたのだから」
そう話して魔王は軽くキスをする。
人前でもお構いなしか。
「お背中流します」
「ああ」
お高そうな着物が濡れないよう魔王から受け取って後はリュウエンに任せて先に風呂を出た。
冷蔵庫を開けて水のボトルを出すと部屋の通信機(電話の劣化版的な物)がピピピと鳴る。
「はい」
『受付です。司祭ボニートが謁見をご希望です』
「司祭さまが?分かった。すぐに行く」
『お伝えいたします』
司祭さまが宿舎に来るのは初めて。
いつも何か用があればデュラン侯爵やシモン侯爵を通すから。
「客人が来たから下で話してくる」
「客?」
「教会の司祭さま。部屋の物は自由に使ってくれ」
「分かった」
急いで私服を着てからバスルームに行って、リュウエンから背中を洗って貰っている魔王に伝える。
忘れず言っておかないと捜しそうだから。
髪にクシだけ通して整える暇もなく部屋を出て術式に入る。
司祭さまが直接来たってことは急用だろう。
「司祭さま」
「シンさん!」
術式を出たすぐの所に立って待っていた司祭さま。
その腕に抱えているものを見て驚く。
「あ、赤ん坊?」
なんの荷物を持っているのかと思えば赤ん坊。
布に包まれていて分からなかった。
「会場近くの森にリコリの実を採りに行ったのですが、泣き声がすると思えばこの子の上に魔物がのしかかっていて」
「魔物が!?怪我は!?」
「すぐに追い払ったので大きな外傷はありません」
「そ、そうか。でも医療院に連れて行って検査を」
「それが」
人が通る側に背を向けた司祭さまは包んでいる布をずらして赤ん坊を見せる。
「………」
獣人族。
それで俺のところに来たのかと納得した。
「保護したあとすぐに医療院へ行ったのですが、親の行方も分からずこの子も身元が不明なので診察して貰えず」
「うん。分かった。俺が行く」
身元不明の人は診察を拒否される。
それは人族でもそうで、診察して貰えない理由は治療報酬が払えないことと治療後の身元引受人が居ないから。
「申し訳ありません。見ないふりは出来ませんでした」
「分かってる。司祭さまはそれでいい」
身元不明だと保障を受けられないから治療費は高額自腹。
しかもこの子は獣人族だ。
獣人制度が機能している領地に属してなければ身元の探しようがないし、状況を考えれば捨てられた可能性もあるから身元引受人にもならないといけない。
だから司祭さまはこんなに俺に謝っている。
転移魔法を使って急いだ医療院。
司祭さまから獣人の赤ん坊を受け取って医療院に入ると中に居た人たちから注目を浴びる。
ローブを着てこなかったからバレるのはもう仕方ない。
「英雄!如何なさいましたか!?」
駆け寄って来たのは医療師の制服を着た男。
「この子の診察をお願いします」
「この子?……あ、さきほどの」
司祭さまを見てすぐに気付いたらしく医療師は少し表情を曇らせる。
「全てご理解の上ですか?」
「はい。俺が引き受けます」
「承知しました。こちらへ」
医療師も嫌がらせで診察をしない訳じゃない。
ただ、治療や検査にかかる費用も高額ならその後のこともあるから個人的な感情で気軽に引き受けることができないだけ。
「外傷の確認をします。ベッドに寝かせてください」
医療補助士(所謂看護師)が用意した赤ん坊用のベッドにそっと降ろすと医療師はすぐに診察を始めた。
「保護したあと回復はかけましたか?」
「いえ。そのまま連れてきました」
「回復をかけずとも目立った外傷はありませんので、襲われてすぐの時に運良く発見したのかも知れませんね」
隅々まで診ても怪我はなかったことにホッとする。
司祭さまから大きな外傷はないと聞いてたけど、一歳にも満たないだろう赤ん坊が魔物に襲われたとあっては流石に心配だ。
「体内の検査もお願いします。上に乗られてたらしいので」
「うーん。魔物の種類は分かりますか?」
「司祭さま。分かるか?」
「蛹化前のメタルキャタピラーです」
「蛹化前の?それは危なかったですね」
メタルキャタピラー?
キャタピラーってことは芋虫だよな?
幾ら赤ん坊が小さいからって芋虫が上に乗ったところで危険だとは思わないけど。
困った時の強い味方『(食材)鑑定』。
この世界は殆どの魔物を食べるから大抵は料理スキルの食材鑑定で調べられる。
NAME メタルキャタピラー
巨大蝶メタルバタフライの幼虫。
50~60cm程の草食種で普段は害のない魔物だが、蛹になる際に阻害されると凶暴化する。
居合わせた狩人や冒険者がメタル糸で覆われ命を落とす被害も報告されているので注意が必要。
外側はメタルボディで硬くナイフが通らないため、関節部にナイフを入れて開き中身だけを食べる。
味はアフリカに生息するモパネワームに似ている。
……モパネワームなんて喰ったことねぇぇぇぇぇえ!
いやそこじゃなくて、幼虫なのにデケェェェェェ!
「すぐ検査してくださいすぐ」
どのくらいの重量があるのか知らないけど、5・60cmあるメタルボディに乗られたなら体内が心配。
「お待ちください。赤子の体内検査を行うのであれば安全な魔法検査になってしまいます。検査費も高額になりますし、大きな外傷は見られないので様子見でも」
「金額の問題だけなら検査してください。金でこの子の安全が買えるなら惜しみません」
赤ん坊は大人と同じ検査ができないことは知ってる。
この世界では機械で行う検査よりも魔法を使った治療や検査の方が高いことも知っている。
知った上で、この子の安全のために検査してほしい。
「分かりました。それでは同意書の記入を」
根負けしたように医療師は苦笑した。
「シンさん、すみません。魔法検査まで」
高額の治療費を払う同意書にサインして赤ん坊が検査を受けてる間、司祭さまから謝罪される。
「魔法検査は俺が頼んだことなんだから司祭さまが詫びる必要はない。俺が検査できる魔法を使えたら良かったんだけど、医療系の魔法は回復しか使えないから」
回復はできても検査はできない。
使えたら高額の検査費が払えず受けられない人の役に立てたかも知れないけど、残念ながら俺には〝神官〟の特殊恩恵がないから使えない。
「それより今後どうする?ここの治療費の支払いと身元引受けは俺がするけど、その後のこと。司祭さまはどうしたい?」
「シンさんの許可がいただけるのでしたらガルディアン孤児院で保護したいと考えています」
また自らすすんで新たな問題(種族問題)を抱えるか。
自分の立場よりも子供の命。
司祭さまらしい。
「分かった。すぐに保護申請する」
「い、いいのですか?そんな簡単に」
「元々西区は獣人族の居住を受け入れる予定だった。それが少し早まっただけだ」
まずは獣人を雇用してから専用の住宅に居住させる予定だったけど、こうしてあの子と出会ったのも何かの縁。
運命や宿命に導かれるまま今始めるのもありだと思う。
「もちろん国の法に従って一年は保護期間。その間に両親が現れて引き取り能力があると判断できたら親元に返す。保護期間中は俺が身元引受人になる」
両親が鬼籍に登った身寄りのない子ではない限り、国の法律で一年間は保護期間と決められている。
問題が多い保護期間中は俺が身元引受人になって、一年が経過したら他の子と同じように身元引受人を司祭さまに変更する。
「検査が終了しましたので中へ」
司祭さまと今後のことを話し合ってる間に検査が終わって、呼びに来た医療補助士と診察室に入る。
「お待たせしました。全身の魔法検査を行いましたが体内に異常は見られませんでした」
良かったァァァ!
検査結果を見せて説明してくれた医療師のその言葉を聞いてようやく安心できた。
「ただ一つ気になることが」
「気になること?」
「栄養状態が芳しくありません。獣人族は母乳育児ですので、しっかり母乳を与えていればこうはならないはずです」
「……ということは?」
「母親が何かしらの病や栄養失調になっていて満足に母乳が出なかったか、保護する以前から与えられていなかったか。後者の場合は両親が名乗り出る可能性は低いかと」
つまり拐われたんじゃなく捨てられた可能性があると。
ベッドでモジモジ動いている赤ん坊を見て胸が痛む。
「もし両親が名乗り出てくれなかったとしても俺が設立した孤児院があるのでそこで育てます。今はそれより栄養状態の方が心配です。素人にも対応できる範囲ですか?」
本当は親が名乗り出てくれるのが一番だけど、それよりも今は栄養状態が芳しくないってことの方が重要。
「大丈夫です。栄養状態を改善する粉薬を出しますので一日に二度ミルクに混ぜて与えてください。それから、獣人族の場合は人族のミルクでは栄養が不足しますので、獣人用のミルクを与えるか人族のミルクの濃さを二倍にしてください。その他のことは人族の赤子と変わりません」
医療師から分量や与え方などを書いたメモを貰う。
「発見時から衣類は身につけてなかったのですか?」
「はい。この布も私が持っていたものです」
「そうでしたか……。検査のあと医療院が用意した獣人用のオムツを履かせましたが、体一つで傍にも私物が用意されていなかったのであれば早急に揃える必要があります」
「どこに行けば買えますか?すぐ揃えます」
「このあと医療補助士に説明させます」
「お願いします」
体は無事だったけど裸のままでは居させられない。
医療師から注意点の説明を受けたあと医療補助士から別室に連れて行かれた。
「赤子を育てた経験はありますか?」
「私があります。人族ですが」
「人族のミルクを使用する場合は二倍の濃さにして与える以外は同じです。お腹が空いてるようなので今回はここで与えますが、後は乳児の商品を扱うお店で買い揃えてあげてください」
めっちゃ白衣の天使。
獣人族であってもしっかり抱いてミルクを飲ませながら店の場所や必要な物の説明をしてくれた。
「こちらは今回の医療請求額です。ご用意ができましたらお持ちください。その際にこちらの書面もお持ちください」
検査と説明が終わってしばらく待っていると受付に呼ばれて、粉薬が入った紙袋と一緒に医療請求書を渡される。
「今払います」
「え?今ですか?」
「はい。後の方がいいですか?」
「い、いえ。高額請求だった際には数日後にご用意できてからお支払いいただくことが多いもので」
「持って来てますから今払います」
財布(布袋)はどこに行く時も当然のように手に取る習慣があるから、例え風呂上がりでローブさえも羽織っていない身軽な服装でも財布だけは持っている。
「1、2、3、4……はい」
「お預かりします」
今回かかった金額は金貨4枚と銀貨6枚。
身元不明の全額自腹+魔法検査はそれほど高い。
「お大事になさってください」
「「ありがとうございます」」
丁寧に頭を下げる受付の人にお礼を言って司祭さまと医療院を出た。
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