ホスト異世界へ行く

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第七章 武闘大会(中編)

カムリン

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「……まだ着いて来てるな」
「はい」

ホットドッグ屋を離れる際に人集りに声をかけられ多少対応をしたけど、まだ俺たちの後ろを着いて来る人たちが居る。

「仕方ない。少し掴まっててくれ。転移する」
「分かりました」

店舗会場ではあまり魔法を使いたくないけど仕方ない。
腕を組んでいたカムリンを腕に抱いて連続で三度転移魔法を使い追いかけてくる人たちを巻いた。

「よし。多少距離は取れただろ」

三度目に移動した場所は建物と建物の間。
歩いている人たちの前に突然現れたら驚かせてしまうから人の居ないそこを選んだ。

「開幕日に王都代表騎士の出待ちで逮捕者が出たことは聞いてましたが本当に凄い人気ですね。フードでお姿を隠さないと出歩けないのも納得しました」

そう話すカムリンに苦笑で返す。
この異世界に来てからは姿を隠せるフード付きのローブやクロークが必需品になってしまった。

「最初の頃は髪や瞳の色で異世界人の勇者と勘違いされて囲まれてたからフードで隠すようになった。勇者じゃないって知れ渡った今は英雄エローだとバレて囲まれるからフードが手放せない。そんなに期待されてもただの男なんだけどな」

むしろ元居た世界では嫌悪する人も少なくない職業に就いていたクズなのに、この異世界に来たら救世主だ勇者だ英雄エローだと期待される存在になってしまった。

「異世界人や英雄エローだから近付く人も居るでしょうが、シンだから好きという方も沢山居ると思います。思うにシンは本能でそういう方を嗅ぎ分けて傍に置いているのでしょうね」
「沢山居るかは分からないけど、異世界人や貴族や英雄エローとして振る舞う表面上の俺だけしか見てくれない人じゃなくて、素の俺ごと受け入れてくれる人に信頼を置いてることは確か」

目当てが俺の身分か俺自身かは一緒に居れば分かる。
プライベートで俺が心から信頼しているのは俺の中身を見てくれている人たちだ。

「女子供には弱いようですけどね」
「痛いとこ突くな」

苦笑して答えると笑われる。
それは異世界に来る前から変わっていない。

「もう大丈夫だろ。出て見て回ろう」

追いかけて来ていた人たちもそろそろ諦めただろう。
そう思って薄暗い建物の間を出ようとするとクロークの背を引っ張られる。

「どうした?」
「もう少しだけお時間をください」

俺の背中にそっと身を寄せるカムリン。
人前だろうと俺の許可なしだろうとお構いなしに堂々とはり付いてくるのに突然そんなしおらしく頼まれると調子が狂う。

「気を付けてください」
「ん?」
「シンの優しさに甘えて今こうしている私が言えることではないですが、簡単に心をお許しにならないよう」

……どういう意味だ?
背中にはり付かれているから表情も伺えない。

「お強い事は実感しておりますが、お優しいのが心配です」
「優しくしたら駄目なのか」
「本来ならばいいことです。お優しい方でなければ私もこうして相手をしていただけなかったと思いますから」

それならどうして。
そう訊きたいけど、核心部分を言わないということはそれ以上は言うつもりがないってことなんだろう。

「分かった。簡単に心は許さないよう気を付ける」
「はい」

カムリンが心配してくれていることは事実。
理由は分からないけどそれは心に留めておく。

「引き留めてすみません」
「ううん。心配してくれたことは伝わった。ありがとう」

背中から離れたカムリンの方を向いて礼を言う。
好みの顔でジッと目を合わせられると色々とタガが外れてしまいそうだけど……真昼間に不謹慎な(自戒)。

「午後から訓練に行くからゆっくりは出来ないけど、今から仕事抜きで逢瀬の続きをしよう」
「喜んで」

ジョゼット譲に言われたをあえて使うとカムリンは笑って建物の間から出たあと再び腕を組んだ。


各地から集まっている店の数々。
俺が出店しているのと同じ飲食店はもちろん武闘大会の会場らしい装備品や土産用の装飾品まで、その土地に因んだ商品を販売する店が軒を連ねる。

「欲しいのか。それ」
「ずっと同じ髪留めを使っているので購入しようかと」

カムリンが物色しているのは銀製品の髪留め。
店主はエルフ族だからアルク国で売っていたのと同じエルフの職人が作った装飾品だろう。

「これは?カムリンの目と同じ瑠璃色」
「瑠璃色?」
「俺の居た土地だとこういう色を瑠璃色って言うんだ」

深く紫みを帯びた濃青色のうせいしょく
装飾品に埋められている石は地球でいうラピスラズリ。

「綺麗ですがそちら側は予算オーバーです」
「それで左側だけ見てたのか」
「はい。こちら側ならまだ頑張れば買えますから」

カムリンが見てる左側は日本円で数千円くらい。
俺が言った右側の装飾品は日本円で数万円。
魔王がリュウエンに買っているあの店よりは安いけど、気軽に買うような値段じゃないことは確かだ。

「手にとって見せて貰うことはできますか?」
「はい。どちらの商品ですか?」
「この青い石が付いた髪飾りを」
「お出しします」
「ありがとうございます」

ケースに入っていて裏側までは見えないから店主に頼んで髪留めを出して貰う。

「さすがエルフ職人の装飾品。細工が細かくて丁寧」
「以前にもアルク細工をご覧になったことが?」
「アルク国の王都へ行った時に何軒か見て回ったので」
「そうでしたか。こちらの商品は武闘本大会を記念した特別な髪飾りでして、全てに銀を使用しております」

うん。店主の言葉に嘘はない。
魔法で鑑定してみたけど銀と書いてある。

「カムリンの髪は金だから濃い青が映えると思う」
「そこまで言われると……似合いますか?」
「うん。可愛い」
「そう言ってくださるなら今日は贅沢して」
「いや。これは俺が買う」
「シンが?」

自分で買おうとするカムリンから髪留めを取り店主に渡す。

「ここで付けて行くのでそのままで」
「ありがとうございます。少し磨いておきますね」
「お願いします」

触ったことでついた指紋を店主が柔らかい布で磨いてくれてる間にクロークの下の服にしまってあった財布(異世界の財布は札がないから布袋)から銀貨を数枚取り出す。

「シン」
「店の手伝いをしてくれた礼」
「それだけでこんなに高価な物をいただけません」
「これは俺がカムリンに付けて欲しいから買うんだ。自分で欲しい物があるならそれは自分で買ってくれ」

カムリンがグッと口を結ぶと店主は笑う。

「お優しいお連れさまですね。手入れをすれば長くご使用いただけますので大事になさってください」
「……はい」

店主が差し出した髪留めを遠慮がちに受けとったカムリンに俺も少し笑って綺麗に磨いてくれた店主に銀貨を渡した。

「どうぞそちらの鏡をお使いください」
「本当にいただいていいのですか?」
「要らないなら衣装棚の肥やしになるだけ」
「もう。そんな言い方は狡いです」
「気付いてなかったのか?狡い男だって」

そう話して笑いながらカムリンが付けている髪留めを外すと金色の長い髪がサラサラと揺れる。

「綺麗な髪してるな。いい香り」

手入れの行き届いた長い髪。
指で摘んで口許に運ぶと宿舎の部屋に備え付けてある洗髪料とは違ういい香りがする。

「お客さま。お連れさまが」
「え?」

店主から言われて顔をあげるとカムリンの顔が赤い。
綺麗な髪だと思って深い意味もなくやってしまったけどやり過ぎだったようだ。

「図太い私でもそれはさすがに照れます」
「ごめん。つい」

肉奴隷にしてくれと恥じらいもなく言うのに。
カムリンの照れるポイントは難しい。

「どうですか?」
「似合ってる。プレゼントして良かった」
「よくお似合いです」

俺がプレゼントした髪留めに替えたカムリンはクルリと一周して見せて嬉しそうに笑みを浮かべる。

「ずっと大切にします」
「気に入ったみたいで安心した」

前に付けていた髪留めを入れてくれた紙袋を受け取り、丁寧な接客をしてくれた店主に礼を言って店を離れた。

「いつもこうやって女性を手懐けるのですか?」
「言い方。誕生日くらいはプレゼントするけど、何もない時に一緒に出かけて買ったことはなかった気がする」

食事をご馳走するくらいはするけど物を買ってあげるようなことはなかった。
そもそも恋人じゃない異性と出かけるのは同伴くらいだから、誕生日やクリスマスなどのイベントごとでもない限り自分から率先して買ったことはない。

「特別に買ってくれたということは肉奴隷に」
「なんですぐそっちに捉えるんだ」

やっぱり肉奴隷には恥じらいがないらしい。
本当に謎。

「ベルティーユさまにプレゼントはしないのですか?」
「ベルには色々と買ってるぞ?エドとベルは専属で俺に仕えてくれてるから衣装や靴とか」

使用人の制服や靴は国から支給されるけど私服は個人。
西区の仕事に行く時は制服を着ていかないから二人の分も俺が買っている。

「本当に家族のような間柄なのですね」
「うん。俺の大事な家族」

地球でなくした家族に近い存在を二人に求めるようになった。
俺のそんな身勝手な自己満足をエドとベルは受け入れてくれている。

「マンドラゴラ焼きはいかがですかー」
「あ。食べたい。カムリンも食べるか?」

以前食べたコモドドラゴンのようなアイツの串焼きが売っているのを見て久々に食べたくなって足を止める。

「私に買わせてください。貰ったままでは気が引けます」
「じゃあご馳走になるかな。ありがとう」

しっかりしてる。
少し人が並んでいるから道を挟んだ場所で待っているよう言ったカムリンは一人で出店に並んだ。

『ようやく一人になったか』
「フラウエル」

背後から聞こえた声。
振り返って確認してみたけど、こちらからは見えないよう姿は写し出していない。

『お前は本当に獣人が好きだな』
「たまたま。あえて獣人族を狙ってる訳じゃない」

顔は出店に居るカムリンに向けたまま小声で話す。

『あのむすめ……どこかで見たような』
「え?どこで?」
『それが思い出せない。生きてそこにいるということは敵として会った訳ではなさそうだが』
「逆にすっごい気になるじゃんか」

魔王が見たことがある人と聞けば気にならないはずがない。
地上層に生きていて魔王と会う機会なんて普通はないから。

『心配するな。少なくともあのむすめの魂色は澄んでいる。お前に危害を加えることはないだろう』
「そっか。じゃあ少し安心したかも」

魂色というものが見える魔王がそう言うならカムリンのことは信用して良さそうだ。
これだけ親しくして裏切られたら暫く立ち直れそうもない。

「それで?何か用があったんじゃないのか?」
『疲れてお前の声が聞きたくなった』
「どんな顔でそれを言ってるんだ」

甘ったるい言葉を紡ぐ魔王に少し笑う。
独りで笑ってるヤバい人だと思われたくないから少しだけで堪えたけど。

「本戦は観に来てくれるって言ってたけど視察廻りは終わりそうか?疲れてるってことは忙しいみたいだけど」
『行けるよう強行軍で視察している』
「無理して体調崩すなよ?」
『毒すら効かない俺に言うか』
「たしかに」

魔王はこの異世界にある如何なる毒も効かない。
魔王が死ぬ時は寿命か勇者にトドメをさされた時。
それ以外では死なないというだけで、痛みもすればも苦しみもするらしいけど。

「そういえば俺も麻痺毒が効かなかったんだけど」
『それはそうだろう。お前は毒の効かない俺と魂が繋がっているのだから毒物には強くて当然だ』
「やっぱそうか」

ピリピリ程度に痺れはしたから全く効かない訳じゃなさそうだけど、その程度で済んだのは魔王の影響だったようだ。
何で効かないんだろうと考えてそんな気はしていた。

『あのむすめ、美しいな』
「珍しい。フラウエルが褒めるの。好み?」
『魂色の話だぞ?』
「ああ。そっちか」

エミーには大したことないと言うのに(※他の人に関しては口にすらしない)珍しく褒めたかと思えば。

『伴侶を作るならあのむすめにしろ』
「は?」
『地上で伴侶を作るんだろう?』
「昨日の話を聞いてたのか」
『ああ』

盗み聞きか。
いつものことだけど。

「まあ聞いてたなら話は早い。俺とフラウエルが半身なのは変わらないけど、紋章分けが必要なら精霊族と結婚する。魔界に行くと言っても地上に居る間は貴族の務めも果たさないと」

言ってしまえば形だけの結婚。
いつか紋章と遺産を地上層に遺して魔界層に行くから、俺自身ではなく俺の紋章や遺産しか必要がない人がいい。

『いいのか?それで』
「なにが?」
『このまま地上で暮らす選択肢は選ばないのか?』
「は?俺と暮らす気がなくなったのか?」
『何度も言わせるな。俺の半身はお前だけだ。天地戦さえなければ今この時にでも手の届く傍に居させている』

激甘。
今日も本当に甘ったるい。
顔は真顔なんだろうけど。

「俺は人を好きにはなれても愛せない。形を変えたり薄れる愛情に期待してないし、逆に期待されても困る。フラウエルは俺の意志なんて関係なく適度な距離で居てくれるから心地いい。気付いてないだろうけど俺はそれに救われてる」

変わり者と言われる俺と距離感が合う相手。
運命だ何だと言うつもりはないけど、一緒に居てここまで心地いい相手には今まで出会ったことがなかった。

『また連絡する』
「え?急に」
「シン?」

プツと通信が途絶えて顔をあげるとカムリンが串焼きを持って立っていて、それで突然通信を終わらせたのかと納得した。

「お疲れですか?独り言を言っていたようですが」
「悪い。考えごとをしてたら口に出てたらしい」
「お仕事のことですか?」
「うん。ありがとう」

話しながら差し出された串焼きを受け取る。
伴侶にするならあの娘にしろと魔王が言うほどカムリンの魂色は綺麗なのか。

「なあ。急なんだけど魔王に会ったことがあるか?」
「魔王に?伝記で読んだ事はありますが、実際に見たことがあるのは王都に暮らすシンや軍部の方だけだと思いますよ?」
「だよな」

やっぱり人違いか。
あと可能性があるとすれば魔族と交流があるらしいアルク国で会ったのか。

「アルク国に行ったことは?」
「エルフ領域はさすがに行きません。獣人だと命の危険もありますので。エルフ族の方から集落に来ることはありますが」
「エルフ族が集落に?意外」
「集落の傍にある鉱山でとれる石を買い付けに来ます」
「ああ、職人や商人が来るのか」

そう会話して串焼きを口に運ぶ。
うん、美味い。

「貴族にもマンドラゴラを召しあがる方が居るのですね」
「下品って言って食べないらしいな。王都の冒険者ギルドのギルマスから聞いた。こんなに美味いのに」

俺は好物の一つ。
リコリの香りで臭みがないし、固くて食べられない尻尾と脚以外の部分は肉質も柔らかくて美味しい。

「シンは庶民的な貴族ですね」
「産まれた時から貴族だった人とは感覚が違うからな」
「たしかに。初代さまでしたね」
「うん」

地球でも大金持ちの坊ちゃんや貴族として産まれたなら上品に育ったかも知れないけど、孤児院(児童養護施設)で育った奴が高貴な人に育つはずがない。

「今頃みんなも昼休憩してる頃か」

先に食べ終えて時計塔の時間を確認する。
朝から外出したのにもうこんな時間か。
手伝いをしていたからあっという間だった。

「これから訓練に行くのですよね。戻りましょうか」
「待った。もう少し」

隣で立ち上がろうとしたカムリンを止める。
訓練には行くけどまだ戻るには名残惜しい。

「この時間だと食事中だろうから」
「一緒に召し上がらなくていいのですか?」
「うん。昼食の時間までに戻らなかったら四人で食べてくれるよう話してある」

食事中だろうからというのは引き留める理由だったけど、四人で食べるよう話してきたことは本当。

「あー……うん。マズいな」
「美味しくなかったですか?」
「違う。肉は美味かった。ご馳走さま」
「ご馳走さま」

奢って貰ったことに礼を言うと、昨日の交流会の最後に俺がやった“ご馳走さま”の挨拶を覚えていたらしいカムリンは俺に手を合わせて「ご馳走さま」と頭をさげる。

本当にマズい。
久々にこのモヤモヤする感覚を味わった。
節度を持て俺。
相手は肉奴隷を望む変態だぞ。

「シン?」
「喉が渇いた。飲み物でも買おう」
「え?はい」

不思議そうな顔のカムリンの手から食べ終えた串を取り手を繋いで、串焼きの屋台の傍にあるゴミ箱に行って串を捨てる。
とりあえず飲み物でも飲んで落ち着こう。
座って話していたらおかしな方向に向かってしまいそうだ。

「そういえばカムリンも転移魔法が使えるよな」
「少し。背後をとる程度の短距離しか移動できませんが」
「聖と闇と時空属性は術式を扱う魔術師になった後に教わるって聞かされてたから、使われた時は少し驚いた」
「人族はそうらしいですね。獣人は術式を使わないので順番は決まっていません。自分に適性がある属性だけを覚えます」
「へー。術式は使わないのか。初耳」

ということは、獣人のエドが術式を使うのは人族の国で教育を受けたからなんだろう。

「体術は獣人族の方が得意ですが、魔法はやはり人族やエルフ族の方が得意です。私にも風・水・火・時空属性と適性はありますが、水と風以外はガッカリする威力しかありません」

なるほど。
それで“背後をとるだけの短距離”ってことか。
元々が素早い獣人に転移が加わるんだから充分脅威だけど。

「いやでも得意じゃないはずなのに四属性も適性があるのが凄くないか?人族でも魔法を使えない人は多いのに」
「一応これでも集落の中では強い部類に入っているので代表騎士に選ばれました。シンにはあっさり完敗しましたが」
「……なんか悪かった」
「負けることは予想していましたから。それで麻痺毒を使うことにしたのです。それすら効きませんでしたが」
「うん。ごめん」

グサグサ刺さる物言いに謝るとカムリンはくすくす笑う。

「個人戦では負けてしまいましたが団体戦は諦めていません。代表騎士に選ばれてからずっと団体戦を想定してみんなで訓練をしてきましたから。気を抜くと食らいつきますよ」
「もう噛むのは勘弁してほしい。痛かったし」

腕を絡めて手のひらは繋いで歩きながら、この先の団体戦の話をして二人で笑う。
獣人族の代表騎士は元からの恵まれた体型に加えて鍛えていたことが分かる体つきの選手が多いから、カムリンたちも真面目に訓練を重ねてきたのは本当だろう。

「ただ、エルフ族に関しては意外でした。人族を凌ぐ強者と聞いていたのでエルフ族が相手の対策も立てていたのですが」
「俺たちもエルフ族は強いって聞いてたから驚いた。実際に二十五年前の半期大会までは強かったらしいんだけど」
「人族も知らなかったのですか?てっきり集落の情報が遅れているのかと思ったのですが。今のエルフ族の強さであれば私たち獣人族が土地を追われることもなかったのでしょうね」

たしかに。
今の実力差であれば獣人族がエルフ族の領地から迫害されるようなことにはならなかったと思う。

「憎いか。エルフ族が」
「憎い?」
「昔の獣人たちは暮らしていた領地を追われて、今の獣人たちも奴隷として扱われてる。尤も奴隷扱いに関しては人族にもまだ根深く残ってる思想ではあるけど」

獣人族にとってはエルフ族も人族も変わらない。
人族の領地から迫害される事はなくても扱いは奴隷だから。

「憎んでる獣人が居るのは事実ですが殆どは年老いた獣人で、若い獣人で人族を憎んでる者は少ないです。現状で上手く機能しているかは別として、ブークリエ国の陛下は私たち獣人に寄り添った法を作ってくださいましたから」

ロザリアもそのことを言っていたけど、大国の王が獣人族のための法を作ったという事実そのものが獣人の考えを変える大きな一歩になったんだろう。

俺にとってはお手当てをくれるオッサン。
でも国や国民のことを考えてくれるいい国王であることは異世界から来た俺にも分かっている。

「エルフ族は?」
「嫌いです。いえ、嫌いでした」
「でした?」

キッパリ答えたかと思えば過去形に変えたカムリン。

「エルフ族の中にも獣人を他の代表騎士と同じく扱ってくださる方々が居ます。そういう方々が居ることを知った限り、エルフ族だからと一括りにするのは間違っていると気付きました。ですからエルフ族の中にも嫌いな人が居ます。に変えます」

なるほど。
『エルフ族は嫌い』から『中には嫌いなエルフも居る』に考えを改めたと。

「面白いな。カムリンは」
「面白い話をしたつもりはないのですが」
「考えが面白いってこと。心が強くて逞しい」

魔王が言っていたことが少し分かる気がする。
たしかにカムリンの心はまっすぐで綺麗だ。
歪んでいる俺には少し羨ましい。

「なあ、カムリン」
「はい」
「いや、やっぱいいや」
「え?気になるのですが」
「ごめん。ゆっくり考えてから話す」

一度は言おうとしたことを飲みこむ。
今後勝ち進めば団体戦でカムリンたちの集落と戦うことになるかも知れないし、今はまだ黙っておこう。

「肉奴隷のお誘いでしたらいついかなる時でも受け付けます。何でしたら毎朝毎晩でも私をお使いください」
「あ。飲みもの売ってる店あった」
「放置されるのも快感」

コロコロよく変わる。
変態と思わされることもあれば可愛いと思わされることもあるから困る。

「いらっしゃい」
「どうも。カムリンは何を飲む?」
「私は……レッドベリーにします」
「じゃあレッドベリーを1つとパープルベリーを1つ」
「ありがとうございます。お待ちください」

カムリンの注文に釣られてパープルベリーって飲み物を注文したけど何なのかは分かってない。
レッドベリーは地球でいう苺に似た果物の名前だから、パープルベリーは紫色の苺なんだろうか。

「今度は俺が出す。さっきご馳走になったし」
「マンドラゴラ焼きと銀製品では釣り合いません」
「同じ一つずつだろ。それに一緒に見て回ろうって誘ったのは俺なんだから出させてくれ」

小さなバッグから財布を出そうとしたカムリンを止めて片手で二つ飲み物を受け取り、髪留めを買った時にポケットに入れていたお釣りの中から銅貨を二つ店主に渡した。

因みに銅貨は日本円で表すと百円。
銅貨の下のは十円。
銅貨より上は銀片が千円、銀貨が一万円、金貨が十万円、白銀貨が百万円と続く。

「カムリンの分」
「ありがとうございます」

赤い飲み物が入った透明の袋(金魚を入れる袋のようなやつ)にストローをさして渡すとカムリンはぺこっと頭をさげる。
そのあと口に運んだのを見て俺も一口飲んだ。

「……っ!!!酸っぱ!!」

レモン数百個分が謳い文句になるような超刺激。
酸っぱすぎて思わず大声をあげてしまった俺をカムリンはケラケラ笑う。

「ヤバ!ヤバすぎ!」

語彙力が低下してしまうほどの酸味など初めての経験。
もしゴクゴク飲んでたら漏れなくせただろう。

「知らずに注文したんですか?」
「名前が似てるからソレと似た味なのかと思ってた」

口の中がつゆだく(涎の意)になりそう。
口内が酸っぱくて少し舌を出し無味無臭の空気味を求める。

「舌に何かついてますよ?」
「舌に?……ああ。ピアスのことか」
「ピアス?」
「飾り」

飲み物を飲んだだけなのに何がと一瞬考えて舌ピアスのことかと理解して舌を出して見せる。

「初めて見ました。どのように貼り付けているのですか?」
「貼ってるんじゃなくて舌を貫通させてる」
「……え?」

舌の裏側も見せるとカムリンは真剣な顔で覗く。
この異世界では刺青と同じく舌にピアスをしている人も居ないことはエドたちから聞いて知っていたけど、こんなに真顔で見られる日が来るとは。

「痛くないのですか?」
「今は痛くない。開ける時にはもちろん痛いけど」
「まさか肉奴隷を受け入れてくださらないのはシンも痛みを与えるより貰う方が好きだからだったり」
「違うし」

カムリンの頭にチョップして否定する。
痛みなく開けられるならその方がいい。

「行こう。立ち止まってると邪魔になる」
「そうですね」

あまりの酸っぱさに立ち止まってそのまま話してたけど、通行の邪魔になることに気付いて再び歩き出す。

「獣人も上の耳に耳飾りをしますが舌は初めて見ました」
「人族にも舌にしてる人は居ないってエドから聞いた」

地球では珍しくなくても異世界では特殊。
ただ、異世界には天然でパステルカラーの瞳や髪色をした人が居るし、耳や尻尾が生えた獣人や角の生えた魔族も居る。
俺からすればただの飾りの舌ピアスよりそちらの方が特殊だ。

「獣人のこっちの耳って殆ど聞こえないんだろ?」
「元の姿の時は。しまっている時には聞こえますが」
「不思議。そもそも耳や尻尾を出したり仕舞ったりできることが謎だけど」

無い物を幻術で作り出すのなら分かるけど、実際にある物を無い物にできる原理が分からない。
まあそれをいうなら魔法が存在するのがまず不思議だけど。

「私にも分かりません。獣人はそういうものとしか」
「仕舞おうと思えば仕舞えるって言ってた」
「ある程度の歳になると自然に仕舞えるようになります」

当人の獣人族が分からないんだから魔法もない獣人も居ない世界に生きていた俺が分かるはずもない。
子供の時は驚いた拍子に戻ってしまうこともあるらしいから、童話で狸や狐が変身するのと似たようなものかと思っている(要は考えるのをやめた)。

「エドとベルはルー種だけどカムリンは?」
「私はティーグル種です」
「なるほど。言われてみれば」

だから尻尾がモフモフじゃなかったのか。
白に黒模様だったからホワイトタイガーだ。

「話せなければお答えいただかなくて結構ですが、昨晩の交流会でも話題に出ていた歌唱士とは親しいのですか?」
「ロザリア?それなりに親しい方だとは思う」

一度ベッドを共にしたことがある相手だから親しくないとは言わないけど、その後にも個人的な関係を続けている訳じゃないから

「なんで急に?」
「いえ。獣人族でありながら祝歌の歌唱士に選ばれるなんて凄いことですので少し気になっただけです。開幕の儀の時の祝歌はもちろん昨日の歌唱も素晴らしくて感動しました」

今の何種の話の流れからロザリアの話になるのは不自然な気がするけど、そう言うなら追求しないことにしよう。
同じ獣人族だからふと思った可能性もない訳じゃないし。

「獣人に歌姫ディーバは居ないのか?」
「歌唱士や吟遊詩人はおりますが歌姫ディーバはおりません」
「へー。じゃあロザリアが獣人族初の歌姫ディーバになるかも知れないのか。あんなに才能があるんだから成功してほしい」

そもそも歌姫ディーバがひと握りの存在。
俺は全く詳しくないけど、歌姫ディーバが歌う日には劇場が満員になるくらい人気のある職業らしい。

「彼女は姿を隠しているので獣人だと気付いていない観客も多いと思いますが、本来王家の祝歌を歌うのは歌姫ディーバですので歌唱士が選ばれたというだけでもみんな驚いたと思います」

そう言えばロザリアが獣人の姿をしてるのを見てない。
獣人集落の付添人だから代表騎士は分かってるだろうけど、観客は気付いてなくてもおかしくない。

「獣人なのは隠しておくのかもな」
「そのつもりかも知れませんね。才能に種族は関係ないと思いますが、獣人であることが障害になることも確かですので」

種族を明かしても成功できるのが一番だけど、今のこの世界での環境を考えると獣人だと明かさない方が先入観なく純粋に歌声だけを聴いて貰える。

「それがロザリアの夢の妨げになることは確かなのに、隠さず種族を明かせばいいのにって思う俺は考えが甘いんだろうな。元居た世界と同じ感覚で考えるのは俺の悪い癖だ」

種族なんて関係ない。
全ての種族が仲良く。
なんて、この異世界では夢物語。
今はまだそれを変えようとしている時期なのに、平和な世界から来た俺の感覚で言っていいことじゃない。

「甘いと思います。ですが、異世界人と人族と獣人族が組んだ王都代表を見ていると全ての種族が肩を並べる未来もあるのではないかと希望を持てます。シンはこの世界の常識に染まることなくご自身の思うままに生きてください」

甘いことは認めた上でのそんな言葉。
この異世界の常識からは外れたことばかりする俺でも思うままに生きろと言って貰えるのは嬉しかった。

「ありがとう、カムリン」
「なにがですか?」
「色々と」

飲み物を飲んでいたストローを口から離して不思議そうな表情をするカムリンの頬を指先でほんの少し撫でた。

    
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