君を殺せば、世界はきっと優しくなるから

鷹尾だらり

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五人目の少女

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 牟田の取り巻きの中では、彼女は比較的頭の回る部類だった。
 ナイフを見せれば大人しく僕に従い、公園に入ってベンチに座る。

「で、聞きたいことって何なの。早く帰りたいんだけど」
「リラックスして話せないなら、まずは雑談でもしよう。例えば、どうして夏休みに制服を着てるのか、とかさ」
「別に、一年の補講が今日だっただけ」
「ああ、そう言えばそうだね。僕は行ったことがないから、忘れてたよ」
「嫌味かよ、ホント最悪。マジ帰らせてよ……」

 彼女はしきりに時計を確認していた。
 仮に門限があったとしてもまだ少し早く、かと言って遊びに出るには中途半端に遅い。制服は着ているけれど、鞄の類は持っていない。

「どのあたりに住んでるんだ?」
「なんでアンタにそんなこと言わなきゃなんないの?」
「僕が犯罪者で、君は脅されている立場にあるからかな」

 畳んだナイフに手を添えると、彼女は渋々住所を教えてくれた。
 彼女の家とこの公園の間には、コンビニもスーパーもある。買い物に出歩いていたわけではないのだろう。
 考えられる要因は一つだった。

「弟君、そろそろ遊びから帰ってくるんだ?」

 探るように訊ねると、彼女は一度だけ肩を跳ねさせた。
 心臓の底がずきりと音を立てて、僕は自分がもう引き返せないところまで来てしまったのだと知った。
 それでもなお、僕は続ける。

「待ち合わせは、この公園?」

 沈黙は何よりも雄弁だった。
 あるいは彼女が即座に嘘を吐くだけの頭を持っていれば、結果は少しだけ変わったのかもしれない。どれだけ保身が上手くても、嘘に整合性を持たせる知能が無ければそれはほとんど無駄と言えた。

「じゃあ少し待とうか。たぶん、脅迫にはそれが一番効く」
「ダメ。ホントに、弟にだけは手を出さないで」
「それは君次第だよ。今まで散々群れて弱い者いじめをしてきた、君のね」

 彼女は小刻みに体を震わせながら頷いた。
 僕は冷酷にはなり切れない。
 同情を覚える機能はあるけれど、氷雨にしたことを許す事も出来ない。今僕に出来るのは、彼女を駒にすることだけだ。

「何も君を氷雨と同じ目に逢せようとも、僕がこれまで殺してきた四人と同じ苦痛を与えようとしているわけじゃない。ただ僕の言うとおりに動いてくれるなら、僕は誰も傷付けない」

 「取引みたいなものだよ」と僕は言った。
 彼女は意図を読みとれない様子で僕を睨んだ。

「何をすれば、いいの」
「今日君にしてもらうことは三つでいい」

 一つはアドレスの交換、二つ目に氷雨の住所を教えること。そして最後に、弟の通っている学校を教えることだ。
 アドレスと氷雨の住所を僕に教えた後、彼女は僕に訊ねる。

「手は、出さないんでしょうね」
「何度も言うけど、それは君の振る舞い次第だ。弟君は人質と考えてくれ。もらった情報の脅迫以外での使用はしない」
「犯罪者の言葉なんて信用できない」
「ナイフなら信用できるだろう?」

 折りたたんだ刃を覗かせると、彼女は観念して弟の情報を教えてくれた。
 どうやらまだ幼稚園に通っているらしい。確かに幼稚園児の弟がいれば、物分かりもいくらかましになるだろう。
 僕は財布から五千円を出して彼女に握らせ、簡単な挨拶を残して公園を出た。
 ヒグラシが哀しげに秋を呼んでいた。氷雨と出会った梅雨は過ぎて、夏も暮れかけている。
 風鈴の音ほどに細く長い、ヒグラシの余韻に火照った体を預けて、僕は滲みだした夜の下を走った。
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