56 / 119
ヒーローが怪物になった日
2
しおりを挟む
週明け、彼は自殺願望を打ち明けてきました。
もちろんアタシは止めました。でも一度告白を断ったのに、デートに誘うわけにはいきません。だから今度は、アタシから告白しました。
そしてアタシはフラれました。
アタシの告白が晴れやかな笑顔で拒絶されたのは、よく覚えています。彼はアタシの告白を振って、それから「一緒に行かないか」と誘ってきました。
ちょうど、人間関係にも疲れていました。
牟田ちゃんたちの嫌がらせはだんだん酷くなっていくし、アタシが親切にした人も変わってはくれない。
だからアタシも、心のどこかでは死を望んでいたのでしょう。
案外あの世と言うのも、そう悪いところではないのかもしれない。だってアタシより先に死んだ人たちは、誰も帰ってこないんですから。
もちろん今はそんなこと考えてはいません。結局誰も「自分の死」を見ることが出来ないなら、考えたって無駄でしょう?
でも、二か月前のアタシは違いました。
彼の誘いに乗ってしまったのです。
夏を先取りしたような、五月の晴れた暑い日のことです。
アタシたちは学校の屋上に立っていました。
*
彼の誘いに乗ってから屋上に立つまでには、二日もありませんでした。
入念に計画された自殺です。
紐は切られてしまったり、降ろされてしまうと死に切れません。脱力した体から色々なものを垂れ流しても、まだ死ねないとも聞きます。
だから飛び降り自殺を選んだのでしょう。
彼は自分の死んだあとの世界を、本当に楽しげに語りました。まるで誰かに操られたピエロのように。
本当は泣きたいはずなのに、泣く暇すらない悲惨な過去のせいで、結局は笑うことしか出来なくなったのだと思います。
アタシもそんな彼を見て、どこか落ち着いていました。
一緒にフェンスをよじ登って屋上の縁に立ちます。
耳元では、まだ冷たい風がビュウビュウと鳴いていました。
「あの世で会おうね」
飛び降りる寸前。彼は確か、そんなことを言ったと思います。
アタシは何も言いませんでした。
さっきは「落ち着いていた」と書きましたが、その実ただの錯覚だったんでしょう。張り裂けそうなほどの心臓の鼓動で、アタシは初めてはっきりと「恐怖」を知りました。
結論から言います。
その日飛び降りたのは、彼だけでした。
もちろんアタシは止めました。でも一度告白を断ったのに、デートに誘うわけにはいきません。だから今度は、アタシから告白しました。
そしてアタシはフラれました。
アタシの告白が晴れやかな笑顔で拒絶されたのは、よく覚えています。彼はアタシの告白を振って、それから「一緒に行かないか」と誘ってきました。
ちょうど、人間関係にも疲れていました。
牟田ちゃんたちの嫌がらせはだんだん酷くなっていくし、アタシが親切にした人も変わってはくれない。
だからアタシも、心のどこかでは死を望んでいたのでしょう。
案外あの世と言うのも、そう悪いところではないのかもしれない。だってアタシより先に死んだ人たちは、誰も帰ってこないんですから。
もちろん今はそんなこと考えてはいません。結局誰も「自分の死」を見ることが出来ないなら、考えたって無駄でしょう?
でも、二か月前のアタシは違いました。
彼の誘いに乗ってしまったのです。
夏を先取りしたような、五月の晴れた暑い日のことです。
アタシたちは学校の屋上に立っていました。
*
彼の誘いに乗ってから屋上に立つまでには、二日もありませんでした。
入念に計画された自殺です。
紐は切られてしまったり、降ろされてしまうと死に切れません。脱力した体から色々なものを垂れ流しても、まだ死ねないとも聞きます。
だから飛び降り自殺を選んだのでしょう。
彼は自分の死んだあとの世界を、本当に楽しげに語りました。まるで誰かに操られたピエロのように。
本当は泣きたいはずなのに、泣く暇すらない悲惨な過去のせいで、結局は笑うことしか出来なくなったのだと思います。
アタシもそんな彼を見て、どこか落ち着いていました。
一緒にフェンスをよじ登って屋上の縁に立ちます。
耳元では、まだ冷たい風がビュウビュウと鳴いていました。
「あの世で会おうね」
飛び降りる寸前。彼は確か、そんなことを言ったと思います。
アタシは何も言いませんでした。
さっきは「落ち着いていた」と書きましたが、その実ただの錯覚だったんでしょう。張り裂けそうなほどの心臓の鼓動で、アタシは初めてはっきりと「恐怖」を知りました。
結論から言います。
その日飛び降りたのは、彼だけでした。
2
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
【完結】雨上がり、後悔を抱く
私雨
ライト文芸
夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。
雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。
雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。
『信じる』彼と『信じない』彼女――
果たして、誰が正しいのだろうか……?
これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。
どうしてこの街を出ていかない?
島内 航
ミステリー
まだ終戦の痕跡が残る田舎町で、若き女性教師を襲った悲惨な事件。
その半世紀後、お盆の里帰りで戻ってきた主人公は過去の因縁と果たせなかった想いの中で揺れ動く。一枚の絵が繋ぐふたつの時代の謎とは。漫画作品として以前に投稿した拙作「寝過ごしたせいで、いつまでも卒業した実感が湧かない」(11ページ)はこの物語の派生作品です。お目汚しとは存じますが、こちらのほうもご覧いただけると幸いです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
後宮の胡蝶 ~皇帝陛下の秘密の妃~
菱沼あゆ
キャラ文芸
突然の譲位により、若き皇帝となった苑楊は封印されているはずの宮殿で女官らしき娘、洋蘭と出会う。
洋蘭はこの宮殿の牢に住む老人の世話をしているのだと言う。
天女のごとき外見と豊富な知識を持つ洋蘭に心惹かれはじめる苑楊だったが。
洋蘭はまったく思い通りにならないうえに、なにかが怪しい女だった――。
中華後宮ラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる