ホスト異世界へ行く

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第六章 武闘大会(前編)

咒(まじない)

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──────~♪

瞼をあげると月明かりに照らされた部屋。
生まれたままの姿でベッドに座って月の見える窓に向かい歌っているロザリア。

「やっぱいい声してる」

歌声が途切れてロザリアがフゥと息をついたタイミングで声をかけた。

「おはよう、英雄エロー
「おはよう。の時間ではなさそうだけど」

ふふっと笑ったロザリアは身を屈めると柔らかい口唇を俺の頬に重ねる。

「悪い。いつの間にか寝てた」
「私もさっき目が覚めたの」

放置して寝てしまったことを謝るとロザリアも寝ていたらしく少し安心した。

「ねえ、英雄エロー
「シンだろ?」
「シン。もう部屋に戻らないと」

上に乗せて互いに戯れているとロザリアはクスクス笑いながらもそう口にする。

「みんなと同じ部屋なのか?」
「ううん。一人」
「それなのに?」
「散歩に行くとしか言ってないから」
「ああ。それもそうか」

たしかに途中で抜けて散歩に行ったまま戻らなければ仲間が心配するだろう。

「戻りたくないなぁ」
「自分が言ったんだろ」

体を起こそうとした俺の胸に顔を伏せるロザリア。
抱き着いてそんな風に甘えられると戻らせたくなくなる。
堪えろ俺、大人だろ。
いや、ロザリアもこの世界では大人なんだけど。

「部屋まで送ってく」

頭を撫でるとロザリアは顔をあげ、俺をジッと見るその顔に両手を添えてキスを繰り返すとふにゃっと笑う。
くっ……可愛い(心とシモの葛藤)

「風呂はどうする?」
「戻って入る」
「分かった。顔だけ洗ってくる」
「うん」

名残惜しく思いつつも体を起こして、下着をつけるロザリアの隣で俺も服を着て寝起きの顔だけ洗いに行った。

「何階だ?」
「二棟の五階」
「二棟?」
「うん。私は隣の二棟に部屋がある」
「ここだけじゃないのか」
「二階で繋がってるの」
「へー」

目立つと煩わしいから服の上からローブを羽織って部屋を出てカードキーで鍵をかける。

「もうみんな部屋に帰ってるかな」
「さあ。夜会は何時までって決められてないから」

代表騎士に子供は居ない。
大人が集まって親睦を深めてるんだから何をしようと何時に部屋へ戻ろうと個人の自由だ。

術式に入って一階へ。
夜会をやってるからかロビーがある一階にもスタッフや代表騎士の姿が多く見られる。
これから鍵を受け取って部屋に戻る人も居るんだろう。

「ロザリア!」

ロザリアが受付でカードキーを受け取っているのを少し離れて見ていると、後から来た男女五人が声をかける。

「今まで散歩に行ってたの?」
「三階の庭園を見てきた。色んなお花があって凄かったよ」
「戻らないから先に部屋に帰ったのかと思ってた」
「これから戻るところだったの」

親しさから見るにロザリアの集落の代表騎士か。

「一人で散歩してたのか?」
「……うん、一人。庭園で少し寝ちゃった」

ちらと俺の方を見たロザリア。
すぐに仲間の方を見るとそう答える。

「危ないなぁ」
「ロザリアは抜けてるんだから気を付けないと」
「はーい。早くみんなも部屋に帰って休も!」

気を遣われたか。
秘密にしなくても良かったのに。
キーを受け取った仲間の背中を押しながら少し振り返るとウインクしてきたロザリアに少し笑い、小さく手を振って「またな」と口を動かした。

「あれ?ドニ、ベル」
「シンさま」

部屋に戻ろうとしていると三階専用の術式からドニとベルが二人で出て来た。

「ロイズとエドは?」
「まだ捕まってんじゃないか?」
「捕まってる?」
「女に囲まれてる」

ドニからそう聞いて笑う。
ロイズは見た目王子さま系だしエドも整った顔をしているから二人がモテるのも分かる。

「で?ドニはベルと三階の庭園に行ってたのか」
「うん。囲まれて疲れたから休憩がてら」
「明日も夜は夜会があるそうです」
「え。またか」

今日だけでもううんざりしてるのに。
二人も同じ気持ちらしくドヨンとしていた。

「じゃあ俺は部屋に戻るから」
ワタクシも戻ります」
「ん?うん。そっか。ドニからしっかり送って貰え」
「ドニさまに?送って貰わずとも戻れますが」
「いやそこは送って貰えよ」

不思議そうな表情のベルの肩を叩く。
もう少しドニの気持ちを察してあげような?

「俺の大事なベルを泣かせたらぶん殴るから」
「なっ!」

ドニの耳元に顔を寄せてそう囁く。
オマケでチュッと頬にキスをすると赤い顔で頬を拭うドニに笑って、二人に「おやすみ」と伝えて先に最上階へ戻った。


「ふぅ」

部屋に戻ってすぐ風呂に入り無駄に広い浴槽に浸かる。
半端な時間に寝て起きてたからまだ眠れそうもない。

「だる……」

風呂に浸かって独りごちる。
さっきまではロザリアが居たから忘れてたけど、独りになったらジャンヌのことを思い出してまだ憂鬱になる。

「はぁ……」

ジャンヌが言ってることも分からない訳じゃない。
今は俺が英雄エローの称号を継いだんだから、俺の言動が英雄エローの称号の善し悪しを左右するっていうのはごもっとも。

ただ、上っ面の英雄エローなら演じられても完璧にはなれない。
ジャンヌは地上に一人しか居ない英雄エローの価値を高めるために易々と近付けない孤高の存在にしたいようだけど、俺は孤高の人なんて御免でみんなと普通に話したいから全く正反対の英雄エロー像を押し付けられている。

『溜息ばかりだな』

モヤモヤして顔を洗うと声が聞こえて顔をあげる。

「まだ起きてたのか」
『寝る前に覗いたら溜息ばかりじゃないか』
「まあ色々とありまして。って言うか如何にも致したあとだと分かる姿のままで人の様子を覗くな」
『お前も人のことは言えないだろ』
「はい、言えません」

知ってたのか。
シーツで下は隠れてるものの裸体で気怠そうにベッドで横になっている魔王はハッキリ答えた俺に苦笑する。

『伽の相手と何かあったのか?』
「いや。その子は部屋に戻っただけで何も」
『じゃああの気の強い碧髪の方か』
「そこは見てたのか」
『面白かったんでな』
「殴らせろ」

どこからどこまで見ていたのか知らないけど、俺は苛々していたのに面白がってたのかと呆れた。

『どうだ。周りが望む姿でいるのは』
「国王のおっさんやフラウエルの大変さが少しだけ分かった気がする。俺なんかより大変だろうに二人とも凄い。俺は無理」

国王として。
魔王として。
二人は多くの民からを強く望まれている。

「珍しいな。お前がしおらしいのは」
「スルっと来るな」

シーツを腰に巻いただけの姿で目の前に現れた魔王。
今まで水晶での通信で話していたのに魔祖を使いサラっと転移して来て、呆れる俺を見下ろしながら口元を笑みで歪ませる。

「角を隠せ。角を」
「魔力は抑えてあるから案ずるな」
「それは知ってる。抑えてなかったら警報が鳴ってる」

シーツを手摺りにかけて勝手に風呂に浸かる魔王。
当然のように入りやがって。

ぬるくないか?」
「半身浴してんだよ。眠れるように」
「俺が寝かせてやろう」
「結構です」

ぬるいのも当然。
事後だから風呂に入ったのはもちろんだけど、深夜なのにシャワーで済ませず浴槽に湯を溜めたのは半身浴が目的。

「今回はいつもの男や子供賢者は来ないのか」
「後で来る。でも今回は二人とも警護で忙しいから」
「それであの碧髪が来たのか」
「うん。付添人っていって各地の代表騎士にも一人付いてる」

今思えば付添人が新人なのも分かる。
騎士団も魔導師団も師団も王家や勇者の警護で手一杯だから、その日の予定を伝えたり手続きをするのが主な役目の付添人は新人に任せたんだろう。

「水晶で子供賢者に伝えてやろうか」
「いや、いい。今頃王都は王都で慌ただしいだろうし」

勇者は期間中のどこで来るのか聞かされてないけど、王家は開会式に参加するから遅くても明後日には来るはず。
王家の移動となるとそれこそおおごと。
王城に仕える人たちはバタバタしてることだろう。

「今日は限界でキレたけど冷静になってから明日もう一度話してみる。それでも駄目なら師団長たちが来た時に相談する」

付添人の仕事は朝と夜に行われる会議で決まったことや一日の予定の伝達や訓練所の予約などで、俺が話す相手の可否を勝手に決めたりするのは明らかに付添人の仕事範囲を超えている。
そこを直して付添人の仕事だけをこなしてくれるのならわざわざ代えてもらう必要もないんだけど。

「あの碧髪はお前を私物のように思っていそうだ」
「私物?」
「お前を私物のように思っているから自分の考えに反することをされると気に入らないんじゃないか?歪んだ愛情だな」

手慰みに角を触る俺に魔王はそう話して苦笑する。
仮にそれが事実なら代えてもらうしかない。
あくまで付添人は代表騎士全員を補佐するのが仕事であって、誰か一人を特別視する付添人では困るから。

「部屋ではしっかり鍵をかけておけ」
「怖いこと言うな。言われなくても閉めてあるけど」

そんな話の最中に部屋の呼び鈴が鳴って驚く。
……こんな時間に誰だ?

「出るのは辞めておけ。この気配は碧髪だ」
「俺が部屋に戻ってるかを確認に来たのか」
「そこまでは知らない。心までは読めない」
「知ってる」

もしかしてそうかなと思っただけ。
心まで読めたらスーパーチートを超えてむしろ神。

「この時間だ。出ずとも寝ていたで済むだろう」
「そうする。今日はもう顔を合わせたくないから」

顔を合わせてまた何か言われたらますます嫌になるから一夜寝て冷静になってから話すつもりだ。

「ベッドに行こう」
「添い寝は必要ない」
「お前になくても俺には必要だ」
「俺様か」

風呂から出ると再び呼び鈴の音。
まだ居たのかと思いながら体を拭く。
部屋に居るか居ないかをただ知りたいだけならカードキーを管理してる受付に聞けば分かることなんだけど。

「水飲むか?」
「あるのなら」
「ある。冷蔵庫に入れてくれてるから」

バスローブを着て部屋に戻り冷蔵庫からミネラルウォーターの瓶を出してきて、ベッドに座っている魔王のところへ行く。

「なかなか粘るな」
「なにが?」
「まだ扉の前で気配がしている」
「は?」

魔王の隣に座ってグラスに水を注いでいるとそう説明されて背筋がゾクッとした。

「居るか確認したいなら受付に聞けばいいのに」
「分かるのか」
「うん。失くすといけないから部屋を長時間離れる時にはカードキーを預けるよう言われてる。今は俺が持ってるから部屋に居るって受付に聞けばすぐ分かる」

聞けば分かることだから出るつもりはない。
ここで出てまたキレる事態になったら学ばない馬鹿だ。

「それなら好きなだけ居させるといい」
「いや。部屋に帰って寝てくれよ」
「俺に言われてもな」
「フラウエルも部屋に帰って寝ろよ」
「俺はお前の半身だからいい」
「半身だからって何でも許される訳じゃないからな?」

話し相手になってくれてることに安心感もあるけど。
一人になったらまた考えて憂鬱になりそうだから。

「俺が寝させてやるからゆっくり眠れ」
「いや、だから…………まあいいか」

うん、諦めた。
水だけ飲んでベッドに入ると魔王も隣に入って来る。

「明日からまた訓練をするんだろう?」
「うん。午後には訓練所を開放するらしいから」
「この建物内にあるのか?」
「ある。ただ宿舎の外にも数ヶ所あって一斉開放するって言ってたから場所は利用状況を見てみんなで話し合うつもり」

代表騎士のために用意されているのは宿舎だけじゃない。
宿舎はあくまでの一部で、この辺り一帯の施設は代表騎士のためのもの。

不本意ながら腕におさめられてウトウトする。
これも魂の繋がった半身同士だかららしいけど、魔王も俺に釣られるように既にウトウトし始めている。

「駄目だ。もう寝る。おやすみ」
「おやすみ」
「寝る前に角をしまえ。枕に刺さる。おやすみ」
「分かった。おやすみ」

魂が繋がっていると言葉で言われてもピンとこないけど、魔王と居るとそれを体感する時がある。
魔王の魔力が心地よかったり、傍に居るとこうして相手に釣られたり、繋がるというのはこういうことかと実感する。

そんな実感をしていたのも最初だけ。
魔王が来る前は寝つけそうにないと思ってたのにすぐに眠りについた。





リーン、リーンと聴こえた音。
まだ微睡みながら聴いていて何の音かを考え、部屋の呼び鈴の音だと気付いた。

「ん」

モゾモゾ動けば体に回る腕。
重い瞼をあげて魔王が居たことを思い出した。

手を伸ばして時間を確認すると6時。
まさか夕方まで寝てしまったのかと飛び起きベッドの隣のカーテンを開けると眩しい朝日で目がシパシパする。

「……誰だよ。11時って話したのに」

昨日は移動日だったしパレードや夜会もあった。
疲労や睡眠不足で体調を崩したり訓練に響かないよう今日はゆっくり眠って、明日は訓練所が解放される前の11時に集まろうと夜会の前にみんなで話し合って決めたのに。

再びリーン、リーンと気の抜ける音。
この世界での呼び鈴の音はピンポンじゃない。

「……あーもう分かったって!」

スルーしようとしたけどしつこく鳴らされ、もしかしたら俺たちの予定を知らない従業員が用があって来たのかもと思い魔王の腕を退けベッドから降りて出入口に行った。

「はい」
「おはようございます。英雄エロー

開けたドアの前に居たのはジャンヌ。
お前は11時って一緒に聞いてただろぉぉぉ!(心の叫び)

「まだ6時だけどどうした?何かあったのか?」
「朝食の時間が7時ですので」
「は?夜会の前に11時に集まるって話したよな」
「はい、英雄エロー。ですが朝食を抜いては体に良くありません。英雄エローに体調を崩されては困ります」
「いや、寝かせろ。睡眠不足の方が体調崩す」
「いいえ、英雄エロー。食事を抜くのはいけません」

はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああ!?
朝食を一度抜くより睡眠不足の方が明らかに悪いだろ!
なんの嫌がらせだ!

「あのな?自分の体調は自分で管理する」
「いいえ、英雄エロー。私の仕事です」
「ジャンヌの仕事は俺たちに一日の予定を伝えることと、予約や手続きをすることだ。それ以外のことは自分たちでやる」

眠りを妨げられた上に「いいえ、いいえ」と否定から入られ、冷静に冷静にと堪えて話していたのに段々と苛々してくる。
自分たちで体調を考えて話し合って決めたのに当然のことのようにジャンヌの考えを押し付けてくるから本当に迷惑だ。

「訓練は午後からではなかったのか?」

苛々ゲージが上がって行く俺の後ろから聞こえた声。
同じく眠りを妨げられ不機嫌マックスの魔王が部屋の出入口からヌッと姿を見せた。

「貴方はどちらの領の代表騎士ですか?」
「代表騎士ではない」
「付添人が英雄エローお部屋に入るとは。即刻出て行きなさい」
「あーもう昨晩の続きかよ!とにかく今は寝かせろ!これ以上イラつかせないでくれ!」

昨日の続きを見ているようで嫌になってドアを閉める。
ブチ切れられたのに懲りてないんだから強い。
リーン、リーンと鳴らされる呼び鈴の音で鬱になりそうだ。

「トイレに行きたいんだが」
「ああ、それで起きてきたのか」
「煩くて目が覚めた」

何でわざわざ部屋から出て来たんだと思えばトイレに行きたかったらしく、魔王は大きな欠伸をして半分寝惚けながらトイレに入って行った。

「すまなかった」
「ん?」
「俺が出て行ったから揉めたんだろう?」
「ああ、違う。その前にもう揉めてたから。朝食抜くなって」

呼び鈴を無視して部屋に戻りベッドで横になっていると、トイレから戻って来た魔王から謝られる。

「朝食?食べて午後までまた寝るのか?」
「食っちゃ寝したら体に悪いだろ。昨日五人で昼食前の11時に集まろうって話し合って決めたのに、ジャンヌが勝手に朝食を抜いたら体に悪いって起こしに来たんだ」

俺の愚痴を聞きながら魔王も再びベッドに入る。
11時とみんなで決めたからその時間に遅刻しないよう考えて起きる時間を計算してたのに、朝食を抜くなという理由で叩き起されたんでは愚痴のひとつも言いたくなる。

「たった一日で随分と弱っているな」
「しんどい。精神的にしんどい。部屋に篭もりたい」

引きこもりになりたい。
誰の前にも出たくない。
部屋に篭って寝ていたい。

「よしよし」
「棒読みで言うな」

布団越しにあやすように背中を叩かれる。
慰めるのが下手くそか。

「冗談は抜きにして、今のままでは試合に響きそうだな」
「それはみんなに迷惑がかかるから何とか浮上する」

……けど、引きこもりたい。
人の目に映りたくない。

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁあ駄目だ。悪い癖が出てる」

前に居た世界でもこうして精神的に落ちる時があった。
そういう時はオーナーから休みを貰って仕事用のスマホの電源を落とし、全て無視して爆睡することで精神を保っていた。

「まあ分からなくはない。それでなくとも普段より注目を受けているのに碧髪にまで振り回されては追い込まれもする」
「俺はただのしがない元ホストなんだよ。カッコいい英雄にもなれないし、アニメや漫画みたいに完璧な英雄にもなれない」
「そうか」

布団に潜って本音を吐露する俺に魔王は否定することなく相槌を返してくる。

「フラウエルみたいにみんなの望む姿にはなれない」
「それは俺もなっていないぞ?自由気ままに遊び回っているからな。俺に力以外を求められても困る」

そんな魔王の返事を聞いて布団から顔を覗かせる。

「そもそも完璧な英雄エローとはなんだ。人によって憧れる姿は違うだろう?例えば改革に取り組んでいる領の者や一緒に働いている者や子供たちにとってお前は充分英雄エローなんじゃないか?」

そう言われてパレードで見たみんなの姿を思い出す。
目に届くよう肩車をして、伝わるように大声で、俺たち代表騎士へ頑張れと応援してくれた。

「……うん。浮上できそう」
「そうか」
「ありがとう。話を聞いてくれて」
「お前は俺の半身だ。話しくらいいつでも聞く」

激 甘 。
でもその優しい話で少し気持ちが楽になった。

「って言うか急に静かになったけど諦めたのか?」
「部屋には音が届かないようしてある」
「ん?」
「鳴っていては落ち着かないだろう?何時に起きるのか知らないがもう少し眠れ。睡眠が足りないとますます気が塞ぐ」
「防音してくれてたのか。ありがとう」

防音魔法は会話が漏れないよう王城で使われる機会が多い。
ただし人族の場合は術式が必要な魔法だから、スーパーチートの魔王のように術式なしでスルっとは出来ないけど。

もう少し寝ることにしてまたウトウト。
……していたところで魔王が「ん?」と声を洩らす。

「気配が増えた」
「え?」
「碧髪以外の気配がある」
「エドたち?」
「いや。あの者たちなら分かる」

じゃあ誰?
そう思いベッドから体を起こすと同時にドアが開く音がした。

英雄エロー!ご無事ですか!?」
「「は?」」

部屋の外から聞こえたのは見知らぬ声。
しっかり鍵をかけてたのにドアが開くわ、知らない人の声が聞こえるわ、それは「は?」ともなるだろう。

英雄エロー!大丈夫ですか!?」
「は?」

部屋に走って来たのは見知らぬ男が数人とジャンヌ。
首を傾げてから男たちの服装で宿舎のスタッフだと気付く。

「なにかあったんですか?」
英雄エローの部屋に不審者が侵入したとのことでしたので確認を」

俺にそう言ってジャンヌの顔を見下ろしたスタッフたち。
もしかして魔王のことを不審者と言って騒いだのか?

英雄エローのお部屋に入るとは無礼ですよ!」
「お前たちもまさにいま部屋へ入っているが。招かれてここに居る俺より勝手に鍵を開けて入る方が無礼ではないのか?」

横になったまま頬杖を付きみんなの足元を指さす魔王。
まさに今

「失礼しました。他領の代表騎士さまですか?」
「代表騎士では」
「シンさま!?」
「シン!」

魔王の声に被るようにまた聞こえた声。
エドとベルはローブ姿。
ロイズとドニは上半身裸のまま部屋に駆け込んで来た。

「何かあったのか!?外の警報ランプが!」

警報ランプってなに!?
ドニの言葉に驚く。

「ジャンヌがフラウエルを不審者って騒いだみたいだ」
『え?』

心配して慌てて見に来てくれたらしく、みんなはベッドでのんびり横になってる魔王を見る。

「フラウエルさん。来てたんですか」
「訓練前に体の調子を見ておこうと思ってな」
「ああ、診察のために。お疲れさまです」

上手いことごまかしたな。
ドニに答えた魔王はサラッと嘘をつく。

「お騒がせして申し訳ありません。あちらの方は英雄エローの診察と治療を行う賢者さまです。専属で診ていただいてます」
「賢者さまでしたか!大変失礼いたしました!」

エドまでサラリと嘘をつく。
ロイズとドニはいまだに魔王を賢者だと信じてるけど。

「受付で入場者登録はしたんですか?勝手に入ったのであれば賢者であっても不審者ですよ」
「したぞ?調べてみるといい。入場者の名簿を書かされた。フラウエルの名で残っているはずだ」

いや、してないだろ。
水晶を使い俺と話していてスルっと現れたのに。

「左様ですか。思い違いだったようで安心いたしました。無断でお部屋に踏み入ってしまい大変失礼をいたしました」
「こちらこそ付添人が勘違いで騒ぎにして申し訳ありません。二度とないようよく言い聞かせておきますので」
「お顔をあげてください。英雄エローがご無事でなによりです」
「ありがとうございます」

早朝からとんだ騒ぎになってしまった。
俺の部屋に人が入っていたと言うだけのことで。
受付に戻るスタッフをドアまで見送ってもう一度深く頭を下げて謝罪した。

「ジャンヌ。とんでもないことをしてくれたな」
「いいえ、英雄エロー
「いいえじゃない!」

部屋に戻ってジャンヌに言うとまた否定から入られ、色んな思いが積み重なってつい怒鳴る。

「フラウエルが不審者じゃないことは分かってたはずだ。不審者と俺が寝起きの状態で居るなんておかしいし、普通に話してたのも見てたんだからな。俺の部屋に人が入ってるのが気に入らないから受付で不審者って嘘をついて開けさせたんだろ?」

もし寝てる間に押し入った不審者なら後から姿を見せた時に俺が騒がないはずないし、その後も普通に話してたんだから少なくとも魔王が俺の知り合いであることは子供でも分かる。

「お言葉ですが英雄エロー。お部屋へ人を招かれては困ります」
「俺が自分の部屋に知り合いを招いてるのに何が困るんだ」
「人目というものをお考えください。おかしな噂話をされたのでは英雄エローの名が穢れます。お立場を考えてください」
「……またそれか」

本当にもううんざりだ。
宿舎の決まりに自分の部屋へ人を招いてはいけないなんて項目はないし国からも禁止されてないのに、事務方が役目のジャンヌだけが勝手に英雄エローの名を理由に俺の行動を制限する。

「分かった。望み通り英雄エローになってやるよ」

地上唯一の英雄エロー勲章と称号を持つ者に国が与えた権力がどんなものか自分の身で知るといい。

昨日さくじつから続く付添人の仕事の域を超えた干渉。会食の席でのスタッフに対する高圧的な態度。各地の代表騎士を身分で差別する国仕えとして有るまじき行為。そして、悪意ある嘘で騒動を起こし宿舎に迷惑をかけたことは許されない。貴殿の言動は我々代表騎士だけでなく王都の名誉を貶める行為だ」

俺がジャンヌの前へ行き後ろで腕を組んで口を開くとエドとベルはその場にスっと跪く。

「ジャンヌ・ロジェ。ブークリエ国特級国民の権限に基づき、英雄エローの名において貴殿を付添人から解任する。あわせて代理の到着まで部屋で待機しておくよう命ずる」

これで満足かジャンヌ。
これがお前の望んでいた、俺は望んでいなかった、国王から強い権限を与えられた英雄エローの姿だ。

英雄エロー!それは」
Msミズ.ジャンヌ。英雄エローの名においてくだされた命にこの場で異論を唱えることは出来ません。反論がございましたら上申書を王宮師団へ提出してください」

ジャンヌの言葉を遮ったのはエド。
特級国民の英雄エローのくだした命令にその場で異を唱えることは出来ない決まりになっている。
取り消しを求める場合は上申書を書いて師団に提出し、命令が不当であるかを判断して貰う。

英雄エローに話してるんです!なんの権利があって邪魔を」
「まだご存知ありませんでしたか。私は国王陛下の命により配属された英雄エロー専属執事バトラーです。言葉をお慎みください」

ジャンヌとエドは同じ国仕えだけど、主の俺に関係する事柄には国王の命で執事バトラーとなったエドの方が身分が上。
新人のジャンヌはそこまで聞かされていなかったのか口をグッと真一文字に結ぶ。

「なあジャンヌ。俺はこの世に完璧な人なんて居ないと思う。みんな弱さも狡さも持ってる。英雄エローも人の心の弱さが生んだ偶像で、怒りもすれば笑いもする。人を好きにもなれば嫌いにもなる。一人になれば寂しいと感じるし、誰かに救いを求めたくもなる。他のみんなと同じただのヒトだ」

漫画やアニメのようにピンチに颯爽さっそうと現れ救ってくれるようなカッコいい英雄ヒーローなんていない。
気高い孤高の人でもなければ全ての人の命を救える神でもないただのヒト。

「俺は今まで英雄権限を使ったことは一度もなかった。悪を正すために粛清すると言えば殺人さえも正義の行動として許される権限なんて俺には荷が重いからな。今回権限を使ったのは完璧な英雄エローの姿を望んだジャンヌへの手土産だ。付き添いご苦労だった。王都へ帰ってゆっくり休むといい」

エドとベルに付き添われ口を結んだままジャンヌは部屋を出て行った。

「なんか凄い豹変ぶりだったな」
「ジャンヌさんだろ?俺も思った」

出入口を見て口を開いたドニにロイズも同意する。

「車の中ではいかにも新人って感じの謙虚な人だったのに」
「うん。ここでのシンの歓迎ぶりを見て要らぬ責任感を持ったのかも知れないけど別人みたいに変わった」

そう話す二人の会話でたしかにと思う。
俺は仮眠をとったからジャンヌと大して話してないけど、最初は「可愛い」と言われるだけで赤くなるような照れ屋だった。

「俺が寝てる間もジャンヌとは話したのか?」
「みんなで話した。二ヶ月前に急遽師団への配属が決まって自分でも驚いてるって。例え手が足りなくて配属されたんだとしても代表騎士の付添人にまで選んで貰えたんだから、みんなに恥をかかせないよう頑張るって言ってたんだけど」

ドニの話の内容だと最初の印象通りの性格なように思う。
少し控えめで照れ屋で一所懸命なイメージ。

「代表騎士のみんなが試合に集中できるよう補佐するのが付添人の仕事だから何かあったらすぐに話してくれとも言ってた。少なくともあの時は英雄エロー信者には見えなかったのに」

聞けば聞くほどあの豹変ぶりが腑に落ちない。
付添人の自分がしっかりしないとと間違った方向に力が入ってしまっただけなのかも知れないけど。

「たしか宿舎に着いた時は特に何も言わなかったよな?」
「うん。代表の俺たちより目立たないよう後ろを歩いてた」

それぞれが部屋で休憩をとる前までは代表騎士を差し置いて自分が前に出て行くようなタイプではなかったということ。
それなのにどうして変貌したのか。

「フラウエル。この世界に人を操る魔法はあるか?」
「行動を操る魔法はない。ただし支配するまじないならある」
「咒?魔法とは違うのか?」
「魔法は魔力を使うが咒は道具をもちいて行う儀式だ」

まさかなと思いながらも訊くと魔王はそう説明する。

「呪いの儀式と言えば分かるか?」
「……呪い」
「魔法にも動きを止める魔法はあるが行動全ては操れない。咒であればかけられた者は精神を支配され、例えばお前を殺せと命じられればそのための行動を取り始める」

詳しく説明を受けて肌が粟立つ。
俺が居た世界の話なら呪いなんて眉唾ものだけど、魔法すら存在するこの異世界ならあってもおかしくない。

「その儀式は誰にでも出来るのか?」
「いや。その才がなければ成功しない」
「道具を揃えても?」
「魔法も魔力があっても適性がなければ使えないだろ」
「ああ、なるほど」

ここまで断言するってことは実在するんだろう。
ジャンヌの場合は最初は猫の皮をかぶっていただけで化けの皮が剥がれたって可能性もあるけど。

「代理が来るまで注意する必要があるな。咒をかけられてると仮定しても、それがどんな内容かは分からない。俺たちだけじゃなく他の人に危害を加える可能性もゼロじゃない」

化けの皮が剥がれただけならそれでいい。
でも本当にそんな厄介な儀式が存在するならジャンヌをこのまま放っておくこともできない。

「大会前におかしなことになったな」
「もしそうなら訓練どころじゃないぞ」
「それが狙いの可能性もある。何にしても他の領地の代表騎士に迷惑はかけられない。何か策を考える」

ロイズやドニとそう話して溜息をついた。
 
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 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
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クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

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 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

無能なので辞めさせていただきます!

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ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

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一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

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