ホスト異世界へ行く

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第六章 武闘大会(前編)

不謹慎

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「そういう訳で連絡した」
『参ったね。それは』

ドニやロイズには部屋でもう一眠りするよう話して戻らせ、魔王に頼んで水晶を使ってエミーにジャンヌの件を報告した。

『私がそちらに行くのは明日になる。これから公爵デューク家が王城に集まるんでね。賢者の私が護衛を断わることはできない』
「王城にってことはおっさんか王妃の親族か」
『そう。警護の都合で国王と一緒に会場へ行く予定なんだ。テオドールも手のあく状況ではないし、どうしたものか』

そう話すエミーも着替え中。
それだけで忙しいのが伝わってくる。

「今日は俺が監視するから大丈夫。ただ、明日来る時に代理が出来る人を連れて来てほしい。今日はエドが代理で予定を聞きに行ってるけど、付添人の役目までしてたら体がもたない」

今日の訓練は諦めるとしても、それが続くと困る。
付添人は朝早く集まって一日の予定を聞いて自分のところの代表騎士にそれを伝えるんだけど、エドは代表騎士だから夜まで訓練をして朝早く集まりに参加してでは体がもたない。

『それはもちろんテオドールに話して代理人を用意させる。到着は明日の夕方。それまではそちらで何とか対応してほしい』
「分かった。あともう一つ確認。万が一を考えてジャンヌはこのまま部屋に居させる予定だけど監禁罪にはならないよな?」
『そうか。実際に権限を行使するのは初めてだったね』

確認するとエミーは着替えの手を止めてクスと笑う。

『悪事を働く可能性がある者を監視目的で部屋に待機させることは監禁にはならない。権限を持つ者の命令を破って部屋から出ようものなら娘の方が罪に問われることになる。ただし飲食は忘れず運ぶんだよ?食べる食べないは娘の自由だけどね』
「了解」

念のための確認。
監視を監禁と言われて罪に問われたら堪らないから。
なにかあればすぐ報告をするよう話して通信を終えた。

「ありがとう。助かった」
「ああ」

お礼を言った俺に魔王は短く返してビー玉サイズの水晶を腕輪に戻す。

「碧髪の部屋へ行って監視するのか?」
「ううん。恩恵で。魔力を使い続けるのはキツいけど」
「それならいいが」
「ん?」
「恨みであらぬ罪を擦り付けられそうだと思ってな」
「信用してない女の部屋に一人で行くほど馬鹿じゃない」

今はベルがジャンヌの部屋の前(俺の部屋の斜め前)で待機しているけど、そのままずっと待機させておく訳にいかないから〝大天使の目〟で逃げないよう監視する。

「お前たちも来て早々に不運だな」
「これはさすがに予想外のハプニングすぎた」

全種族が集まっているから何かしらのハプニングがあるんじゃないかとは予想してたけど、まさか自国の付添人がハプニングを起こすとは思わなかった。

まじないっていうのは解けないのか?」
「解ける。かけた術者が解くか、かけた術者と同じ方法でそれ以上の才のある術者が上書きするか、目的を達成するか、かけられた者が死ぬか。簡単に解決できるのは最後の方法だ」
「それが一番ない方法だから」

かけた術者が解くのが一番平和的解決だけど、誰がかけたのかさえ分からないんだから一番難しい解決方法だ。
本当に咒をかけられてるのならの話だけど。

リーンと鳴った部屋の呼び鈴。
何回聴いても気が抜ける。

「お疲れ」
「事情を説明して予定はキャンセルしました」
「ありがとう」

開けたドアの前に居たのはエド。
もう既に付添人の朝の集まりは終わってしまってたから、宿舎の管理長のところまで行って事情を説明して来てくれた。

「ロイズとドニとベルにも報告してくれ」
「訓練はどうしますか?監視につく私どもは出来ませんが、ロイズさまとドニさまは一日予定が空いてしまいますので」
「そっか」

監視するエドとベルと俺はジャンヌの部屋の傍を離れる訳に行かないけど、ロイズとドニは暇になってしまう。

「どうするかは本人たちに決めさせよう。二人で個人訓練してもいいし施設を見て回ってもいいって伝えてくれ」
「承知いたしました」

本来ならみんなで訓練をしたいところだけど、身動きの取れない俺たちに二人を付き合わせる訳にはいかない。

「ドニとロイズに報告が済んだらベルにも声をかけて食事して来いよ。その間は俺が恩恵を使って監視しとくから」
「シンさまたちのお食事はどうなさいますか?」
「ここに運んで貰って食べる。ジャンヌにも持って行くし」
「かしこまりました。離れる際に声をおかけします」

今日の食事はもうルームサービス頼り。
エドとベルにはせめて食事くらいゆっくり食べて貰いたいから報告が済んだら食事に行くよう話してドアを閉めた。

「フラウエルもルームサービスでいいか?」
「ルームサービス?」
「部屋に食事を運んで貰うってこと」
「ああ。それで構わない」
「悪いな。また手伝って貰うことになって」
「子供賢者は俺を便利屋とでも勘違いしてるんじゃないか?」

部屋に戻って魔王と話して少し笑う。
俺も探知を使えばの気配は分かるけど、魂色が分かる魔王は室内に居ながら気配が分かるから、監視しておくようエミーから交換条件付きで頼まれた。

「滞在許可証に釣られた癖に」
「それがなくてはお前と行動できないと聞いては協力するしかないだろう。誰だ、そんな面倒な決まりを作った馬鹿は」
「大会に参加する代表騎士のために用意されてる施設なんだから仕方ないだろ?誰でも利用できる訳じゃない」

ただ代表騎士に会いに来るだけなら入場者名簿を書くだけでいいけど、施設内のものを利用するには滞在許可証が必要。
俺たちを手伝うのであれば許可をとってくれるとエミーから交換条件を出された魔王はそれに釣られて渋々引き受けた。

「理由は何であれ手を貸してくれて助かる。フラウエルの能力は俺たちより遥かに優れてるから居てくれると心強い」
「……そうか。お前がそういうならまあいい」

チョロ。チョロすぎるぞ魔王。
ぶっきらぼうに答えた魔王を見てちょっぴりキュンとした俺も大概チョロいけど。

ジャンヌの分も含めた四人分(魔王が二人分)のルームサービスを頼んだあと再び気の抜ける呼び鈴が鳴る。

「お言葉に甘えて食事へ行ってきます」
「うん。四人で食べに行くのか?」
「お二人もお食事がまだでしたので」
「悪かったな。時間が遅くなって」
「大丈夫」

今回ドアの前に居たのはエドとベルとドニとロイズ。
食事だけは一緒に摂るらしく宿舎内の食堂に行くという四人を見送った。

「恩恵〝大天使の目〟」

早速恩恵を使ってジャンヌが居る部屋の前を映す。
いまだに直接見ると複視なのに恩恵で見る光景は普通なんだから不思議だ。

「今からわざわざ恩恵を使わずとも俺が居る」
「え?」
「この階に見知らぬ者の気配がした時は俺が教える。常に見ておかずともその時に恩恵を使って確認すればいい」
「たしかに」

やだ、有能(オネエ)
部屋に戻ると魔王から言われてハッとする。
常に気配を感じとれる天然探知機のような魔王が居れば、ジャンヌの部屋に誰か来た時も仮に逃走しようとしても分かる。

「さすが異世界最強。元々持ってる能力も特殊」
「周りからすればお前も同じように思われてるだろうがな。魔王の俺でも聖と魔の両方は使えない」

……うん、特殊仲間だった。
魔族成分50%配合の俺も周りから見れば特殊。

「じゃあエドたち以外の気配があったら教えてくれ」
「ああ」

それから数十分ほど大会の話やアミュの話をしていると魔王がピタと会話を止める。

「人族の男女だ」
「大天使の目」

人の気配を感じとった魔王から聞いて恩恵を使い確認する。

「……あ、ルームサービス」
「食事か」
「うん。宿舎長と昨日フロアで見かけたスタッフだった」

恩恵を通して見えたのはカートを押す二人の男女。
宿舎長と昨晩の会食で見かけたスタッフだったから、頼んでおいた食事を運んで来てくれたんだとすぐに分かった。

気の抜ける呼び鈴が鳴る前にドアに向かうとリーンと鳴る。

「お食事をお持ちいたしました」
「ありがとうございます」
「こちらもお受け取りください」
「封筒?」

宿舎長から手渡されたのは封蝋の上にシーリングスタンプを押してある封筒。

「さきほど賢者エミーリアさまより伝達を受けまして、賢者フラウエルさまの滞在許可証を発行いたしました。こちらをお持ちいただければ全ての施設をご利用になれます」

フラウエル?
……エミー、お前もか。
最近みんなに「賢者って言っておけばいいか」的な流れができあがってる気がする。

英雄エロー?」
「ああ、すみません。フラウエル」
「なんだ」

名前を呼ぶと出入口に出てきた魔王。
上着も羽織らずそのまま上半身裸で出て来たものだから女性スタッフが頬を染めて顔を逸らす。
地上層の女性(エミー除く)は男の半裸で頬を染める清い子。

「これはまた。賢者さまも背がお高い」

ポカンとした表情で魔王を見あげる宿舎長。
俺ですら精霊族の中ではデカいのに魔王は魔力を抑えに抑えてもまだ俺よりデカいんだから驚くのも当然。

「これフラウエルの滞在許可証だって」
「もう貰えるのか」
「早速エミーが伝達してくれたらしい」
「そうか。あの子供賢者もたまには役に立つ」
「それエミーに言ったらまた剣で語り合うことになるぞ?」
「願ってもないことだ。前回は止められたんでな」

早速封を切って確認する魔王に宿舎長はまだ唖然。
今の唖然は俺たちの会話にだろうけど。

「これがあれば夕凪真と一緒に行動出来るんだな?」
「はい。英雄エローの診察と治療のために滞在することになったと伺っております。外の施設へお出かけになった際もこちらを受付にお見せくださればすぐにお通しできますので」
「分かった」

精霊族の敵なんだけど……。
まあこれだけ地上層に害のない奴(※勇者が覚醒するまで限定)が魔王だとは誰も思わないだろう。

「空いたお皿は後ほどスタッフが回収に参りますので表に出しておいてください」
「分かりました。お手数をおかけします」

丁寧に頭を下げる二人に頭を下げて返した。

「先にジャンヌに届ける」
「一緒に行こう。上を着るから待て」
「うん。ありがとう」

四人前の内の一人前はジャンヌの食事。
先にエドが事情を説明しに行ってくれたから片方のカートには一人分の食事が分けて用意されていた。

「ジャンヌ。入るぞ」

ノックをしてから俺の部屋の斜め前(遠い斜め前だけど)の部屋をカードキーで開けて声をかけながら室内に入る。

英雄エロー
「腹が減ってるだろ。食事を持って来た」

ポツンとソファに座っていたジャンヌ。
カートを押して部屋に入った俺を見あげる。

「退屈だろうけど明日の夕方まで我慢してくれ。部屋の中でなら自由にしてていいから。退屈しのぎに本でも要るか?」
「いえ、英雄エロー

カートの上からテーブルの上に皿を移動させながら話しかけるとそれだけ返事が返ってくる。
暴れるような様子はないからもう自由にしていいと言ってしまいそうだけど、いざ自由にしたら昨晩のように豹変するかも知れないから言わない。

「賢者さまもご一緒ですか」
「ああ、うん。俺の治療のために滞在許可を貰ったから」
「そうですか」

今回は英雄エローの部屋にって言わないらしい。
いや、付添人を解任されて部屋に籠らされてるんだからさすがにもう言わないか。

「皿は後で回収に来る。体調を崩さないよう食べろよ?」

それにジャンヌは返事をしなかったけど、それ以上は何も言わず部屋を出て鍵を閉めた。

「はぁ……罪悪感」

自分の部屋に戻って溜息をつく。

「あの碧髪がおとなしくなったからか」
「うん。自分が言ったんだけどやっぱ罪悪感がある」
「甘いな、お前は。罪人ですら改心したフリくらいする」
「そうだけどジャンヌは罪人じゃないし。周りに迷惑をかけるかも知れないから部屋からは出してやれないけど」

罪人じゃないから閉じ込めてることに罪悪感がある。
でも、リーダーとして来てるのに自国の人が何か問題を起こす可能性があるのを見て見ぬふりは出来ない。
可哀想だからと自由にさせてもし何か問題を起こされたら俺だけの責任じゃ済まないから。

「不自由なのはたった一日だろ。何十日も何ヶ月も監視しておく訳でもあるまいし。もし咒をかけられていて問題を起こしてみろ。場合によっては監視どころか首が飛ぶ」
「まあたしかに。ジャンヌにとっても本意じゃないことを強いられてるなら部屋に居た方が問題を起こさずに済むか」

仮に操られてるならジャンヌの意思じゃないだろうし、それで罪に問われる方が可哀想なのは間違いない。

「俺たちも食事にしよう。何かあれば気配で分かる」
「うん」

気配の察知は魔王に任せて二人で食事をする。
相変わらずテーブルマナーは美しく二人前をペロリと食べきった魔王は、それだけでは足りなかったらしく部屋に置いてある果物までもしゃもしゃ食べてたけど。

食べ終えた皿を載せたカートを廊下に出しているとエドとベルがちょうど戻ってきた。

「シンさま。ただいま戻りました」
「お帰り。ロイズとドニは?」
「そのまま訓練に」
「やっぱ観光より訓練か」
「明後日には開会日ですからね」

ロイズとドニは訓練に行ったらしくエドと苦笑する。
本来なら俺たちも体慣らしのために訓練したいんだけど。

「食事を終えたので交代します」
「いや。エドとベルは今の内に休んでくれ。結局あのあと眠れなかったし。俺たちが休む時に交代して貰うから」
「分かりました。ではお言葉に甘えてこのままお部屋で休ませていただきます。何かございましたらお声をおかけください」
「ゆっくり休んでくれ」

俺と魔王は部屋に居ながら監視できるけど、エドとベルはジャンヌの部屋の前で待機するから負担が大きい。
何時間も寝てない内に早朝から騒ぎになって眠っていないままだったから、明日の夕方近くまで監視が続くことを考えて二人には今の内に休んで貰うことにした。

「獣人二人が戻ってきたようだな」
「戻ったけどこのまま休んで貰うことにした。あの二人も昨晩は夜会に駆り出されて大して寝てないから」

まさか予定外に早朝から起きるはめになるとは誰も予想していたはずもなく、昨晩の夜会は初日だということと翌日の集合が遅いこともあって四人とも長時間参加していた。
何時に部屋に戻ったのか知らないけどもしかしたら二人は俺より寝ていない可能性もある。

「明日の夕方までと考えるとまだ先は長いからな。交換で監視する必要を考えればそれでいいんじゃないか」
「フラウエルも眠くなったら寝ていいぞ。その時は俺が恩恵で部屋前の監視をするから」
「俺はお前が寝る時に合わせる」
「ありがとう。でも無理はしなくて良いからな」
「ああ」

監視をするということは俺たちも部屋に籠ることになる。
そう考えると眠気との戦いにもなりそうだ。
もう明後日には開会日なんだけど……仕方ない。


昼の間は魔王と俺が。
夕方から夜まではエドとベルが監視をしていて二人には少し遅めの食事に行って貰ったあと、ソファに座り飲み物を飲んでいた魔王の手が止まる。

「お前に来客のようだ」
「ん?」

来客?と思った途端に呼び鈴が鳴る。

「誰だ?こんな時間に」
「お前の昨晩の伽の相手だ」
「ロザリア?」

今夜も俺たち以外の代表騎士は夜会なのに。
そう不思議に思いつつ出入口に行ってドアを開ける。

「ロザリア。どうした?」

魔王が言っていた通りドアの前に居たのはロザリア。
昨日とは形の違う赤いドレスを着ていた。

「ごめんね、部屋まで訪ねてきて。食事会にも夜会にも王都代表のみんなが来てないからどうしたのかなって」
「ああ、心配して来てくれたのか」

昨日あれだけ注目を浴びていたくらいだから全員居ないとあればさすがに気付くか。

「事情があって今日は部屋で食べた。夜会も行かない」
「体調が悪いんではなさそうだね」
「それはない。ついさっきエドとベルは食事に行った」
「じゃあみんな食事はしてるんだね。もし食べてないなら運んできてあげようと思ったんだけど」
「部屋に運んで貰って食べたから大丈夫。ありがとう」

ロイズとドニは宿舎の外へ食べに行ったし、時間的にエドとベルも恐らく宿舎の外へ食事に行っている。

「それより夜会を抜けて来たのか」
「気になったから。でも大丈夫みたいだから戻る」
「わざわざありがとう。呑みすぎるなよ」
「うん。じゃあね。おやすみなさい」
「おやすみ」

身をかがめ額に軽くキスをした俺にロザリアはフフっと笑うと今日も元気に高いヒールで走って行った。

「あの手の娘が好みなのか」
「好み?俺の好みはケモ耳だ」

部屋に戻ると魔王からそう訊かれて正直に答える。
俺がパンセクシャルでケモ耳好きなことは異世界に来ても変わっていない。

「ケモ耳?」
「ケモノ耳」
「獣人なんだから合ってるじゃないか」
「ああ、そっか。でも耳と尻尾を出してる姿は見てない」

エドが気付いたから獣人なことは間違いないけど、ロザリアが耳や尻尾を出している姿はまだ見たことがない。

「って言うか昨晩はどこからどこまで見てたんだ」
「心配するな。伽の最中は見ていない」
「ふーん。そこだけは一応気を遣ってくれたのか」

俺がどんな状況だろうとお構いなく見てそうなのに。
いや、ずっと覗いてるほど暇じゃないだろうけど。

「気を遣うというよりつまらないだろ。人のを見ても」
「まあそうか。自分の欲求が満たされる訳じゃないし」

たしかにそうだ。
そういう性癖がある人は別として、人の濡れ場を眺めたところで自分がスッキリする訳じゃない。
自分もその場に居て参加できるならアリだけど。

「フラウエルの好みは?」
「俺の?」
「「………」」
「そんな悩む?」

無言で悩む魔王に笑う。
そんな必死に考えなくても。

「俺が自分で選んだ者はお前だけだ」
「え、うん」
「そうなるとお前のような特徴の者が好みってことか」
「……納得行かないような顔すんな」

この野郎。
人の顔を見て『なんか違う』みたいな顔しやがって。

「お前は面白いし魂色も美しいし惹かれる香りがする。今まで出会った者の中でも面白い奴だと思った者はいたが自分の半身にしたいとまでは思わなかった。それを考えると恐らく俺は見た目の特徴どうこうではなくお前自体が好みなんだろう」

素か。
素でそれを言ってるのか。
随分な殺し文句だ。

「俺たちって変な関係だな。魂の契約って重い物で繋がってる割に伽の相手が居るし、お互いそれを変に思わない」
「珍しい話ではないだろう?人族もくらいの高い者は第何夫人と娶って生活をしているのだから」
「ああ、そっか。この世界は一夫多妻制なんだっけ。俺が居た国は一夫一婦制だったから」

言われて思い出したけど、この異世界は一夫多妻制。
地球でも戦争が多い国(時代)は戦で命を落とす男も多いから一夫多妻制も珍しくなかったと聞いたことがあるけど、この異世界で一夫多妻制になっている理由も恐らくそれだろう。

ただし、それだけの相手を養える男限定。
召喚されてきてからすぐ、国王のおっさんにも第三夫人まで居る(王城に居るのは第一王妃)と聞いて驚いたのを忘れていた。

「あれ?でも魔族は人族の一夫多妻制とはまた違うよな。魂の契約を結べるのは一人だけなんだろ?」
「ああ。相手が死ねば契約が解かれてまた新たに結べるが、一度に契約できるのは一人だけだ」

そこは一夫一婦と同じ……ではないか。
書類上でいえば紙一枚で結婚も離婚もできる人族とは違って、一度契約を結んでしまえばどちらかが死ぬまで別れられない(解除できない)魔族の婚姻関係の方がヘビー級に重い。

「一人一人と結婚という儀式を行う人族のそれと違うことは間違いない。魔族の場合だと伽の相手と半身は全くの別物だ。魔王の俺だけが特別な訳ではなく魔族みんながそういうものだと思っているから疑問はない」

世界や種族が違えば考えも違う。
自分が生きている場所の常識が自分の常識になるだけ。

「ただこれだけは言っておく。俺は好きで伽をしている訳ではない。面倒ごとにならないようしているだけで」
「面倒ごと?」
「お前も俺の城で体験しただろう?魔族は自分が相手をして貰えないと嫉妬する。だから伽の相手は要らないと言っているんだが立場や役割があってそうもいかない」

う ん 、魔 族 面 倒 臭 え な 。
やりたくない時でもやらないといけない魔王も大変だ。
そんなことは知らなかったからハーレムで羨ましいと思ってたけど俺には無理。

そんな魔族(魔王)の内情を聞いていて笑い声が洩れる。

「なんだ突然」
「監視してる時に話す内容じゃないと思って。不謹慎」

今の状況の自分がクズだと気付いて笑ってしまった。
人に命令して部屋に待機させているのにこんな話をしている。
不謹慎厨が居たら大喜びで叩かれそうだ。

「監視しながら何を話していようが何をしていようが関係ないだろう。何もしていない者を閉じ込めているなら分かるが、監視せざるを得ない状況を作ったのはあの碧髪の方だ。なぜこちらが合わせなくてはいけない?俺はお前が落ち着いたようで安心している。気味が悪いくらいしおらしくなっていたからな」
「気味悪いとか言うな」

気味悪いは失礼だけど、情緒不安定だったのは事実。
召喚されてくる前の世界に居た頃から俺が引き篭もりたいと思う時は精神的にヤバい時。
俺を拾ったオーナーは誰よりもそれを知っていて、普段は店の休み以外で休暇を欲しがると煩いのにそうなった時にだけはすぐ休みをとらせてくれた。

「ありがとう」
「なにがだ」
「本当は落ち込んでた俺が面白くて来たんじゃなくて話し相手になるために来てくれたんだろ?」

俺がしおらしいのが珍しいとか言いながら転移して来たけど心配して来てくれたんだと思う。
手伝ってくれてるのも本当は滞在許可に釣られたんじゃなくて俺が心配だったからなんだと思う。

「……不器用な奴。でも、ありがとう」

そう思ってまた笑い声が洩れる。
普段は自分が大切に扱われる側だけに人を大切にすることには慣れてないんだろう。

「言葉での礼で終わりか」
「伽は好きでやってる訳じゃないって言ってただろ」
「半身と伽の相手を一緒にするな。別物だと言っただろう」

ソファに押し倒されて上から見下ろされる。
魔王城あの時以降は四六時中一緒に居たデュラン領でも何もして来なかったのに(断ったらすぐ引いてた)、表情と勢い的に今日は引く気がなさそうだ。

「なあ。フラウエルにとって半身ってなんだ?魔力を使って子供を作る相手ってだけじゃないのか?」
「そのためだけなら疾うに作っている。半身は生涯の伴侶だ。だから天地戦で勝利するまで作らないことにした。もし俺が負けても子が居なければお前はやり直せるだろう?」

山羊さんに「もし負けたら一人で育てることになるから」と話していたことは覚えてるけど、俺がやり直せるからとまで考えでいたのかと少し意外だった。

「……負けるのか」
「負けて欲しいのか?」
「それはない。ただ……」
「勇者にも負けて欲しくない」
「……うん」

無理だと分かっていてもどちらにも負けて欲しくない。
明後日の大会と違って天地戦での敗北=死だから。
ヒカルたちは同胞としても友人としても大切な存在だし、魔王はもう俺にとってもだから。

「もちろん負けるつもりは一切ないが、仮に負けても心残りがないよう生きている。今の俺にとってお前の存在が何よりの楽しみだ。狙っているかのように様々な災難にあってるからな」
「人の不幸を楽しむな」

お前は俺で遊んでる暇を持て余した神々の仲間か。
楽しんでる割にちょくちょく助けてくれてるけど。

「まあいいや」

魔王にとっての半身がどんな存在かは分かった。
魂の契約の話を聞いた時にエミーが「子供を作る相手に俺を選んだってこと」と言っていたから魔王の目的はそれ子作りなんだと思ってたけど、意外にも俺の将来のことまで考えてくれていた。

そこまで考えてるならたまには付き合ってやりますか。
なんて偉そうな言い方をしたけど、俺にとって魔王がもう強く断れない存在になっているだけ。

「……初めてだな。お前からするのは」
「フラウエルからした時も治療と魔力譲渡だけど」
「言われてみればそうか」
 
俺からキスをするのは初めて。
でも魔王からした時を思い出しても斬られた傷の治療と魔力譲渡だから、多分それ以外の意味のあるキスは今のが初めてだったと思う。

「俺からもしておいた」

軽いキスをされたあとそう言われて笑い声が洩れる。
見合い結婚をした相手との緊張の初夜か。
いや、お互い全く緊張はしてないけど。

「同意したと受けとっていいんだな?」
「うん」

嗚呼、毒されてる。
不謹慎の極み。

でもそういう時ほど燃えるのはよくある話。

 
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