108 / 119
死が陰るほどの幸福なら
2
しおりを挟む
両脇の防風林から聞こえる蝉の歌を背景に、自転車は海沿いのカーブをゆっくりと膨らみながら曲がっていく。
堤防の半ばには海を眺めるように小さな階段があって、僕らはその脇に自転車を停める。
「やっぱ海の匂いって、山とは大違いっスねー」
茉宵は荷台から腰を下ろすと、猫みたいにしなやかな伸びをした。
「でも、あんまり海の音しないっスね。ザザーンって」
「ああ。それに砂浜に陽射しが反射しない分、ここは少しだけ目に優しい」
「なんか砂浜って、あると「海だー!」って感じするのに、ないとすっごい田舎~って感じになりますね」
「もうちょっと先に行ったら、小さいけど浜はあるみたいだぞ」
「いいっスね。後で行きましょ」
テトラポットの隙間で跳ねた海が、ちゃぽちゃぽと涼やかに歌う。
二人並ぶのがやっとの階段に座って、僕らは海を眺める。
階段の終端では小さな飛沫が踊っていて、空を見上げればどこか七月より脆くなった空が僕らを見下ろしている。
パレットの上で偶然生まれたように繊細な青は微かに深みを増していて、僕らはまるでタイムスリップでもしてきたような気分になる。二人とも逃げ回ることに必死で、空を見上げる余裕すらなかったのだ。
「今日、花火があるらしいよ」
「うーん、ここから見えるっスかねー?」
「見えるよ、きっと」
空を差した彼女の指に、僕はそっと指を絡める。
僕らは空だけを見ていた。どれだけ眺めても、くの字に折れ曲がった雲はピストルには見えない。
「でも、警察もいっぱいいますよ?」
「ああ、だから僕らはこの海岸で身を隠すんだ」
ちょうどソニー・ビーンとその一族が、海沿いの洞窟でひっそりと人を襲い続けたように。僕らは夜を待って浜辺に行き、花火を待つ。
陽の傾きから見ても、試し打ちの花火が上がるまでにそう時間はかからないだろう。
「なんか、山の次は海って両極端ですよねー。アタシたち」
靴を脱いだ茉宵が、足元の漣に爪先を浸す。
僕はぼんやりと白い足先にかかった飛沫を眺めていた。
「せっかくの夏休みなんだ。レジャースポットに来てるだけさ」
「それにしては、持ってるもんが物騒すぎぎないっスかね~?」
ヘーゼルの瞳が僕を振り返る。
視界を刺すような陽射しが一瞬埋め尽くして、僕はとっさに目を細めた。
堤防の半ばには海を眺めるように小さな階段があって、僕らはその脇に自転車を停める。
「やっぱ海の匂いって、山とは大違いっスねー」
茉宵は荷台から腰を下ろすと、猫みたいにしなやかな伸びをした。
「でも、あんまり海の音しないっスね。ザザーンって」
「ああ。それに砂浜に陽射しが反射しない分、ここは少しだけ目に優しい」
「なんか砂浜って、あると「海だー!」って感じするのに、ないとすっごい田舎~って感じになりますね」
「もうちょっと先に行ったら、小さいけど浜はあるみたいだぞ」
「いいっスね。後で行きましょ」
テトラポットの隙間で跳ねた海が、ちゃぽちゃぽと涼やかに歌う。
二人並ぶのがやっとの階段に座って、僕らは海を眺める。
階段の終端では小さな飛沫が踊っていて、空を見上げればどこか七月より脆くなった空が僕らを見下ろしている。
パレットの上で偶然生まれたように繊細な青は微かに深みを増していて、僕らはまるでタイムスリップでもしてきたような気分になる。二人とも逃げ回ることに必死で、空を見上げる余裕すらなかったのだ。
「今日、花火があるらしいよ」
「うーん、ここから見えるっスかねー?」
「見えるよ、きっと」
空を差した彼女の指に、僕はそっと指を絡める。
僕らは空だけを見ていた。どれだけ眺めても、くの字に折れ曲がった雲はピストルには見えない。
「でも、警察もいっぱいいますよ?」
「ああ、だから僕らはこの海岸で身を隠すんだ」
ちょうどソニー・ビーンとその一族が、海沿いの洞窟でひっそりと人を襲い続けたように。僕らは夜を待って浜辺に行き、花火を待つ。
陽の傾きから見ても、試し打ちの花火が上がるまでにそう時間はかからないだろう。
「なんか、山の次は海って両極端ですよねー。アタシたち」
靴を脱いだ茉宵が、足元の漣に爪先を浸す。
僕はぼんやりと白い足先にかかった飛沫を眺めていた。
「せっかくの夏休みなんだ。レジャースポットに来てるだけさ」
「それにしては、持ってるもんが物騒すぎぎないっスかね~?」
ヘーゼルの瞳が僕を振り返る。
視界を刺すような陽射しが一瞬埋め尽くして、僕はとっさに目を細めた。
2
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】雨上がり、後悔を抱く
私雨
ライト文芸
夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。
雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。
雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。
『信じる』彼と『信じない』彼女――
果たして、誰が正しいのだろうか……?
これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
初愛シュークリーム
吉沢 月見
ライト文芸
WEBデザイナーの利紗子とパティシエールの郁実は女同士で付き合っている。二人は田舎に移住し、郁実はシュークリーム店をオープンさせる。付き合っていることを周囲に話したりはしないが、互いを大事に想っていることには変わりない。同棲を開始し、ますます相手を好きになったり、自分を不甲斐ないと感じたり。それでもお互いが大事な二人の物語。
第6回ライト文芸大賞奨励賞いただきました。ありがとうございます
先生と僕
真白 悟
ライト文芸
高校2年になり、少年は進路に恋に勉強に部活とおお忙し。まるで乙女のような青春を送っている。
少しだけ年上の美人な先生と、おっちょこちょいな少女、少し頭のネジがはずれた少年の四コマ漫画風ラブコメディー小説。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる