100 / 119
君の手を握る時に想うこと
1
しおりを挟む
珍しい来客があったのは、その夜のことだ。
廃れたバス停に横たわっていた僕に、足音が近付いてくる。
こんな夜に何もない山道を歩いてくるなんて、どのみちただの人間じゃない。
壁に隠れて動向を伺う僕に、足音は言った。
「親もいねぇやつが家出か」
僕はその声を聞いて、すぐに言い返す。
「何しに来たんだ、若」
僕は脱力して、ベンチに腰を下ろす。
ところどころがひび割れた木製のベンチは、僕の脱力で小さな悲鳴を上げた。
「何しにもクソもあるかよ。友達に会いに来るのに理由がいんのか」
「こんな何もない山に友達が?」
見知った声が顔をのぞかせる。
「いるだろ、目の前に」
にっと不敵に歪めた笑みは、喧嘩を終えた時の若そのもので。変わらないその表情に、僕は言葉には表しづらいため息をこぼす。
どうやら僕も、少し疲れているらしかった。
「ああ、ろくでなしの友達だったね」
僕は熱に浮かされた瞳をきつく閉じて、朽ちた木に頭を預ける。
「やっと思い出したか」
若は珍しく嬉しそうに笑って、僕の隣に腰を下ろした。
片想いを終わらせた彼の表情からは、険しさが抜け落ちている。
「芽衣花は、元気?」
「お前よか、よっぽどな」
「若は? 最近何してた?」
「悪趣味なサーカス団から逃げ出した、どっかのピエロ探してたんだよ」
「ああ、そんな呼ばれ方もしてたんだったね」
懐かしい。
ふっと僕が笑うと、それまで安心したように笑っていた若の表情が陰る。
「なあ、お前何してんだ」
「喧嘩をしてるんだよ」
「ポリ公相手にか」
「いや」
否定から先の言葉は、息をしていなかった。
一つだけ平静を装うような咳払いをして、僕は訊ねる。
「あの子は、どうなってる?」
「氷雨か」
凪いだ心臓の鼓動が、一瞬だけ熱を帯びる。
それは唯一の心残りだった。僕は言葉もなくうなずく。
「お前と同じ、どこ探してもいやしねぇよ。新学期にもなりゃ、お前と駆け落ちしたって美談が出来上がるだろうな」
嘲笑うようで、けれどつまらなそうに若が鼻を鳴らす。
僕は自分がいなくなってからの夏が明けた日々を想像してみる。
上手く事態が進んで、氷雨が教室に復帰した時、噂好きのクラスメートから聞かれるのだろう。『二年の先輩とはどうなったの?』と。
けれどそこで氷雨が何と答えるのかは、致命的なまでに想像できなかった。
思い浮かぶどの言葉も彼女のものとは思えなくて、結局何もかも僕が望むように妄想しているだけに過ぎない。
それが僕の致命傷だったのだろう。
強がるように笑っておきながら、僕は座っているのさえ苦痛に感じるほどの悲しみに押し潰された。
廃れたバス停に横たわっていた僕に、足音が近付いてくる。
こんな夜に何もない山道を歩いてくるなんて、どのみちただの人間じゃない。
壁に隠れて動向を伺う僕に、足音は言った。
「親もいねぇやつが家出か」
僕はその声を聞いて、すぐに言い返す。
「何しに来たんだ、若」
僕は脱力して、ベンチに腰を下ろす。
ところどころがひび割れた木製のベンチは、僕の脱力で小さな悲鳴を上げた。
「何しにもクソもあるかよ。友達に会いに来るのに理由がいんのか」
「こんな何もない山に友達が?」
見知った声が顔をのぞかせる。
「いるだろ、目の前に」
にっと不敵に歪めた笑みは、喧嘩を終えた時の若そのもので。変わらないその表情に、僕は言葉には表しづらいため息をこぼす。
どうやら僕も、少し疲れているらしかった。
「ああ、ろくでなしの友達だったね」
僕は熱に浮かされた瞳をきつく閉じて、朽ちた木に頭を預ける。
「やっと思い出したか」
若は珍しく嬉しそうに笑って、僕の隣に腰を下ろした。
片想いを終わらせた彼の表情からは、険しさが抜け落ちている。
「芽衣花は、元気?」
「お前よか、よっぽどな」
「若は? 最近何してた?」
「悪趣味なサーカス団から逃げ出した、どっかのピエロ探してたんだよ」
「ああ、そんな呼ばれ方もしてたんだったね」
懐かしい。
ふっと僕が笑うと、それまで安心したように笑っていた若の表情が陰る。
「なあ、お前何してんだ」
「喧嘩をしてるんだよ」
「ポリ公相手にか」
「いや」
否定から先の言葉は、息をしていなかった。
一つだけ平静を装うような咳払いをして、僕は訊ねる。
「あの子は、どうなってる?」
「氷雨か」
凪いだ心臓の鼓動が、一瞬だけ熱を帯びる。
それは唯一の心残りだった。僕は言葉もなくうなずく。
「お前と同じ、どこ探してもいやしねぇよ。新学期にもなりゃ、お前と駆け落ちしたって美談が出来上がるだろうな」
嘲笑うようで、けれどつまらなそうに若が鼻を鳴らす。
僕は自分がいなくなってからの夏が明けた日々を想像してみる。
上手く事態が進んで、氷雨が教室に復帰した時、噂好きのクラスメートから聞かれるのだろう。『二年の先輩とはどうなったの?』と。
けれどそこで氷雨が何と答えるのかは、致命的なまでに想像できなかった。
思い浮かぶどの言葉も彼女のものとは思えなくて、結局何もかも僕が望むように妄想しているだけに過ぎない。
それが僕の致命傷だったのだろう。
強がるように笑っておきながら、僕は座っているのさえ苦痛に感じるほどの悲しみに押し潰された。
2
お気に入りに追加
17
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】雨上がり、後悔を抱く
私雨
ライト文芸
夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。
雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。
雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。
『信じる』彼と『信じない』彼女――
果たして、誰が正しいのだろうか……?
これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
先生と僕
真白 悟
ライト文芸
高校2年になり、少年は進路に恋に勉強に部活とおお忙し。まるで乙女のような青春を送っている。
少しだけ年上の美人な先生と、おっちょこちょいな少女、少し頭のネジがはずれた少年の四コマ漫画風ラブコメディー小説。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
美味しいコーヒーの愉しみ方 Acidity and Bitterness
碧井夢夏
ライト文芸
<第五回ライト文芸大賞 最終選考・奨励賞>
住宅街とオフィスビルが共存するとある下町にある定食屋「まなべ」。
看板娘の利津(りつ)は毎日忙しくお店を手伝っている。
最近隣にできたコーヒーショップ「The Coffee Stand Natsu」。
どうやら、店長は有名なクリエイティブ・ディレクターで、脱サラして始めたお店らしく……?
神の舌を持つ定食屋の娘×クリエイティブ界の神と呼ばれた男 2人の出会いはやがて下町を変えていく――?
定食屋とコーヒーショップ、時々美容室、を中心に繰り広げられる出会いと挫折の物語。
過激表現はありませんが、重めの過去が出ることがあります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる