ホスト異世界へ行く

REON

文字の大きさ
上 下
16 / 283
第三章 異世界ホスト、訓練開始

善い子の魔法の使い方講座

しおりを挟む
 そっとドアの隙間から洗面室を覗き込めば、ロカイユ装飾の鏡に映るエデュアルトとバッチリ目が合ってしまった。
「何だ? 」
 タオルで頬を擦りながら、不機嫌そのものでエデュアルトが鏡の中のアメリアを睨みつける。
 つい今しがた、兄と義姉に見せていた親しみはどこにもない。数多の令嬢へ向ける軽薄な笑みでもない。
 不意に現れたアメリアを心底鬱陶しがっている、冷ややかなものだ。
 アメリアはその怜悧な眼差しに挫けそうになりながらも、胸を拳で軽く叩いてから、そっとドアを開ける。
「私、わかったわ」
 洗面室に滑り込むと、後ろ手に鍵を閉めた。
「何をだ? 」
 カチリと鳴る音はエデュアルトにも聞こえているはずだが、彼はそのことには触れない。
 アメリアが今から、誰にも聞かれてはならない会話を始めようとしていることを、何となく察しているようだ。
「あ、あなたが……私に……い、いかがわしいことをした理由が……」
 アメリアは頬を赤らめ、言葉をつっかえた。
 生まれて初めて異性に触れられた下着の中が、ずくりと疼いた。あんなところが体を刺激するなんて知らなかった。
 エデュアルトは彼女が何故、赤面しているのか気づいているくせに、壁に凭れ腕を組み、表情筋を崩さない。
 アメリアは唾を飲み下すと、前のめりになった。
「昨夜、お義姉様の香水をお借りしたの」
「だから何だ? 」
「あなた、お義姉様を思い出して、私にキスを仕掛けたのね。そればかりか、あ、あんなことを」
 言うなり、アメリアは首の付け根まで真っ赤になる。
 反比例して、エデュアルトの顔色は白い。
「俺がエイスティン夫人を思い出して、お前にキスしただと? 意味がわからんな」
「わたしはわかるわ」
 断言する。
 アーモンド型の澄んだ目がギラギラと瞬いた。
「あなた、お義姉様のことが好きなんでしょう? 」
 エデュアルトが息を呑んだ。
 それはほんの瞬きよりも短い時間だったが、アメリアは見逃さなかった。
「バカバカしい。彼女は人妻だぞ」
 鼻で笑われるが、騙されたりはしない。
 アメリアは挑む目つきとなる。
「あのジュリアって人、お義姉様と同じ髪色をしていたわ。体型もよく似てる」
「そんなもの、たまたまだ」
「そうかしら? 彼女、わざと似せているみたいだったわ」
「くだらん思い込みはやめろ」
 嫌そうに顔を歪める。
 しかし、その態度こそがアメリアを確信へと導いていく。
 従来の彼ならば鼻で笑って一蹴し、飄々と話を変えているはずだ。アメリアを逆にやり込める会話へと転じて。
「俺が友人の妻に懸想しているだと? それなら根拠を示せ」
 これほど一つの話に固執することこそが、図星である証拠だ。
 加えて、アメリアは決定的なことを言い当てる。
「それなら何故、目を潤ませていたの? 」
「何だと? 」
「誤魔化しても無駄よ」
 顔を洗って誤魔化してはいるが、彼の黒い瞳はしっとりと濡れている。
「子供が大人の事情に入り込むな」
 エデュアルトは舌打ちすると、やや乱暴にタオルで目尻を擦る。
「もう子供じゃないわ」
 エデュアルトには、未だにアメリアは五つ、六つの子供にしか映っていない。
 アメリアは歯痒さと切なさがない混ぜになり、行き場のない想いを声に出した。
「私は二十一よ。いつでも結婚出来るんだから」
「男を知らない小娘が生意気な口をきくな」
 エデュアルトが吐き捨てた台詞に、カッと全身の血が沸いた。
「し、知ろうと思えばいつでも出来るわ。知ろうとしないだけよ」
「へえ」
 エデュアルトが意地悪く頬を歪める。
「それなら、今、知ってみるか? 」
 あっとアメリアが小さく叫んだ時には、すでに二人の距離は詰まっていた。
 エデュアルトが真正面に立つ。背が高く体格の良い彼に詰め寄られていた。妙な圧迫を感じて、アメリアはジリジリと踵を引いた。一歩下がれば、一歩踏み出し。それを何度か繰り返すうちに、とうとうアメリアは壁に背中を打ちつけ、逃げ場を失う。
 どん、とエデュアルトが片手を壁につける。
 ますます圧が凄まじい。
「ちょ、ちょっと……ブランシェット卿」
 エデュアルトの表情筋は全く機能しておらず、冷たさで凝り固まってしまっている。
 アメリアが畏怖を抱くには充分だ。
「あ、あの? 何だか怖いわ? いつもと全然違うみたい」
「お前が知る俺の顔は、ごく一部だけだろ。知ったふうな口をきくな」
 生意気なやつめ。彼の最後の言葉をアメリアが聞くことはなかった。
「や、やだ」
 ドレスの裾を捲り上げられ、薄いズロースの腰のゴムが伸びた。エデュアルトがゴムと皮膚の間に易々と手を差し入れたからだ。
「や、やめて」
 アメリアは体をよじる。
 覚えのある指遣いが薄手の生地の中を緩慢な仕草で這い回す。臍の真下から、後肛まで。
 やがて微かな繁みまで辿り着くと、慣れた仕草であの部分を指の腹で潰した。
 アメリアの背筋を震えが駆け抜ける。
「な、何するの! 」
「男を教えてやってるんだよ」
 ニヤリ、とエデュアルトの口元が歪んだ。
「いや! 離して……ああ! 」
 眠っていた官能を揺さぶるように、エデュアルトの指は緩慢に蠢いて、アメリアの息を荒くさせていく。下腹部がずくずくと小刻みに動く。触れられた指が火傷しそうに熱い。逃げようと腰を捩れば、さらに指は動き、クチュクチュと卑猥な音を上げた。
 アメリアが知るエデュアルトは、軽薄な噂通りに飄々とした態度で小馬鹿にするおどけ者だ。
 このような「雄」なんて、知らない。
「エデュアルトお兄様! 」
 アメリアは、封印した呼び名を叫んだ。
 それは彼に、アメリアが一回り下の「子供」であることを思い出させる。
 たちまちハッと硬直する。
 目が合って。
 エデュアルトはすぐさま「いつもの放蕩者ブランシェット子爵」の顔に戻った。
「わ、わかったか? あんまり知ったかぶりをするなよ。子供の分際で」
 エデュアルトは、荒々しい息を繰り返すアメリアに向けて、いつも通りの上から目線で言い捨てた。

しおりを挟む
感想 15

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活

昼寝部
ファンタジー
 この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。  しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。  そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。  しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。  そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。  これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。

月が導く異世界道中

あずみ 圭
ファンタジー
 月読尊とある女神の手によって癖のある異世界に送られた高校生、深澄真。  真は商売をしながら少しずつ世界を見聞していく。  彼の他に召喚された二人の勇者、竜や亜人、そしてヒューマンと魔族の戦争、次々に真は事件に関わっていく。  これはそんな真と、彼を慕う(基本人外の)者達の異世界道中物語。  漫遊編始めました。  外伝的何かとして「月が導く異世界道中extra」も投稿しています。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第三章フェレスト王国エルフ編

俺しか使えない『アイテムボックス』がバグってる

十本スイ
ファンタジー
俗にいう神様転生とやらを経験することになった主人公――札月沖長。ただしよくあるような最強でチートな能力をもらい、異世界ではしゃぐつもりなど到底なかった沖長は、丈夫な身体と便利なアイテムボックスだけを望んだ。しかしこの二つ、神がどういう解釈をしていたのか、特にアイテムボックスについてはバグっているのではと思うほどの能力を有していた。これはこれで便利に使えばいいかと思っていたが、どうも自分だけが転生者ではなく、一緒に同世界へ転生した者たちがいるようで……。しかもそいつらは自分が主人公で、沖長をイレギュラーだの踏み台だなどと言ってくる。これは異世界ではなく現代ファンタジーの世界に転生することになった男が、その世界の真実を知りながらもマイペースに生きる物語である。

備蓄スキルで異世界転移もナンノソノ

ちかず
ファンタジー
久しぶりの早帰りの金曜日の夜(但し、矢作基準)ラッキーの連続に浮かれた矢作の行った先は。 見た事のない空き地に1人。異世界だと気づかない矢作のした事は? 異世界アニメも見た事のない矢作が、自分のスキルに気づく日はいつ来るのだろうか。スキル【備蓄】で異世界に騒動を起こすもちょっぴりズレた矢作はそれに気づかずマイペースに頑張るお話。 鈍感な主人公が降り注ぐ困難もナンノソノとクリアしながら仲間を増やして居場所を作るまで。

異世界でチート能力貰えるそうなので、のんびり牧場生活(+α)でも楽しみます

ユーリ
ファンタジー
仕事帰り。毎日のように続く多忙ぶりにフラフラしていたら突然訪れる衝撃。 何が起こったのか分からないうちに意識を失くし、聞き覚えのない声に起こされた。 生命を司るという女神に、自分が死んだことを聞かされ、別の世界での過ごし方を聞かれ、それに答える そして気がつけば、広大な牧場を経営していた ※不定期更新。1話ずつ完成したら更新して行きます。 7/5誤字脱字確認中。気づいた箇所あればお知らせください。 5/11 お気に入り登録100人!ありがとうございます! 8/1 お気に入り登録200人!ありがとうございます!

巻き込まれ召喚されたおっさん、無能だと追放され冒険者として無双する

高鉢 健太
ファンタジー
とある県立高校の最寄り駅で勇者召喚に巻き込まれたおっさん。 手違い鑑定でスキルを間違われて無能と追放されたが冒険者ギルドで間違いに気付いて無双を始める。

処理中です...