君を殺せば、世界はきっと優しくなるから

鷹尾だらり

文字の大きさ
上 下
34 / 119
25mプールの怪物

しおりを挟む
 プールの底を擦る度に、腐った水の匂いが舞い上がる。
 しかめっ面を背けると、それぞれが奇妙なほど距離を保っている。小雨が上がる頃には、プールから泥はなくなっていた。とは言え、泳ぐにはまだ汚い。残りは他の問題児たちに任せるらしく、僕たちはプールを追い出された。

「うへ~、シャワー浴びたかったんスけどねー」

 氷雨が居心地悪そうに服を摘まむ。
 小雨が止んだ帰り道は、夕暮れ刻を転写して煌めていた。僕らは湿ったアスファルトを歩く。彼女は体操服のままだ。

「学校にはないから仕方ない。急いで家に帰るしかないな」
「てことは、このまま帰るしかないんスね……」

 肩を落として氷雨が唸る。唸りたいのは僕も同じだった。

「そのままはダメだろ」
「どうしてっスか?」
「いや、どうしてって」

 答えにも、目のやりどころにも困る。
 それでもこのまま放っておいたら、氷雨はこの状態で帰ってしまいそうだったから。顔を背けたまま、事実だけを口にした。

「透けてるんだよ、下着が」
「え? あっ」

 背が痒くなるような一瞬の沈黙。
 雨雲の隙間から斜陽が射し込んで、氷雨の頬が夕暮れに色づいた。

「あの、こう言う時って」
「隠せばいいと思うよ」
「鞄しかないっス……」

 先回りして言うと、頬の紅潮が顔全体に広がる。
 弾かれるように氷雨が顔を隠す。ミディアムロングの黒髪から覗く桜色が、どこかの桜を切り取ったように美しかった。
 緊張も忘れて笑う。ジャージを頭から被せてやると、恨めし気な眼が僕を睨んだ。

「さすがプレイボーイはこなれてますねぇ。助平さん」
「下着を晒したまま帰る女の子と、どっちが変態だろうね?」
「イジワルさんっスね! よぎセンが助平さんになるなら私も変態でいいッスよ!」

 真っ赤な顔で氷雨が僕を殴ってくる。殴られた箇所が一瞬だけ痛んで、けれどどうしてか、胸の底で湧出していたのは純粋な喜びだった。

「そいつは感動的な告白だね」

 ひどく純粋に、笑っているような気がした。氷雨ではなく、僕が。
 面白くもないものを面白いと笑い、好きでもなかった人間を好きになる。自分で自分を殺し続けたこの僕が、たかが一人の後輩に対して純粋に笑いかけている。
 それは異様なことで、本来であればきっと「幸せ」とまで言えたのだろう。
 常に殺した四人の記憶を引きずる僕には、縁遠い感情ではあるのだが。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

私と僕と夏休み、それから。

坂東さしま
ライト文芸
地元の高校に通う高校1年生の中村キコは、同じクラスで同じ委員会になった男子生徒から、突然「大っ嫌い」と言われる。しかし、なぜそう言われたのか、全く見当がつかない。 初夏から始まる青春短編。 ※小説家になろう様、カクヨム様、ノベルデイズ様にも掲載 ※すでに書き終えているので、順次アップします。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】雨上がり、後悔を抱く

私雨
ライト文芸
 夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。  雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。  雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。  『信じる』彼と『信じない』彼女――  果たして、誰が正しいのだろうか……?  これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

吉原遊郭一の花魁は恋をした

佐武ろく
ライト文芸
飽くなき欲望により煌々と輝く吉原遊郭。その吉原において最高位とされる遊女である夕顔はある日、八助という男と出会った。吉原遊郭内にある料理屋『三好』で働く八助と吉原遊郭の最高位遊女の夕顔。決して交わる事の無い二人の運命はその出会いを機に徐々に変化していった。そしていつしか夕顔の胸の中で芽生えた恋心。だが大きく惹かれながらも遊女という立場に邪魔をされ思い通りにはいかない。二人の恋の行方はどうなってしまうのか。 ※この物語はフィクションです。実在の団体や人物と一切関係はありません。また吉原遊郭の構造や制度等に独自のアイディアを織り交ぜていますので歴史に実在したものとは異なる部分があります。

どうしてこの街を出ていかない?

島内 航
ミステリー
まだ終戦の痕跡が残る田舎町で、若き女性教師を襲った悲惨な事件。 その半世紀後、お盆の里帰りで戻ってきた主人公は過去の因縁と果たせなかった想いの中で揺れ動く。一枚の絵が繋ぐふたつの時代の謎とは。漫画作品として以前に投稿した拙作「寝過ごしたせいで、いつまでも卒業した実感が湧かない」(11ページ)はこの物語の派生作品です。お目汚しとは存じますが、こちらのほうもご覧いただけると幸いです。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...