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しおりを挟む「急な話で驚いたろ?…すまないな」
祖父と向き合い唐突に話を切り出される。
正直驚いてはいるが覚悟はしていた。
むしろここまで好き勝手にさせてもらっていたことに感謝しているくらいだ。
「驚いたけど、おじいちゃんが謝ることじゃないよ。むしろ感謝してるよ。今まで好き勝手させてくれてありがとう。やっと恩返しができるってね」
「…藍」
今までの人生に後悔はない。
まともな死に方をしないと思って生きてきたし、やりたいことをやってきたつもりだ。
初恋を知り、失恋を繰り返し心を動かす人に出会えた。
それだけでこの世界の無情な洗礼にも耐えてこれた。
「お前にだけは無理強いしたくなかったんだがな…凜子の二の前にはしたくなかったし。どこぞの馬の骨の堅気の男と結婚して平凡に過ごしても良かったんだ。俺もこの歳だ…お前が独り身のままだと心配なんだ」
凜子は母の名前だ。
母と父は祖父の反対を無視し駆け落ち同然で私を産んだ。
堅気の父とヤクザの娘。
裕福ではなかったが三人幸せに暮らしていた。
しかし父も母も、お腹の中の弟も事故で亡くなった。
母は真実の愛を見つけ平凡の中に安らぎを求めた。
きっと後悔はないと思う。記憶の中の母はいつも笑顔で愛に満ち溢れていたから。
私もそうでありたかった。
けれど私が愛した男は父と反対の影を落とす男だった。
「こればっかりは縁だから。結婚を避けてたわけじゃないんだよ。ただこの人って人と出会えなかっただけだよ」
「こんな別嬪いないってのによぉ。本当に藍はばぁちゃんに似ているよ」
祖父の部屋に立てかけられる遺影を二人で振り返る。
「お母さんは、おじいちゃん似だったけどね。笑顔とかそっくりだもん」
「あいつには申し訳ねぇけどな。中身はばぁちゃんとそっくりだった。一途で頑固者。この世界には勿体ない程の愛情に溢れた女だった。しかも肝が据わっててなぁ、そこらの男より男らしかったよ」
「なんか想像つく。お母さんもそうだったから。…私、そんな家族に恵まれて幸せだよ」
「…藍」
この世界でも温厚派の組だが、抗争はどこの組にも大なり小なり起こる。
祖父が特別恨まれていたわけではないが狙われるのは力のない女や子供だ。
祖母も抗争に巻き込まれ祖父をかばい亡くなったと聞いたことがある。
そして実の娘も。
事故とはなっているが私の家族は巻き込まれたのだろう。
祖父の気持ちを思うとわがままを言う気はなく、安心できるようにと願う。
「藍、お前は本当にこの結婚納得してるのか?」
「え?」
ふいに真剣みを帯びた声色で問われ背筋が伸びる。
一瞬にして裏社会で生きる重鎮の顔となる。
「納得も何も…この歳まで生きて来れてそれだけで十分だし、愛のある結婚なんてできるとも思ってなかったからなぁ。私の存在がおじいちゃんと組に意味があるならそれでいいと思ってるよ」
納得が言ってない様子の祖父に見つめられ苦笑する。
「本心だよ、おじいちゃん。私は十六で恋を知って十八で愛を知った。そして二十歳で悟ったの。おじいちゃんからしてみたら青二才の戯言だと言われても仕方ないけど…これが私の生き方なんだよ、きっと。……おじいちゃんと組の為ならやっと自分の存在意義がわかる気がするんだ。だから役に立たせて」
私を見据えて大きく溜息を吐きガシガシと頭を掻く。
無理にでも納得しようとしてくれているのだと語らなくともわかる。
きっと龍とのことを話せば二つ返事でこの合併はなくなり、次期組長として龍が着任し私の婿養子となるだろ。
でもそれではなんの意味もない。
龍自身に選んで欲しかった。今までずっと。
けれど思いは消えず、ずるずると月日だけが経っていった。
龍にとって私より組や祖父への情が上回っていただけの話だ。
それならば私も男が守りたいものを守りたい。
そう思うことにした。
「どいつもこいつも頑固で困るねぇ。藍がそこまで言うなら、俺も意思を固める。ただどうしても相手方の野郎が気に食わない時は正直に言え。約束だ」
「ありがとう、おじいちゃん」
「お前に礼を言われる筋合いはねぇわな」
祖父と暮らした年月は龍と比べれば遥かに少ない。
それでも確かに溢れるほどの愛情を与えてくれた。
この世界には不釣り合いな程に情があつい。
その反面、身内への制裁は決して許さない冷酷さを持つ。
祖父がいるから私もぐれずにここまで来れたのだろう。
それから私たちは呼ばれるまでたわいもない話をして穏やかな時間が過ぎた。
「親父、お嬢。失礼します」
「おぉ、来たか?」
襖を開け龍が現れる。
「申し訳ありません。相手方が急遽場所を改めたいと言ってきまして。親父に確認をと」
「あぁ?今更だな。なんかあったのか?」
「それが…」
二人が顔を突き合わせ何事かを話す。
祖父が溜息を吐き目が合う。
「藍、悪いが…」
「私は平気だよ。え?まさか一人じゃないでしょ?!」
「当たり前だ!俺も一緒に行く。ただなぁ…」
「おじいちゃんが一緒なら全然いいよ」
「……お前なぁ」
はぁっと盛大に溜息を落とされた少し困惑する。
膝をパンっと叩き顔を上げる。
「龍、支度する…手伝え。あとついでだ。彼奴らもそのまま連れてくからな」
「わかりました」
「藍わりぃが、少し茶しながら休んでてくれ」
了承すると男たちは足早に部屋を出る。
少しピリつく空気に懐かしさを覚えて縁側に腰を落とす。
「“生きてる”って実感はするよねぇ。…私もやっぱ“普通”じゃないんだろうなぁ」
誰に聞かせるでもなく独り言を話す。
伸びをして空を見上げる。
「あぁいい天気」
そのまま呼ばれるまで、陽だまりに照らされ心が浄化されるような感覚を堪能した。
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