君を殺せば、世界はきっと優しくなるから

鷹尾だらり

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25mプールの怪物

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 駆け寄ってきた芽衣花が氷雨に手を差し伸べる。

「ちょっと氷雨ちゃんっ、大丈夫?」
「大丈夫っス! ここ滑るんで、お手は借りれないっス、すみません!」

 氷雨が弾かれたように立ち上がる。
 その勢いにまた足を取られて、彼女の手が反射的に芽衣花の肩を掴んだ。芽衣花の体操服にも汚れが滲む。
 一瞬で氷雨の顔から血の気が引いた。

「すみません! アタシ、先輩の……」
「えーよえーよ。服なんてなんとでもなるし、体の方が大事やん?」

 僕たちにはあまり見せない顔で芽衣花が笑う。
 氷雨はしばらく息を飲んだまま固まっていた。それから頬を緩ませて「ラブっス……」とハグの真似をした。

「ありがと。可愛い後輩に好かれてるってことは覚えとくね」

 朗らかに笑いながら、芽衣花が氷雨の頭を撫でる。
 一方で若に助け起こされた僕は、微妙な気分で二人を眺めていた。ため息も忘れて若が言う。

「なんだあの茶番。掃除しろよ」
「や、一応監督だから。あれも仕事なんでしょ、たぶん」
「後輩の女子オトすのがか?」
「そりゃイケメンだもん。若が惚れるのも無理ないね」

 背中に鋭い衝撃が走る。若が蹴ったのだとわかった時には、僕はもう一度汚水に転がっていた。
 咄嗟に道連れにしようと手を伸ばした先で、若は勝手にコケていた。

「……何してんのアンタら」

 気付けば、泥まみれでいがみ合う僕らを女性陣が見下ろしていた。
 僕らは適当な返事を置いて立ち上がる。その後若はお小言を頂戴して、手持ち無沙汰になった僕は氷雨に目を向ける。

「怪我はない?」
「んーっと。そーっすね~……」

 尋ねると、氷雨はくるくると自分の体を見回す。
 その視線があまりにも自然で、洗練されていたから。僕の視線も、自然に氷雨とシンクロする。
 学校指定の白い体操服には、茶色か緑かよく分からないシミがでかでかとプリントされていた。
 特に胸部の汚れがひどい。満遍なく汚れが染み付いた布の奥には、うっすらと海色の下着が透けていた。

「よぎセン、どこ見てんスか?」
「どこも」

 弾かれるように顔を背ける。
 年頃の性だとか、そんな言葉では誤魔化したくない。自分の中の邪な感情を、僕はひたすらに憎んだ。

「悪い。汚れがひどいなと思って」
「いやいや、気にしてないっスよ。でも、その」

 気にしてない。
 快く言い切った割に、氷雨の声は歯切れが悪い。彼女の顔を見れば、その正体は一目でわかった。

「えと、こう言う時って、恥ずかしがった方がいいんスかね……?」

 小さな笑みを貼り付けながら、氷雨が頬を掻く。
 その頬が紅く色付くのを見た時、心臓の鼓動が一瞬詰まったような気がした。

「そのままでいいと思うよ」

 なんとか言葉を吐き出す。
 氷雨の顔が、上手く見れない。不規則な胸の鼓動を誤魔化すように、僕はデッキブラシを動かした。
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