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第七章 武闘大会(中編)
領主の仕事
しおりを挟む帰る時も気付かれることなく第二闘技場を出てとある場所に向かう。
「いらっしゃいませ!」
「一つください」
「は、え?そのお声は」
俺が向かったのは選手村(的な敷地)にある出店。
声で気付いたらしく俺の顔を覗きこむ姿を見て口唇に指をあて「シー」っとジェスチャーする。
「ア、アデライド姉さま、ロックさま。え、英雄、い、いえ、シンさまがおいでになられて」
「焦りすぎだろ」
出店で売り子をしていたのは腹黒娘。
後ろで調理をしている二人に慌てて話すのを見て笑う。
「シンさま。もう予選は終わったのですか?」
「うん。こっちの様子が気になって見に来た」
「そうでしたか。お疲れさまでございました」
「「お疲れさまでございました」」
「ありがとう」
アデライド嬢と腹黒娘とロック卿が仕切るこの出店はクレープ屋で、西区に出す予定のカフェの試作メニューを売っている。
「開幕式の様子はスクリーンで拝見いたしましたが、光や水を使った美しいデモンストレーションで感動いたしました」
「スクリーン?放映されてたってこと?」
「ご存知なかったのですか?闘技場の入場チケットが手に入らなかった方でも楽しめるよう開幕式の様子は大会施設の至るところでスクリーン放映されておりました」
「へー。知らなかった」
「一般席のチケットは人気が高く中々手に入りませんので」
ということは今日一般席に居た観客は高い倍率の中で運良く手にすることが出来た人たちってことか。
「西区のみんなよく取れたな」
「チケットはシモン侯爵家でご用意いたしました」
「ああ、そうだったのか。ありがとう。みんな喜んでた」
「光栄です」
さすが侯爵家。
なかなか手に入らない倍率のチケットを用意できるとは。
「あ、ロック卿。今時点の売り上げを見せてくれるか?」
「他の三店舗へはまだ夕方の確認に行けていないのですが」
「分かってるぶんだけでいい」
「ではこちらを」
「ありがとう」
作るのと売るのはアデライド嬢と腹黒娘に一旦任せてロック卿から四店舗の売り上げを見せて貰う。
ちなみに四店舗の売り上げは全て西区の貴重な収入になる。
「うん。どの店も売り上げは好調だな」
「はい。全体的には」
全てこの世界にないメニューとあって売り上げは好調。
むしろ俺が予想していた以上に売れている。
今後西区に異世界カフェを出すからそのメニューを試食して貰う感覚で出店を決めたんだけど、これは嬉しい誤算だ。
「サラダのクレープはやっぱりハズレたか」
「エ、いえ、シンさまの仰る通りでした。この世界にない珍しい食べ物ということで行列が出来るほどだったのですが。大役をいただいたのに関わらず申し訳ございません」
サラダのクレープはロック卿が考えたメニュー。
甘いものに比べて売上が低いから元気がないんだろう。
「そんなに落ち込むな。俺が居た世界にも野菜を使ったクレープはあった。ただロック卿が考えたものはもうひと工夫が必要だったってだけで方向性は間違ってない」
「もうひと工夫ですか?」
甘いものが苦手な人でも食べられるクレープ。
苦手な層にもクレープを売ろうという発想はいい。
「甘いクレープは菓子。じゃあ野菜のクレープは何だろうな」
「……うーん」
腕を組んで唸るロック卿に少し笑う。
「他の店を回ってまた戻って来る。後は頼んだ」
「承知いたしました。お気を付けて」
「ありがとう」
売り上げの紙を再びロック卿に渡して客に対応しているアデライド嬢と腹黒娘には声をかけず他の出店に向かった。
「お待たせしましたー!」
「美味しいですよー!いかがですかー!」
歩いている途中で聞こえてきた子供たちの元気な声。
辺りにはよい香りが漂っていて腹が鳴りそうになる。
「お疲れさま。今日は観に来てくれてありがとう」
『シン兄ちゃん!』
出店に着いて声をかけると俺に気付いた孤児院の子供たちが元気よく飛びついてくる。
「みんな。シンさんのローブが汚れてしまいますから」
「大丈夫。それより売れ行きはいいみたいだな」
「はい。この時間になって少し落ち着きましたが食事時間には行列になっておりました。こちらが売り上げです」
「ありがとう」
司祭さまからも売り上げの紙を受け取って確認する。
教会と孤児院のみんながやっているのはホットドッグ。
手作りのパンと手作りのソーセージを使ったケチャップとマスタードのシンプルな物と少し辛めのエビチリ風ソース。
トッピングは刻み二オン(玉葱)やピクルス(もどき)など、数種類の中から客が好みで選べるようにしてある。
「ポイ捨ての注意はしてくれてるか?」
「はい。お渡しする際にご協力をお願いしております」
「そっか。出店が多く集まってるからゴミが出るのは仕方ないけど道にポイ捨てされると掃除の人が大変だから」
「手が空いた者で清掃にも巡回しておりますのでご安心を」
「ありがとう」
さすが聖職者。
客に伝えた上に清掃にも回ってくれてるとは。
ゴミ問題が他店と揉める原因にもなり兼ねないから有難い。
「ここはみんなに任せておけば大丈夫そうだな。しばらくは忙しさが続くだろうし、宿屋に戻った後はしっかり休んでくれ」
「はい。ありがとうございます」
出店で働いている西区の人たちの滞在先はデュラン侯爵が手配してくれた数回建ての大きな宿泊施設。
デュラン侯爵夫人曰く大浴場が二つあって食事も美味しいらしいから仕事が終わった後はみんなで寛げるだろう。
「もう行っちゃうの?」
「大会が終わったらまたみんなで訓練しよう」
「絶対だからね!」
「約束。司祭さまたちの手伝い頼んだぞ」
『うん!』
元気のいい子供たちの頭を撫でて忙しくしている大人たちにも「お疲れさま」と労いの声をかけて回り次の店に向かった。
「いい香り」
「英雄さま!」
「ここでは名前で」
「し、失礼いたしました」
三店舗目は出店ではなく店舗型のカレー屋。
ここはアルの両親が店主から仕入れまでしてくれている。
店舗型の方は出店より営業できる時間が短いこともあって既に閉店していてアルの両親や従業員が片付けをしていた。
「アル。手伝いご苦労さま」
足元にキュッと抱き着いてきたのはアル。
メイド服のような可愛い衣装を着ているアルを抱きあげる。
「申し訳ございません。お疲れのところを」
「平気。デモンストレーション以外は予選を見てただけだし」
「素晴らしい演技でした。店内でもスクリーン放映を流していたんですが、お客さまも食事の手を止めて観ていました」
「ここでも流してたのか。放映されてたこと自体さっきアデライド嬢から聞いて初めて知ったんだけど」
「デュラン侯爵さまが許可をとってくださいましたので」
そう話すのはアルの義母。
カレー屋を出店できたのはアルの義母のお蔭。
スパイスの種類が少ないこの世界でアルの義母が独自に開発してあの店で売っていたお蔭でカレーを作ることができた。
「シンさま。本日の売り上げです」
「ありがとう……え?」
アルの義父のパトリスさんから渡された一日の売り上げを集計した紙を確認して疑問符が浮かぶ。
「午後からの売れ行きが凄いことになってるな」
「はい。午前の営業は緩やかだったんですが、昨日と今日の午前にご来店いただいたお客さまが美味しい店があると広めてくださったらしく午後から客足が増えまして。夜は準備していたルーが完売してしまったので少し早目に閉店いたしました」
口コミパワーすげぇぇぇ!
カレーはこの世界の人の口にも合うらしい。
さすがカレー(※カレー信者)。
「明日は少し仕込みを増やしてみてもいいですか?」
「うん。この店のことは二人に任せてるんだから客入りを見ながらその都度自分たちで判断してくれればいい」
「ありがとうございます」
ロック卿が受け取っていたのは午前中の売り上げまでだったから分からなかったけど、この世界の人にもこんなに好まれるなら西区にカレー屋を作るのもありだ。
「ポーラさんには早目に特許をとって貰うか」
「特許?」
「こっちの世界で言う開発者権」
「わ、私が開発者権を!?」
「スパイス料理がこの世界の人に好まれるなら今後需要が増える可能性が高い。そうなるとポーラさんが試行錯誤した調合レシピを盗もうとする不届き者が出てくるかも知れない。それを防ぐためには開発者権をとった方がいい」
これは俺が師団長から言われたことでもある。
俺の場合は前に居た世界にあった料理を作ってるだけだから断ったけど、スパイスの種類が少ない世界で一から新しいスパイスを作り出したポーラさんは取るべきだ。
「ですが、私はただ趣味で始めただけで」
「きっかけなんて何でもいい。大切なことはポーラさんが考えて開発したって事実だ。推薦状は俺が書く」
「……シンさまが推薦状を?」
「うん。ポーラさんがスパイスを作ってくれたからこの世界でもカレーを作れたんだ。喜んで協力させて貰う」
開発者権には推薦人が必要。
俺はスパイスを買う時に必ずアルの両親の店で購入しているから開発品を利用している推薦人として役に立てる。
「そうしなよポーラ。ここまで言ってくださってるんだから。スパイスを使って美味しい料理が作れるとみんなに知って貰えればもうスパイスを変な物なんて言う人も居なくなる」
「あなた……分かりました。シンさま、お願いします」
パトリスさんからも言われてポーラさんが決意すると従業員から拍手がおこる。
「決まり。すぐに推薦状を書いて手配しよう。ただ、俺が西区にカレー屋を作った時にはポーラさんのスパイスとパトリスさんの野菜を使わせてほしい」
「もちろんです!」
「喜んで。是非、是非」
喜ぶ両親を見て嬉しそうに拍手をするアル。
開発者権をとればその収入も入ってくるからアル家族の生活も潤うだろう。
売り上げ金は大会期間中の受け取りを頼んであるシモン侯爵に渡してくれるよう話して、手伝ってくれている西区の従業員たちにも労いの声をかけて最後の店に顔を出す。
「こっちももう閉店か」
『英雄』
「ここでは名前で」
「そうでした。ご無礼を」
「いや。普段呼んでる呼び方を変えさせて申し訳ない」
「騒動を避けてのことと承知しておりますので」
アル家族のカレー屋と同じく既に閉店していた店舗型の店内に入るとシモン侯爵夫人が出迎えてくれた。
「午前の販売数は見せて貰った。午後はどうだった?」
「全品完売いたしました。この世界にはないお菓子であることと買い求め易いお値段の手頃さもあって、貴族から一般の方まで幅広く足を運んでくださいます」
話しながら店舗の奥に案内されて売り上げを纏めた紙を確認すると早い段階で売り切れたものもある。
「早い時間に売り切れた物は明日の営業では少し個数を増やした方が良さそうだ」
「はい。ですが、ショコラだけは材料の都合で」
「ショコラは仕方ない。食べてみたい人には申し訳ないけどそこは希少価値のあるお菓子として我慢して貰うしかないな」
カカオ豆(この世界ではカルオ豆)は数が少ない。
期間中の分は確保できたけど、今後の課題としてカカオ豆(もどき)を生産している所と契約を結ぶ必要がある。
「カルオ豆が甘くて美味しいお菓子になるとは存じ上げませんでしたので貴族の間でも話題になっているそうです」
「そのまま食べても苦いからな。もちろんそれが好きな人も居るだろうけど、まあ万人受けはしない」
この世界でカカオ(もどき)は炒ったり炙ったりして食べる物の認識だったらしく、俺が書いたカフェメニューレシピからシモン侯爵夫人が「是非これを商品に」と力強く訴えてきて今回の大会期間中に販売することが決まった。
「カルオ豆を使って作れる菓子の種類は多い。生産量と仕入れが安定したらカフェでも使いたいと思ってる」
「シモン領にあるカルオ栽培家と契約するのは如何でしょう。今回ご用意したカルオは全てその方々から仕入れた品です」
「それは願ってもない。すぐに話を進めてくれ」
「承知いたしました。赤字も多い職ですのでみなさま喜ばれることと思います」
使い方が分からなければ赤字になるのも仕方ない。
俺もカフェで作れるメニューが増えてシモン侯爵家や領地に暮らす人たちの生活も潤うのなら一石二鳥だ。
「今はまだ販売を始めたばかりだから新しい物への好奇心で買いに来る人も多い。期間中に売れ行きが落ちてくることもあるだろうから生産個数は状況をみて判断してくれ」
「かしこまりました」
シモン侯爵夫人に任せてあるこの店は他の三店舗と違って持ち帰りの商品。
ここの滞在中に食べてみて気に入れば土産として買って帰る人もいるだろう。
「あ、そうだ。頼んでたものを出して貰えるか?」
「承知いたしました」
「奥さま、私が」
「ありがとう」
持ち帰り商品の店だから売り子は三人。
三人ともシモン侯爵家の使用人で、侯爵夫人の代わりに取りに行ってくれた。
「こちらでお間違えないでしょうか」
「そうそう。ありがとう。助かった」
「何にお使いになるのですか?」
「クレープ」
「こちらを?」
「うん。多分必要になるだろうと思ってたんだ」
不思議そうに首を傾げるシモン侯爵夫人と使用人に笑い、他の店の売り上げはあとでシモン侯爵が滞在する宿に持って行かせることを話して店を出た。
「ただいま」
『お帰りなさいませ』
再び戻ったのはクレープ屋。
時間も時間だからさっきまで並んで待っていた客は居なくなっていた。
「ロック卿。野菜クレープにこれを足してみないか?」
「これはチーズと……ベーコンですか?」
「惜しい。これはハムって言うんだ」
「ハム。初めて聞きました」
「俺にはこの世界にハムがなかったことの方が意外だった」
俺が精肉店に頼んで用意していたのはロースハム。
騎士たちの朝食に使いたかったのにベーコンやウインナー(的なもの)はあってもハムはなかったから、まだこちらに来たばかりの頃に肉屋へ製法を教えて作って貰うようになった。
「ベーコンに似てますね」
「ハムとベーコンの違いをザックリ言うと、使用する肉の部位と最後に加熱するかどうか。ハムは加熱済みの食品だからこのままでも食べられるんだ。焼いても美味いけどな」
梱包してあるハムのブロックを開けて三人に一枚ずつ切って試食させる。
「美味しいですわ」
「私もベーコンよりこちらが好きです」
「うん。美味しいし食べ易い」
ピックで刺したハムを上品に口へ運んだ三人は、気に入ってくれたらしく顔を見合わせて感想を口にする。
「これなら野菜と一緒に巻いて軽食クレープとして出せる。野菜だけのクレープだとやっぱこの世界にはなかった生クリームを使った物に比べて特別感が足りなかったんだと思うんだ。ハムは俺が製法を教えて作って貰った物だから流通してない」
ロック卿が野菜クレープを提案した時に多分こうなるだろうと思って王都の精肉店に個数を揃えて貰った。
最初から言わずそのまま出させたのは客がどんなものを望んでいるかを自分で体験して知ってほしかったから。
「甘いクレープとは切り離して考えろというのはこういうことだったのですね」
「そういうこと。初めて食べた時に甘い菓子だったから食事になるクレープって発想が出て来なかったんだろ。野菜を使うってところまでは行ったんだから充分凄いけどな」
菓子=甘い物の世界で野菜を使う発想をしたのは凄い。
ただ、この世界にはない生クリームや普段はそんな食べ方をしない果物が入ったクレープに比べたら、誰でも手に入れられる野菜だけのクレープが見劣りしてしまったと言うだけ。
「全体的に見れば高価な菓子を安価で食べられる甘いクレープの方が売れ行きはいいだろうけど、食事時間に菓子は食べないだろ?その時が狙い目だ。サンドウィッチみたいな軽食として売り出せば甘い物を避ける時間帯でも足を止めて貰える」
「承知いたしました。早速試してみます」
「うん。頑張れ」
ハムはシモン侯爵夫人に言えば出してくれることや食材の管理と衛生面についての注意の他、野菜とハムとチーズの配分はロック卿に任せることを話して領主としての役目も終わった。
「じゃあ俺は宿舎に戻るから店は頼んだ」
「予選頑張ってください。本戦は観に行きますので」
「ありがとう。おやすみ」
『おやすみなさい』
これで今日の内にやろうと思っていたことは終わり。
明日から予選が始まるから今日の内に出来ることは済ませておきたかった。
夜になっていてもまだ賑やかな会場。
人族やエルフ族が出店や店舗を見て回っている。
人族に見える人の中には獣人族も居るだろうけど今日はエドとベルが居ないから実際のところは分からない。
「あれは……ロザリア?」
出店のエリアを抜けて宿泊施設のエリアを歩いていると、外套を着てフードをかぶっているロザリアを見かける。
話している相手は黒い外套を着てすっぽりフードをかぶっているから見えないけど護衛だろうか。
何かを話して建物に入って行く二人。
二人が入ったのは宿屋。
宿舎に泊まっているのにどうしてと少し不思議に思いつつ人のプライベートを詮索する趣味はないからまっすぐ通り過ぎた。
「ただいま」
「「シンさま!」」
宿舎に帰り四人がまだ訓練室に居ることを受付嬢から聞いて一度部屋に戻り訓練着に着替えて訓練室に行くと、俺に気付いたエドとベルが走ってくる。
「デモンストレーション素晴らしかったです!」
「感動いたしました!」
「ああ、ここでも放映されてたのか」
力一杯言いながら詰め寄る二人。
アデライド嬢が言っていたことを思い出して苦笑しつつ二人の頭を撫でる。
「「お疲れ」」
「ただいま。みんなも長時間の訓練お疲れ」
訓練の手を止めてタオルで汗を拭きながら歩いて来たロイズとドニにも挨拶を返す。
「凄い歓声だったな。放映で観てても煩いくらいだった」
「歓声は凄かったけど、あの演技がどれだけ規格外のことをしてるかを分かって観てた人がどのくらい居たのか疑問」
「普通は出来ませんからね。魔法をあのように綺麗に形作ることも、思い通りに動かしたりすることも」
「しかも賢者さましか使えない複合魔法で15分も演技をして魔力切れにならないのですから、さすがシンさま」
そう話して四人は笑う。
凄い凄くないは分からなくても俺としては楽しんで貰えたなら満足だ。
「開幕式や演技は何事もなく済んだものの予選の結果がな。少し厄介なことになるかも知れない」
「厄介なこと?」
「うん。エルフ族が予想以上に弱すぎた」
「弱すぎ?強すぎじゃなくて?」
「いや、弱すぎ。エミーも驚いてた」
俺も訓練をするためにローブを脱ぎながら今日の予選の結果やエルフ族の国王のことを説明する。
「聞いてたのと違う。エルフ族は強いって習ったのに」
「たった25年で弱くなるなんてあるのか?」
「あったから言ってる。勝ち残れたエルフ族の殆どは多分現役を退いた年配の人だと思う。つまり若い世代が驚くほど弱い」
エルフ族が本当に強かった世代の人たちと、自分たちは強いと勘違いしているだけの世代。
どんな人が勝ち残ったかまでは詳しく聞いていないけど、少なくとも俺が観た範囲では「お」と思う人は全盛期を過ぎてるだろう年齢のエルフばかりだった。
天地戦で前戦に立つのは若者が中心だろうに、あの弱さでは現役を退いて数十年のエルフの方が戦えると思う。
一般参加者だから普段はあまり戦いを経験してしない人が多く居たと考えても、勝ち残れた半分の選手の中にほぼエルフ族が居ないということは殆どのエルフ族が弱かったってことだ。
「俺たちが戦うのは代表騎士に選ばれた人たちだから気は抜けないけど、一般参加の方は酷いものだった」
「それでエルフの国王が何か言い出すんじゃないかって話か。国民のエルフの性格があれだし国王も厄介な可能性はある」
「大会も気になるけど、大会が終わったあと今まで散々人族や獣人族を見下してたことが仇にならないといいけどな」
ドニが懸念するそれは俺も少し考えた。
今までは自分たちが強いと思っていたから地上の神と言って人族や獣人を見下してきたけど、そのカースト制度が入れ替わった時にどうなるのか。
「ただ見下してるだけならまだしも、人族や獣人族の技術を盗んだり商売の邪魔をしたり、エルフ族は今まで調子に乗ってやり過ぎた感があるもんな。たしかに気になる」
「獣人族も理不尽な理由で集落を焼かれて家を失った者や奴隷商に拐われて家族を失った者も多いですから、エルフ族には特に恨みを持っている人が多いことは事実です」
今までしてきた悪事が巡り巡って自分たちの首を絞める。
そうならないといいけど。
「虐められっ子が虐めっ子に変わらないことを願いたい。憎しみは新たな憎しみを生むだけで、今は立場が変わってもまた巡り巡って自分に返ってくる。……ってそんな宗教的な話じゃなくクズのために自分もクズに成り下がったら勿体ないからな」
前世での行動がどうとか因果応報がどうとかそんな小難しい話じゃなくて、単純にクズに合わせるのは勿体ない。
酷い目にあった人が憎む気持ちも分からなくないけど。
「そういうことで明日の予選は何かしらの難癖がつくかも知れないことは頭に入れておいてくれ」
「「分かった」」
「「承知いたしました」」
考えすぎなだけで何もなければそれが一番。
エルフの国王には是非大人(精神年齢が)になって欲しい。
「シン殿。お戻りでしたか」
「うん。さっき」
「開幕式お疲れさまでした」
「ありがとう」
訓練をしているとドアが開いてルネが入って来る。
「初戦のお相手の情報が揃いましたのでお持ちしました」
「そんなこと調べてくれてたのか」
「付添人ですので。国のない獣人族の情報を得るのに手間取ってしまい申し訳ございません」
そう言って一人ずつ紙を渡すルネから受け取る。
「獣人族って国がないのか。何か事情があって獣人族の国王は不参加なのかと思ってた」
「獣人族は人族の領地に集落を構えて生活しております。集落に長はおりますが、獣人族の国というものはございません。強いて言うなら人族の国王陛下が我々にも国王ですね」
「へー。そうだったのか」
エドから聞いて納得。
開幕の儀の来賓席に獣人族の国王の姿がなかったから不思議に思ってたんだけど。
「エルフ族の領地に獣人族の集落はないのか?」
「昔はあったようですが火を放たれたりと迫害されて」
「ああ……さっき話してた理不尽なって言うのはそれか」
「はい」
昔の話とはいえ、そこまでしていたなら憎むのも分かる。
もし今のエルフ族が過去のことを反省してるなら『過去の話』と切り替えて考える獣人もいるだろうけど、いまだに見下されていては憎しみが消えないのも仕方ない。
「見事に自分で自分の首を絞めてるな。エルフ族は」
「栄光が永遠に続くものだと思っていたのでしょうね」
「なるほど」
それもそうか。
自分たちを地上の神だと信じているんだから、栄光は常にエルフ族にあるものと疑いもしなかったのかも知れない。
「過去の栄光で慢心した結果が今のエルフ族か。それに気付いてるエルフ族はどのくらい居るんだろうな」
井の中の蛙が大海に出てみたら弱者でした。
弱い弱いと馬鹿にしていた人族や獣人族が実は自分たちよりも強かったことに嘸かし驚いただろう。
「まあ今は考えても仕方ないな。予選に集中しないと」
「うん。相手が誰だろうと全力を尽くす」
「再開するか。ルネさん、情報ありがとうございました」
「お役に立てたのであれば幸いです」
ルネが調べてくれた情報にザッと目を通して訓練再開。
予選までに色々ありすぎて訓練もままならなかったけど、明日からついに俺たち代表騎士も試合が始まる。
「よし。やるか」
深呼吸して気持ちを入れ替えたあと深夜まで訓練を続けた。
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