ジルヴォンニード

ククナククリ

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第四譚:記憶の花よ辻風と散れ

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 視界が開けた時にはすでに二人の姿も見当たらず、先より人の気がある町通りが見え、そして自分は何者かに肩を掴まれーーなぜか虚空を泳いでいた。
「いぎゃーーーッ!!」
 重ねてイリヤは高所恐怖症である。正確には足が地につけないだけでアウトであり、公園のブランコにすら若干の苦手意識を抱く重度の高所恐怖症である。
「だずげでーッ! いや結果的にだずがっでるがもはじんないげど怖いからさらにだずげでぇえええいやぁーーーッ!!」
 濁音にまみれた悲痛な叫びを上げながらイリヤは宙ぶらりんの手足をばたつかせた。
「ボクちんのお顔をお忘れなのねん?」
 すると体の向きをいきなり180°横に変えられ、イリヤはぎょっと目を剥いた。
 見覚えのあるーーありすぎる金髪碧眼のチャラ男。というか、先日会ったばかりのアルスの知り合い。
「あ、あんた、昨日の!」
 マーサ・クリュチコフが、間違いなくイリヤを抱えて次元の裂け目から匿ってくれていた。
「んまっまっま~とりあえずタイムオブタイムね、落ち着こ落ち着こ。チミはあの紫の子と知り合いなのねん?」
 イリヤの狼狽ぶりを見かねてか、マーサは近場の橋で着地する。それでも足先から川岸が見えるのだが、四の五の言っていられずイリヤは一生懸命に事の顛末を説明しようとする。
「知り合いも何も、アイツはーー」
 舌も頭も回らなかったが、彼にこちらの身の上を伝えたところでどうにもならないのでグッと飲み込んだ。
「アイツは、教会都市の人間なんだ。野放しにしとくといつかは面倒な事になると思ってはいたが、まさかあんな早く行動に及ぶなんて、」
「タンマ、タンマですよんイリヤくん。チミはその子を知ってても、さっきの話を聞く限りその子はチミを知らないみたい」
 だからこっちが向こうの情報を持ってる事を逆手にとるのねん。マーサは拳を作ってアピールする。
「マーサ、お前こそあいつの事知ってんの? ていうか教会都市の人間が島から出て何しに来たんだ?」
「そのティカルって子は外野で名前を聞くぐらいなのねん。チミがランクスの群れに追っかけられてるって小人さんに云われたから、けどいざ駆けつけてみると途中でデュースがランクスより危なそうな子に絡まれてたの見ちゃったのねん」
 本来ならばもっと早く合流できる場所にいたらしいのだが、セントラル全面封鎖という間接的なティカルの妨害を受けて大通りに迂回せざるを得なかったという。
「そ、それはその、色々お騒がせしやした……」
 面目なさげにイリヤは頭を掻く。
「デュースの所へは今ボクちんの知り合いが向かってるから安心安心。それより、早くここから出たほうがいいんでない? 教会都市も馬鹿じゃないから、アルキョーネが留守の間を狙って連中が直々にカールスルーエに来ちゃうかも」
 そこでマーサは橋から停船所へ下り、舟を借りて隣町のマンハイムまで逃げ延びる提案を持ちかける。
 イリヤは先ほど張った障壁がティカルに破られる事を憂いつつも、グズグズとしていれば先日のようにマーサの身にも危険が及ぶだろうと察し、渋々と承諾した。
「逃げるはいいにしても、教会とカールスルーエに何の因果関係があるんだ? アルスからは王室と東岸部隊の事以外何一つ聞いてねーぞ」
「そりゃ、アルキョーネも知らないでしょ~よ。だってここの支局一帯が教会に目を付けられてるんですもん」
「……なんだって?」
「わかりきったコト。カールスルーエ自体が、ウィルにマークされている人たちが隠れるのにうってつけの土地なのねん」
 漕ぐ手を休め、マーサは思案を寄せるように腕を組む。
「ウィルって、確か王室の実権を牛耳ってるーー」
「のんのんのん! ダメダメダメダメ! どこで彼奴らからトーチョーされてるか分からないのねん!」
「お、おう悪りぃ……俺自身が一番警戒すべきだったな」
 マーサは食い気味に両手を交差させて制止のポーズを向ける。勢いに気圧されたイリヤは冷や汗を浮かべながら苦笑した。
 彼はルクレツィアを目の敵にしている。デュースの言った通り、彼女は情報戦において真価を発揮するハッカーだ。いざとあればありとあらゆる手を尽くして、こちらの口から漏れた会話の内容を教会へ送り込む筈だろう。
「エイドから連絡が来てたのねん。ティカルって子がデュースを追跡した果てにカールスルーエまで及んだって……あ、彼は味方じゃないよ?
 彼の同僚とボクちんがお友達」
「随分と人脈に恵まれてんだな。まぁ、誰が味方とかは今のところないだろうから信じるよ」
 裏を返せばこれまで出会った者たち全員が敵ーーそういった最悪の可能性も視野に入れていた。
 現に、旧友のティカルがこちらの出会い人に敵意を向けていたのが目に見えて分かる。状況次第によっては、自分が彼と交戦せざるを得ない事態になろうと不思議はない。
「デュースはね、教会都市からウィルのデータを持ち去って、彼らにとって現時点で一番の脅威になってるんだ」
「そんなにヤバいデータを持ってったの? 媒体は? フィルムとか書類とかそんな要領か」
 マーサは首を横に振り、神妙に告げた。
「乾板。写真の……暗いところとかに保管されてるようなやつ」
「ああ、ようやく読めたぜ。人形兵器に関する実験記録、とか?」
 まるで肯定すら躊躇うように、マーサは重々しげに頷いた。尤も考えたくもないだろうーー人形兵器といえど元はヒトを象った存在。それを玩具のように弄ぶ者を、自分達と同じ人間と認めるのだから。
「教会の辞書に人の権利なんて言葉は存在しないからねぇ。僕たちが考えつく限りの最悪な想定はすべて、すでに実行してるって疑ってもいいんじゃないかな?」
 オールを握る二人の手に力が込められる。
 ティカルの矛先がデュースからこちらに逸れた場合ーー嫌な想像だ、イリヤは掻き消すように頭から彼の事を振り払った。
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