君を殺せば、世界はきっと優しくなるから

鷹尾だらり

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五人目の少女

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 夢を見ていた。
 愛した人を結晶にしてしまう怪物の夢だ。
 彼はその致死性の愛情で四人の女性を殺し、そのたびに深く傷付いた。
 誰にも理解されないし、

 そして五人目で、彼はミスを犯した。
 初めて心の底から、「殺したくない、ずっと一緒にいたい」と思ってしまったのだ。
 例えそれが自らの望む理想郷を否定するものであったとしても、怪物は五人目の少女を助けようとした。
 しかしその結果、彼の体は愛結晶によって破壊されてしまった。自らが愛した少女も、彼の元を去ってしまった。
 怪物は一人、薄暗い洞穴の中で死んでいく。
 後には、薄光の中で悲しく輝く結晶だけが残されている。

『やっぱり、幸せと優しさは両立できないのかも知れないね』

 少し離れたところで、懐かしい声がした。
 振り返った先には誰もいない。まるでゲームの描画されていない背後のように、真っ黒の空間が続くだけだ。
 僕は声の主に呼びかける。

「人の夢を覗いておいて、随分なご挨拶だね、凱世」
『どうだろう? この俺が君の記憶で作られたものでないと言う証明は出来ないよ』

 懐かしい。息遣いも、小難しい言葉選びも、どれもが記憶にある友人そのものだった。
 僕は足元の結晶を蹴り飛ばす。何度か洞穴の床を跳ねて消えていったそれは、薄暗い中でも目障りに光を反射していた。

「どっちにしたって久しぶりなんだ。顔を見せてくれよ、凱世」
『それはちょっと勘弁してほしいかなぁ。夜霧たちが十七歳になっても、俺だけ十四のままなんだぜ?』

 歳上面されたくないよ、と声は笑う。
 姿は見えない。けれど僕のすぐ隣には、確かに凱世がいるのだと直感した。
 僕は夢を見ている。だったら、見えなくても隣りにいるのなら、それでもいい。

「じゃあ、ちょっと話そうか。お迎えが来る前に」
『ああ、もちろん。そのために来たからね』

 僕は洞穴の壁にもたれ掛かる。きっと凱世もそうしたのだろう。
 左隣に感じた存在感が、僕の中で少しずつ膨らんでいく。

『どうかな。悪人のいない世界は作れそう?』

 凱世の声が訊ねてくる。
 僕は笑って答える。

「さあね。たった一人の女の子すら殺せないから」
『そういや、返り討ちにされてたねえ』
「悪趣味だな。どこまで見てるんだよ」
『俺が夜霧の記憶で出来てるんなら、どこまでも知っているだろうね』

 またそれだ。僕の記憶が作ったにしては、やけに解像度が高い。
 確かにこれは僕の夢に過ぎないのだろうけれど、今こうして言葉をかわす凱世は、間違いなく本物だと思いたかった。

「凱世」
『ん?』
「君は、幸せだったのか?」
『どうだろう。参考までに、夜霧の幸せを教えてくれないか』

 僕が今、幸せなのか。
 氷雨を殺そうとして、そして殺し切ることも出来ないまま、彼女を喪った。
 もうじき僕は死ぬのだろう。懐かしい友人と話ができるのは、死ぬ間際の幻覚にすぎない。
 でも、僕はその答えに胸を張れた。

「ああ、幸せだよ」
『死にかけていても?』
「彼女を殺さなかったからね」

 今の僕は、きっと笑っているのだろう。それも、ひどく傷ついたような顔で。
 ほんの少しの沈黙のあと、隣から弱々しい笑い声が聞こえてくる。

『すごいな、夜霧は。俺はそうじゃなかった。たしかに、幸せだったのかもしれないけど』

 でも、と凱世は言葉を区切る。
 空っぽになった心の底をなぞる、隙間風のような懺悔だった。

『優しくされても幸せを認められなかった。幸せであっても優しくすることができなかった。心が弱かったから、俺は浮気を許してしまったんだよ』

 どきりと心臓が跳ね上がる。
 肋骨のさらに奥の心臓に、直接指を突きつけられているような罪悪感があった。
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