ホスト異世界へ行く

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第六章 武闘大会(前編)

舞踏会

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騎士団と訓練をしてから約半月。
今日も朝から訓……

「はぁ。だる」

練はしていない。

「そう言うな。私もこんなことをしている場合ではないんだけどね。これも仕事だから仕方ない」

白い軍服を着てる俺の隣に居るのはエミー。
軍服ではなく髪色と同じ翡翠色のドレスで身を包んでいる。

「めでたいのはいいことだけど何で俺まで」
「仕方がないだろう?英雄なんだから」
「面倒くさい称号を貰ったもんだ」
「人前で愚痴るなよ?英雄の称号は精霊族の誇りだ」
「そのくらいは弁えてる。言える相手にしか言わない」

グラス片手にバルコニーに出て二人で愚痴っている理由。
武闘会ならぬ、舞踏会に呼ばれてしまったから。
しかも相手は侯爵家。
国に貢献している侯爵家の長男坊の婚約披露パーティらしく、大会の訓練も清浄化もさて置きで参加させられた。

「エミーリア。ここに居たか」
「あーあ。見つかった」
「なんだその嫌そうな顔は。貴族家の方々がお前をダンスに誘おうと捜しておられるぞ」
「だから逃げて来たんじゃないか。戦う方の武闘のお誘いなら喜んでだけど踊る方の舞踏は苦手なんでね」
「お前も一応は女性だろう?少しは淑やかにしろ」
「子供の姿で来てる私にダンスもなにもないだろ。両手を繋いでクルクル回って何が楽しい」

バルコニーに出て来たのは師団長。
相変わらずの凸凹コンビの会話に笑い声が洩れる。

「シンも戻れ。ルナさまが気にかけておられる」
「はいはい。ルナさまもよく侯爵マーキスの婚約披露パーティに参加したな。大公グランドデュークなのに」
「婚約なさった卿がご学友なのでな。今回は是非にと」
「なるほど。だからか」

大公グランドデューク(王族)を招待できる(しかも来て貰える)なんてどれだけの権力を持った侯爵家なんだと思ってたけど、学生時代の友人だから特別に参加したと。

「これだけ呑んだら戻る」
「そう言って戻らないのではないだろうな」
「俺とは別に戻らないと野郎どもがエミーを誘い難いだろ」
「……うむ」
「誘っていただかなくて結構なんだけどね」
「可愛く着飾ってる時くらい付き合ってやれよ」
「好きで着飾ってる訳じゃない。こんなの動き難いだけだ」

連れて行かれながら恨めしく睨むエミーに笑って手を振る。
美しく着飾ったドレス姿だろうと中身はやっぱり軍人。
元の姿の時は胸に立派なスライム(キモ花じゃなくぷよんぷよんのアイツ)を飼ってて色気は充分なのに。

一人になってオーケストラが音楽を奏でる巨大なフロアを背に再びグラスを口へ運ぶ。

「しっかし広い屋敷だな。これで別邸とはさすが侯爵家」

眼下に広がる立派な庭園。
腕のいい庭師を雇っているのかあらゆる花々が庭園で咲き誇っている。

「ん?」

バルコニーの右斜め下にある樹の傍に居る集団。
今まで下を見ていなかったから気づかなかったけど、パーティに飽きて涼みにでも出たんだろうか。

「…………」

なんか険悪な感じ?
友人同士で楽しく談笑でもしてるのかと思ったのに。
話してる声までは聞こえないけど、樹を背にした一人の女の子に六人の男女が詰め寄ってるようにも見える。

「一応確認しとくか」

バルコニーから見て警備兵の位置は少し距離がある。
さすがにパーティに紛れた襲撃犯ってことはないだろうけどあの時は甘く見ていて大変なことになったし、念には念で確認しておこうと足に強化魔法をかけて静かに飛び降りた。

姫殿下プリンセス知己ちきを語るとは図々しい」
ワタクシはそんなつもりでは」

後ろに位置する樹の後ろに身を潜めて聞こえたのはそんな声。
姫殿下……ルナさまの話か。

姫殿下プリンセスは聡明でお優しい。いつも一人で教室に居る君を放ってはおけなかったのだろう」
「たったそれだけのことで親しいと勘違いするとは」

教室?もしかしてルナさまの同級生か?
こういう状況は悪役令嬢系で見た(異世界系全般愛読者)。
王子さまは助けに来ないのか?
……あ、王子ルイスさまは五歳児だった‪(  ˙-˙  )スンッ‬

姫殿下プリンセスは女王陛下となる御方。身の程を弁えなさいアデライド。そんなことだから妹に婚約者を奪われるのです」
「それはっ!」

まさか今日婚約披露した侯爵家の息子のこと?
事情は分からないけど、さすがにそれを言ったら可哀想。
少し手助けするか。

「談笑中に失礼する」
英雄エローさま!?』

素知らぬ顔で声をかけると嬢ちゃん坊ちゃん'Sは一斉に振り返り驚く。

英雄エローさまがどうしてこちらに」
「アデライド嬢をダンスに誘うために探していた」
ワタクシですか?ですが英雄エローさまとワタクシは」

初めて会うのに疑問に思うのは当然。
傍まで行って話しながら口元に指をあて黙っているよう小さくジェスチャーする。

「諸君はアデライド嬢のご令友だろうか」
「はい!」
「邪魔をしてすまない。アデライド嬢を借りたいのだが」
「ど、どうぞ!」
「ありがとう」

やんごとなきお宅の子なんだろうと思わせる高級そうなドレスや礼服を着ている坊ちゃん嬢ちゃんに礼を言いながら、ホスト時代に鍛えられた作り笑いをする。

「一曲踊る権利を貰えないだろうか」
「こ、光栄です」
「では会場に」
「はい」

少し身を屈めてアデライド嬢に手を差し出し、遠慮がちに置かれたその手を軽く握った。


「驚かせてすまない。差し出がましい真似をした」
「やはり会話が聞こえて連れ出してくださったのですね」
「バルコニーで涼んでいたら視界に入ってな。揉めているのかと思って降りて来て話を聞いてしまった。すまない」

嬢ちゃん坊ちゃんから離れたあと足を止め、握っていた手を離して謝る。

「ふふ。謝らないでくださいませ。むしろ感謝しております。普段紳士淑女として振る舞う彼らが唖然として口を開いたままになっていたあの顔を見て、少しだけ気が晴れました」

そう言ってアデライド嬢は口元を隠し上品に笑う。

ワタクシも来ずに済むのであれば来たくありませんでした。元婚約者と妹の婚約パーティなど格好の晒し者ですもの」
「お断りすることは出来なかったのですか?」
英雄エローさま。特級国民の英雄エローさまが侯爵家のワタクシに言葉を気遣う必要はございません」

貴族の爵位でいえば伯爵の俺の方が下なんだけど。
国民階級でいえば特級国民の俺の方が上の階級だからか。
因みにエロー(héros)と呼ばれると少し複雑な気分になるのは俺が日本人だからだろう。

「ありがとう。そういうことなら普通に話させて貰う」
「はい」

砕けた話し方でいいなら助かる。
堅苦しい話し方を続けるのが嫌でフロアから逃げたから。

「断れないのか。侯爵令嬢ともなると」
「元はワタクシの婚約者と言っても今は妹の婚約者。大切な祝いのパーティをお断りする訳にはまいりません」

男側の侯爵家も少し気遣ってやればいいのに。
相手も相手で婚約者の姉だからこそ招待しない訳にいかなかったのかも知れないけど。

「そう覚悟して来たものの、会場に入る勇気もなく祝福の言葉もまだ言えていないのですが」
「まあ簡単には言えないだろうな。事情は知らないけど、自分の婚約者を取った妹と婚約を解消して妹を選んだ男に」
ワタクシより妹の方が魅力的だったと言うだけですわ」

おいおい。
涙目で言う台詞じゃないだろ。
ハンカチを渡すと小さく頭を下げられる。

「どんな経緯でこんなことに?妹って知らなかったとか?」
「いいえ。デュラン侯爵家とは昔馴染みですので」
「それなら妹の方も姉の婚約者って知ってたんだよな」
「はい。もっともワタクシが婚約をしたのは幼少時ですが」
「あー……」

政略結婚的なアレで子供の頃に婚約したのか。
でも坊ちゃんが実際に好きになったのは妹の方だったと。

「少なくともアデライド嬢の方は好意があったんだろ?」
「どうでしょう。ただ、将来彼を支えられる妻になろうと努力はしてきたつもりです」

涙目でそう言ってアデライド嬢はふふと笑う。
そこまで考えていたなら家のための婚約以上の感情はあったんだろう。

「それなのに身を引いて二人を祝ってやるしかないのか」
「この婚約はデュラン侯爵家とシモン侯爵家の繋がりを強くするためには必要なこと。ワタクシ一人の感情でお父さまの顔に泥を塗るようなことはできません」
「そっか」

さすが侯爵令嬢。
涙を拭って気丈に振る舞う姿を見てるとそう思う。

「パートナーは?まだ会場に入ってないって言ってたけど」
「‍妹に婚約者を奪われた姉を誘う方などおりませんわ。ワタクシが逆の立場でも気まずくなると分かりますもの」

まあたしかに。
姉から男を奪った妹と妹に鞍替えした男の婚約パーティに行く『気まずい立場の姉』を誘う猛者はあまり居なさそう。

「そういうことなら俺がこのままエスコートするから、二人に祝いを伝えたあと一曲踊ろう。英雄称号を持つ俺のパートナーとして婚約パーティに参加するなら多少は面目も立つだろ」
「連れ出すためにお声をかけてくださったのでは?」
「最初はそのつもりだった。あ、俺と踊ったらマズいか?」
「そんな。英雄エローさまにお誘いいただけるなど光栄ですわ」
「決まり。ただ、この世界のダンスはまだ習ったばかりで不慣れだから、多少のミスは目を瞑ってくれるとありがたい」

腕を絡めるよう隙間を開けるとアデライド嬢はクスっと笑みを零して手を添えた。

英雄エロー?」

屋敷に戻り出入口に居る警備兵へ外套を渡したアデライド嬢と階段を上がり会場の扉の前に行くと、既に会場に居たはずの俺が外に居ることが不思議だったのか警備兵は首を傾げる。

「バルコニーから姿が見えて迎えに行ったんだ。扉を使わず出入りした行儀の悪さは師団長に黙ってて貰えると助かる」

アデライド嬢を見て察した表情に変わった警備兵。
独りでは入りづらいだろう立場の令嬢だからこそ英雄称号を持つ俺がパートナーになることにしたと分かったんだろう。

「シモン侯爵家、アデライド・バイエ・シモン令嬢の入場です」

警備兵が会場の扉をあけると注目を浴びる。
そのまま視線を集めながら元婚約者と妹ちゃんが踊っている傍まで歩いて行く。

「アデライド?」
「アデライド姉さま」
「本日はお招きいただきありがとうございます。ロード・デュラン、ジョゼット。御婚約おめでとうございます」

言った。
周りの反応で背後の存在に気付いたらしく踊るのを止めて振り返った二人にアデライド嬢は笑みを浮かべると、ドレスを摘んで綺麗なカーテシーをしながら祝福の言葉を伝える。

「なぜ英雄エロー閣下と」
「一曲踊って貰おうと私の方から声をかけた」
英雄エロー閣下がアデライドを?」
「壁の花にしておくには惜しい美しい花だったのでな」

アデライド嬢が俺と一緒に居ることを問う坊ちゃんにホストで鍛えた作り笑いで答える。

「引く手数多だろう美しい花が何故一人で居るのかと不思議に思いつつ声をかけたところ、偶然にもジョゼット嬢のご令姉れいしだとか。これから二人へ挨拶に行くところだったことを聞いて僭越ながら私がエスコートさせて貰った」

見上げている妹ちゃんにもそう話して空笑う。
まだ若いことだし恋愛に夢中なのは結構なんだけど、自分の姉の気まずい立場も考えて配慮してやればいいのに。

「アデライド!」
「お父さま」
英雄エロー閣下。娘が何か御無礼を働きましたでしょうか」

慌てた様子で現れたのはアデライド嬢とジョゼットの両親のシモン侯爵夫妻、そして坊ちゃんの両親のデュラン侯爵夫妻。
英雄称号を持つ俺が自分の娘を連れて会場に戻ってきたことに気付いて何か仕出かしたのかと思ったのか、シモン侯爵は難しい顔で俺に聞いてきて、ご夫人も青い顔で頭を下げる。

「それは誤解だ。バルコニーで涼んでいたら私と同じくアデライド嬢が一人で居たために声をかけた。それで意気投合してダンスに誘ったところロック卿とジョゼット嬢に挨拶に行くと聞きエスコートしただけで、誰も悪いことなどしていない」
「さ、左様でしたか」

ホッとするシモン侯爵夫妻。
息子も一緒に居たからシモン侯爵夫妻と同様に何かあったと心配したのか、デュラン侯爵夫妻もホッとした様子を見せる。
驚かせたみたいで申し訳なかった。

「改めて、アデライド嬢と踊る許可を貰えるだろうか」
「大変光栄です。お心遣い感謝申し上げますが」

そのは立場の悪い娘を誘ったことに対してか。
まあ両親が分からない訳がないよな。
ただ婚約披露パーティという両家の今後の関係にも大きく関わる晴れの舞台を潰す訳にもいかないし、難しい立場なのは分からなくない。

英雄エローさまとダンスを踊れるなんて羨ましいですわ」
「さすがシモン侯爵家のご令嬢ですな」
「お美しい英雄エローさまとアデライド嬢が並んでいるとまるで絵画のようですわね」

周りで様子を伺っていた人たちも褒め称え始める。
貴族って人種はそんなに歯が浮く台詞を言ってて体が痒くならないんだろうか‪(  ˙-˙  )スンッ‬

英雄エローさま。アデライド姉さまをお誘いくださってありがとうございます。ですが、今のアデライド姉さまをダンスに誘うのは英雄エローさまの名誉を傷付けることにもなりかねません」

人を見上げてそう話したのは妹ちゃん。

「ジョゼット!」
「みなさま。英雄エローさまに対して失礼があってはなりませんわ。この場で真実をお話ししておかなくてはなりません」

この小娘、腹黒い。
自分より姉が目立ったことが気に入らなかったのか、周りの人たちまで自分の味方にしようと神妙な顔で話す。

「アデライド姉さまが一人で居た理由はロックさまと婚約破棄したばかりだからです。それでお誘いがなかったのですわ」
「ほう」
「解消するに至った経緯をお話ししますので、それを聞いてから改めてお考えくださいませ」
「では聞かせて貰おう」
英雄エロー閣下!」

声をあげたのはシモン侯爵。
黙るよう手を上げて制する。
アデライド嬢が前を向いて気丈に振舞っているのに父親がそんな風でどうする。

「始まりはワタクシが13の時でした」

あ、長くなるパターンですか?
今16歳って言ってたから(最初にエミーと挨拶した時に)、三年前の出来事から遡って訥々と話し出した妹ちゃん。
面倒だから要点だけ掻い摘んで話してほしいんだけど。

アデライド嬢が坊ちゃんより勉学を優先しているのを放っておけなくてとか、それで坊ちゃんと妹ちゃんの話す機会が増えて互いに好意を持ってしまったとか、アデライド嬢が酷い仕打ちをしたから坊ちゃんは婚約を解消しただけで悪くないとか。

そんな長い話を右から左に半分聞き流す。
姉の婚約者を好きになってしまった自分も悪いと所々で自分下げの発言をして同情を買うのはさすが腹黒娘。
本当は悪いと思ってない癖に。

「ロックさまから婚約を解消されたアデライド姉さまは、そのうちワタクシたちへ嫌がらせをするように」
「嫌がらせなどしておりません!」

ずっと黙って聞いていたアデライド嬢が初めて声をあげる。

「たしかにロックさまのお誘いをお断りして勉学を優先したこともありました。ですが、ワタクシはロックさまのお役にたてる妻になりたかったのです。もしロックさまが困っていたら手助けができるくらいの知識は学んでおきたかったのです」

気丈に話すアデライド嬢の目からポロっと涙が落ちる。

「目立たず主人を影でお支えするのが妻の役目。お仕事の手助けなどとは妻の役目を超えております」
「どうしたらと一緒に困り泣くことが妻の役目ですか?ワタクシはそのような弱い妻にはなりたくありません!」

泣きながらも力強く妹ちゃんへ言ったアデライド嬢のそれに笑い声が洩れる。

「なるほど。ロック卿は惜しいことをしたな」

勿体ない。
好みは人それぞれだから、誰かに助けて貰わないと生きていけなさそうな子の方が好きなのかも知れないけど。

「公私ともに隣を歩いてくれる女性はこの世界にまだ多くないのではないか?貴重な女性から愛されていたのに逃がしてしまうとは勿体ない。もちろんジョゼット嬢もロック卿が好きになるだけの素晴らしい女性なんだろうが、私なら共に考え支え合いながら隣を歩いてくれる頼もしいアデライド嬢を選ぶ」

この世界の貴族は男社会。
次期国王が女性のルナさまだからもっと女性が活躍している世界なのかと思ってたけど、貴族はまだ昔に倣っていて時代に取り残されてる感がある。
もちろん昔に倣うことが全て悪いとは思わないけど。 

「ですが英雄エローさま。アデライド姉さまは」
「覚悟はしていなかったのか?」
「覚悟?」

もう長い話を聞くのはうんざりで妹ちゃんに問う。

「姉の婚約者を好きになった自分も悪いと言っていたが、第三者の私が聞いてもそう思う。姉の婚約者と知っていながら近付いたジョゼット嬢が悪い。アデライド嬢という婚約者が居ながらその妹に心移りしたロック卿が悪い。元婚約者が自分の妹と婚約するなど、アデライド嬢はどれほど辛かっただろうか」

この世界では知らないけど俺が居た世界ならゲス確定。
バッシングを受けるのは腹黒娘と坊ちゃんの方だ。

「百歩譲って好意を持ったことは仕方ないとしても、自分たちが酷い仕打ちをしておきながらアデライド嬢を悪く言うのは如何なものか。アデライド嬢から嫌がらせを受けるような原因を作ったのはロック卿とジョゼット嬢の方だろう?嫌がらせ程度は享受する覚悟もなく人一人の人生を狂わせたのか?」

自分たちがしたことは棚にあげて嫌がらせがどうこうとか。
されるような理由を作ったのは自分たちだろ。

「人を傷付けた業はいつか自分に返ると心に刻むといい。人を傷付けてでも何かを貫く時には自らも業を背負い傷つくことを覚悟しろ。その覚悟ができないのなら思い留まることだ」

腹黒娘のあと坊ちゃんの方も見る。
これは腹黒娘だけでなく坊ちゃんへの忠告でもある。

英雄エローさま。ワタクシは嫌がらせなど」
「ああ、すまない。もしそうだったとしてもの話で、本当にアデライド嬢が嫌がらせをしたとは思ってない。嫌がらせをするような子なら気丈に振舞って祝福してやるなんてしないだろ。今ジョゼット嬢がしてるように大勢の前で悲劇のヒロインを演じて婚約披露パーティをぶち壊した方がよほど復讐になる」

アデライド嬢が選んだのは祝福すること。
腹黒娘が選んだのは姉をますます追い込んで自分は悪くないとみんなに思わせること。
俺は両家の問題に口を挟むつもりはなかったけど、腹黒娘が姉を貶めるようなことを人前で言うなら放っておけない。

「本当は辛いだろうに笑顔で二人を祝福してかっこ良かった。それは誰にでも出来る事じゃないんだから自分を誇っていい。アデライド嬢にはこれからもっといい出会いが待ってる」
英雄エローさま……ありがとうございます」

俯いて遠慮がちに礼服の袖を掴んだアデライド嬢の涙をそっと拭って、視線を合わせるために少し身を屈め胸に手をあてる。

「アデライド嬢。私と踊っていただけますか?」
「光栄ですわ」

差し出した俺の手に笑顔で手を添えたアデライド嬢。
その手を握ってフロアの中心にエスコートする。

「お。なんか曲調が変わった」
「ふふ。明るい音楽ですわね」

オーケストラの方を確認すると指揮者にウインクされる。
あの人は勲章授与式の後の会食で演奏してくれてた人。
騒動に気付いて明るい曲調の音楽に変えてくれたんだろう。

「足を踏んだらごめんな」
「実はワタクシもあまり得意ではないのです」
「侯爵令嬢なのに?」
「侯爵令嬢が全てお淑やかとお考えでしたら甘いですわ」
「肝に銘じとく」

明るい曲調に合わせて踊りながら互いに笑う。
俺としてはアデライド嬢のような話し易い侯爵令嬢の方が好みだけど。

「このようなステップで踊ったのは初めてです」
「俺の居た世界のタンゴ。教わった内容がぶっ飛んだ」
英雄エローさまの故郷のダンスは情熱的ですのね」
「本当のタンゴはもっと激しい。ただ体を密着させるだけじゃなくて、男性側はもちろん女性側も大きくステップを踏む」
「まあ。堅苦しいダンスより楽しそうですわ」
「リードするから普段踊ってる動きを大きくしてみな?女性の色気を意識することは忘れないように」

背中に回した手を引き寄せてタンゴ
あくまでこの世界のダンスの動きを大きくしたというだけだから本当のタンゴとは別物だけど。

「こう?」
「上手い上手い」
「楽しいですわ!」

こちらの世界の舞踏会で踊る曲はスローな社交ダンスが主流だけど、アデライド嬢にはこちらの活発な動きの方がツボだったらしくタンゴもどきを言葉通り楽しそうに踊る。

「これが英雄エロー閣下の故郷のダンスか。優雅で情熱的で美しい」
「素敵ね。ワタクシにも出来るかしら」
英雄エロー閣下とアデライド嬢を真似てみよう」

近くにいたご夫妻からそんな会話が聞こえ、その夫妻を皮切りにして徐々にフロアでタンゴもどきを踊る人が増えて行く。

「淑女のみなさまがはしたなく脚を出していいのかしら」
「はしたないのとは違う。ダンスは楽しく踊るものだ」
「そうですわね。本来はそういうものでした」

普段は紳士淑女の貴族たちには抵抗がありそうなものだけど、踊っている人たちは楽しそうだ。

「誑すね。今日も誑しこむね」
「エミー」
「交換だ。殿方がアデライド嬢と踊ろうと待ってるよ」
ワタクシとですか?」
「美しいご令嬢を殿方が放っておくはずがないだろ?」

エミーが指し示した先にはこちらを見ている男が数人。
もう大丈夫そうだ。

「いい出会いがあるといいな」
英雄エローさま」
「大丈夫。もうアデライド嬢を白い目で見る奴はいない」
「はい。ありがとうございました」
「こちらこそ」

誘いに来たんだろう男たちの方に少し背中を押す。

「アデライド嬢。我々ともご一緒していただけますか?」
「光栄ですわ」

笑みで答えたアデライド嬢を手を振って見送る。
頑張れ。

「私たちも一曲踊るか?」
「エミーにはタンゴよりカポエイラの方がお似合いだ」
「カポエイラ?」
「俺が訓練の時に使ってる体術」
「え?あれってダンスだったのかい?」
「元々は格闘技。奴隷の抵抗手段になるって理由で禁じられたから、格闘技だってバレないよう音楽をかけてダンスを踊ってるように見せかけて練習してたらしい」

俺が剣と武術の訓練で使っているのはカポエイラ。
元居た世界でカポエイラのジムに通っていたから。

「ダンスで蹴っては駄目だろう」
「当てないし。俺が普段使ってる時は当ててるけど」
「へー。やって見せて」
「ここで!?礼服なのに!?」
「いつもスーツというのを着ているだろう」
「いやこれ婚約披露パーティだし」
「手遅れだろ。君たちの所為でこうなってるのに」

……そうでしたね。
紳士淑女が集うスローでお淑やかな社交ダンスから一転、今はアップテンポな曲調に合わせて華やかに踊る貴族たち。
オーケストラの人たちも楽しそうに演奏している。

「少しだぞ?人に当たって怪我をさせる訳にいかないから」
「うんうん」
「ワクワクするな」

マントと礼服のジャケットを脱いでシャツ一枚になり、ワクワクしながら見ているエミーに預ける。

「カポエイラの動きの基本は円。手を縛られてても攻撃できるように蹴りが中心って言われてる」

訓練中は実戦用に素早く動いているけど今日は演舞。
カポエイラ独特の音楽のリズムを自分の脳内で取りながらやって見せる。

「こんな感じ」

基本の円運動で蹴りを幾つか披露してお終い。
立ち上がったと共にワッと歓声や拍手がおきて驚く。

英雄エローさまの武術までお披露目いただけるとは」
「シモン侯爵家とデュラン侯爵家のパーティだけあって我々を次々と楽しませてくださいますな」
「このような素敵なパーティにご招待いただけて光栄ですわ」

‪違 う の に (  ˙-˙  )スンッ‬
予想外の展開で真顔になる俺をエミーはクスクス笑う。
誰がやれって言ったんでしたか?

……まあいいか。
めでたい婚約披露パーティで誰よりも主役になるはずだった腹黒娘と坊ちゃんには暗い顔をさせてしまったから。
いや、そうさせたのは誰かと言えば姉を自分の批判逃れに利用しようとした腹黒娘だけど。

「シン?エミーリア?」
『はい!』

ビックーン‪Σ( ˙ ˙ ;)
聞き覚えのありすぎるその声にエミーとゆっくり振り返る。

「またお前たち師弟は騒ぎを」

眉間を押さえて怒りオーラを発しているのは師団長。
ルナさまの護衛で師団長も来ていたのをすっかり忘れてた。
師団長がお怒りの時には俺が働いていた店のオーナーと同じブラックオーラを纏っているからガクブルする。

「悪かったよ。パーティに興味がな」

何かを言いかけたエミーの頭にチョップする。
これ以上怒らせてどうするんだ。

「侯爵家の婚約披露パーティがどうしてこうなったのかと思っていれば……お前たちの仕業か」
「私じゃな」
「ご報告しますっっ!」

ガクブルしながら説教を受けていると会場の扉が大きな音を立てて開いて警備兵がフロアに向け声をはる。

「一階の調理場より火災が発生しました!すぐに避難を!」

それだけ言うと警備兵はその場に倒れた。

「テオドールはルナさまを!」
「ああ!」
「シンはみんなの避難を頼む!」
「分かった!」
「私はいっちょ特大の水をぶっ掛けてくるよ!」
『気をつけろ!』

ドレスの裾を短剣で切って引き裂いたエミーは、師団長と俺に指示を出して一階の出火元に走って行った。

貴族さまもこんな時はただの人。
開いたドアから焦げた香りと煙が見えていることがみんなの恐怖心をますます煽っていて軽くパニック状態。
緊急時は(押さない駆けない喋らない)が基本だろ。
この世界では知らないけど。

一旦落ち着かせないと。
我先に逃げようとする人で混雑している出入口に急ぎながらそう考えていると、扉の外からドンと大きな爆破音が鳴って屋敷を振動させる。

「は?」

出入口付近に居た人たちは爆風で倒れるほどの威力。
とどめのようなそれでフロアには悲鳴が響く。

「嘘だろ?」

出入口付近の人たちが吹っ飛ばされたってことは……。

「エミーっ!」

水を掛けてくると走って行ったエミー。
その姿は既に会場にはない。
肌は粟立ち、返事の返らない名前を呼んだ。

 
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まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

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