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第四譚:記憶の花よ辻風と散れ
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しおりを挟む術式とはすなわちキーマンの思念である。
対象の即死に繋がるような高度な念までとはいかないが、対象の深層意識に働きかける洗脳めいた念ならば、術式を持つ者ならば誰だって簡単になし得てしまう。
「待てよティカル! おい、なんのーー一体何のつもりだってんだ、答えろ!」
白衣の聖剣使いが思念でイリヤを“次元の海”に落とすことも、また。
ティカルはイリヤの脳波に術式を飛ばし、彼の海馬に流れる視覚情報と実際の現象との間に“認識の裂け目”を作ることでデュースとの距離を物理的に切断した。
イリヤの意識は為すすべもなく黄金の粒子に絡めとられ、彼の視界から二人の姿が砂塵のようにぼやけ……やがて形もなくなっていく。
「随分と意地汚い真似をされるのですね」
イリヤが現世から次元の果てへ引き剥がされた様子を睨みつけて見ていたデュースは呆れたように呟く。
「教会の乾板を持ち逃げした君に言われては世も末だ。ゆめ忘れるなよ支局の撒き餌、その気になればいつでもお前の首を刎ねるくらい、僕には何の造作もない事を」
それは怒りでも恨み辛みでもない、ただ獲物を狩る者としての意思のみを乗せた声が、黄金の術式をなした光の帯と共に低く這う。
「口だけなら何とでも言えるでしょうよ。私は私の意志に従って、阻む者を屠るのみです」
デュースは袖口から忍ばせたビー玉ほどの大きさの石を指で弾く。その石は日の光を紅に映し、たちまち自身の右腕そのものを刃とする装甲へと変化した。
「躾のなっていないオンボロキーマンに教えてやるよ……」
ティカルは舌打ちしながら聖剣を閃かせ、彼の装甲を百万馬力で剥ぎにかかる。
大振りの剣先が紅の装甲を突いた瞬間、金が削り取られるように火の花が散らばった。
「我が聖剣は常世の写し身と也やーー」
その火花さえも術式のコードへと姿を変え、削れた刃を補うように剣先が熱を帯びていく。
キーマンは術式展開の折、依り代を得物に変換する場合は名乗りを挙げる。
「其の階は青天の導きに非ず。其は波の花に航ること能わずーー」
自らの肉体に彫られた刻印を行使して装甲を張る場合は、相手への宣戦を焚き付ける詞を紡ぐ。
「風と共に紫花よ躍れーー」
依り代から術式の糸を抽出する場合は、独自の命令式を発動する。
「記憶の花よ、今ここに辻風と散れ!」
抽出した術式を張り巡らして得物を放出する場合は、相手への別れを詠う詩を読み上げる。
柄まで熱された果てに溶融されるティカルの聖剣は“円状”へと形を変え、改め“聖圏”は回転速度を上げデュースの元に投げ放たれた。
「っ、装甲をそんなに厚く張ってまで……」
態勢を崩したデュースは擲たれた聖圏を辛うじて右手の刃で受け止める。
「そうまでして躍起になるということは、私の拾った映像は……あなた達にとって、相当なる痛手のようですね……」
彼を諦めた聖圏は不本意げに弾んでティカルの手元へ戻っていく。しかし、追撃に穿たれた火花のコードを避けることまではかなわなかった。
「ざまぁないね、自称中立国の傀儡くん。だが否定はしない、広められては困るから即時に消えていただくよ」
瓦礫の波に崩れ落ちたデュースが立ち上がる前に、ティカルが一歩一歩と乾いた靴音を立てる。
聖圏を再び熱し、正しき形に戻った得物を鞘へ納めながら。
「さようなら、“間違った次元”の町に迷い込んだ子羊さん」
琥珀の眼孔は同じ色を宿した剣先と共にデュースの急所を精確に捉え、その一閃は逆光に押され瞬いた。
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