ホスト異世界へ行く

REON

文字の大きさ
上 下
32 / 283
第四章 動き出した歯車

山積みの問題

しおりを挟む

「シン!」

西区へ行く前に王宮ギルドに寄ると俺に気付いたエミーが名前を呼びながらカウンターを乗り越えて走って来る。

「この馬鹿弟子が!」
「いきなり斬りつけるな!」

間一髪セーフ。
走りながら剣の柄を掴んだことに気付いて避けられたけど、無事に帰って来た弟子を剣で迎えるなんてとんでもない師匠だ。

「怪我は治ったようだね」
「新たな怪我をさせられるところだったけどな!」

即死してたらどうするんだ。
思い切り斬りつけやがって。

「これから教会か?」
「そのつもり。日当を持って行かないと」
「エドが持って行ってるはずだよ。西区の人たちには君は用があって王都を出ていると話すよう伝えてある」
「そっか。助かった。昨日は最後まで話せなかったから」

教会と孤児院の資金の場所はエドとベルに教えてある。
水晶を通して話した時にその中から持って行って払ってくれるよう頼もうとして話せなかったんだけど、言わずともしっかり考えてくれたようだ。

「後で話を聞かせてくれ。ここでは話せない」
「うん。夜なら部屋に居るからエミーが終わったら来てくれ」
「分かった」

さすがに王宮ギルドの中で魔王の話は出来ない。
続きは夜にと話し短い挨拶を済ませてギルドを出る。
エミーがいきなり斬りつけたお蔭で注目を浴びてたけど、変な話になって伝わらなきゃ良いけど。


南区からバスに乗って北区へ。
北区で一旦乗り換えて西区手前の終着点まで。

「……車買うかな」

騎士団の宿舎から西区(スラム)まではかなりの距離がある。
王宮地区は車(魔導車)での通行が禁止されているけど、例外として通行を許可されている運搬用トラックを購入すれば王宮料理人に便乗させて貰わなくとも自分で食事を運んで行ける。

ただ、魔導車は車体だけでなく維持費もクソ高い。
そんな金食い虫を国から貰う給金(爵位を貰ったから給金が出る)だけで賄って行けるかと考えると厳しい。

まさか異世界で金の心配をする生活に逆戻りするとは。
日本でも稼げるようになるまで大変だったのに、召喚されたことでマンションも預金も一瞬で無意味な物になってしまったのかと思うと、今更ながら愚痴の一つも零したくなる。

「まあ仕方ない。働かざる者食うべからず」

教会の建て直しと孤児院の建築は自分で決めたこと。
それに国王のおっさんから貰ったお手当てを遣うと決めたんだから、初心に帰ってクエストをこなしながら生活していこう。
異世界人というだけであんな立派な部屋に無償で住まわせて貰えていることは幸運なんだから。

そんなことを考えながらバスに揺られて終点に到着。
財布をられ難いローブの内側に入れて教会に向かう。

今日もスラムの様子は変わらない。
道に座って俺を見上げている大人はもちろん「食べ物をちょうだい」と物乞いに近寄って来る子供たちもいる。

「悪いな。何も持ってないんだ」

それだけ答えて通りすぎる。
一人にあげてしまうと次々に集まってきて「自分にもくれ」と囲まれ、そのどさくさに紛れて財布を盗もうとする者や「金持ちなんだろう恵んでくれ」とローブや服を強引に奪おうとする者も居たりと散々な目に合う。

あげるなら全員にあげる。
あげないなら全員にあげない。
半端な同情は騒動の原因になるだけ。
施しが正義とは限らない。





「ただいま」
「「シンさま!」」

教会に着いてすぐエドとベルの姿を見つけて声をかけると振り返った二人はパッと表情を明るくして駆け寄り飛びつく。

「心配かけて悪かった」
「お元気な姿でお戻りくださればそれで」
「ご無事で何よりです」

耳と尻尾を出していたらパタパタしていただろう嬉しそうな二人の頭を撫でた。

「ここに来る前にギルドに寄ってエミーにも報告して話を聞いた。従業員に支払う分の賃金を持って来てくれたんだろ?」
「はい。従業員には今日の給金は私たちが預かってきているから普段通りに仕事をしてくれるよう話しました」
「ありがとう。こっちの都合で突然休みにするのは嫌だったから機転を利かせてくれて助かった」

ここで働いてる人はの人も多い。
俺一人の都合で休みにしたら日当をあてに生活している人たちを困らせるところだった。

「今回のことで気付いたけど、俺が不在の時でも仕事や金の管理を任せられる人材が必要だと思った。二人はどう思う?」
「そうですね。貴族は専門に雇っていたりしますし」
「信頼の置ける者であれば」
「たしかに信頼できる人ってのはデカい条件だな」

先のことを考えれば必要な人材。
出来ればこの世界の法にも詳しい信頼の置ける人を雇いたい。
税金の問題もあるし、爵位が付いたら付いたで色々と面倒だ。

「今夜エミーと会う約束してるから相談してみるか」
「エミーリアさまならよい助言をいただけると思います」
「賢者で軍人でギルマスだもんな。話してみる」

それもエミーに要相談。
異世界から来た俺はこの世界のことに詳しくないんだから素直に助言を求めよう。

二人とは一旦そこで別れて建築家のエリクさんたちにまず進捗状況を聞きに行き、雇っているみんなにも仕事の邪魔にならないよう軽く声だけかけて司祭さまが居る小屋に入る。

「シンさん。用事はお済みになったのですか?」
「うん。朝から来れなくて悪かった」
「エドさんからお話は伺いました。お帰りなさいませ」
「ただいま」

入ってすぐの部屋に居たのは司祭さまと見知らぬ女性。
来客中だから手短に話して椅子に座っている女性に会釈する。

「孤児院の職員募集を見て面接にきた方です」
「ああ。そうだったのか」
「新教会と孤児院を運営する西区北側の領主さまです」
「失礼いたしました。アンヌと申します」
「ご丁寧にありがとうございます。どうぞお掛けください」

ここの領主と聞いて立ち上がり丁寧に挨拶をした女性に再度座って貰い、俺も司祭さまの隣に座って面接に参加する。

現時点で決まっているのは児童指導員が一人と保育士が二人。
他の地区に住んでいて孤児院で働いたことがあるのは児童指導員の一人だけで、保育士はこの西区の住人で全くの素人。
司祭さまや修道女シスターも居るけど二人はあくまで教会のことがメインだから、最低でもあと数人は孤児院の職員が欲しい。

ただここ西区はスラム街。
危険な地区の孤児院まで働きに来てくれる人は少ない。
たまに他の地区で暮らしている経験者が面接に来てくれても、ここに来るまでの街の様子を見て辞退されてしまう。

国王のおっさんや師団のオヤジも言ってたけど、物乞いや犯罪者が居るスラムで新しく何かを始めるのは骨が折れる。
それでもこのまま投げ出すつもりはないけど。

「やっぱり行き帰りの不安が大きいですか」
「はい。院には警備がつくと言っても行きや帰りが」

今回面接に来てくれた人は北区に住む経験者。
来る時はベルが迎えに行ってくれたらしいけど、北区からここに来るまでの街の様子を見て不安になったようだ。

「申し訳ありません。西区の状況は話に聞いて知っていたのですが、実際に自分の目で見ると通う自信がなくなりました」
「いえ。不安になるのも仕方ないと思います」

西区には足を踏み入れない人が多い。
自分の身を守る術のない人からすれば、実際に街の様子を目の当たりにすると自信がなくなるのも分かる。

この人が悪いんじゃない。
その理由が納得できてしまう環境なのが悪い。


「厳しいなぁ」

エドに北区まで送ってくれるよう頼んで溜息をつく。
結局はこちらが合否を決める前に辞退されてしまった。

「孤児院はこの西区にこそ必要な施設なのですが」
「俺もそう思ってるから作ることにしたんだ。今まで居た子供たちだけなら教会の敷地外に家を建てれば済む話だけど、西区全体の今後を考えれば孤児院が必要だと思って」

以前俺が土産で持ってきた紅茶(もどき)を淹れてくれた司祭さまはカップを置いて俺の対面側の椅子に座る。

「捨てられる子供の数を考えれば必要な施設なのに、その子供たちの面倒を見てくれる肝心の職員が集まらないとか……。他の地区ならここまで苦戦しなかったんだろうけど」

スラムでは、窃盗、強盗、強姦、暴行等の犯罪は日常。
中には犯罪で出来て捨てられてしまった子も居るだろう。
そんな子供を救うために必要な孤児院を作っても、命の危険さえある土地だから専門知識のある職員(経験者)が集まらない。

「犯罪の温床ですからね。一向になくならない」
「働き口がないんだから仕方ないだろって考えの奴が多いのがなぁ。ますます自分たちの首を絞めるだけなのに」

働き先がないから犯罪が増える。
犯罪が多いから働き先になるような施設を作れない。
結果、性犯罪や貧困を理由に捨てられる子が増える。
の悪循環。

正直、国や前領主がお手上げだったのも納得。
師団のオヤジや領主(前領主の息子)に話を聞いてみたけど、専門知識が要らない雇用先として何かを建てても強盗に入られ、通うための足としてバスを走らせても当たり屋をする人や運転手を脅して運賃を奪う人がいて、最終的には運転手が殺されたことをきっかけにバスを廃止したらしい。

働き先がないことは事実。
ただ、働き先がないのは犯罪を犯す人が多いから。
そんなスラムだからこその問題を解決するのは容易ではない。

「人手不足の一番手っ取り早い解決策は送迎か」
「送り迎えをするということですか?」
「うん。一人ずつ迎えに行くのは無理だから魔導バスで」
「スラムに魔導バスの路線を復活させると?」
「それは無理だ。俺個人で魔導バスを買って運転手を雇う」

今バスの運行を再開させてもまた同じ悲劇を繰り返す。
国王のおっさんだってさすがに認めるはずがないし、実際に走らせなければいけないバスの運転手だって猛反対するだろう。

「運転手が危険なのでは」
「だから戦える運転手を雇うしかない。一人だと運転に集中できないだろうから二人体制で」

正直バスの選択は避けたかった。
スラムの人たちからすれば『魔導車=金目のモノ』だから。
でもここまで歩いて来る間に恐怖を感じて辞退されたことも一度や二度じゃないから改めて視野に入れる必要がある。

「あ、魔導バスっていっても国が管理してるあのデカいのじゃなくて、ある程度の人数が乗れる自家用車のことな。スラムの入口までは各自で来て貰ってそこから孤児院まで送迎する」

運転手と警護の二人体制だから十人乗りくらい。
もしそのサイズがないなら、南区側から来る人と北区側から来る人の二回に分けて送迎をするしかない。

「魔導車を買って運転手も雇うとなると相当の資金が必要に」
「資金面を考えるのは俺の役目。司祭さまは今まで通りの仕事を頼む。ただ体を壊すような無理はしないようにな。司祭さまにぶっ倒れられたら俺一人じゃ無理だから」

孤児院のことならまだ聞ける人が居るけど、教会のことに関しては教団の管理下だから殆どの人は詳しくない。
まだ例の件を調査中で忙しい教皇に時間を作って貰う事態は避けたいし、教会のことは教団関係者の司祭さまに頑張って貰わないといけない。

「分かりました。私は私の仕事に集中します」
「うん。問題は山積みだけどお互い出来ることをやろう」
「はい」

次から次へと出てくる問題。
溜息を吐いて嘆く暇があるなら一つでも多くの解決策を考えて乗り越えていかないと。

「シンさん」
「ん?」

建築の手伝いに行くため部屋を出ようとすると司祭さまから声をかけられ振り返る。

「この先いつか、お顔をお見せくださいますか?」

そんなことを聞かれて笑い声が洩れる。

「分かった。約束する」
「目を見てお話ができる日を楽しみにしております」
「期待されるほどの顔はしてないけどな」

いまだに俺の名前と男爵という爵位しか知らない司祭さま。
出会った時から常にフードを被ってまともに顔を見せない怪しい男を信じてくれてる司祭さまは正しく聖職者。





その日の夜。
風呂から上がって水分補給をしているところでエミーが来た。

「遅くなって悪かったね。急な付与が入ったものだから」
「平気。仕事お疲れさま」

ギルマスで賢者のエミーは多忙。
そのうえ俺の訓練も付き合ってくれてるんだからありがたい。

「エミーリアさま、お飲み物をどうぞ」
「お菓子もどうぞ」
「ありがとう」

ソファに座ったエミーの前にベルが紅茶を置くとエドも軽く摘めるクッキー等を用意して前に置く。

「疲れてるのに悪いけど後で相談にのって欲しいことがある」
「相談?構わないよ。この後は何の予定もないから」
「助かる」

後で相談があることを先に話して早速本題。
もう通信(?)で拐われたことなどは説明したから、エミーから聞かれたことに答えていった。

「竜人街か。話を聞くほど不思議な感覚になるね」
「不思議な感覚?」
「魔界でも地上と同じように種族で棲み分けて生活してるんだって。召喚されて来た日に君が言った言葉を思い出すよ」
「俺が?」

あの時に何を言ったか思い出しているとエミーは苦笑する。

「自分たちの世界を捨てさせられたことを忘れるなってあれ。人は知らない世界のことには疎くなりがちだ。召喚した君たちも異世界で私たちと同じように生活してたことを、言われてそうかって気付いた。考えてみれば当然のことだったのにね」

それは俺も変わらない。
日本に居た時は異世界なんて小説や漫画の中だけの話だと思ってたし、この国に来てからも魔族の世界を魑魅魍魎ちみもうりょうの棲み家ような想像しかしてなかった。

「尤も考え至っていても召喚しただろうけどね。私たちの世界にも君たちが必要なのは事実。地上で生きる多くの命を救うためなら例え憎まれてでも召喚した。それがこの国の役目だ」

ある意味この国は損な役回り。
召喚しなければ他の種族から恨まれるし、召喚したらしたで異世界人から恨まれ魔族からも狙われることになる。
ブークリエ(盾)という名前がついている通り、この国があらゆる面でのになっているのが皮肉だ。

「将来の夢や老後のために蓄えてた金。苦労して手にした地位や購入した棲家。どうしようもない俺を拾ってくれた恩人や唯一無二の悪友や仲間。召喚されて一瞬で失った物の多さを考えると悔しくない訳じゃないけど、異世界に来なかったら出会えなかった人も居るし出来なかったこともある。そう考えると案外ここの生活も悪くないと思う。他人ひとを憎んで嘆いても何も変わらない。だったら俺は何処に居ても俺らしく生きるだけだ」

元の生活が惜しくない訳じゃないけど憎んではいない。
精霊族の盾役を担う国王のおっさんも、藁にもすがる思いで召喚するしかなかったことは理解してるつもりだ。

「君は単純で馬鹿だね」
「自分でもそう思う」
「愛すべき馬鹿だ」
「嫌われ者の馬鹿よりマシだろ?」

そう話してエミーと笑う。
日本だろうと異世界だろうと、俺が居る場所が俺の現実リアル
今居る環境で出来ることを精一杯やるだけ。

「一つ頼みがある」
「ん?」
「後日、改めて魔界の話を記録させてくれないか?」
「記録?なんでわざわざ」
「君自身は小旅行の土産話をしてるような気軽さだけど、実はとんでもない話を聞かせてくれてるんだ」

俺の話なんて記録して何になるんだと首を傾げるとエミーとエドとベルは苦笑する。

「言ったよね。魔族には分からないことが多いって」
「うん」
「禁書扱いになっている文献の内容は、気紛れに地上へ姿を見せた魔族の口から語られたことや天地戦で生き残った者が語った魔族の話だけ。魂の契約のこともそんな契約があるらしいって書かれてる程度で詳しいことは分からなかった」

なるほど。
俺が生死を彷徨って目覚めた後の謁見で師団たちが興味津々だったのは、禁書でも程度の情報しか書かれていなかったからなんだろう。

「ハッキリ言おう。魔層内部や魔界についての文献はない」
「……全く?」
「ああ。今まで様々な種族の研究者たちが魔層を利用して魔界へ行こうとした。でも実際に生きて帰れた者はいない。つまり君は魔層を利用して魔界から生きて帰れた唯一の生存者だ」

うわぁぁぁぁぁぁぁぁあ!
新たな大問題になりそうな嫌な予感しかしない!
行きたくて行ったんじゃないのに!

「私も研究者の端くれだ。生還は不可能と言われていた魔層に耐えられる君を隅々まで研究したい気持ちはあるけど、それはしないと約束しよう。ただ、君が見た魔層内部のことや魔界のことだけは後世の者のために記録させて欲しい。頼む」

そう言ってエミーは頭を下げる。
見た目が子供なだけに、小さい子に頭を下げさせてる鬼畜な大人になった気分だ。

「……条件がある」
「聞こう」
「記録に残すのは魔層と魔界の様子だけ。助けてくれた竜人や魔王のことは残さないでくれ。裏切るようで嫌なんだ」

多くの研究者が命懸けで知ろうとした『魔層や魔界がどんな場所か』の答えに協力するのは良いけど、拐われた俺を助けてくれたリュウエンや魔王のことは書かないで欲しい。

「一つ訊こう。君は精霊族の味方か?魔族の味方か?」
「……嫌な質問だな」
「私が訊かずとも誰かが訊くよ。魔導師の一部の者は既に魔族の味方と思っているようだけどね」

俺が一番訊かれたくなかった質問。
エミーもそれは分かっていながら聞いているんだろうけど。

「俺は人族だ。魔族側に付いて精霊族の敵に回るようなまねはしない。でも魔族が敵かどうかの質問には答えられない」

精霊族の敵にはならない。
自分の感情でハッキリしているのはそれだけ。

「それだけ分かれば充分だよ。自分の手で鍛えた唯一の愛弟子の君と敵として戦う日が来るのは辛いんでね」
「それはない。師匠のエミーはもちろん、親切にしてくれた人たちを裏切って敵に回るようなことはしない」

それだけは言える。
恩を仇で返すような奴にはならない。

「分かった。記録に残すのは魔層と魔界がどんな場所かだけ。君に起こったことや関わった魔族のことは記録しない」
「ありがとう」

まだアミュのことや赤髪や山羊さんのことは話してない。
でも竜人街であったことは既に話してしまってたから、そこは記録しないと約束してくれて安心した。

「日取りは後日決めるとして、相談っていうのは?」
「ああ、教会や孤児院の運営に関した話」
「運営に?立場上私は前には出られないよ?」
「それは分かってる」

国に仕える軍人で賢者のエミーは表立って手を貸せない。
差別だと妬む奴が出て来ないとも限らないから。
だからエミーがガルディアン教会に寄付をしていることを知っているのは、司祭さまと修道女シスターと俺、それと師団のお偉いさん数人と国王のおっさんだけ。

「エドとベルには話したんだけど、建築中の今はもちろん今後も見据えて土地の管理や資金繰りをしてくれる人が必要だと思って。任せっきりにするつもりはないけど俺はこの世界の決まりごとに疎いし、税金関係にも詳しくないから」

まず最初に相談したのは管理してくれる人材の問題。
今回は王都を出てたのが俺だけだったから執事のエドがやってくれたけど、運営を続けるための資金稼ぎにクエストへ出る時にはパーティメンバーのエドとベルも不在になってしまう。

「そうだろうね。君が押しつけられ……任された領地の広さを考えれば税制に詳しい会計士や領主代理が必要になる」
「今サラッと本音が洩れてたぞ。分かってたけど」
「分かってたのなら良いだろ。土地の面積だけを見て喜ぶ能無しじゃなくて安心したよ」

このクソ軍人が……。
そこはそっと察して僅かながら残されたの優しさで黙っておくべきだろ。

実は俺に与えられた領地は教会と孤児院を建築中の一部の土地だけじゃなく、その土地を含む前領主が国へ返還した三分の二の内のスラム地区全てを与えられた。

つまり、いま西区スラムの所有者は二人。
代替わりした現領主は西区の出入口にあたる手前(南側)の所有者で、教会のある奥側(北側)を俺が所有している。

「分からない訳ないだろ。男爵の爵位で国王が居る王都のあれほどの土地面積が貰えるとは思えないからな。返還されて国の管理に戻ったタイミングだったのと場所が場所だからだろ」
「安心しな。西区の税は別格に安いよ」
「だろうな!」

納税なにそれ美味しいの?
な人たちばかりが集まった、むしろ問題しかない地区の税金が高かったらブチ切れてる。

「男爵であれほどの土地をって言うけど、本来なら君はもっと上の爵位を賜るのが妥当だったんだ。王都や国民の命を救った功績で英雄勲章や称号を貰ったんだからね。それなのに君が自分で国王に言ったんだろ?上級貴族にあたる爵位は嫌だって」

言った。
それはたしかに言った。
だから爵位の一番下の位になる男爵という立場に文句はないけど(男爵の下に騎士爵があるけど他の爵位と違い個人に与えられれるもので領地は与えられない)、与えられた土地が広すぎた。

「君が賜った男爵って爵位はあくまでも、国王が君の望みを聞き入れて本来よりも下にしただけの仮染めの爵位だと思った方がいい。望まれてるものは男爵以上だよ」

迷惑な話だ。
俺は教会と孤児院を建てる土地が貰いたかっただけなのに。

「そもそもスラムの土地が欲しいなんて言う馬鹿、いや、物好きは君だけだからね。前領主は疎か国に返還されたところで持て余す土地を率先して欲しいって言うんだから、そりゃ喜んで押し付け、もとい、喜んでお任せするさ」
「本音は心の中だけにしろ!」

本音ダダ漏れのエミーに怒るとエドとベルは笑う。
本当にこのくそったれ軍人さまはろくでもない。

「まあ冗談はこのくらいにして、ピッタリの奴を知ってる」
「マジで?思いあたる人が居るなら紹介して欲しい」
「テオドールだよ」
「「え!?」」

エミーが言った名前を聞いて驚くエドとベル。

「誰?俺の知ってる人なのか?」
「王宮師団長です」
「師団長?……師団のオヤジ!?」
「ああ。アイツなら税制にも法にも詳しい」
「そりゃそうだろ!国仕えの師団長なんだから!」
「ピッタリだろ?」
「いいこと言ったみたいにドヤんな!」

とんでもないことを言ってるのにドヤるエミー。
全然ドヤっていい提案じゃないから。

「国仕えを雇うとか無理だろ!」
「金銭を受け取らなければ問題ない。あくまで手伝いだ」
「……頭が痛くなってきた」

そんな発想が出るのは恐らくエミーだけ。
普通の人は絶対にその発想にはならない。
この国の王宮師団長は宰相さいしょうに匹敵する人だから。

「早速明日の朝にでも会いに行こう。私も行くから」
「待て待て。無礼だって今度こそ俺が首を飛ばされる」
「引き受けてくれると思うよ?」
「その根拠は?」
「アイツもスラムをどうにかしたかった一人だから」

エミー曰く西区清浄化の案を出したのが師団のオヤジ。
教会に書類を持って来た魔導師が全て勝手にでっち上げた訳じゃなく、本当に国政の一つとして西区の清浄化が決まっていたことは師団のオヤジからも聞いていた。

ただ、理由を『勇者に見せられない』にしたのは魔導師。
師団のオヤジが提案した清浄化というのはそんな勇者を理由にした腹黒い話ではなく、このまま領主任せにしていても西区の状況は悪くなる一方だから国税を使って老朽化が進んだ危険な建物を解体をしようって案だったらしい。

幾度も会議を重ねた上で、廃墟の解体と同時に警備団を配置してスラムに巣食う犯罪者を捕まえ、ゆくゆくは雇用先となる物を建設して魔導バスの運行も再開させて人々が安全に出入りできる地区にしようというのが実際に可決された政策。

「そんな健全な政策が何であんなことに」
「実際に現場に行って指揮をとるのは師団じゃなく魔導師だ。それをいいことに自分たち魔導師の本音を国で決まったことのように領民へ垂れ流したり、金欲しさに枢機卿と組んだ」

ろくでもねぇぇぇぇえ!
知ってたけど、本当に魔導師アイツらはろくでもない。

「魔導師はプライドの高いいけ好かない奴が多いことも事実だけど、犯罪者まで落ちぶれる奴は稀だ。大抵は上の奴が言うことを聞いてるだけのイエスマンだからね。上が腐ってる」
「腐ってるって分かってるのにのさばらせてんのか」
「もちろん尻尾を掴めば切るよ。ただ、いけ好かないって感情だけで国仕えを辞めさせられると思うかい?今回は君が偶然にも尻尾を掴んでくれたから処分できたんだ」

それもそうか。
嫌いってだけで解雇するなんて日本でも許されない。

「まあ魔導師の件は私たちが今ここで話しても解決しない。話を戻すけど、そういう理由で引き受けてくれるんじゃないかと思ってね。政策が頓挫してるから君に期待してるだろうし」

期待と言われると荷が重い。
でも、そういうことなら話をしてみる価値はあると思う。
断られたら断られたで『まあそうだろうな』ってだけだし。

「分かった。じゃあ明日王城に付き合ってくれ」
「ああ。受けてくれるようなら後はアイツに相談するといい」
「だな。何が出来て何が駄目か教えて貰う」

一日でも早い方がいいから早速明日。
ギルドに出勤する前に付き合ってくれる約束をしてエミーは術式で帰り、エドとベルのことも宿舎の外まで見送って、慌ただしかった一日が終わった。
 
しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

【本編完結】転生したら第6皇子冷遇されながらも力をつける

そう
ファンタジー
転生したら帝国の第6皇子だったけど周りの人たちに冷遇されながらも生きて行く話です

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

無能なので辞めさせていただきます!

サカキ カリイ
ファンタジー
ブラック商業ギルドにて、休みなく働き詰めだった自分。 マウントとる新人が入って来て、馬鹿にされだした。 えっ上司まで新人に同調してこちらに辞めろだって? 残業は無能の証拠、職務に時間が長くかかる分、 無駄に残業代払わせてるからお前を辞めさせたいって? はいはいわかりました。 辞めますよ。 退職後、困ったんですかね?さあ、知りませんねえ。 自分無能なんで、なんにもわかりませんから。 カクヨム、なろうにも同内容のものを時差投稿しております。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

処理中です...