89 / 119
五人目の少女
1
しおりを挟む
夢を見ていた。
愛した人を結晶にしてしまう怪物の夢だ。
彼はその致死性の愛情で四人の女性を殺し、そのたびに深く傷付いた。
誰にも理解されないし、
そして五人目で、彼はミスを犯した。
初めて心の底から、「殺したくない、ずっと一緒にいたい」と思ってしまったのだ。
例えそれが自らの望む理想郷を否定するものであったとしても、怪物は五人目の少女を助けようとした。
しかしその結果、彼の体は愛結晶によって破壊されてしまった。自らが愛した少女も、彼の元を去ってしまった。
怪物は一人、薄暗い洞穴の中で死んでいく。
後には、薄光の中で悲しく輝く結晶だけが残されている。
『やっぱり、幸せと優しさは両立できないのかも知れないね』
少し離れたところで、懐かしい声がした。
振り返った先には誰もいない。まるでゲームの描画されていない背後のように、真っ黒の空間が続くだけだ。
僕は声の主に呼びかける。
「人の夢を覗いておいて、随分なご挨拶だね、凱世」
『どうだろう? この俺が君の記憶で作られたものでないと言う証明は出来ないよ』
懐かしい。息遣いも、小難しい言葉選びも、どれもが記憶にある友人そのものだった。
僕は足元の結晶を蹴り飛ばす。何度か洞穴の床を跳ねて消えていったそれは、薄暗い中でも目障りに光を反射していた。
「どっちにしたって久しぶりなんだ。顔を見せてくれよ、凱世」
『それはちょっと勘弁してほしいかなぁ。夜霧たちが十七歳になっても、俺だけ十四のままなんだぜ?』
歳上面されたくないよ、と声は笑う。
姿は見えない。けれど僕のすぐ隣には、確かに凱世がいるのだと直感した。
僕は夢を見ている。だったら、見えなくても隣りにいるのなら、それでもいい。
「じゃあ、ちょっと話そうか。お迎えが来る前に」
『ああ、もちろん。そのために来たからね』
僕は洞穴の壁にもたれ掛かる。きっと凱世もそうしたのだろう。
左隣に感じた存在感が、僕の中で少しずつ膨らんでいく。
『どうかな。悪人のいない世界は作れそう?』
凱世の声が訊ねてくる。
僕は笑って答える。
「さあね。たった一人の女の子すら殺せないから」
『そういや、返り討ちにされてたねえ』
「悪趣味だな。どこまで見てるんだよ」
『俺が夜霧の記憶で出来てるんなら、どこまでも知っているだろうね』
またそれだ。僕の記憶が作ったにしては、やけに解像度が高い。
確かにこれは僕の夢に過ぎないのだろうけれど、今こうして言葉をかわす凱世は、間違いなく本物だと思いたかった。
「凱世」
『ん?』
「君は、幸せだったのか?」
『どうだろう。参考までに、夜霧の幸せを教えてくれないか』
僕が今、幸せなのか。
氷雨を殺そうとして、そして殺し切ることも出来ないまま、彼女を喪った。
もうじき僕は死ぬのだろう。懐かしい友人と話ができるのは、死ぬ間際の幻覚にすぎない。
でも、僕はその答えに胸を張れた。
「ああ、幸せだよ」
『死にかけていても?』
「彼女を殺さなかったからね」
今の僕は、きっと笑っているのだろう。それも、ひどく傷ついたような顔で。
ほんの少しの沈黙のあと、隣から弱々しい笑い声が聞こえてくる。
『すごいな、夜霧は。俺はそうじゃなかった。たしかに、幸せだったのかもしれないけど』
でも、と凱世は言葉を区切る。
空っぽになった心の底をなぞる、隙間風のような懺悔だった。
『優しくされても幸せを認められなかった。幸せであっても優しくすることができなかった。心が弱かったから、俺は浮気を許してしまったんだよ』
どきりと心臓が跳ね上がる。
肋骨のさらに奥の心臓に、直接指を突きつけられているような罪悪感があった。
愛した人を結晶にしてしまう怪物の夢だ。
彼はその致死性の愛情で四人の女性を殺し、そのたびに深く傷付いた。
誰にも理解されないし、
そして五人目で、彼はミスを犯した。
初めて心の底から、「殺したくない、ずっと一緒にいたい」と思ってしまったのだ。
例えそれが自らの望む理想郷を否定するものであったとしても、怪物は五人目の少女を助けようとした。
しかしその結果、彼の体は愛結晶によって破壊されてしまった。自らが愛した少女も、彼の元を去ってしまった。
怪物は一人、薄暗い洞穴の中で死んでいく。
後には、薄光の中で悲しく輝く結晶だけが残されている。
『やっぱり、幸せと優しさは両立できないのかも知れないね』
少し離れたところで、懐かしい声がした。
振り返った先には誰もいない。まるでゲームの描画されていない背後のように、真っ黒の空間が続くだけだ。
僕は声の主に呼びかける。
「人の夢を覗いておいて、随分なご挨拶だね、凱世」
『どうだろう? この俺が君の記憶で作られたものでないと言う証明は出来ないよ』
懐かしい。息遣いも、小難しい言葉選びも、どれもが記憶にある友人そのものだった。
僕は足元の結晶を蹴り飛ばす。何度か洞穴の床を跳ねて消えていったそれは、薄暗い中でも目障りに光を反射していた。
「どっちにしたって久しぶりなんだ。顔を見せてくれよ、凱世」
『それはちょっと勘弁してほしいかなぁ。夜霧たちが十七歳になっても、俺だけ十四のままなんだぜ?』
歳上面されたくないよ、と声は笑う。
姿は見えない。けれど僕のすぐ隣には、確かに凱世がいるのだと直感した。
僕は夢を見ている。だったら、見えなくても隣りにいるのなら、それでもいい。
「じゃあ、ちょっと話そうか。お迎えが来る前に」
『ああ、もちろん。そのために来たからね』
僕は洞穴の壁にもたれ掛かる。きっと凱世もそうしたのだろう。
左隣に感じた存在感が、僕の中で少しずつ膨らんでいく。
『どうかな。悪人のいない世界は作れそう?』
凱世の声が訊ねてくる。
僕は笑って答える。
「さあね。たった一人の女の子すら殺せないから」
『そういや、返り討ちにされてたねえ』
「悪趣味だな。どこまで見てるんだよ」
『俺が夜霧の記憶で出来てるんなら、どこまでも知っているだろうね』
またそれだ。僕の記憶が作ったにしては、やけに解像度が高い。
確かにこれは僕の夢に過ぎないのだろうけれど、今こうして言葉をかわす凱世は、間違いなく本物だと思いたかった。
「凱世」
『ん?』
「君は、幸せだったのか?」
『どうだろう。参考までに、夜霧の幸せを教えてくれないか』
僕が今、幸せなのか。
氷雨を殺そうとして、そして殺し切ることも出来ないまま、彼女を喪った。
もうじき僕は死ぬのだろう。懐かしい友人と話ができるのは、死ぬ間際の幻覚にすぎない。
でも、僕はその答えに胸を張れた。
「ああ、幸せだよ」
『死にかけていても?』
「彼女を殺さなかったからね」
今の僕は、きっと笑っているのだろう。それも、ひどく傷ついたような顔で。
ほんの少しの沈黙のあと、隣から弱々しい笑い声が聞こえてくる。
『すごいな、夜霧は。俺はそうじゃなかった。たしかに、幸せだったのかもしれないけど』
でも、と凱世は言葉を区切る。
空っぽになった心の底をなぞる、隙間風のような懺悔だった。
『優しくされても幸せを認められなかった。幸せであっても優しくすることができなかった。心が弱かったから、俺は浮気を許してしまったんだよ』
どきりと心臓が跳ね上がる。
肋骨のさらに奥の心臓に、直接指を突きつけられているような罪悪感があった。
2
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
熱い風の果てへ
朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。
カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。
必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。
そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。
まさか――
そのまさかは的中する。
ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。
※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。
どうしてこの街を出ていかない?
島内 航
ミステリー
まだ終戦の痕跡が残る田舎町で、若き女性教師を襲った悲惨な事件。
その半世紀後、お盆の里帰りで戻ってきた主人公は過去の因縁と果たせなかった想いの中で揺れ動く。一枚の絵が繋ぐふたつの時代の謎とは。漫画作品として以前に投稿した拙作「寝過ごしたせいで、いつまでも卒業した実感が湧かない」(11ページ)はこの物語の派生作品です。お目汚しとは存じますが、こちらのほうもご覧いただけると幸いです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
愛しくて悲しい僕ら
寺音
ライト文芸
第6回ライト文芸大賞 奨励賞をいただきました。ありがとうございます。
それは、どこかで聞いたことのある歌だった。
まだひと気のない商店街のアーケード。大学一年生中山三月はそこで歌を歌う一人の青年、神崎優太と出会う。
彼女は彼が紡ぐそのメロディを、つい先程まで聴いていた事に気づく。
それは、今朝彼女が見た「夢」の中での事。
その夢は事故に遭い亡くなった愛猫が出てくる不思議な、それでいて優しく彼女の悲しみを癒してくれた不思議な夢だった。
後日、大学で再会した二人。柔らかな雰囲気を持つ優太に三月は次第に惹かれていく。
しかし、彼の知り合いだと言う宮本真志に「アイツには近づかない方が良い」と警告される。
やがて三月は優太の持つ不思議な「力」について知ることとなる。
※第一話から主人公の猫が事故で亡くなっております。描写はぼかしてありますがご注意下さい。
※時代設定は平成後期、まだスマートフォンが主流でなかった時代です。その為、主人公の持ち物が現在と異なります。
ベルのビビ
映画泥棒
ライト文芸
ベルを鳴らせば、それを聞いた人間は、鳴らした人間の命令に絶対服従しなければならない。ただその瞬間から鳴らした人間は誰であろうと最初に自分に命令されたことには絶対服従をしなければならない。
自らビビと名乗る魔法のベルをアンティークショップで手に入れた主人公篠崎逢音(しのざきあいね)が、ビビを使い繰り広げる愉快で危険な毎日。
やがて、逢音の前に同じような魔力のアンティークを持った人間が現れ….
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる