上 下
18 / 119
僕がヒーローになれない証明

しおりを挟む
 氷雨真宵を殺すのは簡単だ。
 あの細い首を絞めることも、胸の膨らみを避けて心臓を突き刺す必要もない。愛とか言う目に見えないもので殺すのだから、現実味はあまりない。
 「愛してる」の一言だけが、一番最後に現実を突きつけてくる。『恋人ごっこ楽しかったね。じゃあ現実に帰ろうか』と。
 おかしな話だが、それももう慣れてしまった。今の僕に大した感傷はない。

「えぇっとねー!」

 国語教師の声で我に返る。他に居眠りしていた何人かも、肩を跳ねさせていた。

「どうして痩せた老ライオンは他の動物に餌を配っているのか。ここがよくテストに出るわけだよ、てか私なら出す」

 正直、彼女の声は好きじゃない。
 二年目で急にフランクになったヨシザワの声は、寝るにも考え事をするにも大きすぎる。
 消し損ねたチョークの白い粉末が、水墨画のように黒板消しの航跡をなぞっていた。板書もないから机の下でスマホを触っていると、若からラインが届く。

《帰り、凱世の墓参り行かね》
《いいよ》

 正直気は進まない。でも、行かないわけにもいかなかった。
 僕が初めて愛結晶を恐れた事件。久慈塚凱世の自殺と、その三ヶ月後に起こった殺人事件を何の感慨もなく受け流すには、まだ日が浅すぎる。

 *

 愛で世界は救えない。
 誰かがそんなことを言っていたような気がする。だったら僕は、愛で世界を壊してやろうと思った。
 どうせ世界は優しくならないし、悪人が突然改心することもない。それなら悪人を消してしまう方がずっと早い。きっと悪疫ヴィランのいない世界は、消去法的に優しくなるだろうから。

「同じ土俵に立ってどうすんだ」

 と若が言った。
 小雨が葉を打つ帰り道。閑静な住宅街を歩きながら、僕らは墓地に向かっている。

「虐待されてたっつーお前の気持ちはある程度わかるけどよ。愛情そのものを否定してんのに、肝心のやり口が愛結晶頼りなんて阿保らしいぜ」

 「いや、実際バカか」と付け加えた若をカバンで殴る。

「一言多い。あと若よりは偏差値高い」
「誰もンなこと言ってねぇよ。行動がバカだっつってんだよ女殺し」
「男だって殺せるようになりたいよ」
「狂ってんな」

 若も僕も、どうしようもなく荒れた中学時代を過ごした。
 若さと将来の不安を持て余して、人一倍強い自己顕示欲を満たすためだけに、他人と違う自分を探し続ける。その方法がケンカや大人への反抗だった。

「どっちもイケるようになりゃいいだろ」
「男はどこが結晶化するんだろうね」
「知らね、キャン玉じゃねぇか」
「それじゃ殺せない」
「じゃあ精巣か、睾丸」
「みんな仲良く金玉なんだよ」

 くだらない話をアスファルトに落としながら、小雨の帰り道を歩く。傘をさすほどでもない。
 石ころを蹴っ飛ばして、時々教師の悪口を笑い飛ばして。そうして曲がった角の先に、柄の悪い集団が見えた。

「ンだ、あれ」

 最初に気付いたのは若だった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

【完結】雨上がり、後悔を抱く

私雨
ライト文芸
 夏休みの最終週、海外から日本へ帰国した田仲雄己(たなか ゆうき)。彼は雨之島(あまのじま)という離島に住んでいる。  雄己を真っ先に出迎えてくれたのは彼の幼馴染、山口夏海(やまぐち なつみ)だった。彼女が確実におかしくなっていることに、誰も気づいていない。  雨之島では、とある迷信が昔から吹聴されている。それは、雨に濡れたら狂ってしまうということ。  『信じる』彼と『信じない』彼女――  果たして、誰が正しいのだろうか……?  これは、『しなかったこと』を後悔する人たちの切ない物語。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。

すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。 そこで私は一人の男の人と出会う。 「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」 そんな言葉をかけてきた彼。 でも私には秘密があった。 「キミ・・・目が・・?」 「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」 ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。 「お願いだから俺を好きになって・・・。」 その言葉を聞いてお付き合いが始まる。 「やぁぁっ・・!」 「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」 激しくなっていく夜の生活。 私の身はもつの!? ※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 では、お楽しみください。

古屋さんバイト辞めるって

四宮 あか
ライト文芸
ライト文芸大賞で奨励賞いただきました~。 読んでくださりありがとうございました。 「古屋さんバイト辞めるって」  おしゃれで、明るくて、話しも面白くて、仕事もすぐに覚えた。これからバイトの中心人物にだんだんなっていくのかな? と思った古屋さんはバイトをやめるらしい。  学部は違うけれど同じ大学に通っているからって理由で、石井ミクは古屋さんにバイトを辞めないように説得してと店長に頼まれてしまった。  バイト先でちょろっとしか話したことがないのに、辞めないように説得を頼まれたことで困ってしまった私は……  こういう嫌なタイプが貴方の職場にもいることがあるのではないでしょうか? 表紙の画像はフリー素材サイトの https://activephotostyle.biz/さまからお借りしました。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...