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善人なんていやしない

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 彼女は下らない人間だった。
 取り立てて優れた容姿もなければ、勉強が出来るわけでもない。強いて言うなら、群れることの強さを知っていたことくらいか。
 彼女は愛情を利用してある男子生徒から金をむしり取った。全ては後輩たちのグループに、表向きのリーダーとして置いてもらうために。だから僕は彼女と仲良くなって、そして愛を囁いて殺した。そのがこれだ。

「マジ浅海いなくなったせいでウチら金欠なんだけど。どーしてくれんの?」
「先輩が次の金ヅルになってくださいよ~」
「私ぃ、ネックレスほしいなぁ~」

 退屈な火曜二限の国語も、なかなかどうして無駄とは言えないらしい。
 外見と数的優位で他人の上に立ち、自尊心を満たす彼女たちを眺めて、「喧々囂々」という言葉を思い出したところで、能天気な声が会話に割り込んでくる。
 どこかで聞いた覚えのある声だった。

「ねね。それ、動画上げるンスか?」

 六人目の足が紛れ込んできて、姦しい輪に追従した。
 僕は顔を上げる。いつの間にか僕にスマホを向けていた主犯格の、その右斜め後ろ。屋根のない雨空の下に、見覚えのある一年生が立っている。

「あ、」

 あの時の、と言いかけて口をつぐむ。
 少女の唇に人差し指が添えられていた。
 どうやら彼女も僕を覚えているらしい。だからこそ彼女の意図がつかめなかった。

「これ面白いっしょ! 絶対プチバズするよね……って何、マヨじゃん?」

 一足遅れで気づいた女子たちが、一斉に振り返る。
 視線の先。ワインレッドの髪を背中まで下げた少女が、「にひひ」と笑っている。降って湧いたような少女に対して、誰も何らの行動を取れないでいた。
 困惑する女子たちを置き去りに、少女が先頭の一年生に近づく。

「これ、ちょっと借りますねー」

 スマホを取り上げる。無駄のない、鮮やかな手つき。
 そのまま自習スペースの教師にスマホを掲げて──

「センセ~、牟田ちゃんが学校でスマホ弄ってますよ~!」
「ちょっ! はぁ!?」

 スマホを振って、大声で。小学校以来耳にすることもないような古典的な告げ口が、中庭を囲む校舎にビリビリと響く。
 逃げていく取り巻きたちも、ひとり教師に捕まったスマホの持ち主も。もう僕の目には入らなかった。

「ニッシシ~。おととい来やがれー、ってやつっスよ」

 得意げな顔で笑う赤毛の少女だけが、僕の視界にこびりついている。
 僕はこの少女に、助けられたのだろうか?
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