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ヒーローの平穏は、誰に祈ればいい

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 背にかかる罵声を無視して僕らは校門を出た。
 若とはそこですぐに分かれる。何か用事があるらしい。
 僕は一人で家路につく。
 いつも通りになぞる帰路の途中にはカフェがあって、そのテラス席では二人の女子が座って雑談に花を咲かせていた。
 その顔には見覚えがある。いつか下校路で氷雨を取り囲んでいた一年生の、その取り巻きたちだ。
 僕は自販機の影から聞き耳を立てた。

「マヨさ、急にどうしちゃったのかな。先週のってマジなくない?」
「元からあんな感じじゃん? 誰にでも優しいから誰とでも仲よくなれるけど、誰の一番にもなれない、的な」
「やっば、それめっちゃ的確じゃん」

 彼女たちは氷雨の話題で盛り上がっていた。
 氷雨に対しては一概に悪口とも言い切れない、正当な評価にも聞こえる。
 一方で彼女らが中心格にしている女子については、すこし毛色の違う評価が下された。

「で、牟田ちゃんだけどさ」

 話の流れを読むに、氷雨を囲んだ主犯の少女は牟田と言うのだろう。

「あの子はけっこーマヨにご執心じゃん?」
「いやそれな。あんなマヨラーだっけ?」
「もとから牟田ちゃんがマヨ連れてきたんじゃん?」
「あね。それで気に入って連れてきたのに、裏切られたみたいになっちゃ、まあ仕返しはするよね」

 不思議と、怒りは湧いてこなかった。
 同情はしなくとも、僕は牟田と言う少女に一定の理解を示していた。

「でもそれで他校の男子使ってレイプさせようとするのはやり過ぎっしょ」

 氷雨は理想のままに、誰彼構わず優しさを押し付ける。
 けれどその本質は誰に寄り添うものでもないから、敵対する二者へ交互に手を差し伸べるようなことだってする。その姿は裏切りにしか見えない。
 牟田がとった手段は薄汚くとも、動機として理解に難くはなかった。
 少女の声が続けて言う。

「知ってる? 今日牟田ちゃん、理科室で男子たちと水風船膨らましてたよ」
「は? ガキじゃん。なんか、そろぼち着いてけないよね」
「ね、流石に意味わかんないわ」
 
 愚痴をこぼして落ち着いたのか、少女らの間に沈黙が落ちる。
 ドリンクを飲んでいるらしい。
 聞きたいことは聞けたから、僕も再び帰路に就く。胸中はあまり穏やかではない。

 ──こんなものを生むのが、優しさだって言うのか

 胸の中に落とした一滴の独白は、すぐに僕の感情を暗く染め上げる。
 世界を優しくしようとして、無償の優しさを振りまいて。
 その結果誰の隣にも立てず、いつも自分の求める正しさを信じて、誰よりも優しくあろうとする。
 彼女自身の善性が、氷雨を傷付ける。
 ヒーローみたいな少女の平穏を、僕は誰に祈ればいいのだろうか。
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