ホスト異世界へ行く

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第八章 武闘大会(後編)

代表騎士団体戦

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武闘大会の目玉とも言える代表騎士の団体戦。
団体戦は今日から始まるからまたそのための開幕式があり、白銀の鎧を着させられている。

更衣室で防具職人のアランさんに手伝って貰って白銀の鎧を着たあと衣装屋からマントをつけて貰っているとドアをノックする音が聞こえて付添人のルネが顔を見せた。

「シン殿。フラウエルさまがおいでです」
「入って貰ってくれ」
「お連れさまもいらっしゃいますが」
「連れ?フラウエルの?」
「はい。シン殿にご挨拶をしたいそうで、お時間をと」
「じゃあ連れの人も一緒に」

魔王の連れ?
誰か知らないけどさすがに変な輩は連れて来ないだろうと判断して入って貰うよう返す。

「どうぞお入りください」
「ありがとうございます」

ドアの外から聞こえたのは女の声。
みんなもフラウエルとは別の客人の方が気になったのかドアを見る。

「シン」
「……リュウエン!?」
「久しぶり」

異世界では珍しい着物を着た魔王と一緒に入って来たのは鮮やかな花柄の着物を身につけたリュウエン。
角は隠してあるけどすぐ分かった意外すぎるその人物に驚きつつ、マントをつけるのを待って貰ってリュウエンの前に行く。

「久しぶり。どうして地じょ、いや、ここに?」
「お仕事で。名物のお酒を運んで来たの」
「酒?」
「来た時にシンも呑んだでしょ?」
「……ああ。花弁を浮かべたあの美味い酒か」

両手を伸ばされ身を屈めて応じると両頬に軽くチークキスをされて、俺も同じくリュウエンの両頬にチークキスで返す。
相変わらずの美形だし、いい香りがする。
これでアミュの祖母じゃなければ(舌打ち)。

「シンが試合に出ることを聞いてフラウエルさまにワガママを言ってお願いしたの。久しぶりに会いたかったから」
「そっか。あの時はありがとう」
「どういたしまして」

魔祖がないのにどうやって……なんて聞くだけ野暮か。
エルフ族の領域にある魔層で来たんだろうから。
魔王のことをと呼んでいるのは地上層の人の前だからだろう。

「みんなにも紹介しておく。フラウエルの知り合いで以前俺を助けてくれたことがあるリュウエン」
「シンさまを?……あ、思い出しました。お初にお目にかかります。シンさま直属女給メイドのベルティーユと申します」
「同じく直属執事バトラーのエドワードと申します。その節は我々のあるじをお救いくださり心より感謝申し上げます」
「ご丁寧にありがとうございます」

竜人街の話をした時にエミーと一緒に聞いていたエドとベルはリュウエンの名前を覚えていたらしく、片膝をついて挨拶とお礼をしながら深く頭をさげる。

「シンの友人で同じ王都代表のロイズです」
「ドニです」
「ご丁寧にありがとうございます」

リュウエンは絶世の美女。
ロイズやドニだけでなく防具職人や衣装屋もリュウエンに見惚れている。

「フラウエルと観戦して行くのか?」
「ええ。支度中に来てごめんね?挨拶だけしておきたくて」
「大丈夫。フラウエルの傍から離れないようにな」
「ありがとう」

これだけの美女だ、嫌でも目立つ。
色気の塊のようなリュウエンに不埒なことを目論む奴がいないとも限らないから魔王の傍を離れないようにと伝えた。

「どのように戦うのか楽しみにしている」
「フラウエルでも楽しめるよう努力する」
「俺を楽しませるなら勝利するしかないぞ」

そう言ってフラウエルは微笑するとチークキスをする。

「もちろん勝つつもり。こんなところで負けたらエミーの雷が落ちるからな。これ以上のデスマーチ訓練は御免だ」
「たしかにあの子供賢者ならそうなるだろう」

フラウエルを楽しませるのはもちろん、エミーの雷(物理)を回避するためにも勝利することを誓って笑った。

「お美しい方でしたね。ご衣装も初めて拝見しました」
「ドレスとはまた一風変わって華やかでありながら上品。是非うちでも扱わせていただきたいものです」

二人が去ったあと着物の話題をする衣装屋。
目の付け所がまず衣装というのがさすがと言うか。

「着物なら俺も多少の知識はあるから協力できる」
「着物というのですか!是非ともお願い申し上げます!」
「分かった。じゃあ大会が終わってから」
「ありがとうございます!」

俺にも協力できることを話すと衣装屋は盛り上がる。
日本では珍しくない着物も異世界では珍しい。
ただ竜人街の着物は日本の着物より派手な印象があるけど。

「親しげだったけどフラウエルさんの奥さん?」
「賢者さまの私生活は詮索するなって」
「ああ。これも駄目か」
「妻子の話題は完全に私生活だろ」

嫁じゃなくて眷属契約をしてる祖龍の母親です。
なんてことは言えるはずもなく、リュウエンが竜人だと知っているエドやベルと苦笑した。


マントをつけて数分ほどで入場の時間。
付添人のルネに連れられてアリーナに向かう。
今日も闘技場コロッセオは超満員。
耳が痛くなりそうな歓声に迎えられて定位置についた。

各地の代表騎士も今日は個人戦開幕式以来の正装。
選手の立場から言わせて貰えば『すぐに着替えるはめになるのに……』だけど、貴族はもちろん王家が居る式典だから節目節目で正装する必要がある。

そして式典恒例、国王の話。
個人予選の間は国王も王家も人前には出て来なかったから久々にエルフ族の国王を見た。

今日は少し機嫌が良さげ。
俺の棄権騒動の時はあんなに不機嫌だったのに。
団体戦ならと期待しているからだろうか。

ルナさまと婚約相手は相変わらず端と端。
武闘大会が終わって支度期間を設けた後に大々的に発表されるらしいけど、あれを聞いていなければ今後婚約する二人とは思えないくらい接点を感じない。

士気が上がると判断しての前発表だったのか。
それとも政治的な思惑があっての前発表だったのか。
王家とは無関係な俺には分からないけど、今日もルナさまに笑顔がないことだけは確かだ。

国王二人の長い話は右から左に流しながらルナさまの様子を見ていると目が合……いや、気の所為か。
自国の王都代表だからルナさまがこちらを見てもおかしくないけど、さすがにこの距離で目が合ったと感じたのは気の所為だなと自嘲した。

「……地鳴り?」

国王のおっさんの話が終わろうと言うところで足許から僅かな振動と共に音が聞こえた気がして呟く。
話の終わりと共に観客たちの大歓声が起こり分からなくなってしまい少し待ってみたけどなにも起きず、それも俺の気の所為だったのかと結論づけた。


開幕式が無事に終わって着替えもして遂に試合。
と言っても俺たち王都代表はBブロックの8番目だから、アリーナが一つしかないこの会場ではまだ出番は回って来ない。

そこで今回も用意されていたのは特別室。
付添人のルネも含めた6人でいつものように特別室に缶詰めされている。

「みなさん試合前に疲れてしまいますよ?」
「待ってる時間が勿体ないだろ。暇だし」
「限度というものがあります」

各々で筋トレをしているとルネから止められる。
そんなに心配しなくても普段の半分もやってないけど。

「ルネさまもこうして気にかけておいでですから、みなさまご休憩なさってお飲み物をどうぞ」

そう話してトレイに乗せた飲み物を見せるのは特別室で俺たちの世話をしてくれる使用人(ボーイとメイド役)。
一般参加者の予選の時にも俺に付いてくれたディーノさんとメイドのフランカさんとエルサさんだ。

「タオルをどうぞ」
「ありがとう。みんなも少し休憩しよう」

エルサさんからタオルを受け取り四人に声をかける。
みんなもフランカさんやエルサさんからタオルを受け取り汗を拭いて椅子に座った。

「体を動かしたら少しは緊張がほぐれたか?」
「まあ。今更ジタバタしても仕方ないとは思えた」
「多少な、多少」

試合も見ず筋トレしていたのは緊張を解すため。
個人戦の時とは違う意味でのプレッシャーに緊張が隠せない四人を見て筋トレでもしようと提案した。

「付添人の私ですら緊張しておりますのでお気持ちは分かりますが、やりすぎては試合に響きます」

メイドの二人と一緒に椅子に座っている俺たちの肩にバスタオルをかけて回りながらルネは呆れたように言う。

「悪かったって。休憩したらシャワーを浴びて観戦するから」
「そうしてください。トレーニングのやりすぎで思うように動けないとなるのが一番最悪ですから」

苦笑する俺とプンスとするルネにみんなは笑う。
他人事のように呑気に笑ってるけど止めるまで辞めなかったみんなも戦犯だ。

「予定通りであれば王都代表のみなさまの試合は午後となりますので昼食は軽めの物をご用意いたしますか?」
「そうですね。満腹になるとそれこそ動けなくなるので軽食でお願いします。それとフルーツも」
「かしこまりました」

特別室での食事の手配はディーノさんの仕事。
ルネと食事のメニューを話し合って手配してくれる。

「おい。あの人動かないけど……大丈夫か?」
「ん?」

ロイズが観ていたのは放映スクリーン。
試合の様子が観れるそれに俯せで倒れている人族の選手が映っていた。

「なにがあったんだ?」
「分からない。俺も今観たばっかだから」

放映で白魔術師や医療師が急いでアリーナに乗るのを観て椅子から立ち上がり、マジックミラーになっている窓から直接闘技場の様子を見る。

「危険打を受けたのでしょうか」
「医療師が心肺蘇生を行っていますね」
「心停止したのか」

放映から聞こえてくる観客席の声は静か。
多少ザワザワしているものの、普段のような歓声とは違って選手の様子を伺っているようだった。

「マズいな。まだ動かない」

心肺蘇生を開始して数分。
まだ選手の心臓は止まったままらしく医療師が機械を使って心臓マッサージを行っている。

「あ。エミーリアさまが」

アリーナに登ったのはエミー。
見かねて駆けつけたんだろう。
医療師に一旦治療を止めさせ胸に耳を寄せたエミーはまたすぐに離れて心臓マッサージを始める。

『シン!手を貸しな!』

スピーカーから聞こえてきたエミーの声。
俺か?俺だな。

「エド、シャツを」
「はい。リフレッシュもかけておきます」
「ありがとう」

エドが肩にかけてくれたシャツに腕を通しながら転移魔法を数回使ってアリーナに出る。

「悪いね。選手なのに呼んで」
「人の命がかかってる時に選手だからとか関係ないだろ。何を手伝えばいい?」

必死に心臓マッサージをしながら言うエミー。
仰向けでマッサージを受けている選手の顔色は白い。

「白魔術師の回復ヒールではもう追いつかない。私は自然治癒に集中して心臓マッサージを続けるから君は上級回復ハイヒールを頼む」
「了解」

心臓が動いてくれないと回復系魔法は効かない。
でも少しでも動いた時に効くよう、エミーの自然治癒魔法と俺の上級回復ハイヒールを心肺蘇生と同時に行うんだろう。

固唾を呑んでみんなが見守る中で治療を続けて数分。

「エミー手を止めろ。少し強めにかける」

今までは感じ取れなかった魔力をごく僅かに感じ取れて、弱めに長くかけ続けていた上級回復ハイヒールを強める。

「……どうだ?正常に動いてるか確認してくれ」
「はい!」

心電図のような機械で確認する医療師たち。
エミーも立ち上がり医療師たちの返事を待つ。

「正常に動いてます」
「体温や血圧も正常です」
「外傷も完治しています」
「そっか。助かって良かった」

危険な状態は乗り越えたことを聞いて今まで固唾を呑んで静かだった観客席からワッと歓声や拍手があがる。

上級回復ハイヒールだから平気だと思うけど念のため脳の検査を」
「はい。ご協力感謝いたします」
「礼はエミーに言ってくれ。俺は呼ばれて来ただけだ」
「賢者エミーリアさま。ご協力感謝いたします」
「いいよ。治療を妨げて悪かったね。後のことは頼む」
『はい』

まだ目を覚まさない選手を抱きあげストレッチャーに乗せて後のことは専門の医療師たちに任せた。

観客のエミーや俺にかけられる声や拍手に軽く手を振って応えながらアリーナから引っ込む。

「お楽しみ中だったのかい?その乱れた衣装」
「アホか。トレーニングしてたんだよ」

失礼な奴だ。
着る間も惜しんで羽織るだけで来たのに。

「トレーニングしてて試合を観てなかったから状況が分からないんだけど、なんでこんなことになったんだ?」
「心臓部分に打撃を受けたんだよ。格闘士の」
「よりによって格闘士かよ。事故か?」
「だといいけどね。判断するのは審議会だ」

なんか含みのある返事だ。
違反が明らかな時はすぐに審判が判断するけど、審議会(※大会のために各地のお偉いさんで結成されてる)が判断するなら微妙だったんだろう。

「……相手はエルフ族のパーティだったのか」
「君たちも初戦はエルフ族だろ?気を付けな。今の試合が偶然であることを願うよ」

壁に貼られていた紙に書いてある種族はエルフ族。
今の試合の相手を確認した俺にエミーは真顔で言って王家の護衛に戻って行った。

「ただいま」
「「お疲れさまです」」
「お疲れ。助かったみたいで良かった」
「本当にお疲れ。シンの聖属性レベルが高いことは知ってるけど見ててハラハラした」

転移魔法で特別室に戻るとみんなが出迎えてくれる。

「高位魔術師は居なかったのか?」
「俺が呼ばれたってことはそういうことだろうな」
「大会規約では白魔術師と医療師と高位魔術師を待機させるって書いてあったのに」

……たしかに。
ロイズが言うように、不測の事態が起きた時のため全試合に白魔術師と医療師と高位魔術師(聖属性レベルが高い魔術師)を待機させると大会規約に書いてあった。

「大会のスタッフは書類審査と実技テストに合格した者が各地から集められております。例え数の少ない高位魔術師であっても一人も居ない日はないはずなのですが」

ロイズと俺の会話を聞いてルネは首を傾げる。
なんで今日に限って居ないのか分からないけど、聖属性に特化した高位魔術師があの中に居れば俺は呼ばれてない。
エミーもあの中に居ないことが分かったから放映を利用して俺を呼び出したんだろう。

「ルネ。俺たちの初戦相手の情報を覚えてるか?」
「全て記憶しております」
「さすがルネ。みんなも座ってくれ。試合の対策について話しておきたいことがある」

四人にも椅子に座って貰って作戦会議。
誰が言わずともディーノさんは防音に切りかえ音を遮断してくれて、フランカさんとエルサさんも出入口の前に移動した。

「ルネ頼む」
「はい。まずお相手の基本情報ですが、聖地アルク国バルナバス領のエルフ族です。パーティ構成は剣士・弓士・格闘士・黒魔術師・魔導師の五名。恐らく魔導師が聖魔法と闇魔法でサポートを行うと思われます」

構成としては至って普通。
前衛が二人、中衛が一人、後衛が二人で俺たちのパーティと変わらない。

「剣士と弓士の二人は貴族専門の訓練校講師。黒魔術師も貴族専門魔導校の上級科講師。格闘士は子爵家の長男ですが、領で行われる武闘会で二度優勝しております。魔導師はバルナバス領で働く国仕えです」

見事に貴族に関わりのある選手ばかり。
ただ、王都代表の俺たちと貴族階級のない獣人族以外はどの代表騎士もこんな感じ。

「全員が貴族関係者だったことを踏まえて前衛のドニとベル。念のため禁止箇所への攻撃に警戒してくれ」
「もちろん警戒はするけど」
「どうして念を?」
「エミーから初戦相手に気をつけるよう忠告を受けた。自分たちが危険打を受けないよう警戒するだけじゃなくて相手の出方にも警戒してくれ」

今の試合が偶然であることを願うよ。
エミーはそう言っていた。
それを俺に伝えたということはエミーはと考えてる可能性が高い。

「どういうことだ?」
「相手の策に乗らないようにと言うことですね」
「そういうことです」
「失礼しました。思い当たる節があり、つい発言を」

首を傾げたドニの後に呟いたのはディーノさん。
元は冒険者だけあって察しがいい。

「思い当たる節って言うのは」
英雄エロー。発言をお許しくださいますか?」
「是非。俺も聞いておきたいので」

一般参加の予選ではディーノさんから色々な話を訊いた。
試合運びなどためになる話も多かったし、大会経験者の貴重な意見としてドニだけじゃなく俺も聞いておきたい。

「私は前回の半期大会に参加したのですが、危険箇所への攻撃が禁じられていることを利用する選手がおりました」
「と言うと?」
「わざと隙を作り攻撃してきた所に自ら当たりに行くのです」
「え。でも命の危険がありますよね?」
「はい。ですが少なくとも相手選手もその時点で敗退することになります。強い選手を貶めて敗退させ自分の領や種族を優勝に導くための命懸けの作戦と申しますか」

個人の勝利より種族の勝利。
大会は種族間での戦いでもあるから有り得ない話じゃない。

「あくまで半期大会ではそのような策を用いた選手が居たという話ですが、気をつけるに越したことはないかと」
「そんな策を……分かりました。気をつけます」

むしろ本大会だからこそなおさら有り得そう。
ドニはディーノさんの話に納得して頭を下げる。

「シンが言った全員貴族なのを踏まえてって言うのは?」
「武闘本大会の代表騎士戦は政治色が強い。貴族と国とは切っても切れない仲だろ?不本意だろうと国のお偉いさんから言われたら断れないイエスマンも一般国民より多い」
「ああ……そういうことか」

本大会に優勝することで得るものは大きい。
代表騎士は多額の賞金はもちろん名誉も手に入れ、国や領地も優勝者を出した国や領地として政治的にも経済的にも潤う。
国の命令などなくても自分の欲のために卑怯な策をとる選手もいないとは限らない。

「こっちが禁止箇所を避けても上手く当たりに来られるかも知れない。相手が狙って打った危険打でも上手く誤魔化されたら危険打と判断されないかも知れない。前衛の二人は特に手数が多くなるからどちらのパターンにも気をつけてくれ」
「分かった」
「承知いたしました」

二人の返事を聞いて溜息をつく。
本当であれば最強を求める大会のはずなのに卑怯な策に警戒しつつ戦わないといけないなんて。

「……シャワー浴びるか。スッキリしたい」
「そうしましょう」
「警戒する以上に今できることがありませんからね」

今できることは警戒を促すことだけ。
リフレッシュはかけて貰ったものの精神的にもスッキリさせるために特別室を出てシャワーがある更衣室へ向かった。





「シン殿、少々お時間を」
「ん?」
英雄エロー伯爵へご挨拶申し上げます。トネール子爵家第一夫人、マリアンヌ・アロン・トネールと申します。試合前の貴重なお時間をいただき感謝申し上げます」
「お初にお目にかかる」

5つあるシャワーで汗を流しサッパリしてからみんなで更衣室を出るとルネと一緒に見知らぬ婦人と女の子が待っていて、貴族流の挨拶にこちらも貴族流の挨拶で胸に手をあて応える。

「先程英雄エローにお救いいただいたトリスタンの妻です」
「ああ、代表騎士の。彼の様子はどうだ?」
「医療院で一日様子を見ることになりますが、検査の結果に異常は見られませんでした。医療院へ行く前に是非お礼をお伝えしておきたく、無理を言ってお連れいただきました」
「そうか。無事で何よりだった」

誰かと思えばさっきの騎士の夫人。
検査にも異常はなかったようで良かった。

「本当にありがとうございます。英雄エローと賢者さまの治療で夫を失わずに済みました。この御恩は必ずお返しいたします」
「娘のサラと申します。お父さまの命をお救いくださりありがとうございました」
「丁寧にありがとう。御父君が無事で何よりだ。恩はもう今のお礼で充分に返して貰った。あとの気遣いは不要だ」

さすが貴族家だけあってまだ幼い子供でも丁寧。
まだ涙が乾いていない親子を見送ってくれるようルネに頼み、何度も頭をさげる親子に頭を下げ返して更衣室の前を離れた。

「覚えてるか?初めて王都ギルドに来た日のこと」
「うん」

歩きながら話しかけてきたロイズに頷く。

「あの時シンは、俺がやったことは悪行じゃないと思ってるけど正しかったかはアイツの今後次第って言ってたよな」
「言った。今でも完全に元に戻してやれない時には思う」
「救う力を持ってることも凄いけど、命を救うことの責任の重さも知りつつ助けに行けるシンは凄いと思う。救われたことに感謝する人は本人だけとは限らない。今回は妻子も救ったな」

そう言って笑うロイズに苦笑する。
俺の場合もう条件反射のように動いてしまうだけなんだけど。

「お帰りなさいませ」
「「お帰りなさいませ」」

特別室のドアを開けると待っていた三人。
ただいまと返して室内に入る。

「先程の代表騎士のご夫人とはお会いになりましたか?」
「はい。ルネと更衣室の前で待ってたので」
「左様ですか。どうしてもお礼をしたいとのことで、この特別室まで警備兵に案内されて参りました」

思いのまま押しかけたんじゃなくしっかり警備兵に話を通して案内させたのか。さすが礼儀正しい貴族。

「お飲み物をどうぞ」
「ありがとう」

ディーノさんから状況を聞いてる間にもメイド二人が飲み物を用意して運んで来てくれる。
大会期間中に関わらず至れり尽くせり。

ワタクシたちの試合は二時頃になりそうですね」
「なるだろうな。さっきので少し時間が押したし」

朝早くから開幕式をやってそのまま試合。
今はAブロックの試合中だからBブロック8番目の俺たちはまだまだ先になる。

「昼食までお休みになりますか?眠そうです」
「そうするかな。少し眠い」
「かけ続けの上級回復ハイヒールで魔力を消耗しましたからね。シンさまは魔力量が多いので何事もなかったようにしておられますが、本来であれば魔力が尽きてもおかしくありません」

回復ヒールを長時間使えば当然魔力量も減る。
心臓が動くまでは弱くかけてたから大して消費した感覚はないけど、汗を流してスッキリしたこともあって眠くなってきた。
この後試合が控えているし回復しておくに越したことはない。

「仮眠室をご利用になりますか?」
「少し寝るだけですからここで」
「では毛布をお使いください」
「ありがとうございます」

ディーノさんから毛布を受け取りソファに背を預ける。
昼食の時間まで一時間強。
煩くても眠れる奴だからみんなには気を使わず過ごしてくれるよう言ってソファで仮眠をとった。





昼食前に起こされ特別室に備えられている洗面台で顔を洗い、しっかりと昼食も摂って充電完了。

「ご武運を。行ってらっしゃいませ」
『行ってきます』

遂に俺たち王都代表の出番。
訓練着から試合着に着替えルネに付き添われて特別室を出る俺たちをディーノさんとフランカさんとエルサさんが深く頭を下げて見送ってくれた。

「試合開始と同時に全員に物魔防御をかけるけど、さっき話した通り相手の出方には充分気を付けてくれ。攻撃する時に少しでもおかしな様子が見られたら手を止めろ」

大歓声の中アリーナへ出て陣地で最終確認。
団体戦については何度もシミュレーションしてきた。

「急に手を止めろって無茶なこと簡単に言ってくれる」
「みんななら出来るだろうから言ってる。咄嗟の判断に迫られる戦いはフラウエルから嫌ってほど叩き込まれたはずだ」

そう話すと言った相手のドニだけでなくみんなも真顔。
デュラン領での訓練を思い出すと真顔になってしまうほどフラウエルとの訓練が厳しかったってことだ。

「あの地獄の訓練を思い出せ。あの時身につけた力を発揮する時がやっと来たと考えろ。相手にフラウエル以上の強者は居ない。フラウエルの訓練に耐えたお前たちは強い。絶対勝つぞ」
『Yes,Sir!』

捲し立てるように言って気合いを入れる。
最大の敵のように言ってごめん、魔王。

「両チーム前へ!」

個人予選とは違う緊張感。
代表騎士の団体戦は一戦一戦が本戦。
審判からルール説明を受ける間、相手のエルフ族五人も緊張を隠せずにいる。

「誓いの握手を」

ルールを守り正々堂々と戦うことを誓う握手。
両パーティとも一歩前に出て目の前の選手と握手を交わす。

「両パーティとも己に恥じることのない戦いを」
『はい』

気持ちで負けたら試合にも負ける。
審判の声に返事をしながらも目が合ったパーティリーダーに笑みを浮かべた。

前衛にドニとベル。
中衛にロイズ。
後衛にエドと俺がつく。
大歓声などもう聞こえていないかのように四人とも試合だけに集中していた。

「始め!」

開始を知らせる審判の声と同時にドニとベルが前衛の剣士と格闘士に突っ込み、俺が全員に物魔防御をかける。

「全員に!?」
「そんな馬鹿なことが!」

慌てたのは相手チームの魔導師と黒魔術師。
自分たちは手分けして物理防御と魔法防御を前衛の二人にかけたのにこちらは術式を使わず全員に物魔防御をかけたから、想定していなかったことで出鼻をくじかれたんだろう。

「審議!」
「は?」

審判が手をあげて試合を止められる。
サッカーのイエローカードやレッドカードのような役目として置かれている電光掲示板にを知らせる黄色いランプが点っている。

「なんでいきなり審議?」
「分かりません」

試合を止められた選手の俺たちだけでなく観客もザワつく。

「なにが審議の対象になったんですか?」
「申し訳ありません。私どもにも理由までは」
「はい?」
「国王陛下より説明があるまでお待ちください」

審判に訊くと首を傾げられてそう付け足される。
どうやら審判が出した審議判定ではなかったらしく、四人配置されている審判たちはアリーナを降りた。

「どういうことだ」
「審判にも分からないらしい。国王の説明を待てって」
「国王陛下が試合を止めさせたってことか?」
「多分」

試合が中断されて戻ってきたドニは溜息をつく。
向こうも出鼻をくじかれてたけど、こっちも違う理由で出鼻をくじかれてしまった。

審議に入って数分。
審判たちがアリーナにあがる。

「只今の審議ですが、英雄エローが行った術式なしの複数物魔防御が賢者の能力ではないかということで審議対象となりました」

俺か!俺が審議対象だったのか!
審判がマイク(拡声石)を通して発表したそれを聞いてまた観客席はザワつく。

「審議の結果、問題なしと判断して試合を続行いたします」
「どう問題なしの結論になったのかを説明しろ!」
「説明なしにただ続行とだけで納得できるか!」
「観客にも分かるように説明しろ!」
「曖昧にしたら何でも審議で止めていいことになるだろ!」

観客席は大ブーイング。
始まったと思えば審議になって問題なしだから続行と言われても「ああそうですか」と納得できないのも分からなくない。
使った俺本人もどうして賢者の能力と思われたのかどう話し合って問題なしと判断されたのかさっぱり分からない。

『私から説明を』

そう口を開いたのは国王のおっさん。
隣にはエミーもいる。

『本来であれば単体を対象とした魔法を術式なしに複数名へかけることはできない。それが賢者の能力を使ったのではないかとの物言いがついた』

そこ?
どうやら複数同時にかけたってことが賢者の能力と判断されて中断されたらしい。

『問題なしと判断するに至った理由は我が国の賢者で魔法研究にも明るいエミーリアより説明して貰う』

賢者の能力じゃないかと審議になったから賢者であるエミーが説明することになったんだろう。

『今大会で英雄エローは賢者のみが扱うことのできる能力の使用を禁止されている。本来であれば行えないことを賢者の能力と疑われるのは致し方なし。それは理解した上で聞いてほしい』

試合を止めたことが先ず納得できてない人に向けてエミーはそう前置きする。

『審議の結果で分かるように、英雄エローが行った術式なしの複数同時物魔防御は賢者の能力ではない。なぜなら賢者にもできないことだからだ。物魔防御は防御系魔法の中で難易度は高いものの属性レベルが高い者であれば術式なしでもかけられる。ただしそれは単体にであって、複数名にかける際には術式を用いなければならない。よって英雄エローのオリジナル能力と判断した』

エミーは魔法に詳しくない(訓練校や魔導校に行ってない)一般国民にも分かるよう詳しく説明して国王のおっさんにマイク(的な物)を返す。

『賢者エミーリアから説明があった通り複数名同時魔法は英雄エローだけが使える特殊な能力であることをご理解いただいた。此度の大会で禁じられているのは賢者の能力。よって英雄エローに違反はないと判断して試合続行とする』

国王のおっさんが話し終えると歓声があがる。
ってことは、またエルフ族の国王(多分)が言い出したってことか。

賢者の能力に詳しくないってことだろうけど、すぐ傍に賢者が居るんだから中断する前に訊いて欲しい。
これじゃ俺が下手に魔法を使うとすぐ賢者の能力と疑われそうで試合に集中できない。

「再開いたしますのでお戻りください」
「待ってください。審議中に向こうの防御魔法の効果が切れたみたいですけど、こちらも一度解いて再開後にかけ直した方がいいですか?それとも中断した時と同じように向こうも前衛二人に防御魔法をかけ終えた状態で再開するんですか?」

サクッと再開させようとする審判を止めて訊く。
試合続行と言われても、一から始めるのか試合を止められた時の状態で再開するのか分からない。

「大変失礼いたしました。試合続行の判断となりましたので審議に入った際の状態での再開になります。陣形に戻り次第バルナバス領の選手は前衛の二名に防御魔法をかけてください。かけ終えたところで試合を再開します」

審判も想定外の審議にまだ戸惑いがあるのか説明しなかったことを相手チームに謝罪する。
俺の魔法が審議対象になったんだから審判にも申し訳ないことをしたけど、試合中断後のことは審判にしか分からないから忘れられては困るんだけど。

「再開します!始め!」

前衛二人に防御魔法をかけた状態での再開。
再開の声と共にまたドニとベルは前衛の剣士と格闘士に向かって行く。

「弓の攻撃来ました!魔法で落とします!」
「頼む!」

弓士の攻撃を防ぐのは後衛のエドの役目。
防ぐのはエドに任せロイズは後衛の黒魔術師に向け弓を打つ。
まだ防御魔法をかけていない魔術師の肩にロイズの弓が刺さって弓士にかけ途中だった防御魔法が中断された。

これは……俺のやることがない。
実力差がありすぎて下手に魔法が撃てない。
対象操作を禁じられてるから魔法防御がかかってない魔導師や魔術師に俺が火魔法でも撃とうものなら大火傷させてしまう。

お蔭さまで俺は防御魔法をかけ終えるの待ち。
前衛で戦ってる二人が攻撃を受けたらすぐ回復ヒールをかける手筈になっていたけど、ドニもベルも相手より遥かに実力が上で全く攻撃を受けない。

後衛はサポート役だから常に攻撃をしなくても時間稼ぎとはカウントされないけど、周りから見れば俺だけ何もしてないように見えるだろう。

やっと出番が回ってきたのは防御魔法をかけ終えた後。
黒魔術師と魔導師が前衛のドニやベルに向けて撃った火魔法を水魔法で消した。

「ロイズは対象を魔導師に切り替えろ!」
「わかった!」

前衛で先に相手を倒したのはベル。
剣士が跪くとベルが攻撃対象を弓士に切り替え突っ込んで行くのを見て、剣士を回復させないよう今まで黒魔術師に攻撃をしていたロイズに魔導師を攻撃するよう指示する。

「ドニ、ロイズ、ベルはそのまま攻撃だけに集中!魔法は全てエドと俺で対応する!」
『Yes,Sir!』

無双状態の戦いに観客たちは大盛り上がり。
四人が強くて俺は指示と魔法の無効化しかしてないけど、まだ試合が再開して数分しか経っていないのに相手の前衛二人が跪いて立ち上がれない状態まで追い込んだ。

「そこまで!」

前衛二人が戦闘不能になってからはあっという間。
最後に残った魔導師はロイズの的確な弓攻撃で回復をかけることができないまま地面に跪いた。

「勝者ブークリエ国王都代表!」
『ありがとうございました』

審判が勝者を言い渡したあと白魔術師がアリーナに上がり回復ヒールをかける中、俺たちは相手チームの代表騎士たちに頭を下げてアリーナを降りた。

「初戦突破おめでとうございます!」
『ありがとう(ございます)』

観客の大歓声に負けない声で勝利を祝うルネ。
勝って良かったのは間違いないけどスッキリできる勝利ではなかったというのが本音。

「さっさと戻ろう」
『はい』

放映されてるここでは下手な話はできない。
大歓声で祝ってくれる観客たちに五人で頭を下げて礼をして、俺たちの初戦は僅か数分(審議時間を除く)で幕を閉じた。

 
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