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第四譚:記憶の花よ辻風と散れ
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しおりを挟むイギリスの司法において人形兵器は人と同じように人権をもち、その権利が犯されれば当然犯した者には相応の厳罰が下される。
その法を敷いたのは他でもない王室の総意、そしてウィルに対し人形兵器の考案者であるという権威に胡座をかかせない為の措置であった。
デュースが持ち出した乾板フィルムにはウィルが愛娘と呼ぶ少女たちに対し“強姦まがいの実験記録”を行っていた映像が写されていた。
この映像をイギリスの法務局に提出すれば彼を法の裁きにかけられるかもしれない。あちらの法において未成年者へ対する性干渉は運がよくて30年の懲役、前科のある者であれば終身刑は免れない。
しかしこれほどまでに卑しい男であっても、ティカルたち教会の者にとってウィル・トラッドという先導者を失う事は大きな痛手となる。
デュースは肩の傷を庇いながら、瓦礫の山から軒先へ転々と飛び乗って首の皮一枚繋げるように聖剣の光から免れていた。
「あんなどうしようもない底辺のクズでも、今の時点で消えてもらっちゃ困るのさ」
ティカルは地を蹴って紅の軌道を追尾する。彼の足に続く聖剣は黄金色の粒子を撒き、二人の歩行が彗星の如く町並みを駆けていった。
聖剣は再び聖圈のフォームへ。融点へ達しきった刀身がぐにゃりと円形へ湾曲し、デュースの背へ猛追していく。
後に続いた術式のコードがまるで楽譜のように聖圈に寄り添い、ティカルはタクトを振るう要領で人差し指を頭の上から目線の高さまで引っ張った。
「術式回旋、転樂ーー!」
先駆する五線譜は瞬く槍、追囁する符号は煌めく刃。
振り向いたデュースは反応しきれず、物理をもった可視光線は紅の刃甲を砕き彼の腹をまっすぐに貫いた。
「おいかけっこはもう終わりだ」
最後の仕上げとばかりにティカルは川辺に降り、橋桁に落ちたデュースに狙いを定める。
ティカルが大剣を閃かせるとデュースは震える指で術式を再構築し、紅の“太刀”を双振り召喚した。
「術式転換、肖剣提示ーー“輪鶚”!」
軌道の花弁が受けた血の色と同化して、ティカルの聖剣を削りとらんと錐揉みしていく。
「こんなところで、終われるものか……!」
「まだ抵抗するだけの力が残ってたんだ。そんなゴキブリみたいなアンタの生命力が羨ましい、よ!」
虫の息の足掻きを、顔色変えず一薙ぎで振り払う。吹き飛ばされたデュースは装甲を杖に、体重をなくしつつある足を必死に持ち上げた。
「話にもならないね。できればあの黄色いお嬢さんの3000倍強い人達と斬り合いたいんだけど、アンタはその10分の1にも届かない雑魚ったらありゃしない」
意識を失いかけているデュースの胸ぐらを掴み、ティカルは彼の脳波に暗示をかけた。
「ところでさぁアンタ、自分が盗ってきたデータに一体何が入ってるか知ってんの?」
術式を介して彼の海馬にティカル自身が知る限りのデータを流し込む。暗室の乾板に記録されていたデーターー正確にはデュースの視覚情報をハックし、乾板の薄暗い映像より鮮明なビジョンを無理やり押し込んだ。
「ーーッ!!」
半ば催眠状態に陥ったデュースは、怪波から伝う電流に響く腹の傷を押さえ込む。彼の主観に映し出されるのは荒れ狂う雄の背と、乱れ舞う裸体の少女。
見る者によっては淫靡なる欲を誘う春画に映るかもはしれない、投射されるその少女が濫りがわしい肢体の人形でなければ。少女を突くその男が王室御抱えの卑俗な老父でなければ。
動物の本能的な悪寒を誘うおぞましい光景を前に、デュースは絶えきれず吐き出した。口から溢れたのは胃液ではなく大量の赤黒い血であったが。
「まさかこんな穢らわしい絵面におっ勃たてるほど下品な感性は持ってないだろうからね。ともあれ君がマトモな人間で安心したよーーじゃあ、こういうのはお好みで?」
ティカルは口の端を白々しくつり上げるが、琥珀の目は一切笑っていない。デュースの四肢はいよいよ力をなくし、腹を庇っていた手も地べたについてーーその瞬間を狙っていたティカルは、聖剣で貫いた彼の腹に思いきり拳を突き上げた。
「!! ……く、ぅあ、ッーー?!」
声にならない悲鳴を上げながらデュースの意識は瞬時に覚醒した。尋常ならざる痛みをもってして。
「摘発狙いなのは最初から分かってるよ。けれど人形兵器はあくまでマネキンであってヒトじゃない。読み違えた君を痛めつけるだけの絵をフィルムに残して、あの青い髪の子を牽制してやりたいところだけど……」
ぐらついた彼の頭を掴み上げ、その腹にもう一度拳を叩き込む。デュースは何度も咳き込みながら薄紫のまなじりに軽蔑の念を込める。
「……何が可笑しい」
「ふふふふ、アンタを嗤い者にするのは今だけにしてあげるーーデュース・トレイシー、アンタより玩具にして愉しい人間なんか世界中にごまんといるんだよ」
お遊びに飽きた彼はデュースの首に手をかけ、爪を立てて絞め上げる。しぶとい片眼の男に痺れを切らしたティカルは、空いた足で何度も腹部を蹴り上げながら両手に力を込めた。
「……人形兵器にも、私たちと同じ人の心があります」
どうあっても死の淵から逃れられない事を察したデュースは賭けに転じる。なるだけ時間を稼いで彼の気をこちらへ逸らし、イリヤを郊外へ逃がすために。
「……は?」
「あなた達は履き違えている……彼女達はあの男の勝手な都合で生み出されたに過ぎない、哀れな人の子なのだと……」
デュースは人形兵器が製産され俗物どもの食い物にされるに至る過程を一から見てきており、娘を娘とも思っていないウィルの所業に心を痛めて教会の者と以前より手を切っていた。
だからこそこうした発破は、ウィルの腹の内を完全までには把握していないと見たティカルを挑発できるだけの材料になると踏んでいた。
「履き違えてんのはどっちだよ、キーマンも所詮は憎しみに生かされたドス黒い思惑の集合体でしかないくせに!」
安い挑発と分かり不興を買ったのか、ティカルはあらん限りの力で彼を突き飛ばす。しかしぼやけた視界においてなおデュースは抵抗をやめない。
「だからといって造り出された人形たちに罪はない!!」
限界を振り絞って、ゆるゆる立ち上がる。術式の糸は運良く切れていない。
「まったく酷い話ですよ……あなたも、いつかのフローラ殿と同じ事を仰るのですね」
“こちらとは異なる次元”の話を思い出したデュースは、どこか諦めの気持ちにも近い薄ら笑いを浮かべていた。
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