牡丹への恋路

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⑤兆す

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「涼しい顔でなんてよく言えたものね」

のは八年ぶりだからな。嘘はついてない」



 ブツブツと今だに文句を言っている巧を横目に藍の姿を伺う。

 幼い頃の面影はなく、そこには熟された女体を柔らかな生地で覆い牡丹の花が咲き誇るかの如くの絶世の美女がいた。

 幾人もの女を抱いてきた男にとっても最上級であると言わしめるほどの美貌がそこにはあった。

 湧き上がる醜い欲望を内に秘め溜息を吐く。



「お前はやり過ぎだ」

「褒め言葉として受け取っておくわ」



 巧の腕は知っていたが、ここまでとは正直思っていなかった。

 男にとって悩みの種が増えただけだ。



「変な虫がつかないように見ときなさいよ。まぁ、ミイラ取りがミイラになるってのも私は嫌いじゃないけど」



 嫌味を聞き流し、振り返る。

 司と談笑する藍を今一度目に焼き付ける。



「お嬢、そろそろ」



 静かに発した声は藍の耳に届き見慣れない笑顔が帰ってくることに、ズキリと胸に久しく味わっていない痛みを感じた。



「わかった。じゃ、ママ、司さん行ってきます」

「来週また楽しみにしてるわね、行ってらっしゃい。親父によろしくね」

「気をつけてね。いってらっしゃい」



 二人に頭や肩を撫でられ、静かに立つ龍のそばに歩み寄り外に出る。

 通り過ぎた時の残り香が記憶のものと結びつき落ち着いた心を燻る。

 路上駐車してある車の後部座席に乗り込みフラッシュバックする。

 懐かしい車内の香りと昔と変わらない同じ位置に腰を下ろす。

 見慣れた横顔を横目に車窓を覗く。

 ママのお店から実家まで車でなら一時間もかからない。

 その間、私は車窓を見続け龍は何も話すっことはなく時間だけが過ぎていった。



 見慣れた外装が見えはじめ車が止まる。

 スーツに身を包む男が一人足早に近づきドアを開ける。



「おかえりなさいませ、お嬢。座敷で親父がお待ちしています。龍の兄貴もお勤めご苦労様です」



 わずかに見覚えのある男は龍の弟分で歳も私と四つ違い。名前は雅人だったと記憶する。

 龍と疎遠になってから、もちろんこの男とも会ってはいない。

 派手なことが苦手な私を想ってか出迎えたのはこの男だけだった。

 不意にバタンと車のドアが閉まり振り返る。



「雅人、車はお前に任せる」



 雅人に告げ庭へと続く道へと歩みを向ける。



「お嬢、今日はこちらから」



 そう促され私も同じく重い足を動かし始めた。

 見渡せば記憶と変わらない広い屋敷。

 都心でしかも観光地の間近とは思えないほどの静寂が庭に流れている。

 聞こえるのはジャリジャリと庭の上を歩く私たちの足音だけ。

 珍しくヒールを履いているのに、砂利道とはと心で悪態をついていると天罰が当たるもの。



「あっ」



 バランスを崩し受け身を取ろうとすると、すかさず逞しい腕に腰を回され胸の中に収まる。

 お互いの鼓動がわかるほどの距離と龍の香りに瞬時に鼓動が早鐘を打ち始めた。



「ごっごめん!怪我はない!?」



 恥ずかしさを隠そうと大きな声になり、龍が目を見開く。

 龍の胸の中で身長差もあってか見下ろされているが、大きく開かれた目が一瞬にして蕩ける。



「俺の心配じゃなくて、お前の心配をしろ」



 強面の顔がくしゃりと目尻にわずかな皺を刻み声を出して笑う龍を胸の中で目に焼き付ける。

 慌てて離れ改めてお礼を言うと、問題ないと変わらない笑顔を向けてくる。



「おーい、二人で楽しんでないで俺も混ぜてくれ」



 聞き慣れた声が縁側から伸び振り返る。



「おじいちゃん!!」

「おお、藍!おかえり!」



 七十歳を過ぎてもバリバリの現役。

 程よく日に焼けた肌に、ロマンスグレーの短髪が光る。

 砂利道を慎重に、それでも足早に駆け縁側にたどり着く。

 腰を下ろす祖父のもとに辿り着き目線が合い向かい合う。



「ただいま、おじいちゃん」

「あぁ、よく帰ってきた。おかえり、藍」



 大きな掌が変わらず頭を撫でる。

 向けられる笑顔は昔と変わらず、ただ孫を愛する祖父そのものの顔。



「親父。お嬢は今日粧し込んでるんだ。あんま弄ってやるな。直せるやつなんか組にいないんだから」

「あぁ、そりゃそうだ!しかし別嬪だな!うちの自慢の孫娘は!!」



 祖父に手を引かれ縁側から座敷に上がる。

 龍も後に続き襖を開けると懐かしい顔ぶれが待っていた。



「「おかえりなさい、お嬢」」



 スーツに身を包む男たちが部屋の隅に並び声を揃えて出迎えてくれた。

 幼い頃に遊んでくれた男たちの表情に顔が自然と綻ぶ。



「もう少しで相手方が来るからな。藍に馴染みのある奴らだけ呼んだんだ。騒がしいが勘弁な」

「一番うるさいのは親父でしょうに。俺は相手方を出迎えてきます。お嬢、それまでお寛ぎください」

「…龍、任せたぞ」



 軽く頷き歩き始めた男の背を見つめる。

 丸山組若頭 深谷 龍。齢四十二の若さで江戸時代から歴史の由来がある組の若頭に抜擢された男。



「少し二人で話でもしよう」



 祖父に促され別室に向かう。

 脳裏に焼き付く男の後姿を忘れるように頭を振り祖父の後を追った。

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