君を殺せば、世界はきっと優しくなるから

鷹尾だらり

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五人目の少女

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 宛もなく走り回ることで蓄積する苦痛は、初めて独りで帰った夜道と似ている。
 左右から手を伸ばしてくる木々と、薄暗い電灯のこぼした長い影。風が揺らした葉と葉のざわめきは、どこかあの世に近い世界に迷い込んでしまったような不安を煽る。
 太陽みたいに脳天気な氷雨の存在に、僕は助けられていたのだ。それを僕は唇を噛みしめて実感する。
 ポケットで震えるスマホに気付いて、僕はようやく立ち止まった。

「何かな、今忙しいんだ」

 電話に出た僕は、相手の第一声を待つことなく叩きつける。
 電話の主は若だった。

『そりゃ悪かったな。二日間連絡も寄越さねぇ共犯者が、何やってんのか気になっただけだ』
「別に、ちょっと寝てただけだよ」
『二日間がちょっと、な』

 若が鼻を鳴らす。僕はわけもなくイラついて、止めてしまった足の底から後悔がこみ上げてくる。

『どうやらヘビかなんかにかけ間違えたらしい。冬眠明けに邪魔して悪かったな』

 軽口に応じる気力はとっくになくて、僕は何も言わないまま電話を切る。
 足はただ立っているだけで電気を流されたように震えて汗を流し、肺は何かがつっかえたように時々息の塊を夏に吐く。肺が氷雨の愛で結晶化しているのかもしれない。
 走り出した足は、靴底に鉛を仕込んだように動きを鈍らせる。公園を通りかかる頃には、家を飛び出してから半日が経っていた。
 今まで目を逸らし続けてきた時間の流れが、溜まった疲労と共に押し寄せる。
 僕は茫然と膝に手をつく。
 その瞬間降ってきた声には、どこか聞き覚えがあった。

「うっわ、アンタ……」

 僕を見下ろしていたのは、牟田の取り巻きだった女子生徒だった。
 彼女はゴミを見るような目で僕から距離を取ろうとしていた。僕は咄嗟に訊ねる。

「牟田は無事なのか?」
「はぁ?」

 後ずさる足が止まって、怪訝な瞳が僕を睨む。

「アンタがやったんでしょ? 牟田ちゃんのこと」

 どうやら牟田の話は、既に一部で出回っているらしい。
 けれど容疑者までは漏れていないのか、噂の中の容疑者は彼女と因縁のある僕になっていた。
 僕にとっては都合のいい話だ。出来るだけ歪に片方の口角を歪めて、僕は笑う。

「ああ、そうだとも。警察には言わないでくれよ」
「は? 黙っとく訳ないじゃん、アンタ流石にヤバいよ。けーむしょ行き、人生終わりだから」
「警察が僕を捕まえられるわけがないよ」
「何言ってんの? 高校生が警察から逃げられるわけないじゃん」
「今まで四人も殺してるのに、僕はこうして君の前にいる。それが証明だよ」

 女子生徒の顔から血の気が引く。固く一直線に結んだ唇の端が微かに震えている。
 僕は財布に忍ばせていた折り畳みナイフを取り出す。

「そして、忘れないでね。僕は君にも恨みがあるってこと」

 彼女は、氷雨を見つける手がかりになるかもしれない。ここで帰らせるわけにはいかなかった。

「さあ、ちょっとお話しようか。一年生」

 日常が余生に変わっていく瞬間を、僕はナイフと共に握り締めた。
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