ホスト異世界へ行く

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第六章 武闘大会(前編)

英雄

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扉の外で爆発したことで今度はフロアに逆流してくる人の波を避けながら出入口へ走る。

英雄エロー!この先は危険です!」
「エミーが下に行ったんだ!助けに行かないと!」
「承知しております!ですが今開けられてはこの会場まで火に包まれてしまいます!どうかお鎮まりください!」

出入口を塞いでいる警備兵から数人がかりで止められる。
必死に止めている警備兵をふと見れば、大火傷している者や爆風で飛んできた破片で大量の流血をしている者も居る。
それでもみんな会場の人たちを救う為に必死。

「クソっ」

俺は何をやってるんだ。
エミーからみんなを避難させるよう言われたのに。
こんな時にこそ役に立つのが英雄の称号だろう?

「聞け!」

思い切り息を吸い込みフロアに響き渡るよう大声で叫ぶ。

「今から体力の少ない女性と子供を優先に全員を避難させる!必ず最後の一人まで助けるから慌てるな!」
英雄エローさま!』

エミー。
あとで必ず助けに行くから。

姫殿下プリンセス。先に避難を」
ワタクシは炎や煙が入らぬよう会場に障壁をかけますので、全員が避難したことを見届けた後でお願いします」
「ルナさま!」
「テオドール。ワタクシはヴェルデ王家の第一王女です。民よりも先に逃げることは出来ません。それに、必ず最後の一人まで助けると言ってくださったシンさまを信じます」
「……承知しました。では私も障壁を」

会場に障壁をかけるルナさまと師団長。
王女だからこそ先に避難させるんだろうに。
本当にご立派すぎる次期国王さまだ。

「話してる時間はない。じきに会場にも煙が入る」
英雄エローさま。どう避難させるのですか?」
「出入口は使えない。バルコニーから飛んで貰う」
『え!?』

ルナさまと居たアデライド嬢に答えて風雅を召喚する。
ザワザワする声を無視して出入口を広げるためバルコニーと会場を繋ぐ巨大な窓をぶった斬り、恩恵の大天使の翼を使う。

「見ろ!英雄エローさまに翼が!」
「神よ」

まさか神と呼ばれる日が来るとは。
暇を持て余した神々に遊ばれてるだけの元ホストなのに。
それで安心出来るならいいんだけど。

「まずは若者たちを!」

フロアに向かって大声で指示するとルナさまの学友らしき若い子たちが遠慮がちに集まって来る。

「君たちが一番若いのか?」
「婚約披露パーティですので子供はおりません」
「分かった。四人ずつ飛んで貰う。誰から行く?」
「あの!落ちたりしませんか?」
「このまま焼け死にたいなら残るといい」
「い、いえ!飛びます!」
「じゃあおいで」

人族に翼がある人は居ないから不安になるのも当然。
でも今は言い聞かせる一分一秒も惜しいから冷たく返すと、その子は慌てて近寄ってきた。

「下に降りたらすぐに建物から離れろ。崩れたら怪我をする」
「分かりました」
「しっかり捕まってろ。飛ぶぞ」
『はいっ!』

強化魔法をかけた両腕に四人。
怖がってしがみつく令嬢たちを抱え翼を動かしてバルコニーの柵から飛び降りた。

英雄エローご無事で!」
「今から四名ずつ避難させる。連れて降りた者たちはすぐに建物から離れた安全な場所へ避難させてくれ。それと負傷者は一箇所に。全員避難させた後で回復ヒールをかける」
『はっ!』

下に居た警備兵に令嬢たちを任せて再びバルコニーへ飛ぶ。
抱えられるのは四人が限界だから効率が悪いけど、出入口が使用出来ないんだからこうするしかない。

四人ずつ抱えて降りて登るを繰り返すこと数十回。

「アデライド嬢。そろそろ避難を」
ワタクシもこのままルナさまと一緒に残ります。ジョゼットとロックさまを先にお願いいたします」

全く。
ルナさまといい友人同士で大したタマだ。
気高い女性は嫌いじゃないけど。

「ジョゼット嬢。ロック卿。避難を」
「私も残」
「行きましょう?話す時間がご迷惑になります」

自分も残ろうとしたんだろう坊ちゃんの言葉は口唇に触れて微笑む腹黒娘から遮られる。
ケツの青いガキ(俺からすれば)がよくやる。

「ロックさま。ワタクシのことを抱いてくださいませ」
「何を言っているんだジョゼット」
英雄エローさま。ワタクシたちは二人でお願いします」
「は?」

素で出た「は?」。
坊ちゃんの真似じゃないけど、ほんと何を言ってんだ。

「ジョゼット!いい加減にしないか!」
「あらお父さま。婚約者以外の殿方に触れられるのは嫌です」

ついにシモン侯爵から怒鳴られても腹黒娘はケロっと言う。

「ワガママを言わず四人で行きなさい!みなさまが待っておられるのですよ!英雄エローさまのご負担も考えて!」

アデライド嬢に怒られてもツン。
姉妹のはずなのにこの性格の差はなんだ。
腹黒娘はまさに甘やかされて育ったワガママ妹キャラを地でいってる。

「おい、腹黒娘。焼け死ぬか四人で飛ぶか選べ」
「無礼ですよ!」
「どっちが無礼だクソガキ!こっちは火を消すために下の階に行ったままのエミーを助けに行きたいのを堪えてんだ!」

堪忍袋の緒が切れた。
腹黒娘の顔を掴み上を向かせて話す。
今までは両家とアデライド嬢の面目を考えて強く言わなかったけど、今回のワガママにはさすがにブチ切れた。

「警備兵も自分たちは大怪我をしてるのにみんなを助けようと必死に頑張ってる!師団長とルナさまもみんなを助けたい一心で魔力を使い続けてる!アデライド嬢だって自分を裏切ったクソみたいな妹と元婚約者なのに先に頼むだとよ!それなのにテメェは何をしてんだ!一秒の違いで多くの人の命が左右されるこんな状況の時にまでワガママ言ってんじゃねえ!」

緊急時に言われるワガママほど腹の立つことはない。
こっちは一分一秒でも早くエミーを助けに行きたいんだ。

英雄エロー閣下。ジョゼットではなく他の方をお救いください」
「お母さま!?」
「貴女がワガママに育ったのはワタクシの責任です。体が弱いからと甘やかしすぎました。母と二人でここに残りましょう」
「それは私とて同じこと。共に残ろう」

そう言って俺に跪いたのはシモン侯爵と夫人。
何を言っているのかというように腹黒娘は青ざめる。

「娘の度重なる非礼をお詫び申し上げます。このような非礼を働いておきながら都合のいい願いではございますが、どうかアデライドだけはお救いくださいませんでしょうか。アデライドは賢い子です。将来英雄エロー閣下のお役にたてることでしょう」

胸に手をあて深く頭を下げるシモン侯爵。
腹黒娘の方は育て方を間違えたことを自覚してるんだろう。

「い、いや!死にたくない!」
「そうか。じゃあ何がなんでも生にしがみつけ」

真っ青な顔で言った腹黒娘を抱きかかえる。

「時間がないからロック卿と二人きりは無理だけど、肉親と一緒にって対応で勘弁してくれ。俺のことは塵芥ちりあくたとでも思え」
英雄エローさま!?」
「言っただろ。最後の一人まで助けるって」

腹黒娘の他に坊ちゃんとシモン侯爵夫妻も抱えて飛び降りる。
最初から死なせるつもりなんてない。
ワガママにムカついただけで。

英雄エロー!大丈夫ですか!?」
「大丈夫。少し疲れただけだ」

四人を下ろしてよろめいた俺に警備兵が駆け寄る。
ずっと翼を出したままで身体強化にも魔力を使っているから思った以上に体に負荷がかかっている。

「申し訳ございません。ワタクシのワガママの所為でお体が」
「平気。この程度の人数くらい救えなくて何が英雄だ。そんなことよりも後で二人ともアデライド嬢に謝れよ?」
「はい、はいっ!」
「必ず!」

泣きながら謝る腹黒娘の頭を撫でてまたバルコニーに飛ぶ。
ズキズキと痛む腕を軽くさすりながら。

「次!もう並んで待っててくれ!時間がない!」

会場はルナさまと師団長が障壁で護ってくれてるけど建物が耐えられるかどうか分からない。
一階が完全に崩れたら終わりだ。

「ルナさま!?」
「ルナさま!」

次の四人を抱えようとして聞こえた声。
アデライド嬢と師団長の声だ。

「どうした!」
「ルナさまの魔力がもう!」
「わ、ワタクシもまだやれます!」
「枯渇しそうなのか」

姿が見えないまま聞こえてきたルナさまの声は掠れている。
たった二人でこの広い会場を護ってるんだから当然か。
四人には少し待って貰ってルナさまの所へ。

「ルナさま」
「……シンさま」
「申し訳ありません。ゆっくり送る時間がありません」

もう膝をついてアデライド嬢から体を支えられているのに障壁をかけ続けていたルナさまの隣にしゃがみ、一応口元を両手で隠し口唇を重ねて魔力を送る。

「シンさま」
「今回は緊急処置ということで不敬をお許しください」
「お気遣いなく。魔力譲渡だと分かっております」
「では、もう一度」
「お願いします」

再び重ねた口唇から魔力を送る。
この状況で額からゆっくり魔力を譲渡する時間はないから今回だけは緊急ってことで不敬罪は勘弁して欲しい。

「どうですか?」
「お手を煩わせました。まだやれます」
「お願いします。アデライド嬢、ルナさまを頼む」
「はい!」

魔法を使える人の数が圧倒的に足りない。
王女のルナさまの力を酷使して申し訳ないけどもう少しだけ頑張ってほしい。

「待たせて悪かった。しっかり掴まっててくれ」
『はい!』

待たせていた四人を抱えてまた飛び降りる。
これでようやく三分の二ほどの人数は避難させられた。

「怪我人の状況は」
「一階に居た屋敷の使用人が多数負傷しております」
「分かった。避難させるまでもう少し頑張ってくれ」

レジャーシートの上に寝かされている人たち。
酷い火傷をしている人や痛みに唸っている人も居る。
その姿に胸は痛みながらも同じ行動を何度も繰り返した。

英雄エローもう屋敷が持ちません!崩れます!」

あと数人。
そこまで来てバルコニーの下に居る警備兵が声をはる。

「何をしてる!早く行くんだ!」
「分かってる!戻って来るから待っててくれ!」

……腕が。
体に激痛が走り腕ももう辛うじて感覚が残っている程度。
上乗せで強化魔法をかけてガタイのいい貴族の男二人を肩に担ぎ、腕に細めの貴族二人をおさめてバルコニーから飛んだ。

英雄エロー!もう危険です!」
「まだ会場に六人居る!ルナさまも中だ!」
姫殿下プリンセスが!?」
「先にデュラン侯爵夫妻とアデライド嬢を避難させる!」
「はっ!」

会場が保たれてるのは師団長とルナさまのお蔭。
先にルナさまを避難させてはデュラン侯爵夫妻とアデライド嬢は助けられない。

「デュラン侯爵夫妻!アデライド嬢!警備兵!早く!」
「我々が先でよろしいのですか?姫殿下プリンセスを先に」
「障壁をかけてるルナさまが先に出たらこの会場が持たないんだ!ルナさまを助けたいなら早くしてくれ!」

坊ちゃんの両親とアデライド嬢と最後の一人の警備兵を両腕で抱えたと同時に骨が軋むような音がする。
俺の体もそろそろ限界みたいだ。

「デュラン侯爵夫妻。使用人の様子を見ておいてくれ。ルナさまと師団長を避難させたら負傷者に回復ヒールをかける」
「承知しました」

師団長とルナさまで会場は最後。
後は負傷者に回復ヒールと……エミーを。

英雄エローさま!』

四人を下ろして片膝をついたまま立ち上がることが出来ない。
まだやることが残ってるのに。

「くそっ!もっと頑張れよ俺の体!」

脚にも強化魔法をかけて何とか立ち上がる。
二人を助けに行かないと。
エミーを助けに行かないと。
もうその気力だけで行動していた。

「師団長!ルナさま!逃げるぞ!」
「はい」
「ああ」

バルコニーに戻って声をかけると返った師団長とルナさまの返事はもう元気がない。

「「ルナさま!?」」

障壁を消した途端に扉の隙間から立ちこめる煙。
それと同時にルナさまがその場に倒れた。

「先に行ってくれ!ルナさまは俺が助ける!」
「だが!」
「師団長一人なら転移できるだろ!?俺の体がまだ動く内に先に行ってくれ!ルナさまは必ず助けるから!」
「……分かった!お前も生きて戻れ!」

あっという間に会場を埋める煙。
如何に二人の障壁に救われていたのか分かる。

「ルナさま!返事しろ!」

煙が充満する会場で名前を呼びながら、さっきルナさまが倒れた方向に向かって歩く。

「大天使の目…………居た」

口元を腕で隠しつつ恩恵の効果で見えたルナさまの所へ行く。
煙を吸ってしまったのかルナさまの意識はない。
すぐに抱き上げた体の胸元に耳をあてて心臓が動いていることは確認できた。

「……シンさま」
「大丈夫ですか?もう少しの辛抱です」
「またワタクシはシンさまにご迷惑を」
「ずっと障壁をかけてくれてたじゃないですか」

細くて軽い体。
この繊細な体でずっと障壁をかけてたのかと少し驚いた。

ワタクシの力でも少しはお役にたてましたか?」
「もちろんです。ルナさまと師団長が居てくれなかったらみんなを助けることは出来ませんでした」

少しどころか本当に助かった。
エミーが居ない状況で魔法を使えるのが師団長と俺だけだったら全員を避難させる前に力尽きていたと思う。

「シンさま」
「もうあまり喋らない方が」

怖いのか次々に話すルナさまを見ると細い腕が首に絡まり口唇が重なる。

「申し訳ありません。このような時に。初めての口づけが魔力譲渡でしたので」

ファーストキスを俺が奪ってしまったのか。
しかも魔力譲渡でとか……最低だな、俺。
そうするしかなかったんだけど。

「申し訳ありませんでした」
「いえ。シンさまが初めてのお相手で幸せです」

煽られてるのか?天然か?
残念ながらそれどころじゃないけど。

「避難したら屋敷から離れて休んでください」
「ですがエミーリアさまが」
「俺が恩恵を使って捜しだして助けに行きます。あの図太いクソッタレ師匠のことだからどこかに避難してるはず」
「ふふ。手厳しいエミーリアさまのことですからきっと来るのが遅いと怒られてしまいますね」

慰めてくれてるんだろうな。
本当は俺と同じように最悪の結末も過ぎっているんだろうに。

「シン!ルナさま!」
姫殿下プリンセス英雄エロー!』

煙に包まれた会場からバルコニーに出ると師団長の声やみんなの声に出迎えられる。

「飛びますよ、ルナさま」
「はい」

これで最後。
翼を羽ばたかせてバルコニーから地面に降りた。

「ルナさまご無事で!」
「ティナ。来ていたのですか?」
「火災がおきたと聞いてすぐに!ご無事で良かった!」
「心配をかけてごめんなさい」

ルナさまを地面におろすと侍女のティナさんが走って来て泣きながらルナさまへ抱きつく。

「負傷者に回復ヒールを」
「休め。さきほど白魔術師たちが到着して既に治療中だ」
「そっか。じゃあそっちは頼む」
「どこへ行く?」
「エミーを助けに」

負傷者の回復は任せられて良かったけどエミーはまだ中。
同じ一階に居たはずの使用人も出て来てるのにここに居ないということは自力で脱出できる状況じゃないんだろうから、早く助けに行かないと。

「この中に入る気か!じきに崩れる!」
「でもまだエミーが屋敷の中に居る。行かせてくれ」
「行かせられるはずがないだろう!エミーリアは軍人だ!国民のために命をかける覚悟はできてる!」

そんなことは知ってる。
俺がこの世界に来る以前から勇者を無事に送り届けて自分は死ぬ覚悟が出来てた奴だから。

「頼むから行かせてくれ!エミーは国民のために命をかける軍人でもあるけど俺のたった一人の師匠だ!その人を見捨てて助けに行かなかったら俺は死ぬまで後悔することになる!」

そんなのは嫌だ。
何もせずに後悔するくらいなら助けに行って俺も死ぬ。

「師団長!」

懇願する俺を見る師団長の眉間には深く皺が刻まれる。

「……一つ約束しろ。死ぬな」
「約束する!ありがとう!」

国民を守る立場の師団長には苦渋の決断だったと思う。
それでも許可をくれてありがたかった。

「大天使の目」

俺の魔力も残り僅か。
数値は分からずとも体の怠さで分かる。
ただ、例え枯渇しようとも行かなければ後悔する。

「居た。煙で姿は見えないけど」
「必ず生きて戻れ」
「うん」

自分の周りに障壁をかけて飛び込んだ屋敷の中。
炎と煙に包まれながら恩恵の効果で見えている屋敷の中の光景を頼りにエミーの位置を探す。

パチパチ燃える音と充満する焦げた香り。
あちらこちらから崩れる音も聞こえてくる。
今にも倒れてしまいそうな残りの体力に加え足場の悪さも手伝って足元も覚束ない状況だ。

そんな状況で見つけたのは廊下の柱。
特徴的な柱とその柱に飾られているデュラン侯爵家の紋章入りタペストリーでここだと確信した。

「エミー!どこにいるんだ!」

名前を呼んでも返事はない。
煙と炎の中を手探り状態で捜していると煙に包まれた一ヶ所に僅かながらエミーの魔力を感じて駆け寄る。

「エミー!」

俯せで倒れていたのは布を体に巻いた大人のエミー。
体の周りは障壁に包まれている。
賢者の魔力を解放して障壁をはったんだろう。

「助けに来たぞ!」

体を起こしても返事はなく辛うじて障壁が残っているだけ。
一階が今まで崩れなかったのは、みんなが避難する時間を稼ぐためにエミーが障壁をはったからだったんだと分かった。

「障壁をかけておくから」

話しながらシャツを脱いで、障壁をかける前に焼けてしまったんだろうもうあまり役に立っていない布の上からかける。

「一緒に帰ろう」

抱きあげるとダラリと垂れた白い腕を見て、間に合ってくれと願いながら抱きしめた。

「……まだ……もってくれ」

二人分の障壁と出口の方角を写す大天使の目。
魔力の残り一滴まで使い果たすように絞り出した所為で体は悲鳴をあげていて、気を抜けばエミーを落としてしまいそうだ。

出口に向かう足取りは重い。
重い脚を引き摺るように一歩一歩と踏みしめる。

「もう少しだか」

話しかけたところで上から音が聞こえて限界を迎えた天井の梁が崩れ落ちてきた。

「……怪我はないか?」

エミーにかけたシャツにポタポタ落ちる俺の血。
絞り出してかけた障壁の防御力など所詮こんなものか。

「大丈夫そうだな」

エミーには怪我がないことにホッとして再び歩き出した。

「なあエミー……英雄って何だろうな。本物の英雄ならアニメのヒーローのように……颯爽とカッコ良くみんなを助けるんじゃねえの?……俺はズタボロなんだけど」

英雄なんて神の存在と変わらない。
救いを求める人々が作った幻想。

「いや……この世界には居るのかもな……神も」

実際に見たことはないけど俺のステータスで遊ぶが居ることは間違いない。

「神さま……本当に居るならエミーを助けてくれ」

周りで崩れていく建物。
エミーの障壁で耐えていた建物ももう形を保てないらしい。

「……!」

こちらに向かって倒れてきた太い石柱がスローモーションのように見えた。

「何をやってるんだ」

エミーをギュッと腕におさめて再び痛みが走ることを覚悟していたのに、痛みの変わりに聞こえてきたのはそんな声。

「……フラウエル?」
「どうして俺を呼ばない。アミュが水晶の前で鳴いて報せてくれたから間に合ったものの、気付かなければ死んでいたぞ?」

倒れてきた石柱から護ってくれたのは魔王。
神じゃなくて魔王が助けてくれた。

「もう崩れる。抱えるぞ」

エミーを抱いた俺ごと抱えた魔王は炎や煙などものともせず出口に向かって走り出す。
体の大きな俺と大人の姿に戻っているエミーではかなりの重さのはずなのに、次々と倒れてくる壁や梁を軽々と蹴り飛ばしながら走ってるんだから、ほんと魔王さまは最強。

「あそこか」

魔王が出入口から飛び出すと、まるで俺たちが出て来るのを待っていてくれたかのように屋敷の出入口は崩れ落ちた。

「魔お!」

出て来るのを待っていてくれたんだろうみんな。
ローブのフードで顔を隠していてもその巨体で分かったのか、師団長はと言いかけて言葉を飲み込んだ。

「賢者の心臓が止まった」
「……下ろしてくれ!」

確認せずとも分かるらしい魔王から言われて下ろして貰いエミーを地面に寝かせて心音を確認すると何の音も聞こえない。
心臓が止まってしまっては回復ヒールが効かない。

「何をするんだ!」
「心肺蘇生に決まってんだろ!」
「その体では無理だ!じきに医療師たちも到着する!」
「それじゃあ間に合わないんだよ!」

エミーにかけていた俺のシャツをずらし胸元に重ねた両手を添えて心臓マッサージを施す。

「エミー!還って来い!」

心臓マッサージと人口呼吸を繰り返しても戻らない心音。
エミーの胸元はポタポタと落ちる俺の血で汚れていくだけで動くことはない。

「危ないからみんな少し下がってくれ!」
「なにを」
「1200V(ボルト)」

心臓マッサージだけでは無理だ。
そう判断して祈るように様子を見ていたみんなには下がって貰ってAED変わりに自分の魔法を使って電流を送る。

ビクンと跳ねるエミーの胸元。
すぐに心音を確認してもまだ音は聞こえない。
これでも駄目なのか。

「エミー!頼むから還って来てくれ!」

電流をあげてもう一度。
右手に魔力を集めるとグッと胸が詰まり咳と共に血を吐いた。

「シンもう止めるんだ!お前が死ぬ!」
「……クソみたいな俺の命で誰かを救えるなら本望だ」

顔も分からない両親が死んでから俺の人生は変わった。
育ての親の婆ちゃんが居なくなったのもまだ幼い頃。
施設の人に発見されるまで泥水だろうと腐ったものだろうと口に入れて生き延びた。

そんな体験をした俺が“善い子”だったはずがないだろ?
生きるためなら殺人以外のことはなんだってした。
偶然出会ったオーナーに拾われるまで。

そのクソみたいな俺の命でエミーを救えるなら。
最期くらいは“善い子”で終わらせてくれ。

「面白い奴だ。だがお前に死なれては俺が困る」

顔を掴み重ねられた口から体に流れこむ魔力。
すっと体が楽になる。

「続けろ。子供賢者を助けたいのだろう?」
「……ありがとう」

魔王が来てくれて良かった。
これでまたエミーの治療ができる。

手に魔力を集めて二回目。
さっきよりも強くした電流を送って様子を見る。

「……駄目なのか?」

既に腕の感覚はない。
もうまともに心臓マッサージを出来る力がないのに。

「いや。動いた」
「!!」

魔王の言葉と同時にエミーの胸が空気を取り込み動く。

「動いたがダメージが大きい。これではまた止まる」
「え?」
「心臓が動いている今であれば回復ヒールが効くが俺では無理だ。もう一度魔力をやるからお前がかけろ。枯渇している子供賢者にも送ってやるからお前は回復だけに集中しろ」
「頼む!」

魔王の魔回復ダークヒールがどんなに強力でも人族には効かない。
再び口から直接魔力を分けてくれた魔王は辛うじて蘇生したエミーにも手を翳して魔力を送る。

「エミー。死ぬな」

魔王が分けてくれた魔力の全てを使ってかける回復ヒール
ダメージを負ってる箇所にしっかりと行き渡るよう手を組み祈りながら回復ヒールをかけ続けた。

「もう大丈夫だろう。正常に動き始めた」
「本当か?」
「ああ。後は寝させておけばじきに目を覚ます」
「……良かった」

少し離れて見ていたみんなから歓喜の声があがる。
傍に座って見ていた師団長も安心して涙腺を刺激されたのか目元をグイッと拭った。

「問題はお前だ。自分でも分かっているだろうが体内の損傷が激しい。俺の力でも全て治る保証はないぞ」
「うん。分かってる」

自分の体のことだ。
自分が一番よく分かってる。

「シンさまのお体はそんなにも酷いのですか?」
「今は俺の魔法で痛みを抑えているから普通に見えるが、解けば堪えがたい激痛で転がるだろう。限界を超え魔力を使い続けた所為で骨はもちろん臓器や神経も魔腐食でやられている」
「そんな……」

相手が魔王であることを知らず聞いたルナさまは力を失ったように膝から崩れ落ちる。

「こんなになるまで何をしたんだ」
「ここに居るみんなをお救いくださったのです。両腕に人を抱えては翼で飛んでを繰り返して。それで……」

魔回復ダークヒールをかける魔王に答えたのはアデライド嬢。
説明していて辛くなったのか言葉を詰まらせて涙を零した。

「腕輪の魔力も使い果たすほどの無茶をするとは」
「ああ、やっぱこの腕輪が魔力をくれたのか。体は限界を感じてるのにまだ魔法が使えるから変だと思ったんだ」
「無茶をするのが好きなのもいい加減にしろ」
「好きじゃないって言ってんだろ」

その時を乗り切る為に必死なだけで。
痛いのも辛いのも嫌いだ。

「どうだ?シンの体の様子は」
「一度では回復出来ない。俺の力にも限界はある」
「静養すれば回復できそうだろうか」
「治療は俺が毎日続けよう。だが全快の保証はない。お前も軍人であれば限界を超え魔力を使った者の体がどうなるかなど知っているだろう?今こうして生きていることが奇跡だ」

状況を聞いた師団長の顔は暗い。
ルナさまも、アデライド嬢も、みんなも。

「そんな暗い顔するなよ。死ぬと思ってたのにこうして生きてるんだから俺にとってはラッキーだ」

死ぬところだったのに生きてる。
それだけで充分。

英雄エロー閣下。命をお救いくださり感謝申し上げます」
「我々デュラン侯爵家、シモン侯爵家の両家は、英雄エロー閣下をもう一人の主君として生涯の忠誠を誓います」

魔王から治療を受ける俺の前に跪いた七人。
デュラン侯爵夫妻とシモン侯爵夫妻、そしてアデライド嬢と腹黒娘と坊ちゃん。

「いや。そんなことを望んで助けた訳じゃない。それに助けてやれなかった人も大勢居る」

シートの上に寝かされている人たち。
白魔術師からまだ治療を受けてる人も居るけど、分けて敷かれているシートの上には既に毛布で覆われている人も居る。

あの状況で下に居る人を助けに行くのは無理だった。
そう自分に言い聞かせても何か方法があったんじゃないかと悔やまれる。

「屋敷から出てきた時には既に手遅れだった者も多く居たそうです。ですが英雄エロー閣下がお救いくださらなければもっと多くの者が亡くなっていたことでしょう。亡くなった使用人たちのことは主人の私が責任をもって厚葬いたします」
「頼む。安らかに眠れるように」

救えた命と救えなかった命。
その大きすぎる差を生んだのは二階の会場に居たか一階に居たかの違いだけ。

英雄なんて呼ばれても全ての人は救えない。
失われた命を生き返らせることも出来ない。
みんながいう“英雄”も所詮はただの人。

屋敷の崩れる音を聞きながら自分が救えなかった人たちの光景を瞼に焼きつけた。
 
   
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まりぃべる
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