33 / 119
25mプールの怪物
3
しおりを挟む
駆け寄ってきた芽衣花が氷雨に手を差し伸べる。
「ちょっと氷雨ちゃんっ、大丈夫?」
「大丈夫っス! ここ滑るんで、お手は借りれないっス、すみません!」
氷雨が弾かれたように立ち上がる。
その勢いにまた足を取られて、彼女の手が反射的に芽衣花の肩を掴んだ。芽衣花の体操服にも汚れが滲む。
一瞬で氷雨の顔から血の気が引いた。
「すみません! アタシ、先輩の……」
「えーよえーよ。服なんてなんとでもなるし、体の方が大事やん?」
僕たちにはあまり見せない顔で芽衣花が笑う。
氷雨はしばらく息を飲んだまま固まっていた。それから頬を緩ませて「ラブっス……」とハグの真似をした。
「ありがと。可愛い後輩に好かれてるってことは覚えとくね」
朗らかに笑いながら、芽衣花が氷雨の頭を撫でる。
一方で若に助け起こされた僕は、微妙な気分で二人を眺めていた。ため息も忘れて若が言う。
「なんだあの茶番。掃除しろよ」
「や、一応監督だから。あれも仕事なんでしょ、たぶん」
「後輩の女子オトすのがか?」
「そりゃイケメンだもん。若が惚れるのも無理ないね」
背中に鋭い衝撃が走る。若が蹴ったのだとわかった時には、僕はもう一度汚水に転がっていた。
咄嗟に道連れにしようと手を伸ばした先で、若は勝手にコケていた。
「……何してんのアンタら」
気付けば、泥まみれでいがみ合う僕らを女性陣が見下ろしていた。
僕らは適当な返事を置いて立ち上がる。その後若はお小言を頂戴して、手持ち無沙汰になった僕は氷雨に目を向ける。
「怪我はない?」
「んーっと。そーっすね~……」
尋ねると、氷雨はくるくると自分の体を見回す。
その視線があまりにも自然で、洗練されていたから。僕の視線も、自然に氷雨とシンクロする。
学校指定の白い体操服には、茶色か緑かよく分からないシミがでかでかとプリントされていた。
特に胸部の汚れがひどい。満遍なく汚れが染み付いた布の奥には、うっすらと海色の下着が透けていた。
「よぎセン、どこ見てんスか?」
「どこも」
弾かれるように顔を背ける。
年頃の性だとか、そんな言葉では誤魔化したくない。自分の中の邪な感情を、僕はひたすらに憎んだ。
「悪い。汚れがひどいなと思って」
「いやいや、気にしてないっスよ。でも、その」
気にしてない。
快く言い切った割に、氷雨の声は歯切れが悪い。彼女の顔を見れば、その正体は一目でわかった。
「えと、こう言う時って、恥ずかしがった方がいいんスかね……?」
小さな笑みを貼り付けながら、氷雨が頬を掻く。
その頬が紅く色付くのを見た時、心臓の鼓動が一瞬詰まったような気がした。
「そのままでいいと思うよ」
なんとか言葉を吐き出す。
氷雨の顔が、上手く見れない。不規則な胸の鼓動を誤魔化すように、僕はデッキブラシを動かした。
「ちょっと氷雨ちゃんっ、大丈夫?」
「大丈夫っス! ここ滑るんで、お手は借りれないっス、すみません!」
氷雨が弾かれたように立ち上がる。
その勢いにまた足を取られて、彼女の手が反射的に芽衣花の肩を掴んだ。芽衣花の体操服にも汚れが滲む。
一瞬で氷雨の顔から血の気が引いた。
「すみません! アタシ、先輩の……」
「えーよえーよ。服なんてなんとでもなるし、体の方が大事やん?」
僕たちにはあまり見せない顔で芽衣花が笑う。
氷雨はしばらく息を飲んだまま固まっていた。それから頬を緩ませて「ラブっス……」とハグの真似をした。
「ありがと。可愛い後輩に好かれてるってことは覚えとくね」
朗らかに笑いながら、芽衣花が氷雨の頭を撫でる。
一方で若に助け起こされた僕は、微妙な気分で二人を眺めていた。ため息も忘れて若が言う。
「なんだあの茶番。掃除しろよ」
「や、一応監督だから。あれも仕事なんでしょ、たぶん」
「後輩の女子オトすのがか?」
「そりゃイケメンだもん。若が惚れるのも無理ないね」
背中に鋭い衝撃が走る。若が蹴ったのだとわかった時には、僕はもう一度汚水に転がっていた。
咄嗟に道連れにしようと手を伸ばした先で、若は勝手にコケていた。
「……何してんのアンタら」
気付けば、泥まみれでいがみ合う僕らを女性陣が見下ろしていた。
僕らは適当な返事を置いて立ち上がる。その後若はお小言を頂戴して、手持ち無沙汰になった僕は氷雨に目を向ける。
「怪我はない?」
「んーっと。そーっすね~……」
尋ねると、氷雨はくるくると自分の体を見回す。
その視線があまりにも自然で、洗練されていたから。僕の視線も、自然に氷雨とシンクロする。
学校指定の白い体操服には、茶色か緑かよく分からないシミがでかでかとプリントされていた。
特に胸部の汚れがひどい。満遍なく汚れが染み付いた布の奥には、うっすらと海色の下着が透けていた。
「よぎセン、どこ見てんスか?」
「どこも」
弾かれるように顔を背ける。
年頃の性だとか、そんな言葉では誤魔化したくない。自分の中の邪な感情を、僕はひたすらに憎んだ。
「悪い。汚れがひどいなと思って」
「いやいや、気にしてないっスよ。でも、その」
気にしてない。
快く言い切った割に、氷雨の声は歯切れが悪い。彼女の顔を見れば、その正体は一目でわかった。
「えと、こう言う時って、恥ずかしがった方がいいんスかね……?」
小さな笑みを貼り付けながら、氷雨が頬を掻く。
その頬が紅く色付くのを見た時、心臓の鼓動が一瞬詰まったような気がした。
「そのままでいいと思うよ」
なんとか言葉を吐き出す。
氷雨の顔が、上手く見れない。不規則な胸の鼓動を誤魔化すように、僕はデッキブラシを動かした。
3
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
「桜の樹の下で、笑えたら」✨奨励賞受賞✨
悠里
ライト文芸
高校生になる前の春休み。自分の16歳の誕生日に、幼馴染の悠斗に告白しようと決めていた心春。
会う約束の前に、悠斗が事故で亡くなって、叶わなかった告白。
(霊など、ファンタジー要素を含みます)
安達 心春 悠斗の事が出会った時から好き
相沢 悠斗 心春の幼馴染
上宮 伊織 神社の息子
テーマは、「切ない別れ」からの「未来」です。
最後までお読み頂けたら、嬉しいです(*'ω'*)
【完結】雨上がり、後悔を抱く
私雨
ライト文芸
夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。
雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。
雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。
『信じる』彼と『信じない』彼女――
果たして、誰が正しいのだろうか……?
これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。
Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説
宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。
美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!!
【2022/6/11完結】
その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。
そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。
「制覇、今日は五時からだから。来てね」
隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。
担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。
◇
こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく……
――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~
Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。
おいしいご飯がたくさん出てきます。
いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。
助けられたり、恋をしたり。
愛とやさしさののあふれるお話です。
なろうにも投降中
キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。
たかなしポン太
青春
僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。
助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。
でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。
「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」
「ちょっと、確認しなくていいですから!」
「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」
「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」
天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。
異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー!
※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。
※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。
どうしてこの街を出ていかない?
島内 航
ミステリー
まだ終戦の痕跡が残る田舎町で、若き女性教師を襲った悲惨な事件。
その半世紀後、お盆の里帰りで戻ってきた主人公は過去の因縁と果たせなかった想いの中で揺れ動く。一枚の絵が繋ぐふたつの時代の謎とは。漫画作品として以前に投稿した拙作「寝過ごしたせいで、いつまでも卒業した実感が湧かない」(11ページ)はこの物語の派生作品です。お目汚しとは存じますが、こちらのほうもご覧いただけると幸いです。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる