ホスト異世界へ行く

REON

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第五章 新たな始まり

覚醒

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会食の会場として準備をしておいた教会の隣の敷地へ行くと、集まっていた人々からワッと歓声があがる。

「シンはエミーリアと一緒に司祭たちが居る奥側へ」
「分かった」
「手前側の警備は頼んだよ」
「ああ。予定通りに」

会場の配置は手前が参加者で奥が関係者と分けてある。
ハロルドは王都冒険者と一緒に参加者が集まる手前側の警備。
命を狙われる可能性の一番高い俺は、軍人で賢者で関係者でもあるエミーの護衛つきで敷地の奥へ。

本当に多いな。
月に二度やっている炊き出しの時より人が居る。

英雄エローさま」
「領主さま」
「ゆっくり食事を楽しんでください」

会食では献堂式のような挨拶はしないから、様々な呼び名でかかる参加者たちの声に手を振りながら軽く答えて通り過ぎた。

「司祭さま」
「シンさ、いえ、英雄エローさま」

司祭さまと居たのは修道女シスターと子供たち。
俺の正体が分かって戸惑っているらしく、子供たちも司祭さまや修道女シスターの後ろに隠れて俺を見上げている。

「みんなに今まで黙ってて悪かった。異世界人や英雄エローとしてじゃなく一人の人間として扱って欲しかったんだ。異世界人だ勇者だって騒ぎになって教会のみんなを巻き込むのも嫌だった」

少し手前で立ち止まって司祭さまや子供たちに謝る。

異世界に存在しない特徴の俺はどうしても目立ってしまう。
興味本位で見に来る人も居るかも知れないし、異世界人=勇者と思って命を狙う人が居るかも知れない。
自分が目立ちたくなかったのはもちろん、騒ぎになって司祭さまや修道女シスターや子供たちに迷惑をかけるのが嫌だったことも今まで正体を隠していた理由の一つ。

「結果的に欺いておきながら勝手なことを言ってるのは分かってるけど、出来ればみんなには異世界人や英雄じゃない俺として今までと変わらない関係性でいてほしい。式典の時にも言ったけど、爵位も勲章も称号も教会があるこの土地が欲しいがために受けただけなんだ。名前も今まで通りに呼んでほしい」

どんな勲章や称号や爵位を貰おうと俺は俺のまま。
月日を重ねて親交を深めたみんなには、異世界人や英雄としてじゃなく今までと変わらず“夕凪真”として扱って欲しい。

「では私たちはまたシンさんとお呼びしても?」
「司祭さまたちが嫌じゃなければそうして欲しい」
「みんな。今まで通りで良いそうですよ」
英雄エローさまって呼ばなくて良いの?」
「はい。変える必要はないそうです」

司祭さまと修道女シスターを見上げた子供たちは表情を笑みに変える。

『シン兄ちゃん!』
「待て!一気には無理!」

いつも通り無邪気に特攻をかけて来た子供たち。
倒れそうになりながら何とか受け止めると、エミーや司祭さまたちは笑う。

「シンさん!これ!」
「アベル。ジャン」

遠巻きに見ていた関係者(雇っていた従業員)もまだ遠慮がちながら寄って来て、その中に居たアベルとジャンが紙で包んだ雑誌サイズくらいの何かを渡してきた。

「これは?」
「プレゼントです。良かったら貰ってください」
「俺にプレゼント?いま開けても良いか?」
「はい」

両腕に抱っこしていた子供たちを下ろし、「なになに?」と興味津々の子供たちにも見えるようしゃがんで包装紙を剥ぐ。

「おお!すげぇ!」
「フォルテアルさまだ!」
「キレー!」

アベルとジャンがくれたのは絵画。
俺が初めてスラムに来た時に見たあの壁画と同じもの。

「ごめんな。あの絵を残してやれなくて」
「いえ!危ないなら壊すのが当然ですから!」

今日発表した解体が決定している建物の中にあの絵が描かれている建物も入っている。
壁画部分だけでも保存方法がないか師団長にも相談してみたけど、この世界には長期保存しておける技術がないと言われた。

「心配しないでください。シンさんから理由を聞いて俺たちはもう納得できましたから。ただシンさんがあの絵を気に入ってくれてたから、二人でもう一度同じ絵を描きました」

それがこのキャンバスに描いてくれた絵。
この異世界ではキャンバスや絵の具も高級品なのに。
決して多くない給料を二人でやり繰りして、建物が解体される前にこの絵を描き残してくれたんだろう。

「ありがとう。大事にする」
「わっ!」
「白い衣装が汚れますから!」
「絵画士なんだから得意だろ?白いものに彩るの」
「そういう問題じゃないですよ!」
「上手く誑し込むもんだねぇ。老若男女問わず」
「エミーリアさま感心してないで止めてください!」

感謝を込めて両腕におさめる俺と白い軍服が汚れるのを気にして慌てる二人。
腕を組んでしみじみ頷くエミーにアベルがツッコミを入れて、周りからも笑い声があがった。

「アベル兄ちゃんたち狡い!」
「俺も肩車して!」
「私も抱っこ!」
「分かった分かった。交換だからな?喧嘩はナシ」
『はーい!』

大切なキャンバスはエミーの異空間アイテムボックスで預かって貰い、まだ幼い組の子供を抱き上げ肩に乗せる。

「高ーい!」
「アベル兄ちゃん肩車して!」
「俺も!?シンさんみたいに力持ちじゃないんだけど」

子供たちと戯れる束の間の休息。
王宮料理人が用意してくれた祝いの料理を立食形式で食べている参加者(領民)たちも、建築を手伝ってくれた従業員たちも、元気な子供たちの様子を微笑ましく見ていた。

「よし、交か」

次の子へ交換するために今まで肩車していた子を地面へ下ろしたタイミングで聴こえた、ドンッと何かが爆発したような音。

「なにがあった!確認して報告しろ!」
「はい!」
「安全が確認されるまで敷地から出ないでください!」

今までの和やかな雰囲気から一転。
参加者たちは慌て、子供たちは怯えて大人に抱きつく。
エミーの指示で国仕えの警備兵と冒険者数人が音の原因を確認をしに会場の外へ走って行き、残った警備兵と冒険者で会場内に居る人たちを一箇所へ誘導する。

「シンさん、まさか孤児院に何か」
「教会と孤児院にはエミーと俺で障壁をはってきた。よほどレベルが高い闇魔法使いでもない限り簡単には解除出来ない」

心配そうに教会の向こう側を見る司祭さまに説明する。
俺たちが会食中に窃盗が入る可能性もあるから、念のために教会と孤児院にも数人の警備を残して障壁もはってきた。

「シンさま。ご報告を」
「ベル。なにがあった?」
「何者かが教会へ攻撃したようです」
「教会に?攻撃した奴は?」
「敷地側からは確認出来ませんでした。現在エドとドニさまとハロルドさまで周囲を確認中です」

いつものようにスッと現れ跪いたベルは奥側からでは見えない会場の外の様子を報告してくれる。

「早速来たね。西区を改善して欲しくない輩どもが」
「うん。障壁をはっておいて良かった」

スラムに巣食う犯罪者にとって清浄化は邪魔な政策。
必ず邪魔が入ることは分かっていたけど、随分と派手な音で意思表示をしたものだ。

「シン、エミーリア」
「師団長」
「子供たちや従業員も一旦避難を」
「西区領主!」

師団長の声がして見た方に居た男二人。
鼻から下を布で隠したその二人は剣を手にしていて、俺を目掛けて走ってくる。

「会場内に居たか」
「祝いの場に潜む無礼者が」

片方の男はエミーから、もう片方の男は師団長から、一瞬で首元に剣を突きつけられる。
さすがエリート軍人。
剣を抜くのも突きつけるのも素早い。

捕縛バインド

あっという間の出来事。
なんの役にも立たなかった俺が男二人を拘束すると、エミーと師団長は何事もなかったかのように剣を鞘へおさめた。

「もう悪い人居ない?」
「シンさんとエミーリアさまと師団長さまが捕まえてくれた」
「良かったぁ。ありがとう」
『ありがとう』

司祭さまや従業員の大人にしがみついていた子供たちはアベルから聞き、安心してお礼を言いながら笑顔を浮かべる。

「教会への攻撃は目眩しだったのでしょうか」
「エドたちが戻ってくるまではまだ何とも」
「やはり確認が済むまで従業員と子供たちも避難させよう」
「その方が良さそうだね」
「じゃあ司祭さま。念のため子供たちと」

冒険者が誘導した参加者の所へみんなも一旦避難させることに決まり、師団長と行くよう話しながら振り返る。

その瞬間、俺の視界に入った長い棒のような黒い何か。
それがつい今まで笑っていた従業員や子供たちの体を貫いた。

「残党が居たか!」
「どこから撃ったんだ!」
「みんな!」
「いやあぁぁぁあ!」

エミーと師団長の声。
そして司祭さまや修道女シスターの悲痛な声が辺りに響く。

地面に対して斜めに突き刺さった黒の槍。
それが貫通している人たちの体は力を失い、地面に向かって腕がダラリと垂れている。

「みんなしっかりして!起きて!」
「アベル!返事しろ!」

槍が降り注いだ位置からズレていたカルロはみんなの所へ行こうして司祭さまから止められ、真隣にいて槍から免れたジャンはアベルの体から槍を抜こうとして警備兵に止められる。

突き刺さった槍の支えで空中に浮いている体。
力を失っているみんなの下の地面は血溜まりになっていた。

「シンさま次に備えて障壁を!」
「……なんで」
「……シンさま?」
「なんで先にかけておかなかった?」

どうして男たちが攻撃して来た時にかけておかなかった。
警戒して障壁をかけておけばこんなことにはならなかった。

ついさっきまで笑っていたみんなの姿。
みんなの笑い声が今も聞こえるようで耳を塞ぐ。

誰だ、こんなことをしたのは。
誰だ、こんなむごいことをしたのは。

「……ふざけんなぁぁぁぁぁぁ!」

【ピコン(音)!シン・ユウナギ覚醒。ステータスを更新。特殊恩恵〝神に愛されし者〟を手に入れました。これにより特殊恩恵〝聖魔に愛されし遊び人〟は〝神に愛されし遊び人〟へ進化しました。特殊恩恵〝神罰しんばつ〟を手に入れました。特殊恩恵〝大天使だいてんし〟を手に入れました。恩恵〝神の怒り〟取得。〝神の裁き〟取得。〝大防御〟取得。〝大天使の翼〟取得。〝大天使の目〟取得。〝大天使の剣〟取得。〝大天使の剣〟は〝妖刀 優美〟と融合。新たな恩恵〝天陣てんじん〟を手に入れました。大天使の目発動。シン・ユウナギ専用刀 堕天 風雅だてん ふうがを召喚します】

中の人の声と同時に天空に光で描かれた術式。
そこから召喚された刀の柄を握る。

「……見つけた」

目の前に映像のように見えた光景。
恐らくこれが〝大天使の目〟の効果なんだろう。
男達が8人、小型の大砲のような物からみんなを貫いた槍と同じ物が発射された。

【ピコン(音)!特殊恩恵〝Dead or Alive〟の効果により守護が発動。同時に恩恵〝大防御〟を自動発動Automatic trigger。ただいまより三分間、シン・ユウナギの認識領域内は発動者シン・ユウナギの能力値以下の全攻撃を無効とします】

「シンさまの守護が」
「なにか起こるってことか」

視界に映るタイマーの数字は3分。
空を見上げると肉眼で捉えた黒い点。
いくつも散らばるそれが槍であることはすぐに分かった。

「また魔導槍か!数が多い!」
「少しでも撃ち落とせ!」
「待て!動くなっ!」

魔法で槍を撃ち落とそうとしていたエミーと師団長を止める。
毎回特殊恩恵が発動するのは俺が命の危機にさらされた時。
それならこの〝大防御〟も俺の危機を救うために発動しているんだろうから下手に動かない方が得策。

参加者たちの悲鳴の中を目標に向かい真っ直ぐ飛んで来た槍。
そこが大防御の境い目なのか、敷地の上空で全て消滅した。

「……どういうことだ。魔導槍が」
「シン。これも君の力なのか?」
「三時の方角の工場跡地。男が8人。また撃って来る」
「工場跡地?」
「三時の方角……閉鎖された魔封石工場か!」

再び見えた光景では男たちが次の準備をしている。
大防御の残り時間は約2分。
恐らく次の攻撃が来る前に時間が切れる。

「恩恵〝大天使の翼〟」

背に集まる魔力。
温かいそれが集まり弾けると、なるほど。
たしかに翼だ。

「……シンさまに翼が」
「ベル、一緒に来い。撃たれる前に討ちに行く」
「お供いたします!」

試運転なしのぶっつけ本番。
ただ、半透明のそれは自分の魔力で出来ているだけあって不思議と飛べる気がした。

「エミー、師団長。みんなを頼む。いま発動してる大防御の効果は後1分27秒しかない。次を撃たれる前に行って仇をとる」
「……分かった。行っておいで」
「エミーリア」
「私の愛弟子は馬鹿なんでね。止めても無駄だ」
「お前たち師弟は本当に……。無事に帰って来るのだぞ」
「うん」

ベルを抱えて魔法を使う時のように翼を動かすイメージをすると、自分の意思のままにその翼は動く。

「シンさま!私もお連れください!」
「来い!」

ドニやハロルドと走って来たエド。
伸ばされたその手を掴んで羽ばたくと空に浮いた。

「シンさん!お気を付けて!」
「シン兄ちゃんたち絶対に帰って来いよ!」
「分かってる。みんなを頼んだ」
「神のご加護があらんことを!」

司祭さまとカルロ。
そして攻撃を免れた修道女シスターや従業員に祈られながら、三時の方角に向かい翼を羽ばたかせた。

「居た!降りるぞ!」
「「はい!」」

タイムリミットが10秒を切ったところで見えた工場跡地。
その中心にある開けた場所に槍を詰めている男たちの姿と8基の大砲が見え、真っ直ぐそこへと下降した。

「お前ら死ぬ覚悟は出来てるか?」
「なっ!どうやってここが!」
「つ、翼が!魔人だ!」
「逃げろ!」
「逃がすか!」
「死んで償え!」

8人の男たちは翼の生えた俺を見て怯え、大砲を置き去りに逃げようとした二人をエドとベルが追って斬り捨てる。

「う、撃て!魔人に撃て!」
「うわぁぁぁぁ!」
「「シンさま!」」

大砲の口がこちらに向くと同時に撃たれた槍。
闇の強い魔力を感じるそれを風雅で斬り落とす。

「お前たちは何者だ。目的はなんだ。どうしてこんな惨いことをした」

男たちが着ているのは一般国民も着る普通のローブ。
黒い布で口元を隠しているのも会場の二人と同じ。
やはり清浄化反対派だろうか。

「魔人が居るなんて聞いてないぞ!」

槍の攻撃も撃ち落とされ今度こそ逃げようとする男たちはもう口を割ることはないだろう。

「例え俺が人外に成り果てようと、例え人道に反そうと、罪のない人たちの命を無差別に狙うようなクズに同情はしない」

無邪気な子供たちの命を。
夢を持っていた者たちの命を。
家で家族が帰りを待っている者たちの命を。
卑怯な方法で奪ったクズどもに同情などしない。

「クズどもに神の審判を」

手のひらを翳すと空がどんよりと暗くなり、灰色の雲の中を稲妻が走って雷鳴が響く。

「恩恵〝神の裁き〟」

蛇のように腕へ絡みつくのは魔王と同じ闇色の魔力。
背を向け散り散りに逃げようとする男たちに向かって放たれた闇色の魔力は、蛇が獲物を穫るかのように男たちを一口で飲み込み跡形もなく消滅させた。

「シンさま!」
「二人とも怪我はないか?」
「はい。我々は反撃を受けておりませんので」
「シンさまにお怪我はございませんか?」
「大丈夫」

撃たれた槍は全て撃ち落とした。
優美と融合した風雅という剣もじゃじゃ馬のようだ。

「すぐに戻ろう。会場に残党がいないとも限らない」
「この魔導具はどうなさいますか?」
「俺が運んでやろう」

エドの問いのあと背後から聞こえた声。

「誰だ!」
「いつの間に!」
「フラウエル」
「「……魔王?」」

ローブのフードで顔を隠した人物はフードを下ろすと口元を笑みで歪ませる。

「勇者よりも先に覚醒したようだな」
「まだよく分かってない。ただ腹が立って」
「俺の時も最初は怒りだった。覚醒のきっかけは様々だ」

歩いて来た魔王は剣を構えているエドとベルの額にデコピンして通り過ぎると、時空間魔法の異空間アイテムボックス(魔族は魔空魔法)に大砲や槍を仕舞う。

「エド、ベル、剣を仕舞え。フラウエルは攻撃しない」
「案ずるな。半身の覚醒に気付いて会いに来ただけで戦うつもりはない。危なければ手を貸すつもりだったが、お前たちが負けるような相手でもなかったからな。見ていた」

言葉通りただ見てただけ。
もし魔王に殺すつもりがあったら殺気で気付いていただろう。

「魔王に魔導具を運ばせるのですか?」
「うん。異空間アイテムボックスはまだ上手く使えないから」
「魔王を運び屋に使うのはシンさまくらいです」
「すぐにでも戻りたいんだ。みんなを葬ってやらないと」
「……そうですね」

持ち去られたりしないよう危険な魔導具を置き去りには出来ないけど、本当は今すぐにでも戻って槍に貫かれたみんなを下ろしてあげたいから、魔王だろうと借りられる手は借りる。

「では行こうか」
「エド、ベル。掴まってくれ」
「「はい」」

再び顔を隠すためフードをかぶった魔王から生えた大きな翼。
魔族ってくらいだから黒い翼を想像しそうだけど、魔王も俺と同じく魔力で作られた半透明の翼だった。

上空を真っ直ぐ飛べば会場まですぐ。

「……人族も惨いことをするものだ」

下に見える会場の惨状を見て魔王はそう声を洩らした。

「シン!無事だったか!」
「大丈夫。説明は後でする」
「今エミーリアと師団長が回復ヒールをかけてる」
「……生きてるのか!?」
「ああ。ただ、全員を助けるのは厳しい。エミーリアが自然治癒力を最大限まであげて辛うじて保ってる状況だ。レベルの高い上級回復ハイヒールを使える者の手が足りない」

会場に降りて歩きながらハロルドから説明を受ける。
辛うじて生きてはいるもののレベルの高い白(聖)魔法じゃないと回復出来ないほどに重傷ということか。

「今王宮へ上級回復ハイヒールの使える白魔術師を連れに」
「それじゃあ間にあわない。俺がやる」

槍を抜いて貰い地面に寝かされているみんなにエミーと師団長が手分けして回復ヒールをかけていた。

「シン兄ちゃん!」
「シン!戻ったか!」
「君も上級回復ハイヒールを使えたな。手分けして回復を」
「いや、二人とも休んでくれ。枯渇しそうだ」

カルロが最初に気付いてエミーと師団長も振り返る。
重傷者は回復に時間がかかる上に魔力も大量に消費する。
数十人居る重傷者を一人ずつ回復していたんでは命のタイムリミットに間に合わない。

「二人には俺が魔力を分けてやろう」
「ありがとう。頼む」
「ソイツは」
「今は黙っておけ。騒ぎにしたくはないだろう?」

二人には魔王が魔力をくれるようで、フードの下の人物の正体に気付いたらしいエミーは魔王から言葉を遮られる。

「シン兄ちゃん!みんなを助けて!」
「大丈夫。必ず助ける。みんな俺の大切な仲間だ」

カルロに断言したのは自分を奮い立たせるためでもある。
大丈夫。自分の力を信じろ。
血反吐を吐いてでも鍛え続けた日々を信じろ。
エミーと師団長が繋いでくれたみんなの命を俺が救う。

【ピコン(音)!特殊恩恵〝不屈の情緒不安定〟の効果により全パラメータのリミット制御を解除、全パラメータを限界突破リミットブレイク。ただいまより、特殊恩恵〝神に愛されし遊び人〟の効果、精霊神モードに移行します】

「みんな目を覚ませ。また笑ってくれ。範囲上級回復エリアハイヒール

目を閉じて組んだ祈り手に集まる強大な魔力。
今までの魔力とは異なる温もりと眩い光。
これがってやつの能力なんだろう。

「……もう朝?」
「温かい」
「ジョス!クロエ!」

上級回復ハイヒールが効いて重傷度の低い者から次々に目覚め始める。

「ああ、神よ」
「みんな良かった!」

司祭さまや修道女シスターに抱きしめられる子供たち。
目覚めた大人たちにも声をかけ喜びに抱き合う。

「シンさん!アベルの呼吸が!」
「諦めるな。声をかけ続けろ。絶対に助ける」

最後に残ったのはアベル一人。
消えかけた生命の灯火ともしびに魔力を注ぎ続ける。

「アベル起きろ!また一緒に絵を描こう!」
「アベル兄ちゃん!」
「またフォルテアルさまを描いて!」
「アベルさん!」

アベルにかけられるみんなの声。
その声を聞きながら祈り手に組んだ両手に魔力を送り続けていると右肩にそっと手を置かれる。
確認すると手の主は魔王で、見えている口元に少し笑みを浮かべたと思えば俺の体に温かい魔力が流れてきた。

「……ありがとう」

肩に置かれた手から流れ込む魔力。
削り取られる勢いで減る魔力を譲渡で補ってくれている。
やはり魔王の魔力は心地好い。

「アベル。人が行き交う西区を見たいって言ってたよな?それなのに始まったばかりでもう寝るのは早過ぎるだろ。お前にもまだまだやって貰いたいことが沢山あるんだ」

西区の改善はまだ始まったばかり。
教会も孤児院も改善の第一歩にしか過ぎない。

孤児院の壁に描かれた巨大なフォルテアル神の姿。
ジャンとアベルが毎日こつこつと描きあげた立派で美しいそれは新ガルディアン孤児院の象徴となるだろう。

見る人の心を癒す絵画士。
死と背中合わせのこの異世界では尚更癒しを求める人は多い。
アベルには人の心を癒す才能がある。
こんなところで潰えていい命じゃない。

「……生きろ!アベル!」

強く願うと魔力は輝きを増し、光の塊となったそれがアベルの胸元に吸い込まれる。

「ん……」

ピクリと動いたアベルの指先。
僅かに眉根を寄せたアベルはゆっくりと瞼をあげた。

「アベルっ!」
「アベル兄ちゃん!」
「アベルさん!」
「……ジャン?みんなも」

泣きながら抱きつくジャンや子供たちを見て、自分に何が起きたのか把握できていないらしいアベルは首を傾げる。

「……彼は神なのか?神が奇跡を起こしたのか?」
「シンさまはシンさまです」
「その通り。お人好しで馬鹿な愛弟子だ」
「我々が尊敬する唯一無二の主です」
「そうだな。つい感傷的になってしまったようだ」

喜びの声に包まれる会場。
障壁内に避難している参加者や警備兵や冒険者たちからも大きな歓声があがる。

「シンさんありがとうございます‪!ありがとう!」
「シン兄ちゃんありがとう!」
『ありがとう!』
「うん。……良かっ……」

そこで意識は途切れた。
 
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