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第七章 武闘大会(中編)

代表騎士個人予選

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代表騎士個人予選日。
一般参加の予選と同じく今は開幕式が行われている。
この後控え室に一度戻り正礼装から試合用の服装(装備)へと着替えることになっている。

昨日懸念していたは今のところない。
このまま考え過ぎで済んでくれたらいいんだけど。
そう考えてる間にも開幕式が無事に終わって各地の代表騎士は控え室に戻る。

「ふつーに予選できそうだな」
「うん。何か言い出さないかドキドキしたけど」
「両国王陛下の挨拶の時とかな」
「そうそう。喋り出すまで緊張した」
「何事もなく開催されるようで安心しました」

男四人で話しながら開幕式用の正礼装を脱ぐ。
ちなみに一人だけ女のベルは部屋をカーテンで仕切った向こうで着替え中。

「あ、眼帯も変えないと。白だと汚れる」
「さすがにシンの眼帯姿も見慣れてきた」
「俺本人も最近は着ける作業に慣れてきた」

そう話してドニと笑う。
最初は視界が狭いことに違和感があったけど今となってはもう以前と変わらず行動できるくらいに慣れた。
この複視だけは治らないかも知れないと魔王から言われていることはみんなが気にするといけないから話していない。

死ぬところだったのに命があるだけありがたい。
ボロボロだった体を治して貰えただけで充分。
治療をしてくれた魔王には本当に感謝している。

その魔王はと言えば今朝水晶で通信してきた。
お互いそのあと予定があるから短時間だけだったけど予選頑張れということとアミュの元気な姿も見せてくれた。

溜まった仕事というのは魔界層の視察回りでまだ数日かかるらしいけど本戦までには終わらせて観に来ると言っていた。
俺も少し話して、魔王も仕事頑張れってこととアミュの様子を見せてくれてありがとうと感謝を伝えて通信を終えた。

なんだかんだと激甘な魔王。
今日から本格的に試合が始まるから肉体的にも精神的にも大丈夫かを気にして忙しいのに通信してきてくれたんだろう。

鎖帷子チェインメイルって重い印象だったけど意外と軽い」
「今は軽量化が進んでおりますので」
「この世界の防具職人の技術は凄いな」
「光栄です」

インナーの上に鎖帷子チェインメイル(上半身だけ)、その上にサーコートとマントが俺たち王都代表騎士の装備。
魔法中心の俺とエドは胸当てとローブでいいと思ってたけど、即死攻撃が禁じられた大会とはいえ、自分の身の安全を守るためはもちろん戦う相手のためにも最低限の装備はしておくべきとエミーから言われて全員鎖帷子チェインメイルを着用することになった。

言われてみればその通りで、これが命をかけた戦場ならまだしも武闘大会で万が一にも相手を死なせてしまったら罪悪感が残るだろう。

「このサーコート汚れてしまいますけど大丈夫ですか?」
「枚数を揃えてございますので問題ございません」
「良かった。紋章入りのサーコートなんて初めてで」
「代表騎士さまには試合に集中していただけるよう替えの装備品は多数準備してございます。ご安心ください」
「ありがとうございます」

ドニとアランさんの会話を聞いてたしかになと思う。
鎖帷子チェインメイル+サーコート装備の冒険者は多いけど白のサーコート(しかも紋章入り)を着てる人は居ないから、戦ってる間に汚してしまいそうだと気になるのも分かる。

「ロイズさま。弓士用のグローブに変えないのですか?」
「あ!危な!矢が滑って大変なことになるところだった!」

エドから訊かれて慌ててドレスグローブを外すロイズ。
弓士用のグローブは正礼装の時にするドレスグローブ(手袋)と違って滑り止め加工がされてるから、命中率の高さと早撃ちが得意なロイズには大事な装備品の一つ。

「緊張してるのか?」
「逆に緊張してないのか?」
「全然」

ロイズから逆質問されて答えると‪(  ˙-˙  )スンッ‬とされる。

「負ける気がしないってことか」
「いや。勝負に絶対はない。でも負けるつもりもない。今は緊張よりもどんな強い奴が出てくるのかって期待の方が大きい」

昨日までは王都の代表騎士として負けられないと緊張感を持ってたけど、いざその時を迎えた今はどんな相手と戦えるかの方が楽しみ。

「慢心せずに緊張感を持つことは悪いことじゃないけど会場の雰囲気に飲まれないようにな。今まで積み重ねた経験を活かしながら戦って勝利の女神に微笑んで貰うだけだ」
「お前なら勝利の女神さえ誑しこみそう」
「美形ならお願いしたい」

そうドニと話してみんなで笑う。
ここまで来たらもうジタバタしても仕方ない。
後は勝利の女神が自分に微笑むことを祈るだけだ。

「お待たせしました」
「よし。行くか」
「「うん」」
「「はい」」

仕切ったカーテンの向こうから着替えを終えたベルも出てきて座って待っていた椅子から立ち上がる。

「代表騎士のみなさま。どうぞお気を付けて」
「ありがとう。行ってくる」

丁寧に頭を下げて見送ってくれる武器防具職人たちにお礼を言って控え室を出た。

五人で向かったのは代表騎士用の観客席。
前の方で観れるといいけどと話しながら行くとワッと歓声があがる。

「お、盛り上がってる。面白い試合なのか?」

既に予選一戦目は開始している。
そんなにいい試合をやってるのかと期待して闘技場のステージを見た。

「これは……選手じゃなくてお前への歓声じゃないか?」
「え?」

ロイズから言われて周りを見渡すとたしかに俺の称号を呼ぶ声が数多く聞こえてくる。

「選手が試合をしているというのに」
「これだけ試合観戦じゃなくて英雄エロー観察に夢中になられると戦ってる選手は立場がないな」
「この一角に代表騎士が揃っていますからシンさまもここに座ると分かって見ていた観客が多かったのでしょうね」

これは洒落にならない。
試合そっちのけで英雄エローだ王都代表だと歓声をあげられたら今まさに戦ってる代表騎士のやる気が削がれるし、その代表騎士の応援をしてる人にも不快な思いをさせてしまう。

「駄目だな。俺は引っ込む」
ワタクシもシンさまとご一緒いたします」
「私も」
「って言うか一旦みんなで引こう」
「うん」

同じ宿舎に滞在している代表騎士は俺たちの姿を見ても騒ぎはしないけど、会場に居る観客は一般客だから別。
試合は観たかったけど俺たちの存在が試合の邪魔になるならマズいと思って一旦会場から引っ込んだ。

英雄エロー人気凄いな。少し姿を見せただけで歓声が止まない」

ロイズが言うようにまだ聞こえてくる歓声。
昨日特別室で観戦させられた理由が痛いほどに理解できた。

「王都代表騎士のみなさま!」

走って来たのは副団長と新人騎士二人。

「会場の様子を見てお声をかけに来たのですが」
「ああ、慌ててどうしたのかと思えば。選手にも応援してる人にも失礼になるから観るのやめた」

騎士たちも観客の様子を見て俺たちをこのまま観戦席に居させるのはマズいと判断して声をかけに来たんだろう。

「お気遣い感謝します。急遽になりますが特別席にご案内いたしますので観戦や待機はそちらでお願いいたします」
「分かった。昨日の一般参加の時みたいに最初からそうしてた方が良かったのかもな」

昨日に引き続いて特別席行き。
臨場感があるあの席で他の代表騎士たちと一緒に観戦したかったのが本音だけど、他の選手のやる気や安全性を考えれば俺たちは特別席に居た方がいい。

「実を申しますと先日の出待ち騒動を踏まえ安全面に考慮して王都代表のみなさまには特別席で観戦していただく手筈になっていたのですが、急遽予定が変更になりまして」
「急遽?なんで?」
「特別席でお話しいたします」
「え?うん。分かった」

ここで話せない内容なんだと察して会話を止めて副団長や騎士二人が前後に付いた状況で特別席に案内して貰った。

「広っ」
「さすが特別席」

部屋の広さを見て驚くロイズとドニ。
個室だから窓越しの観戦にはなってしまうけど、代表騎士用の席よりも近くで試合を観れる位置にあるのはありがたい。

「急遽でしたので使用人はお付けできませんが、部屋にある物や冷蔵庫の中の物はご自由にお使いください」
『ありがとうございます』

若い騎士から説明を受けてお礼を言う四人。
最初は特別席で観戦させる予定だったから使用人や物も揃えてたんだけど……ってことなんだろう。

「それで?急遽変更になった理由は?」
「王都代表騎士だけ特別扱いするのかと」
「……エルフの国王が、か」
「はい」
「たしかに特別扱いって言われたらそうだな」

副団長に早速訊いて納得。
みんなも各地を代表して来ている選手なんだから俺たちだけ特別扱いするなとエルフの国王が言うのも分かる。

「ブークリエ国側としては会場内の安全面を考えての判断だったのですが。開幕の儀の日の出待ちの際に暴徒化した数名が既に収監されておりますので」
「逮捕者まで出てたのか」
「はい。数日の拘束と罰金刑程度ですが、国民が暴徒化するほどの人気とあらば危険ですので」

なるほど。
ブークリエ国としては会場の安全を考えて俺たちを部屋に居させる必要ありと判断したけど、アルク国は俺たちを贔屓して特別席を与えていると捉えたと。

「我々騎士はその場に居たのではないのですが、エミーリアさまが仰るには今朝になって突然アルク国側からみなさまも代表騎士席で観戦させるようにとの申し出があったそうです」
「で、結果こうなった。と」
「はい。しかもいま試合をしていた選手がエルフ族でしたのでご機嫌が……。それで急遽みなさまを特別席に」
「綺麗に自爆してんな。アルク国王」

エルフの国王のご機嫌や発言で変更を余儀なくされるブークリエ国の人たちも大変だけど、何より被害をこうむったのは自国の代表騎士というのが皮肉だ。

「シンの人気を舐めてたんでしょうね」
「出待ちの騒動を実際に見た訳ではありませんので」
「開幕の儀の時の観客の反応で分かりそうなものなのに」

ロイズとドニは呆れて副団長は苦笑する。
まさかこうなると思っていなかったのは間違いないだろう。

「まあ事情は分かった。試合の時以外はここに居る」
「大切な試合を控えた代表騎士のみなさまを国側の事情で振り回すことになり申し訳ございませんでした」
「大丈夫。こんなことで動揺して試合に響く繊細なメンタルを持った奴は俺たちの中に居ないから」

普段優しい世界で生きてる貴族が多い代表騎士なら影響があったのかも知れないけど俺たちは冒険者の集まり。
この程度で試合に響く繊細な心は持ち合わせていない。

「一番図太い奴が言うなよ」
「規格外と一緒に居ると多少の事では動じなくなるよな」
「日々鍛えられていますからね」
「普通の概念が変わりつつありますから」

うん、みんなも充分図太いぞ?
テーブルに用意してある果物を食べているロイズとドニも、冷蔵庫から飲み物を出して注いでいるエドも、アプールを剥いているベルも、みんな動揺の欠片もない。

「俺たちのことは心配しなくて大丈夫だから」
「ありがとうございます」

副団長と顔を見合わせて互いに苦笑した。


椅子に座って観戦をしていて数組目。

「なあ。これ本当に代表騎士戦だよな?」

そう声を洩らしたのはロイズ。

「団体戦に備えて加減してるとか?」
「ああ、そうかも。……かも」

ドニとロイズの自信なさげな会話に少し笑う。

「一般参加者の様子はシンさまからお聞きしておりましたが、まさか代表騎士までここまでレベルの低い戦いをするとは」
「人族も獣人族も本気を出す前に終わってしまいますね」

エルフ族の選手が居る試合は決着が早い。
長引くのはエルフ族の選手が居ない試合と実力が似たり寄ったりのの試合で、エルフVS人族やエルフVS獣人族になるとあっという間に終わる。

「酷いな。これはさすがに」
「訓練を怠っていたことが明白ですね」
「どうするんだこれ。観客が分かりやすくエルフ族の試合の時だけつまんなそうになってるぞ」

観客席の反応は怖いくらいに正直。
予選とはいえ代表騎士の試合だけに熱い展開の試合を期待していた観客は多いだろうから、お遊戯会のようなエルフ族の試合を見せられて楽しめるはずもない。

エルフ族と戦った代表騎士の中にも試合を終えて怒りを抱えた表情でアリーナを降りる人の姿も屡々見られる。
人族にしても獣人族にしても普段から鍛えていることが分かる肉体をしている人が多いから、明らかに訓練を怠っていたエルフ族の為体ていたらくぶりに腹が立つんだろう。

「ロイズさま。お迎えにあがりました」
「はい。ヤな空気だけど行って来る」
「頑張れ」
「うん。ありがとう」

思った以上に早く回って来たロイズの試合。
エルフ族の試合中で観客席の雰囲気が悪い中を行くのは気分が乗らないだろうけど、順番が間近になって迎えに来た騎士と一緒にロイズは特別席を出て行った。

「キツいな。観客のこの空気」
「はい。試合の順番が悪かったですね」
「まさか試合の順番で気分が左右されることになるとは」

相手が誰かじゃなく前の試合がどの種族だったか。
そんなことで観客席の空気がここまで変わってしまうとは誰も想像していなかったに違いない。

「おお」

ダラダラ続いたエルフ族同士のお遊戯会が終わったと同時に観客席で大歓声がおきる。

「ここまで一気にテンションがあがるか」
「ロイズさまへの歓声が凄いですね」
「アイツ逆に緊張してそう」
「お相手の獣人も戦い難いでしょうね」
「そこは引き運だから仕方ない」

予想しなかった『前の試合がどの種族か』というのとは違って『誰と戦うか』が肝心なのは抽選する前に分かっていたこと。
王都代表が相手に決まった時点で獣人族の選手も歓声に差が出ることは覚悟できていただろう。

「向こうはマイナススタートにはなるけど、そのぶん勝てば獣人族の強さをより強くアピールできる。逆に俺たちは負ければ大ブーイングの餌食だ。負けられないのはお互いさま」

観客の期待が大きいほどプレッシャーもかかる。
覚悟が必要だったのはお互いさまだ。

『始め!』

審判の声で試合開始。
先手をとったのはロイズ。
弓士はまず距離を取るのが定石だけど、早撃ちが得意なロイズは距離を取らず弓を射って剣を持つ相手の腕にヒットさせた。

「早撃ちが得意なロイズだから出来たことだな」
「構えから射るまでの時間が素早いですからね」
「うん。弓士が相手だからと思って突っ込んだ相手には堪ったもんじゃない」

獣人側は間を取られないよう距離を詰めるため前に出ただけに突き刺さった弓矢の威力は普段よりも痛烈だろう。
いくら試合前に防御力をあげて貰ってるとはいえ(※魔法士がかけてくれる)痛いものは痛い。

「それでも怯まない相手選手も凄い」
「精神力がお強いのですね。かっこいいです」
「え、うん」

ベルが相手選手を「かっこいい」と褒めて動揺したドニ。
頑張れドニ‪、ベルは鈍子だからほんと頑張れ‪(  ˙-˙  )スンッ‬

「相手も強いけどロイズの勝ちだな」
「もう確信しているのですか?」
「最初に怪我をした利き腕とその後に怪我をした足のダメージが大きい。無意識なのか分からないけど庇ってるから動きが一瞬遅れてる。その隙を逃すほどロイズは弱くない。まず相手の利き腕と足から潰したロイズの作戦勝ちだ」

試合は続いているけどロイズの勝ちを確信してる。
精神力の強い獣人族だから立ち向かって行ってるけど、強者相手には一瞬でも躊躇したらその隙を狙われる。

両腕、両肩、両足。
命中率が高いだけあって隙をつき的確に潰していく。
敵に回られたら怖い相手だ。

『そこまで!』

試合時間数十分。
あらゆる所に矢の刺さった獣人族はそれでも白旗をあげず、審判数人の判断で試合を止められてロイズの勝利が決定した。

「まだ戦えると訴えてるのでしょうか」
「多分な」

観客の歓声で声は聞こえないけど、試合を止められた獣人族が審判に詰め寄っているのを見てエドと話す。
向こうにも負けられない理由があったんだろう。

様子を見ているとロイズが跪いて相手にこうべを垂れる。
戦った相手に敬意を表すその仕草で我に返ったのか、獣人側も跪いてこうべを垂れてアリーナを降りた。

「いい試合だった」
「本当に」

駆け寄った白魔術師たちに回復ヒールをかけて貰う二人に送られる拍手と歓声は今までで一番大きい。
最後まで白旗をあげなかった獣人選手も最後まで相手の戦意に応えて手を抜かなかったロイズもかっこ良かった。

「ただいま」
「お帰り!初戦突破おめでとう!」
「やったな!」
「「おめでとうございます」」
「ありがとう」

次の試合が始まったあと戻って来たロイズをみんなで祝いながら迎える。

「このいい流れのまま俺も行って来る」
「負けるなよ」
「最初から負ける気で行く奴がどこに居る」

ロイズの二戦あとがドニの試合。
ゆっくり祝ってる暇もなくドニはロイズと話しながら二本の剣を剣帯にさす。

「勝ってお戻りください。お気を付けて」
「うん。ありがとう」

ベルから声をかけられ微笑したドニは待っていた騎士と一緒に出て行った。

「ドニのあとはすぐにベルも試合か」
「エド以外は近い番号を引きましたので」
「ロイズに続いて五人で勝ち上がりたいな」
「予選で負けるようではワタクシたちをお誘いくださった主に顔向けできません。必ず勝ちます」

さすが獣人族。
必勝を口にするベルの頭に軽くキスをして撫でた。

「……厳つい。ドニの相手」

獣人族同士の試合が終わってドニの出番。
また煩いほどの歓声に出迎えられてアリーナに乗ったドニの相手は同じ人族の筋肉隆々マッチョ。

「ハンマー遣いのようですね」
「武器がハンマーの人は初めて見たかも」
「少なくとも王都冒険者には居ない。ハンマーはよほど力がないと振り回せないし、どうしても動きが鈍くなるから」
「一撃の威力は大きいですが外せばその隙に魔物からやられてしまいますからね。冒険者には不向きな武器です」
「なるほど」

ロイズとエドから説明されて納得。
外した場合はパーティの仲間のフォローが重要になるから魔物と命懸けの戦いをする冒険者にはたしかに不向き。

「それでも代表騎士相手にハンマーを遣うってことは自信があるんだろ。試合が楽しみ」

不利に思える武器で挑むんだから自信があるはず。
鍛えていることが分かる肉体でどうハンマーを扱うのか、一撃必殺の攻撃をドニがどう躱すのか。楽しみな試合だ。

『始め!』

両者とも物魔防御(物理防御+魔法防御)をかけられた状態で試合開始。

「様子見なしか」

開始と同時にドニも突っ込んで行って笑う。
一撃当てられれば一瞬で決着する可能性もあるのに一切怯まず突っ込んで行くんだから肝が据わってる。

「正解かも知れませんね。一撃は怖いですが振りかぶりが少ない方が威力も落ちますので」
「そっか。思いきり振りかぶる隙を与えないよう敢えて距離を空けずに居るのか」

思いきり振りかぶったのを振り下ろされるのとただ殴るのでは威力に差が出る。
ベルの予想を聞いて無謀に突っ込んでいるのではなくしっかり考えてるんだと納得した。

「いつか現れる勇者を護りたくて子供の頃から鍛えてきた男だからな。剣の扱いでドニに勝てる奴は王都ギルドに居ない」

Aランクのロイズはもちろんドニの剣の腕も一流。
エリート集団の第一騎士団の団長でさえもドニの剣の腕には一目置いているほどだ。

「決着のようですね。ワタクシも準備をします」
「最後まで観てやらないのか」
「得意武器を捨ててドニさまに敵うはずがありません」
「まあな」

すぐに試合があるベルは準備を始める。
ベルのいう通り得意武器のハンマーを置いてしまっては剣聖とまで呼ばれるドニには勝てない。

『そこまで!』

相手が格闘に変えて数分。
ドニに剣先を突きつけられた相手が降参して試合は終わった。

「ロイズもドニも実力はあったけどますます強くなったな」
「それは否が応でもなるだろ。毎日毎日英雄エローと賢者さまから鍛えられてたんだから。何度死ぬと思ったか」

いや、賢者どころか異世界最強魔王だけどな。
訓練の日々を思い出して苦い顔をするロイズを見てエドと苦笑いを浮かべた。

「疲れた」
「お疲れ。勝ち抜けおめでとう」
「ありがとう」

ロイズの時と同じく騎士と戻って来たドニを迎えてまず勝利を祝う。

「お飲み物をご用意しますね」
「自分でやるから大丈夫」
「もう準備は済んでおりますから」

ベルは冷蔵庫から出した飲み物を注いでドニに渡す。

「どうぞ」
「ありがとう。えっと……試合頑張れ」
「はい。ありがとうございます」

もどかしいぃぃぃぃぃぃぃいい!
勇者バカと鈍子ちゃんの遅い春がもどかしい。

「ベルティーユさま。お時間です」
「はい」

もっと何か言えよとギリギリしていると騎士から声をかけられたベルはスッとドニから離れて俺の前に跪く。

「我があるじに勝利を誓います」
「勝って無事に帰って来い」

いつものように頭に額を重ねて無事を願う。

「行って参ります」

額を離すとベルは組んでいた両手を離し立ち上がって部屋を出て行った。

「今のは願掛けだから心配するな」
「知ってるけど。いつも見てるし」
「一応言っておいた方が安心するかと思って」
「……なにも言ってないだろ」

赤くなるドニを見てロイズと笑う。
純粋か。

「主従関係を結んだ獣人の結婚ってどうなるんだ?」
「結婚って」
「別にドニの話じゃなくて一般的に」
「規約には書いてなかったけど。エドは知ってるか?」
「どうでしょう。主従契約を結んだ獣人が他の人と結婚した話は聞いたことがありません。獣人はこの方にお仕えしたいと思って主従関係を結んだ主に生涯お仕えしますので」

ロイズに訊かれて分からずエドに訊くと、主従関係を結んだ獣人が結婚した話を聞いたことがないらしくエドも首を傾げる。

「シンさまは我々を家族のように扱ってくださいますが、本来の主従関係とは主に身も心も捧げる契約です。恋愛や結婚などという話を聞いたことがないのも当然かと」
「ああ、そうか。自分の生涯を主に捧げるんだから主以外の人と結婚するって考えがないのか」

生涯仕える相手が既にいるから考えに至らない。
自分が望んで主従契約を結んだ主には命懸けで仕える獣人らしいとも言える。

「主と結婚するというのも有り得ないお話です。私とベルは恵まれた環境にあるのでお忘れかと思いますが、主従契約の中身は奴隷契約です。奴隷が主以外の者に身や心を捧げるなど罰を受けてもおかしくありません」

本来であればそうか。
奴隷として仕えてる獣人は悠長に恋愛や結婚など考えていられる状況じゃないっていうのが現状だろう。

「俺はエドやベルに結婚したいと思う相手ができたら喜んで送り出す。主に生涯を捧げないといけないっていうなら主従契約を相手に譲渡してもいいし。譲渡できるのかは知らないけど」

恋愛するも結婚するも二人の自由。
拐われる心配が減るよう結んだ主従契約が二人の幸せを妨げる理由になるならいつでも契約を解除する。

「だってよドニ。主が直々に許可してくれたぞ」
「ドニはまず恋心に気付いて貰うところからだけどな」
「はい。全く気付いておりませんので」
「……お前ら俺の反応を楽しんでるだろ」

楽しんでるのも事実だけど応援もしてる。
クッションで顔を隠して文句を言うドニを三人で笑った。

「それはさて置き試合が始まらないな」
「あれ?もう終わってたのか」
「うん。お遊戯会してたけど……何かあったのか?」
「次の試合はエルフ族と獣人族だったよな」
「たしか。その後がベルの試合」

エルフ族VSエルフ族のお遊戯会が終わっても次の試合が始まらないことに気付いてどうしたのかと放映で確認する。

「会場で問題があった様子はないな」
「はい。観客も次の試合を待っているようですので」

エルフ族同士の試合で重症者が出た訳でもないし、会場で問題があって試合を始められない訳でもなさそう。

「休憩を挟む話なんてしてなかったよな?」
「してない。最低でも全員の初戦は終わるよう時間制限を付けたくらいだからのんびり休憩を挟んだりしないだろ」
「だよな。予定より早く進んでるからとも思ったけど、それならそれで観客に休憩を挟むって言うだろうし」

まだかまだかと待ってる観客になにも知らせず休憩をとるとは考えられないから、次の試合の選手になにか問題があって中断しているのか。

「審判があがった」

観客席がザワザワし始めた頃にアリーナへあがったのはエルフ族の選手と審判。

『次に予定していたエルフ族のアルフィオ選手と獣人族のイニゴ選手の試合ですが、イニゴ選手が都合により棄権いたしましたのでアルフィオ選手の不戦勝となりました』

審判が告げたそれに会場は大ブーイング。
俺たちも話を聞いて「え?」と声を洩らしたけど。

「棄権って怪我でもしたのか?」
「他の人が試合中に訓練してて怪我したってこと?今朝までに分かってたら最初から棄権してただろうし」
「うん。発表まで時間がかかったってことは急遽だろ」

仮に怪我が棄権の原因なら酷い怪我をしたんだろう。
獣人族の選手がちょっとやそっとの怪我で棄権するとは思えないから。

「エルフ族同士の試合以外で初の二回戦進出者か」
「人族と獣人族には全敗してたもんな」

ドニとロイズの会話を聞きながら少しモヤモヤする。
不戦勝だろうと相手が棄権したんだから勝ちは勝ちだけど、獣人族が棄権してエルフ族が勝ち進んだことが引っかかる。

「ベルが出て来た」
「……嫌な空気だ」

棄権試合に続いての試合。
同じ王都代表でも人族のロイズやドニの時とは観客の反応が少し違う。

獣人族同士の試合の時に感じる空気と同じ。
王都代表騎士として出ているから人族の扱いになっているものの耳や尻尾を出しているベルは明らかに獣人族。
決して空気はいいものじゃない。

「乗り越えろ。ベル」

獣人族が差別の目で見られるのは分かっていたこと。
そんな人たちの考えを改めさせるためにベルは姿を隠さず独りであの場所に立っている。

『始め!』

観客の反応などお構いなしに始まった試合。
人族の代表騎士も同じサーベル遣いで互いに相手へ真っ直ぐ向かって行く。

「一瞬で決めたか」

最初の一撃で倒れたのは人族の代表騎士。
ベルのサーベルのグリップの先が心窩部しんかぶに入った。

「……強い」
『そこまで!』

ドニが呟いたのと同時に審判が手をあげ観客席からは大歓声があがる。
審判でさえ一瞬すぎて判断が遅れるくらい素早い決着を見せられては観客も種族など関係なく盛りがあるのも分かる。

「やるな。ベルの奴」
「双子の姉弟ではありますが、試合の相手としては当たりたくないのが本音です」

回復ヒールをかけられて起き上がった人族の代表騎士に跪きこうべを垂れるベルを見ながらエドと話して苦笑いを零した。
 
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