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ただいまと、さよならと

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 これ自体も計画された結末の一つだ。牟田を攫ってデータを破壊し、できればその後二度と他人に害を及ぼせないよう痛めつける。
 その後コンビニに残された一年生たちが通報して、僕は逮捕される。氷雨には何の影響もない。
 ただ、彼ら警察の到着は予想よりもずっと早かった。

「ファンは何でもお見通しってことですか、檜垣さん」
「ンな暇じゃねーんだよお巡りサンは。お前ら動くなよ」

 セダンタイプの車から降りてきたのは刑事の檜垣さんと、制服を着た若い警官。
 身構えた若が、さりげなく耳打ってくる。

「やべぇぞ。逃げるか」

 警察にケンカの現場を押さえられたことはない。
 若の焦りは、夏の熱のようにじりじりと伝わってくる。

「いや、まだだ。データを壊せてない」

 ロックがかかっているだろうから、解除する時間が残されていないのは痛い。
 僕の逮捕と引き換えに、牟田の犯罪を明るみにすることはきっと可能だろう。けれど警察が出回った写真を削除するまでの間、氷雨はずっと苦しみ続けることになる。
 僕はまだ捕まるわけにも、逃げるわけにもいかなかった。

「牟田ですか、通報したのは」
「通報者の情報は言えんな。ご近所からの通報ってことでいいだろ」
「ハハっ、お巡りさんも大変ですね」

 笑う口許に当てた手の裏で、若に「スマホを壊してくれ」と囁きかける。
 若がうなずいた瞬間、檜垣さんが鬼の形相で走ってきた。

夜霧やぎり!」

 叫び声が鼓膜の手前で反響する。
 若か檜垣さんか、わからないまま振り返ったすぐそこに、ナイフを持って突っ込んでくる一年生の姿があった。

(これで、死ねたらな)

 一瞬後の呼吸の保証を失った僕の頭には、不思議とその希望だけが浮かんでいた。
 それ以外の感情は湧いてこなかった。
 僕は半分以上、自分の命を諦めてしまったのかもしれない。
 人殺しの末路なんて、最初から決められているようなものだ。
 母を殺して、何人もの恋人を殺して、やがて無害な女の子を殺そうとした。
 しかし少女の哀れな人生に殺人鬼は同情し、改心した夏の終わりに殺される。筋書きとしては良くできてる。
 何より、これで氷雨を殺さなくて済む。
 ただそれだけの安堵が、僕の頬を緩ませた。

 ナイフが近づいてくる。
 鈍い衝撃。焼けつくような熱。
 檜垣さんの怒声が聞こえて、僕はゆっくりと目をつむった。
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