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走る、走る、走る。短い手足を必死に動かして、後ろから迫る足音から、全力で逃げる。呼吸が荒れる、心臓がバクバクとうるさい、走り回ったせいで手も足も痛い。だけど逃げる、逃げなければならない






「何処へ行くと言うのです。×××様」







カツン、と鳴る靴音と共に背に投げられた低い声。必死に逃げるこちらとは対照的に落ち着いている。走りながらチラッと後ろを向けば、男は余裕そうに歩いてこちらを追いかけている。実際余裕なんだろう、こちらは子供で向こうは大人……あっちからすればこれは所謂追いかけっこ。でも、こっちからしたら命を懸けたデスゲーム!




「…なんでっ…おいかけて、くるんだよ!」



「何故、とは…?……獲物を狩る獅子が、逃げる子兎を追うのは至極当然の事でしょう」



「っ…くそっ!」




広い邸の中をひたすら駆け回る。他の使用人達は一体どこだ、廊下にも、庭先にも、ホールにも、どこにも人の気配がない。何時もの賑やかさは無く、邸内はひたすらに閑散としていた。あるのは俺の呼吸音と、後ろの男が銃に弾を込める音………弾を込める音!?




「はっ!?」



「おや、此方を振り向く余裕があるのですか?」



「なんで銃っ…」



「私は、坊ちゃんの執事であり…護衛でもございますから。護身用の銃を携帯していてもなんらおかしな事はございません」



「その坊ちゃんを、殺そうとしてるじゃないか!」



「……そうですね」



叫べば、男が微かに肩を強ばらせた。息も絶え絶えな俺も思わず足を止め、背後に佇む男を振り返る。視線の先にいる男…執事は、己の手に握られた銃を眺め「ですから」と呟いた




「…ですから、貴方を殺すのです」



「なんで…意味わかんないよ!」



「分からない…?いいえ、貴方ならばよく知っている筈ですよ。貴方ならば……否、貴方にしか分からない」



「わかんないってば!だって僕は、お前の主人で、この家の一人息子で、跡取りで、それで…」



「ソレは貴方では無いでしょう?」



「…えっ」



「私の坊ちゃんを何処へ消した」




執事の声に苛立ちが含まれる。空気が一瞬にして凍る、銃口が此方を向く。何かを言う暇もなく、なんの躊躇いもなく引き金が引かれる












刹那、放たれた弾が心臓を貫き…俺の意識は途絶えた















































ーピ…




ー…ピピピ




ーピピピピピッ!!







「っうあぁあああ!!?」




目覚ましの音で目を覚ます。悲鳴にも近い叫び声をあげ跳ね起きた先は、いつもの寝室だ。バクバクを脈打つ心臓がうるさい。呼吸を整えながら、辺りを見渡せば部屋の隅に佇む男が視界に飛び込んだ



「うわっ!?!」



「おはようございます。アトレ様」



「おはよ…」




アトレ、それが俺の名前…正しくは転生後の名前、だ。元々俺は現代日本に生まれたある財閥の跡取り息子だったのだが、殺されて死んで、この世界に転生した。最近ではよくある異世界転生だ。ファンタジーの世界の話だと思っていたが、まさか自分の身に起きるとは…



「アトレ様、本日のお召し物はいかが致しましょう」



「え?あ、んー…そうだなあ」



なんて考えていれば、横から声をかけられた。声をかけてきたのは執事のアルカーナ。先程部屋の隅に気配もなく佇んでいたのがこの男だ。スラリとした身体から伸びる手足は長く、濡羽色ぬればいろの髪は白い肌によく映えた。鬼のようだと恐れられる紅い瞳も彼が持てば宝石の様だと囁かれ、その容姿は老若男女の視線を惹き付け数多の人々を虜にする…腹立たしい程に、美しい男なのだ



「こちらなど如何でしょう?」



「…ん、うん…」



「…どうなさいました?」



歯切れの悪い返事を返してしまい、アルカーナの顔が怪訝そうに歪められる。なんでもないよと慌てて笑顔を浮かべれば、彼は少し眉を顰めたがそれ以上の追求はしてこなかった。「ではこちらに致しましょう」と言い服を脱がせてくれるアルカーナを見ながら、俺は昨夜見た夢の内容を思い出していた








(…あれは、夢…)








追いかけられて、追い詰められて…アルカーナに殺される夢。夢にしてはやけにリアルで、けれど全然、想像が出来なくて……アルカーナが自分を殺そうとしているのが、夢なのか現実なのかが分からなくなる





「…」





今、こうして世話を焼いてくれているアルカーナは優しいけれど……夢の中の彼は、優しさなど微塵も持ち合わせていなかった





「……ねぇアルカーナ」



「はい、なんでございましょう。アトレ様」



「…アルカーナは、僕のことすき?」





ついうっかりと、口をついて出てしまった言葉。質問を聞いたアルカーナは驚いた様な顔を見せるが、「勿論ですよ」とすぐに笑顔を浮かべた


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