君を殺せば、世界はきっと優しくなるから

鷹尾だらり

文字の大きさ
上 下
21 / 119
僕がヒーローになれない証明

しおりを挟む
 *

 濡れた玉砂利は夕焼けに染まっている。
 桶に汲んだ水も、柄杓に乗った水滴も。厄介者の雨を遠くへ追いやった夕焼けを、みんな憧れるように反射していた。

「お前なに話した?」

 合唱を解いて、若が顔を上げる。
 しゃがんだ僕らの前には、「久慈塚家代々之墓」と書かれた墓石があった。ここには、中学二年の時に自殺した友人が眠っている。

「別に」

 と僕は言う。大したことは話していない。

「死んだら話せないだろ」
「つまらん奴」

 吐き捨てた若の左肩に、モンシロチョウが飛んでいた。蝶は死んだ人の魂を運ぶと言う。迷信であってほしいな、と思った。

「でも、」

 打ち消しを置く。細い目の端に若の瞳が流れてくる。それは睨んでいるようにも見えた。

「勝手に謝っといた。睦宮とのこと」
「あれはお前、仕方ねぇだろ。仇討ちなんだし」

 若の顔が曇る。
 慰めるような言葉に、僕は優しさを見ているような気分になる。けれど僕に限ってそれは慰めにはならなかった。

「だからだよ。死んだ人の名前を使ってするものなんて、仇討ちであれ卑怯だ」
「……めんどくせぇ生き方だな」
「間違いない」

 沈黙が横たわる。若はもう何も言わなかった。
 溜め息ともとれるような薄い息をこぼして、ゆっくり立ち上がる。僕らはそのまま墓地を後にした。
 少しずつ夏にほどけていく梅雨の蒸し暑さが、アスファルトを立ち上る。田舎の夏の、樹液くさい匂いが鼻を突いた。

「そう言えば」

 次に僕が口を開いたのは、霊園の駐車場を出たところだった。

「若は何の話を?」

 若が石ころを蹴飛ばす。それから口許だけでフッと笑って、

「バーカ。死人が口利くか」

 と僕の背を叩いた。
 僕も短く笑い返して、肘で若の脇を打つ。

「なんだ、若もつまらない」
「だから俺らはつるんでんだろ」
「間違いない」

 それから夕焼けを追いかけて無人の家に帰る。
 折り合いの悪かった養親とは、ずいぶん前に家を出てから連絡も取っていない。
 まだ陽の落ちきらない夕焼けが、開けっぱなしのカーテンを突き抜けてワンルームを彩る。
 一人で見る夢には、初めて自分の意思で殺した女が出てきた。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

【完結】雨上がり、後悔を抱く

私雨
ライト文芸
 夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。  雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。  雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。  『信じる』彼と『信じない』彼女――  果たして、誰が正しいのだろうか……?  これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

Hand in Hand - 二人で進むフィギュアスケート青春小説

宮 都
青春
幼なじみへの気持ちの変化を自覚できずにいた中2の夏。ライバルとの出会いが、少年を未知のスポーツへと向わせた。 美少女と手に手をとって進むその競技の名は、アイスダンス!! 【2022/6/11完結】  その日僕たちの教室は、朝から転校生が来るという噂に落ち着きをなくしていた。帰国子女らしいという情報も入り、誰もがますます転校生への期待を募らせていた。  そんな中でただ一人、果歩(かほ)だけは違っていた。 「制覇、今日は五時からだから。来てね」  隣の席に座る彼女は大きな瞳を輝かせて、にっこりこちらを覗きこんだ。  担任が一人の生徒とともに教室に入ってきた。みんなの目が一斉にそちらに向かった。それでも果歩だけはずっと僕の方を見ていた。 ◇ こんな二人の居場所に現れたアメリカ帰りの転校生。少年はアイスダンスをするという彼に強い焦りを感じ、彼と同じ道に飛び込んでいく…… ――小説家になろう、カクヨム(別タイトル)にも掲載――

キャバ嬢(ハイスペック)との同棲が、僕の高校生活を色々と変えていく。

たかなしポン太
青春
   僕のアパートの前で、巨乳美人のお姉さんが倒れていた。  助けたそのお姉さんは一流大卒だが内定取り消しとなり、就職浪人中のキャバ嬢だった。  でもまさかそのお姉さんと、同棲することになるとは…。 「今日のパンツってどんなんだっけ? ああ、これか。」 「ちょっと、確認しなくていいですから!」 「これ、可愛いでしょ? 色違いでピンクもあるんだけどね。綿なんだけど生地がサラサラで、この上の部分のリボンが」 「もういいです! いいですから、パンツの説明は!」    天然高学歴キャバ嬢と、心優しいDT高校生。  異色の2人が繰り広げる、水色パンツから始まる日常系ラブコメディー! ※小説家になろうとカクヨムにも同時掲載中です。 ※本作品はフィクションであり、実在の人物や団体、製品とは一切関係ありません。

マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~

Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。 おいしいご飯がたくさん出てきます。 いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。 助けられたり、恋をしたり。 愛とやさしさののあふれるお話です。 なろうにも投降中

薔薇の耽血(バラのたんけつ)

碧野葉菜
キャラ文芸
ある朝、萌木穏花は薔薇を吐いた——。 不治の奇病、“棘病(いばらびょう)”。 その病の進行を食い止める方法は、吸血族に血を吸い取ってもらうこと。 クラスメイトに淡い恋心を抱きながらも、冷徹な吸血族、黒川美汪の言いなりになる日々。 その病を、完治させる手段とは? (どうして私、こんなことしなきゃ、生きられないの) 狂おしく求める美汪の真意と、棘病と吸血族にまつわる闇の歴史とは…?

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...