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第五章 新たな始まり
魔王の土産
しおりを挟むブークリエ城、謁見の間。
長い机と沢山の椅子が並ぶそこにポツンと居るのは国王のおっさんと師団長とエミー、そして魔王と俺の五人だけ。
「良かったのか?敵の俺を城へ入れて」
「仮に私の命を狙うつもりなのであれば律儀に謁見を申し出る必要はなかったであろう?貴殿の能力があれば許可などとらなくとも城に入って来れるのだろうからな」
国王のおっさんがそう答えると魔王はふっと笑う。
「これがお前たちへの土産だ」
「私が受け取りに行っても良いかい?」
「誰でも構わない」
国王のおっさんが直接物を受け取ることは出来ないから、エミーが代わりに魔王が机に置いた石を取りに来る。
「……これは魔封石!」
「ああ。エルフ族の土地から出て来たものだ」
「土地?掘り起こしたのか?」
「エミーリア。まずは陛下へ」
「あ、ごめん。つい興奮した」
魔王が言っていた通り透明の石は魔封石らしく、驚いたエミーは師団長から言われて国王のおっさんの所へ持って行く。
「たしかにこれは加工前の魔封石。どのようにこれを?」
「厄災の王が空けた大穴から出て来た」
「厄災の王とは?初めて聞く名だ」
「デザストル・バジリスク。二つ名を厄災の王という。八つの頭と八つの尾を持つ数千年の刻を生きている最強の魔物で、火も吹けば魔法も使う。魔層の魔物たちを統べる魔層の王だ」
訊いた国王を含め師団長とエミーもポカン。
……良かった。
知らなかったのは俺だけじゃなくて。
「その石の話をする前にこれだけは言っておく。魔物とは魔素と精霊族の負の気を糧に魔層内で生まれる生き物であって、魔族の仲間でもなければ魔王の俺が地上へ送り出しているのでもない。そこを地上の者は勘違いしている」
エルフ族から言われたことを根に持ってたんですね。
プンスコする魔王に三人はポカンとしたまま。
「それは文献に書いてもいいか?」
「ああ。誤った知識を広められては困る」
「悪かったよ。だけど魔層から出てくるから魔族の仲間と思うのも仕方ないだろ?私たちは中に入れないんだから」
「だからこうして話した。魔族にとっても魔物は食料だ」
「いや、人族にとっては命を脅かす存在だけどね?」
「食べるだろう。人族も」
「食べる」
俺と同じことを言われるエミー。
そして魔王の話をメモる師団長。
二人とも自由だな。
「八頭八尾の魔物の目撃例は聞いたことがない」
「魔界にも滅多に出ては来ないが、今回はファイアベアの群れを倒していたら魔層から出て来た」
国王にも魔王はサラッと答える。
みんな忘れてそうだけど、この人は精霊族の敵ですよ?
「ファイアベアの群れ?エルフ族の領域で?」
「ギルドという場所で依頼を受け狩りに行った」
「魔王が依頼を!?」
「受けたのは半身だ。魔族にはギルドというものがない」
「ああ。シンが冒険者としてクエストを受けたのか」
「そうだ」
そりゃ驚くだろう。
魔王が地上層のギルドの依頼を受けたとあれば。
「それについては後で詳しく話すけど、普段は少数で行動してるはずのファイアベアが群れで居たり滅多に魔層から出てこない厄災の王が出て来たり、少しおかしかった」
「まさか魔族たちが戦……違った。魔王はここに居たな」
「うん。天地戦どうこうで魔層の魔物が活性化した訳じゃないことはたしか。むしろ暫くは出て来れないようフラウエルが厄災の王に深手を負わせて魔層に帰らせてくれたんだ。倒すと魔物が活性化して地上にも増えるらしい」
これに関しては戻って来たら話すつもりだった。
人族の領域の魔層ではそんな話を聞いたことがないのに、エルフ族の領域の魔層(付近)では異変があったから。
「同盟国をお救いくださり感謝する」
「滅多に居ない強者と戦いたかっただけで救った覚えはない。魔物が活性化することを思い出して半身が困らないよう瀕死で終わらせただけのこと。エルフ族がどうなろうと関係ない」
礼を言う国王のおっさんに魔王はスルっと答える。
うん、そこの事実は黙ってても良かったと思う。
正直者め。
「魔王から最強と言われる八頭八尾の魔物か。もしまた出て来たら精霊族でどうにかなるのかね。それは」
「あれは軍隊でも討伐するのは無理かも。多分ピンときてないだろうから説明すると、サイズからもう大型に分類される魔物の比じゃない。空から戦いを見てたけど魔王が豆だった」
「この星に生きる全生命の中で最大であるのは間違いない。ただ厄災の王の本当の恐ろしさはその大きさや強さではない」
普通の魔物のサイズで想像してそうだから超巨大な魔物だと説明すると、魔王はそれを認めた上で言葉を付け足す。
「ヤツは地上や魔界よりも広大な魔層の王。魔層の中には厄災の王と同じく普段は姿を見せない強い魔物が多い。その強い魔物たちも含め、厄災の王の命で魔物たちが一気に魔層から出てきてみろ。スタンピードなどの比ではない。天地が滅ぶ」
「……まさに厄災」
「ああ。ヤツの本当の恐ろしさは単体での能力の高さより、天地を滅ぼせる数の魔物を統率しているということだ。だから魔族はヤツを厄災の王と呼んでいる」
一言呟いた国王も深刻な顔になる。
単体でもとんでもなく強いのに途方もない数の魔物を動かすこともできるとか、魔王と同じくらいチートな存在だ。
「聞けば聞くほど恐ろしい魔物だ。暫くは出て来れないらしいが今一度気を引き締め警戒体制を強化する必要があるな」
「ずっとおとなしく引き篭っててくれると有難いね」
師団長とエミーの会話に苦笑する。
その恐ろしい魔物を倒せたヤツがここに居るという事実が何より恐ろしいんだけど。
ただその魔王でも数で来られたらどうにもならないと分かっているから畏れるんだろう。
「異変や厄災の王に関しては後でじっくり聞かせて貰うとして魔封石の話に戻ろう。この加工前の魔封石は間違いなくアルク国の領域から出て来たものなんだよね?」
「ああ」
「そうか。この大きさは箱にあった魔封石に近いが、アルク領域の物だと証拠がないんじゃ会談の駒に使うのは難しい」
エミーは魔封石の話に戻って溜息をつく。
たしかにアルク国の領域の石だって証拠はない。
「人族は賢いのではなかったのか?成分が違うだろう」
「成分?どういうことだ?」
「石に含まれている成分だ」
そう言って魔王は自分の腕輪から透明な石を一つ外す。
「その石を貸せ。欠片を使う」
「え?うん。国王、いいかい?」
「うむ。我々には分からないのだ。ご教示願おう」
エミーが再び持ってきた透明な魔封石。
魔王はその石の端をパキと折って残りをエミーに返す。
「人族の区域の石の代わりに今回は魔界の石を使う」
「それは魔界の魔封石なのか」
「魔界では晶石と呼ばれているがお前たちが言う魔封石と同じものだ。少しずつ魔力を通すから見ていろ」
理科の実験のようなものが始まって国王のおっさんも見たかったらしく師団長と一緒に傍まで見にくる。
「……色が違うね」
「魔力が溜まる速度も違う」
透明だから色の変化が分かりやすい。
同じ石なのに肉眼でも分かるくらい違いがある。
「赤黒く溜まりの早い方が魔界の石。黒く溜まりの遅い方がエルフ領域の石。同じ魔力を同じだけ送って違いが出るのは石に含まれる成分が違うからだ。魔界でも採取場所によって透明度や魔力の浸透率が違う。同じく地上でも環境の違えば土地に含まれる成分は違うのだから、あの箱の中にあった石と持ち帰った石の成分が同じかどうかという証明くらいはできるだろう?その為にエルフ領域の石を持って来たのだ」
なるほど賢い。
何から出来てるのかをそもそも知らないけど、人族の領域には無い大きさの物がエルフ族の領域には出来るんだから何かしらの違いがあるはず。
「すぐに解析しよう。たしかにこれなら証拠になる」
「私がやるよ。箱の中の魔封石と持って来てくれた魔封石の原石が一緒だと証明できれば交渉に使える」
「石は半身が依頼の最中に見つけたと言えばいい。エルフの領域で依頼を受けたことも記録に残るのだろう?」
「うん。成果をあげた依頼は全てギルド協会に登録される。よくぞクエストを受けてくれた。褒めてやる」
ファイアベアがAクエなことが気になっただけと言い難い。
うん、ここは黙っておこう。
俺は魔王と違って正直者じゃない。
「箱の無効化もやって貰えると聞いたが」
「ああ。爆破させず無効化できる俺がやった方が早い。その後で自分たちでは無効化できなかった理由を調べるといい」
「そうさせて貰おう。協力感謝する」
「協力するのは今回だけだ」
「分かっている」
人族と魔王。
敵同士のはずが感謝をして感謝をされて。
このまま天地戦なんてやらなくていいのに。
そんな無理なことを独り思った。
「あ、そうだ。国王。例の話をシンに」
「うむ」
「俺?」
お開きかと思えばエミーが言って国王のおっさんは頷く。
「シン殿にやって貰いたいことがある」
「え、うん。内容によるけど」
とんでもないことなら断固拒否。
国王のおっさんからの『やって貰いたいこと』を断れるのかは知らないけど。
「地上では五十年に一度、武闘本大会が行われている」
「舞踏本大会?礼服やドレスを着てクルクル踊る大会?」
「そちらではなく闘いの方だ」
「ああ、そっちか」
五十年に一度しか行わない舞踏大会ってどんな規模のパーティなんだと思ったけど、ぶとう違いだったらしい。
「二か月後が前回の開催から五十年目。地上の全種族が参加するその大会に王都の人族代表として出て貰えないだろうか」
「俺が?なんで俺?」
「私の推薦だ。参加出来るものなら私がしたいけど残念ながら賢者は参加不可なんでね。そうなると君しかいないだろう?Sランクは君と私だけだし、何より君は英雄勲章持ちだ。地上最強を決める大会に英雄を出さないのはおかしい」
まあ人間最終兵器の賢者に出られては誰も勝てないな。
賢者同士の戦いってことなら別だけど。
「それは部外者の飛び入りもアリか?」
「魔王は駄目だよ。参加者を殺す気かい?」
エミーから先読みされバサッと断られた魔王は舌打ちする。
お前ら仲良しか。
「その大会ってのは各種族から一名が代表で出て戦うのか?それとも参加自由で何人も戦うのか?」
「本大会は国や領地の戦いでもあり種族の戦いでもある。各領地から代表に選ばれるのは五名。その五名には大会の間パーティを組んで貰う。代表以外の者も一般部門で参加ができる」
なるほど。
領地から選ばれる代表者は五名だけど、参加自体は代表者以外でも出来るってことか。
「俺が参加したとして残りの四人は?」
「それはシン殿に決めていただく。代表五名は個人戦の他にもパーティ戦がある。一時的にではあるが共に戦うことになるのだから、シン殿が信用に足る四名を選んで欲しい」
「身分や性別や種族は関係ないのか?」
「王都の者であれば身分も性別も種族も問わない。ただし、エドワードやベルティーユのように王都に属する獣人はパーティ戦で人族の括りになってしまうが。それと賢者のエミーリアと勇者さま方の参加は禁止。騎士団や魔導師や師団は王家の護衛や会場の警備にあたるため参加できない」
国家(種族)間の大会だけあって王家も直接見るのか。
それなら王城関係者は参加できなくても仕方ない。
勇者たちも怪我をされたら一大事だから言わずもがな。
「分かった。参加する」
「引き受けて貰えるか」
「断わろうにも俺には爵位や英雄称号がついちゃってるし、国家間の行事なら簡単には断らせて貰えないんだろ?」
「君も多少は賢くなったね」
「失礼な奴だな。知ってたけど」
「大会までの残り期間は組んだパーティで訓練することになるだろうけど、君はパーティとの訓練の他にダッシュ百本と素振り千回。魔力制御の訓練も怠らないようにね」
さすが戦闘狂軍人。
解析するまでエミーと俺の訓練は一時中止でもしっかり訓練(自主練)を課してくるとは。
「俺もこの姿なら出られるんじゃないか?」
「まだ出たがってたの!?出たがりか!」
「魔界にはそんな面白い行事がない」
「じゃあ魔界でもやれば……駄目だな。フラウエルが出たら参加した魔族が全滅しそうだから」
異世界最強が参加するなら誰も参加したがらないだろうから、残念ながら諦めて貰うしかない。
そう考えると自分と戦える強者を望むのも分からなくない。
「俺でも良ければ時々手合わせするか?」
「本当か?」
「うん。ただ覚醒済みの勇者みたいには強くないぞ?」
「問題ない。お前の実力は知っている」
「手合わせだからな?殺すのはナシ」
「無論。半身を殺すはずがないだろう」
厄災の王と戦っていた時の活き活きした姿を見ただけに普段は本当に退屈なんだろうなと思ってしまったから、手合わせくらいなら付き合う約束をした。
「魔王と手合わせとは……どこまで常識外れなのだ」
「今更だね。魔王の半身って時点で常識など蚊帳の外だろ?人族を半身にした魔王も然り。今までの歴史では有り得えなかったことが自分の生きる時代に起こるなんて光栄じゃないか」
「全く。お前たち師弟は本当に似た者同士だな」
いやいや、戦闘狂軍人と一緒にしないでくれ。
って本音はダッシュを二百本に増やされそうだから口に出すのは辞めておこう。
「大会の話も済んだことだし、急かすようで悪いけど箱の無効化を頼みたい。研究室に魔王を入らせる訳にいかないからもう一度訓練所に運んである。シンも着いてきな」
「俺も?」
「王宮内での魔王の保護者は君だろう?今回の件で協力してくれてるのも君のため。私だけで案内してもし機嫌を損ねられたらどうする。孅い私を危険にさらす気かい?」
誰が孅いんだ( ˙-˙ )スンッ
エミーは日々の自分を百万回は振り返ってみるといい。
「シン殿。大会中の衣装は国で決まった物を用意するが、試合で使う武器や装備やアイテムは各々に選んで貰って国で支払うことになっている。メンバーが決まったら師団室に報告を」
「分かった。もう目星はついてるから声掛けてみる」
国家間の行事だけあって国が支払ってくれるらしい。
王都の代表として出るっていうのが少し荷が重いけど、賢者や王城関係者が出られないのなら仕方ない。
師団長から開催日を聞き、詳しくは執事のエドに伝えておくということで謁見は終わった。
「考えてみれば二か月後って急だな」
「本当はエルフ族の国王に延期の申し入れをしていたんでね。結局開催することが決まったのが先週だったんだよ。お蔭さまで王城関係者もいま大慌てで準備を始めてる」
訓練所に向かいながらふと思って言うとエミーはそう答えて苦笑する。
「なんで延期に?」
「魔王が来たのに大会をやってる場合じゃないだろう?」
「ああ。たしかにそうか」
「向こうは痛手がないものだから押し切られたけどね。五十年に一度の記念すべき本大会だからって」
実際に来られた人族としては大会なんてやってる場合じゃないって判断をしたんだろうけど、自分たちの国に来られた訳じゃないエルフ族には所詮他人事、と。
「ただ、開催が決まって良かったこともある。西区の襲撃犯の狙いがこの国だとするなら、地上の全種族はもちろん王家や貴族も集まる大会を見逃すはずがないんじゃないかと思ってね。そのぶん警備は厳重に行うことになるけど」
言われてみれば。
犯人の狙いがもしブークリエ国であるなら、国王のおっさんが群衆の前に姿を現す大会は絶好の暗殺チャンス。
警備が厳重だろうと読んで大会の時にはスルーする可能性もあるけど、滅多に王城から出ない国王のおっさんを狙うのであれば仕掛けてくるかも知れない。
「なんか王家が餌みたいで嫌な気分だ」
「国王は分かっておられるよ。王妃やルナさまや幼いルイスさまも。王家である限り命を狙われ続けることはもちろん、国民の為なら命を捧げる覚悟もある。あの方たちは分かってる」
うん、分かってることも覚悟があることも知ってる。
五歳児のルイスさまでさえ国民に怖がる姿を見せてはいけないと気丈に振る舞っていたから。
ただ、俺の気分的に。
「魔王だってそうだろう?」
「俺が命を狙われることは滅多にない。だが王としてという部分は同じだろう。民から望まれるままに尊敬される王の姿で有り続けなければならない」
尊敬される王の姿……なんか疲れそうだ。
城に居ても外に出ても命を狙われるし、国民の望む王の姿を演じないといけないし、何かあれば自分の命を投げうってでも国や国民を守らないといけないし、国民が納めた税で生活をしてるってだけじゃ割に合わない気がする。
「王という存在は民を守るための生贄。民のために生き民のために死ぬ。俺を作った先代魔王からそう教わった」
だから天地戦を止めることは出来ない。
魔界に住む魔族の生活を、命を守るために。
遠回しにそう言われた気がした。
王城を出てから術式を使い(王城内では緊急時以外に術式の利用は禁止されている)着いた訓練所。
「シンさま。お帰りなさいませ」
「お帰りなさいませ」
「ただいま。って言っても箱の為に一度戻ったんだけど」
「はい。エミーリアさまより伺っております」
誰も入れないよう術式で封印されていた扉の中に居たのは警備を任されていたエドとベル。
「魔王、早速頼むよ」
「ああ」
賢者のエミーでも出来なかった無効化。
多分箱の中に描かれた術式が関係してるんだろうけど、それは今後研究者たちが解析すること。
魔王が箱に翳した手には闇色の魔力が集まる。
その魔力がスウっと箱へと飲み込まれていった。
「終わった」
「ほんとどうなってるのかね。魔王の能力ってものは」
手に取ってパカと開けて見せた魔王。
研究室では爆発してしまった箱も魔王にかかれば一瞬。
「ありがとう、助かったよ。これで解析に移れる」
「フラウエル?またエルフ族の匂いがしたのか?」
最初の箱を開けた時のように匂いを嗅いだ魔王は、エミーの礼も俺の問いも無視して無効化した箱の匂いを嗅いで回る。
「偵察に出した祖龍を倒したのは半身だと言ったな」
「え?うん」
「その祖龍の亡骸はその後どうした」
「倒した後?エミー、あの後どうなったんだ?」
「調査用に肢体の一部は保存させて貰ったけど、食べるための殺生じゃなかったから他は焼いて神の身許に葬送したよ?精霊族の敵とはいえ命には違いないからね」
なんで突然祖龍の話に?
真剣な表情の魔王に首を傾げる。
「その一部はどこに保存してある」
「とある場所の保管庫で厳重に保管してある」
「そこは誰でも行けるのか?」
「いや。一部の研究者と魔導師だけだけど……まさか」
「この模様に使われてるのは祖龍と魔物とエルフ族の血だ」
……ぇぇぇぇぇえええ!?
最初に開けた箱の時は言ってなかったのに!?
「この三つの箱は魔物とエルフ族の香り。これは最初の箱と同じくエルフ族の香りだけ。この箱からは祖龍と魔物とエルフ族の香りがしている」
魔物とエルフ族の香りの箱が三つ。
祖龍と魔物とエルフ族の香りの箱が二つ。
エルフ族だけの香りが一つ。
最初に魔王が開けた箱一つと爆発した箱一つの計八個。
「無効化できず爆発したのは恐らく祖龍の血を使った箱だったのだろう。通常のやり方では無効化できなくて当然だ。祖龍の血は精霊族とは違う龍族の魔力が含まれているのだからな」
人族と魔族の魔法(魔力)は違う。
魔王が最初の箱を開けた時にエミーや師団長に説明していたように、人族と魔人族の魔法が『似て非なるもの』だということは両方使える俺が一番実感している。
それが人型種ではない龍族とあればなおさら違いがあっても不思議ではない。
「他の祖龍が地上へ来て倒された可能性は?」
「若い祖龍は魔素の薄い地上へは来ようとしない。力のある祖龍は俺の側近と主従契約を結んでいるか俺の配下にあるから居なくなれば分かる。魔界から居なくなった祖龍はいない」
じゃあこれに使われてる祖龍の血は……。
「魔導砲の時点で嫌な予感はしたんだ。ただ、エルフ族も同じ魔導砲を使ってるからアルク国の物かも知れないって思いもあった。でも祖龍の亡骸は……この国にしかない。つまりこの国の研究者か魔導師に軍事品を横流ししてる裏切り者が居る」
エルフ族のことより最悪の展開。
とある保管庫に入ることができる王城関係者が関わっているということだ。
「何も知らず金目当てに品を横流ししているだけなのか、箱の作成にも手を貸しているかまでは知らないが、国王に仕える人族の中にも裏切り者が居ることは間違いないだろうな」
魔王の言葉にエミーは唇を噛む。
「無知は罪とはこのことか。研究者や賢者を名乗りながら魔族と精霊族の魔力の違いを考えなかった自分が愚かしい。今ほど自分の考えの甘さを呪ったことはないよ」
「エミーリアさま……」
こんなエミーは初めて見た。
エミーを慕うベルは悔しがるエミーにそっと寄り添う。
「大丈夫。このことを国王に報告をして師団に魔導師の素行や記録を探らせる。私は解析をしながら同じ研究者たちを探る。国や国王を欺く馬鹿を絶対に見つけ出してやる」
反りが合わなくても同じ国と国王に仕える仲間。
もしくは自分と同じ研究者仲間。
どちらに転んでもエミーには辛い犯人探しになるだろう。
「シン、ベル、エド。このことは口外を禁ずる」
「「はっ」」
「分かってる。……無理すんなよ」
「無能に心配されるほど落ちぶれてはいない」
「はぁ!?さっさと箱を運んで解析しろ!」
「言われなくてもするさ。デートの土産は甘い物を頼むよ」
「図々しいな!」
術式を地面に描きながら減らず口を叩くエミー。
ちょっと気を使えばこれだ。
「あ。水晶を持ってくるのを忘れた。研究室へ籠るのに」
「解析が済むまで持っていろ。祖龍の血では分からないのも仕方ない。人族の知識では分からないことがあれば魔力を送れ。今回の件に関わることなら話せる範囲で教えよう」
「いいのかい?それは心強いけど」
「祖龍も魔界の魔族。亡骸を悪用されていい気はしない」
「そうだったね。必ず見つけて私がガツンとやるから」
「ああ」
エミーのガツン……それは死ぬ(震え)。
そもそも軍事品を横流ししてる時点で処刑だろうけど。
「ベルありがとう。今度甘い物でも食べに行こう」
「喜んでお供いたします!」
「エドも一緒に行こう。警備ありがとう」
「光栄です」
バッサバッサ左右に揺れるエドとベルの尻尾。
可愛いかよ。
「シン。私が籠る間も訓練を怠るんじゃないよ」
「分かってるって。クソ軍人が」
「魔王も私の愛弟子を頼んだよ」
「ああ」
小さな箱を六個抱えたエミーは術式に入るとどこにあるか知らない研究室へ去って行った。
「絶対無理するんだよなぁ」
「はい」
「エミーリアさまですので」
無理するななんて言葉は言っても無駄。
それは分かってるけど言っておきたかった。
「そうだ。エド、ベル。ついさっき国王のおっさんから言われたんだけど、二か月後の武闘大会に参加することになった」
「本大会に!?王都代表としてですか!?」
「え?うん」
「さすが私たちの主!王都代表に選ばれるなんて素晴らしい名誉です!」
え?なんでそんなキラキラしてる?
尻尾をバッサバッサ揺らす二人に首を傾げる。
「えっと……その大会でパーティ戦があるらしいんだけど、エドとベルもパーティに入ってくれないか?」
若干引きながら話すと二人の尻尾は同時に垂れる。
「ええ?なんでシュンとした?」
「我々は獣人です。誰もが憧れる王都代表騎士に獣人が居たのでは他所に示しがつきません」
「王宮の者で組まれることと思いますが、私たちが居てはその方々にもご迷惑になります」
……誰もが憧れる代表騎士?
そんなことは三人とも言ってなかったんだけど?(震え)
「自分たちで獣人を卑下してどうする。国王のおっさんは性別や身分や種族は問わないって言ってた。二人は人族の国に暮らしてるからパーティ戦では人族枠になるみたいだけど、その姿で堂々と大会に出れば良い。獣人の扱いを考え直すきっかけになりたいって言ってただろ?代表になるのが誉れなことならそれこそ獣人にとって大きな希望になるんじゃないか?」
俺や一緒に組む人のことを考えたんだろうけど、この国の代表に選ばれることがそんなに輝かしい名誉なことならむしろそれを利用すれば良い。
「王宮や王都の人たちは多少慣れたって言っても極一部。獣人は奴隷じゃないって全種族に教えるいい機会になる」
「シンさま……」
「ですが我々と組む方は嫌がるかと」
「俺がパーティメンバーにしたいのは王宮の人じゃない」
「シンさまがお決めになるのですか?」
「うん。自分が信用に足る四人を選んでいいって」
話を聞いた時から声をかける四人は決めていた。
国王のおっさんもあの言い方だと分かってたと思う。
「王都ギルドのドニとロイズを誘う」
「ドニさまとロイズさまを!?」
「獣人と一般国民の代表騎士など前代未聞ですよ!?」
「俺本人が信用に足る四人を選んだつもりだ。ルール違反じゃないなら他の奴がどう思うかなんてどうでもいい」
前衛は剣士のベルとドニ。
中衛は弓士のロイズ。
そしてエドと俺が後衛について魔法での攻撃とサポート(回復含む)を行う。
「シンさまらしいと申しますか」
「シンさまがお考えになることはいつも常識に囚われた我々の予想の遥か先を行きますね」
そう話してエドとベルはクスっと笑う。
「「我らが主に勝利の栄光を」」
スっと跪いた二人はそう声を合わせる。
「……やはり俺も姿を隠して大会に」
「「駄目ですよ?」」
まだ言っていた魔王と即座に駄目出しをした二人に笑った。
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