【完結】堅物司書と溺愛魔術師様

3R.M

文字の大きさ
上 下
11 / 41

発表会と評議会

しおりを挟む

 公爵邸で目を覚ました日から数日が経ち、私の生活は一変した。
 あの夜以降ノアとは会っていない。
 毎月恒例だったお茶会にも行けていない。
 
 理由としては、年に一度の研究発表の時期になっていたからだ。
 間近に迫った研究発表の準備で大忙しで図書館に泊まり込みなどもあった。
 朝から晩まで図書館に缶詰状態である。

 おかげで、ノアのことを考える余裕もなく、気持ちを紛らわすことができる。
 だけど、ふと一人になった時、心に穴が空いたように寂しくなる。
 
 以前はこの生活が普通だったのだ。
 ノアと関わる前、自分はどう生活していたか思い出せないほど彼は私の境界線の中に入り込んでいたのだと嫌でも痛感した。
 マリーが心配して聞いてくれるが、正直なことは何も言えず、曖昧に答える。
 心配そうに見つめてくるが、私自身がノアとどうなりたいのか、ノアをどう思っているのか整理できていないのだ。
 整理する時間も今はない。
 だから今はまだ大丈夫。
 今までも一人でやってきたと自分を鼓舞し笑顔を作る。
 今は目の前の仕事に集中するのだと言い聞かせて。

 今回の発表は、最初にノアが持ってきた魔術書に、新たな防衛魔法陣の術式らしきものを見つけた。
 それと関連がありそうな文献を片っ端から調べていた。
 その結果、未開拓の遺跡に施されている魔法陣と酷似していることに行きつき、発表することにした。
 発掘調査をすれば決定的な確証を得ることができる。
 このまま評議会で認められれば、正式な調査団が設立され費用も出る。
 以前と比べられないほどの大規模な開拓ができると確信している。

 ノアに出会い、様々な依頼を受けた。
 準備を進めていく中で、その一つ一つの依頼が結ばれて形になったものだった。

 あの夜から会っていない、声も聞いてない、姿を見ることもない。
 元々が別世界の人だったのだとわかりきっている。
 最初は戸惑いもあったが、過ごすうちに楽しく、心が満たされる時間になっていた。
 呼吸をするように、ノアと会話をし、笑い合える日々は、あの夜を境になくなった。
 まるで今まで自分の都合のいい夢を見ていたように。

 それでもノアの存在を現すものが、そこかしこに確かにあり、主張している。
 遅効性の毒のように気付いた時にはノア・グランヴェルという男が私を侵食していた。
 
 研究し調べた物が形を成すにつれ、心は複雑に絡まり合う。
 全てが過ごした思い出と絡まり合い、思考が奪われていく。

 ノアは私じゃなきゃダメなのだと言った。
 事あるごとに私にしかできないと。
 私の実力を認めてくれていた。
 そして私を好きだと言い、恋人のようにキスをし、抱きしめてくれた。
 会えない、声が聞こえない、連絡もない。
 名前を呼んでくれることが嬉しくなっていた。
 ふとした時に深い青い目に見詰められることに高揚した。
 忙しい人なのは重々承知だ。
 でも数ヶ月前までは毎日会えてたのだ。

 ――ノアが会いに来てくれていたんだよね。

 自分から何もしてない。
 動けなかった、怖かった。
 拒絶されるのではないかと。
 一時の興味だったのではないのかと。

 その事に気付いただけだった。


 数日が経ち研究発表の日がやってきた。

 名前が呼ばれスポットライトだけが照らされた壇上に立つ。
 私の立つ場所だけが明るく、辺りは暗闇の中で喪失感を感じ背中に嫌な汗が伝う。
 ライトが眩しく、目の前は暗闇の中の人々が薄らぼんやりと見えるだけ。
 顔は見えない、それなのに私の心に居座り目に焼き付いてるノアの姿が魔術院の人々が並ぶ客席に見えた。

 ――魔術師長だ、いるに決まってる。

 そんな当たり前のことに今頃気付く。

 ノアがいる、ノアに会えたと思うだけで鼓動が速くなる。
 ノアがどんな顔で見ているかは私にはわからない。

 けれど、今の私を構築しうるものはノア・グランヴェルという男なのだと認める。
 それほどまでに私の心も身体も毒に侵されている。
 ただそれは嫌悪感などではなく、胸が苦しいほどの愛しく好ましいものだった。
 
 大きく息を吸い吐き、胸を張る。

 ――見ててね、ノア。聞いててね、ノア。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

【完結】転生7年!ぼっち脱出して王宮ライフ満喫してたら王国の動乱に巻き込まれた少女戦記 〜愛でたいアイカは救国の姫になる

三矢さくら
ファンタジー
【完結しました】異世界からの召喚に応じて6歳児に転生したアイカは、護ってくれる結界に逆に閉じ込められた結果、山奥でサバイバル生活を始める。 こんなはずじゃなかった! 異世界の山奥で過ごすこと7年。ようやく結界が解けて、山を下りたアイカは王都ヴィアナで【天衣無縫の無頼姫】の異名をとる第3王女リティアと出会う。 珍しい物好きの王女に気に入られたアイカは、なんと侍女に取り立てられて王宮に! やっと始まった異世界生活は、美男美女ぞろいの王宮生活! 右を見ても左を見ても「愛でたい」美人に美少女! 美男子に美少年ばかり! アイカとリティア、まだまだ幼い侍女と王女が数奇な運命をたどる異世界王宮ファンタジー戦記。

この度、猛獣公爵の嫁になりまして~厄介払いされた令嬢は旦那様に溺愛されながら、もふもふ達と楽しくモノづくりライフを送っています~

柚木崎 史乃
ファンタジー
名門伯爵家の次女であるコーデリアは、魔力に恵まれなかったせいで双子の姉であるビクトリアと比較されて育った。 家族から疎まれ虐げられる日々に、コーデリアの心は疲弊し限界を迎えていた。 そんな時、どういうわけか縁談を持ちかけてきた貴族がいた。彼の名はジェイド。社交界では、「猛獣公爵」と呼ばれ恐れられている存在だ。 というのも、ある日を境に文字通り猛獣の姿へと変わってしまったらしいのだ。 けれど、いざ顔を合わせてみると全く怖くないどころか寧ろ優しく紳士で、その姿も動物が好きなコーデリアからすれば思わず触りたくなるほど毛並みの良い愛らしい白熊であった。 そんな彼は月に数回、人の姿に戻る。しかも、本来の姿は類まれな美青年なものだから、コーデリアはその度にたじたじになってしまう。 ジェイド曰くここ数年、公爵領では鉱山から流れてくる瘴気が原因で獣の姿になってしまう奇病が流行っているらしい。 それを知ったコーデリアは、瘴気の影響で不便な生活を強いられている領民たちのために鉱石を使って次々と便利な魔導具を発明していく。 そして、ジェイドからその才能を評価され知らず知らずのうちに溺愛されていくのであった。 一方、コーデリアを厄介払いした家族は悪事が白日のもとに晒された挙句、王家からも見放され窮地に追い込まれていくが……。 これは、虐げられていた才女が嫁ぎ先でその才能を発揮し、周囲の人々に無自覚に愛され幸せになるまでを描いた物語。 他サイトでも掲載中。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした 

結城芙由奈@コミカライズ発売中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

【完結】魔力がないと見下されていた私は仮面で素顔を隠した伯爵と結婚することになりました〜さらに魔力石まで作り出せなんて、冗談じゃない〜

光城 朱純
ファンタジー
魔力が強いはずの見た目に生まれた王女リーゼロッテ。 それにも拘わらず、魔力の片鱗すらみえないリーゼロッテは家族中から疎まれ、ある日辺境伯との結婚を決められる。 自分のあざを隠す為に仮面をつけて生活する辺境伯は、龍を操ることができると噂の伯爵。 隣に魔獣の出る森を持ち、雪深い辺境地での冷たい辺境伯との新婚生活は、身も心も凍えそう。 それでも国の端でひっそり生きていくから、もう放っておいて下さい。 私のことは私で何とかします。 ですから、国のことは国王が何とかすればいいのです。 魔力が使えない私に、魔力石を作り出せだなんて、そんなの無茶です。 もし作り出すことができたとしても、やすやすと渡したりしませんよ? これまで虐げられた分、ちゃんと返して下さいね。 表紙はPhoto AC様よりお借りしております。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...