ホスト異世界へ行く

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第六章 武闘大会(前編)

王宮騎士団

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「……さすが英雄」
「中身はふざけてても英雄」
「ここまで頼んだつもりはなかったんだけど」

大会のための訓練を開始して四日目。
装備品を見に行った翌日に師団長に話して国王のおっさんからも許可がおりて騎士たちの予定に合わせた結果、今日訓練を行うことは一昨日から聞いてたんだけど……。

「……なんか間違った伝わり方した?とか?」

軍人が訓練で利用する土地には見渡す限りの王宮騎士たち。
エルフ族の代表の中に騎士が居るみたいだから騎士との戦い方を研究させて貰うため騎士団の力を借りたいって話したんだけど……第三騎士団まで揃ってるってどういうこと?

「みなさまの訓練に合わせて騎士団でも合同訓練をすることにしただけです。いつもは半年に一度行っていて次回は三ヶ月後の予定だったのですが、今回は武闘本大会と重なりますので」
「ああ。そういうことか。吃驚した」

団長から理由を聞いてホッとする。
これこそ『軍隊を動かした』と言われかねない状況にヒヤヒヤした。

「とは申しましたが、王宮騎士たちの本音は『代表騎士のみなさまと手合わせをしてみたい』です。中にはみなさまに引けを取らない猛者もおりますので、どうぞお手合わせ願います」

ぐんじんんんんんんんん!
さすがエミーの部下だけあって戦闘狂(震え)。
予定外のデスマーチ。
たしかに否が応でも騎士たちの戦い方を学べるけども。

「どのように行いますか?」
「最初はチーム戦じゃなくて個人戦の方がいいよな」
「俺はその方が助かる。まずは探る方に集中したい」
「だよな。じゃあ最初は一対一で」
「分かりました」

まずは個人戦。
弱点を探ったり必要になる武器や防具が知りたいから、周りに居る仲間を気にせずそちらだけに集中できるように。

「先陣は誰が行く?」
「俺は二番目以降にしてくれ。弓の準備するから」
「じゃあ先に譲って貰っていいか?」
「どうぞ」
「我々は多少なりとも剣を交えたことがありますので」
「ありがとう」

最初に手合わせするのはドニ。
普段使っている剣から今朝受け取りに行ったばかりの剣二本に変えて、一段高くなっている格闘場にあがる。

「王宮騎士団第三部隊所属、クレマンと申します。まだ新人の身ですが、剣聖のドニさまの胸をお借りします」
「こちらこそよろしくお願いします」

まだ若そうな騎士。
鎧も新品っぽくて初々しい。
……と思ったのも挨拶まで。

「……新人って言ってたよな?……強くないか?」
「当然だろ?王宮騎士団に入団できる実力者なんだから」
「第三部隊は騎士団の中でいえば階級が下の新人が多い部隊ですが、そもそも並の剣士では第三部隊にも入団できません」

ぇぇぇぇぇぇぇぇええ。
王宮騎士団ってそんなに凄い人たちだったのか。
ロイズとエドから教えて貰ってそれを知り、ドニが全く気を抜く様子がなかったのはそういうことかと納得した。

俺の居た世界の印象だとは最後に美味しいところを持って行く役どころで実際に前線で戦ってるのは傭兵の印象だったけど、この世界の騎士はガンガン前に出て戦う。
だから鎧も動き易いよう軽量化されてるけど、それにしてもそれなりの重さがある鎧を着て素早く動けるんだから、普段から如何に体を鍛えているのかが分かる。

「そこまで!」

新人騎士の剣を弾いたのはドニ。
剣聖と呼ばれるだけあって強い。

「……隙のある頭部を狙わなかったのはわざとですか?」
「武闘大会では頭部と胸部への攻撃は禁止ですから」
「大会方式に倣って手加減されておりましたか。やはりお強いです。ありがとうございました」

気持ちのいい騎士だ。
笑顔でお礼を言う若い騎士の頭を撫でくりまわしたい。

「一度交代しますか?」
「いえ。俺の動きが鈍るまでこのままお願いします」
「シンさま、よろしいですか?」
「うん。両者とも即死だけ避けてくれれば俺が回復する」
「ではその時はお願いします」

ドニは自分を追いこむことで騎士から学ぼうとしている。
それを止めるほど馬鹿じゃない。

剣の自主練をしていた騎士の中にもドニと騎士の戦いが気になるのか手を止めて見始める人も屡々しばしば
強い人の動きや剣さばきは見ているだけでもためになる。

「掴んだな」
「そこまで!」

開始から五人目。
連戦して動き自体は鈍くなったものの、騎士の行動を交わしつつ似たような場所へ攻撃をするようになった。
つまりそこが狙い所と判断したということ。

「シンさま、お願いします」
「うん」

五人目の騎士は流血沙汰。
フルアーマーを着ている訳じゃないから、盾で庇っていた騎士の隙をついたドニの攻撃が鎧の関節部分に入った。

「鎧相手に長剣は厳しい。斬ることができないから」
「斬撃はそうですね。そのための鎧ですので」
「大会では出てる頭部は狙えない。かといって鎧の関節を狙う隙も中々くれないだろうし、剣で前衛は厳しいかも」

戦った者同士のドニと騎士の会話。
回復ヒールをかけてるものの騎士の方はドクドク流血してるのに平然と話している辺りはさすが軍人。

「騎士が居る団体戦では弓と魔法攻撃が中心になりそうだ」
「剣に魔法を付与すればいいんじゃないか?」
『え?』
「魔力を纏ってる俺の恩恵武器は鉄でも斬れるし」

エルフの騎士がどんな強さなのか分からないけど、もし全体的に強いパーティなら剣士のドニとベルが戦えないのは困る。

「よし、回復はOK。試しに俺の剣でやってみるか」

二人を回復して俺の訓練用の剣を鞘から抜く。

「えっと……とりあえず闇魔法でいいか」

魔力を付与する=魔法を纏わせる。
何かと使い勝手のいい闇魔法を纏わせるイメージ……。

「ほら出来た。暗黒剣。なんて……え?」

厨二病ちっくな名前をつけたお茶目な俺を見るみんな。
え?名前はただのジョークですよ?

「シンさま。剣に魔法を付与するなど通常は出来ません」
「いや、出来るだろ。現に出来たし」
「それはシンさまだからかと」
「え?この世界の人は出来ないのか?」
『はい』

エドから言われてみんなを見ると‪(  ˙-˙  )スンッ‬とした顔。
異世界系では武器や防具に魔法(魔力)を付与してたりするし、魔法のあるこの世界でだって出来ると思うんだけど。

「この剣は魔封石で出来た特別製ですか?」
「いや。武器屋の安売りで買った訓練用の剣」
「それであれば出来ません。通常は出来ません」
「そんな難しい話じゃないのに。魔力が全くない人は無理かも知れないけど」

この世界の魔法はイメージすることで形になる。
だから剣に魔法を纏わせるイメージでいけると思ったのに。

「お忘れなのだと思いますが、魔法の形を自在に操る高度な調整が出来る者は限られた方のみです。通常は出来ません」
「そっか。ただイメージするだけじゃ駄目なのか」
「はい。自分の属性にない魔法やレベルが不足しているものはどんなにイメージしたところで使えません」

ベルからそう言われて納得。
攻撃魔法として炎を打つことは出来ても、纏わせる(しかも剣にそのまま留めておく)のは難しいってことか。

「俺の剣にやってみてくれ」
「ドニの属性魔法は?」
「火」
「じゃあ同じ火属性で」

以前使っていた剣を借りて火属性魔法を纏わせる。

「出来た。あくまで魔力を付与するのが目的だから、火傷しないよう対象操作を使って魔法自体のダメージは無効にしてる」
「わかった。後は俺が持ってみてどうなるかだな」

剣先を持ってグリップの方を向けるとドニは剣を掴む。

「…………」

と思えばすぐに手を離した。

「……魔力が」
「なんで枯渇寸前!?」

フラっとよろめいたドニを受け止めてすぐに額を重ねて魔力を譲渡する。

「大丈夫か?」
「……お前これ死人が出るぞ」
「え?」
「物凄い勢いで魔力を吸い取られる」
「え?そんなに?」

殺人兵器を作ったつもりじゃなかったのに。
見ていたみんなも心配そうにドニの様子を伺う。

「剣に纏わせた魔法がシンさまの魔法だったから枯渇しかけたのではないですか?高レベルのシンさまの魔法を留めようとすれば一気に魔力を吸い取られてもおかしくありません」
「有り得る。高レベルの魔法は消費する魔力量も多い。シンさまクラスの魔力量が必要となると常人では不可能だろう」

団長とエドの会話でみんなも納得。
俺の魔力量の数値は7だけど、絶対に違うことは明らか。
魔力量だけでいえば賢者のエミーよりも俺の方が多く魔法を使えるから、それ以上となると魔王くらいしか心当たりがない。

「魔力を纏った剣を持てるなら戦えると思ったんだけど」
「ごめん。ぬか喜びさせて」
「いや。やってくれって言ったのは俺だし。魔力を分けてくれてありがとう。助かった」

ドニがすぐに気付いて離したから良かったものの、一瞬にして枯渇寸前にさせるわ、ぬか喜びさせるわ、ろくでもない。

「そんなにも凄い斬れ味なのですか?英雄エローさまの剣は」
「そうか。お前たちはまだ入団したばかりで詳しく知らなかったな。シンさまの武器は祖龍の体を真っ二つにする」
「魔導槍も通さない祖龍を!?」
「ああ。刀という種類の恩恵武器だ」
「種類もですが、武器の恩恵とは初めて聞きました」
「それはそうだろう。この世界にシンさましか居ない」

キラキラしてるぅぅぅぅううう!
新人の騎士たち(らしい)からえげつないくらいにキラキラした目で見られてるぅぅぅぅううう!

「ひとつよろしいでしょうか」
「なんだ」
「魔法を使うのではなく剣に魔力を付与することが目的であるなら魔封石を使えば可能になりませんか?」
「剣に魔封石を装飾するということか?」
「はい。魔導車のように剣でも応用できないかと」

そう提案したのは第二部隊の団長。
え、待て。出来そう。

「ヤンさんに話してみる価値はありそうだ」
「はい。理論上は不可能ではないかと」
「俺が魔力を充填すればお高い費用もかからないしな」
「シンさまは魔封石に魔力を充填できる特殊な方ですからね」
「さりげなくディスってるのか?耳噛むぞ」
「そのようなつもりでは」

耳を噛むと言われてエドはサッと耳を隠す。
同じ軍人仲間が見てる前で本当に噛んだりしないけど。

「それって弓でも出来るか?」
「弓はそもそも貫けるだろ」
「鎧の種類にもよる。重騎士の鎧だとキツイかも」
「重騎士の鎧なんて着るか?動き難いのに」
「たしかに重騎士装備はもう時代遅れだけど、パーティ戦なら周りがフォロー出来るから有り得なくはないだろ?」

ああ、そっか。
重いから動きは鈍くなるけど、防御力だけで見ればプレート(フル)アーマーは強い。

「仮に重装備でくるのであればドニさまとワタクシも力技で叩けるのですけどね。剣で鎧を斬ることは難しくても、鎧が凹むほどの攻撃であれば中の人への衝撃は大きいですので」
「そうなのか。知らなかった」
「鎧を貫ける武器の代表としてレイピアや弓がありますが、貫かずとも斧やハンマーを使った打撃攻撃で中の人に大きな衝撃を与える戦い方もあるのです」

さすが軍人だけあってベルも詳しい。
剣でそれをやったら刃こぼれしそうだけど。

「分かった。弓でも可能だったらやって貰おう」
「頼む。備えておくに越したことはないから」
「だな」

ロイズが言うように備えておく必要がある。
今回の訓練は対騎士戦を前提にやってるけど、武闘大会に出場する代表パーティは何組も居るから。

「今は無いものに期待するより普通の弓でも戦えるようポイントを押さえておきたい。俺とも手合わせお願いします」
「喜んで。ロイズさまは弓ですので念のため頭部も保護させていただきますが、鎧の傷みなどは気にせず戦ってください」
「ありがとうございます。助かります」

魔封石に関しては一旦保留。
騎士戦では武器攻撃の要になる弓士のロイズが二番手に出て訓練再開。

「うわぁ……弓対策も出来てるのか」
「盾の扱いに長けた騎士ですね」
「サーベルの扱いもお見事です」

距離をとりロイズが弓を撃つと騎士は盾で防ぎ突撃をかける。
ロイズは懐に入られた場合は短剣で対応してまた距離をとり弓で攻撃をすることの繰り返し。

「この様子だとロイズの懐には入られないよう前衛のドニとベルがフォローする必要があるな。効率が悪い」
「ああ。弓士は中距離から遠距離攻撃型だ。だからロイズは短剣も装備してるけど、得意なのは弓だけに短剣の扱いはいまいち。本人もそう言ってた」

と言っても並の冒険者よりは上。
ただ、代表で出てくるような実力者が相手では厳しい。
それぞれ課題は山積みだ。

「……きっつい」
「お疲れ。回復ヒールかけるか?」
「いや。怪我はしてないから」

ロイズも連戦して戻って来た時にはヘロヘロ。
撃って逃げてのヒットアンドアウェイが続いていたから体力の消耗が激しいのも当然。

「騎士さんたち。回復ヒールかけます」
『ありがとうございます』

鎧を着てるから大怪我まではしてないけど、鎧を貫いた弓の先で流血をしているのを見て回復ヒールをかける。

「噂には聞いておりましたが、ロイズさまの弓の腕前は一流ですね。これが戦場であったらと考えると恐ろしい」
「ありがとうございます。上級クエストになると皮膚の硬い魔物も多いですから刺さり易いよう矢に細工をしてあるんです」

回復ヒールをかけられながら騎士はまた談笑。
俺からすると、流血しているのにロイズから矢の細工を見せて貰いながらのんびり話している騎士たちのメンタルが怖い。

「次はワタクシと手合わせ願います」
「出てきたか。同じ軍人でも加減はしないぞ」
「はい。加減されては訓練になりませんので」

王宮特殊部隊VS王宮騎士団。
同じ軍人同士の戦いに場の空気がピリっとする。

「第一部隊所属、オーバン。まずは自分から」
「胸をお借りします」

さすがベルの実力を知ってるだけある。
最初から第一部隊の騎士が出てきた。

「あの人強いな」
「オーバンは第一騎士団の斬り込み部隊」
「道理でベルのトリッキーな攻撃にも対応できるはず」
「カタにはまらない攻撃がベルの持ち味だからな。それを防がれると一気に辛くなる」

二人の戦いを見るロイズとドニは真剣。
オーバンもベルと同じくカタにはまらない戦い方をする人だけに、二人の戦いはまるで舞踊を見ている気分になる。

「こうやって強者との戦いを見てると分かる。ベルも本当に強い。同じ前衛の俺が足を引っ張らないようもっと鍛えないと」

ドニはドニで強いんだけど。
ただ、やる気になるのはいいことだから黙っておいた。

「威力が落ちて来たぞ?連戦でバテたか?」
「まだいけます」

騎士の方は三人目。
出てくる全員が第一騎士団の人な上にバテる前に交換をして合間を開けることなく戦っているから、一人で戦い続けてるベルは息があがっている。

「ベルティーユ。お前は獣人族だろう?もっと戦えるはずだ。我々に押されるようでは主を護ることなど出来ないぞ」

戦いながら話すのは第一騎士団の斬り込み隊長ニコラ。
みんなから団長に匹敵する強者だと話には聞いていたけど、ベルが赤子のようにあしらわれている。

「ここが戦場であったらどうする。敵は待ってくれないぞ。お前如きの力では簡単に倒され、その後の攻撃はシンさまに向かう。例え強者のシンさまであっても多くの強者に囲まれれば」
あるじに仇をなす者は死あるのみ!」

急激にグンとあがったベルの魔力量。
これは……覚醒した。

「団長!」
「そこまで!」

ベルが怒りで覚醒したことを察して団長に声をかけると、急激に上がったベルの剣の速さで団長もすぐに気付いたらしく二人の間に入り剣を弾いて戦いを止める。

「シンさま……これは」
「ステータスを見てみろ。覚醒してるはず」
ワタクシが覚醒を?」

自分の変化に呆然としているベルにステータス画面パネルを確認するよう話す。
俺が覚醒した時は見ずとも教えてくれたけど、この世界の人のステータス画面は喋らないから画面を開いて確認するまで何が起きたのか分からないのも仕方ない。

「……特殊恩恵に守護戦士ガーディアンの文字が」
「やっぱそうだったか。覚醒したタイミングで特殊恩恵や恩恵が増えたり減ったりすることがあるってエミーが言ってた」
「これが覚醒。全体の数値があがっております」
「良かったな。覚醒できて」

一生覚醒しない人の方が圧倒的に多いらしいけど、ベルは無事に覚醒して新たな力を授かったようで良かった。
俺のふざけ散らかした特殊恩恵と違って守護戦士ガーディアンとか、かっこいい名前なのが悔しいけど。

「ニコラさまのお蔭です。ありがとうございます」
「いや、まさか覚醒するとまでは思っていなかった。主を護れるよう今後も気を抜かず鍛えてくれればいいと思っただけで」
「はい。胸に刻んで精進して参ります」

みんなから「おめでとう」と祝福されてベルも嬉しそう。
ちぎれんばかりに動いている尻尾が可愛くてモフりたい。

「私もいつか覚醒できればいいのですが」
「きっかけは人それぞれらしいから。焦っても仕方ない」
「そうそう。獣人族の方が人族よりも覚醒する確率が高いんだからエドにもその時が来るって」
「そうであって欲しいです」

ベルが覚醒して羨むエド。
そんなエドをドニとロイズが励ましていて、いいパーティだなと笑みが浮かんだ。

「シンさま。お先にいいですか?」
「うん。行ってこい」
「ありがとうございます」

正直、魔法が中心になるエドと俺は騎士でも関係ない。
でも訓練だろうとこれだけ強い人たちと戦える機会は早々ないから俺たちにも良い経験になるだろう。

「エドワード。所属は違えど同じ軍人。手加減はしません」
「はい!よろしくお願いします!」

魔法を使うエドの相手に出てきたのはリアム副団長。
剣を扱う騎士でありながら魔法も使えるオールラウンダー。
若くして第一部隊の副団長を務めている実力は本物。

二人の戦いは剣と魔法を使って。
第一騎士団の副団長が戦っているとあって、騎士たちもすっかり特訓の手を止めて二人の戦いを見守る。

「あの副団長さんの動きによく反応できるな」
「ドニには厳しいのか」
「魔法まで使われたら勝てる気がしない」
「大会には同じタイプも居るかも知れないぞ?」
「もちろん大会までにはもっと鍛えて強くなる。ただ、魔物と戦うのが中心だった俺じゃ今やってもあっさり負ける」
「俺もだ。警備依頼は受けても大抵は何事もなく終わるから、人との戦いには不慣れなのが事実」

まあそうか。
冒険者は魔物討伐が中心だから人と戦う機会が少ない。
まして今回の相手はただのゴロツキじゃなく軍人。
戦いのエキスパートたちだから、魔物と戦っている時とは違って予想もつかないような攻撃を仕掛けてくる。

「容赦ないな」
「な。距離をとってもすぐ詰められるから回復ができない」
「攻撃はもちろんだけど、あの素早さも凄い」

ドニとロイズは二人の戦いを真剣に眺める。
お互いに魔法が使えるから防御魔法をかけて防御力を上げてあるけど、それでも流血沙汰になっている。

そんな戦いを続けて数十分。
エドの方が剣を弾かれて闘技場へと倒された。

「獣人の力はその程度か。その程度の実力しかない弱者が英雄であるシンさまの隣に並び立ち、分不相応にも護りたいと口にするとは笑わせるな。護ってくださいの間違いだろう?」

さすが戦闘狂エミーから副団長に任命された軍人。
見下す冷たい目も煽りの腕もピカイチ。

「獣人の力を解放しろ。出来ないなら二度と護る等と言うな」
はたしかに弱い。……でもあるじだけは、シンさまだけは命に替えても護ってみせるっ!」

俺って言った?
そんなことを思ってる間にもエドの尽きかけていた体力と魔力が一気に上昇する。

「エドも覚醒した」
「あれは……原始還り」
「原始還り?覚醒とは違うのか?」
「覚醒には違いないのですが、あれは原始還りという獣人本来の姿と能力を得る特別な覚醒です。覚醒の際に極稀で大昔の祖先の力を開花させる獣人が居ることは聞いておりましたが、ワタクシも実際に見たのは初めてです」

そう教えてくれたのはベル。
たしかにベルが覚醒した時とは姿が違う。
目は真っ赤になり、手の爪は長く鋭くなって牙も生えている。
可愛いエドはどこにいった。

「エドは昔からワタクシよりも実力があったんです。ただ、人の顔色を伺い遠慮をするので目立たなかっただけで」
「なるほど。副団長も原始還りするとまでは思ってなかっただろうけど、エドの実力は分かってたから獣人が主のことになるとムキになるのを利用して力を引き出してくれたんだろうな」

今のエドは犬ではなく凶暴な狼。
可愛いから犬だと思ってたけど実は狼だったようだ。
リアム副団長の魔法が魔力を含んだエドの咆哮一つでかき消されたのを見て、審判に入ってる団長と目を合わせ頷いた。

「そこまで!」

と団長が声をかけてもエドは止まらず。

「エド止まれ!終わりだ!」

長い爪でリアム副団長の肩を掴み噛みつこうとしたエド。
ベルの時と違って正気を失っていることに気付いて転移を使い闘技場に上がって、まさに噛み付こうとしているエドの口の前に腕を入れて止める。

「……シンさま」
「落ち着いたか?」
「腕が!すぐに回復ヒールを!」
「大丈夫。自分でかけるからエドは休め」

リアム副団長の肩のかわりに噛みつかれた腕。
獣人の牙の威力は強く、空いた穴からダラダラと血が流れる。

「私はなんてことを」
「大丈夫だって。エドのそれは原始還りって特別な覚醒らしいから正気が保てなかっただけだろ。そこも課題に特訓しよう」

正気に戻った途端にしょぼんと垂れた耳と尻尾。
分かり易いそれに回復ヒールをかけながら笑う。

「シンさま申し訳ございません。私が避けきれなかったばかりにお怪我をさせてしまいました」
「このくらいの怪我はエミーとの訓練で慣れてる。それよりエドの覚醒を促してくれてありがとう」

デスマーチ中は流血沙汰など日常茶飯事。
むしろエミーがここに居たら回復ヒールをかけていることを怒られるだろう。

「覚醒するって分かってたのか?」
「獣人は境遇ゆえかあまり怒ることがないのですが、ベルティーユがシンさまを理由に覚醒したのを見てもしかしたらと。エドワードには不快な思いをさせて申し訳なかったですが」
「そんな。リアム副団長のお蔭で覚醒できました」

戦いが終わった後の副団長はいつもの優しい副団長。
エドは副団長に深く頭を下げてお礼をする。

「お役に立てたなら幸いです。私は警備のため残念ながら大会に出ることは叶いませんでしたが、覚醒した力を存分に発揮して優勝してください。勝って獣人族の希望となってください」
「はい!ありがとうございます!」

涙ぐむエドに副団長は少し笑ってハンカチを差し出す。
副団長がイケメンすぎて辛い。
どう見ても主人公ムーブ。

「最後はシンさまですね」
「うん。俺とも手合わせ頼む」
「胸をお借りします」
『よろしくお願いします』
「え?」

団長に答えると他にも二人。
団長を含めて三人の騎士が闘技場にあがる。

「なんで三人一緒に?しかも全員が団長って」
「シンさまを相手に一人ではお役に立てませんので」
「いやいや。個人戦じゃなくなってるし」

上がった三人は第一・第二・第三騎士団の団長。
みんなも連戦で戦ってたけど(エド以外)交換だったのに、俺の時だけどうして三人同時に。

「我々三人でもエミーリアさまには到底及びませんが、微力ながら尽力させていただきます」

えぇぇぇぇぇぇ!?
なんでエミーを基準に考えるんだ!
たしかに普段はエミーと訓練してるけども!

「いつも賢者さまと訓練してるんだから当然そうなる」
「ブークリエ国最強と訓練して平然としてる奴だからな」
「シンさま。即死攻撃は禁止ですので」
「団長方はお強いですが、人族ということをお忘れなく」

凄い。
誰 も 俺 の 心 配 を し て く れ て な い。

「俺も人族だぞ。特殊恩恵も発動してないし」
「素の状態でエミーリアさまと訓練なさってますからね」
「そもそも特殊恩恵が発動していたら戦っておりません」
「発動した時点で我々は白旗をあげさせていただきます」

エミーと訓練してることをこんなにも特殊扱いされるとは。
いまだに剣では勝てたことがないのに。
人を人外のように扱う団長たちに魔法を使える騎士たちが物理防御や魔法防御をかけていて、最前列に居る新人(らしい)騎士たちからは期待にみちたキラキラした目で見られる。

「……分かった」

分かりたくないけど納得するしかない。
それほど騎士たちにとってエミーの実力は群を抜いているってことなんだろう。

「こちらの準備は整いました」
「障壁まではるか」
「新人の隊員もおりますので念のため」
「俺の方も防御力だけはあげさせて貰った。さすがに訓練四日目にして大怪我する訳にはいかないから」
「はい。英雄の胸をお借りします」

着ていたローブを脱いでベルに渡し、準備を終えた三人が居る格闘場にあがる。

「よろしくお願いします」
『よろしくお願いします』
「開始!」

審判の副団長があげた開始の声と同時に第二部隊の団長と第三部隊の団長が突っ込んで来て、同じ太刀筋だったその攻撃を剣で受け流す。

「本命はこっちか」

素早く横に避ける二人の後ろから上空へ飛んで、俺を目掛けてまっすぐに剣を振り下ろしてきたのはレナード団長。
もう一本の剣で受け止めたレナード団長のその斬撃は腕の骨を軋ませる程にズシリと重い。

「三人揃って容赦なしか」
「エミーリアさまよりシンさまへの攻撃は手加減不要と言いつかって参りましたので」

攻撃の手は緩めることなく話す団長。
道理で俺の時だけ三対一なんて無茶を言い出したはず。

「クソッタレ師匠の重過ぎる師弟愛が泣ける」

自分が居ない時でもデスマーチをご所望か。
団長クラスの強者が三人とか、気を抜けないどころか手を止める暇もない。

「そういうことなら魔法も使わせて貰う」
「お手柔らかに」

一斉に斬りかかる三人の攻撃を後ろに飛んで避ける。

「……捕縛」
『!!』

三人纏めて捕獲成功。
一ヶ所に集まってくれたから纏めて捕獲できた。

「失念しておりました。拘束魔法をお持ちでしたね」
「うん。俺の勝ちか?」
「いえいえシンさま。武闘大会に倣った訓練ですので相手に降参を宣言させるか戦闘不能になるまで終わりませんよ」
「でもその状態では戦えないよな?」

体を捕縛されて剣を振れないんだから戦闘不能。
魔法で攻撃してくるのなら別だけど。

「縛るだけで我々騎士団長を拘束できるとお考えですか?」

ニッと口元に笑みを浮かばせたレナード団長。
他の二人もニヤリと笑う。

「……嘘だろ?」

力任せに千切られた捕縛魔法。
そ ん な の あ り ?

「状態異常や体を拘束する魔法は精神力の高い者には効果が薄いです。我々は幾度も死線をくぐり抜けて来た軍人。そこいらの罪人とは精神力の高さが違います」

……言ってたぁぁぁぁぁぁ!
召喚祭の襲撃事件の時に「獣人は精神力が高いからストップが効かない」的なことをエドとベルが話してたぁぁぁぁぁ!

「エミーが精神力精神力って煩い理由が理解できた」
「防御力や魔防力は精神力の高さでも左右いたしますので。国や民を護る我々軍人にとって折れない心も必須。そのために幾日も森に籠り自らを極限まで追い込む訓練もいたします」

これこそ不屈の精神。
俺のふざけ散らかした〝不屈の情緒不安定〟とかいう特殊恩恵とは訳が違う。
いや、名前はふざけ散らかしててもステータス制御を解除したり上昇させてくれる有難い特殊恩恵なんだけど。

「これは俺も世話になってる団長だからって遠慮できるほどの余裕はなさそうだ」
「能力差ゆえ即死を避けるという加減をしていただくことにはなりますが、先程のように怪我をさせず終わらせるという気遣いは不要です。そのために我々団長が出てきておりますので」

バレてたか。
距離をとった時に本当は攻撃魔法を撃とうとしたんだけど、怪我をさせるんじゃないかと躊躇して捕縛魔法に変更した。

「じゃあ遠慮なく戦わせて貰う。ヤバい時は回復する」
「お願いします」

ここからは剣と武術と魔法を使った攻撃。
気遣いをしていられるほど団長三人は弱くない。


全力で向かってくる三人と剣や魔法を交えて数十分。

「降参いたします」
『参りました』
「そこまで!」

ようやく三人が白旗をあげてくれてホッと息をつくと、騎士たちからざわめきや歓声があがる。

「大丈夫か?すぐに回復ヒールかける」
「お手を煩わせて申し訳ございません」
「ううん。付き合ってくれてありがとう」

全力の攻撃が絶え間なく次々と来るから加減が及ばず三人には怪我をさせてしまった。

なまくら剣でこの威力とは。さすが英雄」
「まさか王宮製の鎧が破壊されるとは思いませんでした」
「やはりシンさまはお強い。剣や魔法はもちろん蹴りや掴みまでも入るとあらば次の攻撃の予測ができません」
「体全部を使って攻撃するようエミーから特訓を受けてる」

俺がいつまでも剣をあてられないから魔法の特訓も時間を分けて再開したけど、剣の訓練の時に拳や蹴りなどの体術も加えた訓練にレベルアップした。

「シンはあれだな。加減する訓練の方が良さそう」
「もう俺たちが戦わなくてもシン一人で優勝できるだろ」
「いや。俺は戦うために選ばれたんじゃないと思う」

回復ヒールをかける俺の後ろで話すロイズとドニの会話に苦笑しながら答える。

「俺が選ばれたのは異世界人で英雄って肩書きがあるから。強者を決める大会なのに英雄称号を持つ奴を出さなかったら納得できないも人も居るだろうし、同盟国のエルフ族に異世界人をお披露目する意味もあると思う。何より、を見たい人が大会に集まれば大きな金を生む」

個人戦は別として、代表戦は政治色が強い。
普段は足を運ばないような人にも来て貰えるよう、“異世界人で英雄”の肩書きを持つ俺という客寄せパンダが必要だった。

「シンさま……」
「あ、嫌だとは言ってないぞ?元居た世界でもグループの広告塔をやらされてたし、天地戦を控えてるだけに少しでも多くの金を集めておきたいのは分かる。俺が選ばれた理由はなんでもいい。娯楽が少ない地上の人たちが楽しめればそれで」

眉根を寄せたレナード団長の考えを察して否定する。
国民には娯楽を、国家には金を。
美しく優しい世界しか知らない子供じゃないんだから、そのために選ばれたことに不満はない。

「お望み通り俺たちが優勝して目立ってやろう。ロイズとドニは王都ギルドの冒険者に希望を。エドとベルは獣人に希望を。出場理由はなんであろうと俺たちがやることは変わらない」

目標は優勝すること。
ただそれだけ。
 
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