15 / 119
雨に笑えば
3
しおりを挟む
それからも氷雨は、他人の世話を焼き続けた。
彼女が気遣う人間には、全くおかしなことに僕も含まれている。中庭での出来事なんてまるでなかったかのように、扱いにくいはずの僕にも彼女は平等に接してきた。
「それでハンカチ借りたんか」
自習時間の教室で、前に座った若が振り返らずに言う。
僕は数学のワークを一問だけ解いて応える。
「押し付けられたんだよ。トイレ出た時、バッタリ会って」
「服で拭くからそうなるんじゃねぇかよ」
「君みたいに好きな子からもらったハンカチを、ずっと大事に持ち続けられるほど純粋じゃないんでね」
丁度いい機会だったから、氷雨を観察してみた。結果とわかったことだけれど、彼女の中にも一応の線引きが存在するらしい。
例えばそれが相手の為にならないと彼女が判断すればやんわりと断るし、別の誰かを傷付けるようなこともしない。身も蓋もない言い方をすると、援交やイジメ。友達を男子に紹介することも、氷雨は絶対にしない。
一通りの結論を出したところで、若が感心したように言った。
「案外筋道通ってんな」
「バカで融通が利かないんだよ」
たぶん氷雨は、優しくすること自体が目的になっているのだと思った。でなければ、自分に暴言を吐いてくるような男の世話を焼く道理なんてありはしない。
「どんだけ走り回ってんだろな、あの一年」
若が呟き、僕が「さあ」と答える。
彼女はいつも誰かを助けるために走り回っている。それこそ陰で「便利屋」と呼ばれるほどに。
「あれがどうして、誰かを自殺させるようなことになったんだろ」
遠くの方で唸り始めた雷が、雨雲を運んでくる。
「一雨降りそうだ」とぼやくような声で、ポツリと疑問を浮かべてみた。答えなんて出るはずもない。
彼女が気遣う人間には、全くおかしなことに僕も含まれている。中庭での出来事なんてまるでなかったかのように、扱いにくいはずの僕にも彼女は平等に接してきた。
「それでハンカチ借りたんか」
自習時間の教室で、前に座った若が振り返らずに言う。
僕は数学のワークを一問だけ解いて応える。
「押し付けられたんだよ。トイレ出た時、バッタリ会って」
「服で拭くからそうなるんじゃねぇかよ」
「君みたいに好きな子からもらったハンカチを、ずっと大事に持ち続けられるほど純粋じゃないんでね」
丁度いい機会だったから、氷雨を観察してみた。結果とわかったことだけれど、彼女の中にも一応の線引きが存在するらしい。
例えばそれが相手の為にならないと彼女が判断すればやんわりと断るし、別の誰かを傷付けるようなこともしない。身も蓋もない言い方をすると、援交やイジメ。友達を男子に紹介することも、氷雨は絶対にしない。
一通りの結論を出したところで、若が感心したように言った。
「案外筋道通ってんな」
「バカで融通が利かないんだよ」
たぶん氷雨は、優しくすること自体が目的になっているのだと思った。でなければ、自分に暴言を吐いてくるような男の世話を焼く道理なんてありはしない。
「どんだけ走り回ってんだろな、あの一年」
若が呟き、僕が「さあ」と答える。
彼女はいつも誰かを助けるために走り回っている。それこそ陰で「便利屋」と呼ばれるほどに。
「あれがどうして、誰かを自殺させるようなことになったんだろ」
遠くの方で唸り始めた雷が、雨雲を運んでくる。
「一雨降りそうだ」とぼやくような声で、ポツリと疑問を浮かべてみた。答えなんて出るはずもない。
3
お気に入りに追加
18
あなたにおすすめの小説
熱い風の果てへ
朝陽ゆりね
ライト文芸
沙良は母が遺した絵を求めてエジプトにやってきた。
カルナック神殿で一服中に池に落ちてしまう。
必死で泳いで這い上がるが、なんだか周囲の様子がおかしい。
そこで出会った青年は自らの名をラムセスと名乗る。
まさか――
そのまさかは的中する。
ここは第18王朝末期の古代エジプトだった。
※本作はすでに販売終了した作品を改稿したものです。
どうしてこの街を出ていかない?
島内 航
ミステリー
まだ終戦の痕跡が残る田舎町で、若き女性教師を襲った悲惨な事件。
その半世紀後、お盆の里帰りで戻ってきた主人公は過去の因縁と果たせなかった想いの中で揺れ動く。一枚の絵が繋ぐふたつの時代の謎とは。漫画作品として以前に投稿した拙作「寝過ごしたせいで、いつまでも卒業した実感が湧かない」(11ページ)はこの物語の派生作品です。お目汚しとは存じますが、こちらのほうもご覧いただけると幸いです。
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
クラスメイトの美少女と無人島に流された件
桜井正宗
青春
修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。
高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。
どうやら、漂流して流されていたようだった。
帰ろうにも島は『無人島』。
しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。
男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?
マキノのカフェ開業奮闘記 ~Café Le Repos~
Repos
ライト文芸
カフェ開業を夢見たマキノが、田舎の古民家を改装して開業する物語。
おいしいご飯がたくさん出てきます。
いろんな人に出会って、気づきがあったり、迷ったり、泣いたり。
助けられたり、恋をしたり。
愛とやさしさののあふれるお話です。
なろうにも投降中
瞬間、青く燃ゆ
葛城騰成
ライト文芸
ストーカーに刺殺され、最愛の彼女である相場夏南(あいばかなん)を失った春野律(はるのりつ)は、彼女の死を境に、他人の感情が顔の周りに色となって見える病、色視症(しきししょう)を患ってしまう。
時が経ち、夏南の一周忌を二ヶ月後に控えた4月がやって来た。高校三年生に進級した春野の元に、一年生である市川麻友(いちかわまゆ)が訪ねてきた。色視症により、他人の顔が見えないことを悩んでいた春野は、市川の顔が見えることに衝撃を受ける。
どうして? どうして彼女だけ見えるんだ?
狼狽する春野に畳み掛けるように、市川がストーカーの被害に遭っていることを告げる。
春野は、夏南を守れなかったという罪の意識と、市川の顔が見える理由を知りたいという思いから、彼女と関わることを決意する。
やがて、ストーカーの顔色が黒へと至った時、全ての真実が顔を覗かせる。
第5回ライト文芸大賞 青春賞 受賞作
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる