ホスト異世界へ行く

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第六章 武闘大会(前編)

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魔導車で走ること数時間。
到着を前に起こされて門を通過してからも会場内をひた走る。

「……さすが半世紀に一度の大会だけある」

闘技場コロッセオの他にも施設が揃っていることは聞いていたけど、俺の予想を遥かに上回る広さと充実した施設の数々。
道も建物も全てが武闘大会のために作られたことを知らずに連れて来られてどこかの都市と言われても疑いもしないだろう。
街が丸々一個、武闘大会の会場になっている。

「四半世紀に一度の大会の方もここでやるのか?」
「はい。ワタクシも武闘大会には参加したことがないので初めて来ましたが、本大会も準大会もここで行われるそうです」
「俺たち全員25年前は産まれてないもんな」

俺は21歳、ロイズとドニは22歳、エドとベルは20歳。
四半世紀前の大会が俺たちの誰一人として産まれていなかった時に行われたと考えると、この大会を人生の楽しみの一つとしている人たちが居るのも理解できる。

「ジャンヌは何歳なんだ?」
「はい、英雄エロー。18歳です」
「18歳で師団に配属されるとは優秀なのですね」
「普段は雑用が主ですので。今回は特別です」

ベルから感心されて照れるジャンヌ。
照れ屋か。

「18で師団に入るのって凄いのか」
「規定としては師団に所属できる年齢が18歳からですが、実際には20歳を超えてから配属されることが殆どで、10代の頃は魔導師団に所属している方が多いです」

軍人として扱われるが付く職については詳しくないから訊くとエドが詳しく教えてくれる。

「ジャンヌも元王宮魔導師なのか?」
「はい、英雄エロー。二ヶ月前に師団へ配属されました」
「二ヶ月前ならほんとに新人だな」

王宮魔導師と王宮師団は元々同じの生徒。
王宮魔導師の中でも頭の切れる優秀な人材が王宮師団に任命されると、師団長の話を聞いた時にエミーが話していた。

「王宮魔導師になれる人がまず一握りなのに18歳で王宮師団にまで任命されるのはたしかに凄い」
「師団と言えば国仕えの中でもエリートだからな。その歳で配属されるくらい優秀ってことか」

べた褒めのロイズとドニ。
ジャンヌ本人は相変わらず頬を染めて照れている。

……王宮魔導師か。
師団の人も元々は魔導師だけど俺にとっては別物。
もちろん全員がそうじゃないとは分かってるけど、勇者と関わるのをあからさまに嫌がられたり魔王とのことで首を落とせとまで言われただけに、魔導師の方にはあまりいい印象がない。

「シンさま?如何なさいましたか?」
「は、はい、英雄エロー!新人ではご不満でしたら別の者を!」
「違う違う。考えごとをしてただけでジャンヌに不満がある訳じゃない。予定もしっかり伝えてくれるし、何より可愛い」
「ジャンヌさん。一人でシンには近寄らないように」
「身の危険を感じてから逃げたんじゃ遅いから」
「失礼な奴らだな」

ロイズとドニからは冷たい目で見られ、エドとベルからは慈愛にみちた表情で微笑まれた。

「代表騎士さま。前方に見えますのが宿舎にございます」
「やっと着い……ってあれ!?」
「はい」

運転手から言われて見た前方にある建物。
ドーム球場のような巨大施設に見えるんだけど。

「演劇場とかじゃなくて?」
「いえ、英雄エロー。あちらが各地の代表騎士さまが約1ヶ月滞在することになる宿舎で間違いありません」
「代表騎士ってそもそもどのくらい居るんだ?」
「まだ受付前ですので正確な人数は把握しておりませんが百前後かと。付き添い人や従業員も含め二百名ほどが滞在します」
「……二百人だったとしても無駄遣いの極み」

数千人は収容できそう。
百人前後の代表騎士のためにここまで巨大な宿泊施設は要らないだろ。

「はい、英雄エロー。私が聞いたお話にはなりますが、代表騎士宿舎に関してはエルフ族の希望が優先されているそうです。エルフ族の方々は狭い所がお嫌いなようですね」
「たった1ヶ月なのに贅沢か」

いや、エルフ族は地上の神だったな。
神を狭い部屋に滞在させるとは何事か!ってことか。
うん、もしそうなら……めんどくせぇ(本音)

「なんだあの人集り」
「お出迎えかと存じます」
「へぇ。わざわざ出迎えまでしてくれるのか」

宿舎の前に人が集まっていることに気付いて言うと運転手がそう教えてくれた。

「恐らくですがシンさまの到着を待っているのかと」
「は?俺を?」
「エミーリアさまが出発前に申されたように、シンさまは地上に一人しか居ない英雄エロー。代表騎士の中でも特別な存在です」

言い難そうに話すエドはもちろん他のみんなも俺の表情を伺うように見ながらも少し気まずそうだ。

「なるほど。俺は1ヶ月間ここでも見世物になるってことか」

代表騎士でも夕凪真でもなく英雄エローとして。
部屋に引き篭もってやろうか。

「まあ分かった。そういうことなら見世物としてしっかり英雄エローを演じてやるよ。人々の願望が作り出した英雄エローの姿を。一緒に居るみんなも注目されることになるのは申し訳ないけど」
「俺たちのことは気にするな。この大会に出る目的がある奴の集まりだし、そもそも一般国民と獣人が代表騎士ってだけでも充分特殊なんだから今更だろ?」

ロイズの返事に少し笑いつつ礼服を正してマントを羽織る。
オーナーと客に鍛えられた俺の演技力を発揮する時。

俺たちが乗った魔導車が近付くと従業員だろう人たちが赤い絨毯を挟んで並び深く頭を下げる。
宿舎の出入口の前にゆっくり魔導車を止めた運転手は外に回ってきて魔導車のドアを開けた。

「行ってらっしゃいませ」

丁寧に頭を下げる運転手に小さく頷き魔導車を降りると、高級そうな正礼装を着た男数人が歩いてくる。

「偉大なる英雄エロー伯爵並びにブークリエ国王都代表騎士のみなさまへご挨拶申し上げます。今大会の代表騎士宿舎の代表を務めますバルロ・フェルモ・コンセールと申します」
「よろしく頼む」
「光栄にございます。どうぞこちらへ」

頭を下げ続ける従業員の間を正礼装の男の誘導で通って宿舎に入ると、既に到着していた多くの人たちから注目を受ける。
なるほど、まさしくだ。

「あれが英雄エロー。銀の髪と目とは面妖な」
「魔人ではないのか?背が高いが」
「軽率なことを言うな。不敬罪に問われるぞ」
「あの衣装、まさか獣人族が王都の代表騎士なのか?」

ヒソヒソと聞こえてくる声。
お前たちは噂話が大好きな主婦の集まりか。

「長時間の移動でお疲れではありませんか?登録後お部屋の鍵をお渡しいたしますので、お食事の時間までお休みください」
「ああ。貴殿の心遣い感謝する」
「もったいないお言葉」

言うほど長時間でもなかったけど。
余計なことは言わず感謝を伝えた。

『お待ちしておりました』

受付に着くとカウンターの中に居た全員から頭を下げられる。
高級ホテルも真っ青な全力の歓迎ぶりだ。

「王都代表の皆さまの選手登録をいたしますので、ギルドカードもしくは情報の登録された装飾品を水晶にお願いします」

俺はネックレス、エドは首輪、ベルとドニとロイズは腕輪を外して水晶にかざす。

「ご協力ありがとうございます。登録完了いたしました。王都代表騎士の皆さまのお部屋は最上階となっております。あちらにある最上階専用の術式をお使いくださいませ」

早いな。
身分証明をしただけですぐにみんなの部屋の鍵を渡された。

「ジャンヌ。このまま部屋に行って良いのか?」
「はい、英雄エロー。18時になりましたら着付けの者が皆さまのお部屋へ伺いますので支度をお願いします。そのあと食事時間15分前には私がお部屋へお迎えに参ります」
「分かった。ありがとう。じゃあ後で」
「はい、英雄エロー

付添人のジャンヌとは一旦別れて最上階専用の術式に入る。
何階建てなのか知らないけど術式さえ繋げておけば一瞬で移動できるから楽だ。

「俺の部屋ここだ」
「俺の部屋はそっち」

術式を出てすぐの壁にかけられていた案内図。
一番手前の部屋がロイズ、その少し奥の反対側がドニ。

「もしかして部屋数が少ない?」
「そのようですね。我々が滞在する部屋の案内しか書かれておりませんので」

まっすぐな廊下の先を見て気付いたのは、この広い最上階の中にたった六部屋しかないということ。
面積までが無駄遣いの極み。

「……一般国民の俺たちが泊まる広さじゃない」

俺とエドが廊下の先を確認してる間に自分の部屋の鍵を開けたロイズはドアを開けてボソッと口にする。

「おお。広いな。俺が騎士団で借りてる部屋よりも広い」

ロイズの後ろから覗いた部屋は無駄に広くて豪華。
ホテルの一室というよりマンションの一室。

「慣れるまでなかなか寝つけなそう」
「俺が添い寝してやるか?」
「断わる」

即座に断ってきたロイズ。
そんな全力で拒否しなくても。

「でも俺たちしか居ないなら良かったんじゃないか?少なくともこの階に居る間はひと目を気にせずに済むってことだし」
「ああ、それはたしかに助かる」
「広すぎる癒し空間になりそうだな」

ロイズとドニとそんな話をしてみんなで笑った。

「まだ時間があるから風呂入ろ」
「俺もそうする。なによりまず衣装を脱ぎたい」
「言えてる。じゃあ時間まで自由時間で」
「うん」
「シンも少しは休めよ」
「ありがとう」

ロイズとドニが部屋に入るのを見届けエドとベルと俺も自分たちの部屋に向かう。

「シンさまも入浴なさいますか?」
「もちろん入るけどメイドの仕事はしなくていい。ここにはメイドとしてじゃなく代表騎士の一人として来てるんだから」
「期間中のお世話はさせていただけないのですか?」
「我々に主のお世話を禁じると?」
「え?」

尻尾と耳をピンとさせ詰め寄る二人。
そんなムキになるようなことじゃないだろうに。

「分かった。たまにはやって貰うから」
「たまに?」
「たまにしかさせていただけないのですか?」
「大会期間中にも訓練するから。二人の疲労を考えたらこれ以上は譲れない。ここでも世話して貰って訓練に響くようじゃパーティメンバーに選んだ意味がないだろ?」

そう説明すると二人は渋々ながらも納得する。
獣人の主への献身度は本当に凄い。

「ではシンさま、後ほど」
「お仕事は程々に」
「うん。じゃあ後で」

エドが持ってくれてた書類の入った封筒を受け取り、別々の部屋に入って行く二人を確認して俺も一番奥の部屋に向かった。

「え、ん?」

ドアを開けてすぐに見えた部屋の中を見て一歩下がり、鍵を開ける前にも確認した部屋の名前を再度確認する。

「……もしかして俺の部屋はもっと広い?」

ロイズが滞在する部屋でさえ広かったのに、俺が指定された部屋はそれよりも広い。

「みんなと同じ部屋で良かったのに」

これは英雄エローだからかリーダーだからか。
どちらか分からないけどVIP待遇にも程がある。

『いい部屋じゃないか』
「び、吃驚した!フラウエルか」

広すぎるテーブルに外した眼帯と封筒を置いた途端に背後から声が聞こえて驚いて振り返る。

『無事に着いたようだな』
「うん。パレードも終わってようやく少し肩の荷がおりた」

水晶で通信してくるフラウエルに答えながらマントを外して堅苦しい軍服のジャケットを脱ぐ。

『疲れているだろうから夜に声をかけようと思ったんだが、国をあげての行事となれば夜は夜で予定があるんだろう?』
「正解。このあと食事会と夜会があるらしい。各地の代表騎士との親睦を深めるために」

こちらからしてみれば初日から勘弁してくれと思うけど、開催する側からすれば初日だからこそ顔合わせをさせようってことなんだろう。

『戦う者同士で親睦を深めるとは地上の者は変わっているな』
「俺もそう思う。って多すぎ!」

クロゼットを開けるとずらりと並んでいた服。
普段着や訓練着や靴までが所狭しと用意されている。

『服を選ぶのにも一苦労しそうだ』
「な。吃驚した」

大会期間中に必要な物は礼服以外部屋に揃えてあると説明を受けてたけど、まさか洗濯が必要ないレベルに揃えてあるとまでは思わなかった。

『湯浴みをするのか?』
「うん。先に入ってから着替えの時間まで書類の確認する」
『行事の時にも仕事か』
「二ヶ月近く王都から離れてたから。早く確認とサインをしてシモン侯爵に送り返さないと」

渡された書類の中には住宅(アパート)建築の許可もあった。
既に老朽化している住宅に暮らしている人も居るから早く建築するに越したことはない。

『そうか。では今日はここまでにしよう』
「え?もういいのか?」
『無事に着いたのならいい。邪魔をするつもりはない』

なんとも気が利いた魔王さまだ。
まだ数分しか話してないのに。

「気を使わせてごめん」

俺が話しながら常に動いていたから気を使わせてしまったことに気付いて謝ると、魔王は口元に笑みを浮かべる。

『何かあればすぐに呼べ。無茶はするなよ』
「ありがとう。アミュのこともよろしく」
『分かっている。じゃあな』
「じゃあ」

水晶での通信が途切れて少し物足りなく感じる。
そう感じるほど俺の身近な存在になってるってことなんだろうけど……相手は魔王なのに?そう思って自嘲した。


早々に風呂を済ませて書類を確認している間にも18時。
時間になるとジャンヌが話していた通り着付けをしてくれる着付師が部屋に来た。

「え?これを着るのか?」
「はい」
「でもこれ胸が丸見え」
「そういうご衣装ですので」
「むしろ腕だけ隠す意味が分からない」

男性用ボレロと言えばいいのか……。
スーパーショート丈のボレロに腕を通して前は結ぶだけ。
前から見たら上半身裸と変わらない。
いや、後ろから見ても申し訳程度に隠れてるだけだけど。

「着ろって言うなら着るけど」

準備してある衣装にNOとは言えない。
こんな衣装を着てるキャラクターを何かで見たなと思い出しながら腕に通すと、着付師はササッと前に立って紐を結ぶ。

「下はサルエルっぽ……あ、分かった。ベリーダンスを踊ってる女の人の衣装に似てるんだ」
「ベリーダンス?」
「俺の居た世界にあった踊りの種類」

腰に装飾品を付けられていてようやく思い出す。
女性のベリーダンサーが着てるような衣装(トップス+ハーレムパンツ)を男性用にアレンジしてある。

英雄エローの故郷の女性はこれを着るのですか」
「いやいや。女性の場合はちゃんと胸を隠してる」

丸見えな俺の胸を見て言った着付師に笑う。
女の人がこのままの衣装を着て踊っていたらいかがわしい店の人になってしまう。

「お話し中失礼いたします。腕にも装飾品を着けますので腕輪をお取りください」

ケースに並べた装飾品の数々を別の着付師が持って来て俺に見せる。

「逆の腕じゃ駄目か?この腕輪は大事な物なんだ」

魔王から貰った半身の証。
夜会の時に魔力を全て使い果たしてしまった後、何かあった時のためにとまた魔力を封じてくれたこの腕輪は外したくない。

得心とくしんいたしました。では反対の腕に」
「ワガママ言ってごめん。ありがとう」

外さずに済んでホッとした。
限界を超えて魔法を使ってもこうして俺が生きているのは、この腕輪に溜めてあった魔王の魔力を使ったから。
俺にとってはもうお守りのようなもの。

高価そうな装飾品を手首や二の腕に着けられ靴を履いたところで来訪を報せるチャイムの音が鳴る。

英雄エロー。ジャンヌです。お迎えに参りました」
「着替えたのか。雰囲気が違っていいな。可愛い」
「こ、光栄です」

手が空いていた着付師が確認に行ってくれて部屋に入って来たのはジャンヌ。
さっきまでは師団のローブを着てたけど、このあと俺たちの会食や夜会にも付き添うから青のドレスに着替えていた。

英雄エロー。こちらの上着を」
「ありがとう」

七分袖の浴衣のような生地の白い上着を羽織って終了。
例のごとく背中には俺の紋章が刺繍されている。

「みんなは?」
「はい、英雄エロー。みなさまには準備が整い次第術式の前でお待ちくださいますよう声をおかけしました」
「分かった。じゃあ俺たちも行こう」

普段はエドやベルが迎えに来るから少し違和感。
ただ今回は二人もここに代表騎士として来てるから、大会期間中はジャンヌがこうして呼びに来ることになるんだろう。

「それでは私どもはお先に失礼いたします」
「うん。ありがとう」

着付師は空のケースを持って一足先に部屋を出る。
俺も確認を終えた書類の封筒とキーカードを持つと部屋の出入口でポツンと待っていたジャンヌを連れて部屋を出た。

「「シンさま」」
「待たせてごめん」
「俺たちも今来たばかり」
「そっか。じゃあ良かった」

術式の前にいた四人。
俺だけがベリーダンス風な衣装なんじゃなく、エドとドニとロイズも色違いの同じ衣装で少し安心した。

「ベル。随分と刺激的な衣装を着せられたな」

これぞまさにベリーダンスの衣装。
トップスがビキニだから胸に飼っているご立派なスライムがこれでもかと存在感を放っている。

ワタクシもそう思ったのですが、着付師の女性が言うには酷暑日の多い南方地域の伝統的な衣装なのだそうです」
「じゃあ俺たちの衣装もそうか」
「そちらの衣装に似たものはブークリエ国でも冒険者が着ておりますが、元々は南方地域の衣装だったものをアレンジしたのかも知れませんね」

着るの?この胸丸出しを。
言われてみればエドもロイズもドニも自分の衣装に対して特別な反応をしてない。

「三人も着たりすんの?」
「暑い時期に。このパンツと上着は初めて見たけど」
「着るっていうか装備品の感覚。服を着ると暑いから」
「一番体を動かす格闘士に多いです」
「へー。知らなかった」

俺が居た世界ならこの半裸衣装を着て外を歩くと職質を受けそうだけど、そんな法律がないこの世界では暑い時期にする普通の服装(装備)のようだ。

「でもベルの衣装はやっぱ刺激的だよな」
「余計なことを言うな。意識しないようにしてるのに」
「童貞か」

ベルの方を見ないドニにプークスクスすると睨まれる。
一応シースルーのボレロは着てるんだからそこまで意識しなくても。

「みなさま。お時間が」
「ああ、ごめん。そうだった」

ジャンヌから言われて思い出す。
つい立ち話をしてたけど、これから会食だった。

術式に入って1階に出るとまた注目を浴びる。
約1ヶ月もこれが続くんだとしたら勘弁して欲しいけど、そのうち俺が視線に慣れるかみんなが見飽きるかするだろう。

「封書をブークリエ国の王都に送りたいんですが」
「え、英雄エローさま!はい!」

キーカードを預けるついでにシモン侯爵へ送る書類の配送を頼もうと声をかけると受付嬢が振り返る。
どこかで見たような……

「アルクギルドの受付嬢?」
「え!?は、はい!そうです!」

やっぱりそうか。
アルク国でファイアベアの討伐をした時に受付や解体所へ案内してくれたあのエルフ。

英雄エローさまがどうして私のことを」
「ああ、あの時はフードを被って顔を隠してたから分からないか。アルク国に行った時にファイアベアの討伐クエストを受けて報酬を貰ったんだけど。十八頭って言えば思い出すか?」

受付嬢は俺の顔と手元の名簿を見上げて固まる。

「シン・ユウナギさま!?」
「そう。あの時はどうも」

ファイアベア十八頭と名簿の名前で分かったらしく、力一杯名前を呼ばれて少し笑う。

英雄エローさまと存じ上げずご無礼を!」
「無礼なことをされた記憶はない。むしろ顔を見せない怪しい冒険者を相手にしっかり対応してくれて助かった」
「そ、そんな!私は自分の仕事をしただけで!」

赤い顔で大きく手を横に振る受付嬢。
小動物みたいな動きで可愛い。

「急いでおりますので封書の手続きをお願いします」
「ジャンヌ」
「も、申し訳ございません!すぐに!」

話しを遮るように言ったジャンヌに受付嬢は慌てて謝ると配送手続きをする。

英雄エロー。お時間がありません」
「ああ、うん。悪かった」

俺が悪かったのは認めるけど……。
他の受付嬢も手伝って急いで手続きしてくれてるのを見て、俺が話しかけた所為で悪いことをしたと溜息が洩れた。

「お待たせしました!確認とサインをお願いします!」
「はい」

急ピッチで手続きをしてくれたそれにサインをする。
受付嬢は何も悪いことはしていないのに申し訳なさそうにしていて、話しかけてしまったことを後悔した。

「お預かりします」
「よろしくお願いします」

控えを受けとったことを確認してジャンヌが先に歩き出したのを見て、受付嬢に聞こえるよう少し顔を近付ける。

「ごめん。俺が話しかけた所為で嫌な思いさせて」

小声で謝ると受付嬢は大きく首を横に振って返した。

「ジャンヌさま。時間に余裕がないことは事実ですが、あの態度はないのではないですか?お礼を言う時間くらいは」
「いいえ、Ms.ベルティーユ。時間の問題以前に英雄エローにはご自身のお立場を理解していただかなくては困ります」

受付を離れてからベルが物申すとジャンヌは歩みを止めることもなく前を見たまま答える。

「地上にたった一人の英雄エローは特別な御方です。王家以外の者が気軽に話していい御方ではありません。同様に英雄エローからも気軽にお声がけされては困ります。身近な存在と勘違いされたらどうするのですか。賢者さまの忠告をお忘れなく」

実際に身近な存在なんだけど。
畏まる必要はないし、気軽に話してくれた方が嬉しい。

「席の安全を確認して参りますのでお待ちください」

気まずい空気のまま宿舎内にあるパーティホールに着くと、ジャンヌは席を確認するために一人で入って行く。

「典型的な英雄エロー信者だ」
「らしいな。若いのに珍しい」
英雄エロー信者?」
「年配に多いんだけど、英雄エローを神のように思ってる人」
「神の姿が人族の理想で表されてるのと同じで、英雄エローはこうじゃないといけないって理想像が異常に強いんだ」

ロイズとドニはそう説明して溜息をつく。
神とか……迷惑。
いや、神からしても〝遊び人〟を神扱いされては堪らないだろうけど。

「崇拝するのは個人の自由ですが、自らの思う英雄エローの姿を周囲の人やシンさまに押しつけるのは問題です」
「約1ヶ月の滞在中にシンさまが一番気の休まらない相手が彼女かも知れませんね」

エドとベルにも言われて苦笑が浮かぶ。
ジャンヌが慕うのは自分が望むではない。
本人に自覚はないんだろうけど。

「顔は可愛いんだけどな」
「どこを見ながら話してるんだ」
「至近距離で見るとますます大迫力だと思って」

ベルの胸を見ながらロイズに答えると抓られる。
メイド服の時でさえ主張が激しいのに、これだけ存在感を主張されたら見ずにはいられない。

「見られて嫌じゃないのか?ベルは」
「主に気に入っていただけるのでしたら光栄です」
「えぇぇ……エドもそんな感覚?」
「主から寵愛を受けることは獣人の喜びですので」

ハッキリ答えたベルとエドにロイズは(  ˙-˙  )スンッ‬とする。
真面目な顔の二人とロイズの顔の温度差に少し笑う。

「戻って来たぞ」

中の様子を伺っていて会話には入ってこなかったドニから言われて笑っていた表情を正した。

「安全確認が出来ましたのでお席へおかけください」
「分かった」

わざわざジャンヌが確認しなくても従業員や警備兵が念入りに調べてると思うけど。
そう思いつつ会食のホールに入るとまた注目を浴びる。

「お待ちしておりました。お席までご案内いたします」
「ありがとうございます」

正礼装の男が丁寧に挨拶をして席に案内してくれる。
歩きながら視界に入るテーブルに着いてる人たちの中にはエルフ族の姿も見られた。

手厚い出迎え。
一番奥に案内されて行くと四人の男が待っていて、案内してくれた男も含めた五人でみんなの椅子を引いてくれる。
これは食事中にも気が抜けそうにない。

「本日のメニューです。王都代表騎士のみなさまは禁止食がございませんのでコースのままお出しいたしますが、お口にできない食材がございましたらお伺いします」

一人一人に渡されたメニュー。
生活様式の違う様々な地域から人が集まっているから食には気を使っているようで、一つ一つのメニューに使われている食材や調味料までが細かく記されている。

「毒味はしてお出しするのですよね」
「ジャンヌ。失礼だぞ」
「いいえ、英雄エロー。お食事の席は一番毒を仕込み易い機会です。付添人として確認は怠りません」

止めた俺にジャンヌはそうハッキリと物申す。
口にするものだから注意しないといけないというのはご尤もなんだけど、どうしてそう棘のある言い方をするのか。

「ご安心ください。食材の厳重な管理はもちろん、調理室にも数名の警備兵と鑑定師を配置して、各代表騎士のみなさまが口にするものに万が一のこともないよう配慮しております」
「そこまで仰るのでしたら信用いたします。ただし、英雄エローに何かあれば国家間の問題になりかねませんので」
「承知しております」

そのままで大丈夫なことを伝えると案内してくれた男はまた丁寧に頭を下げて席を離れ、ジャンヌはもうひとつ用意されている席へ座る。

「……国家間の問題とか」

たかが俺ごときに。
異世界からで召喚されただけの勇者でもなんでもないホストのことで国をあげた問題になるとかイカレてる。
英雄どころか殺人以外はなんでもしたクズなのに。
そんなただのクズにこの世界の人は何を期待すると言うのか。

「「シンさま」」
「大丈夫」

ひとり歩きする英雄エローの称号。
王都から離れて初めて、その称号が抱える期待の重さを実感させられた。
 
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