ホスト異世界へ行く

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第五章 新たな始まり

聖地アルク

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魔王の魔空魔法(魔が多い)を利用してやって来ました、エルフ族の王都がある『聖地アルク』。

え?って自称するものだっけ?
聖地エ〇サレムのように、ここを聖地と思った人が国名の前に聖地と付けて呼ぶんじゃなかったっけ?
国王が居る王都だから『アルク(Arc=弓)』という国名に誰かが聖地を付けて呼んでいる訳じゃなく、『聖地アルク』で一つの国名だと言うんだから自己主張が激しい。

「お前たちは人族か」
「ああ」

極上に無愛想&不機嫌な門番。
給料日に財布を掏られてしまった人のようなご機嫌ナナメ具合の門番に魔王はスルっと嘘をつく。

「この国へ来た目的はなんだ」
「妹の婚礼用に幾つかの装飾品が欲しい」
「聖地アルクの装飾品を贈れるのであれば人族の貴族か。ゆっくり見て行くといい。通れ」

少し高めの通行料を渡しながらシルクのような滑らかさで嘘をついた魔王に門番はドヤり、言っていた通り身分証を提示させられることもなくアッサリと通してくれた。

「妹の婚礼用の装飾品なんて嘘をよく思いついたな」
「アルク国の装飾品技術が高いことは事実だ。竜人街の竜人の中にはこの国の装飾品を好んで使っている者も居る」
「え?エルフ族にとっても魔族は敵だろ?」
「商売と天地戦は別。言っただろ。エルフは姑息だと」

姑息というかたくましい商売人魂というか。
エルフ族は人族と違って上手く立ち回ってるようだ。

「人族はそれを知らないよな。多分」
「子供賢者と共に居たあの男が驚いていたのだから知らないのだろう。魔素に耐えられない精霊族は魔界へは来れないが、竜人側がエルフ族の領域にある魔層を利用して買いつけに来る」

のっけからとんでもない衝撃の事実。
魔王が来たことがあるだけじゃなく他の魔族もとは。
地上層に数ヶ所ある魔層はそれぞれの国が管理していて、魔族の出入りがあった場合は通達義務があると聞いてたんだけど。

「商売できるくらいなら戦う必要ないんじゃないか?」
「天地戦のことを言っているのか?」
「うん」

どこに向かっているか分からないけど魔王の隣を歩きながらそんな話をする。

「たしかに全ての者が共存できるならば戦う理由もなくなるだろうが、精霊族と繋がりを持ちたくない魔族が大半だ。同様に精霊族も魔族を悪い者と考えているだろう?」

まあ……俺も“魔族=悪”と思ってた。
俺の居た世界で言うところの悪魔が魔族。
悪魔=悪い者、魔族=悪い者。
それを疑いもしなかった。

「以前にも話したが、精霊族が魔族は敵と教えられるように魔族も精霊族は敵と教えられる。現状で被害を受けていなくとも魔族は勇者と戦える魔王の存在を作り、精霊族は勇者を召喚して天地戦の準備に入る。互いに自分たちの種族を守るために」

互いが相手を警戒して準備をする。
互いが自分たちの種族を守るために。
地上層の者にとっては魔界層の種族が悪。
魔界層の者にとっては地上層の種族が悪。
生まれた層や種族で正義と悪が入れ替わる。

「これがこの国の者が信仰するエルフ神だ」

話の途中で辿り着いたのは噴水広場。
大きな噴水の中心には巨大な像が立っている。

「……神像にも見事に生えてる。長い耳が」
「本人たち曰く地上の神だからな」
「神の姿が自分の種族の姿をしてるってところは同じだけど、人族は神は神って特別な存在で自分たちを神とは思ってない。エルフ族は何で自分たちを神だと思ったんだろう」

実際に見たことがないから神像の姿形が自分たちの種族に似るのは理解できるけど(信仰しやすいって意味でも)、何を以て自分たちエルフ族が神(しかもとわざわざ分けて)と思ったのかが気になるところだ。

「理由までは知らないが、エルフは自分たちを特別な存在と考えている。たんに人族や獣人族の居る地上に暮らしているというだけで、自分たちの種族は天上の神々の一員であると」
「一部の人がそう思ってるだけじゃなくて?」
「一部の者は思っているかもな。自分たちは神じゃないと」
「そっちの方が少ないのか」

まあ思うだけなら自由なんだけど。
他の種族に迷惑さえかけなければ。

「折角だ。装飾品を見に行こう」
「え?匂いは?」
「歩いているエルフを捕まえて嗅ぐか?」
「OK、人が居る所に行こう。変質者で捕まる」

そんなことをして捕まったら困る。
変質者の仲間だと思われたくない。

噴水広場から続く道を少し行くと広い通りに出る。
通りの左右にはたくさんの店が軒を並べ、エルフ族はもちろん人族の姿もぽつぽつ見られた。

「うん。人気があるのも分かる気がする」

並べられた装飾品の数々。
目についた銀製品の髪留めは手の込んだ細工が施されていて女性が喜びそうだ。

「見て回って幾つか買って帰るかな」
「お前に髪飾りは必要ないだろう」
「俺のじゃなくて土産用に」

エミーとベル。
それからサクラとリサ。
装飾品をつけられない修道女シスターや男連中には別の土産を買ってくけど。

「フラウエルは?」
「この先の店でかんざしを買う」
「簪?そんなもの使ってるのか」
「リュウエンにだ」
「ああ。付けてたな、そう言えば」

以前竜人街で会った時に緩く結んだ髪に銀の簪や瑪瑙めのうっぽい飾りがついた簪をしていたことを思い出す。

「じゃあ先にそっちを見に行こう」
「買うんじゃなかったのか?」
「見て回ってから決める」

この店で買って帰るとは決めてない。
通りに入って最初に目についた店がここだっただけで。

「本当に来たことがあるんだな。場所を知ってるってことは」
「リュウエンに持って行く装飾品は大抵がこの国の物だ」
「じゃあ前に着けてた簪もフラウエルが?」
「ああ。衣装や装飾品は俺が贈っている」

話を聞くほどリュウエンと契約しなかった理由が分からない。
わざわざ地上まで買いに来るんだから好意があるんだろうに。
したくてもできない事情でもあるんだろうか。

魔王の目当ての店があったのは通りの奥。
立派な外観の店の中にはショーケースが並んでいて、その中には如何にも高級そうな装飾品が飾られていた。

クソ高っ!
最初に見た店の倍以上するその値段に内心驚く。
ただの銀の棒にしか見えない物でも金貨一枚(日本円で十万前後)とかで、とてもじゃないけど庶民が気軽に買う店じゃない。

「どれがいいと思う?」
「は?贈り物はさすがに自分で考えろよ」
「参考にするのはいいだろう?」
「俺の意見が参考になるほどリュウエンを知らない。自分が見てリュウエンに似合うと思う物や喜びそうな物を選べよ」

一度会っただけでリュウエンの好む物なんて分からない。
召喚される前の世界なら流行物や身につけてるブランドや小物なんかで多少の判断はできたけど、召喚されて半年&種族も違う俺に魔族が好む物が分かるはずもない。

「俺は前の店を見てくる」
「ここのは見ないのか?」
「俺の知り合いで簪を使う奴は居ないから別の店を見てくる。俺は俺で自由に見てるからゆっくり選んでくれ」

待たせる時間を気にせずゆっくり選べるよう、俺も別の店を見に行くことを話して簪屋を出た。

簪屋の前にあったのも装飾品屋。
静かな店内に入って棚に置いてある物を見る。

「…………」

なんでだ。
この辺りは庶民お断り店ゾーンなのか?
この店も簪屋と同じく金貨が要る値段の装飾品ばかり。
もしここで四人分の土産を買ったら最低でも金貨四枚(日本円で四十万前後)は飛ぶ。

「土産ってレベルじゃねえな」

これはもう誕生日にプレゼントするレベルの物。
間違っても土産として渡すような金額の代物じゃない。
教会や孤児院に金を使った今の俺の懐具合を舐めるな。

「手にとってご覧になりますか?」
「自分には不相応な店にお邪魔したみたいです。すみません」

声をかけてきたエルフ族から表情で馬鹿にされる。
まあそうなるだろう。
深く考えずに入った俺も悪い。

店を出て溜息をつく。
召喚される前なら買っていた値段でも、マンションも預金も生活の保証もなくなった今の俺には迷う値段。

「のんびり土産を買ってられる立場じゃなかった。……いやでも土産くらいは買って帰るべきか?」

国から援助が出ると言っても全額じゃない。
爵位持ちだから国からの給金は出るけど(まだ貰ってない)、現状では領民からの納税が望めない西区の領主になったんだから給金も西区に使うことになるのは目に見えてる。

「うん。やっぱ辞めとこう。必需品じゃないし」

魔王の買い物が終わったら早く帰ろう。
最近は西区の仕事に追われてたけど、これからは空いた時間にギルドで依頼を受けて少しでも足しにしないと。
召喚されて人生イージーモードになるどころか逆にハードモードになっているんだから、暇を持て余した神々は異世界系の漫画や小説を熟読した方が良い。

「……あの日もこうやって客のこと待ってたな」

簪屋の中から見えない場所で待っていてふと思い出す。

異世界に召喚された日の早朝。
それまでも何度も旅行に誘われつつかわし続けていた太客から日帰りでも駄目かとねだられ、都心から近場の日帰り温泉に行くため駅で待ち合わせをしていた。

基本的に俺は客と遠出しない。
長時間一緒に居てボロが出るのを避けるために。
ただあの時は相手が極太客だったことと、あまり断り続けると指名を外されるから一度くらいはと考えたのと、日帰り温泉に行った後にそのまま店に同伴して高いボトルを卸すと約束をしてくれたから折れた。

前日の営業を深夜に終えてろくに寝る間もなく早朝から待ち合わせるなど地獄でしかないけど『同伴のために我慢』と自分に言い聞かせ待ち合わせ場所で待っていると、クラっと目眩がした次の瞬間にはもう玉座の間に。

日常から急転直下の非日常へ。
元の世界で得たものを一瞬で失った。

「こうやって待ってたら元の世界に戻れたり」
「もう買い終わったのか?」

しないですよね、はい。
知 っ て た‪ (  ˙-˙  )スンッ‬

「俺は辞めた。リュウエンには買えたか?」
「辞めた?」
「うん。戻ってから菓子でも買うことにする」

菓子は高級品と言ってもさすがに金貨一枚もしない。
普段は作ってるし、そのくらいの贅沢ならいいだろう。

「匂いは?確認できたのか?」
「ああ。やはりエルフ族の香りで間違いなかった」
「そっか。じゃあ報告してくれるか?待ってるだろうし」
「そうしよう」

当たってくれなくて良かったんだけど。
軍事武器を手に入れられる裏切り者がエルフ族にも居るなら、場合によっては地上の種族同士で争うことになってしまう。
それを考えると憂鬱な気分だった。


「国王も一緒か」
『国の軍事に関わる問題だからね。一緒に聞いて貰った方が良いと思って報告を待っていた』

店と店の間の細い路地に入り魔王が水晶に魔力を送ってエミーと繋げると、エミーと師団長の他に国王のおっさんもいた。

「やはりエルフ族の匂いだった」
『当たって欲しくないことが当たってしまったか』

魔王が前振りもなく結論から話すと水晶から映し出される三人は大きな溜息をつく。

『じゃああの箱を作ったのはエルフ族の技術者ってことだね』
「人族には作れる者がいないのか?」
『少なくとも私の知る範囲では居ないね。報告を待つ間に少し調べてみたけど、この国の研究者でもある私が知らない技術だった。他国の者が作ったことはほぼ間違いない』

人族がやったことなら人族だけの話で済むけど、そこにエルフ族も関わっているなら国家間の問題。
もちろんエルフ族側は関与を認めないだろうけど、同じことが繰り返されないよう早急に犯人を見つける必要がある。

「国王のおっさん。もし国が関与してたら戦争するのか」
『軽はずみな発言はできない。だがこれがこの国を狙ってのことであれば、自国の民を守るため黙っている訳にはいかない』

エミーが言っていたように戦争になる可能性もあると。
また『誰かを守るため』を理由に。

「その時は俺も戦場に出ることになるんだよな?」
「お前も?」
「爵位を持つってことはそういうことだろ。国民が納めた税で給金を貰うかわりに有事には国や国民のために力を尽くす。しかも俺は英雄勲章持ちだから戦の最前線行きになる」

魔族には貴族という階級がないから知らなかったらしく魔王は眉を顰める。

「その話は本当か?国王」
『……事実だ』
「そんなことは認めない。夕凪真は俺の半身だ」
「誰の半身とか関係ない。戦争になれば家族や恋人が居る人だって戦地に行く。国と国民のために命をかけるんだ」

もちろん貴族全てが戦地に配属される訳じゃない。
資金援助という形で国の力になる貴族だっている。
でも俺は栄誉勲章を貰った英雄の称号持ち。
開戦すれば軍人と共に戦地に行くことは分かっていた。

「そんなことはさせない。魔界へ連れて帰る」
「断る。俺にも守りたい人たちが居る」
「駄目だ。お前を戦場に立たせるなら俺が滅ぼしてやる」

俺の肩を掴んで真剣な表情で言う魔王。
本気で言っているんだと肩を掴む手の力で伝わってくる。

『ちょっと待ちな。同盟国を相手にいきなり戦争を仕掛けるような馬鹿な真似はしない。相手の出方次第ではなるかもって話の段階なのに痴話喧嘩するんじゃないよ』

エミーから呆れられて口を結ぶ。
たしかにその通りだけど、俺は今まで戦争なんて経験したことがないんだから覚悟だけはしておかないと。

『私はしばらく解析に力を尽くす。その間の訓練は中止だ』
「分かった」
『今日までろくに休めなかっただろう。この機会に少し羽を伸ばして来るといい。西区のことは私に任せておけ』
「いや、もう帰ろうと思ってて」
『その者としっかり話せ。そのための休暇でもある』

エミーと師団長から言われて魔王を見る。
不機嫌な魔王の表情を見て、たしかに話をして納得させないと地上戦が天地戦に変わってしまうかも知れないと納得した。

『シン殿。私は戦を望んでいない。仮に解析の結果でアルク国が関わっていることが判明しようとも、この国に暮らす民のためにもまずは平和的解決になるよう力を尽くすと約束する』
「うん。頼んだ」

国王のおっさんのその本音に少しホッとした。
相手から表立って仕掛けられたら最終的には戦うしかなくなるだろうけど。

『魔王フラウエル。此度の協力と貴重な情報提供に感謝する。国王という立場ゆえに国をあげての礼は出来ないが、この国に暮らす者の一人として礼を言う』

魔王に対して頭を下げる三人。
三人しかその場に居ないから出来たことだったとしても、敵の魔王に頭を下げ感謝する国王も、敵の国王から頭を下げ感謝される魔王も、今までの歴史で居なかったんじゃないかと思う。

「俺も感謝してる。ありがとう、フラウエル」
「……人族は律儀で愚かだ」
「感謝できない奴らよりはいいだろ?」
「まあそうだな」

魔王はそう答えて微笑する。
国王のおっさんが平和的解決になるよう尽力すると話したのを聞いて魔王も多少は安心したんだろう。

「エドとベルには羽休めして帰るって伝えてくれるか?」
『私が伝えておくよ。今は訓練所の警備を頼んであるし』
「じゃあ頼んだ。少し社会勉強して帰るから」
『君は問題児なのだ。軽率な行動は慎むように』
「俺の親か!」

師団長からグサリと刺されて突っ込むとエミーは笑う。
代理人を頼むようになってから師団長のオカンのような口煩さにますます拍車がかかってきた。

「用がある時にはその水晶を使って呼ぶといい。半身をそちらに送り届けるまではこのまま繋げておく」
『分かった。愛弟子を頼んだよ』
「ああ」

最後に魔王とエミーが話して報告は終わった。

「気にしてくれてたんだろうな」
「ん?」
「フラウエルとしっかり話せってのも本音だろうけど、最近俺が肉体的にも精神的にも疲れきってたことを分かってたんだと思う。それで休暇をとるよう言ったんじゃないかな」

教会と孤児院が無事に建築できるように。
西区の改善になることには確認をしてから許可を。
送迎ルートの確保、ギルドに運転手の募集と祝典の警備依頼。
祝典の挨拶を覚えてシミュレーション。
連日連夜、ろくに睡眠もとらず今日にこぎつけた。

「改革に力を注いでいたことは俺も見ていた。だから会いに行くのも我慢したんだ。休暇ついでに俺にも付き合え」
「構ってちゃんかお前は」

まるで忙しい親に構って貰えなかった子供のようだ。
でも、静かに見守ってくれたことには感謝してる。
首筋に顔を寄せる魔王の頭を撫でた。

「先に渡しておこう。腕を出せ」
「腕?」

首筋から顔を離した魔王に言われて腕を出す。

「魔王が着けてるヤツと同じバングル?」
「バングル?それは分からないが半身の証だ」
「首の印以外にも証なんてあるのか」

魔王が俺のスーツとシャツの袖を少しあげて腕に付けたそれは精巧な細工が施されている銀のバングル(的な物)。

「この腕輪の石には俺の魔力を溜めてある。傍に居ない時でも回復の手伝いくらいにはなるだろう。本来は子を成す時に渡す物だが、お前は無理をするのが好きだからな」
「いや、好きじゃないし」

半身の証ってことは人族の結婚指輪的な物なのか?
いや、子作り(魔力で)の時に渡す物なら今は婚約指輪的な物?
まあそれはどちらでも良いけど、付き合ってる相手(というのか微妙だけど)と揃いの物を身につけるのは初めての経験だから微妙に照れくさい。

「……ありがとう」
「地面に叩きつけられると思っていた」
「俺をどんな極悪非道だと思ってるんだ!」

さすがに貰った物を叩きつけたりしない。
相手次第では要らないって返すくらいはするだろうけど。
あ、充分酷い奴だった。

「もう少しこの国を見て回るか?」
「うん。滅多に来る機会がないだろうし」
「腹は?食事はしたのか?」
「言われてみれば今日は食べてない」
「根を詰めると体を壊すぞ?人族は脆いのに」
「今日は緊張して食欲がなかっただけ」

挨拶もだけど、何より正体を明かすことが。
今まで気軽に接してくれていたみんなの態度が変わってしまうんじゃないかと少し怖かった。

「まだ先は長いんだろう?休暇中は頭を切り替えて休息をとるようでなければ長くは続けられないぞ」
「うん。今日の祝典までは漕ぎ着けられたことだし、一旦西区のことは師団長に任せる。たしかにメリハリをつけないとな」

全く考えないというのは無理だけど、自分の肉体の疲労や精神面を考えれば何事もメリハリが必要なことは分かる。
許可や指示を出す領主の俺が潰れようものならそれこそ改善が遅れてみんなに迷惑をかけてしまうから。

「ではまずは食事に行こう」
「賛成」

なんかハルと居るような気分。
酔っ払った俺の顔面を踏むようなクズ野郎だけど、俺が行き詰まったり悩んでいる時は気晴らしに誘い出してくれていた。
基本クズ野郎だけど(大事な事だから二回ry)。





魔王に連れられて行った食事処でメニューを眺める。
外観の時点で既に察するレベルではあったけど、煌びやかな個室に案内されて見たメニューに書かれた料理の値段もお高い。

「……すげえな」

面白いほどメニュー(食材)が分からない。
ブークリエ国と同じ地上層にあるはずなのに、どうしてこんなにも見たことがない名前ばかりが並んでいるのか。

「料理店のメニューの名前にまで自己主張が激しすぎないか?どれだけなんだよ」

秋葉のメイドカフェか。
メイドさんのなんちゃら風とか、ニャンニャンとかワンワンとか、口には出さずメニュー表を指さして「これ」で済ませるような香ばしい料理名のように。

・地上の神のサラダ
神様をサラダにしちゃった罰当たり。
・地上の神の魂
神様の魂を食べるサイコパス。
・地上の神の愛の雫
官能小説家が名付けたっぽい。
・地上の神の花びら
愛の雫と頼めば18禁感が増し増し。
・地上の神のマーメイドグリーン
もうなんのことやら分からない。

というように‪、地上の神をゴリ推しするメニューの数々。
エルフ族は自分(の種族)大好きっ子らしい。

「何になさいますか?」
「コースを二名分」

おい!頼めよ!
地上の神をこんなゴリ推ししてんだから頼んでやれよ!

「お飲み物は」
「リコリの果実水で」

え?俺も頼みませんが?
ゴリ推しされると逆に注文したくない(誤った反骨精神)。

「ここまでくるともう凄いなとしか」
「俺も名前はどうかと思うが味はいい」
「それは楽しみ。他国の料理を食べたことがないから」

地球に居た時は各国の料理を食べ比べるのが好きだった。
この世界でももし行動が制限されてなければ他の領地や国にももっと早く行っていたと思う。

「結構来てるのか?この店」
「いや。以前リュウエンと一度だけ来た」
「リュウエンと?」

聞けば聞くほどに契約する相手を間違ってる気がする。
店に行くし、プレゼントもするし、食事にも行くし。

「なんでリュウエンと魂の契約を結ばなかったんだ?」
「リュウエンと?」
「好きなんだろ?リュウエンのこと」
「……どうしてそう思った?」
「え?店に行ったり贈り物をしたりしてるから」

傍から見ると恋人同士のようなのに何で契約しなかったのかがどうしても気になって訊くと、なぜか驚いた顔をされる。

「話していなかったか。リュウエンはラヴィの親だ」
「へー……親!?」
「ああ。ラヴィを産んだあと竜人となった」

……は?
は?どういうこと?

「待ってくれ。竜人と龍族って同じなのか?」
「他の龍族は違うが、祖龍だけは成年期と老年期の二度しか子を成さない。老年期に最期の子を産んで命を終える際、稀に覚醒して人型種に生まれ変わる者がいる」
「え、え?じゃあ竜人族はみんな元祖龍ってこと?」
「いや。竜人族は竜人族同士の間に作られた子供と祖龍から生まれ変わった者が居る。リュウエンは生まれ変わりの竜人だ」

ぇぇぇぇぇぇぇぇえ!
と叫びそうになったのをグッと飲みこむ。

「じ、じゃあリュウエンはラヴィを産んで一度祖龍としての命を終えてから今の竜人として生まれ変わったってこと?」
「ああ。俺の前で子を産み生まれ変わったからな。間違いなくラヴィを産んだ親だ」

衝撃すぎて気が遠くなりそうだ。
魔族は奥が深すぎる。

「契約したくても出来ない事情があるのかと思った」
「ラヴィの親だから出来ることはしているというだけだ」
「納得した」

そういう理由なら贈り物はプレゼントというより援助か。
店に行くのも一緒に食事をするのも自分の眷属の親だからと考えると納得できる。

「ってことはアミュの祖母でもあるってことか」
「ああ」
「事実を知ると不埒な目で見るのが申し訳なくなるな」
「不埒な目で見ていたのか」
「あの美貌だぞ?そりゃ見るだろ」

稀に見るレベルの美形と知り合えたんだ。
棚ぼた的な展開の期待くらいはする。

「父親は?」
「リュウエンが父であり母だ」
「え?」
「祖龍は自分の魔力を蓄え一人で子を成す」
「そこは魔人や竜人と違うんだ?一人でって凄いな」

魔力で子供を作ることは魔族共通みたいだけど、魂の契約を結んだ相手と二人で作る魔人や竜人と違って自分一人の魔力で作るっていうのが凄い。

「あ、二度しか産まないのも魔力を蓄えるから?」
「そうだ。一人分の魔力で子を成すとなると長い時間をかけて蓄える必要がある。だから二度しか産むことができない」
「なるほど」

話を聞いているとノックの音がして個室のドアがあく。
会話していた口を結んで様子を眺めてると、二人がかりで運ばれてきた豪華メニューが所狭しとテーブルに並べられる。

「「ごゆっくりお過ごしください」」

全て並べたあと魔王から支払いとは別にチップも受け取ったエルフ族の店員は(この世界では飲食物を受け取るタイミングで支払いをする)、わかり易くニコニコしながら部屋を出て行った。

「俺の分の支払い」
「半身から受け取る訳がないだろう。仕舞え」
「いいのか?ご馳走になって」
「元よりそのつもりで連れて来ている」
「そっか。じゃあ素直にありがとう」

忘れてしまわないよう食べる前に返しておこうと財布を出すと止められ、今回は素直にご馳走になる事にして再び仕舞う。

「スキルで調べても見たことがない食材ばっかだ。同じ地上でも区域によってこんなに違うものなのか」

お役立ち度が高い料理スキルの鑑定を使って食材を調べてみたけど、ブークリエでは見たことがない食材も多い。

「エルフ族の領域は人族や獣人族が住む領域とは離れているからな。魔界でも場所によって採れる食材は違う」
「俺が居た世界でも土地で差はあったけど、各地の食材が手に入るから見たことがない食材はあまりなかった」

ご当地物と言っても殆どはどこに居ても手に入る。
その土地まで行かないと絶対に食べられない物の方が少なかったからここまで見たことがない食材ばかりなのは少し驚いた。

「冷める前に食べよう」
「うん。いただきます」
「いただきます?」
「俺の居た世界での食事作法マナー。食べる前に命をいただきますって食材に感謝して手を合わせてから食べる」

この世界ではもう恒例の説明。
必ずと言っていいほど不思議がられる。

「魔族の食事の挨拶は?」
「両手を組んで終わりだ」
「祈りの言葉みたいなのはないのか」
「ない」

信仰する神が違うと礼儀も違うらしい。
人族も神を信仰してない人(興味がない人)は祈らずに黙って食べ始めるけど。

「いただきます?」
「可愛いかよ」

俺の真似をして手を合わせた魔王。
真顔のまま疑問符混じりに言って小首を傾げるちぐはぐな姿は破壊力抜群だった。

「うん。美味い」

魔王が言っていた通り味はいい。
味付けなら人族よりエルフ族に軍配が上がる。

「俺はお前が作る料理を食べてみたい」
「城で食べてるような豪華な料理じゃないぞ?」
「俺が好き好んで豪華なものを用意させている訳ではない。以前お前が料理を教えているのを見た。俺も食べてみたい」
「分かった。口に合わなくても文句言うなよ?」
「ああ。約束だ」

王宮料理人に異世界料理を教えている最中を水晶で見たことがあるのか、作る約束をすると魔王は口元を笑みに変える。

この魔王はたまに人間くさいから調子が狂う。
振り回されてる感はあるけど、それが嫌だとは思っていない自分に苦笑した。
 
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まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

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