君を殺せば、世界はきっと優しくなるから

鷹尾だらり

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死に損ないの六月、折られた傘

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「おっ邪魔しまーす!」

 部屋にいれた氷雨は全身が濡れそぼって、雨でくねった長い髪は、ワインよりも暗く沈んだ赤をしていた。
 僕は洗面所からバスタオルを取ってきて、氷雨の頭に被せてやる。

「うわっぷ、あざますよぎセン」
「どうしてこんなに濡れるんだ」

 彼女はひどく濡れていた。背中には傘の一部が見えているのに。
 ため息混じりに言うと、氷雨が言葉を濁らせる。

「あっはは。アッシ傘さすの下手っぴなんスよ~」
「傘が下手くそとは」

 呆れを全面に見せて言う。
 濡れた子犬のように忙しなくバスタオルを動かす氷雨の、榛色《ヘーゼル》の瞳はよく見えなかった。口許だけで笑っている気がした。

「拭いたら上がりなよ。何もないけど、飲み物ならある」
「ああいや、その、お構いは」

 背を向けた耳に、久しぶりの拒絶が入ってくる。
 一瞬だけ迷って時計を見る。
 学校から僕の家までは三十分を要する。下校時間になってまだ二十分も経っていないことを考えると、違和感には簡単に気付いた。
 僕は振り返らないまま台所に入る。

「君をお構いつかまつる訳じゃないよ。賞味期限がヤバイから、僕のために消費を手伝ってもらいたいだけだ」

 拒絶は気分が悪い。
 せっかく縮めた距離を離されて、「あなただけが盛り上がっているのですよ」と突き付けられているような気分になる。
 言葉を先回りさせると、氷雨は大きなため息を吐いた。

「センパイは、嘘吐くのが下手っぴさんなンスね」
「君に言われたくはないよ、一年生」

 グリーンティーの粉末が水に溶ける間に、氷雨はテーブルにつく。
 マドラーをゆすいでいると、じっとりとした声が伸びてきた。

「……粉末に賞味期限なんてあるんすか」
「ある。風味が飛ぶとまずくなるだろ?」
「むぅ」

 安い氷がガラスにぶつかる玉の音。
 汗をかいたグラスをテーブルに置いて、僕は話を切り出す。

「さあ、それで?」

 それは意地の悪い質問だった。

「今日も何か用があったのか?」
「好きな人の顔を見たいってだけじゃ、ダメっすかね」

 言葉には似つかわしくない苦笑を浮かべて、氷雨はグラスを手に取った。
 妙な陰影の落ちた、お出掛け向きの不格好な笑い方だ。
 僕は笑えなかった。
 けれどこれは、彼女に寄り添うチャンスだった。

「嫌なことでもあったのか?」

 深刻な顔を作って問いかけた。
 氷雨の顔から生気が抜ける。
 雨樋を走る水の音が、やけに大きく聞こえた。
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