ホスト異世界へ行く

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第六章 武闘大会(前編)

準備

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「はぁぁぁぁぁぁ。緊張した」
「なんでだよ。ただサイズを測っただけなのに」
「一般国民は既製品を着てて仕立屋に測って貰う機会なんてないから。しかも王宮専属の仕立屋。緊張で嫌な汗かいた」

そう言って大きな溜息をついたのはロイズ。
メンバーが決まったことの報告(+選手登録)をするために師団室に行ったあと待機していた仕立屋から礼服を作るための採寸をされたんだけど、初体験だったらしく緊張したようだ。

「ドニさまは落ち着いていらっしゃいますね」
「いま話しかけないでくれ。緊張しすぎて吐きそう」

全然落ち着いてなかった。
エドに答えたドニの言葉を聞いて笑う。

「シンやエドやベルはもう慣れてるんだろうけど、師団室に行くってだけでも一般国民には無縁のことだからな?」
「そっか。手続き関係は執務科で済むもんな」
「師団室に入ったことがある一般国民の方が少ない」

たしかに一般国民の手続きは執務科で行う。
執務科で働いているのは王宮国民(一般国民より上だけど爵位はない)だから緊張せずに済むんだろうけど、上級国民の王宮師団が集まる師団室はさすがに緊張したようだ。

この国でのくらい(国民階級)を説明すると

①国王(国王のおっさん)
 言うまでもなく国のトップ。
②大公(王妃・ルナ様・ルイス様・ミリー様)
 王家。王妃や王位継承権を持つ子供。
③特級国民(ヒカル・リク・サクラ・リサ・エミー・俺)
 勇者と賢者と英雄勲章所持者。
④上級国民(師団長・団長・副団長・教皇)
 貴族爵の公爵と侯爵。教皇と国王軍の
⑤中級国民(エド・ベル・騎士団員たち)
 伯爵以下の貴族と枢機卿と国王軍の上官以外の軍人。
⑥王宮国民(執務科の人)
 王宮内で勤務・居住してる人たち。
⑦一般国民(ドニ・ロイズ)
 王都で勤務・居住してる人たち。

という感じ。
特級国民は勇者を召喚する世界だからこそある階級で、俺の知識にある通常の国民階級に捩じ込んだような特殊な身分。
この世界を救う力を持つ救世主や賢者を他の人と一緒には出来ないってことなんだろう。

しかも特級国民にはが与えられていて、国民階級では大公の方が上でも特級国民に命令することは出来ず、唯一特級国民に命令できるのは国王だけと法律で決められている。
その国王の命令も理不尽なものや本人に危害を加えるようなものであれば断る権利がある。

俺がそこに入ったのは多分、国王のおっさんからの情け。
異世界から召喚されたのに他の人と同じだと可哀想的な。
栄誉勲章(英雄称号)を受けた時に今後は特級国民になるって聞いただけで詳しくは知らないけど。

ちなみに特級国民の家族(妻と子)は準特級国民として扱われて他の貴族階級よりも影響力が大きいし、同じ公爵家でも国王の血族とその他では扱いが違うし、分類上は『公』の下の『侯』でも国境付近の領地を任された辺境伯は別格(むしろ王族並の影響力)というように、国民階級だけで領地の広さや影響力は測れないからややこしい。


五人で話しながら向かった先は武器屋。
王宮地区にある巨大な店で、国の軍事武器の制作にも携わっているブークリエ国最大の武器屋。

「こんにちはー」
「シンさま。ようこそお越しくださいました」

出迎えてくれたのは武器屋の主人のヤンさん。
ここには訓練用の武器(剣)や防具を度々買いに来るから店の人たちとはすっかり顔見知りになっている。

「今日は武闘大会用の装備品を見せて貰いに来た」
「師団さまより伺っております。どうぞこちらへ」
「ありがとう。みんな、こっちだって」

店内に飾られている武器や防具を見ていた四人と一緒にヤンさんの案内で店の二階に行く。

「こちらは武器職人たちが本大会用に腕を奮った武器です。長剣はもちろんのこと、大剣、短剣、サーベル、弓、槍と各種揃えてございます。どうぞお手にとってお選びください」
「すげぇ!」

一部屋を埋め尽くす勢いで並べてある武器の数々。
五十年に一度の大会のために職人たちが長い期間をかけて腕を奮ったんだろう。

「どれも一流の武器職人の銘が入った業物ばかりだ」
「うん。俺たち一般国民が持てるような代物じゃない」
「シン。本当にいいのか?こんな立派な武器から選んで」
「師団長から自分に合う物を選ぶよう言われただろ?国王のおっさんからもそう言われてるから心配しなくていい」

ロイズとドニは近くまで行ったものの一流の職人が作った武器だけに手に取るのを躊躇していて、国王のおっさんも言っていたことを話して聞かせる。

「我々武器職人にとって代表騎士さまにお使いいただける武器を造ることは名誉であり、生涯の大きな目標でもあります。手直しも賜りますので遠慮なくお申し付けください」
「だって。持つのが申し訳ないほどの業物ならそれに見合うだけの成績を残せばいい。遠慮なく選ばせて貰おう」

どんなにいい武器も未熟者が使えば鈍刀なまくらがたな
いい武器が一番輝くのは見合った実力を持つ者が使った時。

「シンさま。ワタクシはこのサーベルにいたします」
「「早いな!」」
「こちらに用意されている武器は全て素晴らしい業物ばかり。そうなれば後は握った時の自分との相性だけですので」

俺たちが話してる間にも黙々と見ていたベルはもう決めたらしく驚くドニとロイズに淡々と答えていて笑う。

「ベルはサーベルか。エドはどうする?」
「私は後方支援ですから念のために投げナイフを」
「なるほど」

ベルは剣が得意でエドは魔法が得意。
魔法が使えない状況の時に投げナイフを使っているのを見たことがあるから、今回も念のため準備しておくんだろう。

ドニは長剣を、ロイズは弓を手にとって見始める。
エドとベルが気にすることなく選んでるのを見て二人もようやく選ぶことにしたようだ。

「ヤンさん。訓練や試合の相手次第では追加で買うこともあると思うんだけど、選んだ武器以外はすぐ店に並べる?」
「いえ。本大会が終わるまでは表に出しませんので、必要であればいつでもお申し付けください」
「ありがとう。店に出せば即売れる武器ばかりなのに」
「いえいえ。こちらの本大会用の武器に関してはどの職人も売上度外視で作っております。それほど代表騎士さまから使っていただけることは我々職人にとって光栄なことなんです」
「そうなんだ」

普段のヤンさんは商売人魂を感じる人。
そのヤンさんが売上度外視と言うなら、職人たちにとって本大会に使う武器に選ばれることは一世一代のことなんだろう。

「じゃあ俺も長剣から選ばせて貰おうかな」
「恩恵武器はお使いにならないのですか?」
「多分切れすぎて相手を真っ二つにする」
「……なるほど。大会では使えませんね」
「うん」

実戦では心強い斬れ味だけど大会では使えない。
恐らく相手パーティも強化(物理防御)魔法をかけてくるだろうけど、万が一即死させたら回復ヒールでもどうにもならない。

「でしたら見ていただきたい武器がございます」
「俺に?」
「以前拝見したシンさまの恩恵武器を模した物です。残念ながらまだ改良中ですので恩恵武器ほどの斬れ味にはなっておりませんが、斬れ味を落としたいのであればうってつけかと」
「俺の恩恵武器ってことは刀?それは是非見たい」
「お持ち致しますので少々お待ちください」

この世界の武器の種類にはない。
だから恩恵武器を手に入れるまで訓練の時に使っていた細身の長剣の中から選ぼうと思ったんだけど、最近はずっと刀しか使っていなかったから刀があるなら願ってもない。

「新しいものを取り入れる順応性はさすがですね」
「本当にな。この世界では使う人が居なさそうなのに」
「本大会でシンさまがお使いになれば増えるかと。英雄が使うあの武器は何だとなれば、他にはないオリジナルの武器として話題になることは間違いありません」

なるほど、さすがヤンさん。
やっぱり商売人魂は忘れてない。
既に選び終えて隣に来たベルと話して苦笑する。

「シン。短剣も買って大丈夫だと思うか?」
「うん。大会に使うなら値段も数も問わないって言ってた」
「長剣二本は?」
「大丈夫。二人ともそこは気にしないで自分の戦い方に必要な物を選べよ。国王直々にいいって言ってくれたんだから」

ロイズは弓と短剣。
ドニは長剣二本。
普段からそうしてるんだから、これを機に「ちょっと買ってみたい」ってセコイ考えじゃないんだから問題ない。

「本大会で得られる経済効果は莫大です。代表騎士の装備品にかかる額など国には痛くも痒くもない端金なのでは?」
「わー。そういう現実的な話は聞きたくない」
「ベル。腹黒い部分がニョッキっとしてるから」
「も、申し訳ございません」

黒ベルがひょっこり顔を出してロイズは耳を塞ぎ、俺はベルの耳を甘噛みする。

「……エド。後でな」
「はい!」

投げナイフ片手にジーッと見ていたエド。
恒例の如く「ベルだけ狡い」と訴えてるんだと察して言うと明るく頷かれた。

「お待たせしました。こちらです」

一度部屋を出たヤンさんが持って来た木箱。
中に入っていたのは鞘付きの刀。
俺の恩恵武器を模しただけあって見た目は刀そのもの。

「……よくここまでの物を」

この世界に無い物をここまで正確に模すとは。
鞘から抜いた刀身にはしっかり刃紋も入っている。
元から武器を作っている武器職人とはいえ、一度見せただけでここまで作り上げるとか天才か?

「グリップの握り心地はいかがですか?シンさまの恩恵武器に使われている皮と同じ素材は見つけられなかったので、一先ず似た材質の物を選んで巻いてみたのですが」
「刀の場合はグリップ部分のことをつかって言んだ。握り心地は……うん。使って馴染めばもっとよくなりそう」

柄巻つかまきに使われている材質は皮。
なんの皮かまでは分からないけど、俺の恩恵武器と同じく皮が使われている。

「あ。刀身と材質はこれでいいけど、柄は改良して貰う必要がありそう。先に鮫皮を巻かないと折角の柄巻が崩れる」
「刀身?柄巻?」
「ああ、そっか。俺の恩恵武器で名称も説明する」
「ありがとうございます」

恩恵武器を召喚して刀の各部分の名称や役割を説明する俺から話を聞きつつヤンさんはメモをとる。
絵に描いたり補足を書くヤンさんの表情は真剣そのもの。

「鮫という生き物の皮ですか。聞いた事のない生き物です」

鮫皮は補強のためにも柄巻を崩れなくするためにも必要。
木材にただ皮(糸)を巻いただけでは戦っている内に崩れる。

「ベル。地上にシャーク系の魔物って居るか?」
「シャークでしたらトルネードシャークがおります」
「トルネードシャークって食べられる?」
「はい。王都には滅多に出回りませんが」
「ちょっと調べてみる」

ベルから“トルネードシャーク”という魔物が居ることを聞き鑑定を使って調べるとスキル画面に詳細が出る。

NAME トルネードシャーク
砂漠地帯に生息している魔物。
普段は地中に潜っているが、すり鉢状になった巣穴に落ちた魔物をトルネードをおこして捕食する。
味は日本の鮫と似ていて、ヒレもとして貴族たちから好まれている。

すり鉢状……蟻地獄だ。
ただ、トルネードシャークの姿(絵)は鮫そのもの。

「トルネードシャークでしたら我々にも入手できます」
「それってザラザラした皮?」
「はい。防具の滑り止めに……あ!なるほど!この柄の部分にも同じ工夫がされているのですね!」
「そう。後は乾燥すると固くなるから木で出来た柄を補強するのにもいいんだ」

やっぱり居た。
この世界は食べ物の味と同じく地球にも居た生物に似た姿形をした魔物も多いから(ただしデカい)もしかしたらと思えば。

「数日お時間をいただけますか?不足していた部品パーツも含め、武闘大会でお使いいただけるよう仕上げます」
「助かる。刀が使えるならそれが一番だし」
「銘持ち武器職人の名にかけて必ず仕上げてみせます」
「ありがとう」

一流の職人にしか与えられていないを所持する者としてヤンさんの職人魂に火がついたようだ。
俺としても刀で戦えることは願ってもない話だから、改めてお願いして握手を交わした。

その後もそれぞれの武器で調整が必要な部分を話して、後日引渡しということで武器選びは終わった。


「また防具も凄い量だな」

次は防具選び。
別室に案内されて行くと武器の時と同じく所狭しと用意されていた。

「お待ちしておりました」

防具の部屋に居たのは数人の男。
すっと跪いて頭を下げる。

「えっと……初めましてですよね?」
「防具職人のアランと申します」
「シンと申します。よろしくお願いします」
英雄エロー伯爵。私どもに敬語は必要ございません」
「ありがとう。俺の事はシンでいい。堅苦しいのは苦手だ」
「承知しました」

ヤンさんは俺が爵位や英雄勲章を貰う前からの顔見知りだからそのまま『シンさん』と呼んで貰ってるけど、本来はアランさんのように爵位名で呼ぶのが正しい。
ただ俺は堅苦しいのが苦手だからアランさんたちにも名前で呼んでくれるよう頼んだ。

「防具も各種ご用意しておりますが、お選びいただく前に鎧用のサイズを採寸するお時間をいただきたいと存じます」
「鎧?鎧なんて着るのか?」
「いや、俺も初耳。鎧を着て戦ったことがないし」
「剣士だけど俺もない」

ドニから聞かれて首を傾げる。
少なくともここに居る五人は普段、鎧を着て戦わない。

「鎧は開幕と閉幕の儀で着る正礼装としてご用意するだけで、試合中はご自身に合う装備をお使いいただきます」
「その都度別の衣装を着るってことか」
「武闘本大会に選ばれる代表騎士さまは各領や種族の誇り。どの領地でも大会期間中のご衣装を数種類ご用意いたします」
「なるほど」

数種類って着せ替え人形か!
って言いたいとこだけど国家間の行事って感じがする。
自分たちの代表に見窄みすぼらしい姿をして欲しくないだろうし、一ヶ月も行うから数種類の用意が必要なのも分からなくはない。

「幾百年ぶりの英雄や王都代表騎士のみなさまの装備品に携わる栄誉をいただいたとあって武器職人はもちろん我々防具職人も多少色めき立っていることは否めませんが、御無礼のないよう仕事はいたしますのでお目こぼし願います」

いや別にお目こぼしどうこうって話じゃ……ん?

「幾百年ぶりの英雄?」
「シンさまは先代勇者さまに続いて二人目の英雄です」
「え、先代勇者?」
「はい。先代勇者さまは魔王討伐後に伝説の勇者の称号を得て英雄ではなくなりましたが、文献に残された長い歴史の中で英雄の称号を賜った方は先代勇者さまとシンさまだけです」

首を傾げる俺にエドはそうサラッと話す。

「ぇぇぇぇぇぇええ!?」
「もしかして知らなかったのか?」
「ブークリエとアルクの両陛下から賜る唯一の称号だぞ?」
「異世界から来た俺が知ってる訳ないだろ!国王のおっさんから『貴殿に英雄の称号を与える』ってしか言われてないし!異世界人なのに一人だけ勇者じゃなくて気の毒だから適当に作って特級国民にねじ込んだのかと思ってたし!」

今更知って慌てる俺にみんなは笑う。
先代勇者に次いでって、そりゃ特級国民扱いだろうよ!
先に言っておいてくれよ!

「英雄称号は地上に暮らす全ての精霊族にとって特別なもの。半端な功績では国民も反対したことでしょう。ですがシンさまは賢者さまでも苦戦を強いられる祖龍の討伐を行い、魔王から多くの国民の命をお救いくださった御方。長らく空いていた英雄の称号を次ぐ御方として異論はございません」

うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!
そんな御大層な称号だったなんて聞いてない!
俺はただの元ホストなのに!
のんびり人生イージーモードで居たいのに、どうして正反対にハードモードへ物事が進んで行くんだ!

「まあもう次いだんだから今更だろう?英雄さま」
「今後も国民の希望の星で居てくれよな?英雄さま」
「お前ら面白がってるだろ!」

からかうロイズとドニを捕まえヘッドロックをかけるとみんなは呑気に笑う。
俺にとっては全然笑い話じゃないのに。

「シンさまにお仕えできることは我々の誇りです」
「生涯お慕い申しあげます」
「耳と尻尾パタパタさせて可愛いかよ!」

顔ではキリッとしてても耳や尻尾はパタパタ。
可愛いエドとベルに苦笑した。


鎧の採寸が終わって防具を選ぶ。

「普段はスーツの上にローブ着てるだけだけど、大会中は俺も胸当てくらいの装備はしておいた方がいいよな」
「そうですね。念の為に」

魔法が主のエドと俺は普段仰々しい装備はしない。
俺に至っては胸当てさえもしない。
ただ今回は大会だから、懐に入られた時に心臓を護るための胸当てくらいはするつもり。
わざとじゃなければ罪に問われないと言っても何の装備も身に着けてない人では相手も攻撃し難いかも知れないから。

「シンさまのお召し物は知識のない我々にはご用意できませんでしたが、戦闘用の衣装は多数ご用意してございます」
「有難く選ばせて貰う」
「光栄です。お好きな物をお選びください」

至れり尽くせり。
武器・防具・装飾品から戦闘服に至るまで揃えられてて、職人が如何に本大会のため力を入れて取り組んでいたか分かる。
そう考えると延期にならなくて良かったのかも。
国は国で国民の安全を考えて延期を申し出てたんだけど。

「シンさまの装備品には全て紋章が入ります」
「ああ、やっぱり入れるんだ」
「はい。代表騎士さまの装備品には国の紋章が入りますが、紋章持ちのシンさまの場合は個人の紋章が優先されますので」
「分かった」

この世界での紋章は立場(身分)を表わす重要なもの。
国家行事で身につける物だからそうなるだろうと思った。
軍人の勲章を星の数で表すように紋章は外側の線の本数や形で表すんだけど、という国仕えの専門職業が存在するくらいに紋章を持っていることがステータスになる。

俺を表す紋章は月と虎の図柄。
その図柄の周りはこの国を表す盾の形になっていて、線の数は特級国民を表す三本(真ん中が細い)。
一目見ただけでブークリエ国の特級国民であることが分かる仕様になっている。

要は自分の身分を人に見せながら歩いてるようなもの。
何かない限りは絶対に身につけないけど、武闘大会は国家行事だから仕方ない。

「試しに身に着けてみてもいいですか?」
ワタクシも」
「どうぞお気軽にお試しください。全て代表騎士さまのために職人が持ち寄った品ですので」

前衛のドニやベルは防具選びに真剣。
国のイベント事と言ってもはある。
敵に対して突っ込んで行くのは主に二人だから身を守る防具選びも慎重になるのもわかる。

「行商に出た商人から得た情報なのですが、アルク国の王都代表騎士さまは鎧装備で代表戦に挑むようです」
「実戦で鎧を着るってことは騎士ですか」
「恐らく。エルフ族は弓と風魔法に長けた種族ですのでそちらの対策はもちろんですが、騎士が居るのであれば剣の攻撃にも備えておいた方が賢明かと」

ドニと職人の話を聞いていて出てきたアルク国の名前。
強いと聞いていた割に冒険者はだったけど、騎士は国の軍人だからさすがに強いんだろうか。

「騎士なら盾も装備していそうですね」
「厄介だな。普段は魔物としか戦わない俺は騎士相手の戦い方に慣れてない。ベルは騎士と戦ったことがあるか?」
「幾度か。ですがそれも合同訓練での経験ですし、実戦で役に立つ自信はございません」

なるほど。
ドニもベルも騎士が相手の戦いには不慣れのようだ。
騎士は国仕えの同胞だから、それこそ軍人同士の合同訓練でもない限り剣を交える機会がないのも当然。

「それなら団長に頼んでやるよ。騎士団との訓練」
『え?』
「二人とも頭で考えるより体で覚える方だろ?今日は基本の装備だけ揃えて、訓練後にまた必要だと思った物を追加で買い揃えよう。大会が終わるまで売らずに居てくれるらしいから」

同じ剣士でも二人の戦い方はそれぞれ違う。
実際に剣を交えてみないとどんな防具が必要になるか分からないと思う。

「さすが英雄。軍隊まで動かす気か」
「訓練だぞ?大会のためなんだから手伝ってくれるだろ」
「お前は騎士団の人と仲が良いから簡単に考えてるけど、普通は国の軍隊に動いて貰うってとんでもないことなんだぞ?」

え?そんなに?
ロイズから言われてみんなを見ると苦笑いで返される。

「じゃあエミーに頼んで」
『無理(です)』

喰い気味に声を合わせて拒否されるとは。
みんなも少しあのデスマーチを味わってみればいいのに。

「エミーリアさまはお忙しいですから」
「数時間くらいならって思ったんだけど」
「エミーリアさまは盾を装備いたしませんので」
「魔法で作った盾なら使うぞ?前に防がれたことがある」
「そんな物に対応できるのはシンだけだ」
「賢者さまと俺たちじゃ実力が違いすぎる」

あれ?みんな全力拒否の姿勢。
防具職人たちまで苦笑で俺たちの話を聞いている。

「それならやっぱ団長に頼んでみる。もし国王のおっさんの許可が必要なようならそれも俺から頼んでみるから。少なくとも第一騎士団の人たちは力を貸してくれると思う」
「第一騎士団の人たちはって、第一騎士団が王宮騎士の中の最上級クラスだからな?戦の最前線に立つエリート集団だ」
「へー。知らなかった」

物知らずの俺にみんなが向けるのはひたすら苦笑。
そこまでは教えて貰わなかったんだから仕方ない。
……今度しっかり聞いておこう。

「とにかく、騎士との戦い方は騎士から学ぶ方がいい」
「それは勿論そうだ。特にドニと俺は経験がない」
「だろ?訓練校で鎧相手の攻撃はここってくらいの内容のことは教わるんだろうけど、逆に基本として教わるような弱点を軍人の騎士たちが対策してないとは思えない。実際に剣を交えて自分の目で探るのが一番だ」

相手は魔物でも冒険者でもなく国の軍人。
国民を護るために毎日の訓練を欠かさない騎士が訓練校の学生が教わるような弱点をそのままにしておくはずがない。

「分かった。今日は普段通りの装備品だけにする」
「そうしてくれ。騎士団全員はさすがに無理だったとしても、騎士の誰かには協力して貰えるよう話してみるから」
「うん。そっちは頼んだ」

四人とも納得して普段から使っている装備品を見始める。
防具にしても武器にしても、実際に戦ってみないと対騎士戦に必要な物は判断できないだろう。

「申し訳ありません。作る方の専門なので協力出来ず」
「そういうことを考えるのは代表騎士のリーダーを任された俺の役目だから。手合わせしてみて必要なものが分かったらまたお世話になるから、その時は改めてよろしく頼む」
「そちらは私どもにお任せください」
「ありがとう」

何も悪くないのに謝るアランさんに笑って答える。
まずは師団長に話してみて、国王のおっさんの許可が貰えたら団長に相談してみよう。


「じゃあ俺たちはこれで」
『よろしくお願いします』
「お任せください」

防具も体に合うよう調整を頼んでようやく終了。
午前中は王城に行って報告や手続き(+礼服の採寸)で終わり、午後は鎧のための採寸と装備品を選ぶのと武器や防具の細かい部分の手直しを頼むだけでもう夕方。

さすが国家行事だけある。
ただ代表戦に出ればいいと言う話では終わらない。

「腹が減った」
「ご馳走するから何か食べに行こう」
「仕事はいいのか?南側もシンが収めるんだろ?」
「領地を買い取るまで南側には着手できないんだ。今日師団長が南側の領主と話してるからそれが決まり次第になる」

南側の改善許可を出すには調査が必要。
でもそれは国が七光り息子から領地を買い取ってから。

「大会が終わるまでは領主の仕事と大会の特訓と準備で忙しくて毎日クタクタになりそうだな」
「うん。でも自分で引き受けたことだから。やるしかない」

ドニが言う通り当分は大忙し。
国家行事に出るとは言っても西区の改善も放置できない。
解体するにしても建築するにしても許可だけは俺が出さないと進められないから、大会訓練の合間を見て現場の調査に行かないといけない。

「エミーリアさまも師団長さまもお忙しくなりますね」
「二人は俺より忙しくなると思う」

エミーは軍事物を流出させた犯人探しと解析。
師団長も大会の準備はもちろん襲撃事件の調査や犯人を探ったりとやることが満載だから、師団長が信頼できる部下を数人西区清浄化の方に回して対応するらしい。

「忙しくなることはたしかだけど、五十年に一度の祭典を楽しみにしてる人たちが大勢居るんだから訓練も気を抜かずにやって行こう。俺だけじゃなくて四人も大会までは訓練続きになるんだし、明日からの英気を養うためにもご馳走する」

俺たちからすればあまり期間がない最悪のタイミングでの参加決定だったけど、娯楽が少ない地上の国民が楽しみにしていたビッグイベントなら蔑ろにする訳にはいかない。

「よし。じゃあ苦しくなるまでご馳走になるか」
「英雄さまのご馳走なら高級店に行こう。俺は肉がいい」
「お前ら少しは遠慮しろ?」

ふざけるロイズとドニの肩を組んで笑った。
 
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