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第六章 武闘大会(前編)
パレード
しおりを挟むブークリエ国王都。
人族の半数が暮らしている巨大都市。
その巨大都市にある王城内の一室にて。
「こんな時にも仕事か」
「悪い。忙しなくて」
「大変そうだと思っただけ」
衣装屋(所謂デザイナー。客の依頼を受け衣装や装飾品のデザインをして、そのデザインを提携先の仕立て屋や装飾品屋に作らせて販売する人。着付けもする)から腕章や勲章を着けられながらも書類を読む俺にドニは苦笑する。
「約二ヶ月間王都を離れていましたからね」
「その上にまた一ヶ月離れることになるから急ぎの物は今の内に確認して貰いたいってなるのも当然か」
司書室の人が運んで来た書類の山。
パレード前だろうが着付け中だろうが容赦なし。
早朝に王都へ戻って来てからずっと書類との睨めっこが続いている俺をエドとロイズも苦笑で見る。
「英雄シン。マントをお付けいたします」
「あ、ごめん」
座って書類にサインをしているから着けられないんだと衣装屋から言われて気付き立ち上がる。
「マントも俺だけ白か」
「大会には多くの人が集まりますので、一目見て分かるよう代表騎士のリーダーの正礼装は白と決められております。その他で違いを付けるため英雄の装飾品にはお姿を表す白銀とブークリエ国の紋章色である金を使用しております」
「へー。そういう決まりがあるんだ」
みんなは赤なのに俺だけ白だから訊くと、そういう決まりがあることを衣装屋が教えてくれた。
「シンの紋章色って黒なのか」
「うん。俺の背中の刺青が黒だかららしい」
「ああ、どっかで見た組み合わせだと思えば、その月と虎の模様もシンの背中の絵からとってるのか」
「そう」
白いマントに黒の糸で大きく刺繍されている紋章。
刺青の話で初めて気付いたらしくロイズは納得する。
「尊厳色の漆黒を使った紋章って珍しいですよね?」
「ええ。大抵は髪色や瞳の色が紋章色に使われていることが多いです。漆黒は勇者さまの髪色と瞳の色を表す尊いお色ですから恐らく紋章色としては初めてではないかと」
衣装屋は俺に装飾品を付けながらドニの質問に答える。
「そこまで知らなかった。紋章師たち随分思い切ったな」
「他の者が使えば批判もでるでしょうが、英雄シンは勇者さまと同じ異世界より参られた方。異を唱える不敬な者など居ないでしょう。それにこの世界の者には居ない背の絵や首の絵も漆黒ですので、あえてその色を選んだのだと思います」
首のは刺青じゃなくて契約の印ですけどね( ˙-˙ )スンッ
ちなみに地上では黒の紋章が初でも魔界では魔王の紋章が漆黒だから、本当の意味で世界(この星)初は魔王。
「終わりました」
「いつもありがとう」
「勿体ないお言葉をありがとうございます。英雄の衣装に携わることができて光栄です。なにをお召しになってもお美しい」
「褒め言葉として素直に受け取っておく」
いつも思うけど言ってて体が痒くならないのか?
いや、褒めてくれるのはありがたいんだけど。
仕事の腕だけでなく口の上手さもさすが王宮専門の衣装屋なだけある。
「お時間になりましたら使者がお迎えに参りますので、みなさまは今暫くこちらのお部屋でお待ちください」
「分かりました」
全員の着替えが済むと警護のために居た騎士数人と衣装屋は部屋を出て行った。
「あああああ……ついにこの時間が」
「緊張で心臓が痛い」
正礼装(軍服)と赤マント姿のロイズとドニは今まで平静を装っていたのか、みんなが出て行ってすぐ項垂れる。
「どっちが?国王のおっさん?パレード?」
「どっちも。玉座の間なんて入るどころか近寄ったことすらないし、一般国民がパレードするなんて聞いたことがない」
「一般国民と王家の繋がりのなさを舐めるな。普通に生きてて国王陛下の声を直に聞く機会なんてない」
落ち着かないロイズとドニを見てエドと笑う。
パレードの前に玉座の間で国王のおっさんと会うことになってるんだけど、待ち時間に入って緊張もピークになったらしい。
「失礼します」
「お。可愛いじゃん。似合う」
ノックして入って来たのはベル。
別室で着替えをしていたベルは軍服のロングワンピースバージョンとショート丈の外套を身に着けている。
「私もパンツタイプが良かったのですが」
「なんで。可愛いのに」
「パレードで不届き者が居た際に動き難いですので」
「う、うん」
可愛さより動き易さ重視とか……さすが軍人。
「失礼するよ。お迎えだ」
再びのノックと同時に入って来たのはエミー。
……なんだけど
「なんでその姿?わざわざシールド魔法まで使って」
「代表騎士を大会へ送り出すのも賢者の役目だからさ。長時間魔力を閉じ込めておくのも楽じゃないんだけどね。各地の賢者も顔や姿を偽って茶番劇に付き合わされてることだろうよ」
茶番劇って。
エミーらしい口の悪さだ。
「って言うか衣装エロいな。賢者の癖にけしからん」
魔女っ子のような黒紅(赤みがかった黒)のロングワンピース。
ただ、アシンメトリータイプのスカートで深いスリットが入ってるから左足がガッツリ見えているし、腰にコルセットをしているから胸のスライム(キモ花じゃない方)が強調されてるし、ちょいエロゴシック系の何ともけしからん姿になっている。
「こういうのもお好きだろ?英雄さまは」
「大好きですけどなにか」
好きに決まってんだろ。
異世界に召喚されてから着エロには飢えている。
この世界の女性の普段着は良く言えば清楚、悪く言えば地味だから。
「テオドールからは改造するなって怒られたけどね。アイツは本当に分かってない。脚の開かない長いスカートを穿いている時におかしな輩が現れたらどうするんだ。動き難いだろ」
あ、理由はそれなんですね( ˙-˙ )スンッ
ベルも同意してウンウンと頷いている。
軍人は見た目より動きやすさ重視らしい。
「その服装で蹴ったら下着が見えるぞ」
「ふん。下着が見えるのを気にして軍人が務まるか。出し惜しみするのは貴婦人にでも任せておけばいい。例え裸体になろうとも軍人が求めるのは勝利だ」
……俺の師匠が男らしくて辛い。
それに対しても俺の可愛いベルが頷いてるのが辛い。
この二人は女という性をどこかに置いてきたらしい。
「さあ、お前たちも緊張は解けたかい?玉座の間へ行くよ。全員ドレスグローブをしな」
『はい』
ロイズとドニの緊張を解すための雑談だったらしく、なるほどと少し笑いながら俺も白のドレスグローブをする。
「君は本当に姿だけは神々しいね。国のためにパレードでも大会でもしっかり目立って老若男女を誑しこんできてくれ」
「Yes,Ma'am!」
それも俺の役目の一つと理解してる。
ハッキリ答えた俺にエミーはクスッと笑った。
式典が行われるのは玉座の間。
騎士と師団と魔導師が左右に並ぶ中を賢者のエミーの先導で国王と王妃とルナさまが座る玉座の前へ行き、式典の作法に従い左膝を床につけて跪く。
つい先日まで街娘として一緒に過ごしていたルナさまも今日は華やかなドレスを身に纏って王太女の顔。
こうしていると遠い人だと実感する。
毎度恒例の国王のおっさんの長い話が終わると、この式典の目的でもある“代表騎士の証”の授与。
国王直々に一人ずつ名前を呼んで胸に代表騎士の証を付けながら声をかけられる。
緊張でロイズとドニの声が上擦ってるのが聞こえ笑いそうになりながらも師団長からの雷が落ちるのが嫌でグッと堪えた。
「シン・ユウナギ・エロー」
「はっ」
「無事に帰ってくるのだぞ」
胸に証を付けながら呟いた国王のおっさんに笑みで返す。
もちろん五人揃って無事に帰ってくるつもりだ。
俺に証を付け終えて玉座の前に戻った国王のおっさんはもう一国を背負う王の顔。
「貴殿たち代表騎士に勝利の栄光があらんことを」
そんな言葉で式典は締められた。
「緊張した!話しかけて貰えるとは思わなかった!」
「俺も。証をつけて貰うだけでも心臓が痛かったのに」
式典が終わり玉座の間を出て王城の外に向かいながら、ロイズとドニは興奮気味にそんな話をする。
「国王のおっさんって意外と人気あるんだ」
「君だけだと言っただろ。おっさん呼ばわりするのは」
「国王陛下もそれをお許しになってますからね」
「普通であれば不敬罪に問われるところなのですが」
エミーには呆れ顔をされてエドとベルからは苦笑される。
そう言われても召喚された時からおっさんはおっさんだし、今回のような式典でもない限り陛下なんて呼び方はしない。
「ところでパレードってどの辺りを回るんだ?」
「王宮地区を通って王都地区に出て南区を一周する」
「王宮と南区だけでいいのか」
「これから君たちは大会の会場に向かうんだから回るのは最低限の範囲だけだ。全て回るのなら数日に分けてるよ」
まあそうか。
王都全てをパレードするとしたら一日では済まない。
そのくらいブークリエ国の王都は広い。
『お待ちしておりました』
王城の隣の敷地で待っていたのは騎士団と魔導師。
この人数で街中を回るらしく、馬に乗った騎士と魔導車に乗った魔導師たちが既に待機していた。
「シン、ロイズ、ドニ。馬に乗ったことがあるかい?」
「ありません」
「自分も」
「俺はある。召喚される前だけど」
「へぇ。意外」
「なんでだよ」
乗馬なら経験がある。
馬主もやってたオーナーによく連れて行かれたから。
「この二人に乗り方を教えてやってくれ」
「承知いたしました」
「俺たちも乗るんですか!?」
「安心しな。訓練された馬だし厩務員が引き網を引いてくれる。君たちはただ座っていればいい」
「そうなんですか」
「良かった」
乗れない人には厩務員が付いて引き馬をしてくれるらしく、ロイズとドニはホッとする。
「エドとベルは大丈夫だね」
「はい」
「問題ありません」
「じゃあ二人も馬の所へ案内してやって」
「承知しました。こちらへ」
さすが軍人。
エドとベルは乗ったことがあるらしく調教師の案内で馬の所へ向かった。
「君はこっち。君が乗る子は少し大きいんだ」
そう話すエミーに連れられて行った先に居たのは白馬。
なるほど……デカい。
サイズだけで言えば重馬のペルシュロン級。
乗馬は何度も経験していてもさすがにこのクラスの馬に乗るのは初めてだ。
「どうかしたのか?随分入れ込んでるけど」
「エミーリアさま。先程までは落ち着いていたのですが」
「原因は?」
「それが私どもにも。お待ちしている間に突然でして」
数人が集まり白馬を宥めているのを見てエミーが聞くと、その中の一人が振り返って答える。
「英雄シン、申し訳ございません。すぐに別の馬をご用意しますので今暫くお待ちください」
「その子の名前は?」
「ジゼルと申します」
パレード用に綺麗に着飾った白馬。
仕切りに前掻きをしていて何かが気に入らないようだ。
ただ、今から別の馬を連れてくるとなるとパレードの開始が遅れて調教師が責任を問われてしまうかも知れない。
「ジゼル」
左側に回って白馬に声をかけると自分の名前が分かっているのか俺の方を向く。
「英雄。興奮していますので危険です」
「大丈夫。ジゼル、俺を乗せるのは嫌か?」
引き綱を持つ数人の厩務員を引っ張る怪力の持ち主らしいジゼルの首を撫でて話しかける。
「何が気に入らない?せっかくの美人が台無しだぞ?」
淡いブルーの目でジッと見るジゼル。
言葉は通じてないはずだけど、これだけジッと見られると通じているような気分になるから不思議だ。
「せっかく綺麗に着飾って貰ったんだ。ますます綺麗になったジゼルをこの国のみんなにも見て貰おう」
ゆっくり撫でながら話しかけると大人しくなり頭をピトっとくっつけてくる。
「機嫌なおしてくれたか」
「馬までも誑しこむか」
「誑しこむって言うな。どうしてなのか昔から動物には懐かれるんだ。そのぶん人間からは怖がられてたけど」
甘えてくるジゼルを撫でながらエミーに答える。
人に怖がられてたのは俺がそう思われるような人間だったのが悪いんだけど。
「もう落ち着いたから乗っていいんだよな?」
「はい。暴れないよう引き綱を押さえておきます」
「ありがとう。ジゼル、よろしくな」
寄り添うジゼルの体をもう一度撫でてから、二人が引き綱を掴んでくれている間に左足を鐙にかけて静かに巨体へ跨る。
『英雄!』
俺が鞍に乗ると両前脚を上げて鳴き声をあげたジゼル。
押さえていた厩務員二人はジゼルの怪力であっさり引き綱を振りほどかれ、周りで見ていた人たちは慌てる。
「元気いいな。気に入った」
このじゃじゃ馬め。
俺が手綱を引くとジゼルは脚をおろし、慌てていた厩務員たちはホッとした表情に変わった。
「他の馬に替えるか?」
「いや。少し張り切りすぎただけだろ。このままでいい」
「もしパレード中に暴れたら睡眠魔法で止めてくれ」
「了解」
手綱を握ってからは落ち着いている。
体調が悪くて前掻きをしていた訳でもなさそうだし、このままジゼルに乗ってパレードを回ることにした。
開始の時間が近づき軍人たちもパレードの配置に付く。
予定が詰まっていてバタバタしていただけに漸くパレードまで漕ぎつけたかという気分だ。
「二人も乗れたようだね」
「なんとか」
「大人しい馬だったので」
「手綱は離さないようにね」
「「はい」」
ロイズとドニも厩務員に引き馬をして貰って無事に乗れたらしく、エミーとエドとベルと俺が待つ場所までやってきた。
「パレードの先導は賢者の私。途中、引き綱を引いてくれている厩務員の交換を五ヶ所で行う。前方と後方と左右に騎士と魔導師が付いて君たちには真ん中に位置して貰うから、せいぜい国民に愛想振りまいてくれ」
そんな最終確認をするとエミーも黒馬に乗る。
さすが軍人……乗りなれてる。
あと左脚が出ててエロい(なにより大事なポイント)。
乗馬クラブでなら考えられない、けしからん服装だ。
ただここは異世界。
馬に乗って戦をする人たちに服装のルールなんてない。
「じゃあ私は先頭に行く。君たちも配置を」
五人の中では俺が先頭に位置して後ろにはエドとベル。
その後ろにはロイズとドニが位置する。
その俺たちの横に騎乗した四人の騎士が配置するとパレードの開始を報せる号砲があがった。
広場を出ると早速の人混み。
王宮地区だけあって貴族の顔が多く見られる。
その中にデュラン侯爵家とシモン侯爵家を見つけ、力一杯手を振る腹黒娘やアデライト嬢に少し笑いながら手を振り返した。
パレードの資金を支援してくれた貴族たちに愛想を振りまきつつ進んでいて勇者宿舎の前を通りがかり窓を見上げる。
アイツらは今日も特訓か。
人が多いから外に出るのは無理でも部屋の窓から見るくらいするんじゃないかと期待してたけど、勇者は訓練で忙しいからパレードどころじゃないようだ。
まあいいか。
大会を見に来ると言ってたからその時で。
お互いの都合で時間が合わなくなってから結構経つから久々に会って話すのが楽しみだ。
今はパレードに集中。
代表騎士さまやら英雄やら声をかけてくる人たちに笑みで手を振り勇者宿舎の前を通り過ぎた。
王宮地区を出る前に厩務員が交換するために一度休憩。
俺たちは馬に乗ってるからいいけど、歩いて引き馬をしてる厩務員は大変だ。
「王宮地区内なのに凄い人の量ですね」
「な。普段は静かなのに」
厩務員が付いてないエドとベルと俺で集まって話しながら馬に水を飲ませる。
「ジゼル。人が多くて騒がしいけど大丈夫か?」
撫でながら話しかけるとジゼルはブルルと鳴いて頭をピトっと寄り添わせてくる。
人懐っこい馬だ。
「エドワールの血を継いでいるだけあって立派ですね」
「エドワール?」
「英雄でもあった先代勇者が乗っていた白馬です。エドワールの血を継ぐ馬は次の英雄のために代々繁殖されてきました」
「え?じゃあジゼルは英雄しか乗せないってことか?」
「はい。エドワールと先代勇者の物語は有名ですので子供でも知っています。私の名前もエドワールからいただきました」
「へぇ。それは少し読んでみたいかも」
エドから聞いて甘えているジゼルを撫でる。
俺はオーナーのように馬に詳しい訳じゃないけど、エドの名前がその馬から貰ったものと聞けば興味がある。
「オーナー元気にしてんのかな」
「オーナー?」
「前に居た世界で俺を拾ってくれたおっさん」
どうしようもない俺をなぜか気に入って拾った物好き。
限りなく黒に近い世界に居た俺に部屋と仕事を与えた人。
オーナーと会わなければ俺はあの世界でクズの限りを尽くす罪人だったと思う。
「……シンさま」
「ああ、華々しいパレードの最中にごめん。その人が馬が好きだったから少し思い出しただけ」
俺が気にかけずとも元気で居るだろう。
殺しても死なないような図太い男だから。
「時間だ。また愛想振りまかないとな」
「「はい」」
再開を報せる笛の音が響いて再びジゼルに跨る。
この先は王都地区に入るからますます混みそうだ。
「ジゼル。また頼むぞ」
ブルルと鳴いて返したジゼル。
やっぱり話が通じてるような不思議な感覚になった。
王宮地区と王都地区を隔てる王宮門を出ると想像以上の人が沿道に密集していて煩いくらいの歓声があがる。
どれだけみんなパレードを楽しみにしてたんだ。
呼ばれる名前は『代表騎士さま』や『英雄』で王宮地区の時と変わらないけど、人の数が凄いこともあり歓声もあちらこちらから聞こえてきて若干こっちの方が引いてしまうほど。
でもここで引いてはいられない。
国民が求めているのは国を代表する騎士と英雄の姿。
与えられた役目を全うするために得意の作り笑いを顔に貼り付けて沿道の国民たちに愛想を振りまく。
こんなものは前に居た世界でもやっていたこと。
広告塔として、笑えと言われれば即座に笑みを作れた。
それで誰かが喜んでくれるなら幾らでも愛想くらい振り撒く。
英雄らしくないって?
そんなものは人の願望が生んだ称号や姿だ。
英雄もただの人。
『シン兄ちゃーん!』
パレードも半ばを迎えた頃に聞こえた声。
今まで誰も俺の名前を呼ぶ人なんていなかったから、その声に反応して沿道を見渡す。
「シン兄ちゃん!エド兄ちゃん!ベル姉ちゃん!ロイズ兄ちゃん!ドニ兄ちゃん!みんな頑張れー!」
「勝ってねー!」
「応援行くからねー!」
大人たちに肩車をされて必死に大声をあげているのはカルロをはじめとした孤児院の子供たち。
司祭さまや修道女、アベルやジャン、改善に手を貸してくれている従業員までパレードを見に来てくれていた。
「ジゼル少し立つぞ。ゆっくり歩いてくれ」
ジゼルの首を撫でて話しかけ、ブルルと鳴いたのを返事と受け取り鐙に体重をかけて鞍から腰を上げる。
なんだとこちらを見ているみんなに晴天の空を指さし、聖魔法と水魔法で作り出した光の弓を空に向かって撃ち抜く。
空で弾けた弓矢は水滴に変わると光の屈折で虹を作る。
子供たちを楽しませるためにやった遊戯だったけど、沿道に居る人たちからもワッと大歓声があがる。
「絶対優勝しろよー!」
「頑張ってくださいー!」
『優勝ーっ!』
そんな声援に声で答える変わりに拳を作って西区のみんなに向けて優勝を誓い笑った。
「みんなお疲れさま」
『お疲れさまです』
三時間ほどかけてパレードは終了。
このあと俺たち代表騎士は会場まで魔導車での移動になる。
その前にそれぞれ背に乗せてくれた馬たちを労い、付いてくれた厩務員や助手にお礼をしてから城門前に集まった。
「私が見送るのはここまで。この先は王宮師団と騎士団と魔導師から代表で選ばれた数名が君たちを会場まで送る。会場でのことは引率する師団に聞いてくれ。向こうではパーティだなんだとあるが、王都代表ってことを忘れず行動するように」
パーティなんてあるのか……それはまた面倒な。
エミーの話を聞きながら内心そう愚痴る。
「特にシン。老若男女を誑しこんで来いとは言ったが、気を抜いておかしな既成事実を作られないよう注意するんだよ」
「どんな忠告だよ」
それは見送りの言葉としてはどうなのか。
こんな時にまで人聞きの悪い。
「地上の全種族が集う今回ばかりは冗談ではない。君はこの地上にたった一人しか居ない英雄だ。夫人の座を狙って既成事実を作ろうとする者や英雄の名のお零れを貰おうと企む者が居ることは予測できる。気を引き締めろ」
「分かった」
そういうことか。
たしかに武闘大会には色んな種族の人たちが集まるから中には悪事を企む奴が居ないとも限らない。
「他の四人もだよ。王都代表という名誉を賜った君たち本人はもちろん、英雄に近づくため君たちを利用しようとする輩が居ないとも限らない。全員未婚だから恋愛沙汰は自由だが、相手はしっかり見極めるように」
『はい』
なんとも言えない注意の内容。
行く前にあえて注意を促す必要があるくらい気を付けないといけないってことなんだろうけど。
「試合自体の心配はしていない。安心しろ、君たちは強い。思う存分自分たちの力を発揮してきな」
『はいっ!』
エミーの話が終わって俺たちがオープンカーになった魔導車に乗り込むと、出発の合図を報せる三段雷があがる。
その音を聞きながら『国の行事だな』と今更また実感した。
「みなさまパレードでお疲れのところを申し訳ないのですが、会場に着いてからの予定を先にお伝えしておきます」
「ん?女性?」
俺たちが乗る魔導車に同乗した師団員。
小柄な人だとは思っていたけど声を聞いて女だと気付く。
「はい、英雄。ジャンヌと申します」
「へぇ。可愛い」
フードを外して顔を見せた子は碧のショートボブで碧眼。
褒めた俺をロイズとドニが抓ってくる。
「なんで抓るんだ。女性が居たらまず褒めるのが基本だろ」
「ついさっき賢者さまから忠告されたばっかだろ」
「可愛い子に可愛いって言うだけの何が悪い」
「エドとベルからもなんとか言ってやれよ」
「シンさまですので」
「シンさまですから」
話を振るロイズに全て悟った笑みで答えるエドとベル。
悟りすぎてむしろ後光さえ感じる。
「お話を遮って申し訳ありません。続きをお願いします」
「はい、Ms.ベルティーユ」
可愛いって言われただけで照れるとか。
紙で隠していた顔が赤くて和む。
マスコットキャラクター的な存在だ。
「会場到着後まずは代表騎士宿舎のお部屋へとご案内します。そのまま18時までは自由時間、18時より着替え等のお支度、19時よりお食事会、20時半より夜会が行われる予定です」
「出た夜会。初日からぶっ込んでくるのか」
前乗り初日から強行軍。
この世界の人(金持ち限定)は本当に夜会が好きだな。
「はい、英雄。夜会とは申しましても会の目的は各地の代表騎士さまとの顔合わせです。国でご用意した衣装は着ていただくことになりますが、ダンスは強制ではございません」
「じゃあ飲食して喋ってるだけでもいいのか?」
「はい、英雄」
「その“はい、英雄”って言うの可愛いな」
いちいち言うのが可愛くてつい口にするとまたロイズから抓られる。
「本日の予定はそれで終了です。開会日までの三日間は各地の代表騎士さまとの親交を深めるイベントが行われますので体調にはどうぞお気を付けください」
「了解」
各地を代表して戦う奴らに親交を深めろとは。
まあお互いルールに則って戦うんだからギスギスする必要はないんだけど。
「大会期間中の約1ヶ月、代表騎士さまのご予定は付添人の私が毎朝お伝えいたします。まだ新人師団員ですので至らない点もあるかと思いますが、みなさまにご迷惑をおかけすることのないよう尽力いたしますのでよろしくお願いします」
「よろしく」
『よろしくお願いします』
普段は執事のエドがやってくれている役目をジャンヌがやってくれるらしく、みんなで挨拶と握手を交わした。
「書類を読もうと思ってたけど無理だな。これは」
「風で飛ばされてしまいますからね」
「うん。しょうがないから会場までは仮眠とって自由時間に目を通す。着いたら起こしてくれ」
「承知しました」
エドがブランケットをかけてくれて仮眠をとる。
昨晩遅くまで魔王と話していたこともあって、パレードが終わって気が抜けたら眠くなってきた。
「片目が見えないのに朝から目を酷使してるもんな」
「書類を確認する間は外しても良かったんだけど、二重になってると逆に読み難そうだったから辞めた」
ドニから苦笑されながら眼帯を外して手を出したベルに渡す。
ちなみに今していた眼帯も白。
先に帰ったルナさまから話を聞いていたのか、正礼装に合わせた白の眼帯を衣装屋が用意していた。
ただやっぱり三塚井〇クロちゃん的な眼帯だったけど。
「悪いなジャンヌ。親睦を深められる貴重な時間なのに仮眠をとって。あとでじっくり深めよう」
「どんな親睦を深める気だ」
「純粋な親睦ですけど?約1ヶ月一緒に居ることになるんだからお互いのことを少しでも知っておいた方が安心だろ?まあ別の意味で親交を深めるのも大歓迎だけど」
深読みされたから冗談で言っただけなのにまたロイズとドニから抓られる。
「冗談はこのくらいにして本当に仮眠とる。煩い中でも眠れるタイプだから普通に話してて構わないから」
「「おやすみなさいませ、シンさま」」
「おやすみ」
エドとベルの耳を軽くモフってから眠りについた。
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