君を殺せば、世界はきっと優しくなるから

鷹尾だらり

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25mプールの怪物

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 プールの底を擦る度に、腐った水の匂いが舞い上がる。
 しかめっ面を背けると、それぞれが奇妙なほど距離を保っている。小雨が上がる頃には、プールから泥はなくなっていた。とは言え、泳ぐにはまだ汚い。残りは他の問題児たちに任せるらしく、僕たちはプールを追い出された。

「うへ~、シャワー浴びたかったんスけどねー」

 氷雨が居心地悪そうに服を摘まむ。
 小雨が止んだ帰り道は、夕暮れ刻を転写して煌めていた。僕らは湿ったアスファルトを歩く。彼女は体操服のままだ。

「学校にはないから仕方ない。急いで家に帰るしかないな」
「てことは、このまま帰るしかないんスね……」

 肩を落として氷雨が唸る。唸りたいのは僕も同じだった。

「そのままはダメだろ」
「どうしてっスか?」
「いや、どうしてって」

 答えにも、目のやりどころにも困る。
 それでもこのまま放っておいたら、氷雨はこの状態で帰ってしまいそうだったから。顔を背けたまま、事実だけを口にした。

「透けてるんだよ、下着が」
「え? あっ」

 背が痒くなるような一瞬の沈黙。
 雨雲の隙間から斜陽が射し込んで、氷雨の頬が夕暮れに色づいた。

「あの、こう言う時って」
「隠せばいいと思うよ」
「鞄しかないっス……」

 先回りして言うと、頬の紅潮が顔全体に広がる。
 弾かれるように氷雨が顔を隠す。ミディアムロングの黒髪から覗く桜色が、どこかの桜を切り取ったように美しかった。
 緊張も忘れて笑う。ジャージを頭から被せてやると、恨めし気な眼が僕を睨んだ。

「さすがプレイボーイはこなれてますねぇ。助平さん」
「下着を晒したまま帰る女の子と、どっちが変態だろうね?」
「イジワルさんっスね! よぎセンが助平さんになるなら私も変態でいいッスよ!」

 真っ赤な顔で氷雨が僕を殴ってくる。殴られた箇所が一瞬だけ痛んで、けれどどうしてか、胸の底で湧出していたのは純粋な喜びだった。

「そいつは感動的な告白だね」

 ひどく純粋に、笑っているような気がした。氷雨ではなく、僕が。
 面白くもないものを面白いと笑い、好きでもなかった人間を好きになる。自分で自分を殺し続けたこの僕が、たかが一人の後輩に対して純粋に笑いかけている。
 それは異様なことで、本来であればきっと「幸せ」とまで言えたのだろう。
 常に殺した四人の記憶を引きずる僕には、縁遠い感情ではあるのだが。
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