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第三章 異世界ホスト、訓練開始
善い子の魔法の使い方講座
しおりを挟むエミーに頼んで二日後。
暇を持て余した神々に全属性魔法を与えられた俺の訓練が始まった。
「いいかい異世界人。本当は座学から始めるのが普通だけど、色々とかっ飛ばしてる君には最初から実技で行く。気を抜くと死ぬからしっかり体に叩き込むように。泣き言は聞かない」
ぐ ん じ ん ん ん ん!
お子さま(見た目)なのにしっかり軍人!
王都の外に引っ張り出され連れて行かれた荒野で後ろ手を組み俺の前に立っているエミーは完全に何処ぞの国の軍人。
「まずは何か魔法を使ってみろ」
「使い方を知らない」
「気合いと根性で!」
「教えるの下手かよ!」
それを教えて欲しかったのに。
なんでこうなった。
えっと、ベルとエドはこう手を翳してた。
とりあえず怪我をしなさそうな水魔法でも。
後は……
「気合いと根性!」
……できる訳ない。
声に出してみたけど当然出来るはずもなく、ただ恥ずかしい思いをしただけで地面にガクッと項垂れる。
「使えるはずないだろ?気合いと根性で使えたら苦労しない」
ぶ っ 叩 い て い い だ ろ う か 。
地面に項垂れる俺の肩を生温い慈悲の表情で叩くエミーを相手に初めて会った時のあの感情が芽生えた。
「気合いと根性じゃ使えないことを分かって貰えた上で実際に魔力の流れを感じ取って貰う。私の両手を握ってみて」
生温い殺意を感じつつエミーの両手を握る。
うん、小さい。
「今から私の魔力を君の体に流す。多分君なら私の魔力量でも大丈夫だろうけど、気分が悪くなったらすぐ離すように」
「分かった」
握った手からじわじわと伝わってきた感触。
血管の一本一本を何かが通っているようなその何とも言えない感覚にゾワゾワする。
「どう?分かるかい?」
「血管の中を何かが通っててゾワッとする」
「うん。分かったみたいだね。それが魔力だよ」
手を離すとゾワゾワする感触がスっと消える。
今まで感じたことのない感覚は何とも奇妙なものだった。
「今のは他人の魔力を注ぐことで流れを教えたんであって自分の魔力が流れても違和感はない。それを踏まえてまずは集中するため目を閉じて手のひらから今流れを感じた所に魔力を流す意識をしてご覧。血管、細胞。ゆっくり流れるイメージ」
目を閉じてさっきの感覚を思い出す。
血管の一本一本を魔力が通るイメージ。
「流れたら今度は使いたい属性魔法をイメージしてみて。例えば水滴、雨……雪なんかも綺麗で良いかもね」
雪、雪……雪。
雪を思い浮かべていると開いた掌に冷たい何かが乗る。
「お見事。やっぱり使えたか」
「ん?」
目を開けると目の前をはらりと雪が落ちる。
天気は快晴にも関わらずはらはらと雪が落ちた。
「あ、止んだ」
「君の集中力が途切れたから止んだ」
両手を見ても何もない。
足元にも雪の名残りはない。
でも初めて魔法を使えたことに感動する。
「浸ってるところを悪いけど、君はやっぱり規格外だよ」
「規格外って?」
「雪、つまり氷魔法は水属性の上級魔法だ。昨日今日属性魔法を覚えたばかりの奴が使えるような魔法じゃない。一体君の水属性レベルは幾つなのかな?」
……やられた。
低レベルでは出せない物を出させることで俺の属性レベルを確認したんだろう。
「さあ幾つ?あ、もちろん誰にも言わないよ。今後も魔法を教える立場の者として君の実力を知っておきたいんだ」
「……7」
「Lv.7?いや、嘘だろ?」
「本当に。嘘ついてもバレそうだし。全属性がLv.7」
この先も魔法を教わるなら使える魔法で大体のレベルは分かってしまうだろうから、魔法のレベルは正直に答えた。
「それは変だね」
「何が?嘘は言ってない」
「水属性はLv.20が最大。氷の粒を作れるのがLv.10からで、雪を降らせることができるのはLv.15からだよ」
……え?
でも間違いなく雪が。
降ったと言える程じゃないけどパラパラと。
「私も見せるから君も属性魔法の部分だけ見せてくれるか?」
「部分だけ見せるなんてできるのか」
「項目を言うだけ。ステータスオープン、属性魔法」
そう言ってエミーが本当に見せてくれたステータス画面で見えてるのは属性魔法が書かれた項目だけ。
「さすが賢者。レベルが化け物みたいな数字だな」
「化け物とは失礼だね」
エミーの属性魔法の項目。
火 Lv.20
水 Lv.20
雷 Lv.18
風 Lv.17
聖 Lv.9
闇 Lv.10
時 Lv.8
「四属性はLv.20が最大。聖、闇、時空はLv.10が最大だ」
「火と水と闇はカンストしてるってことか。やっぱ凄」
どの属性もカンスト間近のレベル。
この異世界に数人しか居ないらしい賢者の一人だけある。
「今度は君のを見せてくれるかい?」
「うん。ステータスオープン、属性魔法」
俺のステータス画面に映ったのもしっかり属性魔法だけ。
見えるようにエミーの隣にしゃがむ。
「……7だね」
「7だろ?」
「なんで?なんで7なのに雪が?」
「さあ。ただ嘘はついてなかっただろ?」
「うん。疑ってごめん」
「使えないはずのものを使ったんだから疑うのも当然」
疑うのも仕方ない。
この異世界では有り得ないことを俺がやったんだから。
「本来なら有り得ないことが起きてるってことは、これも君の持つ特殊恩恵の影響なんだろうね。君が自分の身を守れる力を持つまで信頼できる人以外には秘密にするように。幸い君は勇者じゃないからステータスを明かす必要もないからね」
深刻な表情のエミーに頷きで答える。
エミーには魔法を教えて貰うから話したけど、元から誰にでも話すつもりは無い。
「そうだ。魔力は?結構減ってるだろ。私のを分けるよ」
「あ。それについても今後の訓練に関わることだろうから見せておく。特殊恩恵の項目だけは隠させて貰うけど」
戦いに最も重要な特殊恩恵だけは隠し他の項目は全て見せた。
「……全部7?なんだこれ。こんな数値は初めて見たよ」
「第一騎士団の団長と副団長もそう言ってた」
「二人に見せたのか?」
「召喚された日に。特殊恩恵のことはもう国王のおっさんに聞かれてみんなの前で話したあとだったし、特殊恩恵の他に唯一あったのは料理スキルだけだったから全部見せたんだけど、玉座の間で初めて開いた時からパラメータは全部7だった」
団長と副団長に見せた時はまだまっさらの状態。
特殊恩恵が進化したのも増えたのもあの後だったから、むしろ空欄ばかりのステータス画面だった。
「そっか。でも彼らのことは信頼して良いと思うよ。もし彼らがこのことを誰かに話していたら私の耳にも入ってる。私はこの国の賢者でもあるけど研究職でもあるんでね」
どれだけ肩書き持ちなんだ。
それだけ賢者は貴重な存在ってことだろうけど。
「ん?待って。この魔力残量は魔法を使ったから7になったんじゃなくて最初から7のまま減ってないってことか?」
「うん。体力もそうで、増えもしないけど減りもしない」
「試しに水球を作ってみて。減らないのを確認したいから」
「分かった」
「雪玉くらいで良いからね。あくまで確認だから」
雪玉……野球ボールくらいか。
さっき雪を降らせた時のように今度は水で出来た丸い野球ボールをイメージする。
「……出来た」
「綺麗な丸だ。もう良いよ。消えるイメージ」
今回は消えるイメージをするとパチンと水球が割れる。
雪の時には集中力が切れて消えて、今回は消えるイメージを浮かべて消えた。
この辺りは色々と試して練習した方が良さそうだ。
「ステータスオープン。パラメータ」
消えてすぐに開いたステータス画面。
魔力量の欄にはいつもと変わらない7の数字。
「本当に減らないんだね。不思議」
「だろ?団長と副団長から生まれた時の赤ちゃんの体力を聞いて絶望したのにそれ以下でも普通に生きられてるんだから」
「絶望するのも分かる。数値だけ見れば瀕死状態だし」
さすがのエミーも不動のオールセブンに苦笑。
神よ、賢者さまに苦笑されるステータスって相当だぞ。
「特殊恩恵が遊びこごろ満載な〝遊び人〟って名前でスキルレベルや魔法属性レベルだけでなくパラメータまでが7。となるとあえてその数値に固定されてるんだろうね。でも実際は普通に生きていけてるし魔法を使っても枯渇しないとなると、実は1がとんでもない数値だから減らない……とか」
「ん?」
1がとんでもない数値?
意味が分からずに首を傾げる。
「例えばの話だよ?1万を1と表してるんだとしたら君の7は7万ってこと。だから7のまま数値が減らない。体力にしても魔力にしても一度で1万も使うことなんてないからね」
そんな馬鹿なことは……有り得る。
暇を持て余した神々の遊びで7という数字に固定されてることは正解だろうけど、減らない理由はもう『何をしても減らない』か『7の中に隠しパラメータがある』しか考えられない。
「確認できる方法は沢山使ってみるしかないってことか」
「だね。パラメータはもちろん魔法属性レベルも本当に7とは思えない。ただ数値を7にしてあるってだけで実際はカンストしてる可能性もあるし、逆に低いのに数値は高くなってる属性も無いとは言えない。もう少し魔法の扱いに慣れたら試してみよう。私は魔力をあげられるし回復もできるから付き合う」
賢者の頼もしさはハイレベル。
暇を持て余した神々に遊ばれてる俺にはむしろ神。
「よし。今後の方針が決まったところで今日中に全属性魔法を使えるようになって貰う。仮に魔力が枯渇しても分けてあげるから安心して練習に励むと良い」
やっぱ軍人んんんんんん!
一瞬前に思った神は訂正する。
エミーは魔法マニアの戦闘狂だ。
「いいかい異世界人。もう分かっただろうけど魔法を使う時に最も重要となるのは詳細なイメージだ。もちろん自分に適性のない属性魔法はイメージしても使えないし、レベルが足りない魔法も使えないけどね。君の場合は実際に使って見ないと分からないから私が言うものを細かくイメージして使ってみよう」
よし!やってみよう!
……とはならねえからぁぁぁあ!
デスマーチになる嫌な予感しかしない。
「次は火属性。最初はマッチの火から始めて徐々に松明サイズまで大きくしてご覧。コツはイメージしながら注ぐ魔力を少しずつ増やす。ミスっても水をぶっかけてあげるから安心しな」
そう言って頭上に用意されたのは大量の水の塊。
その溜池レベルの水をどうするつもりだぁぁぁあ!
「むしろ水が気になって集中できねえから!」
「敵が君に優しい環境を作ってくれると思うかい?」
「お前ほんと訓練となると途端に戦闘狂軍人になるな!」
「こう見えても軍人だからね」
「心配しなくても見たまんま軍人だよ!」
人の頭上に溜池を準備する奴なんて軍人以外の何者でもない。
下手をうったら溺れそうな水量だけどやるしかない。
やらないとデスマーチがデスゲームになりそうだ。
「えっと、マッチの火……」
思い浮かべるのはマッチの小さな火。
指先くらいの小さな火が出せたらそれにゆっくり魔力を注ぎながら徐々に火を大きくしていく。
「……このくらいか?」
「それを消して最初から松明サイズの火を出してご覧」
「え?消してから……松明」
言われた通りに一度消して今度は松明の火をイメージする。
「あれ?簡単に」
「よくやった。消して良いよ」
マッチサイズから松明サイズにするのは苦戦したのに、最初から松明をイメージした火は苦戦することなくすんなり出せた。
「どうだい?魔力調整は難しいだろ?」
「うん。最初から松明をイメージして出した方が簡単」
「君は火属性もLv.7じゃない。魔法の威力を操れるのもLv.10からだからね。少し見せてあげよう」
また確認のために高レベルのことをやらせたようで、エミーは溜池を消して再び空に手を翳す。
「先ずはマッチの火から」
一瞬で出た小さな火。
「徐々に大きくして行くよ」
俺がやった時のように少しずつ大きくなるんじゃなく、火種をくべているかのようにどんどん大きくなっていく。
「これが火炎、それから……業火」
エミーと俺の周りを囲んだ炎の壁。
最初はマッチの火程度だったものがあっという間に炎の壁になり、その迫力に声が出なかった。
「待て。なんで熱くないんだ?」
「そう操作したから」
そう言ってエミーが笑うと今度は一瞬で炎の壁が消えた。
「……ヤバすぎ。あれだけの炎だったのに何も燃えてないし」
「今私がやって見せたのは対象操作という賢者だけが使える能力で、魔法をあてる対象を限定できる。火属性なら目の前の木を燃やさず木の向こうに居る君だけを燃やすことが可能だ」
賢者さまが有能すぎて怖い。
むしろ賢者そのものが最終兵器レベル。
「勇者が居なくてもエミーなら魔王を倒せるんじゃないか?」
「無理だね。他の魔族なら多少はいけるかも知れないけど魔王だけは別格だ。精霊王と聖剣の力を借りないと倒せない」
魔王ヤバすぎぃぃぃぃぃぃい!!
俺からすればエミーも充分ヤバいのにそれでも無理とか……ヤバすぎ(語彙力家出中)
「倒せはしないけど天地戦が開戦した時には私も共に行く。勇者たちを魔王の元まで送り届けることがこの世界の賢者の役目だからね。私たち賢者が亡き後は賢者の知識を学んだ魔導師に新たな賢者を育てて貰う。そうやって歴史は繰り返してきた」
……それって。
「エミーは死ぬってことか」
「言っただろ?他の魔族なら多少はって。この世界で生まれた賢者で天地戦から生きて帰った者はいない」
よくまあそんなヘビーな話をあっさりしてくれたものだ。
内心はどう思ってるのか分からないけど、魔王が復活して俺たちが召喚された時にはもうエミーの未来は決まっていたと。
「行かなきゃ駄目なのか?」
「当然。異世界から召喚した勇者だけを危険な目に合わせてこの世界の私たちは安全な場所に居るなんて出来ない。その時が来たら魔物たちも活発になる。賢者は魔族と、騎士たちは魔物と。自分の命に変えても誰かを守るのが私たち軍人の役目だ」
魔王も居ない魔法もない世界に生まれた俺には実感がない。
でもこの世界の人たちには繰り返してきた歴史がある。
前回の天地戦から数百年の時を経て魔王が復活した今のタイミングで生を受けた人たちの運命は……皮肉だ。
「俺はなんて言えば良い?なにをすれば良い?」
「なにも?私なら倒せるんじゃないかって言われたから無理だって答えただけだよ」
余計なことを言わなければ良かった。
そしたらエミーも自分からは話さなかっただろう。
「強いて言うなら力の使い方を間違えないで欲しい」
「ん?」
「私が君に魔法の使い方や戦い方を教える。神から特別な力を授かった君は間違いなく強くなるだろう。だからその力の使い方を間違えないで欲しい。私の最初で最後の愛弟子として」
勝手に愛弟子とか勘弁して欲しい。
俺はただ魔法を覚えたから使ってみたかっただけでエミーのように強大な力なんて要らないし、自分の身を自分で守れる程度に強くなれればそれだけで良い。
この世界で繰り返されてきた歴史とか賢者の宿命とか騎士たちの命運とか……そんなもの知ったところで俺は賢者でも騎士でもなければこの世界の人でもないんだからどうにもならない。
「……分かった」
どうにもならなくてもそう言うしかないだろ。
エミーから魔法の使い方を教わってる時点で弟子というのも間違いじゃないし、特殊恩恵も魔法もエミーと出会って関係を持ったから得たんだろう名前のものだし、ある意味エミーの……
「あぁぁぁあ!次!次の魔法を指示しろ!エミーが天地戦に行く前に全部使いこなせるようになってやるよ!力の使い方を間違わないためにもな!化け物みたいな賢者の愛弟子として!」
うだうだ考えるのは性にあわない。
強くなれって言うならなってやる。
なにもしてやれないならせめて、くそったれな賢者さまが安心して死地に赴けるように。
「よくぞ言った。私の知る賢者の能力は全て君に教えよう。ただし私はスパルタだぞ。ああ、君は規格外だから何の問題もなかったな。パラメータの減らない君にとっては私との訓練なんて“善い子の魔法の使い方講座”ってところかな」
この戦闘狂軍人が!
ニッコリ笑うその顔を見て本能が何かを察してるのか肌は粟立つし、国王のおっさんのヒモでのんびり生きてくつもりがデスマーチになる予感しかしない。
平穏な日々のためには一番出会ってはいけなかった人物。
異世界でハードモードの人生は避けたかったのに、暇を持て余した神々め。とんでもない戦闘狂と出会わせてくれたものだ。
「神々に愛された特殊な異世界人。死にそうなんて泣き言を言えるのが幸せと感じるくらいの充実した日々にしてあげよう」
……実はエミーが魔王ってオチでも頷ける。
人生イージーモードを狙ったはずの俺のデスマーチな日々が始まった。
応援ありがとうございます!
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